コンサート/オペラ2009

2009年9月 5日 (土)

インキネン/日フィル(2009/9/5)

2009年9月5日(土)14:00
サントリーホール

指揮:ピエタリ・インキネン
日本フィルハーモニー交響楽団
(第613回定期演奏会)
ヴァイオリン:樫本大進

ショスタコーヴィチ:祝典序曲
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

オーケストラ全体が溶け合った豊かなサウンドがホールに響き渡りました。
上質の布の手触りのような優しい音。
決して粗野にならない上品で洗練された音。
でも、弱腰ではなく、意志の強さも感じられるテンションの高い音です。

一曲目の祝典序曲の演奏が始まった瞬間に、この音の魅力に釘付けになりました。
日フィルの管楽器の技術が完璧とは言えなかったような気もしますが、インキネンさんの棒から導かれたこのサウンドとハーモニーは、極上でした。
金管のアクセントも、オーケストラ全体での一撃も、弾力性のある音でした。

続くヴァイオリン協奏曲では、樫本さんの伸びやかなソロの音がインキネンさんの振るオケの音と見事にマッチング。
爆演や熱演というよりは洗練された演奏の印象でしたが、艶やかなヴァイオリンの音が屈指のテクニックに支えられて自在に歌いました。
ベルリン・フィルのコンサートマスター就任はめでたいことですが、ソリストとしての活動が減ることはちょっと複雑な気もします。
オーケストラも手を抜かずに、伴奏ではなく協奏。
しっとりと歌ったかと思うと、うねるような響きを奏で、インキネンさんの指揮でシベリウスの交響曲を聴いてみたくなるような演奏でした。

交響曲はやはり洗練された印象。
野蛮な咆哮はいっさいなく、大音量であっても上品さを失いません。
特に第3楽章の静かな部分の雰囲気は息をのむような美しさ。
フランス音楽のようなと言ったら言い過ぎかもしれませんが、エレガントなショスタコーヴィチでした。
しかし、迫力不足の印象はなく、鳴らすところは透明感のある伸びやかなサウンドがホールに響き渡り、爽快でした。

日フィルからこういうハーモニーを引き出したインキネンさん。
前評判通り、ただ者ではないようです。

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2009年8月22日 (土)

ブラジル風バッハ全曲演奏会(2009/8/22)

2009年8月22日(土)14:00
東京オペラシティコンサートホール

指揮:ロベルト・ミンチュク
東京フィルハーモニー交響楽団
ソプラノ:中嶋彰子
フルート:斉藤和志
ファゴット:黒木綾子
ピアノ:白石光隆
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:三澤洋史
司会:加藤昌則

ヴィラ=ロボス没後50年記念
ブラジル風バッハ全曲演奏会

ヴィラ=ロボス:ブラジル風バッハ
第6番(1938)~フルートとファゴットのための
第9番(1945)~無伴奏合唱のための
第4番(1930-1941)~ピアノのための
第1番(1932)~8本のチェロのための
第5番(1938)~ソプラノと8本のチェロのための

ロビーコンサート
ヴィラ=ロボス:ブラジル民謡組曲
ギター:益田正洋

ヴィラ=ロボス:ブラジル風バッハ
第3番(1934)~ピアノとオーケストラのための
第8番(1944)~オーケストラのための
第2番(1933)~オーケストラのための
第7番(1942)~オーケストラのための

休憩3回をはさんで5時間という長い演奏会。
14:00開演で、終演は19:00近くでした。
これだけ一気に聴いても、次から次へと出てくるヴィラ=ロボス・サウンドは多彩。
演奏の合間に興味深いトークがあったこともありますが、飽きるどころか、最後まで楽しんで聴き入ってしまいました。

しかし、全曲を聴いたことで、ヴィラ=ロボスの音楽の確固たるイメージが私の頭の中にできあがったかというと、そういうわけではありません。
むしろ、ますます捉えどころが無くなって、ヴィラ=ロボスの作風のイメージが拡散してしまった感じがします。
つまり、それだけ作風が多彩と言うことなのでしょう。

コンサートの初めは、フルートとファゴットの二重奏。
この二つの対照的なサウンドの楽器の組み合わせは、結構良いものだと思いました。

2曲目の第9番は言葉のないコーラスだけの曲。
この曲は弦楽合奏でも演奏され、私の持っているCDはその弦楽合奏版だったのですが、それを人間の声を楽器とした演奏で聴くと、ずいぶん趣が異なります。
「スウィングル・シンガーズの登場よりもずいぶん昔に、ヴィラ=ロボスがこういうアイデアを出していた」という話しがトークの中にありましたが、まさにそういうサウンドです。
前半では、ミンチュクさんは唯一、この曲のコーラスの指揮をされました。

3曲目の第4番はピアノ独奏。
まるでオーケストラを聴いているような豪快なサウンドがピアノから響き渡りました。

8本のチェロで演奏される第1番と第5番は、チェロがこれだけ様々な音色を出せるということを再認識されましたし、第5番のソプラノ独唱の中嶋彰子さんは、目の覚めるような張りのある声で会場を圧倒しました。

ここまでの前半だけでも、楽器編成の多彩さに加えて曲調の多彩さが強く印象に残りました。

ロビーコンサートは、ギター独奏。
私は2階ロビーから見下ろして鑑賞を試みましたが、さすがにギターの音量では無理があったようです。
休憩時間のロビーの喧噪の中では、かすかに音が聴き取れるだけでした。
もっとも、1階ロビーまで行っても、かなりの人垣が出来ていましたので、十分な音量で鑑賞できたかどうかはわかりません。

後半の4曲はオーケストラが舞台上に登場。
これも一筋縄ではいきません。
ファリャの曲のようなサウンドに聞こえる瞬間があるかと思うと、ルロイ・アンダソンの曲のように聞こえる部分もあり、そうかと思うと、ストコフスキー編曲のバッハの曲のように聞こえるところも出て来ます。
ただ、どの曲も、ブラジルに照りつける明るい太陽と広大な大地を連想させるように聞こえるのは、先入観がありすぎでしょうか。
最後の7番は、プログラムの冊子に「ブラジルのマーラーとも呼びたくなる」と書かれていましたが、マーラーかどうかは別として、他の3曲とは少し趣が異なり、洗練された響きを感じました。
東京フィルの演奏水準は、定期演奏会並みのレベルまでは行かなかったかもしれませんが、高いテンションで情熱を持ってこれらの曲を演奏していたと思います。

ヴィラ=ロボスの多彩な音楽が繰り広げられた、なんとも楽しいコンサートでした。

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2009年8月16日 (日)

秋山和慶/東響(2009/8/16)

2009年8月16日(日)15:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:秋山和慶
東京交響楽団

(フェスタサマーミューザKAWASAKI 2009
フィナーレコンサート)

シューベルト:交響曲第7番「未完成」
ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
ドヴォルザーク:スラヴ舞曲作品72-2
(アンコール)
20090816








東京交響楽団は、なんと前日まで3夜連続で飯森範親さんとベートーヴェンの交響曲全曲を演奏していました。
バテているのではないかとちょっと心配していましたが、その心配は無用でした。
(まあ、新国立劇場でピットに入っている期間中に定期演奏会をやったりするオケですからね。)

11:00からの公開リハーサルを聴いた知人の話では、2時間近くかけてほぼ全曲を通したとのこと。
リハーサルの時間がそれ以外にあったのかどうかは部外者にはわかりませんが、さすがはプロです。

「未完成」は、背筋がゾクゾクするような低音の静寂と、大音量になったときの伸びのある音の対比が効果的。
先を急がずに、あちこちの旋律に目配りをしながら、着実に歩みを進めた感があり、ハッとするような魅力的な箇所が満載でした。

「運命」は、あまり重々しい音にならずに、柔らかい音とスケール感のある音が迫ってきます。
たたみかけるようなリズムも決して下品にならずに着々と構築されました。

「新世界より」は、全般的には都会的なスタイリッシュな演奏。
シンフォニックな響きが爽快です。
しかし、土俗的な部分は、しっとりと歌って対照的。
まるでニューヨークの大都会の雰囲気と、地方の民族的な雰囲気が交錯しているような感覚でしたが、この曲自体が元々そういう側面を持っており、それを見事に描き出したと言うべきでしょう。

アンコールのスラヴ舞曲はスタイリッシュな側面はあまりなくて、しっとりと歌う柔らかい響きが印象的でした。

この日も、近年の秋山さんの円熟した棒さばきで、懐の深さを満喫しました。

「未完成」、「運命」、「新世界より」というと、ついつい通俗名曲の軽いノリを予想してしまいがちですが、この日は3曲とも、定期演奏会の一角に持ってきても恥ずかしくない演奏だったと思いました。

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2009年8月 9日 (日)

千葉ギターアンサンブル(2009/8/9)

2009年8年9日(日)14:00
美浜文化ホール(メインホール)

千葉ギターアンサンブル

http://chiba-guitar.com/index.html


第8回しお風コンサート
~アルゼンチン・タンゴで過ごす夏の午後~

普段こういうコンサートは行かないのですが、知人に誘われて「たまにはこういうのもいいかも」と思い、一緒に出かけました。
無料のコンサートですが、入り口で簡単な印刷物のプログラムが配付されていました。
このホールは354席。
客席はかなり埋まっていました。

演目はギターに編曲された曲の数々で、アルゼンチン・タンゴがメインです。
ふだんあまり聴かない曲目なのでよくわかりませんが、心地良いギター独特の音色にリラックスして聴き入りました。
タンゴと言うと、もう少し情熱的なイメージがあったのですが、ギターの合奏で聴くと、音量の起伏が大きくないせいか、落ち着いた印象の曲に感じます。

11人の合奏という編成は、指揮者なしで演奏するにはちょっと微妙な規模かもしれません。
演目の中には、独奏、二重奏、三重奏で演奏されたものもありましたが、むしろ、そちらの方が、音楽の骨格とリズムがはっきりして心地良く感じられたものが多かったような気がしました。
タンゴはよくわかりませんが、私が比較的よく知っているクラシック音楽からの編曲もので言えば、9人の編成で演奏された「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」よりも、三重奏でえんそうされた「スラブ舞曲」の方が自然な感じでした。
もっとも、11人の合奏の曲の中にも、ステレオ効果が効果的に迫ってきた曲もありましたので、一概には言えません。

曲の合間のトークはユーモアのセンスがあって面白く、15分の休憩をはさんで2時間近くを飽きることなく楽しませていただきました。

ふだん、オーケストラばかり聴いている私ですが、
(ピアノリサイタルも、室内楽のコンサートも、最近は行っていません)
たまには違うジャンルの音楽を聴くのも良いものだと感じました。

演奏曲目:
メルセデス・シモーネ:カンタンド《歌いながら》
アウグスト・ベルト:ラ・パジャンカ
グラシア・デレオーネ:ウン・ラメント《哀歌》
マリアノ・モーレス:灰色の昼さがり
エンリケ・S・ディセポロ:エスペラール《希望》
ハンス・O・ブルグマン:夜のタンゴ
ルロイ・アンダーソン:ブルー・タンゴ
スタンリー・マイヤース:カバティーナ
ロシア民謡:二つのギター
木村弓:いつも何度でも
桑田佳祐:TSUMNAMI
モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク第4楽章
セバスチャン・イラディエル:ラ・パロマ
フランク:レントとアンダンティーノ
ドヴォルザーク:スラブ舞曲

俵はごろごろ
コキリコ
ふるさと
ヘラルド・ロドリゲス:ラ・クンパルシータ
カルロス・ガンデル:トモ・イ・オブリゴ《交わす盃》
フランシスコ・カナロ:ラ・ウルティマ・コーパ《最後の盃》
ホセ・ポール:カスカベリート《小さな鈴》
マリアノ・モーレス:ウノ《人は…》
オスバルド・プグリエーセ:レクエルド《想い出》
アンヘル・ヴィジョルド:エル・チョクロ《とうもろこし》
アンコール一曲

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2009年8月 8日 (土)

秋山和慶/東響(2009/8/8)

2009年8月8日(土)18:00
東京芸術劇場大ホール

指揮:秋山和慶
東京交響楽団
(特別演奏会)
ソプラノ:幸田浩子 *

シュトラウス一家の音楽会

ヨハン・シュトラウスⅡ:オペレッタ「こうもり」序曲
ヨハン・シュトラウスⅡ:オペレッタ「こうもり」より
              “侯爵さま”
*
ヨハン・シュトラウスⅡ:チックタックポルカ
ヨハン・シュトラウスⅡ:ポルカ「雷鳴と電光」
ヨハン・シュトラウスⅡ:オペレッタ「こうもり」より
              “田舎娘の姿で”
*
ヨハン・シュトラウスⅡ:アンネン・ポルカ
ヨハン・シュトラウスⅡ:皇帝円舞曲
ヨハン・シュトラウスⅡ:オペレッタ「ジプシー男爵」行進曲
ヨハン・シュトラウスⅡ:オペレッタ「ウィーン気質」より
              “ウィーン気質”
*
ヨハン・シュトラウスⅡ:シャンペン・ポルカ
ヨゼフ・シュトラウス:鍛冶屋のポルカ
ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「春の声」
*
エドアルト・シュトラウス:ポルカ「テープは切られた」
ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「美しく青きドナウ」
ヨハン・シュトラウスⅠ:ラデツキー行進曲
ヨゼフ・シュトラウス:ポルカ「とんぼ」
(アンコール)
ヨハン・シュトラウスⅡ:トリッチ・トラッチ・ポルカ(アンコール)
20090808

「秋山和慶さんがウィンナ・ワルツの類を振るとどうなるか?」
という興味が第一でした。
最近の円熟ぶりから予想はできましたが、すっかり様になっていました。
しっとりと歌うところは歌い、間を取るところは絶妙の間を取り…。
「シュトラウス一家の音楽はウィーンの団体でないと…」という時代はすでに終わっているようです。
確かに秋山さんらしく、金管が前面に出てくる場面では結構シンフォニックな響きになっていました。
しかし、それは格調の高さにつながります。
プログラムの終盤、「美しく青きドナウ」以降は、崇高な雰囲気さえ感じられました。
極上の娯楽を、極上の芸術に昇華させたようなシュトラウスの音楽でした。

しかし、そうは言っても、真面目一点張りの演奏会ではありませんでした。
「雷鳴と電光」では傘をさした団員が随所で踊りました。
コンマスの高木さんまで参加しました。
シャンペン・ポルカでは、シャンペンのグラスを掲げた人が、1階席後方から登場。
曲の最後では舞台上で秋山さん高木さんとともに乾杯!
客席の数人に小瓶をプレゼントしていました。
トリッチ・トラッチ・ポルカでは、曲の合間でチェロが楽器をくるりと一回転させたりして唖然。
エンターテインメントとしても、思わずニヤリとする趣向がありました。

「美しく青きドナウ」、ラデツキー行進曲と演奏されたのでアンコールはないかと思ったら、舞台上でサイン入り色紙プレゼント(5名)の抽選会の後、2曲のアンコール。
しかし、聴いてみると、ラデツキー行進曲の後のアンコールであっても。選曲に違和感はありませんでした。

アンコールの「とんぼ」の中間部で、秋山さんが指揮の動作をやめて舞台から降り、オケの演奏を見守る光景がありました。
その間、オケは一糸乱れず演奏を続けたわけですが、秋山さんが指揮台に居ない間、微妙に音色が変わったような気がしたのは気のせいでしょうか?
素人の私にはよくわかりませんが、指揮者というのは、ただ立っているだけでも楽員にオーラを与えているとか。
秋山さんが指揮台から降りたことで音色が変わったとしても不思議ではないかもしれません。

なお、この日のもう一人の主役の幸田浩子さんの存在感も格別でした。
客席に語りかけるような仕草や表情。
いかにお客さんを楽しませるかという姿勢がこれだけストレートに出てくる歌手はあまりいないのではないでしょうか。
6月14日の新国立劇場での「チェネレントラ」でも、コミカルな演技が強烈な印象を残しましたが、この日のコンサートスタイルでの歌唱でも、すっかり魅了されてしまいました。
ころころと転がるようでありながら、決してかん高くない、心地の良い、非常に美しい声でした。
最近はほとんどサインをもらう行動はしない私ですが、思わずミーハー気分丸出しで、ロビーでCDを買ってサイン会に並んでしまいました。
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2009年7月23日 (木)

チョン・ミョンフン/東京フィル(2009/07/23)

2009年7月23日(木)19:00
東京オペラシティ・コンサートホール

指揮:チョン・ミョンフン
東京フィルハーモニー交響楽団

(第47回東京オペラシティ定期シリーズ)

ブラームス:交響曲第1番
ブラームス:交響曲第2番

確かに、素晴らしい瞬間が多々ありました。
8割から9割は、唖然とするような素晴らしい瞬間だったと思います。

伸びのある突き抜けたようなサウンド。
重厚感よりは機動性の方を重視したような推進力。
決して先を急がずに、2曲ともエネルギーを思う存分に放出して終了しました。

ただ、欲を言うならば、特に木管楽器において、細部の詰めが甘いと感じられる部分が無かったとは言えません。
何気ない単発的なソロのニュアンス。
あるいは、メロディーの冒頭の一音。
チョン・ミョンフンさんがこれだけのスケールの音楽を描き出したのですから、出来れば完璧に近い形で応えてほしかった。
冒頭に書いたように、唖然とするような素晴らしい瞬間が多々あったことを考慮すると、決してそれは、無理な注文ではないように思えます。

