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2011年4月18日 (月)

カンブルラン/読響(2011/4/18)

2011年4月18日(月)19:00
サントリーホール

指揮:シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団
(第503回定期演奏会)
ピアノ:ロジェ・ムラロ

メシアン:「交響的瞑想 - 忘れられた捧げ物 -」
     ~第三部「聖体」
プロコフィエフ:バレエ音楽「ロミオとジュリエット」から抜粋
ラヴェル:ピアノ協奏曲
ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲
メシアン:プレリュード
(アンコール)
ラヴェル:ボレロ

無造作に並べたわけではなく、なかなか洒落た選曲。
この世相の中、わざわざ予定を早めて来日てくれた常任指揮者を、心底、頼もしく思いました。
ボレロまでの道のりは盛りだくさんの内容でしたが、長さを全く感じることなく堪能しました。

演奏会の冒頭に震災の犠牲者のために演奏されたメシアン。
ありきたりでないこういう曲を持って来るあたりが、カンブルランさんのの面目躍如。
拍手なしでいったん舞台から全員が去った後は名曲プログラムですが、常任指揮者が定期で読響を振れば、凡庸な演奏になるわけがありません。
ロメオとジュリエットからして、迫真の快演。
タイボルトの死から、ジュリエットの墓の前のロメオは、悲愴交響曲の第3、第4楽章のようなコントラストでした。

ラヴェルのピアノ協奏曲は、休憩を挟んで両手、左手の順。
この2曲を一晩に聴く機会はさほど多くないかもしれません。
ムラロさんの風貌は、長身の体型も含めて指揮者のカリニャーニさんに似ていなくもない?
自分が弾いていないときは始終オケの方を見て、いかにも一心同体で演奏しているかのよう。
左手のときも、右手はじっとしていなくて、ときどきいまにも弾きだしそうなくらい鍵盤に接近。
会場の熱狂を優しくなだめるように静かに演奏されたアンコールは、カンブルランさんも舞台上で立って一緒に鑑賞していました。

ボレロは香しい芳香に始まり、上質の手触りの布のような極上の響きを経て、最後は凄まじい迫力の咆哮。
ふわっと音が浮かび上がるときのニュアンスが絶品だと思いました。

カンブルランさんは事前のインタビュー(日本経済新聞掲載)でボレロについて、長い反復の後に激変する様子は暗示的…というようなことを語っていたそうですが、なるほど、そういう見方もあるのかと思いました。
これが不変の真理ではないかもしれませんが、少なくとも今の日本にとっては無視できない観念かもしれません。
読響で言えば、3月のエヴァ・メイ・オペラアリアの夕べの幸福に満ちた日のわずか3日後に日本は激変しました。
永遠に続くと思えた、東洋の音楽の都の日常は、一変してしまいました。
来るのが当たり前だと思っていた音楽家の相次ぐキャンセル。
でも、読響常任指揮者は、来てくれました。

この日の読響定期の座席は、かなり埋まっていて喜ばしい限りです。
たぶん本当に残券僅少状態でしょう。
開演前のホールにはキャンセル待ち?の列ができていました。
読響の場合「完売でも行ってみると空席多数」ということが少なからず経験していますが、今シーズンは本当に売れ行きが良いのだろうと想像しました。

ともあれ、音のご馳走をたらふく食べさせてくれて、それでいて、胃もたれも全く感じさせない一流シェフ、カンブルランさんに、心より「ごちそうさまでした」と申し上げたい演奏会でした。

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