« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »

2007年11月の12件の記事

2007年11月30日 (金)

広上淳一/神奈川フィル(2007/11/30)

2007年11月30日(金)19:00
横浜みなとみらいホール

指揮:広上淳一
神奈川フィル

ピアノ:アブデル・ラハマン・エル=バシャ
ヴァイオリン:堀米ゆず子
チェロ:山崎伸子
オルガン:室住素子

ベートーヴェン:「コリオラン」序曲
ベートーヴェン:三重協奏曲
サン=サーンス:交響曲第3番「オルガン付」

私が山崎伸子さんのファンになったきっかけは、この日と同じ曲、ベートーヴェンの三重協奏曲の演奏でした。
1985年2月18日に東京文化会館大ホールで開催されたN響の演奏会。
都民芸術フェスティバルの最安席\1,000だったと記憶しています。
もう20年以上前になるのですね。
当初、スウィトナーさんが振ることになっていたのが病気キャンセルで、渡辺暁雄さんが代役として指揮をしました。
ピアノは小山実稚恵さん、ヴァイオリンは加藤知子さんでした。
このときの山崎伸子さんの奏でるチェロの音があまりにも素晴らしく、大ファンになりました。
特に第3楽章冒頭のソロが今でも印象に残っています。
一時は追っかけのように、リサイタルから室内楽まで山崎伸子さんの出演する演奏会に通ったものです。

当時、私が山崎伸子さんの演奏の好きなところは、一音一音をおろそかにせず、ていねいに演奏することだと感じていました。
当時、評論家の中には「もう少しスケールが大きな方が…」と書く人も居たように記憶していますが、私は「乱暴な演奏よりも、繊細な演奏の方が良い」と思っていました。
しかし、それは20年以上前のこと。
山崎伸子さんは、歳を重ねるにつれて、繊細さを失わずにスケールの大きさを身につけていったように思います。

この日の三重協奏曲は、まるで山崎伸子さんと堀米ゆず子さんの「競争曲」でした。
山崎さんが朗々と響き渡る音で存在感をアピールすれば、堀米さんが「負けていられない」とばかりに迫力のある美しい音で包み込み、さらにそれを受けて山崎さんが…という具合に、曲が進むにつれてどんどん白熱していきました。
(ちなみに、同じ会場で聴いていた堀米さんがごひいきの友人は、私と逆の印象で、堀米さんに負けじと山崎さんが…と感じたそうです。私は山崎さんのファンなので、多少バイアスがかかっているかもしれません。)
しかし決して「先を急ぐ演奏」ではなく、この曲が持つ優雅な雰囲気も合わせもった演奏だったと思います。
オケは広上さんの指揮ですから、伴奏に徹するはずがありません。
弾むような楽しさを体現した好演でした。
ピアノのエル=バシャさんもチェロとヴァイオリンを支えて、大変チャーミングな音を出していましたが、ピアニストにとってはこの曲は不利かもしれませんね。
22年ぶりに聴いた山崎伸子さんの三重協奏曲は大満足。
そして、堀米さんも久しぶりに聴きましたが素晴らしい。
このまま続けてブラームスの二重協奏曲を聴きたくなるような休憩時間でした。

さて、この日の後半は、広上淳一さんのサン=サーンス。
この曲も、広上さんが日フィル常任時代にびっくりするような鳴らし方で度肝を抜かれたことを覚えています。
1991年8月18日のサントリーホールでの演奏会ですから、これもかなり前ですね。
個人的には、この頃の大暴れするかと思うと、めちゃくちゃ甘美に歌わせたりする広上さんに比べて、近年は多少大人しい演奏が多いかな…と思っていました。
しかし、この日の演奏は、若い頃の広上さんを彷彿とさせるようなハイテンションの演奏でした。
しかし、単なる爆演系の粗野な演奏ではありません。
第1楽章第2部の雰囲気は息をのむようでしたし、第2楽章第2部もスケールの大きさを示す演奏でした。

実は私は、今年、この曲を3回聴いています。
1月28日にNHKホールで、シャルル・デュトワさん指揮のN響。
6月7日にオペラシティで、広上淳一さん指揮のN響。
そして、この日の広上淳一さん指揮の神奈川フィルです。
つまり、N響→N響という比較と、広上さん→広上さんという比較ができるのですが、こうして聴いてみると、6月のN響は、デュトワさんの影が多少見え隠れする演奏だったような気もします。
この日の演奏は、おそらく広上さんのやりたいことがかなり実現できたのではないでしょうか?
16年前の日フィル時代の若々しさを再現したかのような熱演でした。

