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2011年5月の17件の記事

2011年5月31日 (火)

錦織健&東響(2011/5/31)

2011年5月31日(火)19:00
市川市文化会館大ホール

指揮:鈴木織衛
東京交響楽団
テノール:錦織健

ヴァイオリン:大谷康子

モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲
モーツァルト:歌劇「魔笛」~「何という美しい絵姿」
ロッシーニ:歌劇「セビリアの理髪師」序曲
ロッシーニ:歌劇「セビリアの理髪師」~「空はほほえみ」
ドニゼッティ:歌劇「愛の妙薬」~「人知れぬ涙」
マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲
プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」~「誰も寝てはならぬ」
プッチーニ:歌劇「トスカ」~「星は光りぬ」
サルトリ&クアラントット:タイム・トゥ・セイ・グッバイ
モリコーネ(福嶋頼秀編曲):ネッラ・ファンタジア
サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン
クルティス:帰れソレントへ
カプア:オー・ソレ・ミオ
ララ:グラナダ
ザ・グレイト・プリテンダー
(アンコール)
スタンド・バイ・ミー(アンコール)

この日は普段とは雰囲気の異なる演奏会。
「錦織健 & 東京交響楽団」と題されたコンサートです。
指揮者を差し置いて錦織さんの名前が来るあたり「東響は伴奏ですかい?」とつっこみたくなりますが、まあ人気を考えれば仕方ないのかな。

私としては、定期演奏会で聴いているあの東響が、地方巡業でどんな演奏をするのか…という野次馬的な心理も少々。
もっとも、前回、このホールで金聖響さんの指揮で東響を聴いたときは好印象でした。

演奏会冒頭の「フィガロの結婚」序曲は、まだ完全にエンジンはかかっていなかったし、錦織さんの一曲目「何という美しい絵姿」も声慣らし?

しかし、錦織さんが出てくると舞台の空気が変わるあたりはさすが。
そして、マイクを持ってのトークで一気に会場の空気を和らげ、全聴衆の集中力を舞台に向けさせてしまいました。
場が和んだ後の「セビリアの理髪師」序曲はエンジンがかかってきた感じ。
その後は、アリアも間奏曲も、圧倒的な歌唱に、いつもの東響にかなり近いサウンド。
それもそのはず、東響は、いつも見る首席奏者の大半が舞台に乗っていました。
コンサートマスターの大谷さんは、ツィゴイネルワイゼンのソロも務められて、これがソリスト並みに上手いのは想定内。
100%完璧ではなかったかもしれませんが、音楽的に心を揺さぶられるヴァイオリンでした。

指揮の鈴木織衛さんは、経歴を見ると、オペラ畑の職人指揮者のようで、合唱指揮、コレペティなども数多く経験されているとのこと。
錦織健さんの伴奏ピアニストもつとめているようです。

錦織健さんのトークを交えた歌唱は良い意味での、抜群のエンターテイナー。
会場を埋めた聴衆は、都内の会場に集まるコンサート・ゴーアーズとは全然違う方々ばかりでしたが、そんな人々を、クラシック音楽で大興奮に導いた歌唱、演奏はプロの真剣勝負でした。
確かに、つまらなければそっぽを向かれるので、ある意味、サントリーホールで定期会員を相手にするより大変かもしれません。
半ば、値踏みをするような気持ちも半分抱きながら会場に向かったのですが、気がつくと大喜びで拍手をしている自分が居ました。

なお、蛇足ですが、開演前にホールの近くのファミレスで腹ごしらえしていると、東響の楽員さんが何人も…。
それにホールのお客さんも加わって大混雑。
それが、18時45分くらいになると、先ほどまでの混雑がウソのようにガラガラになってしまいました。
少人数で奮闘していた店員さんは、想定外だったかな。

20110531

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2011年5月28日 (土)

金聖響/神奈川フィル(2011/5/28)

2011年5月28日(土)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:金聖響
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

(第272回定期演奏会)

マーラー:交響曲第9番

先月の第7番があれだけの出来だったので、今月もさぞかし…という期待を抱いて出かけた演奏会。
その期待は十分にかなえられた演奏でした。
この経験は神奈川フィルにとって大きな財産となるのではないでしょうか。

金聖響さんのマーラーは、のたうちまわるようなマーラーではなく、純粋にサウンドとして構築したようなマーラー。
そういう意味では少し冷んやりとした感触はありますが、無機質的ではなく、旋律がよく歌い、よく流れる。
その上で各パートがくっきりと浮かび上がる。
指揮者の気配り、目配り、手配りが、すみずみまで行き届いていたのがP席から見ていてよくわかりました。
単なる一般聴衆の私ですら、指揮者を見ていると、今どこが聴きどころなのかが克明にわかる。
そのような明解な棒のもと、各奏者は縮こまらずに積極的な演奏。