第1番の方は、第1、第2楽章はところどころ「おや?」と思いながら聴いていましたが、第3楽章が始まったとたん「おっ、これは!」という素晴らしさ。
第4番は、ところどころ弛緩した部分もあったような気もしますが、終結部が見事。
尻上がりに調子が良くなったのか、リハーサルの時間配分のせいなのかはわかりません。

休憩後の第2番の方は、第1楽章冒頭から包み込まれるようなスケールの大きさ。
ハーモニーも前半よりレベルアップした印象。
第2楽章は若干雑になった感もありましたが、第3楽章で柔らかい響きが戻り、第4楽章は爆演ではなく、きちんとコントロールされた熱狂でした。

私は多少冷静に拍手をしていましたが、終演後の会場は大興奮。
オケのメンバーが引き上げはじめて拍手はいったん鳴りやみかけましたが。拍手を続けている人に同調して会場は再び大きな拍手に。
かなりの時間が経過してから、チョン・ミョンフンさんはオケのメンバーの半分くらいを伴って舞台上に姿を現しました。
服は着替えた後の白いポロシャツようです。
オケのメンバーを促して全員でお辞儀をして、1階席前方の舞台下のお客さんと握手をして引き上げ、ようやく拍手はおさまりました。

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2009年7月20日 (月)

小澤征爾音楽塾「ヘンゼルとグレーテル」(2009/07/20)

2009年7月20(月・祝)15:00
神奈川県民ホール大ホール

小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトX
フンパーディンク:歌劇「ヘンゼルとグレーテル」

20090720








この日は初日。
そのせいか、2年前の「カルメン」(4日目の公演)で驚嘆したオケのアンサンブルに比べると、多少荒い部分があったような気がしないでもありません。
でも、この音楽塾の趣旨からすれば、そのことに目くじらを立てるのは野暮というものでしょう。
練習と公演を通じて成長していくという“目指している姿”に従えば、おそらく後の方の公演になるほど、アンサンブルの完成度は高まっていくものと想像しました。
時間とお金があれば、初日と最終日のチケットを買って聴き比べてみたいものです。

そうは言っても、この日のオーケストラ(塾生に混じって高名な方々が何人も弾いていました)には、ため息の出るような素晴らしい瞬間が何度もありました。
最初「弱音部は今一歩かなぁ」などと思いながら聴いていたら、第2幕の幕切れの場面などはうっとりとするほどの雰囲気。
第3幕も後の方に行けば行くほど高揚感と一体感が素晴らしい。
小澤さんのビジュアルでエネルギッシュな指揮姿に、ここまで反応したオケには、九分九厘満足しました。

歌手陣は、バーバラ・ボニーのキャンセルはミーハー的には残念ですが、全員レベルが揃っていて、「あの人がが良かった、あの人が今一歩」ということが無かったのが耳に心地良い。
演出はオーソドックスなものだと思いますが、正統的な演技を手を抜くことなくこなして好感でした。

舞台装置はリアリティがありながらメルヘンチック。
照明の色彩感も嫌みのない効果で、こういう素直なオペラには合っていたと思います。

「ワーグナーの亜流?の中で唯一生き残ったオペラ」という話しを聞いたことがありますが、確かにワーグナーの明るい場面の音楽から官能的な匂いを抜き取ったような雰囲気もあります。
子供にも安心して観せることのできる「人畜無害さ」が、多少物足りなく感じなくもありません。
しかし、超一流の作品かどうかは別として、歴史の中で生き残った、少なくとも一流の作品であるということは事実のようです。

スタッフ
音楽監督・指揮:小澤征爾
演出:デイヴィッド・ニース
装置:マイケル・イヤーガン
衣裳:ピーター・J・ホール
照明:高沢立生
オリジナル・プロダクション:ザ・ダラス・オペラ

管弦楽:小澤征爾音楽塾オーケストラ
児童合唱:東京少年少女合唱隊
児童合唱指揮:長谷川久恵

出演
グレーテル:カミラ・ティリング
ヘンゼル:アンゲリカ・キルヒシュラーガー
ゲルトルート(母親):ロザリンド・プロウライト
ペーター(父親):ウォルフガング・ホルツマイアー
魔女:グラハム・クラーク
眠りの精/露の精:モーリーン・マッケイ

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2009年7月12日 (日)

スダーン/東響(2009/07/12)

2009年7月12日(日)14:00
サントリーホール

指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団
(第569回定期演奏会)
ピアノ:ホン・クヮン・チェン

ブラームス:ピアノ協奏曲第2番
シューマン:交響曲第3番「ライン」
(マーラー版)

やはりスダーンさんと東響のコンビは素晴らしい。

前半のブラームスは、一音一音の迫力よりも、静かな流れを重視したような演奏。
私がこの曲に抱いているイメージとは全く異なりました。
個人的には、轟音を響かせてピアノとオケが渡り合うような音響を期待していました。
(例えば、2番ではなく1番ですが、2008年9月21日のキムラ・パーカーさんとスクロヴァチェフスキさんの演奏のような。)
しかし、オケにピアノが優しく寄り添うようなスタイルのこの演奏は、この曲の別の面を見たような印象ですが、十分に魅力的でした。
まるで老大家のブルックナーの緩徐楽章みたいにも聞こえますし、矛盾するようですが、シューマンのピアノ曲のようにも聞こえました。
このピアニストでドビュッシーを聴いたら流れが素晴らしいかもしれません。
スダーンさんの指揮するオケも、柔らかめの響き。
特に弦楽器が前面に出たときの陶酔感は、包み込まれるような心地良さでした。

休憩後のシューマンは、前回の5月に聴いた1番と同様に、野暮ったい風体だった人にスタイリストがついて、洗練されたファッションに変身したかのような印象。
霞が晴れて風景がくっきり浮かび上がってきたかのような感もあります。
プログラムの冊子にワーグナーとの関連の文章が載っていましたが、言われてみればワーグナー風に聞こえなくもありません。
演奏は、奇をてらったり、物珍しさを強調するようなものでは、決してありません。
指揮者とオケの呼吸は例によってピッタリ。
拍子を取っていると言うよりは、合図を送り続けながら見守っていると言ってもよいくらいの余裕のドライヴ。
旋律のひとつひとつが、潤いと伸びやかさを伴って、生き生きとホールに響き渡りました。

素晴らしい演奏でしたが、最後の一音に重なるフライング気味の拍手は残念でした。
この日の演奏は、CD録音していたようです。
確信犯かどうかはわかりません。
しかし、フライング気味の拍手は、CDで何回も聞きたくはないものです。
演奏前に「ご協力をお願いします」というアナウンスが流れましたが、何を協力してほしかったのか、よくわかりませんでした。

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2009年7月11日 (土)

広上淳一/日フィル(2009/07/11)

2009年7月11日(土)14:00
サントリーホール

指揮:広上淳一
日本フィルハーモニー交響楽団
(第612回定期演奏会)
合唱:東京音楽大学

ハイドン:交響曲第92番「オックスフォード」
武満徹:樹の曲
〔日本フィル・シリーズ再演企画第3弾〕
ストラヴィンスキー:詩篇交響曲

プログラムの冊子にはハイドンの後の休憩しか記載がありませんでしたが、楽曲の編成の関係で、一曲ごとに15分の休憩が入るとのアナウンス。
ハイドンは第1ヴァイオリン12人の小編成。
武満徹は舞台上が満杯の大編成。
ストラヴィンスキーは、ヴァイオリンとヴィオラが居ない代わりにピアノが2台の4管編成にP席いっぱいの合唱。
確かに、バラエティーに富んだ選曲でした。
聴き手の私にとっても、2回の休憩時間は、集中力を維持するに好都合でした。

ハイドンは“折衷案”と言ったら言い過ぎでしょうか。
第1楽章や第4楽章などではティンパニを強打させ、ピリオド風の表現をかなり取り入れた印象でしたが、第2楽章などは中間部でのティンパニの強打を除いてずいぶん歌わせた印象。
弦楽器の奏法も、素人の私にはよくわかりませんが、目で見た限りでは、ヴィブラートをかけていた部分とかけていなかった部分があったように見えました。
2007年7月13日の定期演奏会でのハイドンとモーツァルトでは、曲によって微妙に印象が異なりましたが、今回も両方のスタイルが混ざった印象でした。
ただし、“折衷案”だからといって、決して“ちぐはぐ”ではありません。
ハイドンの音楽の魅力、広上さんの指揮の魅力は、一貫して生き生きとした生命感を伴って迫ってきました。
最近は控え目の動きが多い広上さんですが、第4楽章などは、常任だった頃の若い頃の動きが戻ったような印象でした。
ティンパニの強打で、殴りつけるようなパンチのような動作をしたのは、思わずニヤリと笑ってしまいました。

広上さんの「オックスフォード」(2000年6月25日、水戸室内管弦楽団)は以前にも聴いたことがあります。
良く覚えていませんが、以前はそんなにピリオド風ではなかったような気がします。
事実、2007年7月13日の「ロンドン」は、ピリオド風の印象はありませんでした。
もしかしたら、徐々にスタイルを変化させているのかもしれません。

私はこの日の演奏会はハイドンがお目当ての曲だったので、「ここで帰ってしまおうか」と思ったくらい嬉しい演奏でした。

武満徹の曲は1961年初演とのこと。
聴感上は、昔感じた“現代日本の音楽”そのものという印象です。(もっとも、すでに初演から48年経過しています。)
武満徹の曲をそんなに聴いているわけでも、理解しているわけでもありませんが、私は、この曲のような初期の曲の方が、とんがったところがあって好きかもしれません。
曲の印象は好印象でした。
おそらく初めて聴いた曲なので、解釈なのか、そういう曲なのかわかりませんが、金管の音色が多少荒く感じました。
そうは言っても、決して義務的な演奏ではなく、力のこもった演奏だったと思います。

ストラヴィンスキーでは、(デュトワやブーレーズのCDでこの曲を聴いているせいかもしれませんが)第2楽章での木管楽器どうしのやりとりにもう少しニュアンスがほしいと感じました。
合唱はストレートに声を出すことに注力していた感じで、もう少し大人の雰囲気を出してほしい気もしましたが、以前、年末の第九で聴いたときの東京音楽大学の合唱よりは数段上の印象でした。(年数がたっているので、メンバーは違うはずですが。)
私の個人的な集中力の方の問題かもしれませんが、ところどころ流すように感じた部分もありました。
もっとも、ネガティブなことを書いてしまいましたが、全般的には、この曲を聴く喜びを感じさせるレベルには達していたと思います。

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2009年7月 6日 (月)

カリニャーニ/読響(2009/07/06)

2009年7月6日(月)19:00
サントリーホール

指揮:パオロ・カリニャーニ
読売日本交響楽団
(第484回定期演奏会)
ピアノ:清水和音
合唱:国立音楽大学合唱団

ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
(アンコール)
ホルスト:組曲「惑星」《ホルスト没後75年》

ちょっと捉えどころの難しい演奏会でした。

カリニャーニさんの客演は2年ぶり。
前回はピンチヒッターでの登板でしたが、今回は最初から年間で組まれていたプログラムです。

イタリア人とか南欧とか、先入観を持ってはいけないのでしょうが、この日の「惑星」、特に「木星」や「天王星」などは、まるでスペインの舞曲のような印象を受ける場面がしばしば。
大音量の部分は、あまりこの曲では感じないリズムやひねりが強く感じられ、4月29日に聴いた秋山和慶/東響のスタイリッシュな「惑星」とは別の曲のようです。

反面、「水星」などの静かな部分や、本来は神秘的であるはずの部分のニュアンスは、いま一歩の感がありました。
もっとも、これは、私の集中力のせいかもしれません。

演奏を通じて、楽譜の縦の線を合わせることはあまり重視していなかったように聞こえました。
2年前は、2007年7月12日17日の2回聴きましたが、あまりそういう印象は受けなかったので、今回は「あれれ?」と思いました。

「海王星」のコーラスは、舞台上手の扉を開けて歌われました。
よくやるように、最後は扉の開き方を調整して音量を絞っていっていましたが、私の席では、フェードアウトがあまりうまくいかず、プチッと音が切れてしまった印象がありました。
コーラスの音色にも、もう少し透明感がほしい気もしました。

休憩前のラヴェルも、私の集中力の欠如のせいか、捉えどころがわからないまま、あっという間に終わってしまいました。
確かに、クリアーな澄んだピアノの音の粒はきれいでしたし、アンコールも同じラヴェルの曲だったのは好感でしたが…。

“一部スペイン舞曲風”に感じた「惑星」は確かに面白かったですが、個人的には、やや不完全燃焼で家路につきました。

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2009年6月20日 (土)

ラザレフ/日フィル(2009/6/20)

2009年6月20日(土)14:00
サントリーホール

指揮:アレクサンドル・ラザレフ
日本フィルハーモニー交響楽団

(第611回定期演奏会)
ヴァイオリン:ニコラ・ベネデッティ(未聴)

<プロコフィエフ交響曲全曲演奏プロジェクトvol.2>
チャイコフスキー:組曲第4番「モーツァルティアーナ」(未聴)
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番(未聴)
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第5番から第2楽章
    (アンコール)(未聴)
プロコフィエフ:交響曲第2番
プロコフィエフ:交響組曲「3つのオレンジへの恋」より
         マーチ
(アンコール)

会場に到着したのはちょうど休憩時間に入ったとき。
知人に会って「いま来たところです。」と言ったら、「前半、面白かったですよ~。」とのこと。
ちょっと悔しいですが、後半だけでも聴けて良かった演奏会でした。

プロコフィエフの交響曲第2番は、私はCDで数回聴いただけですので、あまり詳しいことはわかりませんが、この日の演奏のただならぬ気迫に圧倒されました。
ラザレフさんの力強い指揮姿は、全く迷いのない確信に満ちたもの。
この比較的珍しい部類の曲を、まるで有名な名曲を指揮するかのように完全に手の内に入った指揮ぶりでした。
ぐいぐいとオケを引っ張る指揮は、動く、動く、動く…。
その指揮に応えて壮大な音のドラマを披露した日フィルのメンバー。
どちらかというと荒々しい音ですが、この曲にはそういうサウンドの方がふさわしい。
下品とか粗野には感じませんでした。
「珍しい曲を、とりあえず音にしてみました」というようなレベルの演奏をラザレフさんが許すはずもなく、相当入念なリハーサルが行われたのではないかと想像しました。
大音量や激しい部分に比較すると、静かな部分がやや流すような印象も散見されましたが、全般的には大満足の演奏でした。

交響曲の後にアンコールとして演奏された「3つのオレンジへの恋」もテンションの高い演奏ですばらしい。
こちらの方が、交響曲より響きが洗練されていたように思います。
ラザレフさんは、最後の一音の指揮は、完全に客席の方を向いて振り下ろし、「ほら、終わったよ、凄いでしょ」というようなジェスチャー。
いつものことのようですし、賛否両論があるようですが、ファンサービスとしては私は好感です。

終演後の拍手の中、退職される方でしょうか、楽員さんに花束が渡され、ラザレフさんが指揮台のところにまで引っ張り出すという場面もありました。
ホームページやプログラム冊子では見つけられなかったので詳しい事情は存じ上げませんが、ほほえましい一幕でした。

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2009年6月15日 (月)

秋山和慶/読響(2009/6/15)

2009年6月15日(月)19:00
サントリーホール

指揮:秋山和慶
読売日本交響楽団
(第483回定期演奏会)
ピアノ:三浦友理枝

《R.シュトラウス没後60年》
R.シュトラウス:組曲「町人貴族」
R.シュトラウス:家庭交響曲

なんと優美なシュトラウス!
以前は、比較的カチッとした音を作っていた秋山さんですが、最近はまろやかな音を聴かせることが多くなったような気がします。
そんな最近の秋山さんが振るリヒャルト・シュトラウスは、まさに20世紀初頭のウィーン風の香り。
極上の手触りの布をなでているような快感に浸ることが出来ました。

「町人貴族」は小編成の曲。
「ナクソス島のアリアドネ」と似た響きの曲だな~と思っていましたが、プログラムの冊子を見ると、失敗に終わった作品を改作し、「ナクソス島のアリアドネ」と「町人貴族」という2つの作品を作ったそうです。
弦楽器奏者の数は少なく、しかし管楽器奏者の数は結構普通に居て、ピアノも加わるという編成は、室内楽的でありながらシンフォニックでもあるという不思議な音響。
随所で繰り広げられる弦楽器奏者のソロ。
もちろん管楽器奏者のソロも盛りだくさん。
下手なアンサンブルだったら、バラバラの印象を与えかねない難しさがあるのではないかと思いますが、さすがは絶妙の棒さばきの秋山さんに名手揃いの読響メンバー。
聴いていて惚れ惚れするような絶妙のソロを披露しながら、伸びのある統一感のとれたサウンドを聴かせてくれました。
ピアノの三浦友理枝さんも、ノリの良いチャーミングな演奏。
自分が弾いていないときでも体を揺らして音楽に浸っていて好印象でした。
割とマイナーな曲ですが、拍手は結構長く続き、会場のウケも上々でした。

