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2008年1月の11件の記事

2008年1月31日 (木)

ノリントン/シュトゥットガルト放送響(2008/01/30)

2008年1月30日(水)19:00
サントリーホール


指揮:ロジャー・ノリントン
シュトゥットガルト放送交響楽団

ヴァイオリン:ジャニーヌ・ヤンセン

ヴォーン・ウィリアムズ :劇音楽「すすめばち」(むずかし屋)序曲
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番~サラバンド(アンコール)
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
ブリテン:「マチネ・ミュージカル」から「行進曲」(アンコール)
シューベルト:劇音楽「ロザムンデ」間奏曲 (アンコール)

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メンデルスゾーンでは拒否反応が出たのに、ベートーヴェンには大いに惹きつけられたということは、私がまだロマン派の音楽に関しては保守的なのかもしれません。
前半が終わって休憩に入ったときには、正直「やはり、場違いな“異教徒の集い”に来てしまったかな…」と思いました。
「メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲って、こんなに静かな曲だったっけ?」と思いながら聴いていました。
良く言えば繊細、悪く言えば神経質。
「本当に、これが、あの有名な曲?」と思うほどで、切々と歌う場面は皆無の演奏。
ヤンセンさんのソロも、基本的にはノリントンさんの音作りのコンセプトの枠内での自己主張だったと思います。
はっきり言って、後半もノリントンさんの音を聴き続けることに、少し抵抗感すら感じてしまいました。

しかし、後半のベートーヴェンでは、私の印象は一変しました。
もっとも、おそらく変わったのは聴いていた私の方であって、ノリントンさんの音楽は首尾一貫、いっさい変わっていなかったのでしょう。

何気ないフレーズにつけられた極端なアクセント。
ティンパニの突然の強打。
主旋律ではないパートの雄弁な表情。
急に音量を絞るかと思うと、逆に意図的なクレッシェンド。
これらの「奇をてらっている」と感じてもおかしくない“小細工”が、どれも説得力を持った音として迫ってきます。
前半2楽章が、いや、全4楽章が、こんなに次から次へと面白く、あっという間に終わったように感じたのは初めてかもしれません。
演奏が終わった後、「もう1回、最初から全曲を聴きたい」とすら思いました。
しかも、緻密に組み立てられた音楽のはずなのに、生演奏ならではのスピード感と高揚感がありました。

私は今まで、ノリントンさんのことは、勝手にイメージを思い描いて、ずっと“聴かず嫌い”で来ていましたが、今回は知人の絶賛もあったので、チケットを購入しました。
やはり、その評判通り、ノリントンさんは凄かった!

ちなみに、この日のノリントンさんの指揮の身振りは、曲によってかなり異なっていました。
1曲目では指揮棒が比較的きれいに拍子を刻んでいました。
指揮姿は「美しい」と思えるほど、きれいな棒でした。
2曲目では指揮棒を持たず、どちらかと言うと表情付けをするような指揮ぶり。
3曲目では、再び指揮棒を持っていましたが、拍子をとることはほとんどせず、号令をかけているような感じ。
この号令に従って、これだけ緻密な音楽を奏でるのですから、オーケストラが凄いのか、リハーサルが徹底しているのか…。

ノリントンさんは、英雄交響曲の第1楽章と第2楽章の間で、聴衆の咳がなかなか止まないと、「おい、まだかい?」とでも言いたげに客席を振り向いて笑いを誘っていました。
第3楽章開始時は、いったん静かになった後、咳をした人がいたので、動かしかけた指揮棒を止めました。
音を大事にしている証でしょう。
第3楽章と第4楽章の間は続けずに、いったん間合いを取りましたが、違和感はありませんでした。

それにしても、全席完売の会場を埋めた聴衆は、みなノリントンさんの信者なのでしょうか?
こんな異端の(?)演奏にもかかわらず、老若男女、みな絶賛に近い熱烈な拍手。
私のような初見参の者から見ると、やはり“異教徒の集い”の印象です。
しかし、私もとうとう“異教徒”に一歩足を踏み入れてしまったようです。

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2008年1月27日 (日)

関西二期会「ナクソス島のアリアドネ」(2008/1/27)

2008年1月27日(日)14:00
新国立劇場(中劇場)

関西二期会
指揮:飯守泰次郎

R.シュトラウス:ナクソス島のアリアドネ

このオペラのチケットを買った動機は、飯守泰次郎さんの指揮だったことと、今まで入ったことのなかった中劇場に入ってみたかったことです。
「ナクソス島のアリアドネ」を映像でも観たことがなかったのも動機のひとつでした。

確かこのオペラは、カール・ベームさんの最晩年に、ザルツブルク音楽祭か何かで、当時若手だったエディタ・グルヴェローヴァさんがツェルビネッタを歌って大旋風を巻き起こしたと記憶しています。
当時は私はあまりオペラに関心がなかったので、NHK-FMで放送されたライブ録音も聴かなかったと思いますが、それでも「グルヴェローヴァさんが歌うくらいの、難しい超絶技巧のアリアがあるオペラ」ということだけは、頭に刷り込まれていました。
したがって、今回の歌手陣に関しては未知数であることは認識した上でのチケット購入でした。

そうこうしていると、1月25日の公演のネットでの(一般のファンではなくて、専門家筋の方の)評判が芳しくない。
「おやおや、どうなることか」と思いながら会場に向かいました。

冒頭に書いたように、新国立劇場の中劇場に入るのは初めてです。
2階席でしたが、1000人規模のキャパですので、舞台がずいぶん近い。
舞台だけでなく、オーケストラ・ピットの中も良く見えました。
なかなか良いアングルで、嬉しくなりました。

私の座った席のランクはA席。
発売初日の昼の時点で、すでにB席、C席は売り切れていましたが、チラシの裏のシートマップを見て納得。
大半(1階席全てと2階正面1~2列)がS席で、A席~C席は非常に少ないのです。
特にC席など、10席あったのかどうか…。
この日座ってみた印象では、全席均一料金でも良いくらいにも感じましたが、「努力した人には多少安く提供しますよ」という姿勢なのかもしれません。

