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2008年5月の18件の記事

2008年5月25日 (日)

小林研一郎/日本フィル(2008/05/25)

2008年5月25日(日)14:00
サントリーホール

指揮:小林研一郎
日本フィル
(第322回名曲コンサート)
ピアノ:後藤泉

ベートーヴェン:「エグモント」序曲
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
ベートーヴェン:交響曲第7番

アイルランド民謡:ダニーボーイ(アンコール)
ベートーヴェン:交響曲第7番の終結部(アンコール)


フィラデルフィア管弦楽団を聴いた翌日ですが、感動、感銘は、チケットの値段に比例しません。
管楽器の音色のニュアンスに歴然とした差があるのは、致し方のないことです。
アメリカのメジャーオケと比較するのは、比較するのが日フィルには申し訳ないくらいです。
でも、このうねるような音の迫力の素晴らしいこと!
コンサートの価値という点では、決して劣っていない印象でした。
コバケンのベートーヴェンは、今はやりのピリオド系の演奏ではありませんが、この推進力は得難いものです。

コバケンというと、ついつい幻想交響曲やチャイコフスキーの5番などの、比較的狭いレパートリーでの18番の超名演が頭に思い浮かんでしまいます。
前回、2007年3月にコバケンの7番を聴いたときも「はたして、どのような演奏になるのか?」と思って出かけた記憶があります。
しかし、重々しい音の固まりが咆哮しながら突進するような熱演に圧倒されました。
そのとき「コバケンの7番」は、私の頭に中に刷り込まれました。
今回は2回目だったので比較的冷静に聞くことが出来ましたが、今回も熱演は再現しました。

もっとも後半だけでなく、前半の演奏から指揮者もオケも力は入っていました。
「エグモント」序曲も決して前座の慣らし運転の演奏ではなく、交響曲の楽章のひとつのような演奏。
ピアノ協奏曲のオケパートも同様。
コバケンは序曲と交響曲は譜面台を置かずに暗譜での指揮。
協奏曲は譜面台を置いていましたが、最初は譜面を開かずに振っていて、第1楽章の途中から譜面をめくりはじめました。
完全に手の内に入っている指揮でした。

ピアノ独奏の後藤さんは初めて聴きましたが、音楽性を感じるフレーズが心地良かったです。
一音一音がくっきりしているのに流れもスムーズ。
部分的にテクニック的な問題で音が少し濁った部分もあったような気もしますが、そのようなことでこの演奏の価値は揺るがないでしょう。
ぜひまた、聴いてみたいピアニストです。

休憩後に登場したコバケンは、スポンサー企業への感謝の言葉の後、ピアノを弾きながら第7番を解説。
「皇帝の熱気をさまして7番へと聴衆を導く」という役割を果たした、なかたか良いトークでした。
ここでコバケンがピアノで弾いた第2楽章のフレーズが素晴らしい!!
思わず会場から拍手が起こったほど。
本番の第2楽章よりも良かったかも…などと言ったら日フィルに怒られそうですが、「このまま引き続けてほしい!」と思ってしまいました。

アンコールに「ダニーボーイ」を演奏した後に、7番の第4楽章終結部を50秒ほど演奏。
2007年3月のときと、アンコール曲は2曲とも同じですが、前回は「35秒ほど」と言って会場の笑いを誘っていましたが、今回は「50秒ほど」と言っていました。
こういうアンコール、コバケンくらいしかやりませんが大好きです。
壮大な交響曲の後に「フィガロの結婚」などを演奏されるとがっかりしますが、壮大な交響曲の後に、壮大な交響曲の終結部をもう一度聴いて、大満足で家路につきました。

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2008年5月24日 (土)

エッシェンバッハ/フィラデルフィア管弦楽団(2008/05/24)

2008年5月24日(土)14:00
サントリーホール

指揮:クリストフ・エッシェンバッハ
フィラデルフィア管弦楽団

ヴァイオリン:五嶋みどり

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
ワーグナー:歌劇「ローエングリン」第3幕への前奏曲
(アンコール)

かつてオーマンディが「フィラデルフィア・サウンドなど無い。あるのはオーマンディ・サウンドだけだ」と語ったという話しを聞いたような気がします。
真偽はわかりませんし、私がフィラデルフィア管弦楽団を生で聴くのは今回が初めてなので、過去と現在の比較は出来ません。
私が抱いていた「フィラデルフィア・サウンド」のイメージは、オーマンディ指揮のCDの「展覧会の絵」、あるいはNHK-FMで生中継されたムーティ指揮の来日公演の「運命の力」序曲などの、圧倒的にきれいで曇りが無く、カラフルなサウンドでした。
サヴァリッシュ時代はCDもあまり聴いていなかったので、いまだにその頃のイメージが残っています。

今回、この演奏会を聴いて、やはりフィラデルフィア・サウンドは十分に残っていると感じました。
たとえばショスタコーヴィチの交響曲の第4楽章や、「ローエングリン」前奏曲での金管の強奏は、なんとも言葉に出来ないような快感を覚えるサウンド。
これぞ、私が長年憧れていた「フィラデルフィア・サウンド」
ティンパニの音ですら「あ、フィラデルフィア・サウンドだ」と思ってしまうったほどでした。
しかし、この日私が耳を惹かれたのは、むしろ弱音の緩徐な部分でした。
弦楽器が息の長いフレーズを、耳をそばだてないと聞こえないような音で奏でているときの素晴らしさ。
そこに木管や金管がやはり弱音で入ってくるときの、音のつながりの見事さ。
(こういう部分は一流でないオケだと、管楽器奏者の一瞬のためらいが音に出てしまうことが多々ありますが、さすがは超一流のオケは違います。)
この名門オケのサウンドが映画音楽とは一線を画している格調の高さは、むしろ弱音部にあったように思いました。