神奈川フィルのメンバーも大熱演。
コンマスの石田さんだけでなく、ヴァイオリンの後ろの方に座っている人まで身体を大きく揺らして派手なアクションでの演奏でした。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2007年11月24日 (土)

ヴァンスカ/読響(2007/11/24)

2007年11月24日(土)18:00
サントリーホール


指揮:オスモ・ヴァンスカ
読売日本交響楽団


シベリウス:イン・メモリアム(葬送行進曲)
ベートーヴェン:交響曲第1番
ベートーヴェン:交響曲第2番


この日の指揮者、ヴァンスカさんの名前はずいぶん前から知っていました。
ラハティ交響楽団の来日公演が大評判になったのは、もうかなり前のことです。
その後、読響に客演しているのも知っていました。
しかしいろいろな要因により、私がヴァンスカさんの演奏を聴いたのはこの日が初めてでした。

結論から先に言うと「聴きに行って良かった」という大満足。
「なぜ、もっと早く聴かなかったのだろう」などと言うのは止めておきます。
この日の演奏に出会えたことを感謝したいと思います。

この日のオケの配置は、チェロとコントラバスが下手側に来る対向配置。
ベートーヴェンの演奏は、聴いてすぐにピリオド派が台頭した「後」の演奏であることがわかります。
しかし、別に古楽奏法でもなく普通のモダンオケの演奏ですし、スピードは速めのものの、音の迫力は結構重量級です。
こういう演奏を前にすると、ピリオドアプローチがどうこうとコメントするのは何の意味も持たないような気がします。
きっと、もう、そういう時代は過ぎたのでしょう。

昔、カルロス・クライバーの演奏に対する評論で用いられた「今まさに音楽が生まれたかのような」と言う言葉を思い出します。
なんという生命力。
決して軽くないのにこの推進力。
そして、何気ない“つなぎ”の部分の音が、ハッとするほど魅惑的。
「ベートーヴェンは不要な音は書かなかった」という当たり前のことに気がつかせられます。

ヴァンスカさんの指揮は、細かく拍子を振ることはなく、表情付けがメイン。
ときどき、動きを止めたりしながら、すっかりオケを信頼し、さらに自発性を引き出しています。
その指揮に応えた読響も見事でした。

1番と2番という初期の曲ですが、まもなく英雄交響曲が誕生することを予感させるスケールを感じた演奏でした。

なお、この日の最初に演奏されたシベリウスの曲は、私は初めて聴きましたが、荘厳な感じの曲でした。
ベートーヴェンの前に、お得意のシベリウスの短い曲を披露してくれるあたり、なかなか洒落ています。
ベートーヴェンではやや小編成になりましたが、シベリウスは比較的大きな編成での演奏でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神奈川フィルの2008年度

昨日定期会員の方から「来期への継続案内」を見せていただき、プログラムに大変興味を持ちましたが、帰宅してホームページを見てみると、早くも来年度のラインナップが掲載されていました。
(他のオケでは、発表になっていても、まだホームページには掲載されていない楽団が多いです。)

http://www.kanaphil.com/info/info20071120.html

音楽監督のシュナイトさんは9回中3回登場。
高齢なのにこの頻度で日本に来てくれるのを感謝すべきでしょう。
(読響のスクロヴァチェフスキさんもそうですが。)

リムスキー=コルサコフ/交響曲第2番、ヒンデミット/交響曲「画家マチス」、エルガー/交響曲第2番、コープランド/交響曲第3番など、名曲路線だけではないプログラミングも好印象です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月23日 (金)

アルミンク/新日本フィル(2007/11/23)

2007年11月23日(金)15:00
すみだトリフォニーホール


指揮:クリスティアン・アルミンク
新日本フィル

ヴァイオリン独奏:西江辰郎

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
チャイコフスキー:「くるみ割り人形」~小序曲(アンコール)
20071123





チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、初演の時に評論家から「下品な、酒の匂いのする作品」と酷評されたという話しを聞いたことがあります。
しかし、この評論家はあながち間違っているわけではなく、ある意味、民族色豊かなこの曲の本質を突いている…という意見もあるようです。
しかし、この日の演奏は、なんと都会的なことでしょう。
初演時の評論とは対極にあるような演奏に感じます。
「ロシアの…」などという言葉は、私は一回も思い出しませんでした。
西江さんは新日本フィルのコンサートマスター。
あまり新日本フィルを聴く機会のない私には、普段の演奏する姿はわかりません。
この日は、先を急がず、ていねいに弾ききった印象でした。
アルミンクさんの指揮するオケも、比較的すっきりとした音作りをしたと思います。
演奏終了後、指揮者に握手を求めに行った西江さんを、アルミンクさんは抱擁でねぎらいました。そのときの西江さんの戸惑ったような姿に、ちょっと笑ってしまいました。

