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2009年7月の5件の記事

2009年7月23日 (木)

チョン・ミョンフン/東京フィル(2009/07/23)

2009年7月23日(木)19:00
東京オペラシティ・コンサートホール

指揮:チョン・ミョンフン
東京フィルハーモニー交響楽団

(第47回東京オペラシティ定期シリーズ)

ブラームス:交響曲第1番
ブラームス:交響曲第2番

確かに、素晴らしい瞬間が多々ありました。
8割から9割は、唖然とするような素晴らしい瞬間だったと思います。

伸びのある突き抜けたようなサウンド。
重厚感よりは機動性の方を重視したような推進力。
決して先を急がずに、2曲ともエネルギーを思う存分に放出して終了しました。

ただ、欲を言うならば、特に木管楽器において、細部の詰めが甘いと感じられる部分が無かったとは言えません。
何気ない単発的なソロのニュアンス。
あるいは、メロディーの冒頭の一音。
チョン・ミョンフンさんがこれだけのスケールの音楽を描き出したのですから、出来れば完璧に近い形で応えてほしかった。
冒頭に書いたように、唖然とするような素晴らしい瞬間が多々あったことを考慮すると、決してそれは、無理な注文ではないように思えます。

第1番の方は、第1、第2楽章はところどころ「おや?」と思いながら聴いていましたが、第3楽章が始まったとたん「おっ、これは!」という素晴らしさ。
第4番は、ところどころ弛緩した部分もあったような気もしますが、終結部が見事。
尻上がりに調子が良くなったのか、リハーサルの時間配分のせいなのかはわかりません。

休憩後の第2番の方は、第1楽章冒頭から包み込まれるようなスケールの大きさ。
ハーモニーも前半よりレベルアップした印象。
第2楽章は若干雑になった感もありましたが、第3楽章で柔らかい響きが戻り、第4楽章は爆演ではなく、きちんとコントロールされた熱狂でした。

私は多少冷静に拍手をしていましたが、終演後の会場は大興奮。
オケのメンバーが引き上げはじめて拍手はいったん鳴りやみかけましたが。拍手を続けている人に同調して会場は再び大きな拍手に。
かなりの時間が経過してから、チョン・ミョンフンさんはオケのメンバーの半分くらいを伴って舞台上に姿を現しました。
服は着替えた後の白いポロシャツようです。
オケのメンバーを促して全員でお辞儀をして、1階席前方の舞台下のお客さんと握手をして引き上げ、ようやく拍手はおさまりました。

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2009年7月20日 (月)

小澤征爾音楽塾「ヘンゼルとグレーテル」(2009/07/20)

2009年7月20(月・祝)15:00
神奈川県民ホール大ホール

小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトX
フンパーディンク:歌劇「ヘンゼルとグレーテル」

20090720








この日は初日。
そのせいか、2年前の「カルメン」(4日目の公演)で驚嘆したオケのアンサンブルに比べると、多少荒い部分があったような気がしないでもありません。
でも、この音楽塾の趣旨からすれば、そのことに目くじらを立てるのは野暮というものでしょう。
練習と公演を通じて成長していくという“目指している姿”に従えば、おそらく後の方の公演になるほど、アンサンブルの完成度は高まっていくものと想像しました。
時間とお金があれば、初日と最終日のチケットを買って聴き比べてみたいものです。

そうは言っても、この日のオーケストラ(塾生に混じって高名な方々が何人も弾いていました)には、ため息の出るような素晴らしい瞬間が何度もありました。
最初「弱音部は今一歩かなぁ」などと思いながら聴いていたら、第2幕の幕切れの場面などはうっとりとするほどの雰囲気。
第3幕も後の方に行けば行くほど高揚感と一体感が素晴らしい。
小澤さんのビジュアルでエネルギッシュな指揮姿に、ここまで反応したオケには、九分九厘満足しました。

歌手陣は、バーバラ・ボニーのキャンセルはミーハー的には残念ですが、全員レベルが揃っていて、「あの人がが良かった、あの人が今一歩」ということが無かったのが耳に心地良い。
演出はオーソドックスなものだと思いますが、正統的な演技を手を抜くことなくこなして好感でした。

舞台装置はリアリティがありながらメルヘンチック。
照明の色彩感も嫌みのない効果で、こういう素直なオペラには合っていたと思います。

「ワーグナーの亜流?の中で唯一生き残ったオペラ」という話しを聞いたことがありますが、確かにワーグナーの明るい場面の音楽から官能的な匂いを抜き取ったような雰囲気もあります。
子供にも安心して観せることのできる「人畜無害さ」が、多少物足りなく感じなくもありません。
しかし、超一流の作品かどうかは別として、歴史の中で生き残った、少なくとも一流の作品であるということは事実のようです。