このオペラは初めてだったので「長いから途中でトイレに行きたくなったらどうしよう」と心配して水分控えめで臨みましたが、プロローグとオペラ(劇中劇)の間に25分の休憩があって一安心。
休憩を入れるのが普通なのかどうかは知りませんが、集中力を維持するためには私は嬉しかったです。
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そして、事前の心配にもかかわらず、飯守さんの指揮、関西フィルの演奏、歌手陣の歌唱とも、私は十分に楽しみました。
歌手陣が「絶叫」との評もありましたが、確かに一部に「あ、叫んでしまった」と思われる部分がないわけではありませんでしたが、概ね、1000人の空間に見合った声の出し方をしていたと思います。

プロローグでは「作曲家」役の福原寿美枝さん(アルト)が私は良かったです。
「叫ぶ」ような歌唱は感じられず、きれいな声を保ったまま、感情の起伏を良く表していたと思います。

オペラ(劇中劇)では、やはりツェルビネッタ役の日紫喜恵美さん(ソプラノ)。
アリアの終盤で、ちょっと絶叫気味になった部分もありましたが、そんなことはどうでも良く、この方のコロコロ転がるようなかわいらしい声の魅力は、持って生まれたものでしょう。
もっと歌い込めばさらに良くなるかもしれませんが、まずは、この生来の声の魅力に触れることができ、大いに魅了されました。

終盤のアリアドネ(畑田弘美さん、ソプラノ)とバッカス(竹田昌弘さん、テノール)の二重唱も、飯守さんの指揮に乗ってうっとりとするひとときを創出しました。
最後の静かな部分で「幕が閉まり始めて拍手が起きてしまったら…」と心配しましたが、会場全体静かなまま最後の音が鳴り終わるまで拍手は起きず、嬉しかったです。

道化達の歌と踊りもコミカルで楽しかったですが、もうちょっと、シリアスな雰囲気をぶちこわすようなインパクトがあれば、なお良かったと感じました。
私の前の席の人は、くすくす笑っていましたが、私は残念ながらその域までは到達しませんでした。
ふと、このオペラをウィーン・フォルクスオーパーが上演したら、どうなるだろう?と思ってしまいました。

ひとつだけおかしかったのは、バッカスが船に乗って出てくる場面で、私の座った左側の席からは、船が先端の部分だけしかないことが丸見えだったこと。
関西の劇場に合わせて製作したものを、扇型に広がった新国立劇場の中劇場に持ってきたためでしょうか?
まあ、御愛嬌ということで、目くじらをたてることではありません。

終演後はブラボーも飛び、特に飯守泰次郎さんへのブラボーがすごかったです。
(一人、ブーイングをしていた人も居ましたが。)
飯守さんの指揮は、東京シティ・フィルで見るときは「この人、本当に齋藤秀雄門下なの?」と思うくらいなのですが、この日のオケピットの中では、ちゃんときれいに振っていたように見えました。
シティ・フィルのときは、わざときれいに振らないようにしているのでしょうか?

演出はオーソドックスなものだと思います。
昨今の過激な演出が好きな方には物足りないでしょうが、私はこのオペラを初めて観たので、初鑑賞には適した演出で良かったと思います。

…というわけで、専門家ではなく、一般のファンの私としては、事前の杞憂を吹き飛ばして、大いに満足して帰ってきました。

【指揮】飯守泰次郎
【演出】松本重孝
【装置】荒田良
【衣裳】八重田喜美子
【照明】服部基
【振付】石井潤
【舞台監督】菅原多敢弘
【演出助手】豊田千晶
【公演監督】蔵田裕行
【管弦楽】関西フィルハーモニー管弦楽団

キャスト
【執事】蔵田裕行
【音楽教師】萩原寛明
【作曲家】福原寿美枝
【テノール歌手/バッカス】竹田昌弘
【士官】角地正直
【舞踏教師】北村敏則
【かつら師】服部英生
【下僕】木村克哉
【ツェルビネッタ】日紫喜恵美
【プリマドンナ/アリアドネ】畑田弘美
【ハレルキン】大谷圭介.
【スカラムッチョ】八百川敏幸
【トルファルディン】藤田武士
【ブリゲルラ】馬場清孝
【ナヤーデ】高嶋優羽
【ドリャーデ】山田愛子
【エコー】森原明日香

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2008年1月25日 (金)

ボッセ/神奈川フィル(2008/01/25)

2008年01月25日(金)19:00
横浜みなとみらいホール

指揮:ゲルハルト・ボッセ
神奈川フィル
(第241回定期演奏会)

J.C.バッハ:シンフォニア ト短調作品6-6
ハイドン:交響曲第94番「驚愕」
ベートーヴェン:交響曲第7番

古典派の交響曲の歴史を、迫力とスピード感のある演奏でたどることができました。

私がヨハン・クリスティアン・バッハの曲を聴くは、もしかしたらこの日が初めてかもしれません。
プログラムの冊子によれば、J.S.バッハの末っ子で、ハイドンより2歳年下とのことです。
聴く前は「バッハ」という名前から「J.S.バッハの亜流」をイメージしてしまいましたが、聴いてみると、全く作風は違います。
プログラムの冊子には「偉大な父親の呪縛からは解き放たれて」とありますが、まさにその通りであることを、この日の演奏で確認しました。
この曲は、急-緩-急の3楽章構成で、交響曲の先駆けとなったジャンルとのこと。
劇的な第1楽章と第3楽章、ロマンティックではないが気品のある緩徐楽章など、とっても魅力的な曲です。

神奈川フィルの弦が美しい!
ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスターだったボッセさんに、かなり鍛えられたのでしょうか?
昨年2回ほど聴いた神奈川フィルの定期のときよりも格段にきれいに聞こえました。
もっとも、座った席は違うので、一概には比較できませんが…。

ハイドン好きの私は、J.C.バッハのこの曲が気に入ったので、他の曲も聴いてみたくなりました。
しかし、プログラムの冊子によれば、シンフォニアだけで60曲あまりも作曲しているとのこと。
「ハイドンの交響曲ですらまだ聴き込んではいないのに、J.C.バッハに手を出したら、時間がいくらあっても足らない」と思いましたが、そこに宝の山があることだけは覚えておきたいと思いました。