ショスタコーヴィチも、純粋な音響効果を目指した演奏のように聞こえました。
ショスタコーヴィチというと、葛藤とか、抑圧された思いとか、皮肉とかを求めがちですが、こういうショスタコーヴィチも、聴いていて快感であることは事実です。
ショスタコーヴィチも亡くなって30年以上たち、様々な演奏スタイルが成り立つ時代になっていると思います。
評論家の先生が聴いたらどのように論評するかわかりませんが、私はこの日の、きれいに揃った、よく鳴る演奏は満足しました。

この日の私の席は1階席。
昨日座った3階席は音響が今一歩でしたが、この日は残響感もあり、良い響きに聞こえました。

アンコールに「くるみ割り人形」の「小序曲」。
11月11日のゲルギエフさんのアンコールでも「花のワルツ」と「トレパーク」を聴きましたが、やっぱり「くるみ割り人形」はメルヘンチックで素晴らしい曲です。
この日も、ホール内が一瞬にしておとぎの国に変わってしまったような印象でした。
アルミンクさんの指揮で全曲を聴いてみたくなるような演奏でした。
「花のワルツ」なら組曲の終曲なので「終わった~」という気がしますが、「小序曲」だと「さあさあ、始まるよ~」という感じの曲ですので、連続ドラマの「つづく」で終わったような演奏会でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月22日 (木)

マカル/チェコ・フィル(2007/11/22)

2007年11月22日(木)19:00
すみだトリフォニーホール


指揮:ズデネク・マカル
チェコ・フィル


スメタナ:連作交響詩「わが祖国」


チェコ・フィルの「わが祖国」を聴いたのは2回目です。
前回は1999年の11月。
そのときの指揮は、発売されたCDが評判になった直後の小林研一郎さんでした。
会場は音響的にハンディのある千葉県文化会館という多目的ホールだったにもかかわらず、チェコ・フィルの音に酔いました。
そのときの演奏を細かく覚えているわけではありませんが、「ウィーン・フィルにとってのウィンナワルツのような、チェコ・フィルにとってのわが祖国」と思ったものです。
最前列で聴いたこともあって光景は今でも思い出せます。
残念ながらこの日は、そのときの感動はよみがえりませんでした。

まず、トリフォニーホールの3階RB列30番台の席は、意外と音響が悪いのにちょっと驚きました。
1階席や舞台真横の3階LB列で聴いたときはホールの響きが演奏の素晴らしさを引き立て、至福のひとときと呼べる状態でしたので、この日の残響感のあまり感じられない乾いた音は、同じホールとは思えませんでした。
http://www.triphony.com/concert/img/seat_b1.gif
したがって、もし1階席などで聴いていたら、違う感想を書いたかもしれません。

それから、この日のチェコ・フィルの音は、私にとっては荒く感じられる瞬間がたびたびありました。
曲によって印象が異なり、「シャルカ」と「ターボル」は私は一応満足しました。
「モルダウ」と「ブラニーク」は前半はまあまあ良かったですが後半は満足できませんでした。
「ヴィシェフラド(高い城)」と「ボヘミアの森と草原より」は全般的に満足できませんでした。
マカル/チェコ・フィルは評判も良く、CD(チャイコフスキー)を聴いた印象も良かっただけに、残念でした。
そう言えば、以前FMで放送された、今年の「プラハの春」のオープニングコンサートもマカル/チェコ・フィルの「わが祖国」でしたが、あまり惹かれるものがありませんでした。そのときは「録音のせいだろう」と思っていたのですが…。
演奏終了後のチェコ・フィルのメンバーの表情も、8年前のコバケンのときとは違っていたように感じたのは、深読みしすぎでしょうか。
なお、アンサンブルとしてはあまり感心しない場面が多かったのですが、「シャルカ」のクラリネットや「ブラニーク」のオーボエなど、木管のソロの長いフレーズの表情などは、さすがに「お国もの」だと思いました。

繰り返しますが、音響の良い席で聴いたら、別の印象を持ったかもしれません。
客席からはブラボーの声が複数かかり、オケのメンバーが引き上げた後、無人の舞台に指揮者を呼び戻していました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月17日 (土)

ヤンソンス/バイエルン放送響(2007/11/17)