スタッフ
音楽監督・指揮:小澤征爾
演出:デイヴィッド・ニース
装置:マイケル・イヤーガン
衣裳:ピーター・J・ホール
照明:高沢立生
オリジナル・プロダクション:ザ・ダラス・オペラ

管弦楽:小澤征爾音楽塾オーケストラ
児童合唱:東京少年少女合唱隊
児童合唱指揮:長谷川久恵

出演
グレーテル:カミラ・ティリング
ヘンゼル:アンゲリカ・キルヒシュラーガー
ゲルトルート(母親):ロザリンド・プロウライト
ペーター(父親):ウォルフガング・ホルツマイアー
魔女:グラハム・クラーク
眠りの精/露の精:モーリーン・マッケイ

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2009年7月12日 (日)

スダーン/東響(2009/07/12)

2009年7月12日(日)14:00
サントリーホール

指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団
(第569回定期演奏会)
ピアノ:ホン・クヮン・チェン

ブラームス:ピアノ協奏曲第2番
シューマン:交響曲第3番「ライン」
(マーラー版)

やはりスダーンさんと東響のコンビは素晴らしい。

前半のブラームスは、一音一音の迫力よりも、静かな流れを重視したような演奏。
私がこの曲に抱いているイメージとは全く異なりました。
個人的には、轟音を響かせてピアノとオケが渡り合うような音響を期待していました。
(例えば、2番ではなく1番ですが、2008年9月21日のキムラ・パーカーさんとスクロヴァチェフスキさんの演奏のような。)
しかし、オケにピアノが優しく寄り添うようなスタイルのこの演奏は、この曲の別の面を見たような印象ですが、十分に魅力的でした。
まるで老大家のブルックナーの緩徐楽章みたいにも聞こえますし、矛盾するようですが、シューマンのピアノ曲のようにも聞こえました。
このピアニストでドビュッシーを聴いたら流れが素晴らしいかもしれません。
スダーンさんの指揮するオケも、柔らかめの響き。
特に弦楽器が前面に出たときの陶酔感は、包み込まれるような心地良さでした。

休憩後のシューマンは、前回の5月に聴いた1番と同様に、野暮ったい風体だった人にスタイリストがついて、洗練されたファッションに変身したかのような印象。
霞が晴れて風景がくっきり浮かび上がってきたかのような感もあります。
プログラムの冊子にワーグナーとの関連の文章が載っていましたが、言われてみればワーグナー風に聞こえなくもありません。
演奏は、奇をてらったり、物珍しさを強調するようなものでは、決してありません。
指揮者とオケの呼吸は例によってピッタリ。
拍子を取っていると言うよりは、合図を送り続けながら見守っていると言ってもよいくらいの余裕のドライヴ。
旋律のひとつひとつが、潤いと伸びやかさを伴って、生き生きとホールに響き渡りました。

素晴らしい演奏でしたが、最後の一音に重なるフライング気味の拍手は残念でした。
この日の演奏は、CD録音していたようです。
確信犯かどうかはわかりません。
しかし、フライング気味の拍手は、CDで何回も聞きたくはないものです。
演奏前に「ご協力をお願いします」というアナウンスが流れましたが、何を協力してほしかったのか、よくわかりませんでした。

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2009年7月11日 (土)

広上淳一/日フィル(2009/07/11)

2009年7月11日(土)14:00
サントリーホール

指揮:広上淳一
日本フィルハーモニー交響楽団
(第612回定期演奏会)
合唱:東京音楽大学

ハイドン:交響曲第92番「オックスフォード」
武満徹:樹の曲
〔日本フィル・シリーズ再演企画第3弾〕
ストラヴィンスキー:詩篇交響曲

プログラムの冊子にはハイドンの後の休憩しか記載がありませんでしたが、楽曲の編成の関係で、一曲ごとに15分の休憩が入るとのアナウンス。
ハイドンは第1ヴァイオリン12人の小編成。
武満徹は舞台上が満杯の大編成。
ストラヴィンスキーは、ヴァイオリンとヴィオラが居ない代わりにピアノが2台の4管編成にP席いっぱいの合唱。
確かに、バラエティーに富んだ選曲でした。
聴き手の私にとっても、2回の休憩時間は、集中力を維持するに好都合でした。