続いて、この日の私のお目当てのハイドン。
昨年10月30日の都響12月7日12月8日の札響と、勝手に“ボッセ・ハイドン・ツィクルス”と心の中で名付けて聴きに行っていますが、「驚愕」一曲とはいえ、聞き逃すわけにはいきません。
その期待通り、素晴らしい演奏でした。
80歳台後半の指揮者が振る演奏の新しいこと!
ピリオド奏法ではありませんが、明らかにピリオドアプローチが台頭した以降の演奏スタイル。
それでいて決して軽くなく、芯の据わった音。
この曲でも弦楽器の美しさは比類なく、フルートを始めとする木管の積極的な演奏も大変魅力的でした。
雑な音はいっさいなく、ちょっとした音まで表情が込められています。
以前聴いた神奈川フィルの演奏会で「極細部の詰めが…」と感じた面影は皆無でした。

ここで帰ってしまっても大満足…という状態の幸せな休憩時間の後は、さらに輪をかけてノリノリのベートーヴェン。
ボッセさんは、4つの楽章を、ほぼ続けて演奏しました。
緊張がとぎれず、交響詩のような効果を生んでいて、良かったと思います。
このボッセさんの推進力は、もし若手の駆け出しの指揮者が真似をしたら、一歩間違えば「爆演系」の粗野な演奏になるかもしれません。
しかし、さすがはボッセさん。
スピードと迫力と格調を兼ね備えた、ピリオドアプローチ以降の、現代のベートーヴェン演奏を満喫しました。

この日のベートーヴェンの曲が1番や2番ではなく、7番であるところが、プログラミングのうまさでしょう。
J.C.バッハが1770年出版、ハイドンが1791年作曲、ベートーヴェンが1813年初演とのことです。
ほぼ20年の間隔で「交響曲がこのように発展してきた」ということが、演奏会全体を通して、そして7番の終楽章の圧倒的な迫力によって示されたような気がします。
選曲、演奏ともに、素晴らしい演奏会でした。

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2008年1月19日 (土)

秋山和慶/東響(2008/01/19)

2008年1月19日(土)18:00
サントリーホール


指揮:秋山和慶
東京交響楽団
(第552回定期演奏会)
ヴァイオリン:前橋汀子

ハイドン:交響曲第94番「驚愕」
諸井誠:JSB(ヨハン・セバスティアン・バッハ)へのオマージュⅡ
     ―ヴァイオリンとオーケストラのための協奏組曲
     (2006-8年改訂版)
R.シュトラウス:家庭交響曲


コンサート会場を出て家路についても、頭の中に“先ほど聴いた音”が鳴り続ける。
家に着いても、CDやFMはおろか、テレビさえつけたくない。
こんな幸せなことはありません。
この日、サントリーホールに響き渡った家庭交響曲のサウンドは、本当に心地良いものでした。

秋山さんの指揮する家庭交響曲は、20年以上前の1985年に、東京文化会館での東響定期演奏会でも聞きました。
あの頃も、秋山&東響と言えば、かなりの好演が期待できましたが、20年の歳月、20年間の秋山さんの円熟、20年間の東響の進歩は、今さら言うことではありませんが、感無量です。
当時の演奏を克明に覚えているわけはありませんが、当時の東響は、こんな豊饒なサウンドは出せなかったと思いますし、フルスケールの大音量から、ふと再弱音に切り替わったときの微妙なニュアンスも、十分には表現できなかったと思います。
この日の東響の響きは本当にカラフルな音色で、ドイツ風と言うよりはアメリカ風のリヒャルト・シュトラウスだと感じましたが、聴いていて痛快でした。
強いて重箱の隅をつつけば、木管がさらに弦と溶け合ったハーモニーになったら…という思いもありますが、そんなことはほんの些細なことです。
比較的演奏される機会の少ない曲だと思いますし、私も過去に生演奏では2回しか聴いたことがありませんが、この日の演奏に満足しましたので「もう、しばらくは聴かなくてもいいや」というくらいの気持ちになりました。
(演奏終了時のフライング気味の「ブラボー」の声にはちょっと驚きましたが…。)

なお、後半だけでなく、前半の演奏もなかなかのものでした。

まずハイドンですが、(私は秋山さんのファンであるにもかかわらず)実はあまり期待していませんでした。
以前、秋山さんの指揮で聴いたモーツァルトの交響曲第40番が、ずいぶん古めかしく感じたからです。
東響がスダーンさんの時代になって、ピリオドアプローチの影響を受けた演奏が多くなった頃に聴いたので、そう感じてしまったのかもしれません。
しかし、この日のハイドンの演奏は、“立派な”交響曲でした。
モーツァルトの40番が1788年、この日の「驚愕」が1791年、ベートーヴェンの1番が1800年に完成しています。
一般には「ハイドン→モーツァルト→ベートーヴェン」のように言われますが、ハイドンは長生き、モーツァルトは早世だったので、本当は「ハイドン→モーツァルト→ハイドン→ベートーヴェン」だと私は勝手に思っています。
深読みしすぎかもしれませんが、ベートーヴェンの1番につながる交響曲の演奏にふさわしい、格調高い、堂々たる演奏だと思いました。
また、第2楽章を筆頭に、東響の弦の音とは、本当にチャーミングでした。

私は、ハイドンの交響曲のCDでは、ショルティの演奏が結構好きです。
評論家の先生方の評判はあまり良くありませんが、ピリオドアプローチではない“昔ながらの演奏”なのに、さすがはショルティだけあって、スピード感とアタックと迫力のある演奏に仕上がっています。
この日の秋山さんの“ピリオドアプローチではないけれども推進力のある演奏”を聴いて、「多少、ショルティのハイドンに通じるものがあるのかな?」と感じました。
「秋山さんの指揮で、もっとハイドンを聴きたい!」と思いましたが、東京ではおそらく無理でしょう。
広島交響楽団の「ディスカバリー・モーツァルト&ハイドン シリーズ」が聴ける広島の方がうらやましくなりました。

次に、諸井誠さんの曲ですが、単純に“音”を聴いている限りでは、結構面白く聴けました。
ただ、プログラムの冊子に書かれている作曲者本人による曲目解説には、「大幅な改訂を加えたこと」などしか書かれていません。
どこがバッハへのオマージュなのか、どういう狙いで書いた作品なのかは、わかりませんでした。
ですから、私の曲に対する理解度は低いと思いますが、この曲を魅力的に聴かせてくれた最大の功労者は、ヴァイオリン独奏の前橋汀子さんだったと思いました。