休憩後の舞台上は、前半とは対照的に、舞台上は人、人、人…。
この大編成にもかかわらず、優美さは一切損なわれなかったのは驚嘆です。
オケが強奏していても、うるささを全く感じさせないどころか、本当に愛おしくなるような音の御馳走。
きれいに揃えて鳴らしているだけという低次元のレベルではなく、個々の奏者が自発性を持って全力で弾いているのに、まるで一人で弾いているかのような統一感。
その統一感を保ちながら、音は無限の広がりを持って拡散していくようなスケール感。
素晴らしい演奏でした。

「秋山さんが読響を振るのは珍しい」と思っていましたが、プログラムの冊子によると、なんと、1975年以来、34年ぶりとのことです。
それだけ、秋山&東響という最強のコンビの結びつきの強さを表しているのかもしれませんが、2009年に実現した読響との演奏もなかなか魅力的。
東響の艶やかな音とはちょっと違う、読響のしっとりとした音で聴く秋山さんも、また聴いてみたいものです。

ちなみに私は、1985年9月20日の東響定期(会場は東京文化会館)で、家庭交響曲を秋山さんの指揮で聴いたことがあります。
ずいぶん前の演奏会ですが、印象が強かったのか、おぼろげに覚えています。
交通整理がバッチリ決まって好演でした。
しかし、東響に限らず、当時の日本のオーケストラの多くは、現在の読響や東響とはだいぶ異なる水準でした。
24年の歳月は、日本のオケにとっても、秋山さんにとっても、無為に過ごした年月ではありません。
この日の懐の深い演奏を聴いて、本当に幸せな気分になりました。

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2009年6月14日 (日)

新国立劇場「チェネレントラ」(2009/6/14)

2009年6月14日(日)14:00
新国立劇場

ロッシーニ:チェネレントラ
20090614




愚かなことに、個人的にこの作品を過小評価していたので、あまり期待していなかったのですか、予想が完全に外れて、大満足で帰ってきました。

以前DVDでこの作品を観たときは、退屈してしまいました。
「上がったり下がったりばかり」の旋律と「早口」の頻発に、「こんな単純な手口に騙されないぞ」とすら思いました。
しかし、この日は、DVDでは鼻についたはずのこの作品の特徴が、生き生きとした生命感を伴って、なんとも魅力的に私の感情に迫ってきました。
終幕では、「ありきたりのハッピーエンド」と馬鹿にしていたはずなのに、じ~んときてしまいました。
「単なる娯楽作品」という思い込みの印象は、「極上の娯楽」に変わりました。

この作品をこれだけ魅力的に提示してくれた功労者は、歌手の皆さんでしょう。
この日の売りがアンジェリーナ(チェネレントラ)役のカサロヴァさんであることは間違いありませんが、ラミーロ(王子)役のシラグーザさんも凄い。
テクニック的に全く危なげのない歌唱で、伸びのある高音を駆使して会場を圧倒。。
第2幕ではアンコールまで歌いました。

さらには、二人の姉を演じた幸田浩子さんと清水華澄さんのコミカルな演技と歌唱もすばらしい。
日本人だけの上演なら、主役級の役を歌うはずの人ですから当然かもしれませんが、動作も含めて、かなりの存在感を示していました。
(この二人に比べて、他の歌手の演技は控え目な印象もありました。)

この日のカサロヴァさんが絶好調だったのかどうかは、私にはわかりません。
(私がカサロヴァさんを生で聴いたのは2007年のチューリッヒ歌劇場来日公演だけです。)
突出した存在感はさすがです。
ただ、贅沢かもしれませんが、貫禄があり過ぎのような気がしないわけでもなく、もう少し清楚な雰囲気も欲しい気もしてしまいました。

オケはなかなか良かったと思います。
冒頭の序曲では木管や金管の音に雰囲気が乏しく、どうなることかと思いましたが、弦が前面に出てくると好転しました。
オペラ本編に入ると、一部の管楽器のソロを除いて、なかなか良いノリでした。
サイラスさんの指揮姿は私の座った4階席からは見えませんでしたが、おそらくこのノリはサイラスさんが導いたものでしょう。

カーテンコールでのブラボーの嵐は、カサロヴァさんとラミーロ(王子)役のシラグーザさんに集中しましたが、指揮のサイラスさん、二人の姉を演じた幸田浩子さんと清水華澄さんも、私はかなり良かったと思いました。

【指揮】デイヴィッド・サイラス
【演出・美術・衣裳】ジャン=ピエール・ポネル
【再演演出】グリシャ・アサガロフ
【演技指導】グリシャ・アサガロフ/グレゴリー・A.フォートナー

【芸術監督】若杉弘

キャスト
【ドン・ラミーロ】アントニーノ・シラグーザ
【ダンディーニ】ロベルト・デ・カンディア
【ドン・マニフィコ】ブルーノ・デ・シモーネ
【アンジェリーナ】ヴェッセリーナ・カサロヴァ
【アリドーロ】ギュンター・グロイスベック
【クロリンダ】幸田浩子
【ティーズベ】清水華澄

【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

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2009年6月13日 (土)

レック/東響(2009/6/13)

2009年6月13日(土)18:00
サントリーホール

指揮:シュテファン・アントン・レック
東京交響楽団
(第568回定期演奏会)
チェロ:ダニエル・ミュラー=ショット

シューマン:チェロ協奏曲
ラヴェル:ハバネラ形式の小品
(アンコール)
ブロッホ:祈り(アンコール)
マーラー:交響曲第6番「悲劇的」
20090613

今季の東京交響楽団の定期演奏会はシューマンが集中的に取り上げられます。
5月の定期演奏会で演奏されたマーラー版の交響曲第1番に続いて取り上げられたチェロ協奏曲は、「まさか、これもマーラー版では?」と錯覚するほど、すっきりと良く響きました。
野暮ったいところなど皆無の、スタイリッシュなシューマン。
それは、オーケストラの音だけでなく、独奏チェロの音にも言えました。
少し先を急ぎ過ぎなように感じるところもなかったわけではありませんが、テクニックに裏打ちされた明快なサウンドをホールの空間に響き渡らせて、シンフォニックなシューマンに仕上がっていました。
こういうスタイルには人によって好き嫌いが出そうですが、私は聴いていて爽快感を感じ、「こういうシューマンは、また聴いてみたい」と肯定的に受け止めました。
会場も大いに沸いていて、アンコールが2曲演奏されました。

さて、無理矢理こじつけたわけではありませんが、5月のマーラー版のシューマンの交響曲、この日の前半の「まるでマーラー版」と感じられるようなシューマンのチェロ協奏曲の後は、本物のマーラーの交響曲。
東響の音は、ふだんは暖色系の色彩のような暖かい音に感じられることが多いのですが、この日は寒色系の色彩のような印象。
曲が始まったときの第一印象は「客観的なアプローチの演奏かな?」と思いました。
しかし、レックさんのつくる音楽は、かなり曲にのめり込んだ、熱狂的(場所によっては感傷的)なもの。
縦の線を合わせることよりも、流れ、勢いの方を感じさせる演奏でした。
大音量における畳みかけるような迫力は、指揮者の半狂乱の一歩手前のような動作から導かれたものだと思います。
また、指揮棒を置いて演奏された第3楽章の比類のない美しさは、「永遠に続いてほしい」と思えるような陶酔で、「次回は9番を聴いてみたい」と感じました。
全曲が終わっても指揮者はすぐには手を下ろさず、静寂が10秒か15秒くらい。
フライングの拍手もなく、指揮者が手を下ろすのを待って会場から大拍手と盛大なブラボーの声。
今月も、東響定期は素晴らしい演奏会でした。

レックさんの前回の東響への客演のときは、私はチケットを知人に譲って、別の演奏会に行ってしまいました。
再度招聘されたということは、そのときの結果が良かったのでしょう。
この日の演奏を聴いて、前回もパスせずに聴けば良かった…と後悔しました。
ぜひまた、招聘してほしい指揮者です。
そして、できれば、次回の曲目は、マーラーの9番を!

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2009年5月28日 (木)

エルツ/読響(2009/5/28)

2009年5月28日(木)19:00
サントリーホール

指揮:オラリー・エルツ
読売日本交響楽団
(第482回定期演奏会)
ヴァイオリン:バーナバス・ケレマン

シベリウス:トゥオネラの白鳥
      レンミンカイネンの帰郷
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番
バルトーク:無伴奏ヴァイオリン・ソナタからブレスト
       
(アンコール)
ラフマニノフ:交響的舞曲

一曲目の「トゥオネラの白鳥」では、指揮者は、ほとんど目を伏せたまま淡々と振っていて、「シャイなのかなぁ」と思いましたが、出てくる音は結構ニュアンスの豊かな味わい深い音。
これが「レンミンカイネンの帰郷」になると、力の入った鋭角的な動作の指揮に変貌し、眼光鋭くオケをひっぱり、歯切れの良い音響が響き渡ります。

私がエルツさんの指揮を聴いたのはこの日が初めてなので、ちょっと捉えどころが難しく感じましたが、しっとりと歌わせるところの豊かな情感は魅力的でした。
「トゥオネラの白鳥」だけでなく、ラフマニノフの交響的舞曲でも、随所でオーケストラがうねるように歌います。
そういう部分では、エルツさんの指揮の動作は、素人目には、一見、やる気が無さそうに義務的に振っているようにも見えてしまったりするのですが、この動作からどうして、こういう豊かな旋律が出てくるのか、ちょっと不思議。

力むくらいに力を込めた部分では、指揮の動作の視覚的な印象と、出てくるオケの音の印象は一致し、ぐいぐいと引っ張って、ズシン、ドカンと鳴らしますが、乾いた音ではなくて潤いもある音なので、聴いていて心地良い。
「交響的舞曲」という言葉の通り、シンフォニックなサウンドを楽しみました。

プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲では、独奏のケレマンさんの音が美しい。
なんとも甘美な音で鳴る楽器です。
プロコフィエフとは思えないくらい情感を感じる演奏で、特に第2楽章は、ロマンティックにすら感じました。
そう言う意味では、独奏のケレマンさんと、指揮者のエルツさんの音楽的な相性は、結構良かったのではないかと思います。
アンコールに演奏されたバルトークですら、バルトークとは思えないくらい魅了される旋律に感じました。

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2009年5月25日 (月)

小林研一郎/都響(2009/5/25)

2009年5月25日(月)19:00
東京文化会館

指揮:小林研一郎
東京都交響楽団
(第680回定期演奏会Aシリーズ)

スメタナ:連作交響詩「わが祖国」

「わが祖国」はコバケンの18番。
翌日のサントリーホールでの演奏会も含めてチケットは完売のようです。
昨年予定されていた演奏会が中止になったリベンジという話題性も多少はあるのかもしれませんが、やはり聴衆の演奏に対する期待の高さの現れでしょう。

この日は第一曲の「ヴィシェフラド」(高い城)からパワー全開。
大音量が意思の力を持って迫ってきます。
間合いを置かずに続けて演奏された「モルダウ」では、弦楽器のうねるような音の流れが大河の雄大な水の流れを連想させ、圧倒されました。

ここで間合いを取った指揮者は、かなりの時間をかけて顔の汗を拭っていました。
再開後の「シャルカ」でもテンションの高さは持続しましたが、殺戮の総攻撃の前の旋律の不気味さは、わかって聴いていても、背筋が寒くなってゾッとするほどでした。

休憩後の3曲も同様の熱演。
「ボヘミアの森と草原より」の終結部や、「ターボル」の終結部、「ブラニーク」の開始部などの鋭い音の迫力。
そうかと思うと、流れるような旋律の歌わせ方の中間部。
「ブラニーク」終結部は、煽ったりせず、むしろ悠然と余裕を持って推進。

この日の弦楽器や木管のニュアンスは抜群。
随所で、ハッとするような美しい箇所、あるいは「オッ」と思うようなアクセント。
(金管については、このホールの音響では少しうるさめに聞こえてしまうのですが、サントリーホールなら違う印象を持ったと思います。)
コンマスの矢部さんも随所で大きく体を揺らしての演奏。
各奏者のテンションも、かなり高かったように見えました。

曲が完全に手の内に入っているコバケンの、お約束の名演でした。

私がコバケンの指揮する「わが祖国」を聴くのは10年ぶりです。
前回は1999年11月28日のチェコ・フィル来日公演でした。
CDが発売され、評判になった直後だったと記憶しています。
オケの音に魅了され、「さすがはチェコ・フィルのスメタナ」と感じました。
しかし、そのときの演奏が素晴らしかったのは、「コバケンだから」だったようです。
2007年11月22日に聴いた別の指揮者によるチェコ・フィル来日公演では、私はあまり感銘を受けませんでした。
「チェコ・フィルのわが祖国」と思っていた名演は、「コバケンのわが祖国」でした。
この日、ホールに響き渡ったのも「コバケンのわが祖国」でした。
そして、その「コバケンのわが祖国」を演じきった都響の演奏も、見事でした。

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2009年5月 9日 (土)

スダーン/東響(2009/5/9)

2009年5月9日(土)18:00
サントリーホール

指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団
(第567回 定期演奏会)
ヴァイオリン:インゴルフ・トゥルバン
チェロ:ウェン=シン・ヤン

ブラームス:悲劇的序曲
ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲
シューマン:交響曲第1番「春」
(マーラー版)

オケがこれだけ良く鳴ると快感です。
サントリーホールの残響を味方につけたトーン。
しかも、スダーンさんのたたみかけるようなスピード感はスリリング。
東響とのコンビは、相変わらず絶好調のようです。
新国立劇場のピットに入っている期間中の定期演奏会ですが、先日のハイドン・プロも含めて、そのようなハンディは全く感じられませんでした。

この日の白眉はマーラー版のシューマン。
専門的なことはわかりませんが、リッカルド・シャイー指揮(ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団)のCDで聴いた印象と同じく、全般的にかなりシンフォニックになっている印象を受けました。
「都会に出て来たシューマン」と言う比喩が適切かどうかわかりませんが、スカッと鳴り響きます。
「耳慣れない」と感じた箇所はごく一部分で、オーケストレーションの細部の微修正手直しといった感じです。

しかし、この日悟ったことは、楽譜も重要ですが、演奏行為において、いかに指揮者の影響度が大きいか、ということ。
「マーラー版かオリジナルか」よりも「指揮者が誰か」の方が、はるかに演奏の結果に影響を与えているようです。
(たとえば、CDで言うと、同じマーラー版のはずのアルド・チェッカート指揮(ベルゲン・フィル)は、シャイーのCDとはずいぶん印象が異なります。)
スダーンさんは、指揮棒を持たない両手で変幻自在にアクセントをつけながら、音楽的にまったくおかしいことをしていない。
ロマン派の曲なのでピリオドアプローチの演奏ではありませんが、このスピード感は、スダーンさんの古典派の曲におけるピリオドアプローチの精神に通じるものがあるような気がしました。

マーラー版で演奏することは、「珍しいものを披露する」という以上に、かなり意義があるような気がします。
まるで「フォルテ・ピアノによる演奏で聴いていた曲を、モダンピアノによる演奏で聴いた」ような感じ。
メカ的にたどたどしいところのあるフォルテ・ピアノは素朴な味わいがありますが、モダンピアノの構造はやはり格段の差があります。
音楽に興奮しながら、いろいろなことを考えさせられた演奏でした。

前半のブラームスも、シューマンを聴く前は「すごい!」と思って聴いていました。
悲劇的序曲も前座の慣らし運転などではなく、交響曲の第1楽章のよう。
マーラー版のシューマンのサウンドとはちょっと異なり「古き良きヨーロッパの響き」の印象もありました。
二重協奏曲でのオーケストラも、決して伴奏などではなく、引き続き、交響曲のよう。
ソリストでは、ヴァイオリンのトゥルバンさんの音が、柔らかい手触りの布のようなきれいな響き。
かなりハイテンションで力を込めて弾いていたと思いますが、決して音が濁らず、心地良く聴かせていただきました。
チェロのヤンさんは、冒頭の低音が少し荒っぽい印象を受けましたが、曲が進むにつれて音はきれいになっていったように思います。
ヴァイオリン、チェロ、指揮者&オケの3者が、競争、強奏しながら、三位一体となって協奏するという、一体感のある演奏でした。

このところ、この二重協奏曲を聴く機会が多いです。
2008年12月の読響、2009年2月の東フィル、3月の神奈川フィル
この日を含めて、それぞれずいぶん違う演奏ですが、いずれも魅力的でした。

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2009年5月 8日 (金)

飯守泰次郎/東フィル(2009/5/8)

