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2008年9月の4件の記事

2008年9月27日 (土)

スダーン/東響(2008/09/27)

2008年9月27日(土)18:00
サントリーホール

指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団
(第559回定期演奏会)
ヴァイオリン:アラベラ・美歩・スタインバッハー

シューベルト:交響曲第5番
ベルク:ヴァイオリン協奏曲-ある天使の思い出に-
J.S.バッハ:無伴奏ソナタ第3番からアンダンテ
(アンコール)
シューベルト:交響曲第6番

決して有名曲、人気曲の部類に入らないと思われるシューベルトの6番ですが、演奏が終わった後は盛大な拍手とともにずいぶん「ブラボー」の声もかかっていました。

今シーズンの東京交響楽団の定期演奏会はシューベルト・ツィクルスで、特に音楽監督のスダーンさんが振った5月17日の1番と4番が、目の覚めるような素晴らしい演奏でした。
(この日のライヴCDが「東響主催演奏会場限定」という触れ込みで販売されていました。)
その“続き”ということで、当然この日も期待度大だったわけですが、その期待は満たされたと思います。

この日は、5番と6番の対比が非常に効果的に描き分けられていたと思います。
プログラムの冊子の広瀬大介さんの曲目解説も「木刀を真剣に持ち替える」という比喩で、シューベルトが6番に込めた気概が書かれています。
私は今まであまり意識して聴いていませんでしたが、6番は5番から大きく飛躍した曲のようです。

この日の演奏会で、最初に5番の演奏が始まったときは、「あれ?意外とまろやかな演奏だな」と思いました。
ティンパニが入っていない編成のためかもしれませんが、あまり鋭い音はなく、まるでモーツァルトのディベルティメントか、29番のシンフォニーのよう。
でも、その美しさは比類がありません。
特に「ハーモニー」という意味では、弦と管が溶け合い、まるで一人の奏者が弾いているかと錯覚するような素晴らしい出来。
会場では、この曲で居眠りをしている人が何人も目につきましたが、何となくわかるような気がします。
退屈ではなく、恍惚感で寝入ってしまった人も多かったのではないでしょうか。

それに対して6番は、バロックティンパニが加わり、時折鋭い音を交えて、メリハリをきっちりつけた推進力のある演奏。
6番がこんなにスケールが大きい曲だということは、この日初めて実感したような気がします。
「未完成」「グレイト」に時期的に一番近い曲を、私は今まであまりにも軽視していました。
この曲でのハーモニーは、溶け合うというよりは、分解能が良くくっきりしたアンサンブルに感じましたが、「まるで一人の奏者が弾いているような」という印象は5番と同じ。
スダーンさんの意図が隅々まで浸透しているということなのでしょう。

これらシューベルト2曲に挟まれてベルクのヴァイオリン協奏曲が演奏されましたが、スタインバッハーさんのソロも相まって、これもなかなか美しい演奏。
まるでロマン派の有名曲のように感情を込めてこの曲を自在に弾きこなすスタインバッハーさんの演奏は非常に魅力的でした。
アンコールの選曲も、バッハの無伴奏の中では、前後の曲にマッチする非常に良い曲を選んだような気がします。
シューベルト(まろやか系)→ベルク→バッハ→シューベルト(メリハリ系)という曲順は、聴いてみると結構しっくり来ました。

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2008年9月23日 (火)

飯守泰次郎/東京シティ・フィル(2008/09/23)

2008年9月23日(火・祝)14:00
ティアラこうとう大ホール

指揮:飯守泰次郎
東京シティ・フィル
(オーケストラル・オペラVII)

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」
(ノーカット 日本語字幕付き原語上演)
20080923








もし1日目(9月21日)の公演を聴いていたら、終演後直ちにこの日のチケットも買ってしまったかもしれません。

飯守泰次郎さんの指揮するワーグナーの音の世界は期待通り。
…と書いてしまうとあまりにも素っ気なくなってしまいますが、飯守さんのワーグナーがめちゃくちゃ素晴らしいことを知っているから「期待通り」なのであって、決して半端なレベルではありません。
休憩を挟んで5時間の間、オーケストラは弛緩することなく、劇的な緊張感や、甘美な陶酔感、悲しみ、喜び、束の間の安らぎなどの表情を描き出します。
定期演奏会2~3回分の“時間”と“充実度”。
東京シティ・フィルのメンバーも、相当の準備をしたのでしょう。

歌手陣もかなりの迫力で迫真の歌唱。
1234席のティアラこうとうのホール空間の“小ささ”は、例えば2303席の東京文化会館などに比べて体への負担が少なかったのかもしれません。