ハイドンは“折衷案”と言ったら言い過ぎでしょうか。
第1楽章や第4楽章などではティンパニを強打させ、ピリオド風の表現をかなり取り入れた印象でしたが、第2楽章などは中間部でのティンパニの強打を除いてずいぶん歌わせた印象。
弦楽器の奏法も、素人の私にはよくわかりませんが、目で見た限りでは、ヴィブラートをかけていた部分とかけていなかった部分があったように見えました。
2007年7月13日の定期演奏会でのハイドンとモーツァルトでは、曲によって微妙に印象が異なりましたが、今回も両方のスタイルが混ざった印象でした。
ただし、“折衷案”だからといって、決して“ちぐはぐ”ではありません。
ハイドンの音楽の魅力、広上さんの指揮の魅力は、一貫して生き生きとした生命感を伴って迫ってきました。
最近は控え目の動きが多い広上さんですが、第4楽章などは、常任だった頃の若い頃の動きが戻ったような印象でした。
ティンパニの強打で、殴りつけるようなパンチのような動作をしたのは、思わずニヤリと笑ってしまいました。

広上さんの「オックスフォード」(2000年6月25日、水戸室内管弦楽団)は以前にも聴いたことがあります。
良く覚えていませんが、以前はそんなにピリオド風ではなかったような気がします。
事実、2007年7月13日の「ロンドン」は、ピリオド風の印象はありませんでした。
もしかしたら、徐々にスタイルを変化させているのかもしれません。

私はこの日の演奏会はハイドンがお目当ての曲だったので、「ここで帰ってしまおうか」と思ったくらい嬉しい演奏でした。

武満徹の曲は1961年初演とのこと。
聴感上は、昔感じた“現代日本の音楽”そのものという印象です。(もっとも、すでに初演から48年経過しています。)
武満徹の曲をそんなに聴いているわけでも、理解しているわけでもありませんが、私は、この曲のような初期の曲の方が、とんがったところがあって好きかもしれません。
曲の印象は好印象でした。
おそらく初めて聴いた曲なので、解釈なのか、そういう曲なのかわかりませんが、金管の音色が多少荒く感じました。
そうは言っても、決して義務的な演奏ではなく、力のこもった演奏だったと思います。

ストラヴィンスキーでは、(デュトワやブーレーズのCDでこの曲を聴いているせいかもしれませんが)第2楽章での木管楽器どうしのやりとりにもう少しニュアンスがほしいと感じました。
合唱はストレートに声を出すことに注力していた感じで、もう少し大人の雰囲気を出してほしい気もしましたが、以前、年末の第九で聴いたときの東京音楽大学の合唱よりは数段上の印象でした。(年数がたっているので、メンバーは違うはずですが。)
私の個人的な集中力の方の問題かもしれませんが、ところどころ流すように感じた部分もありました。
もっとも、ネガティブなことを書いてしまいましたが、全般的には、この曲を聴く喜びを感じさせるレベルには達していたと思います。

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2009年7月 6日 (月)

カリニャーニ/読響(2009/07/06)

2009年7月6日(月)19:00
サントリーホール

指揮:パオロ・カリニャーニ
読売日本交響楽団
(第484回定期演奏会)
ピアノ:清水和音
合唱:国立音楽大学合唱団

ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
(アンコール)
ホルスト:組曲「惑星」《ホルスト没後75年》

ちょっと捉えどころの難しい演奏会でした。

カリニャーニさんの客演は2年ぶり。
前回はピンチヒッターでの登板でしたが、今回は最初から年間で組まれていたプログラムです。

イタリア人とか南欧とか、先入観を持ってはいけないのでしょうが、この日の「惑星」、特に「木星」や「天王星」などは、まるでスペインの舞曲のような印象を受ける場面がしばしば。
大音量の部分は、あまりこの曲では感じないリズムやひねりが強く感じられ、4月29日に聴いた秋山和慶/東響のスタイリッシュな「惑星」とは別の曲のようです。

反面、「水星」などの静かな部分や、本来は神秘的であるはずの部分のニュアンスは、いま一歩の感がありました。
もっとも、これは、私の集中力のせいかもしれません。

演奏を通じて、楽譜の縦の線を合わせることはあまり重視していなかったように聞こえました。
2年前は、2007年7月12日17日の2回聴きましたが、あまりそういう印象は受けなかったので、今回は「あれれ?」と思いました。

「海王星」のコーラスは、舞台上手の扉を開けて歌われました。
よくやるように、最後は扉の開き方を調整して音量を絞っていっていましたが、私の席では、フェードアウトがあまりうまくいかず、プチッと音が切れてしまった印象がありました。
コーラスの音色にも、もう少し透明感がほしい気もしました。

休憩前のラヴェルも、私の集中力の欠如のせいか、捉えどころがわからないまま、あっという間に終わってしまいました。
確かに、クリアーな澄んだピアノの音の粒はきれいでしたし、アンコールも同じラヴェルの曲だったのは好感でしたが…。

“一部スペイン舞曲風”に感じた「惑星」は確かに面白かったですが、個人的には、やや不完全燃焼で家路につきました。

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