2007年11月17日(土)18:00
ミューザ川崎シンフォニーホール


指揮:マリス・ヤンソンス
バイエルン放送交響楽団

ヴァイオリン:サラ・チャン

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番
マーラー/交響曲第5番


会場は大いに沸いていたので名演だったのだと思います。
ただ、私個人としては、座った席の音響のせいなのか、疲労気味だったせいなのか、不完全燃焼の演奏会でした。
この日座ったのは3階オルガン横の席でしたが、「ミューザにしては」という条件付きですが、意外に音が来ない印象。
きれいに鳴ってはいるのは理解できるものの、パワーを感じることが出来ません。
5月のゴールデンウィークの旅行中に、同じコンビの演奏する7番をウィーン・ムジークフェラインザールで聴いたときの、包み込まれるような豊饒感は再現しませんでした。
http://c-music.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/214_8655.html

1曲目のブルッフは、ヴァイオリンもオケも探り合うように開始したように聞こえました。
独奏は最初「きれいだけど、それだけでは…」と思って聴いていましたが、徐々に調子を上げ、情熱のこもった演奏を聴かせてくれました。
やや派手なアクションを見せる場面もあり、指揮台に寄っていって上目遣いに指揮者を見ながら煽るように弾くことも2~3回。
天下のヤンソンスさんを相手にたいしたものです。
しかし、派手なアクションや情熱的な演奏になっても、音がピカピカに磨き上げられたきれいなままなのは見事。
オケは第2楽章後半からエンジンがかかった感じでした。

後半のマーラーは、前述のように「音が迫ってこない」というもどかしさを感じながらの鑑賞でしたが、もしかしたら2階のP席あたりで聴いていたら、違った印象を持ったかもしれません。
第2楽章、第3楽章の終結部は「さすが」という迫力でしたし、第4楽章の美しさは比類がありませんでした。
この第4楽章は、心底「すばらしい!」と言える恍惚感を覚えるほどの感動で、私にとってこの日最良の瞬間でした。

なお、この日は、いくつか演奏以外で奇妙な出来事がありました。

まず、楽団に随行していると思われるカメラマン(たぶんドイツ人)が、マーラーの演奏中に客席を歩き回り、写真を撮っていたので驚きました。
第1楽章が始まったときは、2階正面の後方に立っていましたが、しばらくすると歩いて姿を消し、驚いたことに3階席オルガン横の私の席の真横に立ちました。
扉が開いたときは「え?」と思いましたが、入ってきたのがカメラマンだったので二度びっくり。
楽章間ではなく、演奏の途中です。
東京フィルだったら、楽章間だって入れてくれません!
そのカメラマンは、1楽章後半から2楽章前半にかけて私の横に居て、写真を撮っていました。
そんなに大きな音ではありませんが、シャッターの音もかすかに聞こえました。
修行の足りない私は、著しく集中力をそがれてしまいました。
その後、どこを回ったかは私の席からはわかりませんでしたが、最後は2階席正面の後方に戻り、通路で立ったり座ったりしていました。
3階席正面の席の人には目障りだったかもしれません。

それから、第3楽章が終わり、そろそろ第4楽章を始めようかという間合いに、突然ドタドタと大きな音がホール内に響き渡りました。
見ると、3階席正面から一人の人が慌てふためいたように、2-R1扉に向かっています。
http://www.kawasaki-sym-hall.jp/facilities/images/seet_2.jpg
移動距離は20メートルくらいと思いますが、その間ホール全体に大きな足音が連続的に響いていました。
ヤンソンスさんは振り返りはしませんでしたが、その音が止むのをじっと待ち、目で追っていたコンサートマスターと軽く目配せをしてから第4楽章を開始しました。
そんなことがあったにもかかわらず、第4楽章は前述のように素晴らしかったです。

この日はアンコールは一切無し。
定期演奏会を聴いているようで、これは好感が持てました。
最後はお約束のように、オケが引き上げた後に指揮者を無人の舞台に呼び戻して、コンサートはお開きになりました。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年11月16日 (金)

飯守泰次郎/ 東京シティ・フィル(2007/11/16)

2007年11月16日(金)19:00
東京オペラシティ・コンサートホール


指揮:飯守泰次郎
東京シティ・フィル


マーラー:交響曲第7番「夜の歌」


この曲は今年のゴールデンウィークの旅行中にも、ウィーンのムジークフェラインザールで聴きました。
演奏はマリス・ヤンソンス指揮のバイエルン放送交響楽団。
http://c-music.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/214_8655.html
この日の東京シティ・フィルとのオーケストラの技量の差は歴然としているはずです。
しかし音楽に対する感動の度合いにあまり差が無いのは面白いものです。