成田勝美さん(トリスタン)、緑川まりさん(イゾルデ)は、さすがに長丁場なので最初から最後まで全力投球というわけにはいかないでしょうが、全体の8割~9割くらいの時間はアクセル全開の様相。

マルケ王役の小鉄和広さんは、2月の二期会の「ワルキューレ」でフンディング役を歌ったのを聴いて好印象だったので期待していましたが、フンディングとは異なるキャラクターを威厳をもった声で演じ、今回も好感でした。
フンディング同様、他の役に比べれば短めの歌唱なので、成田さんや緑川さんと同じ土俵で比べていいのかどうかわかりませんが、今後も注目していきたいと思います。

ブランゲーネ役の福原寿美枝さんが力の入った歌唱で素晴らしい。
関西二期会に所属されているとのことなので、帰宅後に調べてみたら、1月に関西二期会が新国立劇場中ホールで上演した「ナクソス島のアリアドネ」で“作曲家”役を歌っていて、そのときにも私は好感を持って聴いていたことを思い出しました。
この日は、「アリアドネ」のときよりもさらに数段良かったような印象です。

歌手とオケと指揮の総合的な印象では、私は第1幕の凄まじいばかりの劇的な表現に特に圧倒されました。
第2幕の愛の二重唱などは、もっと官能的であっても良いようにも感じましたが、それは好み(あるいは私の集中力)の問題かもしれません。
(さすがに聴く方も長時間集中力を維持するのは大変でした。)
第3幕では、マルケ王が到着した後の緊迫感と嘆きが特に印象的。
そして最後の「愛の死」は、緑川さんもオケも美しさと迫力を両立させた熱演。
「前奏曲と愛の死」などという“キセル”をしないで到達したフィナーレは、涙が出そうなくらいの恍惚感を覚えました。

決してワグネリアンではない私ですが、2月の二期会の「ワルキューレ」で飯守泰次郎さんの重厚な音に圧倒されて以来、飯守さんの指揮するワーグナーの歌劇や楽劇を、もっともっと聴きたくてたまらなくなりました。
「飯守さんがワーグナーを振る機会が少ないのは、音楽界にとって損失に等しい」とさえ感じていました。
しかし、飯守泰次郎さんのホームページのMessageのコーナーに掲載されている、「『トリスタンとイゾルデ』稽古場だより」を拝読すると、このような大作を上演するのは並大抵のことではないようです。
東京シティ・フィルのホームページにも、飯守さんのメッセージとして、この公演にかける“思い”が掲載されています。
“大変”なのは“音楽的”にだけでなく、おそらく“経済的”にもでしょう。この日も残念ながら満席ではありませんでした。
二期会の「ワルキューレ」の9ヶ月後にこの「トリスタン」の上演があり、1年に2回、飯守さんのワーグナーの全曲上演に足を運べたのは、「幸せ」と言っても良いのかもしれません。

配役:
トリスタン:成田勝美
マルケ王:小鉄和広
イゾルデ:緑川まり
クルヴェナール:島村武男
メロート:青栁素晴
ブランゲーネ:福原寿美枝
羊飼い:近藤政伸
舵手:須藤慎吾
若い水夫の声:村上公太
合唱:東京オペラシンガーズ

構成:小栗哲家
装置:イタロ・グラッシ
照明:鈴木尚美
舞台監督:金坂淳台
合唱指揮:四野見和敏
副指揮・プロンプター:城谷正博
副指揮:阿部肇
コレペティトール:大藤玲子、篠原明子、小梶由美子
字幕:三宅幸夫
演出補:菊池裕美子

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2008年9月21日 (日)

スクロヴァチェフスキ/読響(2008/9/21)

2008年9月21日(日)14:00
東京芸術劇場大ホール

指揮:スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
読売日本交響楽団
(東京芸術劇場マチネーシリーズ第103回)
ピアノ:ジョン・キムラ・パーカー

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番
ブルックナー:交響曲第0番

ブラームスは協奏曲ではあるものの、スクロヴァチェフスキさんの指揮するオーケストラパートを楽しみにしていました。
そして、その期待はかなえられました。
9月10日の定期演奏会での交響曲第3番は「悠然」という印象でしたが、この日の協奏曲は鋭いアタックを交えながらの迫力のある演奏で、私がスクロヴァチェフスキさんに抱いていたイメージに近いブラームスでした。
(後半のブルックナーの演奏を聴いた後では、管楽器はもう少し頑張れたのではないか?…という印象もありましたが。)