前半の協奏曲での五嶋みどりさんの独奏も、やはり弱音部が印象に残りました。
第1楽章の前半や第2楽章でのヴァイオリンのフレーズは、決して先を急がず、一音一音をないがしろにせず「あ、ここはこんな魅力的なメロディーなんだ!」と気がつかせてくれるような演奏。
永遠に続いてほしいような素晴らしい瞬間でした。
逆に第3楽章の早い部分などは、個人的には弱音部の素晴らしさには及ばない印象を受けましたが、それでも“普通の演奏”に比べれば十二分に水準以上。
五嶋さんの“来日”の演奏に接するのは久しぶりですが、ワールドクラスの実力はさすがでした。

私は、エッシェンバッハさんの指揮する演奏会は初めてでした。
前回エッシェンバッハさんの演奏を生で聴いたのは、なんと1979年のピアノ・リサイタルでした。
視線が鋭く、P席で見ていた私はちょっと怖くてときどき指揮台から目をそらしてしまったほど。
無駄のない動作とともに、結構、目で指揮をしていたように感じました。

ライブで“何か”が起こってしまった白熱の演奏では決してなく、ある意味“練習の成果を披露した”演奏ではありましたが、超一流の響きを堪能しました。

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2008年5月19日 (月)

NHK-FM:藤岡幸夫/西オーストラリア響

2008年5月19日 NHK-FMで放送
ソプラノ:スミ・ジョー
指揮:藤岡幸夫
西オーストラリア交響楽団

2006年11月18日

オーストラリア パース・コンサートホールで収録
(オーストラリア放送協会)

今夜、NHK-FMで、藤岡幸夫さん指揮の演奏会を放送していましたが、素晴らしい演奏でした。
歌うところの情感と、盛り上げるところの炸裂が、電波を通しても伝わってきました。
スミ・ジョー(ソプラノ)の伴奏のような演奏会ですが、オケだけで演奏する序曲や間奏曲の演奏でも、客席は盛大に沸いていたようです。
(もちろん、主役のスミ・ジョーの歌も凄かったですが。)

前回私が藤岡さんの演奏会を聴いたのは5年以上前ですが、いつの間にこんなにうまくなったの?
以前、日フィルをよく振っていた頃に聴いたときは、肩に力が入って、その力みが音に結びつかないようなもどかしさを感じたこともありましたが、きっと今の藤岡さんは、あの頃の藤岡さんではないのでしょうね。
関東で藤岡さんがプロのオケを振る機会がしばらくなさそうなのが残念です。

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2008年5月17日 (土)

スダーン/東響(2008/05/17)

2008年5月17日(土)18:00
サントリーホール

指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団
(第556回定期演奏会)
ピアノ:リーリャ・ジルベルシュテイン

シューベルト:交響曲第1番
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番
シューベルト:交響曲第4番「悲劇的」

このツィクルスは、期待出来そうです。
すでに4月の定期演奏会における大友直人さんのベリオのレンダリングで始まっていますが、東京交響楽団の2008年度の定期演奏会はシューベルト・ツィクルスです。

昨年度の東響のハイドン・ツィクルスは、ピリオドアプローチに定評のある音楽監督スダーンさんの指揮したのが初期の交響曲が多く、ちょっと期待外れの感もありました。
特にシーズン締めくくりの2008年3月の定期演奏会でスダーンさんが指揮した第82番「熊」が目の覚めるような好演だったことで、その思いはさらに強くなりました。

しかし今年度のツィクルスは、交響曲の全てをスダーンさんが指揮します。
今シーズン演奏されない第8番「グレイト」がすでに昨年11月の定期演奏会で演奏されましたが、本格スタートとなる第一回の演奏会は、今後を占う意味で非常に興味を持って出かけました。

この日、会場に入るとバロック・ティンパニとモダン・ティンパニの両方が舞台上に置いてあります。
プロコフィエフではさすがにモダン・ティンパニを使いますが、シューベルトはバロック・ティンパニを使うのでした。
演奏もピリオド・アプローチで、きびきびとした速めのテンポ、鋭いアクセント。
スリリングな演奏でした。
第1番と第4番という初期の曲ですが、決して先人の模倣ではなく、まぎれもなくシューベルトの個性。
それがプロコフィエフの古典交響曲を凌駕するような“新しさ”と生命感を伴って鳴り響いたのでした。

シューベルト2曲に挟まれたプロコフィエフのピアノ協奏曲は、逆にロマンティックな雰囲気。
プロコフィエフの曲は、演奏によって、シャープな現代音楽のように聞こえたり、厚い響きのロマン派の曲に聞こえたりしますが、この日の演奏スタイルは後者に近い演奏に聞こえました。
ジルベルシュテインさんのピアノも、躍動感とともに旋律がはっきり聞こえてきます。
スダーンさんとの相性も良さそうです。
満場大喝采でした。

この日は30分くらいの曲が3つ並び、そのいずれもが演奏会の一番最後に演奏されたかのような熱演。
コンサートを3つ聴いたような得した気分になりました。
9月の5番、6番が楽しみです。

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2008年5月16日 (金)

小澤征爾/新日本フィル(2008/05/16)

2008年5月16日(金)19:15
サントリーホール

指揮:小澤征爾
新日本フィル
(特別演奏会)
オーボエ:古部賢一

モーツァルト:ディヴェルティメントニ長調K.136
モーツァルト:オーボエ協奏曲
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