2009年5月8日(金)19:00
サントリーホール

指揮:飯守泰次郎
東京フィルハーモニー交響楽団
(第770回サントリー定期シリーズ)
ピアノ:アンドレイ・コロベイニコフ

芥川 也寸志/交響管弦楽のための音楽
グリーグ/ピアノ協奏曲
チャイコフスキー/交響曲第5番

意外にもカラフルな音。
飯守さんの音は「重厚な重低音」というイメージがあったのですが、この日は印象が違います。

一曲目から「あれ?いつもとちょっと違う」と思いました。
芥川 也寸志さんの曲は、和風であると同時にロシア風でもあるような、ちょっと不思議な響きとメロディーの曲。
いつもの飯守さんのズシンとくるような重低音はありません。
代わりに、スカッとしたシンフォニックなサウンドが鳴り響きました。
飯守さんはこの曲のCDも録音しているだけあって、手の内に入った棒さばき。
リズムも、軽やかながらしっかりとした足取りの運びでした。
演奏効果のある終わり方の曲なので、会場も一曲目から沸いていました。

グリーグを弾いたコロベイニコフさんは、耽美的な旋律の歌い回しが素晴らしい。
比較的遅めのテンポで、完全に曲にのめり込んだような、今にも泣きそうな表情でピアノに向かうコロベイニコフさん。
弾き終わった後の、ぴょこぴょことお辞儀をする姿とは別人のようです。
オケの方は、多少、伴奏に徹していた感もありますが、遅めのテンポのグリーグは、まるでブルックナーの緩徐楽章のようです。
最後の最後は、伸びのあるシンフォニックなサウンドで華を添えました。

休憩後のチャイコフスキーも、土俗的な音楽では決してなく、洗練されたスタイリッシュな響き。
それでいて、うねるような音の渦の迫力は凄まじく、純音楽的ながら壮大な音のドラマが出現しました。
飯守さんは、煽るところは煽りますが、歌うところは決して先を急ぎません。
繊細さも兼ね備えた、素晴らしい演奏でした。
ドイツものとは異なる飯守さんの多彩な表現を、新鮮な耳で満喫しました。

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2009年5月 2日 (土)

スダーン/東響(2009/4/30)

2009年 5月2日(土)18:00
東京オペラシティ・コンサートホール

指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団
(東京オペラシティシリーズ第49回)
ヴァイオリン:高木和弘
チェロ:西谷牧人
オーボエ:池田肇
ファゴット:大埜展男

ハイドン:交響曲第94番「驚愕」
ハイドン:協奏交響曲
(シンフォニア・コンチェルタンテ)
ハイドン:交響曲第104番「ロンドン」

前日の夜の新国立劇場のピットに入っていた東京交響楽団ですが、この日は隣のオペラシティのステージ上。
ただし、首席奏者などはそれぞれに分かれて“分担”している人が多いようです。

この日の演奏会は、ずっと「聴きたいけどこの日は聴けない」と残念に思っていたのですが、新型インフルエンザ騒ぎで旅行を取りやめたために聴くことが出来ました。
カーネギーホールやメトロポリタンオペラでの鑑賞が出来なかったのは残念ですが、この演奏を聴けたのは怪我の功名というか塞翁が馬というか…。

2007年度の東響の定期演奏会はハイドン・ツィクルスでしたが、私にとっては多少不満の残るものでした。
スダーンさんの指揮したのは一部を除き、初期の曲ばかり。
後期の曲は確か一曲も指揮しなかったと思います。
最後に指揮した第82番「熊」が目の覚めるような素晴らしい演奏だったので、ますます後期の曲をスダーンさんの指揮で聴きたくなりました。
この日は、ようやくその思いがかなえられたわけです。

結論から言うと、2007年度のツィクルスは、この日の素晴らしい出来に遠く及ばなかったような気がします。
もし、あのとき、2008年度のシューベルト・ツィクルスのように、スダーンさんがザロモンセットを集中的に取り上げていたら…と思うと残念です。
しかし、過去を振り返るよりも、この日の演奏会が、この日の曲目で開催されたことを、大いに喜ぶべきでしょう。

一曲目の「驚愕」が始まった瞬間、ピリオド系の明るく鋭い音がホールに満ちて、幸せな気分になりました。
スダーンさんは、速いテンポの途中でちょっとブレーキを踏んでためをつくり、思いっきり拳を突き出してアクセントを加え、ものすごく力んで音をえぐる。
指揮者の力みが空回りすることなく、全てオーケストラから音となって出てくる快感。
このコンビの相性が、いま本当に素晴らしい状態にあることは、日頃の演奏会でわかっていますが、古典派の曲でこんな演奏を聴かされては、ただただ唖然とするばかりです。

第2楽章の「びっくり」の部分の直前では、なんと旋律がコンマスの高木さんのソロになり、高木さんは立ち上がって客席の方を向いて弾きました。
管楽器奏者から高木さんの方に向かって『Solo』、『Tutti』(総奏のこと)、『?』などと書かれた紙が高々と掲げられ、笑ってしまいました。
そういうわけで、本来の「びっくり」の一撃の部分は、そちらに気をとられてあまりびっくりしませんでしたが、その前に本当にびっくりしてしまいました。
高木さんのソロが出てくる箇所は、その後の楽章でも随所に現われました。

第2楽章、第3楽章と、緩急を織り交ぜながら全く飽きさせずに曲は進み、第4楽章は駆け抜けるようなスピード。
これを一糸乱れず弾ききった東響のメンバーはすごい。
専門的なことはわかりませんが、小編成のハイドンでこういう演奏をするのは、かなり難しいのではないでしょうか?
それを「難しそう」と感じさせずに名妓を披露するのは、やはりプロ中のプロと思います。

休憩後の「ロンドン」も、同様のスタイルの演奏でしたが、アクセントはさらに強くなり、爆演にならないギリギリの熱演。
めまぐるしいスピード感は、ストラヴィンスキーやプロコフィエフの並みにエキサイティング。
爽快感が駆け抜けていった演奏でした。
ぜひ、ぜひ、続編としてザロモンセットの別の曲の演奏会も開催してほしいものです。

協奏交響曲は、交響曲に比べると少し優雅な演奏。
オケと高木さんはノン・ヴィブラートのようだったのに対して、チェロの西谷さんは大きくヴィブラートをかけていたように見えましたが、何か意図があったのでしょうか?
4人のソリストとも好演でしたが、ここでは、高木さんのヴァイオリン・ソロが特に存在感を示しました。

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2009年5月 1日 (金)

新国立劇場「ムツェンスク郡のマクベス夫人」(2009/5/1)

2009年5月1日(金)18:30
新国立劇場
ショスタコーヴィチ:
ムツェンスク郡のマクベス夫人

ゴールデン・ウィークはニューヨークへの旅行を計画していました。
しかし、新型インフルエンザ騒ぎで出発当日の朝まで迷った末、苦渋の決断で旅行は中止しました。
その日のテレビのニュースによると、米国本土行きの飛行機は、いずれもキャンセルは3~4人程度とのこと。
「リスク」を「確率」×「影響度」で評価したときに、予防に気をつけていれば「確率」はそれほど高くないかもしれません。
しかし、過剰反応かもしれませんが、呼吸器系疾患で入院までした前歴のある私は「影響度」の方を無視できなかったのです。
連休明けに海外出張の予定があり、もしその出張先で発症したら…という懸念もありました。
そういうわけで、この日はメトロポリタン・オペラではなく、新国立劇場に足を運びました。 1_3  2_23_2




この日の主役は、まさにショスタコーヴィチの音楽。
演出も、演技も、舞台装置も、全て音楽の劇的な効果を高めるためのもの。
そして、作曲家に次ぐ最大の功労者は、おそらく指揮のシンケヴィチさんでしょう。
東京交響楽団は元々素晴らしいオーケストラですが、伸びやかさと劇的な迫力を感じさせるスケールの大きいサウンドを引き出していました。
オケは、弦楽器の情感のこもった美しい響きに加えて、管楽器の強奏も決して雑にならない聴いていて爽快感を感じる音。
定期演奏会並、あるいはそれ以上の好演でした。
全幕が終わった後のピットの中では、オケのメンバーから指揮者をたたえる拍手が贈られていました。

歌手では、カテリーナ役のフリーデさんが長丁場を疲れも見せずに劇的に歌いきり、存在感を示しました。
ボリス役のアレクセイエフさん、セルゲイ役のルトシュクさんも、ドラマティックな面では多少平板な感もなかったわけではありませんが、声は立派。
他の歌手やコーラスも含めて、アンサンブルとして満足できたのは、繰り返しになりますが、指揮者の力量かと思います。

演出は、英国ロイヤルオペラのプロダクションの“輸入”のようです。
音楽を邪魔しない範囲で視覚効果に訴えていて好感でした。
最初は、まるで刑務所の中のような居間や寝室で、色彩や照明も控えめで、どうなることかと思いましたが、これはカテリーナの息詰まるような閉塞感を表したものだったようです。
ボリスを毒殺した後は、間奏曲の間、部屋のリフォーム作業が舞台上で演じられ、その後の寝室はピンクっぽい艶やかな雰囲気に様変わり。
その寝室の白黒テレビには、プロレスのような画像が映し出されたりしましたが、ボリスの亡霊は、そのテレビの画面に映し出されて口を大きくあけて歌い、リアルな幽霊よりもかえって不気味。
ジノーヴィーを殺害した後の警察の場面や、結婚式の場面も色彩的な光が、邪魔にならない程度に効果的に使われ、音楽をもり立てます。
最後の流刑地へ向かう護送の場面は、暗い中にコンテナのような護送車(?)が二つ置かれた場面。
ただ、ちょっと腑に落ちなかったのは、最後のカテリーナがソニェートカを湖に突き落とし、自分も身を投げる場面。
プロンプターの前で二人で立ったまま下に少しずつ沈んでいくのはあまり劇的ではありません。
この辺の演出の意図は、ちょっとわかりませんでした。

この日は2階席左側のバルコニー席は椅子が取り払われ、そこにときどき金管奏者が出てきて演奏します。
また、ときどきは舞台上でも演奏したり、降りた幕の前で演奏したりもして、飽きさせませんでした。

第2幕が終わった後は、多少戸惑った拍手が控えめに起きただけでしたが、終演後は結構盛大な拍手。
ドラマとしては陰惨なストーリーのようですが、ショスタコーヴィチの音楽は、結構皮肉さや滑稽さも感じさせる部分もあります。
むしろ、チャイコフスキーの「スペードの女王」の方が、私にとっては「やりきれなさ」を感じるくらいです。
また、殺人や暴行のシーンがあるので衝撃的かというと、「トスカ」だって初めて観たときは、主役が3人とも死んで結構ハラハラ、ドキドキ。
あるいは「カルメン」ですら、見方によっては刺激的なストーリーかも。
あまり構えることなく楽しんだ方が良いような気もします。

ショスタコーヴィチがこのオペラに与えた音楽は魅力的です。

【指揮】ミハイル・シンケヴィチ

【演出】リチャード・ジョーンズ
【美術】ジョン・マクファーレン
【衣裳】ニッキー・ギリブランド
【照明】ミミ・ジョーダン・シェリン

【芸術監督】若杉 弘

キャスト
【ボリス・チモフェーヴィチ・イズマイロフ】ワレリー・アレクセイエフ
【ジノーヴィー・ボリゾヴィチ・イズマイロフ】内山信吾
【カテリーナ・リヴォーヴナ・イズマイロヴァ】ステファニー・フリーデ
【セルゲイ】ヴィクトール・ルトシュク
【アクシーニャ】出来田三智子
【ボロ服の男】高橋淳
【イズマイロフ家の番頭】山下浩司
【イズマイロフ家の屋敷番】今尾滋
【イズマイロフ家の第1の使用人】児玉和弘
【イズマイロフ家の第2の使用人】大槻孝志
【イズマイロフ家の第3の使用人】青地英幸
【水車屋の使用人】渥美史生
【御者】大槻孝志
【司祭】妻屋秀和
【警察署長】初鹿野剛
【警官】大久保光哉
【教師】大野光彦
【酔っ払った客】二階谷洋介
【軍曹】小林由樹
【哨兵】山下浩司
【ソニェートカ】森山京子
【年老いた囚人】ワレリー・アレクセイエフ
【女囚人】黒澤明子
【ボリスの亡霊】ワレリー・アレクセイエフ

【合唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京交響楽団

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2009年4月29日 (水)

秋山和慶/東響(2009/4/29)

2009年4月29日(水)14:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:秋山和慶
東京交響楽団
(川崎名曲全集第46回)
ピアノ:菊池洋子

スッペ:「詩人と農夫」序曲
モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番
ホルスト:組曲「惑星」

すっかりスダーンさんのオケになった感のある東響ですが、長年連れ添った桂冠指揮者の秋山さんとの相性も、当然のことながら健在です。

冒頭の「詩人と農夫」は意外にも柔らかく優しい音。
秋山さんというと、つい昔のカチッとした音を期待してしましますが、最近は良い意味で裏切られることが多いような気がします。
円熟の境地と言って良いでしょう。
円熟と言えば、チェロ首席のボーマンさんのソロ。
豊かな情感をたたえた暖かい低音が響きわたりました。
実はボーマンさんは、かなり昔からこのオケの主席に座っています。
秋山さんとは何十年の付き合いになるのでしょう?
昔(○十年前)のボーマンさんのソロの音も覚えていますが、格段の差。
この進歩はそのまま東響の進歩と比例します。
妙に昔を思い出してしまいました。

続くモーツァルトも、優しい音。
しなやかな美しさのオケの音です。
秋山さんのモーツァルトは、スダーンさんとは異なりピリオド風ではありません。
一時期、それが物足りなく感じたこともありましたが、この日は逆に、味わい深さを感じました。
私の感じ方が変化したのか、聴き手の私の体調や精神状態によるのかわかりませんが、円熟の境地の秋山さんのモーツァルトの魅力を再発見した演奏でした。
菊池さんのピアノも、まだ若いのに貫禄すら感じる味わい深さで、オケとピアノの相性も良かったように思いました。

休憩後の「惑星」は、2008年3月の府中での演奏会でも聴いています。
派手に鳴らしても、決してうるさくならない。極上のサウンド。
弱音部の繊細さと強奏でのスケール感は府中でも素晴らしかったですが、ミューザの音響で聴くと、さらに輪をかけて素晴らしい。

「海王星」の合唱は、プログラムの冊子に「東響コーラス」の文字はなく「電子オルガンで演奏」とのことで、以下のように書かれています。

電子オルガン:洗足学園音楽大学オルガンコース
オペレーター:松尾祐孝
音響:有限会社オアシス

聴感としては、上方から神秘的な歌声が降り注ぐ感じ。
やはり、生の女声では無いので人工的な感じはしますが、その分、包みこまれるようなサウンドにも感じました。
2階席後方に調整卓のようなものがあったようにも見えましたが、P席から見たので定かではありません。
でも、電気か自然かを気にするのはやめようと思います。
音とともに照明もフェードアウトしていく効果(府中でもそうでした)は雰囲気満点。
クラシックのコンサートでも、曲目によっては、こういうささやかな演出は、楽しいと思います。

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2009年4月23日 (木)

エッティンガー/東フィル(2009/4/23)

2009年4月23日(木)19:00
東京オペラシティ・コンサートホール

指揮・ピアノ:ダン・エッティンガー
東京フィルハーモニー交響楽団

(第45回東京オペラシティ定期シリーズ)
ヴァイオリン:荒井英治
チェロ:金木博幸

ベートーヴェン:「エグモント」序曲
ベートーヴェン:三重協奏曲
レスピーギ/交響詩「ローマの祭」

エッティンガーさんの意思の力を感じた演奏。
3曲とも、ぐいぐいとオケから轟音を引き出し、ホールの空間を圧倒します。
大音響の爽快感を感じました。
こういうサウンド、個人的な好みからすると、もう少し音に潤いがほしいような気もしますが、これはこれで、スタイルとしては認めないわけにはいきません。

ただ、短い「エグモント」はともかく、「ローマの松」では、気合いの入った大音量と、たっぷり歌う箇所の合間に、多少“流した感じ”の箇所もあったような気もします。
三重協奏曲のオーケストラのパートではさらにその傾向が顕著。
まさか、エッティンガーさんが指揮に専念しているときと、ピアノを弾いているときで、オケのテンションが変わるとも思えませんが…。

三重協奏曲では、エッティンガーさんのピアノが魅力的でした。
この曲は、確か、ピアノ・パートが優しく書かれていて、以前聴いた神奈川フィルでのエル=バシャさんの演奏では、堀米さんと山崎さんに対して「ピアニストは不利」と感じたこともありました。
しかし、この日の主役は、まぎれもなく、エッティンガーさん。
演奏が終わった後の印象は、ヴァイオリンとチェロには申し訳ありませんが、ピアノ協奏曲を聴いたような気分になりました。
チェロについては、テクニック的に難しい曲なのかもしれませんが、「難しそう」と思わせないようにしてほしいなぁ…という気もしました。

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2009年4月18日 (土)

ルイゾッティ/東響(2009/4/18)

2009年4月18日(土)18:00
サントリーホール

指揮:ニコラ・ルイゾッティ
東京交響楽団
(第566回定期演奏会)