私は神奈川フィルを頻繁に聴いて来たわけではなく、先月の第7番の前は、シュナイトさんの音楽監督退任の頃
したがって断定することは出来ませんが、かつての、恐る恐る音を出すような場面も散見された神奈川フィルは、今や、少なくともマーラーにおいては、積極果敢に音を鳴らすオケに変貌した印象です。

なお「譜面上にライトがあるなぁ…」と思っていたら、第4楽章の最後は舞台の照明を落としての、まさに視覚的にも消え入るようなパフォーマンス。
永遠に続くかのような長い静寂の後、舞台が明るくなったところで、ようやく拍手、そして大歓声。
マーラーの大曲を聴いたのに、清涼感を覚えるような、後味の良い演奏会でした。
20110528

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2011年5月23日 (月)

ヴロンスキー/読響(2011/5/23)

2011年5月23日(月)19:00
サントリーホール

指揮:ペトル・ヴロンスキー
読売日本交響楽団

(第504回定期演奏会)
ピアノ:清水和音

モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番
《マーラー・イヤー・プログラム》
マーラー:交響曲第5番

これがあの、ドヴォルザークを折り目正しく振った指揮者でしょうか?
先日のドヴォルザークも、前半のモーツァルトも、指揮棒をえぐることなく、上品に振っていた指揮者が、後半のマーラーになったとたん、よそ行きの姿をかなぐり捨てました。
腕は振り回すわ、こぶしを振り上げてえぐるわ、体をよじってぶちかますわ…。
同一人物とは思えないほどの変貌ぶり、暴れっぷり。
音楽の表情自体は、のたうちまわるようなマーラーです。
しかし、粗雑にならずに上質な手触りのしなやかなサウンドが保たれていたから驚きです。
前半のモーツァルトは、いや後半のマーラーも、例えが適切かどうかわかりませんが、ふわっと立ち上がる音に、CDで聴くクーベリック/バイエルン放送響のヘラクレスザールでの録音を想起しました。
マーラーで指揮者がこれだけ暴れまくっているのに、乱れずに「良い時の」読響サウンドを鳴らしまくったオケのアンサンブルはスゴイ。
それは、生演奏ですからいろいろあります。
でも、舞台上の「出来事」の全てが音楽の一部に感じられるから不思議。
先日の横浜みなとみらいホールに続いてP席から見ていて思ったのは、この指揮者は、実はドヴォルザークなんかより、はるかにマーラーの方が好き…マーラー大好き指揮者なのではないか…ということです。
それくらい、心おきなく踊りまくっていたように見えました。

キャンセルした指揮者の代役の指揮者ヴロンスキーさん、読響の選択は、結果的に大成功だったと思えます。
もし、これがきっかけとなって「次回」があるのなら、ドヴォルザークなんぞは下野さんに任せて、思う存分マーラーを振って欲しいと思いました。

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2011年5月22日 (日)

大井剛史/ニューフィル千葉(2011/5/22)

2011年5月22日(日)14:00
習志野文化ホール

指揮:大井剛史
ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉

(第89回定期演奏会
~風薫る五月 微笑みのアラカルト~)
フルート:高木綾子

ロッシーニ:歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
イベール:フルート協奏曲
コープランド:静かな都市
ショスタコーヴィチ:交響曲第9番

このオーケストラにしては意欲的なプログラミング。
ニューフィル千葉の演奏会はこれまで、有名曲プロが多かったと思いますが「これなら聴きに行ってみようか」という気になりました。

このオーケストラ、主催公演は例年、5月と11月の定期演奏会と、1月のニューイヤーコンサートの3公演。
よって千葉県民でオケ好きの私ですら、あまり聴く機会がありません。
前回聴いたのは、2007年5月の演奏会でした。

ホームページに掲載されている正団員の数は20名未満。
したがって、今日、舞台に乗っていた奏者の多くは、エキストラと推測されます。
今日のメンバーでどの程度演奏しているのか部外者の私にはわかりません。
でも、アンサンブル自体は、プロ集団のレベルには達していたと思います。
傷がなかったわけではありませんが、十分に楽しめる演奏になっていました。
ただ、それがこのオケ本来の音なのか、大半をしめるエキストラによる音なのか…。
4年に1回の聴衆の私にはわかりません。

高木綾子のイベールの協奏曲は、多少演歌調…と言ったら言い過ぎかもしれませんが、洗練さよりは力強い音を指向した演奏でしょうか。

コープランドでは、正団員2人がソリスト。
トランペットの松居洋輔さんが舞台奥、オーボエ(コールアングレ)の姫野徹さんが指揮者の横。
オーケストラを挟んでの音のやりとりは面白いものがありました。

ショスタコーヴィッチは9番にしては重量級のサウンド。
この作曲家特有の皮肉っぽいサウンドなども、十分にひねって演奏。
なかなかの好演でした。
常任指揮者の立場にある大井剛史さんの指揮も、ときに優しく、ときに鋭く、ツボを刺激する的確なものでした。