ピカピカに磨き上げられたモーツァルトで始まった演奏会。
小澤さんの音楽を好まない人が「きれいに鳴らせば良いというものではない」と言うのを聞いたことがありますが、確かに“アンチ小澤”の人たちの格好の餌食になりそうな演奏です。
ツルツルに磨き上げられ、骨董品や工芸品というよりは機能的なデザインの工業製品のよう。
はっきり言って、最初は私もちょっと戸惑いました。
ピエール・ブーレーズのマーラーのようなモーツァルト?
しかし曲が進むにつれて、「ここまで徹底できれば立派」と感じるようになり、最後は快感に変わりました。
こういうスタイルのモーツァルトを演奏する人って、いま小澤さん以外に居るのでしょうか?
これはこれで、貴重な体験をしたと言わなければなりません。
小澤さんのK.136は、サイトウ・キネン・オーケストラの演奏でCDが出ていますが、第2楽章での聞こえるか聞こえないかの極端に小さい音からのクレッシェンドなどは、やはり生演奏ならではの体験でした。

オーボエ協奏曲は、ソリストが譜面台を置き、指揮者は暗譜という、あまり見ないスタイルでの演奏でしたが、そのことと演奏の出来不出来は関連はありません。
基本的に、ディヴェルティメントと同じ指向の演奏だと思いますが、独奏楽器が入るのと、編成が少し大きくなったことで、1曲目のような“隅々まで磨き上げられた”というような張り詰めた雰囲気よりは、少しリラックスして聴けました。

さて、後半は小澤さんお得意のチャイコフスキー。
雑誌記事などによると小澤さんは、この「悲愴」交響曲でベルリン・フィルを指揮してツアーをしてきたそうなので、“今年(再び)取り組んでいる曲”ということで、隅々まで手の内に入っている曲だとと思います。
(CDも複数出ています。)
この曲では私は、かつてカラヤンやショルティのCDを聴いて育った?ので、純・音響的な演奏でも違和感はありません。
第1楽章、第4楽章などの、嵐のように吹き荒れる場面の“音の意志の力”は本当に強い。
第3楽章の階段を駆け上がるようなスピード感は快感。
第3楽章の後は、ほとんど間をおかずに第4楽章を開始しました。
荒れ狂った後に音が小さくなっていき、最後の音が鳴り終わり、小澤さんが手を下ろし、体の力を抜いても拍手は起こらず、小澤さんがオケに立つようにゼスチャーをしてから拍手が始まりました。
会場全体が、固唾をのんで音楽に集中していたようです。
(最後の微弱音のところで、咳をした人が居たのが残念でしたが、生理現象であり、仕方ないでしょう。)

小澤さんのチャイコフスキーと言うと、最近では「スペードの女王」、「エフゲニー・オネーギン」とオペラを観ましたが、ずいぶん印象が違いました。
オペラでは、雰囲気を醸し出すような“音の香り”を感じたのですが、この日の交響曲では、ひたすた機能美を追求したような演奏。
「どちらの小澤さんが好きか?」と問われれば、私の好みとしては、オペラの方が好きかもしれません。

また、オペラでは、舞台ではなくピットの中の小澤さんの指揮姿についつい目がいってしまった経験が何度もありますが、この日は指揮の動作は少なめ。
あまり手を動かさずにオケを見守る場面も多々あり、ちょっと意外でした。
(かつて、ウィーン・フィル来日公演のブラームスでも、ウィーン・フィル相手なのにずいぶん細かく振っていたような記憶もあります。)

小澤征爾音楽塾東京のオペラの森サイトウ・キネンのような常設でないオケを振るときと、新日本フィルのような常設のオケを振るときの違いなのでしょうか?
確かにサイトウ・キネンは名手揃いかもしれないけれど、新日本フィルの常設オケとしてのアンサンブルは、やはり常設ならではの一体感でした。

…というわけで、結構聴きどころの多い演奏会でしたが、私個人としては、音に包み込まれて熱狂したと言うよりは、目を輝かせて“観察”してしまった感もありました。

会場の雰囲気は、普段の東京の演奏会とはちょっと違う感じ。
ブラボーを叫ぶ人もなく、オケが引き上げた後の指揮者一人のカーテンコールもありません。
でも、みんな、一音たりとも聞き逃すまいと言うような集中力だったと思います。

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2008年5月14日 (水)

矢崎彦太郎/東京シティ・フィル(2008/5/14)

2008年5月14日(水)19:00
東京オペラシティコンサートホール

指揮:矢崎彦太郎
東京シティ・フィル
(第219回定期演奏会・
フリーメイソンと大音楽家たちIII)
ピアノ:伊藤恵
企画・構成・お話:吉田進

モーツァルト:交響曲第32番
モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番
モーツァルト:フリーメイソンのための葬送音楽
モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」

ビジュアルな面を強調した指揮ではありませんが、よく見ると矢崎さんの指揮の動作はすごくきれいです。
優美なところはしなやかに、迫力のあるところはエネルギッシュに。
そして、まるで動作の全てが1%のロスもなく音に変換されていくかのような印象。
オーケストラのドライブという意味で、まさに理想的と思えるような関係が、この日の会場に、幸せな時間と空間をもたらしたように思います。

この日は、オール・モーツァルト・プログラムということで、会場は普段の東京シティ・フィルの定期演奏会に比べてS席のお客さんの数が多かったように思います。

矢崎さんの指揮は一年前の5月の定期演奏会を聴いて好印象だったので、楽しみにしていました。
本当は、昨年10月や今年3月の演奏会も行きたかったのですが、残念ながら都合がつかず、聴けませんでした。
また、この日は「フリーメイソンと大音楽家たち」の3回目。
1回目、2回目も注目していたのですが、これまた都合がつかず、私は聴くのは今回が初めてです。