1995年の東響定期で、前橋さんのブルッフのヴァイオリン協奏曲を聴いたことがありますが、そのときの私の印象は「演歌の熱唱のような」というものでした。
こぶしを効かせるように、節回しに思い切った表情付けをした濃厚なブルッフでした。
私個人としては、そのときは「熱演だけど、ちょっと濃すぎるなぁ…」と感じましたが、それだけ感情を込めて弾いてくれるヴァイオリニストは、そう多くはないと思います。

この日の前橋さんは、さすがにロマン派の曲ではないので「演歌の熱唱」にはなりませんでしたが、現代音楽(?)とは思えないほど力を込めて、思い入れたっぷりに弾きました。
現代音楽の演奏でたまに出くわす「楽譜をとりあえず音にしてみた」というレベルの演奏ではなかったと思います。
勝手な推測ですが、諸井さんも(この演奏が作曲者の意図に合致していたかどうかは別として)ここまで思い入れのある演奏をしてくれるとは思っていなかったのではないでしょうか。

1階席やや後方の客席で聴いていた諸井さんは、舞台からの秋山さんと前橋さんの呼びかけに応じて立ち上がり、舞台に向かって拍手をしたり、お辞儀をしたりしていましたが、舞台には上がりませんでした。
1階席前方や2階席正面のお客さんは、全く見えなかったと思います。
私は、この曲を結構面白く聴いたので、もっと作曲者に拍手を浴びせたい気持ちになりました。

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2008年1月16日 (水)

コシュラー/都響「わが祖国」のCD

1月13日に聴いたプラハ交響楽団の「わが祖国」で、この曲を再び好きになったので、いくつかCDを聴き直してみました。
そのうちのひとつがコシュラー/都響「わが祖国」のCDです。

1981年7月20日、21日の2日間の演奏会の録音から編集されたもののようです。
私は2日目の21日の演奏会を会場で聴きました。
座った席は、確か3階R*列だったと思います。

そのときの印象は、熱気に満ちた演奏ではあったものの、東京文化会館の残響感のない音響のせいか、少し荒い演奏に感じたのを覚えています。
「ブラニーク」の最後など、ガチャガチャという感じで終わった印象がありました。
コシュラーさんの「わが祖国」は、その少し前に海外でのスロバキア・フィルとの演奏がFMで放送され、カセットテープに録音して愛聴していたのですが、ずいぶん印象が違いました。

しかし、このCDの音は、マイクの位置が良かったのか、CD化にあたって音の処理がされたのかはわかりませんが、会場で聴いたのとはずいぶん印象が違います。
こんなに素晴らしい演奏だったんだ!
会場でガチャガチャという荒い音に感じた「ブラニーク」の最後も、CDで改めて聴くと、白熱した迫力のある演奏です。
25年以上前の、記憶から消えかけていた演奏をCDで追体験しているのは不思議な気分です。
「オーディオ装置はタイムマシンだ」と語ったオーディオ評論家の方がいましたが、まさにその感覚です。

ただ、当日(私の聴いた21日の方)では、「モルダウ」の後で拍手が起きていました。
CDにはその拍手は収録されていません。
また、「シャルカ」の後には休憩があり、当然拍手がありましたが、その拍手も収録さとれていません。
まあCDとして繰り返し聴く人のことを考えれば、拍手のカットは問題ないと思います。
曲と曲の間の“咳ばらい”も収録されていません。

なお、私はこの演奏会の終演後に楽屋口でコシュラーさんのサインをいただきました。
コシュラーさんは日本語を勉強していたようで、ファンの一人一人に名前を聞きながら、色紙にひらがなで「○○さんに。よろしく。」と書いて「Zdenek Kosler」とサインしてくれました。
今は亡きコシュラーさんの思い出です。
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2008年1月14日 (月)

ラヴェル「ボレロ」のCD

マゼール/ウィーン・フィルの「ボレロ」のCD(1996年録音)が、雑誌(「レコード芸術」2008年1月号)に「クセ者の面目躍如」「抱腹絶倒」と書いてあったので、買ってきて聴いてみました。
確かに、妙なヒネリというか、テンポの揺らし方、見得の切り方をしていて、面白いといえば面白いです。
「抱腹絶倒」と言うほど笑いはしませんでしたが、ニヤリとさせられる演奏でした。

そう言えば、別に意識して買い集めてはいませんが「ボレロ」のCDはいつの間にか何枚か持っていますので、久しぶりに聴き比べてみました。
「ボレロ」という曲は、もともと繰り返しの曲なので、8枚続けて聴いても飽きません。
他の曲なら、そうはいかないでしょう。

■アバド/ロンドン交響楽団(1985年録音)

変わり種としては、こちらをマゼールよりも上位にすべきだと思います。
クライマックスで興奮したオケのメンバーから叫び声が上がっていることで有名(?)な演奏です。
発売された頃、知人に聴かせてもらったときは「何じゃ、こりゃ」と思いました。
たぶん、まだLPだったと思いますが、かなり叫び声が強調された録音だったような印象が残っています。
それ以来、ず~っと「ゲテモノ」扱いで触れずに来ましたが、近年になってCDを買って聴いてみると、それほど叫び声が強調された印象はありません。
そして、演奏自体は、確かに叫び声を上げたくなるような高揚感です。
最近は、このCDを手に取ることが結構多いです。

■デュトワ/モントリオール交響楽団(1981年録音)

以前は「ボレロ」と言えば、このCDばっかり聴いていました。
やや速めのテンポがスマートで、響きの透明感もピカイチだと思います。
私がこのコンビでこの曲を生演奏で聴いたのは20年以上前の1985年ですが、今でも、そのときの鮮烈な印象が残っています。

■小澤/ボストン交響楽団(1974~5年録音

雑誌などで“名盤”として取り上げられることはほとんど無いと思いますが、終盤の迫力はスゴイと思います。
サイトウキネンもいいですが、個人的には、ボストン響時代の小澤さんの録音にも、凄い演奏がたくさん残っているような気がします。
ブラームスの交響曲第1番(1977年録音)も、同じような高揚感を感じたCDです。

