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2008年1月19日 (土)

秋山和慶/東響(2008/01/19)

2008年1月19日(土)18:00
サントリーホール


指揮:秋山和慶
東京交響楽団
(第552回定期演奏会)
ヴァイオリン:前橋汀子

ハイドン:交響曲第94番「驚愕」
諸井誠:JSB(ヨハン・セバスティアン・バッハ)へのオマージュⅡ
     ―ヴァイオリンとオーケストラのための協奏組曲
     (2006-8年改訂版)
R.シュトラウス:家庭交響曲


コンサート会場を出て家路についても、頭の中に“先ほど聴いた音”が鳴り続ける。
家に着いても、CDやFMはおろか、テレビさえつけたくない。
こんな幸せなことはありません。
この日、サントリーホールに響き渡った家庭交響曲のサウンドは、本当に心地良いものでした。

秋山さんの指揮する家庭交響曲は、20年以上前の1985年に、東京文化会館での東響定期演奏会でも聞きました。
あの頃も、秋山&東響と言えば、かなりの好演が期待できましたが、20年の歳月、20年間の秋山さんの円熟、20年間の東響の進歩は、今さら言うことではありませんが、感無量です。
当時の演奏を克明に覚えているわけはありませんが、当時の東響は、こんな豊饒なサウンドは出せなかったと思いますし、フルスケールの大音量から、ふと再弱音に切り替わったときの微妙なニュアンスも、十分には表現できなかったと思います。
この日の東響の響きは本当にカラフルな音色で、ドイツ風と言うよりはアメリカ風のリヒャルト・シュトラウスだと感じましたが、聴いていて痛快でした。
強いて重箱の隅をつつけば、木管がさらに弦と溶け合ったハーモニーになったら…という思いもありますが、そんなことはほんの些細なことです。
比較的演奏される機会の少ない曲だと思いますし、私も過去に生演奏では2回しか聴いたことがありませんが、この日の演奏に満足しましたので「もう、しばらくは聴かなくてもいいや」というくらいの気持ちになりました。
(演奏終了時のフライング気味の「ブラボー」の声にはちょっと驚きましたが…。)

なお、後半だけでなく、前半の演奏もなかなかのものでした。

まずハイドンですが、(私は秋山さんのファンであるにもかかわらず)実はあまり期待していませんでした。
以前、秋山さんの指揮で聴いたモーツァルトの交響曲第40番が、ずいぶん古めかしく感じたからです。
東響がスダーンさんの時代になって、ピリオドアプローチの影響を受けた演奏が多くなった頃に聴いたので、そう感じてしまったのかもしれません。
しかし、この日のハイドンの演奏は、“立派な”交響曲でした。
モーツァルトの40番が1788年、この日の「驚愕」が1791年、ベートーヴェンの1番が1800年に完成しています。
一般には「ハイドン→モーツァルト→ベートーヴェン」のように言われますが、ハイドンは長生き、モーツァルトは早世だったので、本当は「ハイドン→モーツァルト→ハイドン→ベートーヴェン」だと私は勝手に思っています。
深読みしすぎかもしれませんが、ベートーヴェンの1番につながる交響曲の演奏にふさわしい、格調高い、堂々たる演奏だと思いました。
また、第2楽章を筆頭に、東響の弦の音とは、本当にチャーミングでした。

私は、ハイドンの交響曲のCDでは、ショルティの演奏が結構好きです。
評論家の先生方の評判はあまり良くありませんが、ピリオドアプローチではない“昔ながらの演奏”なのに、さすがはショルティだけあって、スピード感とアタックと迫力のある演奏に仕上がっています。
この日の秋山さんの“ピリオドアプローチではないけれども推進力のある演奏”を聴いて、「多少、ショルティのハイドンに通じるものがあるのかな?」と感じました。
「秋山さんの指揮で、もっとハイドンを聴きたい!」と思いましたが、東京ではおそらく無理でしょう。
広島交響楽団の「ディスカバリー・モーツァルト&ハイドン シリーズ」が聴ける広島の方がうらやましくなりました。

次に、諸井誠さんの曲ですが、単純に“音”を聴いている限りでは、結構面白く聴けました。
ただ、プログラムの冊子に書かれている作曲者本人による曲目解説には、「大幅な改訂を加えたこと」などしか書かれていません。
どこがバッハへのオマージュなのか、どういう狙いで書いた作品なのかは、わかりませんでした。
ですから、私の曲に対する理解度は低いと思いますが、この曲を魅力的に聴かせてくれた最大の功労者は、ヴァイオリン独奏の前橋汀子さんだったと思いました。

1995年の東響定期で、前橋さんのブルッフのヴァイオリン協奏曲を聴いたことがありますが、そのときの私の印象は「演歌の熱唱のような」というものでした。
こぶしを効かせるように、節回しに思い切った表情付けをした濃厚なブルッフでした。
私個人としては、そのときは「熱演だけど、ちょっと濃すぎるなぁ…」と感じましたが、それだけ感情を込めて弾いてくれるヴァイオリニストは、そう多くはないと思います。

この日の前橋さんは、さすがにロマン派の曲ではないので「演歌の熱唱」にはなりませんでしたが、現代音楽(?)とは思えないほど力を込めて、思い入れたっぷりに弾きました。
現代音楽の演奏でたまに出くわす「楽譜をとりあえず音にしてみた」というレベルの演奏ではなかったと思います。
勝手な推測ですが、諸井さんも(この演奏が作曲者の意図に合致していたかどうかは別として)ここまで思い入れのある演奏をしてくれるとは思っていなかったのではないでしょうか。

1階席やや後方の客席で聴いていた諸井さんは、舞台からの秋山さんと前橋さんの呼びかけに応じて立ち上がり、舞台に向かって拍手をしたり、お辞儀をしたりしていましたが、舞台には上がりませんでした。
1階席前方や2階席正面のお客さんは、全く見えなかったと思います。
私は、この曲を結構面白く聴いたので、もっと作曲者に拍手を浴びせたい気持ちになりました。

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