ただ、事務局は、せめて「ぶらあぼ」誌と「音楽の友」誌くらいには、情報提供した方が良いと思いました。
私が知ったのは県内の公立ホールに置かれたチラシから。
本当に、単なる偶然です。

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2011年5月21日 (土)

アルミンク/新日本フィル(2011/5/21)

2011年5月21日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:クリスティアン・アルミンク
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第476回定期演奏会)
ヴァイオリン:アリッサ・マルグリス
チェロ:タチアナ・ヴァシリエヴァ

ドヴォルジャーク:交響的変奏曲
ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲
マルティヌー:交響曲第3番

ドヴォルザークでも、そして特にマルティヌーで感じたことですが、アルミンクさんの音づくりは、民族性やら時代背景やらにとらわれず、あくまでも純器楽としてのサウンドを志向していたように感じられました。
ただ、溶け合った音を目指していたのかどうかはわかりませんが、分解能は高くない感じ。
強奏でだんご状態…と言ったら言い過ぎかもしれませんが、細部への目配りはもう少しあった方が良かったかな…という印象もありました。

この日は、コンサートマスターがTwitterで指揮者に対する不満のようなものをつぶやいていたのを開演前に読んでしまい、正直、素直に楽しめなかったのは事実です。
そういう私の先入観せいだと思いたいですが、音楽監督とオケのメンバーの間に、隙間風のようなものを感じたのは考え過ぎでしょうか?
カーテンコールで、指揮者を讃えて楽員が起立せず、アルミンクさんだけ答礼したときも、かなりの数の楽員さん(特に後方の管楽器の方)が拍手をしていませんでした。
私は(会場でCDを買ったときにもらった)アルミンクさんのサイン・チケットを持っていたのですが、今日はそういうことがあってどうしてもサインの列に並ぶ気になれず、そそくさと錦糸町から離脱しました。
これが単なる杞憂であることを祈りたいです。

なお、ブラームスの二重協奏曲は、眠気との戦いになってしまいましたのでノーコメント。
どうも最近、この曲を聴くと睡魔におそわれるようで、5月4日のLFJに続いて、今日も強い眠気を感じながらの鑑賞でした。
しかも、チェリストがLFJのときと同じ…というオマケ付きです。

20110521

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2011年5月18日 (水)

インバル/都響(2011/5/18)

2011年5月18日(水)19:00
東京文化会館

指揮:エリアフ・インバル
東京都交響楽団

(第717回定期演奏会Aシリーズ)
ヴァイオリン:ブラッハ・マルキン

プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番
ブルックナー:交響曲第2番
(ノヴァーク第2稿・1877年版)

版のことはよくわかりませんが、版のことなどどうでも良くなる気合いの白熱。
特に第3楽章の終盤や第4楽章の煽りっぷりはブルックナーとは思えないほど。
最後の音が鳴り終わった後、適度な間合いを置いてのブラボーの嵐も凄かったです。
私は、東京文化会館で上層の階の席のときは、最後まで残って拍手をしないこともあるのですが、こんな演奏を聴かされたら、最後まで残って拍手をせざるを得ません!

あの残響の少ないデッドな東京文化会館で「やっぱりサントリーの残響の中で聴きたいなぁ…」と思わずに最後まで聴けたのは、私にとっては凄いことです。
分解能の高い、クリアなサウンドのブルックナーは、音の要素の不足など皆無に聞えました。
マイクが多かったようですが、CDとして発売されるのでしょうか?
だとしたら、発売が待ち遠しい限りです。

前半のプロコフィエフの協奏曲におけるマルキンさんは、細部まで神経の行き届いたコントロールされた美しい音。
それでいて小さく縮こまらず伸びやかに楽器を歌わせていて、本当に耳に心地良い、魅惑的な演奏でした。
東京文化会館のデッドな音響(しつこい?)でも、むしろクリアな分解能を味方につけたかもしれません。

この演奏会、こうして並べて聴いてみると、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲は、ブルックナーの交響曲の前に聴くのにふさわしい雰囲気を持っているように感じてきました。
意識してかどうかはわかりませんが、両方とも番号は第2番。
プログラミングの妙味かもしれません。

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2011年5月15日 (日)

ヴロンスキー/読響(2011/5/15)

2011年5月15日(日)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:ペトル・ヴロンスキー
読売日本交響楽団

(第48回みなとみらいホリデー名曲シリーズ)
ヴァイオリン:アラベラ・美歩・シュタインバッハー

《オール・ドヴォルザーク・プログラム》
ドヴォルザーク:序曲「謝肉祭」
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲
ドヴォルザーク:交響曲第8番