「モーツァルトの作品に顕われたメイソンの証し」と題されたこの日の演奏会。
開演前と休憩後に吉田進さんのお話しがありました。
ありきたりの内容てはなく、「へぇー」と感じるようなお話しが満載で、なかなか面白かったです。
「もっと話してほしい」という気持ちになりましたが、演奏会前のトークとしては、あの長さが限界かもしれません。
逆にトークでお腹いっぱいになる前に、やや唐突なくらいの印象を残して「それではお聴きいただきましょう」と打ち切るタイミングは、もし計算されたものだとしたら、たいしたものです。
聴き手の私は、耳が飢えている状態で音楽が始まり、それは嬉しい瞬間でした。

矢崎さんのモーツァルトは、ピリオド奏法ではないと思いますが、明らかに“ピリオド台頭後”の現在のモーツァルト演奏。
はつらつとした生命感と、バロック・ティンパニによる強打の迫力とリズム感は、まさにライヴならではのもの。
1曲目の32番が鳴り出したときは、私は思わず顔がほころんでしまいました。

しかし、41番は(もちろん曲の出来も違うのでしょうが)さらに素晴らしい演奏。
矢崎さんは、楽譜をまったくめくらずに第1楽章を完奏。
無意識のうちに暗譜で振られたようで、第2楽章を始める前に譜面を一気にめくりましたが、第2、第3楽章はまたもや暗譜。
第4楽章の最後の方だけ譜面をめくりながら指揮をされましたが、完全にノッテしまった指揮でした。
トークがあったこともあり、終演は21時20分くらいになっていましたが、全く長さを感じない演奏会でした。

ピアノ協奏曲もライヴならではの情熱あふれる演奏。
伊藤恵さんは大御所の指揮者との共演が多く、重厚な演奏をする人と勘違いしそうになりますが、実際には明るいクリアな音です。
ピアノが休みでオケがノリノリに演奏している場面では、口をぱくぱくさせたり、頭を振ったりして音楽を体で体現している感じ。
情熱的に煽り気味の部分もありましたが、下品にならず、羽目を外さず、品格を保った上での熱演だったと思います。
第1楽章のカデンツァからオケによる終結部に至る部分は、ピアノもオケも、かなりの迫力と推進力でした。

葬送音楽も分厚い音で包み込まれるような印象でしたが、管楽器にもう少しニュアンスがあったら、なお良かったと思います。

矢崎さんの音は、南欧を連想させる明るい音です。
フランス音楽に定評がある方ですが、決して単なるスペシャリストではなく、素晴らしい音楽性を持った方だと思います。
重い音を出す飯守泰次郎さんと好対象で、東京シティ・フィルは常任指揮者と首席客演指揮者が、良い補完関係にありますね。

終演後、フランス政府より勲章を贈られたとかで舞台上で花束が贈られ、さらに盛大な拍手が矢崎さんに贈られました。
帰宅後にネットで検索してみると、すでに2000年に芸術文化勲章シュバリエを叙勲されていますが、今年2月に更に上位の芸術文化勲章オフィシエを叙勲されたとのこと。
その叙勲にふさわしい、素晴らしい演奏会でした。
矢崎さんは、その実力の割には日本での知名度は低すぎるかもしれません。
矢崎さんの指揮は、また聴いてみたいものです。

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2008年5月 8日 (木)

ウルフ/東フィル(2008/5/8)

2008年5月8日(木)19:00
東京オペラシティコンサートホール

指揮:ヒュー・ウルフ
東京フィル
(第38回東京オペラシティ定期シリーズ)
ピアノ・トリオ:椎名豊トリオ
 椎名豊(ピアノ)
 広瀬潤次(ドラムス)
 本川悠平(ベース)

ジョン・アダムズ:舞台音楽「委員長は踊る」
ガーシュイン:ラプソディ・イン・ブルー
ベートーヴェン:交響曲第7番

オーケストラの演奏会でジャズのピアノ・トリオ(ピアノ、ベース、ドラムス)を聴いたのはおそらく2回目だと記憶していますが、こういう流れるようなスピード感のある音が情熱的に奏でられると、普段のクラシック音楽のコンサートでは味わえない魅力に耳と目はステージに釘付けになります。
考えてみれば最近は、協奏曲のカデンツァですら即興の入り込む余地は無いのではないでしょうか?
この日のラプソディ・イン・ブルーは、クラリネットの音ではなく、即興風のピアノのソロで始まり、驚きました。
途中数回、ピアノ独奏の部分で、ジャズ・ピアノ・トリオによる比較的長い即興演奏が挿入され、演奏時間は30分近く。
しかし、冗長な印象は全くなく、40分でも50分でもやってほしいくらいでした。

オーケストラも呼応して熱演していたと思いますが、ジャズの即興演奏の前には少々分が悪かったかもしれません。
もっとスゴイ演奏も出来たはずだと思います。
なぜならば、後半のベートーヴェンが白熱の熱演だったから!

