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2011年6月22日 (水)

ハーディング/新日本フィル(2011/6/22)

2011年6月22日(水)19:15
すみだトリフォニーホール

指揮:ダニエル・ハーディング
新日本フィルハーモニー交響楽団

(特別演奏会)

エルガー:創作主題による変奏曲「エニグマ」
     ~第9変奏「ニムロッド」
マーラー:交響曲第5番

震災で中止になった3月の定期演奏会の代替公演。
当然、震災のことを思い出さずに聴くのは困難で、震災当日、ハーディングさんが百人前後の聴衆の前で指揮をしたことを、私は帰宅難民として、勤務先の自分の席で、ツィートを見て知りました。
震災翌日は私がチケットを持っていた公演の日でしたが、大混雑の「始発」電車でへとへとになりながら自宅へ帰宅し、錦糸町へ行くのは無理と判断。
結局、その日の定期は中止になりました。
いや、中止ではなく、延期でした。
代替公演が決まり、「席は事務局一任」が条件でしたが、幸い、いつも座っている席の券が送られてきました。

最初に追悼演奏としてエルガーのニムロッド。
入り口で渡されたプログラム冊子は3月定期のもので、はさみこまれた紙片に「演奏後の拍手は辞退」との注記。
演奏を聴きながら、癒しとも、悲しみとも、何とも言えない感情がわき起こり、目頭が熱くなりました。
演奏終了後の長い長い沈黙で、沈痛な感情が再び…。

続くマーラの交響曲第5番は、指揮者直立のまま、トランペットが響き始める。
第1楽章が葬送行進曲であることをこれほど意識させられたのは初めてかもしれません。
深い悲しみ、慟哭。
こんなに悲しいマーラーの第5番。
今まで私が気がつかなかっただけなのでしょうか。

悲しみに満ちた印象は、激しいはずの第2楽章でも変わりません。
強い感情、激しい感情。
第3楽章で少し明るさを取り戻した感もありますが、それでも決して心ははしゃいでいない。
続く第4楽章、平穏を取り戻したように慈しむ優しい響き。
でも、ときおり慟哭。
こうして目頭が熱くなりっぱなしで聴いてきた演奏。長い、長い、慈しみの第4楽章の後は、勇気を鼓舞するような演奏。
ハーディングさんに「日本、頑張れ、負けるな、日本、再び立ち上がれ、日本」と言われているような、本当に心強く希望を見いだせるような演奏。
音楽の力は本当に偉大です。

マーラーの交響曲第5番を、悲しみから勇気へ…として受け止めたのは、私が震災のことを想起して聴いたから感じたのかもしれません。
でも、あの震災当日に日本に居て、震災後も数日“あのときの日本”にとどまっていたハーディングさんの音楽観に、何も影響していないはずはないのではないでしょうか。

ハーディングさんは、震災後の日本のために、音楽家が出来ることを、超一流のプロの仕事としてやり遂げたと思います。
その上で、終演後はロビーに立って募金の箱を持つ。
その箱に募金するためにロビーは長蛇の列。
新日本フィルは、いや、われわれ日本人は、このような責任感、使命感を持った素晴らしい指揮者を、絶対に手放してはならないと思います。

冷静に考えると、新日本フィルは過密日程で疲労が蓄積しているはずで、音にかすかにその色が入っていたかもしれません。
でも、ハーディングさんは、ウィーン・フィルをはじめ、名門オケを振ることができる指揮者です。
そのハーディングさんが、連日連夜、疲れをものともせず振ってくれているのですから、気力でプロの演奏をしたと思います。

希望へと導いてくれた音楽でした。

20110622

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