指揮が当初予定のズデニェク・マーツァルさんから変更になった公演です。
ヴロンスキーさんは、協奏曲も含めて3曲とも暗譜で指揮されました。

ヴロンスキーさんの作る音の印象は、ひとことでいうと「しなやか」でしょうか。
そういう意味ではチェコの指揮者に多い共通項のようなものが確かにあるような気がします。
交響曲の第2、第3楽章の歌わせ方など、甘美で美しい限り。
ただ、所々で、特に序曲では強奏させた箇所が、まるでショスタコーヴィチみたいに(旧ソビエトのオケの録音のように、と言った方が良いかもしれません)感じる場面もありました。

アラベラ・美歩・シュタインバッハーさんは、事前の文字情報(リサイタルの評)で「最初は理知的、後半で爆発」とかいうのを読んでいたのですが、今日のドヴォルザークの協奏曲では、私の印象は、終始一貫「コントロールされた美音」に感じました。

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2011年5月14日 (土)

スダーン/東響(2011/5/14)

2011年5月14日(土)18:00
サントリーホール

指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団

(第589回 定期演奏会)
ヴァイオリン:クリスティアン・テツラフ
ピアノ:児玉桃

シェーンベルク:室内交響曲第2番
メンデルスゾーン:ヴァイオリンとピアノのための協奏曲
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

プロというものは、頑張っている姿を見せるのではなく、お金を払って聴きに来ている聴衆に、名人芸を披露するもの。
この命題が正しいとするならば、今宵のステージ上の音楽家は皆、プロ中のプロだと言えると思いました。
いやはや、手に汗を握るスリリングな演奏とは、こういう演奏のことを言うのでしょう。
先月も思ったことですが、今シーズンの東響定期は、シェーンベルクと有名曲のカップリングで、一見、折衷案のようですが、聴いてみると、これが予想外に耳に心地良い。
いわば、前半の好奇心、後半の安心感。
今月はさらに、あまり演奏されないメンデルスゾーンの若書きの協奏曲が、それも弦楽合奏ではなく管弦楽版で演奏されるというオマケ(目玉?)付き。
さらには、来日を中止したピアニストの代役が児玉桃さんに決まるという、私にとっては嬉しいサプライズ。

もちろん、そういった多くの嬉しい要素以前に、音楽監督のスダーンさんが帰って来たことが一番の喜びです。
エロイカは3月の定期でコバケン指揮の粘り気のある(?)演奏を聴いたばかりですが、想定通り、全く次元の異なる…と言っても良いようなスピード感のある演奏。
そのスダーンさんのの速いフレージングを、特に木管陣が一糸乱れず、しかも無理している素振りなど一切なく、絶妙のアンサンブルで演奏していたのは本当に聞きほれました。
このような、曲芸と紙一重の名人芸を、あの大集団でやられたら驚異以外の何ものでもありません。

それは、前半のメンデルスゾーンでも同様でした。
テツラフさんの気迫みなぎる超熱演。
児玉さんの高音域の透き通るようなきれいな粒立ち。
そして、あのシューベルト・ツィクルスを思い出させるようなスダーンさんの指揮するオーケストラ。

本当に聴きどころ満載でした。
シェフのオススメのフルコース、満腹で苦しいくらい御馳走を食べたはずですが、終演後は清涼感でいっぱいでした。

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2011年5月12日 (木)

飯守泰次郎/東フィル(2011/5/12)

2011年5月12日(木)19:00
東京オペラシティ・コンサートホール

指揮:飯守 泰次郎
東京フィルハーモニー交響楽団

(第62回東京オペラシティ定期シリーズ)
チェロ:長谷川 陽子

ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
        第1幕への前奏曲
矢代秋雄:チェロ協奏曲
ドヴォルザーク:交響曲第8番

私はふだん東フィルの爆演には辛口な方なのですが、今日は飯守さん自身が煽る、煽る、煽る、快感!
飯守さんのズシンと重いサウンドは、ドヴォルザークをブラームスのように、ときにはワーグナーのようにすら感じさせてくれました。

冒頭の前奏曲はもう、飯守さんお得意のレパートリーですから、音が鳴り始めた瞬間、ああ、飯守さんのワーグナーに「帰って来た」という感覚になります。
その感覚が、日本人作曲家の曲も、ドヴォルザークでも、持続しました。
飯守さんは、左手の骨折も治ったようで、身のこなし、腰のひねりなども元に戻り、さえていました。
飯守さんが身をひるがえして、わわわっと煽るとオケの音が炸裂する。
爽快以外の何物でもありません。

この日のもう一つの収穫は、長谷川陽子さん独奏の矢代秋雄のチェロ協奏曲。
1960年頃の曲で、朗々と鳴るチェロは耳に心地良く、多用されるピツィカートは琵琶か何かの邦楽器のよう。
重低音のオーケストラは「もしもカンブルランがこの曲を振ったら全然違う音になるだろうな」などと邪念を抱きながら聴いていました。
日本人作曲家の作品なのに、長谷川さんがコンサートマスターの荒井さんを促してオケが引き上げ始めるまで拍手が続きました。
これだけ聴衆にウケたのは、意外と耳あたりの良い曲だったこともあると思いますが、長谷川さんの熱演、曲に対する思い入れによるところも大だと思います。

