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2010年7月の7件の記事

2010年7月31日 (土)

アルミンク/新日本フィル(2010/7/31)

2010年7月31日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:クリスティアン・アルミンク
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第465回定期演奏会『肥沃な音楽地帯を探る旅』)
ヴァイオリン:パトリシア・コパチンスカヤ

リゲティ:ヴァイオリン協奏曲(1992)
ホルヘ・サンチェス=チョング:クリン(1996)
(アンコール)
リゲティ:バラードとダンス(1950)(アンコール)
ヴェレッシュ:「哀歌」~バルトークの思い出に(1945)
コダーイ:「ハーリ・ヤーノシュ」組曲

「想定外」の熱狂。
それなりに期待して出かけた演奏会ですが、その私の期待をはるかに上回る素晴らしい熱演でした。

コパチンスカヤさんは、2008年3月の新日本フィルとの共演がかなり好印象でした。
しかし、曲目がリゲティ。
たまたま自宅にあったブーレーズ指揮のCDを聴いてみましたが、響きの面白さは感じるものの、いまひとつとらえどころがわかりません。
とりあえず「珍しい曲を、生で聴く機会」程度の事前の期待でした。

しかし、この演奏の凄かったこと!
コパチンスカヤさんは、ステージ衣装の長いスカートからのぞく足は、なんと素足。
その足を、ときには踏みならし、ときには滑らせ、目は完全に「別の世界に行っちゃった」ような獲物を狙う狂人の眼差し。
まるで道場で、ヴァイオリンを武器にした武術の真剣勝負をしているかのよう。
弓の毛が切れまくるのもおかまいなしにヴァイオリンを引きずり回し、わめかせたかと思うと、すすり泣かせ…。

プレトークではアルミンクさんが「万華鏡のように多様なものが詰め込まれている」「オーケストラの中に異分子(オカリナとリコーダー)を持ち込み、見事に組み込んでいる」と話していました。
確かに最初は、そんな趣きも感じながら聴いていましたが、次第に殺気のような強烈な音の濁流に飲み込まれてしまいました。
もちろん、コパチンスカヤさんのパッションは凄かった。
でも、ちょっと大きめの室内楽くらいの編成の新日本フィルメンバーも、ほとんど「ソロ」状態。
コンサートマスターの西江さんと「にらめっこ」くらいの至近距離で顔を合わせて弾く場面もあり、それこそ真剣勝負。
見事に受け止めていたと思います。

リゲティのような現代音楽(と呼んでいいですよね?)で、会場がこれだけの熱狂になるとは、予想もしませんでした。
音楽おいて「演奏の役割」がいかに大きいか、あらためて実感させてくれる熱演。
確かに、そこで演奏されていたのは、雑音でも騒音でもなく、「音楽」でした。

前日の夜に、新日本フィルのツィッター(newjapanphil)で、
『終演後、西江がひとこと。「明日は(アンコールの共演で)僕も靴を脱いだほうがいいかな・・・」 さあ、どうなる?! 』
と配信された意味がよくわかりませんでしたが、アンコール2曲目のリゲティの二重奏では、西江さんも靴と靴下を脱いで参戦。
引き上げるときは素足のまま舞台から去り、他の団員の方が持って帰るという、会場の笑いを誘う場面多数。

帰宅後に調べたら、アンコール1曲目は、2008年3月のアンコールと同じ曲だったようで、す。
協奏曲中でも少しありましたが、コパチンスカヤさんが声を出して弾きながら歌う(叫ぶ?)場面もありました。

さて、前半で「美女と野獣」ならぬ「美男子と野獣」だ、などと半ば呆れるように見ていましたが、後半では、その美男子までが猛獣になってしまいました。

2010年7月3日の読響の「展覧会の絵」のときも思ったのですが、音楽監督が主催公演を気合いを入れて振れば、気軽な有名曲であっても、その演奏のレベルは「気軽」のレベルではありません。
それにしても、アルミンクさんの指揮がこんなに激しいとは!
「ハーリ・ヤーノシュ」組曲は「にぎやかな楽しい曲」という程度のイメージを持っていましたが、「シェエラザード」とか「英雄の生涯」とかに匹敵するくらいの、壮大なドラマの芸術作品に仕上がりました。

「ハーリ・ヤーノシュ」でツィンバロンを弾いた斉藤浩さんは、プレトークで「スティックの先に巻いてあるもの(綿、ビニールテープ、皮)は、特別なものではなく、全て東急ハンズで買ったものです」と言って笑いを誘っていましたが、プレトーク中でも一曲短いソロの曲を披露して、なかなか普段聴けない楽器の魅力的な音を聴かせていただきました。

