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2009年7月11日 (土)

広上淳一/日フィル(2009/07/11)

2009年7月11日(土)14:00
サントリーホール

指揮:広上淳一
日本フィルハーモニー交響楽団
(第612回定期演奏会)
合唱:東京音楽大学

ハイドン:交響曲第92番「オックスフォード」
武満徹:樹の曲
〔日本フィル・シリーズ再演企画第3弾〕
ストラヴィンスキー:詩篇交響曲

プログラムの冊子にはハイドンの後の休憩しか記載がありませんでしたが、楽曲の編成の関係で、一曲ごとに15分の休憩が入るとのアナウンス。
ハイドンは第1ヴァイオリン12人の小編成。
武満徹は舞台上が満杯の大編成。
ストラヴィンスキーは、ヴァイオリンとヴィオラが居ない代わりにピアノが2台の4管編成にP席いっぱいの合唱。
確かに、バラエティーに富んだ選曲でした。
聴き手の私にとっても、2回の休憩時間は、集中力を維持するに好都合でした。

ハイドンは“折衷案”と言ったら言い過ぎでしょうか。
第1楽章や第4楽章などではティンパニを強打させ、ピリオド風の表現をかなり取り入れた印象でしたが、第2楽章などは中間部でのティンパニの強打を除いてずいぶん歌わせた印象。
弦楽器の奏法も、素人の私にはよくわかりませんが、目で見た限りでは、ヴィブラートをかけていた部分とかけていなかった部分があったように見えました。
2007年7月13日の定期演奏会でのハイドンとモーツァルトでは、曲によって微妙に印象が異なりましたが、今回も両方のスタイルが混ざった印象でした。
ただし、“折衷案”だからといって、決して“ちぐはぐ”ではありません。
ハイドンの音楽の魅力、広上さんの指揮の魅力は、一貫して生き生きとした生命感を伴って迫ってきました。
最近は控え目の動きが多い広上さんですが、第4楽章などは、常任だった頃の若い頃の動きが戻ったような印象でした。
ティンパニの強打で、殴りつけるようなパンチのような動作をしたのは、思わずニヤリと笑ってしまいました。

広上さんの「オックスフォード」(2000年6月25日、水戸室内管弦楽団)は以前にも聴いたことがあります。
良く覚えていませんが、以前はそんなにピリオド風ではなかったような気がします。
事実、2007年7月13日の「ロンドン」は、ピリオド風の印象はありませんでした。
もしかしたら、徐々にスタイルを変化させているのかもしれません。

私はこの日の演奏会はハイドンがお目当ての曲だったので、「ここで帰ってしまおうか」と思ったくらい嬉しい演奏でした。

武満徹の曲は1961年初演とのこと。
聴感上は、昔感じた“現代日本の音楽”そのものという印象です。(もっとも、すでに初演から48年経過しています。)
武満徹の曲をそんなに聴いているわけでも、理解しているわけでもありませんが、私は、この曲のような初期の曲の方が、とんがったところがあって好きかもしれません。
曲の印象は好印象でした。
おそらく初めて聴いた曲なので、解釈なのか、そういう曲なのかわかりませんが、金管の音色が多少荒く感じました。
そうは言っても、決して義務的な演奏ではなく、力のこもった演奏だったと思います。

ストラヴィンスキーでは、(デュトワやブーレーズのCDでこの曲を聴いているせいかもしれませんが)第2楽章での木管楽器どうしのやりとりにもう少しニュアンスがほしいと感じました。
合唱はストレートに声を出すことに注力していた感じで、もう少し大人の雰囲気を出してほしい気もしましたが、以前、年末の第九で聴いたときの東京音楽大学の合唱よりは数段上の印象でした。(年数がたっているので、メンバーは違うはずですが。)
私の個人的な集中力の方の問題かもしれませんが、ところどころ流すように感じた部分もありました。
もっとも、ネガティブなことを書いてしまいましたが、全般的には、この曲を聴く喜びを感じさせるレベルには達していたと思います。

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