■ミュンシュ/パリ管弦楽団(1968年録音)

悠然と始まり、良い香りがしてきそうな雰囲気を漂わせながら徐々に高揚し、最後は圧倒的な迫力。
横綱相撲の演奏だと思います。

■ブーレーズ/ベルリン・フィル(1993年録音)

ブーレーズは私の大好きな指揮者の一人ですが、このCDはどうも掴み所がよくわかりません。
もちろん不満の残る演奏ではありませんが、上記の数枚に比べると、手に取る回数は少なくなっています。
「ブーレーズを聴きたい」と思ったときは「春の祭典」やマーラーの交響曲のCDの方を手に取ってしまいます。
雑誌などでの評価は、かなり高い方の盤です。

■フルネ/東京都交響楽団(2004年録音)

フルネさんの「ボレロ」は、生で数回聴いていると思います。
いずれも上品な香りの漂う優雅な演奏でした。
このCDは、フルネさんの生演奏の印象を十分に捕らえているとは言えないかもしれませんが、フルネさんが引退した今となっては、貴重な記録のひとつであることは事実だと思います。

■マルティノン/パリ管弦楽団(1974年録音)

たまたま輸入盤の超廉価盤で買ってきたドビュッシーのCD(フランス国立放送管弦楽団、1973~4年録音)が素晴らしかったので、きっとラヴェルも素晴らしいだろうと思って買ってきたCDです。
「フランス風の香り」と言っても「デュトワ風」もあれば「フルネ風」もあり、ひとつではありません。
「マルティノン風」もまたこれらとは違いますが、まぎれもなく素晴らしい!
悠然と始まり、悠然と歩を進めますが、最後はたたみかけるように高揚して終わります。


…というわけで、スマートでスタイリッシュな演奏を聴きたいときはデュトワ、ゆったりと香りを味わいたいときはマルティノン、迫力と高揚感を味わいたいときはアバドか小澤、香りと迫力の両方を求めるならミュンシュ、ニヤリと笑いたいならマゼール…という選択になるでしょうか。
でも、こうして並べて聴いてみると、一番印象の薄かったブーレーズが、実は一番バランスが取れているのかな…と感じたりして面白いです。
いずれも素晴らしい演奏だと思います。

なお、クリュイタンスの「ボレロ」のCDは所有していませんでした。
雑誌の評ではこれをダントツのベスト盤に上げているものもあるので、「これを聴かずにボレロ」を語るべからず!」と叱られれば反論の余地は無いでしょう。
機会を見つけて聴いてみたいと思います。

そう言えばカラヤンの「ボレロ」のCDも持っていない…などと考え始めると、きりがありませんが…。

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2008年1月13日 (日)

コウト/プラハ響(2008/01/13)

2008年1月13日(日) 14:00
サントリーホール

指揮:イルジー・コウト
プラハ交響楽団


スメタナ:連作交響詩「わが祖国」全曲


ホールに入ると、舞台の上でハープ奏者二人が「ヴィシェフラト(高い城)」冒頭の練習をしています。まるで「今から我が祖国が始まりますよ~」と言うような最高の予告編で、気分はすっかり「わが祖国」モードに切り替わりました。

このコンサートのチケットを買ったのは、NHK-BSで放送された2005年11月のコウトさん指揮のN響の演奏会が素晴らしかったからです。
コウトさんはN響の定期会員だった1990年代に何回か聴いていますが、あまり記憶にありません。
しかし、その放送で聴いたブラームスの交響曲が推進力満点の迫力だったので、コウトさん指揮のコンサートに行きたくなりました。

また、2007年11月に聴いたチェコ・フィルの「わが祖国」が、(たまたま私の座った席の音響のせいかもしれませんが)私にとっては不完全燃焼だったので、チェコの指揮者とチェコのオケでのリベンジの意味もありました。
そして、その期待は、見事に満たされました。

オケの並びはチェロが右側に来る対向配置。
コンサートマスターを先頭にメンバーが入場し、次々に着席。
会場からは拍手が贈られます。
チューニングで何とも形容しがたい“チェコの香り”の音を確認した後、コウトさんが登場しました。

このオケの音は、言葉では形容しがたいのですが、まさにチェコのオケがボヘミアの曲を演奏する際に期待されるちょっとくすんだ音。
“透明感”とは対極にあるような音ですが、決して濁った音や汚い音ではありません。
フィラデルフィアやモントリオールとは全く違う音で、ウィーンとも違いますが、うっとりするような瞬間が多々あります。

“予告編”のあった「ヴィシェフラト(高い城)」冒頭のハープの出だしは、お約束通り指揮者は何もせずに立ったまま。
でも、何とも言えない間合いで演奏は進みます。
コウトさんが指揮を始めると、弦のアンサンブルが…、木管が…、金管が…、と、次々に妙技を繰り広げます。
ほんのちょっとしたフレーズでも、本当に丁寧に、しかし萎縮せずに歌います。
技術的にうまいオケは他にいくらでもあるでしょうが、この“チェコの音楽性”を“妙技”と言わないわけにはいきません。

「モルダウ」になるとハーモニーにさらに厚みが増し、うねるような音の流れが会場を包みます。
壮大なドラマを見るような「モルダウ」が終わったときには、拍手をしたい衝動に駆られました。
「やはりこの曲は演奏機会が他の5曲より多いから仕上がりが良いのかな?」と思いましたが、このハーモニーは「シャルカ」以降も継続しました。
宴会で夜が更けてみんな眠り込んだ後の、弦のザワザワという音は、この後の総攻撃を予感させる、少し背筋が寒くなる雰囲気を見事に表していたと思います。
私も少し背筋がゾクゾクしました。

「シャルカ」が終わったところで拍手をして良いのかどうか、会場は迷ったようで、最初はパラパラと拍手が起こりましたが、コウトさんが客席の方を向くと、盛大な拍手になりました。
ここで15分の休憩。
休憩後に登場したコウトさんを迎えた拍手は、さらに盛大でした。