なお、この日の曲目のドヴォルザークの交響曲は、飯守さんが常任を務める東京シティ・フィルの4月28日の定期(阪哲朗指揮)の曲目と一曲同じ。
いろいろ事情はあるとは思いますが、ひと工夫欲しい気がしないでもありません。
もっとも、クラシック音楽の演奏会の不思議なことですが、同じ曲目が、なぜか複数のオーケストラで同じ時期に取り上げられること、結構多いような気もします。

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2011年5月11日 (水)

インバル/都響(2011/5/11)

2011年5月11日(水)19:00開演
サントリーホール

指揮:エリアフ・インバル
東京都交響楽団

(第716回定期演奏会Bシリーズ)

シューベルト:交響曲第5番
R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

(ヴァイオリン独奏:矢部達哉)

もしかしたら、このコンビの演奏は、本来、もっと凄いものかもしれません。
そういう印象を持ちながらも、十二分に凄い演奏でした。
比較して論評することはいささか品が悪いかもしれませんが、昨日聴いた若くて勢いのあるオーケストラとは格の違いを見せつけてくれました。
風格すら感じました。
まだまだ日本は負けないぞ(?)
やっぱり東京にはこのコンビの演奏会が必要なのです。
3月の東京は本来の東京ではなかったのです。
当たり前のことですけど。

全盛期(と言っても去年の11月まで)に比べると、ごく微量ながらアンサンブルに荒らさがあったかもしれません。
以前のこのコンビだと、全員が渾身の力を込めて演奏しているのに、出て来る音は、ふわり…と言ったら言い過ぎかもしれませんが、磨きぬかれたニュアンス豊かな、それでいて力強い音が出て来るのが不思議でした。
目の前で動いている映像と、耳に入ってくる音響のギャップ。
その記憶に比べると、今日の「英雄の生涯」は、熱演が音として直接伝わってきた印象でした。
しかし、それでも、この黄金コンビであるからして、ホールの空間に響き渡る、スケール感のある雄大な絵巻物を繰り広げていたと思いました。

コンサートマスターは矢部さんと四方さんが並んで座りました。
矢部さんのソロも見事。
こういうソロを弾けるコンサートマスターが日本に居ることは誇らしい。
インバルさんも、矢部さんが弾いているときは、もう完全に任せてました。

前半のシューベルトは(インバルさんですから)ピリオド風ではない昔ながらのシューベルト。
それでも終楽章の力強さは印象的でした。

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2011年5月10日 (火)

チョン・ミョンフン/ソウル・フィル(2011/5/10)

2011年5月10日(火)19:00
サントリーホール

指揮:チョン・ミョンフン
ソウル・フィルハーモニー管弦楽団

ヴァイオリン:庄司紗矢香

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
チャイコフスキー:交響曲第6番 「悲愴」
チャイコフスキー:交響曲第4番~第4楽章
(アンコール)

ソウル・フィルの印象は、若いオケ、ストレート…といったことろでしょうか。
野球のルーキーの投手が、直球とカーブだけで次々と三振をとっていくような…。
それはそれで、気持ちの良いことは確かですが、もう少し味わい深いサウンドも欲しい…というのは「求める相手が違う」のかもしれません。
木管のソロの積極的に歌うような演奏は好感でした。

演奏会の冒頭、オケのチューニングが終わった後、チョンさんが通訳を伴って登場し、英語でスピーチ。
東日本大震災のとき、チェコ・フィルとのツアーで日本にいたこと。
ツアーは途中で中止になり、ソリストの庄司紗矢香さんとの共演ができなかったこと。
そのために、この演奏会のソリストとして迎えたかったこと。
などなど。
そのままチョンさんは舞台上に残り、庄司さんを迎えました。

スピーチでも紹介されたように、N響の木越さんがチェロのトップに座っており、東フィルのメンバーも参加していたとのことです。

曲目変更になってからチケットを買った私のお目当ては庄司紗矢香さんのチャイコフスキー協奏曲。
本当は3月の都響とのバルトークを聴きたかったわけですが(しつこい?)、こうなったら半分意地で、LFJ3日連続に引き続いて拝聴しました。
曲目変更発表直後は最安席が買えました。
しかし、当日には全席完売になっていました。

庄司さんの演奏は、全てがパーフェクトではなかったかもしれませんが、少なくとも、第2、第3楽章の美音と技巧の連続は十分に満喫させていただきました。

後半の「悲愴」交響曲の印象は最初に書いたとおりですが、アンコールに第4交響曲の第4楽章が演奏されてちょっとびっくり。
曲の性格とオケの性格がマッチしたのか、直球勝負での炸裂の連続を、楽しく聴くことが出来ました。