もちろん、感動の質は異なります。
飯守泰次郎さんとヤンソンスさんでは、音楽の方向性がかなり違います。
飯守さんの音楽は、期待(予想)通りの重量級のマーラー。
オーケストラのアンサンブルの乱れや管楽器のソロの技巧に対する不満もありますが、そんなことは気にならないくらいの迫力のある重い音が迫ってきます。
月並みな表現ですが、まるでワーグナーの音楽のようなマーラー。
そして、ところどころ、ブルックナーの音楽のように聞こえる瞬間もありました。
第4楽章の、次々とソロを務める楽器が変わっていく部分などはさすがに難しそうでしたが、全員による合奏の部分などは、本当に壮大な音楽でした。
好みもあると思いますが、こういうズシンと響く音楽は、飯守泰次郎さんの独断場だと思います。
文字通り「飯守さん風のマーラー」を聴いた一夜でした。

第1ヴァイオリンが16人の大きな編成でしたので、シティ・フィルの正団員の数から推定すると、半分近い奏者がエキストラだったのでしょう。
確かに弦楽器などは、前の方の奏者と後ろの方の奏者で、力の入り具合が微妙に異なっていたかもしれません。
でも全般的にはオケとしての一体感はあり、臨時編成の雰囲気ではありませんでした。

なお、この日は開演前にプレトークがありました。
私が会場に着いたときにはすでに舞台上に置かれたピアノに飯守さんが座り、この交響曲の聞き所を次々と弾いていました。
プレトークというよりは、プレコンサートの雰囲気。
この飯守さんの弾くピアノの音が、また重量級で快感。
コンサートの本番を前にしたイントロダクションとしては最高の音楽でした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年11月15日 (木)

ゲルギエフ/マリンスキー歌劇場管弦楽団(2007/11/14)

2007年11月14日(水)19:00
サントリーホール


指揮:ワレリー・ゲルギエフ
マリンスキー歌劇場管弦楽団

ピアノ:イェフィム・ブロンフマン


チャイコフスキー:交響曲第2番 「小ロシア」
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番「戦争ソナタ」
~第3楽章(アンコール)
スカルラッティ:ピアノ・ソナタK.11ハ短調(アンコール)
ショスタコーヴィチ:交響曲第15番
20071114





この日の公演だけを聴いたのなら、一曲目から「さすがはゲルギエフのチャイコフスキー」と思ったかもしれません。
しかし、11月11日に所沢で聴いた5番に比べると、この日の一曲目の2番は、やや緊張感が不足していたように聞こえました。
ゲルギエフさんの指揮も、楽譜に目を落としていることが多く、所沢で見せた、トップ奏者の譜面台に覆い被さるようにして煽る姿は見られません。
演奏中に髪を掻き上げる頻度もずいぶん低い。
もちろん、ところどころ「さすが!」と思わせる場面はあります。
日本のオケの定期演奏会でこのレベルの演奏がされたら、「大満足」と書くかもしれません。
でも、11月11日の所沢や、12日の川崎(東響)を聴いた後では、ちょっと不完全燃焼に感じられる一曲目でした。

さて、交響曲が終わると休憩ではなく、ピアノが用意されて協奏曲です。
40分を超える大曲がまるで序曲扱いですね。
ピアノ協奏曲では、ゲルギエフさんもオケも集中力を少し取り戻し、ブロンフマンさんのピアノと渡り合っていました。
Pブロックで聴いたので、私の席ではブロンフマンさんの「音」は半分くらいの威力になってしまっていたと思います。
意外とマイルドな感じに聞こえました。
オーケストラの響きも意外とマイルドに聞こえましたが、これは私の座った席の音か用のせいでしょうか?
11日の所沢でのサウンドは、まるで「プロコフィエフを演奏するための団体」という印象でしたが、この日に聴いた印象では、ところどころ、「あれ?ラフマニノフ?」と言いたくなるような甘美な場面もあったような気がします。

盛大な拍手に応えて、アンコールが2曲。
まずプロコフィエフのソナタですが、これが協奏曲の続きのような白熱した演奏。
協奏曲では「マイルド」に聞こえたピアノの音も、この曲では轟音となって伝わってきました。
2曲目は、会場の熱気をさまそうとするかのような静かな曲。
拍手がおさまって休憩に入ったときには、20時25分になっていました。

15分と、短めの休憩が終わり、後半はまた40分を超える交響曲。
ショスタコーヴィチの15番は、私はそんなに聞き込んでいるわけではありませんが、ところどころ強奏はあるものの、全体的には弱音部が支配しているような気がします。
ゲルギエフさんもオケメンバーも、緊張感と集中力を取り戻し、ソロパートも弱音での合奏も、整って雰囲気のある音を出していました。
もしかしたら、ゲルギエフさんなら、もっと凄い演奏もできたかも…という思いは残りましたが、私のようなショスタコーヴィチ初心者にとっては、十分に良い演奏でした。
オケメンバーも、握手をかわしたり、楽譜に何か書き込んだりしていました。