「ボヘミアの森と草原から」「ターボル」「ブラニーク」と、“こうしてほしい”演奏が進みます。
単に“チェコの香り”を漂わせるにとどまらず、推進力と迫力で興奮させられたのはコウトさんの力量でしょう。
コウトさんの指揮の動作はスクロヴァチェフスキさんに似ているような気がしました。
手の動作だけでなく、ときどき口を開けてオケを煽るところも似ています。
譜面を見ながらの指揮でしたので、「わが祖国」の楽譜が6冊に分かれていることもわかりました。
なるほど、連作交響詩6曲なんですね。

この曲は、民俗色を漂わせる部分もありますが、シンフォニックな部分も多々あります。交響詩ですからあたりまえかもしれませんが、この日の演奏は、「交響」+「詩」を最適な配分で提示した、私にとっては理想に近い演奏でした。
演奏終了後はブラボーの声もかかり、盛大な拍手でした。

この日の会場は満席ではありませんでしたが、それなりにお客さんは入っていたと思います。
11月のゲルギエフでもこれくらいの入りでした。
当日券はS席とA席だけでしたが、確かにPブロックやLA、RAブロックは空席なし。
休日昼の公演で「ニューイヤーコンサート」と銘打っていましたが、会場のお客さんに浮ついた雰囲気は一切なし。
コウトさんの、あるいはチェコのオケの「わが祖国」を聴くのが目的で集まった聴衆は、平日夜の定期演奏会並みの集中力で聴いていたと思います。
定期演奏会並みにアンコールもなく、後味良く会場を後にしました。

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2008年1月12日 (土)

ブロムシュテット/N響(2008/01/12)

2008年1月12日(土)18:00
NHKホール

指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット
NHK交響楽団
(第1610回定期公演)

モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」
ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」


私は1985年4月から2000年2月までN響の定期会員でした。
その期間は4人の名誉指揮者が次々と来演していました。
デュトワさんの時代に移行した期間でもあり、スヴェトラーノフさんやプレヴィンさんが客演していた時期もありました。
今にして思えば、結構…いや、ずいぶん贅沢だったと思います。

しかし当時は「ブロムシュテットさんやサヴァリッシュさんが毎年のように聞けるのは当然のこと」と勘違いしてました。
(サヴァリッシュさんの最後の来日を「また次があるさ」とたかをくくって聞き逃してしまったのは苦い経験です。)
そうはいっても、当時もブロムシュテットさんが振る日は、かなりワクワクしたものです。
ニールセンの「不滅」やベートーベンの7番などの圧倒的な音響を懐かしく思い出します。

N響の定期会員を辞めた後は、ブロムシュテットさんは2001年にオーチャードホールで聴いただけで、NHKホールには足を運んでいませんでした。
そういうわけで、N響の名誉指揮者陣の中で唯一現役のブロムシュテットさんの演奏会を久しぶりに聴けるのを心待ちにしていました。

この日の席は1階席前方だったので、ブロムシュテットさんのお顔を間近で見ることが出来ました。
確かに、以前に比べれば「少し年をとったなあ…」というお顔をしていますが、とても80歳を越えている印象ではありません。
定期会員だった頃(つまり10年くらい前)に、「ブロムシュテットさんって、70歳になるとは思えない」と感じたのを思い出しました。
しかもこれは風貌の話しであって、歩く足元はまったくあぶなげなく、スタスタと歩いて登場するし、多少動作は少なくなったとはいえスクッと立ってきびきびとした動作の指揮ぶりです。
この様子なら、まだ2~3回は来日してくれるのではないか…と期待してしまいました。

1曲目のモーツァルトの交響曲は、当初発表の34番から変更になった曲。
34番も聴いてみたかった気がしますが、「プラハ」も好きな曲なので不満はありません。オケの並びは、第2ヴァイオリンが右側、チェロが左側に来る対向配置、コンサートマスターはペーター・ミリングさん(シュターツカペレ・ドレスデンのコンサートマスター)がゲスト・コンサートマスターとして座りました。
ブロムシュテットさんはこの曲は指揮棒を持たずに指揮。
ピリオド・アプローチではなく、伝統的な演奏の部類に入ると思いますが、第1楽章や第3楽章ではスピード感のある瞬間が多々あり、決して枯れた演奏ではありません。
ブロムシュテットさんは、ところどころで「シュッ」というような声(息?)を発して力を込めていました。
また、3楽章ではティンパニを「あれ?ピリオドアプローチ?」と思うくらい強打させていました。
一曲目から「ブラボー」の声が多数かかって、大喝采で休憩に入りました。

休憩時間に舞台上は、モーツァルトの小編成からブルックナーの大編成に配置転換。
モーツァルトでは「音が向かってくる」ような印象でしたが、後半のブルックナーでは「音に包みこまれる」ような印象に変わりました。
ブロムシュテットさんは後半は指揮棒を持っての指揮。
第1楽章からオケのメンバーは全力投球の様相です。
すでに体を揺らし、頭を振って弾いている人が何人もいます。
ひたすら美しい瞬間、分厚い響きの瞬間、激しい瞬間が交錯し、その中を美しいホルンの響きが高らかに貫く。
私の席はかなり前の方だったので、随所に出てくる弦の微小な音まで良く聞こえました。壮大な構築物の建築が終了したかのようなエンディングに、会場は一瞬息をのみ、ごく一部の人を除いて一呼吸置いてから盛大な拍手と「ブラボー」で熱演をたたえました。

ただ、欲を言えば、壮大なフォルテの後に残響がほとんど残らず、音がプッツリとぎれるのはやはり残念。
この日の私の席は、NHKホールの中でも比較的音の良い部類の席でしたが、それでも、もう少し残響のあるホールで聴いたら、もっと素晴らしかったと思います。
「赤坂、初台、池袋、横浜、川崎。…」という地名が、演奏中に頭に浮かんでしまいました。

開演前の室内楽
17:15
NHKホール2階北側ロビー

トランペット:井川明彦
ホルン:今井仁志
チューバ:吉川武典
ピアノ:竹島悟史

P.ガべイ:トランペット、ホルン、トロンボーン、ピアノのための
      「レクリエーション」(1958)


開演前の室内楽は比較的珍しい曲だと思います。
1楽章は楽しく弾む雰囲気の曲。私は、サン・サーンスの七重奏曲に通ずる雰囲気を感じました。
2楽章は一転して夜を思わせるような落ち着いた雰囲気。弱音器をつけたトランペットがムードを高めます。中間部は弱音器を外しましたが、終結部は再びつけていました。
3楽章は再び快活な曲。
小空間を埋めた聴衆から盛んな喝采が送られていました。