ちょうど雑誌「レコード芸術」の2008年5月号に、ウルフ/フランクフルト放送響のベートーヴェン交響曲全集のCDの評が載っていましたが、「プジョーに乗ってハイウェイをすべるよう」と、ほめつつも半分皮肉も込めたような論調に、「今日はいったいどんな演奏を聴かせてくれるのだろう?」と期待半分、不安半分で会場に向かいました。
確かに、深刻な世界は、ウルフさんのベートーヴェンからは聴き取れないかもしれません。
でも、ピリオドアプローチでないのに、この迫力とスピード感。
推進力と迫力のある音が堂々と奏でられ、これはこれでひとつのスタイルとして、私は何の不満もありませんでした。

細部の木管楽器の音色には、もう少し上を望みたい部分もありました。
また、第3楽章と第4楽章はほとんど間をおかずに続けて演奏されたのですが、第3楽章の最後の部分は、続く第4楽章の冒頭に気が行ってしまったのか、少し軽めに終わったような気もしました。
でも、聴いていて「おや?」と思ったのはその程度。
オケメンバーの体を揺らし、頭を振っての熱演に満場大喝采でした。

この日は、(おそらく舞台上の配置換えのためかと思いますが)1曲目終了後に10分、2曲目終了後に15分の休憩がありました。
1曲目のジョン・アダムズの曲も、なかなか面白い曲でした。
10分程度の曲ですが、リズムが印象的でいた。

なお、ウルフさん、1月の読響への客演では松葉杖をついてステージに現われたそうですが、私は行かなかったのでその姿は見ていません。
まだ半年はたっていないので「まさか足を引きずって出て来たら…」と心配しましたが、足早に歩いて出て来て、足は全く危なげ無し。
心配は杞憂でした。

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2008年5月 5日 (月)

マーラーの交響曲の思い出(11)

■マーラーの交響曲の思い出(まとめ)

2008年4月29日にインバル/都響の「千人の交響曲」の演奏会を聴いた後で、ふと「今までに何回、マーラーの8番を生で聴いたことがあるのであろう?」と考えました。
その答えは先日も書いたように、その日を入れて6回だったわけですが、そのときに過去の体験を記録から掘り起こす作業をしてみたところ、「今までに聴いたマーラーの交響曲の演奏会で、印象に残っているものを振り返ってみよう」という気になりました。

個々の演奏の思い出は別項に書きましたが、一覧にすると以下のようになります。

■第1番「巨人」
 デュトワ/モントリオール響(1985/2/5)
 メータ/N響(1996/11/9)

■第2番「復活」
 アバド/ベルリン・フィル(1996/10/20)

■第3番
 ベルティーニ/N響(1987/2/13)
 小澤征爾/新日本フィル(1997/10/26)

■第4番
 広上淳一/N響(1991/2/9)
 大友直人/東響(2007/4/22)

■第5番
 山田一雄/N響(1985/2/13)
 ショルティ/シカゴ響(1986/3/26)

■第6番
 若杉弘/N響(1986/6/12)
 インバル/都響(2007/12/19)
 ハーディング/東フィル(2008/2/14)

■第7番
 ヤンソンス/バイエルン放送響(2007/4/29)
 飯守泰次郎/東京シティ・フィル(2007/11/16)

■第8番
 若杉弘/都響(1986/10/17)
 インバル/都響(2008/4/29)

■大地の歌
 秋山和慶/東響(2001/3/31)

■第9番
 アツモン/都響(1980/10/21)
 アルブレヒト/読響(2007/3/31)

第10番の全曲は、生演奏では聴いたことがありません。
アダージョのみは1998年に2回ほど聴いたことがありますが、あまり記憶に残っていないので対象外にしました。

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マーラーの交響曲の思い出(10)

■マーラーの交響曲の思い出:第9番

この曲は、初めて東京文化会館で在京オーケストラを聴いた演奏会と、2007年のアルブレヒトの読響の常任最後の演奏会が印象に残っています。

1980年10月21日(火)18:45
東京文化会館大ホール

指揮:モーシェ・アツモン
東京都交響楽団

マーラー:交響曲第9番

確かハガキを出して招待券に当選して出かけた演奏会でした。
都響は太っ腹で、2階席正面のS席に座らせていただきました。
(その後当選した別のオケは、5階席サイドの席でした。)
都響の事務局に「将来チケットを買ってくれる大人になるかもしれない若者を開拓する」という意図があったとしたら、その試みは成功したことになります。
もっとも、値段の安いP席ばかり買っていますので、成功は半分くらいかもしれません。

マーラーを初めて聴いた演奏会であり、いきなり9番だったので曲は難解でよくわかりませんでしたが、今となってはデッドなはずの東京文化会館に響き渡る大編成の音と残響は印象的でした。
もっとも、雑誌の評では、宇野功芳さんが「無機的な音」「僕だったら絶対にあんな鳴らし方はしない」と酷評していたのを懐かしく思い出します。

2007年3月31日(土)14:00
東京芸術劇場
指揮:ゲルト・アルブレヒト
読売日本交響楽団

マーラー:交響曲第9番

この演奏会の感想は以前書きました。
この日ではありませんが、数日前のサントリーホールでの演奏は、ネット配信されています。
http://www.dai2ntv.jp/p/z/101z/index.html
(2008年5月5日現在)

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マーラーの交響曲の思い出(09)

■マーラーの交響曲の思い出:大地の歌

2001年3月31日(土)18:00
サントリーホール

指揮:秋山和慶
東京交響楽団

ハープ:吉野直子
アルト:秋葉京子
テノール:ペーター・スヴェンソン
細川俊夫:ハープ協奏曲 -辻邦生の追憶に-(委嘱新作)
マーラー:交響曲「大地の歌」

この曲は、今でもあまり理解しているとは言えないし、生でもあまり聴いたことがないので、演奏の印象を語る資格は私にはありません。
しかし、この演奏会が鮮烈に印象に残っているのは、確か皇后陛下(美智子様)が聴きにいらしていたからです。
会場に入ると、目つきの鋭いスーツ姿の人が多数ロビーにいて、「何だろう?」と思っていたら、開演直前に皇后様が入場されたのでした。
報道陣のカメラから、ものすごい数のフラッシュがたかれました。
座られた席は、確か2階のRBブロックだったと思います。
私の席からは結構近かったので、御尊顔も拝謁できました。