こうしてみると「一曲目のチャイコフスキーは必要だったのだろうか?」という思いも残ります。
演奏会が終わったのは21時40分くらいになっていました。
「小ロシア」を希望したのがゲルギエフさんなのか招聘元なのかは門外漢の私にはわかりませんが、やはり、ちょっと無理があったように思います。
オーソドックスに10~15分くらいの曲を演奏した後、プロコフィエフ~ショスタコーヴィチと演奏した方が良かったかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月12日 (月)

ゲルギエフ/東響(2007/11/12)

2007年11月12日(月)19:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ワレリー・ゲルギエフ
東京交響楽団


モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」
ベルリオーズ:幻想交響曲


プログラムの冊子の解説によると、ゲルギエフさんは、オーケストラの個性に合わせて、演奏スタイルを大きく変えることがしばしばあるそうです。
確かに、前日に所沢のミューズに響いたサウンドと、この日に川崎のミューザに響いたサウンドは、全くの別物でした。
演奏スタイル自体は、終盤にたたみかけていくようなもので、まぎれもなく同じ指揮者の演奏ですが、響きは全く異なります。
技量的にはマリインスキーの方が上なのでしょうが、私の個人的な好みで言えば、東響の上品なサウンドの方が好きです。
そして、東響定期会員の私にとっても、東響がこんなサウンドを響かせるなんて、感無量の演奏会でした。

前半のモーツァルトは、弾力性のある弦の音が、魅力的な音を奏でます。
ゲルギエフのモーツァルトがこんなに上品だなんて、前日の野蛮な「春の祭典」からは、想像もつきません。(当たり前か…)(^^ゞ
第3楽章までは、そんなに煽ることもなく、至福の空間を作り出していました。
そして、第4楽章に入ると、ややテンポを早めて、ゲルギエフらしい、たたみかけるような音の波状攻撃。
でも、決して上品さを失わない格調高い演奏。
「終わってほしくない」と思いながら聴いていた私は、第4楽章冒頭を繰り返したときに「儲かった!」と思ってしまいました。(我ながら浅ましい!)
「ピリオドアプローチではなく、普通のモダンオケの演奏」なんていう情報は、何の意味も持ちません。
申し訳ないけれど、普段の東響で聴いているモーツァルト(←私は満足して聴いていましたが)とは、レベルの違う演奏でした。

休憩後のベルリオーズになって、オケのサウンドが微妙に変化し、フランス風の響きになったように私は感じました。
「フランス風」と言ってもいろいろありますが、私には「フルネさんが都響を振ったときのサウンドを、もう少し輝かしくしたような音」のように聞こえました。
このベルリオーズのサウンドを聴いて、私は「前半はオーストリア風の音だったのかな?」と思いました。
前日、ストラヴィンスキーとチャイコフスキーとで、音ががらっと変わったのに比べれば、僅かな違いですが、やはりゲルギエフクラスになると、棒一本で音を変えてしまうんですね。
このフランス風の響きがまた魅力的。
さすがに奏者が前半に比べて倍増しているので響きの純度は多少低くなりましたが、それでも東響がこんなサウンドを出すなんて…。
たとえば、チューバの音だって、トロンバーンの音だって、普段聴いている東響とは、音の表情が全く違います。
ゲルギエフさんは、ところどころ煽るものの、第4楽章までは上品さを保って曲を進めた感じ。
第5楽章でパワー全開となりましたが、決して粗野な演奏ではありません。

演奏が終わって大喝采の中、楽員の皆さんが、ニコニコしながら隣の奏者と言葉を交わしていたのが印象的でした。
きっと、ゲルギエフさんの魔術にかけられてしまったことを、魔術から覚めた後で「良いひとときだった」と喜んでいたのだと思います。

…というわけで、やはりゲルギエフさんは別格でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月11日 (日)

ゲルギエフ/マリンスキー歌劇場管弦楽団(2007/11/11)

2007年11月11日(日)15:00
所沢市民文化センター ミューズ アークホール

指揮:ワレリー・ゲルギエフ
マリンスキー歌劇場管弦楽団

ストラヴィンスキー:「春の祭典」
チャイコフスキー:交響曲第5番
チャイコフスキー:「くるみ割り人形」から
「花のワルツ」「トレパーク」(アンコール)

実は私は、ゲルギエフさんのCDでは、あまり感動した記憶がありません。
そういうこともあってか、ゲルギエフさんを生で聴くのはこの日が初めてでした。

今回の来日公演では、本当は「冬の日の幻想」とラフマニノフの2番を聴きたかったのですが日程が合わず、この日、私の家からは少し遠い所にある所沢まで足を運びました。
ゲルギエフさんのCDでも聴いたことのある超有名曲の組み合わせに、「本当は他の曲を聴きたかったんだけどな~」と思いながら会場に向かいましたが、その思いが浅はかであったことを、ゲルギエフさんの力でねじ伏せられて悟らされたような、凄い演奏でした。