この空間は、定期会員だった頃の記憶では、弦などは結構残響感を伴って美しく響いていたと思いますが、この日の金管楽器では、かなりストレートに音が向かってくる感じでした。

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2008年1月 7日 (月)

年末年始に聴いたCDから

年末年始には、CDをまとめて聴く時間をとることが出来ました。
その中で、特に印象に残ったものについて記してみたいと思います。
たまたま、2枚ともピアノ協奏曲です。

■ユンディ・リ(ピアノ)
 小澤征爾(指揮)ベルリン・フィル
 プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番
 ラヴェル:ピアノ協奏曲

昨年の秋に発売されたCDです。
雑誌「レコード芸術」では、評者2人が「推薦」をつけ、特選盤になりました。
そのときの評は、当然のことながらユンディ・リさんのピアノをほめており、小澤さんの指揮とベルリン・フィルの演奏については「好サポート」という位置づけの書き方でした。
しかし、私は(ピアノはもちろん素晴らしいですが)オケの勢いと迫力にも圧倒されました。
「サポート」している部分もあるのでしょうが、「競争」曲になっている部分もあったように思います。
「小澤さんならどんな曲でも素晴らしい」とは言いませんが、こういう曲を振ったときの小澤さんの音は、やはり素晴らしいと思います。

ちなみに、約1年前になりますが、下記の演奏会は聴きに行きました。
このときは大感激しましたが、このCDを聴くと、やはりベルリン・フィルはさらにスゴイと思います。

2006年12月22日(金)19:15
すみだトリフォニーホール
指揮:小澤征爾
新日本フィル
ピアノ:ユンディ・リ
ラヴェル:ピアノ協奏曲
アンコール数曲(ピアノ独奏)
チャイコフスキー:交響曲第1番「冬の日の幻想」

ちなみに雑誌「音楽の友」の記事によると、去年の6月に小澤さんがウィーン・フィルの定期演奏会で振った「冬の日の幻想」も名演だったそうです。
FMで放送されるのを楽しみに待ちたいと思います。

■ミハイル・プレトニョフ(ピアノ)
 クリスティアン・ガンシュ(指揮)
 ロシア・ナショナル管弦楽団
 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」

輸入盤で聴きました。国内盤も間もなく発売になるようです。
すでに1番から4番は発売になっています。
「やりたい放題」と書くとオーバーかもしれませんが、かなり自由奔放なピアノだと思いました。
かつてケンプさんの演奏が好きで、近年ではアシュケナージさんの演奏を愛聴してきた私にとって、本来この「やりたい放題」は「許せないタイプ」に属するはずなのですが、すっかり魅了されてしまいました。

雑誌記事を読んだ記憶では、弾き振りをしなかった理由について、プレトニョフさんは「モーツァルトならともかく、ベートーヴェンではピアノを弾きながら指揮するのは無理だ」と語っていたと思います。
確かに、オケに目を配りながら、この「やりたい放題」は、出来ないかもしれません。

しかしプレトニョフさんは、次のようにも語っています。
「私が指揮していれば、違う結果になったかもしれませんがね。」
そう言われては「やっぱり弾き振りが聴いてみたかった!」と思わないではいられません。
プレトニョフさん指揮のベートーヴェンの交響曲全集のCDが「まともで立派な演奏」があるかと思うと「肩すかし」あるいは「やりたい放題」の曲もあり、面白かったことを思い出すと、なおさらです。
でも、プレトニョフさんは今後は指揮に専念するとのことですので、弾き振りを聴くことはおそらく永遠に出来ないでしょう。

個人的にはこの曲は、アシュケナージさんがクリーブランド管弦楽団を弾き振りしたCDを気に入っていました。
ピアノとオケが一体になって、まるで一人で演奏しているように感じるくらい、アシュケナージさんの意図が隅々まで徹底された演奏だと感じます。
プレトニョフさんが弾き振りをしたら、どうなっていたか?
しつこいようですが、聴いてみたかったです。

…そうは言うものの、ガンシュさんの指揮するオケも、結構勢いがあって魅力的です。

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2008年1月 3日 (木)

東京交響楽団弦楽合奏団(2008/1/3)

2008年1月3日(木)15:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

MUZA ニューイヤーコンサート2008
~新春に贈る弦楽の響き~


東京交響楽団弦楽合奏団
ヴァイオリン:高木和弘(東響コンサートマスター)
フルート:甲藤さち(東響主席奏者)
チェンバロ:曽根麻矢子
ハープ:山崎祐介

ヴォーン・ウィリアムズ:「富める人とラザロ」の5つのヴァリアント
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番
サン=サーンス:ファンタジー
ドヴォルザーク:弦楽セレナーデ
グリーグ:2つの悲しき旋律~過ぎし春(アンコール)


この日の主役は、間違いなく高木和弘さんでした。
ヴォーン・ウィリアムズ、ドヴォルザーク、グリーグでは19~20人のアンサンブルを、指揮者無しとは思えない推進力のある演奏でリードしました。
サン=サーンスでは、ハープの山崎さんとのデュオで情熱的なソロを聴かせてくれました。
バッハでは、チェンバロの曽根さん、フルートの甲藤さんとのトリプルコンチェルト。

しかも、1曲目の後と、3曲目の後には(ステージ上の配置転換の合間に)マイクを持って出て来てトークもこなしました。
結構笑いのツボを刺激して話しがうまい!
このコンサートの最初の広告がミスプリで「弦楽合唱団」になっていたことを紹介し「最初の広告を見て来場された方には申しわけありませんが、今日は歌は用意していません」と言って笑いを誘っていましたが、後半のトークではその言葉と裏腹に、「大晦日に宿泊したホテルのロビーでのカウントダウンコンサートで、最後の曲が“私のお墓の前で…”だった」と、2~3秒歌ったりもしました。
場内のウケも良かったようです。

そういうわけで、2007年の4月に東響のコンサートマスターに就任した高木さんの実力を、指揮者なしのこの演奏会で、存分に感じ取ることができました。

しかし実を言うと、私がこの日、普段あまり行かないジャンルの演奏会のチケットを買ったのは、ソリストに主席フルート奏者の甲藤(かっとう)さちの名前があったからでした。