しかし、その期待をさらに上回ったのがジョン・キムラ・パーカーさんのピアノ独奏。
激情的な部分の迫力と抒情的な部分の雰囲気の両方が、「見事」としか言えない貫禄で弾かれました。
この曲は「ピアノを伴った交響曲」と呼ばれることもあり、この日のプログラムの冊子にも書いてありました。
私の演奏前の期待も、多少、それに近いものがありました。
しかし、やはり、この曲は「ピアノ協奏曲」だったのでした。

演奏が終わった後、指揮者とピアニストは、お互いの肩をつかみ合いながら、かなり長い間、言葉を交わしあっていました。
そして、会場の最大な拍手とブラボーの歓声に満面の笑顔で応えていました。
会心の演奏だったのでしょうか。
拍手も長く続き、コンサートマスターのノーランさんが先頭を切ってオケのメンバーが引き上げ始めるまで続きました。

休憩後のブルックナーは、「腐っても鯛」ならぬ「短くてもブルックナー」と言いたくなるような、魅力的な曲。
(いや、決して腐ってはいません。)
もちろん、延々と続くブルックナーのイメージを抱いて聴いていると、「あれ?この楽章、もう終わり?」と肩すかしにあったような気もしないではありません。
でも、聞こえてくるのは、まぎれもなくブルックナーの世界。
初期(と言っても45歳だそうですが)の作とは言え、大作曲家の曲です。
ブルックナーが晩年に“発見”したときに、破棄せずに、わざわざ“第0番”という番号を付与した理由がわかる気がします。

そして、この曲がスクロヴァチェフスキさんの手にかかると、立派なひとつの交響曲として構築されます。
チェロ主席の毛利さんが例によって、まるで「3人目のコンサートマスター」のように低弦をリードし、弦はうねるような大迫力でした。

演奏会でブラームスとブルックナーを続けて聴く機会は、もしかしたら少ないかもしれません。
この日の2曲は一見さりげなく並べただけのようでいて、実はなかなか気の利いた組み合わせだったような気がします。

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2008年9月10日 (水)

スクロヴァチェフスキ/読響(2008/9/10)

2008年9月10日(水)19:00
サントリーホール

指揮:スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
読売日本交響楽団
(第474回定期演奏会)
ヴァイオリン:アリョーナ・バーエワ

ブラームス:交響曲第3番
シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲第1番
ショスタコーヴィチ:交響曲第1番

スクロヴァチェフスキさんが変わったのか、私の感じ方が変わったのか…。

スクロヴァチェフスキさんというと、N響に客演していた頃からの印象で、比較的とんがった、老齢とは思えないような若々しい音楽…という先入観を持っていました。

しかし、この日の一曲目のブラームスは、「勢いで押してくる演奏」とは対極にあるような、悠然とした演奏に感じました。
決して先を急がず、小さなフレーズも大切にしながら、雰囲気のある空間をホール内に作り出した感じ。
「ブラームスの英雄」(この第3番)だの「ブラームスの田園」(第2番)だのという呼び名はあまり好きではないのですが、この日の演奏を聴いて思い浮かんだ言葉は、(第3番なのに)「ブラームスの田園」でした。
終楽章こそ、少し勢いの良い部分もありましたが、最後はやはり悠然と、静かに終わりました。

15分の休憩を挟んで、20世紀初頭の音楽が2曲。

シマノフスキは、不思議な音響の部分があるかと思えばロマンティックな部分もある曲で、私にとってはちょっと捉えどころがないのですが、CDで聴いたときに比べてやはり生演奏では、特に弱音の部分の細やかな音響を楽しむことが出来ました。
ショスタコーヴィチの前に演奏するには、なかなか良い選曲だったように思います。

最後のショスタコーヴィチは、「若きショスタコーヴィチが渾身の力を込めて書いた“とんがった”作品」というイメージがあるせいか、冒頭に書いた“スクロヴァチェフスキさんへの先入観”も相まって、めちゃくちゃ“とんがった”演奏を予想していましたが、意外にまろやかな響き。
スケールが大きく、ブラームス同様に「先を急がず、悠然と」という印象。
縦の線が少しずれたように感じた箇所もありましたが、それすらもこの音楽の一部のようです。

思い起こせば、昨年(2007年)9月に東京芸術劇場でシューマンとショスタコーヴィチを聴いたときに、「ホール(席)の音響のせいか、ややマイルドな音に聞こえた」と感じましたが、そのときの印象に近いものもあります。
「あれ?私は今まで何を聴いていたのだろう」という気にもなりますが、やはり年輪を重ねただけあって、スクロヴァチェフスキさんの指揮は、老大家の至芸のようです。

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