休憩時間や終演時にロビーの通行が制限されたりしましたが、「皇后様がいらした演奏会に行った」ということで嬉しかったものです。
(演奏のことは全く書かないで、秋山さんを始め、演奏者の皆様には申しわけありませんが。)

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マーラーの交響曲の思い出(08)

■マーラーの交響曲の思い出:第8番「千人の交響曲」

この曲は「めったに聴けない大作」という印象があるものの、一方で「意外と頻繁に演奏されているかも」という印象があります。

1986年10月17日(金)19:00
サントリーホール

指揮:若杉弘
東京都交響楽団

ソプラノ:ルチア・ポップ
ソプラノ:豊田喜代美
ソプラノ:佐藤しのぶ
アルト:白井光子
アルト:伊原直子
テノール:ペーター・ザイフェルト
バリトン:ベルント・ヴァイクル
バス:フランツ・マイヤー
合唱:東京芸術大学音楽学部
合唱指揮:田中信昭
児童合唱:東京放送児童合唱団
合唱指揮:古橋富士雄
マーラー:交響曲第8番「千人の交響曲」

残念ながら、年月の経過によって、演奏に関する細かい記憶に残っていませんが、サントリーホールのオープニング・シリーズのひとつでした。
この年はN響の創立60周年と定期公演1000回の記念の年に、サントリーホールのオープニングが重なり、サヴァリッシュが豪華な独唱者を引き連れて来日していました。
大好きだった故ルチア・ポップの独唱でこの曲が聴けた、思い出の演奏会です。
(サヴァリッシュ/N響によるサントリーホール会場初日の「第九」、N響定期公演1000回の「エリア」でもポップの独唱は聴きました。)

2001年11月10日(土)18:00
サントリーホール

指揮:ジャナンドレア・ノセダ

東京交響楽団
ソプラノ:佐藤しのぶ
ソプラノ:家田紀子
ソプラノ:森麻季
アルト:坂本朱
アルト:栗林朋子
テノール:エフゲニー・アキーモフ
バリトン:フェドール・モジャエフ
バス:妻屋秀和
合唱:東響コーラス、にいがた東響コーラス
児童合唱:東京放送児童合唱団
合唱指揮:樋本英一、宇野徹哉、古橋富士雄
オルガン:松居直美
マーラー:交響曲第8番

ノセダの東響定期への初登場で、エネルギッシュな動作に驚嘆した記憶があります。
当時の「ゲルギエフのアシスタント」という触れ込みに「なるほど」と納得した記憶があります。
なお、私が森麻季さんを初めて聴いたのは、もっとずっと後だと思っていましたが、記録を見るとこのときにも聴いていたようです。

2008年4月29日(火・祝)18:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:エリアフ・インバル
東京都交響楽団

ソプラノ:澤畑恵美
ソプラノ:大倉由紀枝
ソプラノ:半田美和子
メゾソプラノ:竹本節子
メゾソプラノ:手嶋眞佐子
テノール:福井敬
バリトン:河野克典
バス:成田眞
合唱:晋友会合唱団
児童合唱:NHK東京児童合唱団
合唱指揮:清水敬一
児童合唱指揮:加藤洋朗
マーラー:交響曲第8番「千人の交響曲」

つい先日聴いた演奏会です。

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マーラーの交響曲の思い出(07)

■マーラーの交響曲の思い出:第7番「夜の歌」

この曲はあまり生で聴く機会がありませんでしたが、2007年に2回、素晴らしい演奏に出会えました。

2007年4月29日(日)19:30
ウィーン・ムジークフェラインザール
指揮:マリス・ヤンソンス
バイエルン放送交響楽団

マーラー:交響曲第7番「夜の歌」

この演奏会の感想は以前書きました。
2007年にウィーンへ旅行したときに、ムジークフェラインザール(楽友協会大ホール)で聴きました。
会場の雰囲気と音響効果もあって、鮮烈な印象が残っています。

2007年11月16日(金)19:00
東京オペラシティ・コンサートホール
指揮:飯守泰次郎
東京シティ・フィル

マーラー:交響曲第7番「夜の歌」

この演奏会の感想も以前書きました。
半年前にウィーンで聴いたヤンソンス/バイエルン放送響とオーケストラの技量の差は歴然としているはずですなのですが、音楽に対する感動の度合いにあまり差が無いのには感心しつつ、「面白い」と思いました。
(ただし、私は最近、飯守泰次郎さんの指揮する演奏が大好きなので、多少ひいき目に見ているかもしれません。)

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マーラーの交響曲の思い出(06)

■マーラーの交響曲の思い出:第6番「悲劇的」

この曲の生演奏は、2007年のインバル/都響、2008年のハーディング/東フィルと、最近の演奏会が鮮烈な印象に残っています。
一方、20年以上前にN響定期で初めてこの曲を生で聴いたときの印象も、おぼろげに残っています。

1986年6月12日(木)19:00
NHKホール
指揮:若杉弘
NHK交響楽団

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」

当時は若杉さん指揮のマーラーを、いろいろなオーケストラで良く聴きました。
なにぶん20年以上前のことなので、演奏はあまり覚えていませんが、ハンマーが振り下ろされた光景はおぼろげに覚えています。
しかし、NHKホールの3階席では、ハンマーの音はあまり感じられませんでした。
でも、いまだに覚えているということは、視覚に訴える効果は抜群だったようです。