私は密かに(?)東京交響楽団の主席フルート奏者の甲藤さちさんのファンです。
甲藤さんの吹くフルートの澄んだ音色が大好きです。
東響の演奏会に行って、フルートの席に甲藤さんが座ると嬉しくなります。
(もう一人の主席の相澤さん、ゴメンナサイ。男女差別と言われそうですが、やっぱりオジサンよりはきれいな女性の方が…)(^^ゞ

ネットで検索してみると、東響の演奏会に行った人の感想で「甲藤さんのソロパートが良かった」というものがいくつかヒットします。
私が行かなかった2007/8/12のミューザ川崎での演奏会では「牧神の午後への前奏曲」と「ダフニスとクロエ」で甲藤さんのソロが聞けたそうで、「しまった!そこまで気が回らなかった!」と目から鱗でした。
(もっとも、事前に甲藤さんが出演する日かどうかを見分けるのは、素人の私には難しいですが…。)

2007/2/10のオペラシティでの演奏会は私も行きました。
プログラムにソリストとして名前が載っていたわけではありませんが、間違いなく甲藤さんが主役の一人だった演奏会でした。
http://c-music.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/2007210_2651.html

…というわけで“いつもの甲藤さんの音色によるブランデンブルグ協奏曲”を想像しながら楽しみにしていたら、なんと演奏前の高木さんのトークで「今日は甲藤さんは、黒い色の、木のフルートを吹きます」とのこと。
予想は外れましたが、このフルートの音色がなんとも暖かい。
普通のフルートに比べて演奏は難しそうで音量も小さめに聞こえましたが、チェンバロとの掛け合いには適した音色だったと思いました。
いつもとちょっと違う甲藤さんが聴けて嬉しかったです。

チェンバロの曽根さんは東響の演奏会にもソリストとしてときどき登場しているので聴いたことがありますが、ふだん私は舞台の右横(RAブロック)か後方(P席)に座っていることが多いので、その魅力を正確に理解していたとは言えません。
この日の演奏会は全席均一料金だったので、今まで一度も座ったことがないミューザ川崎の2階席正面の特等席に座りました。
したがって、曽根さんのチェンバロの繊細な音を存分に感じることが出来ました。
第1楽章のカデンツァは(チェンバロですから音が大きくなるわけではありませんが)結構情熱的な演奏だったと思います。

ヴォーン・ウィリアムズとサン=サーンスでハープを弾いた山本さんも、前面に出てくる役割ではありませんでしたが、この演奏会の雰囲気作りに重要な役割を果たしていたと思いました。

この日はニューイヤーということもあってか、東響メンバーの女性奏者もみんな赤系統のドレスで素敵な雰囲気でした。
チェロ(とチェンバロとハープ)以外は立っての演奏でしたが、みなさん立ち姿が美しい。
いつもは(RAブロックの私の席からは)背中しか見えないヴィオラ主席の西村眞紀さんのお顔も見えて、やっぱり“高い席”は良いなあ…と思いました。

アンコールの際に高木さんは「グリーグのラスト・スプリング」と曲目を紹介した後、わざわざ「演奏は東京交響楽団弦楽合奏団です」と念押しをして(場内や舞台上からも笑いが起きました)アピールを忘れませんでした。

ウィンナ・ワルツではないこのニューイヤーコンサートは、料金が格安なので気軽に聴きに行きましたが、聴き通してみると、選曲、ソリストとも、非常によく考えられた企画で、演奏の質も高く、定期演奏会レベルの演奏会だったと思いました。

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2008年1月 2日 (水)

新年のテレビ番組から(2008/1/1)

あけましておめでとうございます。
大晦日や元日のコンサートには行きませんでしたので、新年のテレビ番組を視聴して感じたことを書いてみたいと思います。

■東急ジルベスターコンサート
 (200712/31~2008/1/1テレビ東京)

カウントダウンの演奏は午前0時ピッタリに終わったのに、番組最後の演奏はコマーシャルで切れてしまったのには苦笑しました。
2007/12/15に聴きに行った読響定期でも感じましたが、尾高忠明さんの指揮はエネルギッシュですね。
避けていたわけではありませんが、尾高さんの演奏会は1995年以来12年ぶりでした。
最近発売された札響とのドヴォルザークのCD(セッション録音)も聴いてみましたが、個人的には(立派な演奏だとは思いますが)ライヴ録音で聴いてみたかった気がします。

■ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート
 
(2008/1/1NHK教育)

プレートルさんの指揮姿は本当に久しぶりに見ましたが、80歳を過ぎてもかつての爆演系(?)の名残が十分に残っていて、嬉しくなりました。

私がプレートルさんの演奏会に行ったのは、20年近く前の1989年11月4日(市川市文化会館)に1回だけです。
ウィーン交響楽団との来日公演でした。
その少し前にテレビで放送されたフランス系のオケとの来日演奏会がスゴイ演奏だったので、チケットを買いました。
ウィーン交響楽団との関係があったので、ウィーン・フィルには近年まであまり出演しなかったとか。

今年のニューイヤーに話しを戻しますと、テレビの音なので正確にはわかりませんが、まぎれもなくウィーン・フィルの音なのに、フランス風のスパイスが効いているという絶妙の音のように聞こえました。

2006年11月のウィーン・フィル定期も2007年2月にNHK-FMで放送されましたが、そのときの「ラ・ヴァルス」も熱演でした。
「ニューイヤーで再演しないかな」と思いましたが、いくらワルツとは言えラヴェルを演奏するわけにはいかないでしょうね。

「美しく青きドナウ」で、ムジークフェラインのエントランスで踊っているダンサー2人が、次第に階段を上がり、最後はホール内に入って…という演出は、テレビ向けには面白いと思いましたが、会場の人の唖然とした顔を見ると、どうだったのでしょうか?
また、個人的には“エントランス”や“階段”などは昨年5月にムジークフェラインを訪れたときのことを「あ、あそこだ」などと思い出して楽しかったですが、知らなかったら何とも思わなかったかもしれません。

※NHK-BSで放送されたベルリン・フィルのジルベスターコンサートはタイマー録画はしてありますが現時点で未視聴です。

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