最初のチューニングの音を聴いたときに、ずいぶん昔に聴いた、フェドセーエフさん指揮のモスクワ放送交響楽団のことを思い出しました。
もちろん、このマリンスキー歌劇場管弦楽団は、モスクワ放送交響楽団とはだいぶ響きが異なります。
でも、西欧のオケとは明らかに異なるサウンドが聞こえてきます。
好みで言ったら、私の好みの音ではないのですが、これはこれで認めないわけにはいかない説得力を持った音です。
極論すれば「プロコフィエフを演奏するための団体」とでも言いたくなるような音に感じました。
前半のストラヴィンスキーでは特にその傾向が顕著で、いきなりパワー全開で、ロシアの大地からわき起こる野蛮な響きをとどろかせていました。
通常ならコンサートの最後に演奏される「春の祭典」で、演奏自体もコンサート終盤のノリですが、実はコンサートは始まったばかり。
咆哮する金管。
地響きをたてる低減。
炸裂する打楽器。
CDで聴いた演奏とは全く別次元の演奏が繰り広げられます。
普段聞き慣れているはずの曲が、全く新鮮な印象で迫ってきます。
一流と超一流の違いは、物理的には僅かな差だと思いますが、心理的には大きな差があることを再認識させられた演奏でした。
ゲルギエフさんは第1部と第2部の間で指揮棒をおろさず、したがって咳払いの嵐も起こらず、僅かなインターバルを置いて、全曲を続けて演奏しました。
本当に、あっという間に終わってしまった印象でした。

ひとつのコンサートが終わってハシゴしているような気分の休憩時間に、ハープ奏者が舞台上で音の調整をしています。
「花のワルツ」をアンコールで演奏しそうだ…ということがわかり、楽しみが増える中、演奏会は後半へ。

チャイコフスキーになるとオケの響きは一変します。
野蛮な響きから一転して、何とも言えない上品な雰囲気の響きになりました。
しかし、上品ではあるものの、雄弁に語りかけ、たたみかけるような演奏。
この曲の第2楽章がこんなに凄い音楽だったなんて、初めて知ったような気がするくらいでした。

ゲルギエフさんは指揮台を置かずにステージに直に立って、譜面台を置いて、指揮棒を持っての指揮。
指揮台を置かない理由は、おそらく動き回るからでしょう。
時には、トップ奏者の譜面台に覆いかぶさるくらいにして、煽ったりしていました。
指揮をしながら、しきりに髪を気にして掻き上げていたのは、我らがマエストロ小澤征爾さんと同じくらいの頻度です。

ゲルギエフさんは、この交響曲でも第1楽章と第2楽章の間、および第3楽章と第4楽章の間で手を下ろさず、わずかな間をおいて続けて演奏しました。
第2楽章の後は、奏者が楽譜をめくる関係で若干間が空き、僅かな咳払いが起きてしまいましたが、会場全体がゲルギエフさんの魔術にかかってしまったかのような静寂さでした。
第2楽章の終わりでは、ゲルギエフさんは指揮棒を全く動かさず、それでいて音楽が鳴り続け、そしてピタッと終わったのはちょっとびっくりしました。

第3楽章も決して軽くなく、力強い音のパレード。
そして第4楽章は、普通に演奏しても会場が沸く曲なのに、ゲルギエフさんのパワフルな指揮による演奏ですから、ブラボーの嵐にならない方が不思議。

アンコール1曲目は、休憩時間にハープ奏者によって“予告”された「花のワルツ」。
この曲のために出ていたハープ奏者は、冒頭のソロを力強く雄弁に奏で、ゲルギエフさんはその間指揮棒をおろして、完全に任せていました。
交響曲のひとつの楽章のようなワルツは、まるで第5交響曲の第5楽章のよう。
中間部を結構煽った後、終結部はあまりたたみかけずに上品に終了しました。
まるで“5楽章のシンフォニー”の後の“本当のアンコール曲”のような「トレパーク」が小気味よく演奏され、大ホールの空間を完璧に支配したゲルギエフさんは去っていきました。

結論としては、ゲルギエフさんのCDを聴いても、真価はわからないということになりそうです。
評論家風に言えば、ゲルギエフさんの音楽は「マイクに入りきらない」ということになるのでしょう。
最初、「マリインスキーのオケの音は、私の好みとは違う」と思っていましたが(今でも少し思っていますが)、聞き込むとくせになりそうな魅力的な音ではあります。