会場は起立しての拍手が大人数。
チャイコフスキーの協奏曲の第1楽章の後や、「悲愴」交響曲の第3楽章の後に拍手が起きたりしてちょっと違う雰囲気。
でも、演奏中のお客さんのマナーが悪いわけではなく、十分に静かだし、「悲愴」交響曲の最後も、チョンさんが体の力を抜くまで、静寂は保たれて気持ちよく聴けました。

一応、お約束の(?)いったんオケが引き上げた後、再び指揮者とオケが舞台上に戻り、カーテンコールがありました。

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2011年5月 8日 (日)

スダーン/東響(2011/5/8)

2011年5月8日(日)11:00
洗足学園音楽大学 前田ホール

指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団

(モーツァルト・マチネ第5回)
ソプラノ:三宅理恵
アルト:中島郁子
テノール:経種廉彦
バス:久保和範
合唱:東響コーラス

モーツァルト:レクイエム

ミューザ川崎シンフォニーホールが震災で損傷したために、代替会場で開催されることになった演奏会。
全席指定から、全席自由に変更されました。
当初に指定券を購入した人は「優先エリア」なるものが設定されるそうですが、それでも自由席には変わりがありません。
自由席は好きでないので、何度も、何度も、何度も、払い戻ししようと思しました。
でも、やっぱりスダーンさんのモーツァルトの魅力には勝てません。
結局、一度は払い戻しのための郵送用封筒に入れたチケットを祭開封してのホールへ。

レクイエムは3月定期で小林研一郎さんの指揮でも途中まで演奏した曲目ですが、今回は全曲です。

会場に着いたのは開演40分前くらいでしたが、すでにロビーまで開場。
ロビー内にはすでに長い列。
係員の方が「優先エリアに入るお客様は、客席内で再度チケットを御提示下さい」と言っていましたが、実際には人数が多くて確認は機能していませんでした。
席の選択に優柔不断の御婦人方をよけながら、私好みの席へ。
「優先エリア」は、いわゆるS席っぽいエリアです。
そういう席が好きな方が多数派だとは思います。
でも、私の好みの席は、一部のホールを除いて、1階中央ではありません。
とりあえず自分好みの納得の場所に座れたのでホッと一息。
席についたのが開演30分前でした。

ステージの奥の方にオケと合唱が配置されていたので、最前列でも指揮台まで3~5メートルくらいの距離があります。
オケは対向配置ではなく、4台のコントラバスは右側に配置。
左奥にバロックティンパニ。
合唱は東響コーラスには珍しく3列だけの少人数で、おそらく40人前後でしょうか。

演奏は予想通りのメリハリをつけた、ややスリムなモーツァルト。
しかし急いでいる印象は皆無で、時節柄、深い祈りの感情を呼び覚まさせるような感銘の極み。
ときおりみせるするどい音のアタックは凄まじいですが、熱演というよりは、自然の猛威への畏れの感も。

スダーンさんは、演奏前のお辞儀をするときも、終演後に客席を振り返ったときも、笑顔は全くなく、目は深い悲しみに満ちた視線。
カーテンコールを繰り返すうちにようやく表情がほぐれた感じ。
この曲目は震災前から決まっていたものですが、3月の来日をキャンセルせざるを得ない状況に追い込まれた体験から、やはり特別な感情はあったかもしれません。

私自身、モーツァルトのレクイエムを、こんなに深い感銘をもって聴いたのは、もしかしたら初めてかもしれません。
私はキリスト教徒ではありませんので、神の前に…という言葉が不適切であれば、大自然の前に無力な人間の、ただひたすら祈るだけの存在としてこの空間に居る、ある種の恍惚感のような不思議な感覚で聴いていました。

会場も、曲間での咳ばらいもあまりなく、演奏が終わってもしばしの静寂。
指揮者が手を下ろす前に拍手を始めた方が居たのは少し残念でしたが、それでも目くじらを立てるほどのフライングではありません。

東響コーラスが暗譜で素晴らしい歌唱を聴かせてくれたのはいつものことなので想定内ですが、40人くらいの少人数はあまり聴いたことがないかもしれません。
分厚い東響コーラスも魅力的ですが、少数精鋭のスリムな響きの東響コーラスも、また違った魅力でした。
会場からは、いつものように、合唱の皆さんが退場を始めると拍手。
最後の方が舞台の袖に消えるまで拍手は続きました。

独唱では、ソプラノの三宅理恵さんの澄んだ伸びのある歌声が特にきれい。
メゾソプラノも中島郁子さんも豊かな声量で素晴らしい。
このお二人には、今後、注目していきたいと思いました。

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2011年5月 5日 (木)

庄司紗矢香(Vn)(2011/5/5)

2011年5月5日(木・祝)10:00
東京国際フォーラム・ホールD7

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』音楽祭2011
公演番号:D-35a
ヴァイオリン:庄司紗矢香
ピアノ:シャニ・ディリュカ


