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2008年9月21日 (日)

スクロヴァチェフスキ/読響(2008/9/21)

2008年9月21日(日)14:00
東京芸術劇場大ホール

指揮:スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
読売日本交響楽団
(東京芸術劇場マチネーシリーズ第103回)
ピアノ:ジョン・キムラ・パーカー

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番
ブルックナー:交響曲第0番

ブラームスは協奏曲ではあるものの、スクロヴァチェフスキさんの指揮するオーケストラパートを楽しみにしていました。
そして、その期待はかなえられました。
9月10日の定期演奏会での交響曲第3番は「悠然」という印象でしたが、この日の協奏曲は鋭いアタックを交えながらの迫力のある演奏で、私がスクロヴァチェフスキさんに抱いていたイメージに近いブラームスでした。
(後半のブルックナーの演奏を聴いた後では、管楽器はもう少し頑張れたのではないか?…という印象もありましたが。)

しかし、その期待をさらに上回ったのがジョン・キムラ・パーカーさんのピアノ独奏。
激情的な部分の迫力と抒情的な部分の雰囲気の両方が、「見事」としか言えない貫禄で弾かれました。
この曲は「ピアノを伴った交響曲」と呼ばれることもあり、この日のプログラムの冊子にも書いてありました。
私の演奏前の期待も、多少、それに近いものがありました。
しかし、やはり、この曲は「ピアノ協奏曲」だったのでした。

演奏が終わった後、指揮者とピアニストは、お互いの肩をつかみ合いながら、かなり長い間、言葉を交わしあっていました。
そして、会場の最大な拍手とブラボーの歓声に満面の笑顔で応えていました。
会心の演奏だったのでしょうか。
拍手も長く続き、コンサートマスターのノーランさんが先頭を切ってオケのメンバーが引き上げ始めるまで続きました。

休憩後のブルックナーは、「腐っても鯛」ならぬ「短くてもブルックナー」と言いたくなるような、魅力的な曲。
(いや、決して腐ってはいません。)
もちろん、延々と続くブルックナーのイメージを抱いて聴いていると、「あれ?この楽章、もう終わり?」と肩すかしにあったような気もしないではありません。
でも、聞こえてくるのは、まぎれもなくブルックナーの世界。
初期(と言っても45歳だそうですが)の作とは言え、大作曲家の曲です。
ブルックナーが晩年に“発見”したときに、破棄せずに、わざわざ“第0番”という番号を付与した理由がわかる気がします。

そして、この曲がスクロヴァチェフスキさんの手にかかると、立派なひとつの交響曲として構築されます。
チェロ主席の毛利さんが例によって、まるで「3人目のコンサートマスター」のように低弦をリードし、弦はうねるような大迫力でした。

演奏会でブラームスとブルックナーを続けて聴く機会は、もしかしたら少ないかもしれません。
この日の2曲は一見さりげなく並べただけのようでいて、実はなかなか気の利いた組み合わせだったような気がします。

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