2007年12月19日(水)19:00
サントリーホール
指揮:エリアフ・インバル
東京都交響楽団

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」

この演奏会の感想は、以前書きました。
自然体で演奏しながら、凄い音を出す都響に驚いた記憶が残っています。

2008年2月14日(木)19:00
東京オペラシティ・コンサートホール
指揮:ダニエル・ハーディング
東京フィル

マーラー/交響曲第6番「悲劇的」

この演奏会の感想も、以前書きました。
第2楽章=アンダンテ、第3楽章=スケルツォの順番で聴いたのは、この演奏が初めてでした。

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マーラーの交響曲の思い出(05)

■マーラーの交響曲の思い出:第5番

この曲の生演奏で印象に残っているのは、いずれも20年以上前の演奏会です。

1985年2月13日(水)18:45
NHKホール
指揮:山田一雄
NHK交響楽団

モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」
マーラー:交響曲第5番

私がN響の定期公演を初めて生で聴いた演奏会です。
当時は、NHKのテレビやFMで視聴していた“憧れの場”に座っていることが信じられない気分でした。
(もしかしたら、2007年にウィーンへ旅行して、初めてムジークフェラインザール(楽友協会大ホール)でコンサートを聴いたときの気分に匹敵するかもしれません。)

当初、スウィトナーの指揮が予定されていた演奏会ですが病気でキャンセルとなり、山田一雄さんが指揮をしました。
NHKホールの2階席という、(今にして思えば)それほど音響が良いとは言えない席に座っていたにもかかわらず、大編成のマーラーでの強奏の後の残響が大きく聞こえたのを覚えています。
演奏中の山田一雄さんのうなり声は、2階席まで聞こえてきました。
終楽章では、汗をかいたためか、眼鏡を外して指揮をされていました。

1986年3月26日(水)19:00
東京文化会館大ホール
指揮:ゲオルグ・ショルティ
シカゴ交響楽団

モーツァルト:交響曲第35番「ハフナー」
マーラー:交響曲第5番
ドビュッシー:夜想曲から第2曲「祭り」(アンコール)

当時のお金の価値観は思い出せませんが、かなり奮発してS席18,000円のチケットを買いました。
東京文化会館の1階席後方の音響は、離れたところから隣の部屋の演奏をのぞいているようなもどかしさがあったのですが、それでもショルティの鋭角的な動きが作り出すシカゴ響の精密機械のような精緻な音には驚嘆しました。

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マーラーの交響曲の思い出(04)

■マーラーの交響曲の思い出:第4番

この曲の生演奏で印象に残っているのは広上淳一さん初体験の演奏会がひとつ。もう一つは番外編とでも言うべき、一部のお客さんの行為にがっかりした演奏会がひとつです。

1991年2月9日(土)14:15
NHKホール

指揮:広上淳一
NHK交響楽団

ヴァイオリン:加藤知子
ソプラノ:三縄みどり
和田薫:オーケストラのための3つの断章
外山雄三:ヴァイオリン協奏曲
マーラー:交響曲第4番

広上淳一さんの指揮を初めて「見た」演奏会でした。
当時はまだそれほど有名でなかった広上さんが登場すると、客席は少しどよめき、私の周囲からは「小さいねぇ!」という声があちこちで聞こえました。

しかし、指揮姿は流麗で出てくる音はその視覚効果に見合ったもの。。
当時、私は「カルロス・クライバー並みに美しい指揮」と思いました。
陶酔するような視覚と聴覚が巨大なNHKホールを支配しました。

この演奏会の後、私は広上さんが日フィルのシェフを辞任するまで、“追っかけ”のように広上さんの演奏会に通いました。

2007年4月22日(日)14:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:大友直人
東京交響楽団

ソプラノ:幸田浩子
ハイドン:交響曲第101番「時計」
マーラー:交響曲第4番

この演奏会の感想は以前書きました。
演奏は良かったので、間髪を入れずの拍手は本当に残念でした。

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マーラーの交響曲の思い出(03)

■マーラーの交響曲の思い出:第3番

この曲の生演奏で印象に残っているのは、良い印象の演奏会がひとつ、今ひとつの印象の演奏会がひとつです。

1987年2月13日(金)19:00
NHKホール
指揮:ガリー・ベルティーニ
NHK交響楽団

アルト:伊原直子
合唱:国立音楽大学
児童合唱:国立音楽大学附属小学校
合唱指導:長井則文、尾原敏子
マーラー:交響曲第3番

あまり演奏の細かいことは覚えていませんが、(晩年に比べれば20歳近く若かった)ベルティーニのぐいぐいと引っ張っていくような指揮姿が印象に残っています。
指揮台の前に椅子が置いてあったので「何だろう?」と思っていたら、第1楽章終了後の合唱団が入場している間、ベルティーニはそこに腰掛けて待っていました。

1997年10月26日(日)18:00
すみだトリフォニーホール
指揮:小澤征爾
新日本フィル

ソプラノ:フローレンス・クィーヴァー
合唱:晋友会合唱団
合唱指揮:関屋晋
児童合唱:オープニング記念少年少女合唱団
合唱指導:古橋富士雄
マーラー:交響曲第3番

すみだトリフォニーホールのオープニング・シリーズだったと思います。
「小澤のマーラー」ということでかなり期待して聴きに行きましたが、残念ながら、あまり良い印象ではありませんでした。
(この後、ロストロポーヴィチの指揮する演奏会も聴きに行きましたが、これも今ひとつの印象でした。)
「過密日程で、練習が行き届いていなかったのでは?」という憶測も一部にありましたが、どうなのでしょうか?
「その頃の新日本フィルの状態は今ほど良くなかった。アルミンクがシェフになってから状態が良くなった。」というウワサも聴きますが、私はその後数年は、新日本フィルの演奏会にあまり通わなくなってしまったので、その変化の過程はよくわかりません。