ブラームス:私の眠りはますます浅くなり
  (低音のための5つのリート作品105より第2番)
  (ヴァイオリン・ピアノ版)
ブラームス:ご機嫌いかが、私の女王様
  (プラーテンとダウマーによるリートと歌作品32
  より第9番)(ヴァイオリン・ピアノ版)
ブラームス:おとめの歌(5つのリート作品107より第5番)
  (ヴァイオリン・ピアノ版)
ブラームス:野の寂しさ(低音のための6つのリート
  作品86より第2番)(ヴァイオリン・ピアノ版)
ブラームス:ジプシーの歌作品103より第1番
  (ヴァイオリン・ピアノ版)
レーガー:ロマンス作品87-2
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」

2日前によみうりホールで聴いた公演と同じ曲目ですが、この日は221席と小さいホールD7で鑑賞することが出来ました。
よみうりホールの音響も、心配したほど悪くはありませんでしたが、やはり小ホールで聴くデュオは格別です。
ピアノの音も硬くないし、直接音主体のヴァイオリンの音も、これくらいの距離、これくらいの空間なら非常に心地良いです。

庄司さんの調子は(ホール違いによる私の錯覚かもしれませんが)今日の方がリラックスして弾いていたように感じました。
一昨日同様、淡々と弾いているような前半のブラームスの歌曲の編曲ものから、ソナタになるとヴァイオリンの音に乗る気合いがまるで違う。
もっともそれは、曲自体の性格の違いによるところが大きいでしょう。

ともあれ、これで私のLFJはこれでおしまい。
1日目に山田和樹/横浜シンフォニエッタデュメイ(Vn)&児玉桃(P)庄司紗矢香(Vn)&ディリュカ(P)
2日目にリス/ウラル・フィル&庄司紗矢香(Vn)&ヴァシリエヴァ(Vc)
3日目に再度、庄司紗矢香(Vn)&ディリュカ(P)。
マニアの方から見ればミーハーな選択だったかもしれません。
庄司さんがバルトークの2番の協奏曲を弾くはずだった3月の都響定期が中止になったのが残念で、むきになって庄司さんの公演を聴きまくった感もありますが、楽しませていただきました。

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2011年5月 4日 (水)

リス/ウラル・フィル(2011/5/4)

2011年5月4日(水・祝)13:30
東京国際フォーラム・ホールC

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』音楽祭2011
公演番号:C-24c
指揮:ドミトリー・リス
ウラル・フィルハーモニー管弦楽団

ヴァイオリン:庄司紗矢香
チェロ:タチアナ・ヴァシリエヴァ

マーラー:交響曲第5番~第4楽章
ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲

LFJ2日目。
この日の鑑賞予定はこの公演だけです。

私は個人的な体調の問題(疲労?)で、眠気を感じながら聴いていたのであまり語る資格はありません。
しかし、少し眠気が飛んで聴くことができた第3楽章の印象では、庄司さんの音は昨日のよみうりホールのときよりも艶やかに感じました。
ホールの音響のせいか、前日より調子が良かったのかはわかりません。

ウラル・フィルについては、昨日の一部公演で不調の噂も聞きました。
でも、冒頭のマーラー第5番のアダージョ(このときは、まださほど眠くなかったのです)での豊潤なハーモニーは十分に魅惑的でしたし、二重協奏曲での演奏も荒くならずに躍動感を表現していたと思います。
(少なくとも私の意識のしっかりしていた時間帯は)なかなか良かったと思いました。

リスさんは、2年くらい前に都響定期を振ったことがあると記憶しています。
あのときの印象も私には好感でした。
それを思い起こすと…。
この日のウラル・フィルの演奏に不満があったわけではありませんし、せっかく来日してくれたのに申し訳ないようですが、(それに、どちらが安上がりなのか私は知りませんが)日本のオケだけでも十分まかなえるのに…と思わないでもありませんでした。

なお、演奏は良かったと思いますが、今回も会場客席は「3才以上入場可」状態だったのは残念でした。

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2011年5月 3日 (火)

庄司紗矢香(Vn)(2011/5/3)

2011年5月3日(火・祝)19:00
よみうりホール

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』音楽祭2011
公演番号:Y-18d
ヴァイオリン:庄司紗矢香
ピアノ:シャニ・ディリュカ

ブラームス:私の眠りはますます浅くなり
  (低音のための5つのリート作品105より第2番)
  (ヴァイオリン・ピアノ版)
ブラームス:ご機嫌いかが、私の女王様
  (プラーテンとダウマーによるリートと歌作品32
  より第9番)
(ヴァイオリン・ピアノ版)
ブラームス:おとめの歌(5つのリート作品107より第5番)
  (ヴァイオリン・ピアノ版)
ブラームス:野の寂しさ(低音のための6つのリート
  作品86より第2番)(ヴァイオリン・ピアノ版)
ブラームス:ジプシーの歌作品103より第1番
  (ヴァイオリン・ピアノ版)
レーガー:ロマンス作品87-2
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」