メンデルスゾーン:序曲「静かな海と楽しい航海」
ベートーヴェン:交響曲第1番
ブラームス:交響曲第4番

主席客演指揮者就任披露公演なのに、客席はまるで古くから馴染みのスター指揮者を迎えたかのような盛り上がりよう。
オケのメンバーも、一曲目から、促されても立ち上がらずに指揮者に拍手を贈り、歓迎一色ムード。
事実、素晴らしい演奏でした。
このコンビ、今後、かなり期待できそうです。

前回、私がルイゾッティさんの指揮を聴いたのは、フェスタサマーミューザ川崎2007でのことです。
その演奏会も好印象でしたが、さらに鮮烈な印象を持ったのは、テレビで放映された、ホール・オペラの「フィガロの結婚」でした。
速めのテンポで生命観あふれる音楽。
この日の印象は、テレビで観た「フィガロ」ほど速くは感じませんでしたが、基本的には同じ方向の印象。
速いのに、細部をおろそかにしている感覚は皆無なのが魔法のようです。
パッセージが切り替わる部分など、このテンポだと「急いで次に行っている」印象が残っても不思議ではないのですが、全くそう言う印象は受けませんでした。

1曲目のメンデルスゾーンの音が鳴ったときに、「ああ、東京交響楽団から、こういう音も出るのか!」と驚嘆しました。
全体が溶け合った、体が包み込まれるような体感を感じるハーモニー。
日頃、東京交響楽団の音を好んで聴いている私ですが、この日は格別でした。

2曲目のベートーヴェンが輪をかけて凄い。
テレビで観た「フィガロ」にいちばん年代の近い曲だけに、演奏スタイルもいちばん近かったかも。
第4楽章など、まるで7番を聴いているような気分になる爽快感でした。

なお、前半の2曲は、バロック・ティンパニが使われていました。

ブラームスも熱演だったと思います。
うねるような流れが荒れ狂った印象で、会場も大いに沸いていました。
ただ、私は、ホルンの音がもう少し洗練されていたら、もっと良かったのではないかとも思いました。
ずいぶん強奏させていたようですが、荒っぽい印象を受ける場面も多く、ハーモニーという点では前半の2曲の方がきれいに感じました。

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2009年4月15日 (水)

新国立劇場「ワルキューレ」(2009/4/15)

2009年4月15日(水)14:00
新国立劇場
ワーグナー:ワルキューレ

20090415




日曜日の公演のチケットが手に入らなかったので、当初は鑑賞しない予定でしたが、3月の「ラインの黄金」が面白かったので、ついついチケットを買ってしまいました。
平日の14:00スタートの公演で、昼から休暇を取って出かけましたが、終演後にカーテンコールが終わったのは19:40頃。
家路につく途上は、まるで残業して帰宅するような体感ですが、心地良い、充実感のある疲労感でした。
第3幕のスタートは18時を過ぎており、コンサートを2会場ハシゴした気分です。

この日も視覚的に非常にインパクトのある舞台と感じました。
昨年鑑賞した二期会の「ワルキューレ」とは全く別物のオペラのようです。

第1幕は、冒頭はヴォータンが立って、舞台の奥の方を慌ただしく駆け抜けていく人々を眺めています。
その後、フンディングの家の中になり、人間の背丈ほどある巨大なテーブルと椅子が置かれていて、フンディングとジークリンデの結婚写真も飾られている部屋。
赤い大きな矢印が天井から突き刺さすようにテーブルに向けてつり下がっています。
この矢印は、ヴォータンの槍の先なのでしょうか。
光が効果的に使われ、朝日のような光が差し込むかと思うと、夕闇のような光になったり、緑色の光や赤い光になったり。
あるいは、扉が開いて光が差し込むときは、人物の黒い影が大きく壁に映し出されたりして、舞台から目を離すことができません。

第2幕では床面が地図のようになっていましたが、これは神々が地上を支配している様子なのでしょうか。
でも、その舞台いっぱいの地図も、四方に縁取りがしてあり、箱庭のように感じられなくもありません。
舞台左側に段ボールなどが積み上げられた一角がありましたが、3月の「ラインの黄金」でも同様の段ボールが使われていましたので、ここはヴォータンの居室でしょうか。
その一角が撤去されると影から小さな家が表れ、さらにフンディングはその家から頭を出して、床下から現われました。
決闘も地図の床面の上で行われました。

第3幕冒頭はドライアイスか何かの霧状のものが客席にまで立ちこめ、字幕がかすれて見えるほど。
霧は4階席まで来ました。
「ワルキューレの騎行」は、なんと病院の廊下。
白い布をかけられた遺体の載せられたベッドを、ナース(ワルキューレ)たちが、慌ただしく、次から次へと病室から廊下へ運び出して大騒ぎ。
布を取ると、遺体はベッドから起き上がり、舞台奥の「ヴァルハル」と表示がある霊安室?に歩いて行きます。
遺体の上半身には、大きな刀傷。
ヴォータンが登場すると、やがて、この病院のセットは舞台の奥へするすると下がっていき、まるで映画のスクリーンの中の1シーンよう。
それもやがて消え去り、舞台には巨大な馬のセットが現われて、ヴォータンとブリュンヒルデの葛藤は、この馬を前にして延々と演じられました。
罰を与えるシーンでは黒いスクリーンが降りて馬のセットを隠しました。
スクリーンには炎を上げている文字が映し出されましたが、その後、スクリーンが上がると、舞台上には人間の背丈ほどある巨大なベッド(第1幕のテーブルと縮尺は同じくらい)の上にブリュンヒルデが横たわっています。
赤いイルミネーションがチカチカしていたので「あ、これが火を暗示しているのね」と早合点していたら、最後の最後に、ベッドの縁の4辺から本物の火が出て驚きました。

演出と視覚効果のことばかり書きましたが、この日は音楽的にも満足しました。

歌手はみなさん好感でしたが、特にジークリンデのマルティーナ・セラフィンさんの声の迫力がスゴイ。
下手な歌手がここまで大きな声を張り上げたら絶叫になってしまうでしょう。

オケも「ラインの黄金」のときよりも金管の音が洗練されていた印象。
最終日ということもあるのかもしれませんが、エッティンガーさんの意図が浸透していたのでしょう。

この分だと、来年の「ジークフリート」と「神々の黄昏」もチケットを買ってしまいそうです。

【指揮】ダン・エッティンガー

《初演スタッフ》
【演出】キース・ウォーナー
【装置・衣裳】デヴィッド・フィールディング
【照明】ヴォルフガング・ゲッベル

【芸術監督】若杉弘

キャスト
【ジークムント】エンドリック・ヴォトリッヒ
【フンディング】クルト・リドル
【ジークリンデ】マルティーナ・セラフィン
【ヴォータン】ユッカ・ラジライネン
【ブリュンヒルデ】ユディット・ネーメット
【フリッカ】エレナ・ツィトコーワ
【ゲルヒルデ】高橋知子
【オルトリンデ】増田のり子
【ワルトラウテ】大林智子
【シュヴェルトライテ】三輪陽子
【ヘルムヴィーゲ】平井香織
【ジークルーネ】増田弥生
【グリムゲルデ】清水華澄
【ロスヴァイセ】山下牧子

【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

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2009年4月10日 (金)

リス/都響(2009/4/10)

2009年4月10日(金)19:00
東京文化会館大ホール

指揮:ドミトリー・リス
東京都交響楽団
(第678回定期演奏会Aシリーズ)
チェロ:堤剛

ラロ:歌劇「イスの王」序曲
ラロ:チェロ協奏曲ニ短調
フランク:交響曲ニ短調

こういう曲目なので、ついついフランスの指揮者のような先入観を持ってしまいましたが、ドミトリーという名前の通り、ロシアの指揮者です。

冒頭のラロの序曲の鳴らし方からして、かなりの懐の広さを感じました。
静かでゆっくりした部分の、一音一音への気の使い方はかなりのもの。
しかし、神経質さは皆無で音楽として魅力的です。
そして、派手に鳴らす部分の意志の強さと熱い情熱は迫力があります。
会場が東京文化会館なので、音は一直線に向かってくる感じがしましたが、他のもう少し残響の多いホールだと違う印象を受けたかもしれません。
指揮の動作は、しなやかな腕の動きが見ていて楽しいです。
音が視覚化されて(実際は逆なのですが)眼前に迫ってくるようでした。
フランクの交響曲も基本的には同じ印象でした。

協奏曲は堤さんのチェロが明るい音で伸びやかに歌い、オーケストラも単なる伴奏ではなく、掛け合いを演じました。

私は不勉強でドミトリー・リスさんのことはあまり知りませんでしたが、ウラル・フィルの音楽監督であり、2007年の「熱狂の日」音楽祭にもウラル・フィルとともに出演しているそうです。
ちょうど数日前に、庄司紗矢香さんが弾くチャイコフスキーの協奏曲の指揮をした演奏がNHK BS2で放送されました。
録画してあったので帰宅後に見てみましたが、こちらも、なかなかの演奏です。
今後、注目していきたい指揮者だと思いました。

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2009年4月 7日 (火)

下野竜也/読響(2009/4/7)

2009年4月7日(火)19:00
サントリーホール

指揮:下野竜也
読売日本交響楽団
(第481回定期演奏会)
男声合唱:東京混声合唱団

芥川也寸志:エローラ交響曲
藤倉大:アトム
【読売日響委嘱作品・世界初演】
黛敏郎:涅槃交響曲

日本人作曲家の演奏会というとマニアックな印象があります。
近年は尾高賞受賞作品ですらN響の定期公演ではなく、別の演奏会で演奏されます。
しかし、この日の読響定期は、決して特殊な演奏会ではなく、まぎれもなくクラシック音楽の、オーケストラの演奏会でした。

一曲目のエローラ交響曲は「下野さんと読響にしては少し音が荒いかなぁ?」と感じながら聴きましたが、解釈なのか、オーケストレーションなのか、演奏の出来なのかはわかりません。
ただ、二曲目のアトムになると、オケの音が磨かれ、響きがきれいになったような気がします。

藤倉さんの作品は初演ですから、聴き手の私の理解は作曲者の意図のごく一部分でしかないとは思いますが、プログラムの冊子に載っていた作曲者自身による解説の「音の粒が大きくなったり小さくなったり」というイメージを、フルオーケストラのサウンドで体感することができ、「音を楽しむ」ことができました。
同時代音楽を楽しみことができたのは、作品の魅力に加えて、下野さんの、動作が音を表しているような指揮の力量によるところも大きいと思いました。

そして、この日の白眉は涅槃交響曲。
この曲は私は結構興味を持っていて、FM放送やCDで聴いたことはあります。
でも、奏者の配置を見て驚きました。
座席表で言うと、2階席のLD1列とRD1列の前の通路に、それぞれ奏者が10人近く座ったのです。
LD側は金管、RD側は木管がメインでしたが、弦楽器や打楽器もいました。
今はやりのサラウンド効果と言ってしまえばその通りですが、この曲の初演は1958年とのこと。
当時はかなり先進的だったのでしょう。
曲の冒頭から、舞台上と2階席後方とで音が行き来し、交錯し、ホールの“空間”を感じさせるサウンドが静かに、そして厳かに響きます。
合唱(読経)が出てくると、その厳かな印象はさらに強まります。
しかし、繰り返し、繰り返し、読経が繰り返され、高揚感が空間を支配し、たたみかけるような迫力。
最後の合唱は、まさに、プログラム冊子の解説に記載されていた「一切の苦から解き放たれた涅槃の境地」。
個人的な事情ですが、私はこの日も疲れ気味でした。
しかし、音楽の力によって「涅槃の境地」に導かれ、終演後は元気になって家路につきました。
素晴らしい曲であり、素晴らしい演奏でした。

演奏終了後は、下野さんが手を下ろすのを待って盛大な拍手とブラボー。
マーラーの交響曲の後のような会場の盛り上がりでした。

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2009年4月 4日 (土)

インバル/都響(2009/4/4)

2009年4月4日(土)14:00
東京芸術劇場

指揮:エリアフ・インバル
東京都交響楽団
(東京芸術劇場シリーズ
「作曲家の肖像」Vol.72《ベートーヴェン》)
ピアノ:ゲルハルト・オピッツ

ベートーヴェン:序曲「コリオラン」
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

個人的な事情ですが、ちょっと疲労がたまっていたので、この日は集中力が続きませんでした。
しかし、目の前で繰り広げられている演奏がすばらしいことは“頭”ではわかりました。
良い体調のときに聴きに行ったならば、大興奮だったかもしれません。

「英雄」の第1楽章、第2楽章では、テンポを落として、丁寧に表情付けをして音を鳴らす場面が多々あり、まるでブルックナーでも聴いているような気分になりました。
プログラムの冊子によれば、インバルさんのベートーヴェンは“楽譜通り”ではなく、現代の楽器やホール事情を考慮した補正がされているとのことです。
聴いている私には専門的なことはわかりませんが、聴感的には音がくっきりと鳴っている印象。
溶け合ったハーモニーと言うよりは、強調すべき音がきれいに浮かび上がる感じです。
その浮かび上がる音は決して主旋律だけではありません。
コントラバスの何気ない“伴奏”すら、浮かび上がったときはとても魅力的なサウンドで迫ってきました。
第3楽章に入ると、さすがにテンポが速めなので、「まるでブルックナー」という印象はなくなりました。
でも、あちこちで、「色々な音が浮かび上がる」のは最後まで続き、実に面白い。
快調なペースでたたみかけるように最後まで突っ走りました。
演奏会の冒頭に演奏された「コリオラン」も、基本的には同じ指向の演奏だったと感じました。

ピアノ協奏曲の印象は、「オピッツさんのピアノが、チャーミング」。
ときどき、モーツァルトの協奏曲を聴いているような錯覚に陥りながら、ひたすら心地よい、クリアなピアノの音に身を委ねました。
ただ、第1楽章のカデンツァは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタを聴いているような気分になり、オピッツさんの弾くピアノ・リサイタルを聴きたくなりました。

2007年12月の「第九」も聴きましたが、インバルさんのベートーヴェンは魅力的です。
オピッツさんの登場は今回だけですが、交響曲はこの後、7番(2009年11月)、5番(2010年3月)と続きます。
今から楽しみです。

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2009年3月22日 (日)

スクロヴァチェフスキ/読響(2009/3/22)

2009年3月22日(日)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
読売日本交響楽団

(みなとみらいホリデー名曲コンサート )

チャイコフスキー:弦楽セレナーデ
ストラヴィンスキー:管楽器のための交響曲
ブラームス:交響曲第4番

スクロヴァチェフスキさんの演奏の印象は、ホール(もちろん座る席の場所も、ですが)の音響によっても結構違う感じがします。
この日は、2007年4月21日にこのホールで聴いた演奏会を思い出しました。

その後、
2007年9月24日(東京芸術劇場)
2008年4月18日(サントリーホール)
2008年9月10日(サントリーホール)
2008年9月21日(東京芸術劇場)
と聴きましたが、サントリーホールのP席などで聴くと、もう少しまろやかなサウンドに聞こえます。

この日の演奏(音響?)は、分厚い音でありながら適度な分解能を保ち、機動力も感じる音。
比較的大きな編成でありながら、もたもたした印象は皆無です。
第1ヴァイオリンが16人の編成で演奏されたチャイコフスキーは、大きめの室内楽などではありません。
たまたま管楽器が入っていないだけで、フル・オーケストラによる交響楽です。
音色は艶やかで伸びがあり、もう「きれい」としか言いようがありません。
それなのに、決して表面面だけの演奏ではなく、スクロヴァチェフスキさんの豊かな音楽性を十分に堪能させていただきました。

続いて、当初の曲(スクロヴァチェフスキさんへの委嘱新作が予定されていました)から曲目変更になったストラヴィンスキー。
チャイコフスキーから一転して、舞台上は管楽器奏者だけ。
なかなか面白い選曲です。
曲の性格も楽器編成も全く違うのに、面白いことに印象はほとんど同じ。
ただ、金管は後半の方で多少音が濁った感もありました。

休憩後のブラームスは風格の演奏。
ちょうど前半の2曲で感じた印象を足したような印象で、弦楽器と木管楽器の艶やかな伸びのある音と、ほぼ同じ傾向ながら時々(特に第2楽章で)荒くなりがちな金管の音。
でも、ティンパニを強打させたり、金管に鋭い音を吹かせたりしていましたので、スクロヴァチェフスキさんが洗練された音を求めていたのかどうかはわかりません。
でも、そんな音色がどうのこうのとあげつらうのは野暮というもの。
老巨匠の滋味を感じさせながら、若々しい情熱も合わせ持つという至芸を堪能させていただきました。

なお、演奏とは関係ありませんが、この日は余裕を持って自宅を出たのに、強風のために電車が遅れ、横浜駅でみなとみらい線に乗車したのが13時42分。
直感的にちょっと焦りましたが、会場には定刻の10分前くらいに着き、余裕で間に合いました。
ロビーで知人に再会して短時間の歓談をさせていただいてから席に向かっても、まだ余裕でした。
(通常、演奏会は5分くらい遅らせて始まりますので。)
みなとみらい線の威力は絶大。
開通する前とのホールへのアクセスの利便性は雲泥の差です。