現在の新日本フィルの演奏は、このときの印象とは全く異なり、私は好印象を持っています。

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マーラーの交響曲の思い出(02)

■マーラーの交響曲の思い出:第2番「復活」

この曲は、マーラーの交響曲の中では比較的好んで聴いているので、いろいろな演奏を聴いていますが、なぜか私にとっては毎回新鮮な気持ちで接することが出来る曲のため、過去の演奏会の“音”はあまり記憶に残っていません。
今年聴いたホーネック/読響(2008/2/10)の演奏会でも、感想に「まるで、この曲を初めて聴いたかのような」と書いています。

過去の演奏で、“音”ではなく“光景”が記憶に残っているものはいくつかあります。
チョン・ミョンフン/東フィル(2001/6/15)は合併直後の演奏会、井上道義/東響(2003/10/18)は力のこもった最初の一振りが鮮烈な印象、ハーディング/東フィル(2006/4/8)は、初めて生で見たハーディングの表情が今でも目に焼き付いています。

そうした中で、この曲の特に印象に残っている演奏会は、初めて聴いたベルリン・フィルの生演奏でした。
(もっとも「初めて」と書きましたが、ベルリン・フィルは私は今までに2回しか生で聴いたことがありません。)

1996年10月20日(日)19:00
サントリーホール
指揮:クラウディオ・アバド
ベルリン・フィル

ソプラノ:シルヴィア・マクネアー
メゾ・ソプラノ:マリアンナ・タラーソワ
スウェーデン放送合唱団
エリック・エリクソン室内合唱団
マーラー:交響曲第2番「復活」

曲が進むにつれてアバドの表情が恍惚感すら感じさせるような喜びに満ちたものに変貌していったのが印象的でした。
透明感のあるコーラスも秀逸。
最終楽章で合唱が始まる部分の弱音は、永遠に終わってほしくないと思えるような神秘的な瞬間でした。

演奏中に客席で携帯電話が鳴ってしまい、マスコミでも話題になったと記憶してます。
アバドの「一番良い部分で鳴ってしまいましたね」という談話が掲載されたり、その後しばらくはホール入場の際に配られるパンフレットに注意を促すビラが挿入されたりしました。
最終的には、携帯電話の電波を遮断する装置がホールへ設置されましたが、おそらくその契機となった公演だと記憶しています。

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マーラーの交響曲の思い出(01)

■マーラーの交響曲の思い出:第1番「巨人」

この曲の演奏会で特に印象に残っているのは、デュトワ/モントリオール響の(確か)初来日の演奏会、そしてメータがN響を指揮した演奏会です。

1985年2月5日(火)19:00
東京文化会館大ホール

指揮:シャルル・デュトワ
モントリオール交響楽団

シューマン:交響曲第1番「春」
マーラー:交響曲第1番「巨人」
ラヴェル:ラ・ヴァルス(アンコール)
ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲(アンコール)

確か、私が初めて聴いた外来のオーケストラだったと思います。
奮発してS席10,000円のチケットを買いました。
20年以上前の10,000円の価値観がどれくらいだったかは思い出せません。

当時の私は、レコードのオーケストラの音は、ミキシングや電気的なエコーによって“作られた音”だと思っていました。
だから日本のオケの生演奏がレコードのような音がしないのは当然だと思って聴いていました。

しかし、この日、東京文化会館に響いた生の音は、“レコードのような”澄んだ、美しい響きだったのです。
その至福のサウンドが生の迫力を伴った音なのですから私はすっかり参ってしまい、当時の私の自宅の棚には、デュトワのCDがたくさん並ぶことになりました。

なお、このときのモントリオール響の来日時は、チケット拡販のためかどうかはわかりませんが、「アンコールでボレロを演奏するとデュトワが約束した」という新聞記事が載りました。
この日は「運命の力」の後に小太鼓奏者がスタンバイしましたが、デュトワは首を振り、「ボレロ」を演奏せずにオケは解散しました。
でも、アンコールの2曲の「ラ・ヴァルス」と「運命の力」も素晴らしかったので、私は十分に満足して帰宅しました。

その後テレビかラジオで中継された昭和女子大学人見記念講堂での演奏会では、アンコールに「ボレロ」が演奏されていたと記憶しています。

1996年11月9日(土)15:00
サントリーホール

指揮:ズービン・メータ
NHK交響楽団

ソプラノ:フローレンス・クイヴァー
マーラー:亡き子をしのぶ歌
マーラー:交響曲第1番「巨人」

当初、第3番1曲が予定されていましたが、メータのお父さんの具合が悪くて来日が遅れるため、練習時間の関係で1番に変更になったと記憶しています。

前日の演奏会がNHK-FMで生中継され、BGM的に聞き流していたら、電波を通していても“ものすごい音”が伝わってきて、座り直してしまった記憶があります。
翌日の会場でも、前日のFM放送で一度聴いていたのに、飽きるどころか、N響の音とは思えない豪快な音にぐいぐいと引き込まれました。
3番が「巨人」に変わってしまったことは当初は残念でしたが、終演後は「よくぞメータがN響を振ってくれた」と満足感でいっぱいでした。

残念だったのは「亡き子をしのぶ歌」の最後で、フライングの拍手が起こってしまったこと。
最後の音の前の小休止で拍手を始めた人がいて、しかもそれだけでなく、最後の音が鳴り終わると直ちにまた拍手を始めたのです。
会場はその人の拍手に全く同調せずに静寂を保ち、その人が拍手を止めてからようやく拍手が始まりました。

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