デュメイさんを鑑賞した後は、会場で友人に会い、いったん外に出てお茶した後、再びビックカメラ店内からよみうりホールへ。

庄司紗矢香さんが昔から内省的な演奏をしていたのか、それとも、昔は若き技巧派だったのが年輪を重ねて深みを増したのか、私はそれほど多く聴いてはいないので存じ上げません。
でも、11月に聴いたカシオーリさんとのデュオでも(枯淡の境地と言ったら言い過ぎかもしれませんが)切々と鳴らす音が印象的でした。
このような内省的な印象の演奏は、特に前半で禁欲的にすら感じられました。
歌曲を編曲した曲だと思いますが、歌っていると言うよりは、一歩一歩、音を積み上げている感もありました。
ブラームスのソナタでも派手な印象はありませんでしたが、さすがにこの曲になると、効果を狙わずとも音楽が自然に歌い出す感じです。

この公演、私が庄司紗矢香さん目当てでチケットを買ったことは事実ですが、共演のシャニ・ディリュカさん(女性です)も、実に味わい深いピアノを聴かせてくれました。
「スリランカをルーツに持つ」とキャッチコピーがありましたが、同じアジア系の2人は、呼吸の仕方が合っていたと言って良いほど、合わせようとしなくても自然と合っていた印象でした。

追記:
山田和樹さんの公演では「3才以上入場可」状態だった会場も、この公演では全くそのようなことはありませんでした。
ブラームスの歌曲の編曲も、一曲ごとの拍手はなく、よくマナーをわきまえた方々が会場を埋めていたようでした。
でも、ブラームスのソナタの第1楽章が終わったところで大拍手。
わかっていて、素晴らしい演奏に思わず拍手…でしょうか?
(私もつられて拍手してしまいました。)

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オーギュスタン・デュメイ(Vn)(2011/5/3)

2011年5月3日(火・祝)16:00
よみうりホール

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』音楽祭2011
公演番号:Y-18c
ヴァイオリン:オーギュスタン・デュメイ
ピアノ:児玉桃

ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番

この日は余裕の時間割でしたので、山田和樹さんを聴いた後は足裏マッサージへ。^^;
リフレッシュして戻り、ビックカメラの店内へ。
エスカレータを使うように促され、にぎやかな店内を通ってたどりついたのは、今年から会場に加わったよみうりホールです。

このホールは初めて入りましたが、印象は昭和のレトロな雰囲気(?)
かなり昔に(今はもう無い)イイノホールで室内楽を聴いたときの体感に似てなくもありません。
私が聴いたのは2階席後方の席ですが、残響はほとんど感じないものの、(東京文化会館大ホールのような)音の乾いた感じはさほどなく、弦楽器の音色を素直に楽しめました。
2階席は傾斜状に客席が配置され、後ろに行くほど高くなっているので、視覚的にも平面800席のホールより好ましいと思いました。

デュメイさんのブラームスは、CDが評論家の先生方の覚えめでたく、堂々の第1位になっていたので、おそらく定評のあるものだと思います。
出だしで一瞬「音が固いかな?」と思いましたが、2~3分もすると私の耳がホールの響きに慣れたのか、デュメイさんが音を微調整したのか、美しく感じることができました。
録音では私は繊細な印象が強かったのですが、実演の印象は繊細かつ大胆。
ところどころで足を踏み鳴らして気迫を込める場面もあり、最後は圧倒的なフィナーレでした。

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山田和樹/横浜シンフォニエッタ(2011/5/3)

2011年5月3日(火・祝)12:30
東京国際フォーラム・ホールC

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』音楽祭2011
公演番号:C-14a
指揮:山田和樹
横浜シンフォニエッタ

ベートーヴェン(マーラー編曲):
弦楽四重奏曲第11番
「セリオーソ」(弦楽合奏版)
ヒンデミット:葬送音楽
シェーンベルク:浄夜(弦楽合奏版)

噂には聞いていましたが、なんとも甘美な音を鳴らす人です。
でも、濃厚というよりは、不思議とみずみずしい魅惑的な音。
指揮の動作に力みはなく、無駄な動きも皆無の印象です。
スコアと格闘している雰囲気はみじんもありませんでした。
ずっと聴いてみたいと思っていた、大評判の山田和樹さんをようやく聴くことが出来ました。
あちこちで引く手あまたなのも「なるほど」と思う納得の名演。
ヒンデミットやシェーンベルクが、こんなに面白く聴けたのは嬉しい限りです。

ただ、不思議なことにこの公演のチケットは、他の公演が軒並み「完売」の中、前日の夜にも「空席あり」でした。
そのせいかどうかはわかりませんが、会場のあちこちで「3才以上入場可」の状態。
始終雑音…というほどでもありませんでしたが、ヒンデミットの演奏を始めようとした山田さんが、指揮の手をいったん降ろす場面も。
あくまでも私個人の意見ですが、やはりお子様向きの演目ってあると思います。
連れて来られたお子様には、罪はないと思います。

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