プログラムの冊子に寄れば、リゲティの先生はヴェレッシュで、ヴェレッシュの先生はコダーイだとか。
いわば、音楽の系譜をさかのぼってたどったわけですが、前半が複雑きわまりない曲だけど小編成だったのに対して、後半はフル編成のオーケストラで、意外と据わりの良い並び方だったと思いました。

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2010年7月25日 (日)

スダーン/東響(2010/7/25)

2010年7月25日(日)16:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団
(フェスタサマーミューザKAWASAKI2010
オープニングコンサート)
ソプラノ:前川依子
メゾ・ソプラノ:松浦麗
合唱:東響コーラス
語り:檀ふみ

シューベルト:交響曲第7番「未完成」
メンデルスゾーン:「真夏の夜の夢」全曲

昨日モーツァルト・マチネを聴いたミューザ川崎へ、今日も出かけました。
この日は12:00から東京交響楽団ブラスセクションによるオープニング・ファンファーレの演奏があり、12:30から公開リハーサルがありました。
去年までの私だったら、12:00から最後まで聴き通したことでしょう。
しかし、先日、あるコンサートで、ロビー室内楽からハイテンションで聴いた結果、本公演で眠くなるという本末転倒の失態を経験しました。
したがって、この日は、リハーサルは聴かず、本番だけ。
(実は、未練がましく「30分くらい聴いてみようか」と14:00頃にホールに行ったら、ちょうどリハーサルが終わったところでした。)

東京交響楽団は大忙しです。
昨日11:00からモーツァルト・マチネ(スダーンさん)、その後、18:00から東京芸術劇場(大友直人さん)。
今日はサマーミューザのオープニング(スダーンさん)で、一日置いて、火曜日は中国の大連市での海外公演(スダーンさん)。
土曜日には、所沢のミューズでも公演(スダーンさん)があります。

東京芸術劇場のコンサートは行かなかったのでわかりませんが、昨日のモーツァルト・マチネと、今日のサマーミューザ・オープニングでは、主席奏者クラスは結構入れ替わっていました。
全員チェックしたわけではありませんが、ヴィオラの西村眞紀さんは両方出演。
お疲れ様です。

この日の一曲目は、シューベルト・ツィクルスでも演奏した「未完成」
あのときの演奏も良かった!
今日も、あのとき聴いた、メリハリをつけた鋭いアタックを含む演奏は健在でした。
バロック・ティンパニの名手の奥田さんを擁する東響の面目躍如と言ったところです。
この日はクラリネットの主旋律を近藤千花子さんが吹きましたが、これは、定期演奏会などではあまり見ない光景かもしれません。
コンクール入賞歴のある近藤さんは、東響の中では若手の部類だと思いますが、主席でない近藤さんの音色の美しかったこと。
そして、その後を引き継いで吹いたオーボエ主席の荒絵理子さんの、さらに上を行く何とも言えない上品な雰囲気。
木管のハイレベルの競演。
荒さんは、5月のモーツァルト・マチネで協奏曲の独奏を努めましたが、「ああ、東響の音色は、こういう人によって支えられているのだ!」と感激した記憶がよみがえりました。
演奏が終わった後、スダーンさんが、近藤さんと荒さんを立たせて讃えたのは、当然のことでしょう。

休憩後のメンデルスゾーンは、オケ、コーラス、独唱が着席する中、照明が落ちて、いきなり、檀ふみさんが妖精の格好で登場し、語りから始まりました。
(一瞬「榊原郁恵さんのピーターパンみたい」と思ってしまいました。)
その後、スダーンさんが王冠をかぶって登場。
檀ふみさんの語り…と言うより「演技」は変幻自在。
ステージ上、オーケストラの中を行ったり来たり、走り回ったかと思うと、パイプオルガンの前に姿を現したり。
私の席からは、言葉も良く聞き取れ、「声の表情」を堪能することが出来ました。
残響で語りが聞き取りにくい公演もありますが、この日は、PAの調整が、比較的うまくいっていたように感じました。
ただ、音楽にかぶせて語る場面だけは、ちょっと聞き取りにくかったです。

女声合唱は、ほぼ確実に「ハズレのない」東響コーラス。
その合唱と一緒に歌う二人の独唱者は、声を張り上げずに非常に美しい声を保って歌いました。
プログラムの冊子のプロフィールを見ると、期待の新進のよう。
名前を覚えておこうと思いました。

オーケストラの音色に、過密スケジュールの疲れが微妙に感じられたような気もしましたが、決して、文句を言うレベルではありません。
定期演奏会にのせても良いような充実した舞台。
今年の東響定期は、例年のセミステージ・オペラが無くて残念でしたが、それを補ってくれるような公演でした。
この公演が全席完売の聴衆を迎えて行われたのは、誠に喜ばしい限りです。
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2010年7月24日 (土)

スダーン/Tokyo Symphonyモーツァルト・プレーヤーズ(2010/7/24)

2010年7月24日(土)11:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ユベール・スダーン
Tokyo Symphonyモーツァルト・プレーヤーズ

(モーツァルト・マチネ第2回)
ヴァイオリン:鈴木愛理

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」
モーツァルト交響曲第40番
モーツァルト交響曲第40番~第3楽章
(アンコール)

第1ヴァイオリン8人の小編成。
相変わらず、なぜ堂々と東京交響楽団と名乗らないのかは不明ですが、メンバーの面々はいつも定期演奏会で拝見する方々。
ただ、この日は、N響のオーボエの池田昭子さんに似た楽員さんを見かけましたが、気のせいですかね。

それはともかく、いま、音楽監督のスダーンさんと東響の相性はめちゃくちゃ良い状態ですから、良い演奏にならないわけがありません。

ヴァイオリン協奏曲は、出だしはスダーンさんのメリハリのきいたピリオド寄りのモーツァルト。
ただ、独奏はピリオド寄りでないモーツァルトでした。
それでも水と油の気配はみじんもなく、立派な協奏になるのが不思議でした。

交響曲はお約束の「スダーンさんのモーツァルト」
期待していた通りの音楽に安心して身をゆだね、それでいてマンネリでもルーティーンでもなく、魂の入った演奏。
格別、気合いを入れるわけでもなく、力むわけでもなく、自然の呼吸で、極上の御馳走は演奏されました。
交響曲のごく一部で、若干アンサンブルが乱れかけたようにも感じましたが、まあ、そんなことに目くじらを立てるよりも、まずは、この演奏をリラックスして楽しむ方が得でしょう。

終演後、帰宅を急ぐ必要もなく、のんびりとホールを出るのは本当に良い気分です。
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2010年7月23日 (金)

プラッソン/東フィル(2010/07/23)

2010年7月23日(金)19:00
サントリーホール

指揮:ミシェル・プラッソン
東京フィルハーモニー交響楽団

(第789回サントリー定期シリーズ,
東京二期会/東京フィル ベルリオーズ・プロジェクト2010)
メゾ・ソプラノ:加納悦子

ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」
ベルリオーズ:夏の夜
ベルリオーズ:幻想交響曲
ビゼー:「アルルの女」第1組曲~アダージェット
(アンコール)

基本的にスロー・テンポ。
ごく一部分、数カ所、急加速と急ブレーキをかけたような雰囲気もありましたが、オケが完全には追従できず、結果としてなめらかに補完された音楽に。
しかし、この日の東フィルは大健闘だったと思います。
私は、日頃、どちらかと言うと東フィルのアンサンブルには辛口の方ですが、
(事実、一曲目の「ローマの謝肉祭」では、一瞬辛口になりかけましたが)
この日の幻想交響曲の長丁場を、プラッソンさんの巨匠風のスローテンポでダレずに「聴かせる演奏」をしてくれたのには感嘆しました。
特に第1ヴァイオリンを筆頭に弦楽器群は、一種の錯乱状態一歩手前までプラッソンさんの音楽に酔ったような演奏。
ゆっくり目なのに「これでもか、これでもか」と歌われては、聴いている私も、酔わないわけには参りません。
体をよじってオケを引っ張ったコンサートマスターの荒井さんの尽力もあるでしょうし、二期会の「ファウストの劫罰」から続いてきたプラッソンさんとの共同作業が佳境を迎えたというところでしょうか。

プラッソンさんは、指揮をしながら、絶えず、口をすぼめて「ヒューッ、ヒュッ」と息づかいの音を出していました。
顔面の表情が豊かな指揮姿ですが、歌曲の「夏の夜」では、さらに輪をかけて、今にも歌い出しそうなくらいに口をパクパクさせて指揮。
メゾ・ソプラノの加納も指揮されているような状態だったかもしれません。
視覚的には、プラッソンさんのニヤリと笑ったような形相からきれいな女性の声が出ているように見えて、まるで腹話術の人形のようでした。

この日の聴衆は皆音楽に集中していました。
どの曲も、残響が消えるまで拍手は起こらず、ベルリオーズの圧倒的な終結部でさえ、音が鳴り終わり、残響が消えてから拍手が起こりました。
個人的には、さらに1秒くらい後でも良いような気もしました。
「残響が消えるやいなや」の感もあったからです。
でも、フライング気味の拍手よりははるかにましです。
気持ちの良い演奏会でした。
こういう演奏会の終演後のロビーは、みんな表情が明るいですね。

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2010年7月17日 (土)

スダーン/東響(2010/7/17)

2010年7月17日(土)14:00
東京オペラシティ・コンサートホール

指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団

(東京オペラシティシリーズ第56回)

シューベルト:歌劇「アルフォンソとエトレッラ」序曲
ハイドン:交響曲第103番「太鼓連打」
フランク:交響曲

素晴らしかったシューベルト・ツィクルス(2008年度)、もっとたくさん聴きたかったハイドン・ツィクルス(2007年度)。
1曲ずつとは言え、その続きをやるからには、馳せ参じないわけには参りません。

シューベルトの序曲は、おそらく私は聴くのは初めてだと思いますが、鋭いアタックを伴って、ピリオド風に演奏され、わくわくする演奏。
「こういう感じで、第4交響曲とか、第2交響曲とか、聴いたよなぁ」と嬉しくなりました。

続くハイドンは、待望の「太鼓連打」。
以前にも書きましたが、2007年度のハイドン・ツィクルスは、多少、欲求不満のたまるものでした。
スダーンさんの指揮したのは、初期の作品が大半で、いちばん番号の大きな曲が82番「熊」でした。
そのときの「熊」の演奏が目の覚めるような素晴らしさだっただけに、スダーンさんの指揮で後期の交響曲を聴きたくなるのは当然の心理。
2009年には“続編”として、94番「驚愕」と104番「ロンドン」が演奏され、それはそれは素晴らしい演奏で、ますますスダーンさんのハイドンが聴きたくなりました。
この日の「太鼓連打」も、ピリオド風とは言え、奇をてらったようなむやみなデフォルメはいっさいありません。
メロディに合わせて自然と呼吸し、楽想に合わせて鼓動が高鳴り、最後には立派な構築物が出来上がっていました。
モーツァルトの死後に書かれたこの交響曲は、決して、軽い、気軽なだけの音楽ではありません。
取っつきやすい外面と、深遠な芸術性を兼ね備えた、私の大好きな曲です。
スダーンさんは、それを聴く喜びを、最上のテンションで示してくれました。

さて、チケットを購入した時点での私のお目当ては前半の2曲にあったのですが、「ついで」のはずだったフランクが、また素晴らしい演奏でした。
例によって、スダーンさんの身振り、手振り、指先の動き、ときには息づかいにまでオーケストラが敏感に反応し、動作が壮大な音の大河に変換される様は、見ていて目が釘付けになりました。
日曜日の定期演奏会のブルックナーの演奏は聴けませんでしたが、このフランクの演奏は、ブルックナーの演奏に通ずるような印象を持ちました。

素晴らしい交響曲の構築物が2曲。
確かに、このフランクの前に持ってくるには、ハイドンの数多くの交響曲の中でも、103番ほどふさわしい曲は他にない。
演奏が終わってホールを出た後で、そのことに気がつきました。

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2010年7月10日 (土)

広上淳一/日本フィル(2010/7/10)

2010年7月10日(土)14:00
サントリーホール

指揮:広上淳一
日本フィルハーモニー交響楽団
(第622回定期演奏会)
ピアノ:ファジル・サイ

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番
ファジル・サイ:3つのバラードから第1曲
(アンコール)
ファジル・サイ:サマータイム・ファンタジー(アンコール)
スクリャービン:交響曲第2番
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もちろん「広上さんが1年に1回、日フィルに帰ってくる」という期待で、毎年のように、この時期の日フィルのチケットを買っています。
しかし、今年はそれに輪をかけて、ファジル・サイさんが登場するという期待!
「何かが起こるのではないか?」とわくわくする気持ちでした。

サイさん目当てで買ったチケットの期待は満たされました。
リサイタルでの聴衆の興奮はもっと凄いのかもしれませんが、私はとりあえず満足。
正統的なベートーヴェンとはひと味違って、結構快速に飛ばし、ところどころ、ためをつくって、でも、音色が雑にはなっていない。
真骨頂はサイさん自作のカデンツァで、ベートーヴェンの旋律をモチーフにしながら、次第に独自の世界に踏み込んでいき、新しい美しい旋律に到達した後、静かに潮が引くようにまたベートーヴェンの世界に帰ってきて、オーケストラにバトンタッチ。
協奏曲のカデンツァって、ベートーヴェンの意思はともかく、当時は、こういうものだったのでしょう。
再生だけでなく、創造も含まれたベートヴェンは、本当に魅力的でした。

アンコールの2曲は、広上さんも指揮台に腰掛けて鑑賞。
何年も前に、東響定期で弾いたアンコールは、ピアノの中に手を突っ込んで音色を変えて演奏されましたが、今日はそのような芸当はなく、普通に演奏。
もっとも、普通と言ったって、サイさんのソロが退屈な音楽になるわけもなく、感情を込めてテンポと音量を自在に揺らして何ともスリリング。
「ピアノリサイタルは、さぞかし…」と思いながら、でも、アンコールが2曲聴けたことを素直に喜ばせていただきました。

さて、後半のスクリャービンは、チケットを買ったときはどんな曲か知らなくて、自宅のCD棚を探したら、アシュケナージ指揮の全集が出てきたので、急きょ、聴いて予習をしました。
スクリャービンと言うと、「法悦の詩」のような神秘的な印象がまず頭に浮かびますが、この交響曲第2番は、なんともロマンティック。
ラフマニノフのようでもあり、エルガーのようでもあり。
あるいは、終楽章のあまりにも健康的で楽天的な音楽は、マーラーの2番、5番、7番、8番あたりの終楽章のような雰囲気でもあり…。
あまり有名な曲ではないものの、「腐っても鯛」ならぬ「初期の作品でも、さすがは有名作曲家のスクリャービン」。
非常に気に入ってしまいました。

そういうわけで、広上さんの指揮でもあり、大いに期待したのですが、残念ながら、演奏は私の感性と相性が良くありませんでした。
広上さんの音楽って、もっと、弦が艶やかに歌い、木管が躍動感を持って踊り、金管がニュアンスを保ちながら高らかに響く演奏が持ち味だと思っています。
この日の日フィルからは、そのような面があまり感じられませんでした。
う~ん。
個人的に、私は少し疲れ気味だったので、そのように感じたのは私の体調のせいかもしれません。
会場では「ブラボー」と叫んでいた人も居ました。
でも、私には、「とりあえず音にしてみました」に聞こえてしまいました。
あの終楽章が、まるで葬送行進曲を聴いているような気分になってしまいました。
すみません。

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2010年7月 3日 (土)

カンブルラン/読響(2010/7/3)

2010年7月3日(土)14:00
東京芸術劇場大ホール

指揮:シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団

(第124回東京芸術劇場マチネーシリーズ)
ピアノ:ニコライ・デミジェンコ

ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」
オネゲル:夏の牧歌
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲
ショパン:夜想曲第20番(遺作)(アンコール)
スカルラッティ:ソナタ嬰ヘ長調(アンコール)
ムソルグスキー(ラヴェル編曲):組曲「展覧会の絵」
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おそらく曲の順番も綿密に計算されていたのでしょう。
躍動感あふれる、細部まで目の行き届いたベルリーオーズに始まり、しっとりとした雰囲気を漂わせたオネゲルをはさんで、生気あふれるリズミカルな部分と美しさの極みのようなロマンティックな部分が交錯するラプソディ。
前半だけでも、急、緩を織り交ぜた一連の物語のよう。

作曲者と編曲者の名前からは「フランス」と「ロシア」というキーワードがはっきり見えますが、プログラムの冊子によれば、オネゲルとラフマニノフには「スイス」(作曲地)という共通点もあるそうです。

カンブルランさんの指揮は、あるときは上品に、あるときは野蛮にと、変幻自在。
4月の定期演奏会では、あの難解なシェーンベルクのペレアスとメリザンドを、「こんなに面白い曲だったっけ??」というくらいの快演を聴かせてくれましたが、この日もその多彩な演奏スタイルは健在。
最後の「展覧会の絵」は、「ラヴェル編」ではなく、「ムソルグスキー作曲」の方を前面に出した演奏のように聞こえました。

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