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2011年1月 6日 (木)

飯森典親/東響(2011/1/6)

2011年1月6日(木)19:00
サントリーホール

指揮:飯森範親
東京交響楽団
(第585回 定期演奏会)
ピアノ:アリス=紗良・オット

《リスト生誕200年&マーラー没100年》
リスト:ピアノ協奏曲第1番
ショパン:ノクターン第20番
(アンコール)
マーラー:交響曲第1番「巨人」

アリス=紗良・オットさんの協奏曲のCDを「省エネ型の新しいタイプの演奏」と表現した評論家の先生の文章を新聞で読んだ記憶があります。
しかし、ライヴで聴いた印象はだいぶ違いました。

この日は、待ちに待った、初の“生”アリス=紗良・オットさん。
容姿優先のように語られることもありますが、ドイツ・グラモフォンのCDに起用されるだけのことはあって、演奏は高水準だと思っていました。
特に、ショパンのワルツ集のCDが素晴らしい。
今まで何度も来日していることは知っていましたし、その模様がテレビで放映されたのを見ていますが、私にとっては、ようやく巡ってきた機会。

CDでチャーミングに聴こえる音も、鳴らすところは結構豪快。
もちろん弱音部のニュアンスも素晴らしく大胆でいて繊細。
リストのピアノ協奏曲を改めてじっくり聴くと、「レ・プレリュード」を書いた人であり、「ファウスト交響曲」を書いた人であり、「ラ・カンパネラ」を書いた人であることがよくわかります。
その一筋縄にいかない、しかし時間的には短い協奏曲を、多彩な表現力を駆使して、見事に描ききったと思ういました。
アンコールのショパンのニュアンスも絶品でした。

後半のマーラーは、客席は沸いていました。
確かに、エキサイティングな演奏だったのは事実でしょう。
しかし、残念ながら、私の好みのタイプの演奏とは違っていました。
オケは力を振り絞っての熱演に近い力の入れようだったように見えましたが、いつもの東響の艶やかなサウンドは影を潜め、やや荒れ気味。
強引に引きずり回した印象がなくもない。
こんなに「うるさい」東響の音を聴くのは、本当に久しぶりかもしれません。
(ただ、年末の「第九と四季」で、いつもの秋山/東響らしからぬ“ほころび”を感じたのも事実です。)
以前、同じ指揮者とオケの組み合わせで、同じマーラーの7番を聴いたときも全く同じ印象だったので、もはや自分の感性との相性が良くないとしか言いようがありません。
(そういえば、あのときも、リストとマーラーでした。)

飯森さんは、以前、ヤナーチェクやヘンツェのオペラを演奏会形式で振ったときなど、とても好印象でしたし、どちらかと言うと好意的に見ている指揮者なので、なぜマーラーだけは私が受け付けないのか、よくわかりません。
前半のリストの協奏曲での、飯森さんの指揮するオケの演奏には、マーラーで感じたような印象は全く無く、好印象だったので、ますます自分の耳がわかりません。
最後は、私にしては珍しく、拍手を途中で切り上げて会場を後にしました。

ともあれ、念願のアリス=紗良・オットさんの弾く協奏曲とソロが良い演奏で聴けたので、会場に足を運んだ甲斐は十分にあったと思います。

20110106

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