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2009年3月21日 (土)

スダーン/東響(2009/3/21)

2009年3月21日(土)18:00
サントリーホール

指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団
(第565回定期演奏会)
メゾ・ソプラノ:谷口睦美
合唱:東響コーラス
合唱指揮:三澤洋史

シューベルト:交響曲第7番「未完成」
シューベルト:付随音楽
        「キプロスの女王ロザムンデ」
(全曲)

最終回にふさわしい、素晴らしい出来映えでした。
今季の東京交響楽団の定期演奏会はシューベルト・ツィクルスでしたが、中でも音楽監督のスダーンさんが指揮をしたシューベルトの交響曲第1番から第6番は、「シューベルトって、こんなに面白いの?」と毎回目を輝かせながら聴きました。
2008年5月17日(1番、4番)
2008年9月27日(5番、6番)
2008年11月1日2日(2番、3番)

実は、今回は、曲が7番「未完成」ということで、多少心配していました。
今季のツィクルスに先駆けて、2007年11月10日に演奏された8番「ザ・グレイト」が、私の印象では今季の演奏に及ばなかったからです。
「初期の曲は抜群でも、もしかしたら後期の曲では…」という心配もありました。

しかし、その心配は杞憂でした。
杞憂どころか、今季最高の出来かもしれません。

「未完成」は、冗長に感じるところが皆無のキリリと引き締まった演奏。
バロック・ティンパニの音が、歯切れの良いリズムを刻みます。
それなのに、メロディーはなんとも豊かな雰囲気を醸し出す。
ホールの空間になんとも上品な空気が漂っているのにところどころはスピード感も感じるという絶妙の間合い。
毎回感じてきた「こんなに面白い曲だったっけ?」という印象は、「未完成」でも、いや「未完成」だからこそ、強く感じました。

30分に満たない曲だったのに充足感あふれる休憩の後は、そんなに演奏機会が多いとは思えない「ロザムンデ」の全曲。
プログラム冊子の解説によると、劇の台本はきちんとした形で残っていないとのことで、この日の曲の演奏順は、スダーンさんの希望とのこと。
聴き慣れた「序曲」や「第4幕への間奏曲」以外の曲も、どれも魅力的な曲でした。
「全曲」と銘打たれているものの、聴いた印象は「曲集」としての一体感はあまり感じられず、11曲の独立した曲という感じです。
そういう印象を強調したのが、ほとんどの曲が全力投球だった素晴らしい演奏でした。
約60分の大曲となると、普通は流れの中で力を入れる場面と多少力を抜く場面があるのではないかとお思いますが、なにせ、独立した11曲のような曲集ですから、どの曲にも(規模の差はあるものの)起承転結があります。
曲の耳あたりの良さとは裏腹に、演奏者の皆さんは、結構大変だったのではないでしょうか。
演奏は前半の「未完成」同様、ホールに満ちた上品で豊かな雰囲気のサウンドに包まれる快感を感じさせるものでした。

東響コーラスの出番は3曲、メゾ・ソプラノの谷口睦美さんに至ってはたった1曲の出番でしたが、どちらも透明感のある美しい声で素晴らしい出来。
なんとも贅沢な一夜でした。

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2009年3月19日 (木)

鈴木雅明/東京シティ・フィル(2009/3/19)

2009年3月19日(木)19:00
東京オペラシティ・コンサートホール

指揮:鈴木雅明
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

(第227回定期演奏会)

ヘンデル:合奏協奏曲ト短調作品6-6 HWV.324
ハイドン:交響曲第90番
メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」

鈴木雅明さんが前回東京シティ・フィルの定期を指揮した2006年11月の演奏会が素晴らしかったので楽しみにしていましたが、その期待すら大きく上回る素晴らしい演奏。
興奮させられる演奏でした。

ヘンデルは私にとっては曲自体がとらえどころが難しかったのですが、大好きなハイドンになると、その演奏の非凡さは迫力とともに迫ってきました。
たぶんノン・ヴィブラート奏法だと思いますが、はっきりとしたアクセントをつけ、鳴らすところは思いっきり強奏し、静かなところやゆっくりとした部分との対比が面白い。
その強奏の迫力たるや、単に音量だけの問題ではなく、意思や情熱の力を感じるもの。
鈴木雅明さんの指揮の動作は、音楽がそのまま視覚化されたような、しなやかな美しいものですが、強奏の部分の動作の迫力もかなりのものでした。

この曲の最後は、終わったかに見せてもう少し続くのですが、CDで聴いているとその面白さがあまりわかりません。
この日は、白熱した演奏につられて「終わったかに見せた場面」で会場に盛大な拍手が起こり、鈴木雅明さんはお辞儀をして舞台の袖に引き上げてしまいました。
その後、拍手を遮るように、コンサートマスターの戸澤さんの合図で曲が再開し、鈴木雅明さんは大あわての素振りで出て来て指揮を再開し、最後は半狂乱に近い盛り上げ方で曲を終えました。

「ハイドン一曲聴けただけでも来た甲斐があった」と思って幸せな休憩時間を過ごした後、後半のメンデルスゾーンが、また、ものすごい演奏。
こんどは、たぶんノン・ヴィブラート奏法ではないと思いますが、音色はロマン派の交響曲っぽいもの。
その音のメリハリと迫力は、圧倒される思い。
第2、第3楽章は一転して、ピリオド・アプローチのような音色で静かに進み、第4楽章はまた畳みかけるような迫力。
メリハリという意味では、個々の音のメリハリとともに、楽章間のメリハリも、コントラストとして効果的でした。

この日は、東京シティ・フィルのサウンドも、かなり伸びやかに鳴っていました。
鈴木雅明さんには、もっともっとモダン・オケを指揮する機会を作っていただき、ハイドン以降の曲もたくさん指揮していただきたいと思いました。

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2009年3月15日 (日)

新国立劇場「ラインの黄金」(2009/3/15)

2009年3月15日(日)14:00
新国立劇場
ワーグナー:ラインの黄金

そんなに数多くオペラを観ているわけではないので演出のことはよくわかりませんが、SFのようでもあり、ドタバタ喜劇のようでもあり、視覚効果も映画のように面白くて、楽しませてもらいました。
DVDで観たメトロポリタン歌劇場のオットー・シェンク演出の正攻法の舞台とは、全く別のオペラのようです。
神話の世界の印象は皆無でした。
私は今まで「読み替え演出よりは伝統的な演出の方が好き」と思っていましたが、こういう舞台に接すると、なぜ全世界で演出の先進性が競われているのか、ちょっぴりわかったような気がします。

冒頭も、真っ暗の中で一点の光だけがしばらく点灯し、やがてヴォータンが客席の方を向いて座っている姿が表れます。
何のことかわかりませんでしたが、やがて映画館の中のような場面になったので、ヴォータンが映写を観ている場面だったのでしょうか。
第1場のラインの娘たちとアルベリヒの掛け合いは、その映画館?の客席で繰り広げられました。
スクリーンには、水しぶきや、大きな目や、ジクソーパズルの一片(後でそれは指輪だとわかりましたが)が映し出されたり。
スクリーンの形は遠近感を模したのか、いびつな形をしていましたが、それは第2場以降への布石。
第2場と第4場は、そのいびつな形の枠内で演じられました。
さらには、第3場の地底の場面は、そのいびつな形を左右対称で逆にした枠内。
最後のヴァルハル城入場の場面だけが、枠がすっかり取れ、真っ白な場面。
しかし、多くの風船が床に転がっており、なんとも形容しがたい場面でした。

各所で光がかなり刺激的に使われており、度肝を抜かれました。
巨人2人が登場する場面は、2つの大きなライトが迫ってきました。
まるで、ジープかブルドーザーが突進してきたような印象。
火の神ローゲも閃光とともに登場しましたし、ヴァルハル城入場場面への転換も稲妻のような光と音を伴って刺激的に行われました。

アルベリヒが蛙に変身して捕まえられトランクの中に押し込められた後に、地上に上がってきてトランクを開けると、人間の大きさのアルベリヒが小さなトランクの中から出て来て唖然。
おそらく単純な手品のトリックだと思いますが、視覚的にはトリックは全くわかりませんでした。

歌手陣では、ごろつきのようなアルベリヒ(ユルゲン・リンさん)の存在感と迫力が印象に残りました。
ミーメ(高橋淳さん)もエネルギッシュに動き回り、声もそれに見合っていてなかなかの好印象でした。

ファーゾルトとファフナーの巨人2人は、視覚的には巨体の存在感がありましたが、声はもう少しぞっとするような迫力が欲しいな~という印象もありました。
登場の場面における光の効果と、叫ぶようなオケの音の後に発せられた第一声は、ちょっと大人しい印象がありました。

エッティンガーさんの指揮するオーケストラは、ことさら重量感だけを強調するものでは無いものの、金管の咆哮などは結構荒々しい。
こういう視覚効果の面白い舞台だと、ハリウッド映画のサウンドトラックのようなサウンドでも面白い(エリック・カンゼルさん指揮のシンシナティ・ポップスなんてどうでしょう?)と思いましたが、そういう洗練された音ではありませんでした。
金管の荒々しさが、奏者の力量なのか、エッティンガーさんの求めた音なのかはわかりません。
ただ、弦楽器の歌わせ方などは、けっこうきれいな音で甘美な印象もありました。

【指揮】ダン・エッティンガー

《初演スタッフ》
【演出】キース・ウォーナー
【装置・衣裳】デヴィッド・フィールディング
【照明】ヴォルフガング・ゲッベル

【芸術監督】若杉弘

キャスト
【ヴォータン】ユッカ・ラジライネン
【ドンナー】稲垣俊也
【フロー】永田峰雄
【ローゲ】トーマス・ズンネガルド
【ファーゾルト】長谷川顯
【ファフナー】妻屋秀和
【アルベリヒ】ユルゲン・リン
【ミーメ】高橋淳
【フリッカ】エレナ・ツィトコーワ
【フライア】蔵野蘭子
【エルダ】シモーネ・シュレーダー
【ヴォークリンデ】平井香織
【ヴェルグンデ】池田香織
【フロスヒルデ】大林智子

【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

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2009年3月 8日 (日)

飯守泰次郎/東響(2009/03/08)

2009年3月8日(日)14:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:飯守泰次郎
東京交響楽団
(川崎名曲全集 第45回)
ピアノ:今川映美子

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」~前奏曲と愛の死
ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」~ワルキューレの騎行
ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」
        ~ジークフリートの死と葬送行進曲
ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
        第1幕への前奏曲
ワーグナー:歌劇「ローエングリン」第3幕への前奏曲

        (アンコール)

東京交響楽団のコンサートも、飯守泰次郎さんのコンサートも、比較的多く聴いている私にとって、飯守泰次郎さんが東京交響楽団を指揮している場面は、ちょっと不思議な気分でした。

手兵の東京シティ・フィルを振ったときのような重低音が迫ってくる雰囲気とは多少雰囲気が違い、比較的カラフルな音。
しかし、秋山和慶さんが振ったときとも、スダーンさんが振ったときとも異なり、やはり飯守さんの重めのサウンドです。
しかし、この日はかなり歯切れの良さも感じました。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲を飯守さんが振るというだけでオーケストラパートに期待してしまいますが、単なる伴奏のはずの弦のピチカートすら、飯守さんは力を込めて振り、オケもそれに応えてまるで交響曲のような気合いの入れ方で演奏していました。
飯守さんの指揮は、ただ力で押し切るだけではなく、結構あちこちでアクセントを加えていて、重量感と推進力とひねりのスパイスが効いた快演でした。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲を飯守さんの指揮で聴いてみたくなりました。
(他に3番は、2007年に都響で聴いたことがあります。)

ピアノの今川映美子さんは、音楽性が豊かなようで好感を持ちました。
メロディーを決して急がずに丁寧に歌い込む演奏は、ぜひまた聴いてみたいです。
ただ、残念ながらこの日の演奏では、オケの音とピアノの音が合っていない箇所が結構あったような気がします。
専門的なことは私にはわかりませんが、舞台後方側の席で聴いていた私には、今川さんがあまり指揮者の方を見ていなかったような気がしました。
多くのソリストは、演奏中にもう少しオケの方を見たり、指揮棒に目をやったりしているような気がします。

さて、休憩後は飯守さんお得意のワーグナー。
1年前に関西フィルの東京公演で聴いた曲とかなりの曲が重複していますが、何度聴いても良いものです。
オケだけでなくホールの音響の違いもあるのかもしれませんが、冒頭に書いたように重量感がありながら比較的カラフルな音の印象。
「トリスタンとイゾルデ」は、比較的静かな部分が多いせいが、音響的には小さめに感じましたが、「ワルキューレの騎行」以降は、咆哮するオケが轟音でおそってきました。
金管はもちろんですが、木管や弦の“音の力”もかなりのものでした。

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2009年3月 7日 (土)

シュナイト/神奈川フィル(2009/03/07)

2009年3月7日(土)14:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ハンス=マルティン・シュナイト
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
(名曲コンサート「珠玉の名旋律」)
ヴァイオリン:石田泰尚
チェロ:山本裕康

ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲
カザルス:鳥の歌
(アンコール)
ブラームス:交響曲第1番

神奈川フィルの定期演奏会は、来季からは土曜日午後の開催の回も増えましたが、今季は原則平日の19:00開始です。
私のライフスタイルでその時間帯に横浜みなとみらいホールに行くのはちょっと厳しいので、この日のような演奏会が、音楽監督の指揮で開催されるのは嬉しいものがありました。
この日は全席完売。
私が行った神奈川フィルの定期演奏会での空席を思い出すと、スポンサーの意向とかがあるのかどうかはわかりませんが、平日の夜の開催には多少の疑問も感じます。

シュナイトさんは音楽監督を3月末で退任とのことです。
この日の後、3月の定期演奏会があり、退任後の5月にも演奏会はありますが、とりあえず一区切り。
聴く回数が限られていた私には、シュナイトさんが神奈川フィルに残した足跡がいかほどのものかは、私にはわかりません。
しかし、音楽監督就任記念公演(2007/5/11)の出来と比べると、格段の進歩があるような気がします。
2年前の演奏会も曲目は違いますがブラームス。
そのときは、神奈川フィルの管楽器奏者、特に金管は、スローテンポのところでは恐る恐る音を出しているように感じる場面が結構ありました。
この日は、すっかりシュナイトさんの手足となって、シュナイトさんの意図を体現していたのではないかと思います。

目で見ていると、奏者は皆、結構大きなアクションで、体を揺らして、力を込めて弾いています。
音を消して映像だけを見たら、熱演、爆演のように見えるかもしれません。
しかし、鳴っている音は、暖かく、柔らかく、優しく、なんとも心地良い音。
うまく言えませんが、「バンッ」ではなく「ホワァーン」という感じ。
これは、交響曲もそうですが、二重協奏曲のソロの石田さんと山本さんも同じ。
石田さんなど、かなりのアクションで情熱的に弾いていたように思いますが、それとても包み込んでしまうシュナイトさんの懐の深さでした。

なお、協奏曲のアンコールは、ソリスト2人に、第1ヴァイオリン2人、チェロ1人の五重奏でした。

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2009年2月28日 (土)

ブリュッヘン/新日本フィル(2009/02/28)

2009年2月28日(土)15:00
すみだトリフォニーホール

指揮:フランス・ブリュッヘン
新日本フィルハーモニー交響楽団

(「ロンドン・セット」全曲演奏会 第4回)

ハイドン作曲交響曲第102番
ハイドン作曲交響曲第103番「太鼓連打」
ハイドン作曲交響曲第104番「ロンドン」
ハイドン作曲交響曲第104番~第4楽章
(アンコール)

2月上旬に始まった至福の日々も、ついに最終回になってしまいました。
なんだか卒業式の後のような気分です。
思い起こせば20年近く前の1991年3月21日にも、新日本フィルはカザルスホールでのハイドンの交響曲全曲演奏のフィナーレを104番で締めくくりました。
コンサートマスターはこの日と同じ豊島泰嗣さん。
あのときも「ああ、とうとう終わってしまう」「終わってほしくない」という惜別の思いを感じました。

ツィクルス全体を通じて素晴らしい演奏でしたが、この日は特に風格を感じる演奏。
3曲とも、ベートーヴェンの交響曲第1番が初演される僅か5年前に初演されたということを、音として体感した気がします。
アンサンブルの美しさは比類がありませんが、決して軽い音楽ではなく、スケールの大きさと気迫のこもった音がホールに響き渡りました。

例によってブリュッヘンさんの演奏は、聴いていて「おや?」と思うようなユニークな箇所が随所にありました。
しかし、聴いている私が「あっ」と思ったときには音はすでに通り過ぎており、舞台を見ると楽員さんの一部がにんまりしていたりします。
103番冒頭のティンパニは、かなり派手に叩いていました。
18世紀オーケストラを指揮したCDの演奏とも違ったアクセントが加えられており、ちょっと驚きました。
もし同一プログラム2日公演だったら、2日続けて聴きたくなる演奏でした。

104番は前回のブリュッヘンさんが来日したときの2007年2月3日にも演奏されましたが、何度聴いても、飽きるどころか、また聴きたくなります。
第4楽章が終わった直後に全く同じ第4楽章がアンコールに演奏されても、聴いていて全く飽きません。

ハイドンの交響曲の大好きな私にとって、今回のツィクルスは最高の贅沢でした。
この有意義なツィクルスが日本で行われたことを、心から感謝したいと思います。

プログラムの冊子にはさまれたチラシに、「フランス・ブリュッヘンにきっとまた、会える。次回共演、計画中!乞うご期待」と書いてありました。
終わったばかりなのに、次回が待ち遠しくてたまりません。

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2009年2月27日 (金)

チョン・ミョンフン/東京フィル(2009/02/27)

2009年2月27日(金)19:00
サントリーホール

指揮・ピアノ:チョン・ミョンフン
東京フィルハーモニー交響楽団
(第766回サントリー定期シリーズ)
ヴァイオリン:スヴェトリン・ルセヴ
ヴィオラ:須田祥子
チェロ:ルイジ・ピオヴァーノ

ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番
ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲
バルトーク(ピオヴァーノ編):
「ルーマニア民族舞曲」より第4曲「角笛の踊り
」(アンコール)
ブラームス(シェーンベルク編):
ピアノ四重奏曲第1番(管弦楽版)

終演は21時30分頃と長い演奏会でしたが、ずいぶんと選曲が工夫された面白い組み立てでした。

室内楽の演奏会には滅多に行かない私にとって、ピアノ四重奏曲のオリジナルを生演奏で聴くのは初めてかもしれません。
管弦楽版で聴き慣れたフレーズがすっきりとした響きで聞こえます。
第1楽章や第2楽章は「なごやかな合奏」といった面も感じましたが、第3楽章あたりから「おおっ」と思うような迫力がみなぎり始め、第4楽章は息詰まる緊張感。
チョンさんのときどき足も踏みならしながらピアノを弾く姿と、その姿に視線をやりながら気迫の熱演を繰り広げたルセヴさん。
定期演奏会の一曲としての室内楽は、決して「前座」などではない充実した満足感を与えました。

休憩後は舞台上にオーケストラが並び、室内楽のソリスト2人がそのままソリストとして登場して二重協奏曲。
オーケストラの響き、特に管楽器の音はもう少し洗練されて欲しい印象もありましたが、ソリスト2人のテンションの高い演奏が、ぐいぐいと会場の雰囲気をひっぱっていきました。
オーケストラの伴奏でのアンコールの後は、短時間、舞台上の配置転換が行われましたが休憩は無し。
チェロのピオヴァーノさんがオケの中で弾くために登場すると会場から盛大な拍手がおくられました。
管弦楽版のピアノ四重奏曲の演奏は、面白いことにオリジナルの室内楽版と印象が似ていました。
第1、第2楽章は少しおとなしめに感じましたが、第3楽章からはスピード感と迫力のある大音量がホールに響き渡り、曲の最後の部分は快感。
荒っぽい演奏に紙一重の煽り方でしたが、指揮者には響きを洗練させようなどという意図は、最初からなかったことでしょう。

オケの演奏は2008年12月の読響定期と曲目は同じでしたが、この2曲の組み合わせ、なかなか良い取り合わせです。
ピアノ四重奏曲を2回聴くのは「飽きるのでは?」と内心心配して会場に向かいましたが、編成が違うとはいえ、良い曲は2回聴いても飽きませんでした。

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2009年2月21日 (土)

飯森範親/東響(2009/02/21)

2009年2月21日(土)18:00
サントリーホール

指揮:飯森範親
東京交響楽団
(第564回定期演奏会)
ピアノ:岡田博美

シューベルト:イタリア風序曲第2番
リスト:死の舞踏
マーラー:交響曲第7番「夜の歌」

前半は良かったです。
はつらつとした、メリハリのきいたシューベルト。
プログラムの冊子の解説を読む限り、「ロッシーニの序曲のような」と言わない方が良さそうですが、それでも素人的にはそういう連想をしてしまう曲であり、演奏でした。

リストの死の舞踏は、岡田さんのピアノの迫力に圧倒されました。
私は舞台後方側で聴いていてこの音ですから、正面側で聴いていたらもっとすごかったでしょう。
曲としては、ピアノ協奏曲に比べて全体像の捉えどころがわかりにくい印象も受けましたが、それでもリストはリスト。
ピアノパートはもちろん魅力的ですし、オーケストラも結構派手に鳴ります。
オーケストラのドライブという意味では、飯森さんがピンチヒッターで指揮をした「ペトルーシュカ」の快演(2008年6月)を思い出しました。

そういうわけで、後半のマーラーに大いに期待して休憩時間を過ごしたのですが、残念ながら、この日の「夜の歌」の演奏は、私の好みとちょっと違っていたようです。
この曲の第1楽章から第4楽章は、神秘的な雰囲気とか、妖しい雰囲気が欲しいような気がします。
この日の演奏は、音がストレートに出てくる感じ。
純音楽的と言えばそうなのかもしれませんが「音楽」と言うよりも「サウンド」に聞こえました。
もちろん、飯森さんの意志を感じる力強いサウンドでしたが、先ほど書いたようにストレート過ぎる印象を持ちました。
第5楽章も、本来であれば第4楽章までの雰囲気から一転した「何かが始まる」ようなにぎやかさを対比して欲しいところですが、「サウンド」としては第4楽章までと変わらない印象。
この曲には、曲としての難しさもあるようですが、図らずもそれを体感したような気がしました。
もっとも、会場は大いに沸いていて「ブラボー」も飛び交っていたので、このように感じていたのは私だけかもしれません。

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2009年2月20日 (金)

ブリュッヘン/新日本フィル(2009/02/20)

2009年2月20日(金)19:15
すみだトリフォニーホール

指揮:フランス・ブリュッヘン
新日本フィルハーモニー交響楽団

(「ロンドン・セット」全曲演奏会 第3回)

ハイドン作曲交響曲第99番
ハイドン作曲交響曲第100番「軍隊」
ハイドン作曲交響曲第101番「時計」
ハイドン作曲交響曲第101番「時計」~第2楽章
(アンコール)

前半、ちょっと体調不良だったので定かではありませんが、99番の音は今までの6曲とは違って聞こえました。
すっきり目のいわゆるピリオド系らしいサウンドで、音の分解能は良いです。
その分、ふくよかさや音の厚みはあまり感じられません。
好みの問題だとは思いますが、今までの6曲の印象が強烈なので、私は多少違和感を感じました。
もっとも「比較すれば」の話しであって、十分に素晴らしい演奏であることは間違いありません。
この一曲だけを聴いたとしたら、おそらく大絶賛したと思います。

2曲目の「軍隊」になると、今までの6曲に近いサウンドに変わったような気がします。
驚いたのは第4楽章後半で、舞台上手(右側)から打楽器奏者(4人だったかな?)が軍楽隊に扮して隊列を組んで出て来て、どんちゃんどんちゃんと鳴らしたこと。
ときどき立ち止まりながら曲が終わるときには舞台下手(左側)に去っていきました。
視覚効果に加えて、指揮者より前(客席寄り)で演奏したことによる音響効果で、強烈な印象です。
まさか、こんな演出をするとは!
この第4楽章は、強烈なリズムと迫力で、やはり、今までの6曲や、この日の99番とは違った印象を受けました。

こうして軍楽隊に目を覚まされたのか、休憩の後にはなぜか体調も良くなり、「時計」は存分に楽しむことが出来ました。
この演奏のサウンドは、今までの6曲と同じ傾向の印象。
有名な第2楽章では、弦のピツィカートに耳慣れない装飾音がついていて、「おや?」と背伸びして見ると、楽員さんもにこにこ笑っている方もいます。
しっとりとした第3楽章の神秘的とすら言えそうな雰囲気も魅力的。
第4楽章は格調高く崇高な雰囲気で、素晴らしい演奏でした。

アンコールは、有名な「時計」の第2楽章。
個人的には、あの軍楽隊の再登場も期待したのですが、まあ有名な度合いから言えば「時計」の方がはるかに上でしょうから、聴衆へのサービスという点では妥当な線なのでしょう。
あの「おや?」と思った場面ももう一回再現され、素敵なプレイバック。
あと5回繰り返して聴いても飽きないでしょう。
「ああ、もう終わってしまう!」「これであとはたったの3曲しか残っていない!」と思いながら聴いていました。

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2009年2月15日 (日)

ブリュッヘン/新日本フィル(2009/02/15)

2009年2月15日(日)15:00
すみだトリフォニーホール

指揮:フランス・ブリュッヘン
新日本フィルハーモニー交響楽団

(「ロンドン・セット」全曲演奏会 第2回)

ハイドン作曲交響曲第94番「驚愕」
ハイドン作曲交響曲第98番
ハイドン作曲交響曲第97番
ハイドン作曲交響曲第98番~第4楽章
(アンコール)

前日の公開リハーサルで聴いた曲が2曲含まれているのに、新鮮な気持ちで目を輝かせて聴いてしまいました。

最初は前日のリハーサルには含まれていなかった94番。
「驚愕」というタイトルやエピソードのおかげか、有名曲です。
もちろん素晴らしい曲です。
しかし、こうしてシリーズの中で聴いてみると、この曲だけが突出しているわけではなく、いずれの曲も「驚愕」と同様に素晴らしいことがわかります。
ハイドンにこのような12曲を書く機会を作ったザロモン感謝しなければなりません。
有名な第2楽章の“フォルテッシモの一撃”の前の弱音は、「3階席まで聞こえるのだろうか?」と他人事ながら心配になるほどの小さな音。
そして、その美しいこと!

続く2曲は、前日のリハーサルとは逆の曲順で、フォルテピアノの渡邊順生さんが加わる98番から。
前回の演奏でも感じましたが、18世紀オーケストラと録音したCDよりも遅めのテンポに感じます。
ピリオド系の演奏というと、速めのテンポ、鋭いリズムの比較的軽めの演奏を思い浮かべてしまいますが、ブリュッヘンさんの場合は、風格すら感じられる巨匠風と言っても良い演奏。。
それでいて音楽が重くならず、旋律は生命観をもって魅力的に響く。
オケの音はきれいに溶け合い、“ひとつの音”と化してなっているのに、決して団子状にはなっていないハーモニー。
素晴らしい!
休憩後の97番も同様の演奏で「こんな贅沢をして良いのだろうか」と後ろめたくなるほどでした。

この日も、ブリュッヘンさんは、97番の演奏終了後、1回舞台の袖に引き上げただけで、フォルテピアノの渡邊さんを伴って入場し、すぐにアンコールを開始。
ただし、前回と違って、多少間を取って、オケに心の準備をする余裕を与えていたようです。
もっとも、オケの方も前回慌てた教訓が生きているのか、アンコール曲の演奏の準備をして待っていたようです。
休憩時間にフォルテピアノの調律が行われていたので予想していましたが、アンコールは98番の第4楽章。
コンマスの西江さんのソロも含めて、休憩前の本番の演奏よりもさらに素晴らしく、オケも聴衆も、どんどんブリュッヘンさんに洗脳されていくようです。

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2009年2月14日 (土)

ブリュッヘン/新日本フィル:公開リハーサル(2009/02/14)

2009年2月14日(土)10:30
すみだトリフォニーホール

指揮:フランス・ブリュッヘン
新日本フィルハーモニー交響楽団

(「ロンドン・セット」全曲演奏会 第2回 公開リハーサル)

ハイドン:交響曲第97番より
ハイドン:交響曲第98番より

今回のロンドン・セット全曲演奏会(全4回)のチケット購入者は、演奏会前日の公開リハーサルに入場することが出来ます。
しかし、リハーサルが行われるのはこの日を除いて全て平日の昼間。
この日は、貴重な(唯一の)土曜日のリハーサルでした。

10時頃にホールに入ると、舞台上ではすでに何人かの楽員が座っていて、それぞれ音を出して練習しています。
開始5分前くらいにブリュッヘンさんがにこやかな顔で登場。
その後、開始2分前くらいにコンサートマスターの西江さんが登場し、指揮台に歩み寄り、何か言葉を交わした後、握手して着席。
その間、ステージ上では楽員がそれぞれ音を出していましたが、開始時刻になるとステージマネージャーがパンパンと手をたたいて音を止め、チューニングの後、97番の第2楽章から練習が始まりました。

最初は、多少音が揃わない印象もあり、「リハーサルだから全力では弾かないのかな?」と思いました。
しかし、リハーサルが進むにつれて、気合いが入った演奏に変化し、ホールに響き渡る美しいサウンドにうっとりとしてきました。
ブリュッヘンさんは、ところどころ演奏を止め、短い言葉で指示をしていました。
止める前の演奏も、素人耳には十分素晴らしいのですが、指示を受けた後の修正された演奏が、(どこがどう変わったのか素人にはよくわかりませんが)さらに素晴らしい音に変わる。
すでに100点満点で95点になっている演奏を、直して100点にしている作業のように感じました。
第1ヴァイオリンへの指示が多く、そのたびに楽員の皆さんが必死に楽譜にメモをしています。

第3楽章と第4楽章よりも第2楽章に、より多くの時間を割いていた印象です。
前回2月11日の演奏会の公開リハーサルは聴いていませんが、96番や95番の第2楽章の比類のない美しさを思い出すと、「もしかしたら前回も第2楽章重視で練習したのかな」と思いました。

練習開始から約1時間経過した11:35で「15分休憩」とのブリュッヘンさんの声がかかりました。
ブリュッヘンさんは退場、オケの面々も引き上げていきましたが、その後でステージマネージャーから説明があり、ブリュッヘンさんの指示で第1ヴァイオリンのみパート練習をするとのこと。
コンマスの西江さんのリードで、第2楽章の練習が15分ほど行われました。
パート練習終了後にさらに15分の休憩の時間が取られ、再開は11:05となりました。

パート練習の後、ステージマネージャーが客席に向かってマイクでお話しをしてくれました。

『前回来日時、最後のパルテノン多摩での演奏会終了後、帰りのタクシーの中でブリュッヘンさんから一枚の紙を渡されました。
「天地創造」と、交響曲が作曲順に書かれており、今回招聘した歌手3人の名前と、チェンバロ奏者の名前が書かれており、
「これをどこかでやりたいと思っているのだが、ぜひ新日本フィルとやりたいのだ」
と言われました。
幸いスポンサー企業が見つかり、演奏会の日程の調整、ブリュッヘンさんの1ヶ月間に渡る日本滞在もOKになり、今回のシリーズが実現することが出来ました。
(外国人の客演指揮者の日本滞在は2週間が普通です。)
新日本フィルのリハーサルは10:30~16:00ですが、ブリュッヘンさんはリハーサルが終わると1人でタクシーに乗って銀座や丸の内の店などに食事に行かれているようです。
ミシュラン2008東京も持参されていました。』

…というような内容でした。
その後、第2ヴァイオリンの篠原さんが急きょ指名され、ブリュッヘンさんのリハーサルの印象を語ってくれました。

『ひとことで言うと、“宝の山”のリハーサルです。
ハイドンの時代には、楽譜にはこう書いてあっても、このように弾いた…というようなことを次から次に教わります。
凡庸な指揮者のリハーサルは10分でも長く感じて苦痛なのですが、ブリュッヘンさんのリハーサルは「もう1時間たってしまった、もう1日終わってしまった」と思えるくらい楽しく、朝ホールに来るのが毎回楽しみです。

…というような内容でした。

休憩後はフォルテピアノの渡邊順生さんも加わり、98番の練習。
ブリュッヘンさんに紙を渡されたときは、「よしお、よこはま」としか書かれていなくて、「誰のこと?」という状態だったそうですが、探し当てて出演していただいたそうです。
リハーサルは13:00頃に終了し、ステージマネージャーから楽員には「14:00再開」と告げられましたが、聴衆には「では皆さん、明日15:00にここで会いましょう」と告げられ、公開リハーサルはここまで。
30分位の曲のリハーサルに1時間くらいかかっている計算になるわけですが、聴いている私の方も、「もう1時間たってしまった」「もう終わってしまった」という状態でした。

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2009年2月11日 (水)

ブリュッヘン/新日本フィル(2009/02/11)

2009年2月11日(水・祝)15:00
すみだトリフォニーホール

指揮:フランス・ブリュッヘン
新日本フィルハーモニー交響楽団

(「ロンドン・セット」全曲演奏会 第1回)

ハイドン:交響曲第96番「奇蹟」
ハイドン:交響曲第95番
ハイドン:交響曲第93番
ハイドン:交響曲第93番~第4楽章
(アンコール)

「このまま寝入ってしまったら気持ちいいだろうな」と感じたくらい心地良いサウンドでした。
ブリュッヘンさんが18世紀オーケストラを指揮したCD(4枚組)は何度聴いたかわからないくらいのお気に入りです。
体感的には、どの曲もCDの印象よりゆっくりめに感じましたが、本当にそうかどうかはわかりません。
ただ、CD録音時からはずいぶん経過しているので、多少、風格が出て老巨匠の域に近づいたような印象もありました。
また、古楽オーケストラではない新日本フィルのサウンドも、CDで聴く18世紀オーケストラとはちょっと印象が違います。
前半の96番、95番ともに、第2楽章や第3楽章は、弦を主体に本当にきれいなサウンドでした。
そして、どちらの曲も第4楽章になると、たたみかけるような気合いでクライマックスを築きました。
休憩後の93番はさらに輪をかけて冒頭から気合いの入った演奏。

ハイドンの曲は耳あたりは良いですが、あちこちに「おや?」と思うような仕掛けがしてあります。
新日本フォルのトップ奏者(弦・木管)は、それをさりげなく(実は結構演奏は難しいのでは?)こなしていて、すばらしかったです。

ブリュッヘンさんは93番の演奏が終わった後、1回舞台の袖に引き上げただけですぐにアンコールを開始。
オケのメンバーもちょっと意表をつかれたようで、慌てて楽譜をめくり、出だしはちょっと音が合わなかったのは御愛嬌。
93番の第4楽章をもう一回演奏するというアンコールのスタイルは、私は結構好きです。
中には「同じ曲を2回続けて聴くなんて!」という意見の方もいらっしゃるかもしれませんが、変な曲で前の曲の余韻を消されるよりは、私は好きです。
幸せな気分で会場を後にすることが出来ました。

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2009年2月 8日 (日)

秋山和慶/東響(2009/02/08)

2009年2月8日(日)14:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:秋山和慶
東京交響楽団
(川崎名曲全集 第44回)
ヴァイオリン:ナージャ・サレルノ=ソネンバーグ

ドヴォルザーク:序曲「謝肉祭」
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番
ラフマニノフ:ヴォカリーズ
(アンコール)
ブラームス:交響曲第1番

秋山さんの指揮は結構聴いていますが、卓越した棒さばきから、どうしても“カチッとしたシンフォニックなサウンド”という先入観を持ってしまいます。
しかし、情感を持ち、歌うところは歌う魅力的な音楽であることは、毎回確認済み。
この日の「謝肉祭」も、最初と最後の“鳴らす部分”だけでなく、中間部のゆったりとした部分の雰囲気も印象的でした。

続くヴァイオリン協奏曲では、サレルノ=ソネンバーグさんの情熱的なソロが炸裂。
冒頭のソロから聞こえるか聞こえないかのような小さな音でゆっくりと弾き始め、強弱のアクセントや表情付けを多用した演奏。
こういうスタイルの演奏は、特にライヴで映える演奏だと思います。
オーケストラも、コンマスの高木さんが渾身の力で応じ、丁々発止のやり取りを演じていたように思います。
しかし、決して粗野な演奏ではなく、ギリギリのところで節度を保った魅力的な演奏でした。
秋山さんとオーケストラも一緒に演奏されたアンコールは、曲がヴォカリーズということでしっとりとした演奏でした。

休憩後のブラームスは正攻法。
決して先を急がず、かといって、もたもたせず、重くならず、軽くならず。
描写力が無くて「こういう特徴のある演奏でした」と言えないのですが、全曲を、ひたすら心地良く、充足感を持って聴くことが出来ました。
第3楽章での高木さんのソロが、伸びやかな高音を響かせて魅力的。
高木さんのリードもあったのか、弦楽器は好調でした。
高木さん、コンマス就任当時に比べて余裕が出て来たというか、リーダーシップと存在感を感じる演奏でした。
木管陣もフルートの甲藤さんをはじめ、美しい音色で演奏に華を添えていました。

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2009年2月 7日 (土)

ブリュッヘン/新日本フィル(2009/02/07)

2009年2月7日(土)15:00
すみだトリフォニーホール

指揮:フランス・ブリュッヘン
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第441回定期演奏会)

天使ガブリエル、イヴ :
 マリン・ハルテリウス(ソプラノ)
天使ウリエル:
 ジョン・マーク・エインズリー(テノール)
天使ラファエル、アダム:
 デイヴィッド・ウィルソン=ジョンソン(バス)
合唱:栗友会合唱団
合唱指揮:栗山文昭

ハイドン:オラトリオ「天地創造」

新日本フィルのサウンドは、在京オーケストラでは“ブリュッヘンさんの音”を出すのに一番適しているかも…と思いながら聴いていました。
ステージ左側(下手)に第1ヴァイオリンとヴィオラとコントラバス、右側(上手)に第2ヴァイオリンとチェロという配置でノン・ヴィブラート奏法。
劇的なスタイルと言うよりは、比較的淡々と演奏されたようなスタイルに感じましたが、音楽が味わい深いので、聴いていて心地良い。

私の座った席からだとソリストの声を論じる資格はありませんが、ソプラノのハルテリウスさんが好印象。
客席に向かって語りかけるような表情で、心を込めて歌っていたようです。
コーラスも澄んだ響きのきれいなハーモニーでした。

20090207




第1部と第2部が1時間をこえて続けて演奏され、休憩の後に30分ほどの第3部が演奏されました。
ブリュッヘンさんのこの曲のCDでも、DISC1に第1部と第2部、DISC2に第3部が収録されています。
確かにストーリー的には、こういう切り方が妥当なのかもしれません。
ただ、私個人としては、聴き手としての集中力を維持するのが結構難しかったです。
休憩前の演奏も真ん中辺で「やっぱりちょっと長いな」と感じたり、休憩後が気分が高揚する前に終わってしまった感があったり…。
…という個人的な集中力の問題かもしれませんが、私としては前半(第1部と第2部)の方が、より楽しんで聴けました。

なお、プログラムの冊子とともに歌詞の対訳が配付されましたが、再三の場内アナウンスにもかかわらず、演奏中、ページがかわる箇所で会場中からガサガサガサというページをめくる音が発せられたのはちょっと興ざめでした。

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2009年1月31日 (土)

飯守泰次郎/東京シティ・フィル(2009/1/31)

2009年1月31日(土)18:00
東京芸術劇場大ホール

2009都民芸術フェスティバル
オーケストラ・シリーズNo.40
指揮:飯守泰次郎
東京シティ・フィル

ピアノ:菊地裕介

シベリウス:交響詩「フィンランディア」
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番ニ短調
シベリウス:アンダンテ・フェスティーヴォ
(アンコール)

「フィンランディア」の最初の一音が鳴ったとたん、「あ、飯守さんの音だ」と嬉しくなりました。
重量感のある音ですが、飯守さんがクィッと腰をひねって手を大きく振ると、オーケストラの音にアクセントがつき、爽快。
「ワーグナーの管弦楽名曲集」のようなコンサートの中に一曲紛れ込ませても違和感がないのではないかと思うようなシベリウスでした。

続くラフマニノフの菊地さんのピアノの音は、くっきりとしたサウンド。
弦楽器的な音ではなく、打楽器的な音に近いサウンドに感じましたが、私はこういう指向のピアノ音も結構好きです。
菊地さんのピアノでバルトークとかも聴いてみたくなりました。
バックの飯守さんとシティ・フィルは、基本的にはピアノを盛り立てながらも、ここぞというところでは迫力をもって応じていました。

休憩後のショスタコーヴィチは飯守さんお得意の曲のはず。
CDも2種類出されていますし、そのうちの1枚の関西フィルの東京公演を聴いた人の話しでも「凄かった」とのこと。
事実、期待通り、いや、期待以上の力演でした。
飯守さんの気合いもかなりのものでしたが、その飯守さんの体の動きに奏者が敏感に反応して、オケがうねる、咆哮する。
大音量の部分だけでなく、静かな部分の緊張感も見事。
会場も、大いに沸いていました。

アンコールが不要なくらい感激しましたが、明るくすがすがしい曲が演奏されました。
それまでの3曲とは雰囲気がガラリと変わった印象を受けましたが、これはこれで快演。
定期演奏会並み、あるいはそれ以上の気合いの入ったコンサートでした。

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2009年1月28日 (水)

秋山和慶/東響(2009/1/28)

2009年1月28日(水)19:00
サントリーホール

指揮:秋山和慶
東京交響楽団
(第563回定期演奏会)
ヴァイオリン:渡辺玲子

シューベルト:5つのドイツ舞曲D.90
バーバー:ヴァイオリン協奏曲
デュティユー:交響曲第1番

東響が新国立劇場のピットに入る合間をぬっての定期演奏会。
1月27日と1月29日は「こうもり」を弾いているようです。
さすがはプロですね。
ただ、コンサートの最初の方では「もしかして過密スケジュールの影響?」と感じる部分がないわけではありませんでした。
しかし、演奏が進むにつれて、そのような懸念は払拭されました。

シューベルトはハツラツとしていながら軽くない音がホールに響き渡りました。
私は秋山さんのファンですが、モーツァルトではスダーンさんのようなスタイルで聴きたくなることがあるので「シューベルトではどうだろう?」と一抹の不安もありましたが、大いに楽しめました。

協奏曲は、当初、コリヤ・ブラッハーさんの独奏でシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲が予定されていましたが、急病とのことで、独奏者と曲目が変更になりました。
残念ではありますが、それでも「代演が渡辺玲子さんなら文句は言えないなぁ」と思って会場に向かいました。
日本人ソリストも層が厚いですね。
以前も、読響で代演が川久保賜紀さんで「ラッキー」と思ったことすらあります。

バーバーのヴァイオリン協奏曲は、私にとっては多少違和感を感じる曲です。
悠然たる第1、第2楽章と、猛烈なスピードの第3楽章の差があり過ぎるし、ピアノの音でヴァイオリン・ソナタのような聴感になることもあるし…。
でも、渡辺さんは確信を持って迷いなく弾ききった印象です。
この演奏だったら曲目変更も納得できます。
シェーンベルクだって弾けないことはないでしょうけれど、確信の持てる曲を選んだのでしょう。
貫禄すら感じる、堂々たる演奏でした。

休憩後のデュティユーの交響曲は、面白い曲で素晴らしい演奏でした。
楽章間で帰る人が数人いたり、曲が終わってすぐに席を立つ人も結構いましたが、残った大半の人は熱烈な拍手を贈っていたように思います。
プログラム冊子の解説には「ダンディやルーセルの様式を受け継いでいる」と書いてありましたが、私にはオネゲルを連想させるように感じられる場面もありました。
迫力の大音量と神秘的な静けさの対比を、固唾を飲んで聴き入ってしまいました。

2007年のサイトウキネン・フェスティバル松本でデュティユーさんの新曲の世界初演を聴いて、作曲者御本人の答礼を目にしていたので、「現代音楽」の作曲家の印象がありましたが、この曲が作曲されたのは1951年とのこと。
ショスタコーヴィチの交響曲で言うと、9番と10番の間の年代です。
オーケストラのレパートリーとしてもっと演奏されて良い曲だと思います。

曲のことばかり書いてしまいましたが、秋山さんは、この曲を気力を込めて指揮したと思います。
すばらしい演奏でした。

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2009年1月23日 (金)

上岡敏之/読響(2009/1/23)

2009年1月23日(金)19:00
サントリーホール

指揮:上岡敏之
読売日本交響楽団
(第478回定期演奏会)
ピアノ:フランク・ブラレイ

マーラー:交響曲第10番~アダージョ
モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番
ヨゼフ・シュトラウス:ワルツ「隠された引力
(デュナミーデン)
R.シュトラウス:歌劇「ばらの騎士」組曲

最初に曲目を見たときは「適当に4曲並べただけ」と思いましたが、こうして聴いてみると意外と統一感が取れていた聴感ですし、結構考えられた演目のような気がします。

マーラーはひたすら美しい。
目を閉じて聴いていると、自分が今どこに居るのかわからなくなります。
ふと目を開くと、そこはサントリーホールで、目の前にはオーケストラが居る。
「あれ?私はさっきまでどこに居たのだろう?」と思えてきました。

耽美的なマーラーの後のモーツァルトは「軽やかな曲」と思っていましたが、ここでもマーラーのときの美しさは続きます。
決して重くはありませんが、「あれ?こんな曲だったっけ?」と思えるほど深みのある甘美さ。
それも、第2楽章だけでなく、第1楽章も、第3楽章も、です。
P席で聴いたのでピアノソロはよくわかりませんが、単なる技巧ではない深みを感じました。

後半は凝った選曲。
プログラムの冊子によれば、ヨゼフ・シュトラウスの曲には「ばらの騎士」に引用された旋律が含まれているとのこと。
会場でその解説の文章を読んで初めて、ここにウィンナ・ワルツが入っている意味がわかりました。
ただ、確かにヨゼフ・シュトラウスの曲では、聴いていてそのことに気がつきましたが、共通の素材はあるものの、この2曲は全く別の料理です。

前半とは多少雰囲気が変わって、煽ったり、ためを作ったり、爆発したり、…という場面を含んだ演奏。
多少縦の線がずれたような印象の場面があったような気がしますが、そんなことはどうでも良い。
粗野な爆演にならないスレスレの節度を保った演奏に会場も沸いていました。

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2009年1月17日 (土)

小澤征爾/新日本フィル(2009/01/17)

2009年1月17日(土)19:30
サントリーホール
(大ホール)

指揮:小澤征爾
新日本フィル
(特別演奏会)
オーボエ:フアン=マヌエル・ルンブレラス
ファゴット:河村幹子
ヴァイオリン:豊嶋泰嗣
チェロ:花崎薫

ハイドン:協奏交響曲
ブルックナー:交響曲第1番

昼間の日本フィルの演奏会終了の約3時間半後には、同じ会場で新日本フィルの演奏会がありました。

意外な取り合わせのようですが、小澤さんのハイドン、私は結構好きです。
前回聴いたのは、カザルスホールでの新日本フィルによるハイドン交響曲全曲演奏シリーズのとき。
小澤さんは最後の最後に、104番「ロンドン」1曲だけを指揮しましたが、そのときの音の迫力には魅了されました。
帰宅後に調べてみたら、1991年3月21日のことですから、ずいぶん前のことになります。

この日のハイドンは、いつもの小澤さんのようにきれいに磨かれたサウンドですが、ティンパニを比較的強打させて、アクセントのついた音楽でした。
ソリストでは豊嶋さんのソロが素晴らしい。
きれいな音色を保ったままぐいぐいと演奏を引っ張っていく演奏。
ソリストであると同時にコンマスでもあったようで、他の3人のソリストもリードしていたように見えました。

休憩後は豊嶋さんがコンマスの席に座りましたが、コンマスとして入場してきたときの拍手は、会場からだけでなくオケからも起きました。

小澤さんのブルックナーは、音響的に爽快感を与えてくれる演奏。
特に良かったのは、咆哮するオケの音の迫力がホールに鳴り響いた第3楽章。
他の楽章も含めて、まるでフランス音楽のようなブルックナーで、まるでベルリオーズの曲でも聴いているかのような気分になりました。

なお、この日は、第4楽章の最後の一音が鳴り終わるや間髪を入れずに「ブラボー」と叫んだ方がいて、音楽に浸っていた私は驚きました。
体感的には、最後の一音が鳴っているうちに叫んだ印象。
本当は、残響まで味わいたかったのですけれど。
終演後のロビーでも、その「間髪を入れぬブラボー」の話しをしている人が結構いました。

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ラザレフ/日本フィル(2009/01/17)

2009年1月17日(土)14:00
サントリーホール(大ホール)

指揮:アレクサンドル・ラザレフ
日本フィル
(第607回定期演奏会)
ヴァイオリン:漆原朝子
ヴィオラ:今井信子

<プロコフィエフ交響曲全曲演奏プロジェクトvol.1>
プロコフィエフ:交響曲第1番「古典」
モーツァルト:協奏交響曲
プロコフィエフ:交響曲第7番「青春」(オリジナル版)
プロコフィエフ:交響曲第7番「青春」~第4楽章(改訂版)
(アンコール)

最近の日フィルのアンサンブルについては、いろいろ不評も聞きますが、この日はずいぶん頑張っていたと思います。

私が日フィルの会員だったのはずいぶん前なので最近のことはあまりわかりませんが、当時は素人耳にもわかる出来不出来の差があったように思います。
ハズレのときは「あらら」と家路につくわけですが、アタリのときがめちゃくちゃ面白く、結構楽しんでいました。

この日、古典交響曲が始まった瞬間、ピカピカに磨き上げられた音がホールに広がりました。
サウンドとしては上々。
ラザレフさんの力強い推進力も爽快。
ただ、オケは余裕をもって弾いていたわけではなかったようで、茶目っ気たっぷりの表情付けの部分はいま一歩。
後半の7番も含めて、スローテンポの部分はもう少し酔わせてほしい感じ。
7番の最後の部分の金管の音はちょっと…。
舞台の袖に引き上げるときのラザレフさんの目は笑っていなかったように見えました。

ラザレフさんが日本語でアンコール曲を紹介し(「書かされた」を3回繰り返して笑いを誘っていました)、もう一度演奏した終楽章では、金管の音は、まあまあ改善されました。

モーツァルトの協奏交響曲ではソリスト2人の音がきれい。
でも、オケの方は冒頭を除いて少し控え目だった印象です。

…と、ネガティブなことばかり書いてしまいましたが、プロコフィエフについてはラザレフさんのトレーニングの効果が出ていたようですし、曲の面白さも伝わってきましたので、予定が合えば次回のツィクルスも聴いてみたいと思いました。

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