雑誌の記事によると、ゲルギエフさんの演奏会は、多忙と過密スケジュールにより、ときには不出来のときがあるそうです。
「ハズレにあたらなければいいな」と多少心配していましたが、この日は来日後5日連続の公演をこなした後、2日休んだ後の演奏会でしたので、心配は杞憂でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月10日 (土)

スダーン/東響(2007/11/10)

2007年11月10日(土)18:00
サントリーホール


指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団

ヴァイオリン:イザベル・ファウスト


ハイドン:交響曲第9番
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番から(アンコール)
シューベルト:交響曲第8番「ザ・グレイト」

20071110




シューベルトの第3楽章から音が変わったように感じたのは、私の気のせいでしょうか?
第1、第2楽章は、もちろん「水準以上」ではあるものの、今ひとつ音が響いていないような気がしていました。
後半、第3、第4楽章の音の伸び、躍動感は非常に魅力的で、「スダーンのグレイト」として期待される演奏を、十分に体現していたと思います。
この2つの楽章を聴いただけでも「来て良かった」と思いました。

この日、私は体調があまり良くなく、この演奏会に行くかどうか迷っていました。
しかし、ハイドンの交響曲が大好きな私にとって、ハイドンが演奏されるのにチケットを無駄にするわけにはいきません。
「つらかったら、前半だけ聴いて帰ろう」と思って会場に向かいました。
結局、後半まで居ましたが、これは正解でした。

会場に入ると、舞台上にはバロックティンパニが置かれていましたが、ハイドンはティンパニ無し。
その代わり(?)チェンバロが入ります。
後期の、モーツァルト死後のハイドンの交響曲を知っている者にとっては、どうしても「初期の」「かわいらしい」曲と聞こえてしまいますが、プログラムの冊子によると、終楽章にメヌエットを持ってきたユニークな曲のようです。
とりあえず、はつらつとした演奏で、珍しい曲を生で聴けて良かったです。

メンデルスゾーンからはバロックティンパニが加わります。
オケの合奏になると、通常のティンパニとの差は私にはよくわかりませんが、スダーンは9月の「田園」でもバロックティンパニを使っていたので、初期ロマン派くらいまではバロックティンパニを使うのでしょうか。
ファウストは長身の女性で、スダーンと並んでも同じくらいの身長があります。
この人の演奏は、私には「後半追い込み型」のように聞こえました。
第1楽章の冒頭は、音はきれいなものの、やや線の細い音を淡々と弾いているような印象で、「やはり超有名曲で聴衆をうならせるのは難しいんあだろうなぁ」なんて思いながら聴いていました。
しかし音楽が進むにつれて徐々にノッてきて、第1楽章の終盤はなかなかの迫力。
第2楽章を経て第3楽章をチャーミングな表情の音楽で始めると、また徐々に迫力を増し、終盤は大きな手振りでの好演。
圧倒するような強い音ではなく、あくまでもきれいな音ですが、ライブ向きの演奏家なのかもしれません。
1曲聴いただけなので断言は出来ませんが、リサイタルで、もし前半が今一歩だったとしても、最後まで残って聴いた方が良いかもしれません。

満場の大喝采に応えてアンコールにバッハの無伴奏を演奏。
ただ、私としては、メンデルスゾーンの終楽章の、うきうきするような音楽の余韻を消されたようで、あまり嬉しくありませんでした。

メンデルスゾーンのオケパートは、シューベルトの前半の2つの楽章と同じような印象。
もしかしたら、ゲルギエフ指揮の演奏会を2日後(11月12日)に控えて、練習時間の制約があったのかな…なんて勘ぐってしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 2日 (金)

都響の2008年度

東京都交響楽団のホームページに、2008年度のシリーズが掲載されました。
http://www.tmso.or.jp/j/concert_ticket/by_month/

プリンシパル・コンダクターに就任するエリアフ・インバルさんの登場が結構少なくて意外でした。
定期演奏会では、4月のA、Bシリーズでマーラーの8番を振りますが、その後は2008年3月でBシリーズのラヴェル・プロのみ。
それ以外では、2008年3月のプロムナード・コンサートを振るだけです。

レジデント・コンダクターに就任する小泉和裕さんも意外に少なく、定期は5月のAシリーズのみ。
あとは11月に、プロムナード・コンサートと東京芸術劇場シリーズを振るだけです。

その他、私の注目としては、9月の東京芸術劇場シリーズを大野和士さんが振ることと、10月の定期Aシリーズで小林研一郎さんがスメタナの「わが祖国」を振ることくらいでしょうか。

結構私があまり名前を知らない指揮者もいて、どういう人たちなのか、調べてみる必要はあるかもしれません。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »