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2011年6月の14件の記事

2011年6月30日 (木)

川瀬賢太郎/東フィル(2011/6/30)

2011年6月30日(木)19:00
東京オペラシティ・コンサートホール

指揮:川瀬賢太郎
東京フィルハーモニー交響楽団

(第63回東京オペラシティ定期シリーズ)
ヴァイオリン : 前橋 汀子

武満徹:3つの映画音楽
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番
      ~ガヴォット
(アンコール)
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

直球勝負、内角ストレートの速球だけで音を出している場面が多いのは若さを考えれば当然。
しかし、指揮の動作に無駄がなく、ほぼ100%音に変換されているようなのは驚異的。
これだけ強奏させておいて爆演にならず、圧倒的なクライマックスを築くのも驚異的。
定期を振るのは2度目とのことですが(前回は確か、若杉さんの代役でした。私は聴いていませんが)、再登場を許されるには、やはりそれだけの理由がある。
認めない人は「きれいに鳴らせば良いというものではない」と酷評するかもしれません。
確かに“若い音”ですが、順調にキャリアを積むことができれば、もっと音に“深み”が増すでしょう。
ステージマナーも堂々たるもので、東フィルをこれだけ本気にさせる力量は、将来が楽しみ。
私は、手放しで賞賛ではないけれど、かなり好意的に聴きました。

ところで、前橋汀子さん独奏のチャイコフスキーの協奏曲は、水と油…それも純水と原油のようでした。
油はもちろんヴァイオリン独奏。
その、決して溶け合わない2つの物質が、テンポだけはピッタリ寄り添い、最後まで行ってしまいました。
貫禄のあるおばさまの演歌の熱唱のような強烈なヴァイオリンに一歩も引かぬ若き指揮者も見事。
前橋汀子さんの粘り気のある音は、私の好みのタイプでは全くありません。
聴いていて、一刻も早く帰宅してヒラリー・ハーンのCDを聴きたくなったくらい。
ロシアの情感と言うよりは、純和風のこぶしのきいた演歌のよう。
これだけひっかき回せば、技巧的に完璧ではない?
でも、これだけ強烈な自己主張は、凄いことは凄いと思いました。

なお、この日、会場入口でプログラム冊子を入場者に手渡す係のおじさん、
オペラシティの人か東フィルの人かわかりませんが、おしゃべりに夢中で仕事をしていない。
向かい側の女性が気を利かせて、手を伸ばして渡してくれましたが、少々残念な対応でした。

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2011年6月25日 (土)

沼尻竜典/群響(2011/6/25)

2011年6月25日(土)18:45
群馬音楽センター

指揮:沼尻竜典
群馬交響楽団

(473回定期演奏会)
サックス:須川展也

グラズノフ: サクソフォン協奏曲
ピアソラ:アディオス・ノニーノ
(アンコール)
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」

私が群響を本拠地で聴くのは、なんと1981年(指揮:豊田耕児)以来の30年ぶり2回目。
音響があまり良くないと言われているホール。
確かに、あのとき聴いたシューマンの交響曲第4番(かな?)における蚊の鳴くような弦楽器の音が、いまだに記憶に残っています。
もっとも、群響の技量が30年前とは全く違うハイレベルにあるのは、すみだトリフォニーホールでの演奏会で確認済み。
今回、私は、直接音と壁からの反射音を狙って、前方壁寄りの席を選択しました。
結果は正解。
ほぼ想定通りの音を手に入れることが出来ました。
さすがに残響は極僅かですが、(私の)東京文化会館の(中では)お気に入りの席と同等の音響で聴けたと思います。
(ただし、終始横を向いて指揮台を見ていたので、首は疲れました。)

演奏の方も、わざわざ足を運んだ甲斐があったというもの。
見事な機能美、緻密に計算された熱狂が、計算通りに高揚し、構築されました。
細部まで十分に仕上げられており、微弱音でも緊張が全く途切れません。
(いつもこうなのかどうかは、一見さんの私にはわかりませんが)舞台後方にかなり高い段が設置されており、ショスタコーヴィチの7番では(私の席からは)管楽器がズラリと並んで見えて壮観でした。
金管が強奏しても弦の音がかき消されず、バランス良く響いていたのにも感心。
こういうショスタコーヴィチを、サウンドとして鳴らしてみせた群響のアンサンブルはかなりのものだと思いました。

前半の須川さんのソロによるグラズノフのサクソフォン協奏曲も良かった。
悶えたり歓喜したり饒舌にしゃべったり…。
変幻自在にサクソフォンを歌わせ、音色の変化を堪能させてくれました。

会場はおそらく席の95%は埋まっていたのではないでしょうか。
聴衆の年齢層も、若い世代から年輩の世代までまんべんなく集まっている様子。
斜に構えず、素直に音楽を楽しんでいる暖かい雰囲気の漂う(残響少を除いて)素晴らしい空間でした。
これだけの演奏が聴けるなら、ぜひまた行きたいものです。

演奏会終了後の高崎駅、新幹線上りホームは、楽器(とキャスター付きバッグ)を持った方が多数。
おそらく、先ほどまで舞台上に居た方々?
エキストラか正団員かまでは、私には判別出来ませんが…。

ちなみに、お土産のお菓子は、大好きな「幸煎餅(七福神あられ)」と「旅がらす」を買ってきました。

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2011年6月24日 (金)

三ツ橋敬子/東フィル(2011/6/24)

2011年6月24日(金)19:00
サントリーホール

指揮:三ツ橋敬子
東京フィルハーモニー交響楽団

(第803回サントリー定期シリーズ)
ピアノ:横山幸雄

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
         
(遅れていったため未聴)
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

この日は私は通院日でした。
いつも大混雑、長時間待ちなので、うんざりしながら勤務先を定時退社。
しかし意外にもウソのように医院も薬局もすいていて、早々に終了しました。
ラッキー!
…というわけで昨日と同じ場所へ。^^;

他のオケだったら、急げば途中入場で前半の第2楽章から聴けたかもしれませんが、東フィルの場合は楽章間入場不可なので、急いでもあまり意味がありません。
開演に間に合わないのは確実だったので、のんびりとホールへ向かいました。

(後半開始に間に合わないと全く聴けないことになるので、事前にホールに向かうタイムリミットを計算し、最悪、東京駅からタクシーを使う場合もシミュレーションしておきました。結局、余裕で間に合ったわけですが、やっぱり東フィルの途中入場不可の方針は心臓にあまり良くありません。)

第2楽章が始まった辺りでホールに到着。
2階へ上がると、女性用化粧室の右脇の、舞台が映っているモニターの前に椅子が5席+5席の2列置かれ、座って映像と音を聴くことが出来るようになっていました。
私は東フィル遅刻は初めてなので初体験でした。
定かではありませんが、サントリーホールの粋な(あるいはクレーム対策の?)計らいかもしれません。

ソリスト・アンコールがあれば、それは入場させてくれるとのことで、指示された2階席後方で待ちましたが、アンコールはありませんでした。

さて、期待の若手注目株の三ツ橋敬子さん。
一度、ぜひ聴いてみたいと思っていた指揮者です。
この日のチケットは友人からの頂き物で本来は奥様が座るべき席。
感謝の気持ちで聴かせていただきました。

その英雄交響曲、快速テンポが心地良い演奏。
指揮者の思いが100%音に変換されたかどうかはわかりませんが、若々しい覇気のある演奏に惹きつけられました。
ところどころ、結構凄い形相で煽っていて、動きを見る限りでは情熱を感じる指揮。

はつらつと進む演奏には十分魅せられましたが、本来小さなクライマックスになるべき箇所でスケール感がやや不足し、飽和気味に聴こえるのが多少気にはなりました。
わわわわわっと煽っている場面で、飯守泰次郎さんのようなズドーンという轟音にならないのは、キャリアを考えれば致し方ないことかもしれません。
また、コンサートマスターが弾いていない箇所でアンサンブルが戸惑い気味に聴こえたのは気のせいでしょうか?
些細なことではありますが…。
P席から指揮姿を見ていた三ツ橋敬子さんは、さすがに東フィル相手に、あまり目を上げられず、伏し目がちだった印象もあります。
オケを見据えているというよりは、先輩、先生たちの前で懸命に発表の演奏をした感もありました。

…と、ちょっと辛口の感想を書いてしまいましたが、でもきっと数年後にはもっと貫禄がついて、立派な指揮者になっていることでしょう。

私は偶然ではありますが、沼尻さんや下野さんの、ほぼ新人で駆け出しの頃の指揮を聴いたことがあります。
どちらも(現在の風格とはほど遠い)素人の私ですら「見てられない!」というような指揮姿だった。
比較して論じるのは意味がないとは思いつつ、今日の三ツ橋敬子さんは、はるかにまともで素晴らしかったと思います。

好きか嫌いかで言えば、私は三ツ橋さんのこういう音づくりは断然好きな方です。
何よりも歓びが感じられるのが嬉しい。
また聴いてみたい指揮者です。

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2011年6月23日 (木)

カリニャーニ/読響(2011/6/23)

2011年6月23日(木)19:00
サントリーホール

指揮:パオロ・カリニャーニ
読売日本交響楽団

(第505回定期演奏会)
ピアノ:辻井伸行

《オール・ベートーヴェン・プログラム》
ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」序曲
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」
         ~第3楽章
(アンコール)
ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」

力強い、ところどころ英雄交響曲のように気迫みなぎる「田園」。
第2楽章こそ、優しさに満ちた演奏でしたが、他の楽章は力強さの方が印象的。
ピリオド・スタイルではないけれど、スピード感のある演奏。
流れるように進み、角が立った様子はなし。
読響の芳醇なハーモニーがなんとも上品。

このオール・ベートーヴェン・プログラム、早々に完売になったのは、やはり辻井さんの効果でしょう。
“通”の方は見向きもしないのかもしれませんが、私は辻井さんの演奏にはずっと好意的でした。
確かに騒がれ過ぎだとは思いますが…。
私が前回辻井さんの演奏を聴いたのはコンクール優勝以前の4年前。
同じカリニャーニさんの指揮する読響の演奏会でした。

ただ、この日の辻井さんによる「皇帝」の演奏は、確かに美しかったけど、もう少し力強さが欲しかった気もしました。
アンコールに弾いたテンペストの終楽章は。(月曜日の都響のオール・リスト・プログラムもそうでしたが)オール・ベートーヴェン・プログラムが崩れないアンコールは好ましい。
演奏は感興に乗って揺さぶりながら一気に弾き流した感もあり、私の好みのスタイルとは少し違いましたが、会場を沸かせる演奏であることは確かです。

「皇帝」におけるオケは、半端でなく凄かった。
カリニャーニさんもオケも全力投球。
ヴィオラとチェロにもコンサートマスターが居るかのような読響は、全奏者一丸となった気迫の演奏でした。

それにしても、やはりカリニャーニさんの音楽は素晴らしい。
会場でのアンケート用紙には見栄を張って「聴きたい曲:下野さんのヒンデミット」などと書いてしまいましたが、このレベルのベートーヴェンが聴けるなら、有名曲プログラムで何の不満もありません。
つくづく、新国立の「コジ」を、当初予定のカリニャーニさんの棒で聴きたかったと思いました。

なお、この日の演奏会は、テレビ・カメラが入っていました。
協奏曲の前は、ピアノのセッティングはとうに終わっているのに、ピアニストを追う無人カメラのセッティングに手間取り、ずいぶん待たされました。
日テレのことですから放送はされると思いますが、マイクの本数も多かったのでDVD化する予定でもあるのかな?
単なる憶測ですが。

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2011年6月22日 (水)

ハーディング/新日本フィル(2011/6/22)

2011年6月22日(水)19:15
すみだトリフォニーホール

指揮:ダニエル・ハーディング
新日本フィルハーモニー交響楽団

(特別演奏会)

エルガー:創作主題による変奏曲「エニグマ」
     ~第9変奏「ニムロッド」
マーラー:交響曲第5番

震災で中止になった3月の定期演奏会の代替公演。
当然、震災のことを思い出さずに聴くのは困難で、震災当日、ハーディングさんが百人前後の聴衆の前で指揮をしたことを、私は帰宅難民として、勤務先の自分の席で、ツィートを見て知りました。
震災翌日は私がチケットを持っていた公演の日でしたが、大混雑の「始発」電車でへとへとになりながら自宅へ帰宅し、錦糸町へ行くのは無理と判断。
結局、その日の定期は中止になりました。
いや、中止ではなく、延期でした。
代替公演が決まり、「席は事務局一任」が条件でしたが、幸い、いつも座っている席の券が送られてきました。

最初に追悼演奏としてエルガーのニムロッド。
入り口で渡されたプログラム冊子は3月定期のもので、はさみこまれた紙片に「演奏後の拍手は辞退」との注記。
演奏を聴きながら、癒しとも、悲しみとも、何とも言えない感情がわき起こり、目頭が熱くなりました。
演奏終了後の長い長い沈黙で、沈痛な感情が再び…。

続くマーラの交響曲第5番は、指揮者直立のまま、トランペットが響き始める。
第1楽章が葬送行進曲であることをこれほど意識させられたのは初めてかもしれません。
深い悲しみ、慟哭。
こんなに悲しいマーラーの第5番。
今まで私が気がつかなかっただけなのでしょうか。

悲しみに満ちた印象は、激しいはずの第2楽章でも変わりません。
強い感情、激しい感情。
第3楽章で少し明るさを取り戻した感もありますが、それでも決して心ははしゃいでいない。
続く第4楽章、平穏を取り戻したように慈しむ優しい響き。
でも、ときおり慟哭。
こうして目頭が熱くなりっぱなしで聴いてきた演奏。長い、長い、慈しみの第4楽章の後は、勇気を鼓舞するような演奏。
ハーディングさんに「日本、頑張れ、負けるな、日本、再び立ち上がれ、日本」と言われているような、本当に心強く希望を見いだせるような演奏。
音楽の力は本当に偉大です。

マーラーの交響曲第5番を、悲しみから勇気へ…として受け止めたのは、私が震災のことを想起して聴いたから感じたのかもしれません。
でも、あの震災当日に日本に居て、震災後も数日“あのときの日本”にとどまっていたハーディングさんの音楽観に、何も影響していないはずはないのではないでしょうか。

ハーディングさんは、震災後の日本のために、音楽家が出来ることを、超一流のプロの仕事としてやり遂げたと思います。
その上で、終演後はロビーに立って募金の箱を持つ。
その箱に募金するためにロビーは長蛇の列。
新日本フィルは、いや、われわれ日本人は、このような責任感、使命感を持った素晴らしい指揮者を、絶対に手放してはならないと思います。

冷静に考えると、新日本フィルは過密日程で疲労が蓄積しているはずで、音にかすかにその色が入っていたかもしれません。
でも、ハーディングさんは、ウィーン・フィルをはじめ、名門オケを振ることができる指揮者です。
そのハーディングさんが、連日連夜、疲れをものともせず振ってくれているのですから、気力でプロの演奏をしたと思います。

希望へと導いてくれた音楽でした。

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2011年6月20日 (月)

小泉和裕/都響(2011/6/20)

2011年6月20日(月)19:00
東京文化会館大ホール

指揮:小泉和裕
東京都交響楽団

(第719回定期演奏会Aシリーズ)
ピアノ:マルクス・グロー
テノール:福井敬
男声合唱:二期会合唱団

リスト:ピアノ協奏曲第2番
リスト:「巡礼の年」第1年「スイス」
    ~第2曲「ヴァレンシュタット湖畔で」
リスト:ファウスト交響曲

小泉和裕さんは例によって前半の協奏曲から暗譜。
オケの分厚いながらも歯切れの良さも失っていない響きに嬉しくなります。
ピアノもクリアで力強い音がホールに響き渡り、両者互角のがっぷり四つ。
ファウスト交響曲の前に演奏するのに、これ以上ふさわしい曲はないかもしれません。
アンコールにもリストを弾いてくれたのも、オール・リスト・プログラムを崩さない、嬉しい配慮でした。

ところで、私が東京文化会館でファウスト交響曲を聴いたのは、1981年のサヴァリッシュ/N響以来でした。
まだサントリーホールが無かった頃です。
そんな個人的な想い出もあって、多少の感慨持って演奏会にのぞみましたが、この日の都響の印象は、あの頃のN響よりも、はるかに上手かったのではないでしょうか?
もちろん、記憶は全く当てになりませんが、この日の都響のアンサンブルには驚嘆しました。
暗譜で振る小泉和裕さんの指揮のもと、都響の機能、アンサンブルの優秀さを誇るような快演。
くっきりと聴こえていながら厚みもあり、なおかつ溶けあっています。
特に木管の美しさは秀逸で、突出せず、埋没せず。
弦だって金管だって十分に良かったのですけれど、木管、凄すぎ!
このホールのデッドな音響のハンディを全く感じさせないハーモニー。
小泉さんのしなやかな動きとあいまって、至福のサウンドでした。

独唱の福井敬さんの声も、想定通り素晴らしい。
無理している気配もなく、美しさを保ったままで張り上げる声の迫力。
コーラスは最初から座っており、福井さんも指揮者と一緒に入場してずっと座っていました。
(ちなみに1月の読響のときは、合唱は第3楽章の途中でしずしずと入場。独唱はP席後方での歌唱でした。)

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2011年6月18日 (土)

ハーディング/新日本フィル(2011/6/18)

2011年6月18日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:ダニエル・ハーディング
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第478回定期演奏会)

ブルックナー:交響曲第8番

第1楽章冒頭から、一歩一歩、先を急がずに悠然と歩むハーディングさんのブルックナー。
老大家の風格とは少し趣が異なりますが、その音が迫ってくる強さは非凡なものがあります。

残念なことに、全く個人的な事情ですが、第1楽章中盤あたりから眠気との戦いになってしまいました。
つい先日の新国立劇場の「蝶々夫人」も眠気との戦いがありましたので、私の場合、14:00開演のマチネに鬼門がありそうです。
昼食を軽めにするなど、気をつけているつもりなのですが…。

閑話休題。

第3楽章中盤で眠気も去り、後半は思う存分堪能しました。
公開リハーサルで前半を聴いておいて良かったかな。

ハーディングさんが演奏会で初めて指揮するというブルックナーの第8番。
この日はその3日連続の最終日。
私は演奏会に先立つ公開リハーサルと、この日の演奏しか聴いていないので確かめようもありませんが、過密日程の影響があったのかどうか…。
それにしてもなんとも豪快な!
公開リハーサルのとき「練習からこんなにとばして大丈夫?」というくらい気合いが入っていたようですが、この日の印象は、繊細なニュアンスの面が後退し、その分剛腕を振り回しているような印象。
でも、剛腕が悪いかと言えば、そんなことはありません。
咆哮する迫力、圧倒的なスケール感、おそらく生演奏ならではの曲が進むに連れて高揚していく様子。
私はそれを、なかば唖然と見守るしかありませんでした。

演奏終了後、(フライングと言うほどでもありませんでしたが)一部の聴衆はすぐに拍手を開始。
でも多くの聴衆はすぐには拍手することができなかった。
始まりかけた少量の拍手が戸惑ったように揺れた頃、盛大なブラボー。
会場の大歓声、そして楽員からの厚い(熱い)支持の拍手。
“新婚生活”の実質的な開始が3月から6月になってしまいましたが、このコンビがまだまだ始まったばかりであることを考えると、今後に大いなる期待を抱かせる演奏だったと思います。

ハーディングさんは(私の席からは死角に入って見えませんでしたが)退団される奏者の方に花束を自ら手渡したそうです。
また、終演後はロビーで義援金の箱を持って立っており、お金を入れる順番待ちの列が、サインの順番待ちと同じくらい長い。
私はとても並ぶ気力が残っていなくて失礼してしまいましたが、熱演の後で疲れているはずなのにサービス精神も旺盛。
新日本フィルは、本当に、やる気のある良い指揮者を獲得したと思います。

なお、いつもはホールのロビーに飾ってあるワーグナーチューバは、この日は舞台上で吹かれていたようで、陳列ケースの中は空でした。

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2011年6月15日 (水)

新国立劇場「蝶々夫人」(2011/6/15)

2011年6月15日(水)14:00
新国立劇場オペラパレス

プッチーニ:蝶々夫人

再演演目なので油断しており、当初は鑑賞予定がなかったのですが、指揮のイヴ・アベルさんが大評判。
急きょスケジュールの調整を試み、鑑賞することにしました。
チケットは完売ではありませんでしたが、Yahoo!オークションで安い方の席を入手しました。

平日マチネなので有給休暇取得しての鑑賞。
せっかく休みをとるのだから効率的に過ごしたい…と予定を詰め込んでしまうのが私の良くない性格であることはわかっているのですが、新日本フィル公開リハーサルからハシゴすることにしました。

第1幕冒頭からオケの雄弁な音色、艶やかな表情に驚きました。
このオケの音を聴いただけでも来た甲斐があったというもの。
当然、指揮者の手腕でしょう。
舞台全体が締まっています。
第1幕の最後の方で、昼食後のせいか少々眠くなってしまったので、偉そうなことを書く資格はないのですが、指揮のイヴ・アベルさんは、様々な素材が交錯する一連の音絵巻を、一貫した統一感を持って自在に操り、劇的に描いていたと思います。
大変失礼な言い方かもしれませんが「これがあの東フィルですか?」「チューリッヒのオケではないですか?」と言いたくなるくらい素晴らしかったと思いました。
ぜひ再登場を切望したい指揮者です。

歌手陣では、やはり蝶々夫人役のグリャコヴァさんの劇的な歌唱が圧巻。
声を張り上げている印象もあり、聴き手によっては評価が分かれるかもしれませんが、私は迫力があるのは良いことだと思いました。

なお、この日は、私の座った4階席には、学生さんの団体が入っていました。
さすがに上演中は静かにしていたので安堵しましたが、開演前や休憩時間のにぎやかなこと。
まあ、若い世代に本物に触れる機会を作るのは、例え数%でも未来の観客につながる可能性がありますから、良しとしましょう。
でも、いつでもこんなに凄い上演になるというわけではないでのですよ。

キャスト:
蝶々夫人:オルガ・グリャコヴァ
ピンカートン:ゾラン・トドロヴィッチ
シャープレス:甲斐栄次郎
スズキ:大橋智子
ゴロー:高橋淳
ボンゾ:島村武男
神官:佐藤勝司
ヤマドリ:松本進
ケート:山下牧子
ヤクシデ:河村章仁
書記官:龍進一郎
母親:藤井直美
叔母:小林多摩美
いとこ:前川依子

スタッフ:
指揮:イヴ・アベル
演出:栗山民也
美術:島次郎
衣裳:前田文子
照明:勝柴次朗
再演演出:江尻裕彦
合唱指揮:冨平恭平
音楽ヘッドコーチ:石坂宏
舞台監督:大澤裕

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ハーディング/新日本フィル公開リハーサル(2011/6/15)

2011年6月15日(水)10:30
すみだトリフォニーホール

指揮:ダニエル・ハーディング
新日本フィルハーモニー交響楽団

(公開リハーサル)

ブルックナー:交響曲第8番より

平日の日中ですので、私は有給休暇取得しての参加です。
でも、平日なのにずいぶん多い聴衆。
ブリュッヘンさんの公開リハーサルのときよりはるかに多い。
3月11日の大震災当日の演奏会(私は帰宅難民として勤務先で一夜を明かしたので、噂に聞いただけですが)よりも、客席の入りは、はるかに多いのではないでしょうか。

練習曲目はブルックナーの第8番。
新日本フィルのツイッターによると、ハーディングさんがこの曲を演奏会で指揮するのは今回が初とのことです。

10:30開始で第1楽章をみっちりやって1時間。
オケは気合いの入った演奏で、素人の私にはもう完成されているように聞こえますが、ハーディングさんは何度も何度も止めて、妥協せずに直していく。
11:30から15分の休憩に入りましたが、あっという間の1時間でした。

休憩時間も(それ以前に、10:30の練習開始前も)舞台上は真剣に個人練習する楽員さんの音で飽和状態。
相当に気合いが入っています。
休憩後、11:45からは第2楽章…と思いきや、まだ第1楽章を30分くらい練習してから第2楽章へ。
ところどころでパートだけ弾かせたりしながら細部までの相当のこだわりぶり。
練習でこれだけの音が出ているのだから、本番は興奮確実です。
12:45に第2楽章の途中で休憩に入り、公開リハーサルはここまで。
圧倒されるリハーサルでしたた。
仕事を休んで出かけた甲斐がありました。

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2011年6月11日 (土)

ウルバンスキ/東響(2011/6/11)

2011年6月11日(土)18:00
サントリーホール

指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ
東京交響楽団

(第590回 定期演奏会)
ヴァイオリン:諏訪内晶子

ルトスワフスキ:小組曲
シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲第2番
バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番
(*)
      
~アンダンテ(アンコール)
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番

*=ホール・サイトおよび会場の掲示では第3番になっていますが、
  Twitterでの識者の方によれば、第2番だったとのことです。

終演後、1回目のカーテンコールから楽員の拍手!
東響は元々レベルの高いオケですが、それでも東響からこれだけのパワーのある音(単に音量の問題でなく、意思の力とでも言うべきでしょうか)をひきだした若きマエストロに脱帽です。
指揮する姿は力みのような不自然さは皆無で、しなやかに上半身を自在に操っています。
その姿を素人の私が見ていても、動作の情報量が多いことがわかります。
音を聴いていても、いつもの東響の艶やかなサウンドながら、分解能が上がったかのように感じられました。

カーテンコールでの様子からも、指揮者に対する楽員さんの支持がわかりますが、オーボエの最上さんがTwitterで
「…リハーサル後は個人的にさっきまで練習場でみっちり個人練習してきました。マエストロの要求に応えたい。思ったより速かったのよ…w」
とツィートしていたように、この指揮者が求めるレベルの演奏をしたい…というメンバーの思いが結実した瞬間だったと思います。

音楽とは(だぶん)関係ありませんが、ウルバンスキさん、女性から見ればかなりのイケメンらしい。
前回東響を振ったとき「オーケストラ&事務局女性陣大絶賛の超イケメン」とが東響公式ブログに書いてありました。
ぜひとも定期的に呼んでつなぎとめておいてほしい指揮者です。

前半の諏訪内さんのシマノフスキも素晴らしかったです。
熱演というのとは次元が違う、一段上のハイレベル。
すっかり曲が手の内に入っている上での気合いの入った演奏
(例えが適切でないとは思いますが、尾高忠明さんの指揮するエルガーのような…)
純度の高い、澄んだ音が自在に飛び回るのは本当に爽快でした。

20110611

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2011年6月 7日 (火)

飯守泰次郎/東京シティ・フィル(2011/6/7)

2011年6月7日(火)19:00
東京オペラシティコンサートホール

指揮:飯守泰次郎
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

(第249回定期演奏会
チャイコフスキー交響曲全曲シリーズ第1回)

チャイコフスキー:交響曲第3番「ポーランド」
チャイコフスキー:交響曲第4番

先日のレクチャーでも、この日のプレトークでも、飯守さんは「きれいなだけではないチャイコフスキーをお聴かせしたい」と語っていましたが、まさにその通り。
咆哮し、のたうちまわるようなチャイコフスキー。
演奏中、何度もマーラーを聴いているような錯覚に陥りました。
終演後のものすごいブラボーの嵐も、まるでマーラーの演奏会のよう。
マイクが壊れる心配をしたくなるほどでしたが、幸い、この演奏会はレコーディングされているとのことです。

先週のピアノを弾きながらのレクチャーで飯守さんは、交響曲第4番のことを「突然の円熟」と語りました。
この日の3番と4番を順番に並べた曲目は、3番から4番への大いなる跳躍を示したかったのでしょうか。
確かに3番の交響曲は、執拗な繰り返しがまどろっこしく感じる部分があるかもしれません。
そうは言うものの、この前半の第3番からして気合いの入り具合はハンパではありませんでした。
弱く弾く(吹く)ところのニュアンスに課題が無いとは言えないですけれど、少なくとも強く弾く(吹く)ところの重量感とスピード感の両立は圧倒的な超熱演。
前半の第3番が終わったところですでにオケのメンバーは顔を見合わせて「いや~凄かったねぇ」と言う感じで、笑顔。
多くの方が汗を拭っていました。

しかし、しかし、しかし、…。後半の第4番は、さらに、さらに、さらに輪をかけて凄かった。
一種のトランス状態になってしまった超ハイテンションのオケのメンバー。
半分うつろな目で半狂乱のパフォーマンス。
凄かった。

後半の第4番では、前半で感じたような弱音での違和感もあまり感じませんでしたが、飯守さんの「突然の円熟」の言葉の通り、曲の出来自体が違う上に、やはり演奏経験の差もあったのかな。
でも、プレトークで「オケとの信頼関係があるから出来るのです」と語っていた飯守さん。
あの、一見無骨に見える手さばきでオケをあそこまでのせてしまうのは、やはり蓄積がものを言っているのだと思いました。

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2011年6月 5日 (日)

新国立劇場「コジ・ファン・トゥッテ」(2011/6/5)

2011年6月5日(日)14:00
新国立劇場オペラパレス

モーツァルト:コジ・ファン・トゥッテ

新制作の舞台。
時節柄、指揮者が交代したり、歌手が交代したりと事前の波乱はありましたが、プログラム冊子によると、演出のミキエレットさん
『このこと(大震災)で「日本に行かない」という選択肢を採ることに強い罪悪感を覚えました…オペラを愛する皆様のため、公演に最善を>尽くしました。』
とのこと。演出の評価はともあれ(私は肯定派だが)こういう姿勢は日本人として嬉しい限りです。

この日は3日目。
初日の口コミによれば、演出を観るべき上演との前情報。
しかし意外にも、口コミで評判が散々だったゴメス=マルティネスさんの指揮するオケの音は、さほど不満を感じませんでした。
これは私が事前情報を聞いてから、カール・ベーム指揮のCDで耳慣らしをしたせいでしょうか?
確かに遅めかな?
でも(私は)大丈夫でした。

歌手陣の優劣は、私にはあまりわかりません(不満もありませんが)。
確かにこの指揮者のテンポで歌うのは少々大変なのかな?
そういう意味では当初予定のカリニャーニさんの指揮で聴きたかった…という感情がゼロではありません。
もしベームではなくガーディナー指揮のCDで予習していたら、もっとそう思ったかもしれません。

ミキエレットさんの演出を観るべき上演との前情報はその通りだと思いました。
キャンプ場を舞台にした読み替え演出ですが、さほど奇抜な印象もなく、設定がストーリーに自然になじんでいたと思います。
私も以前は写実的な演出の方が好きでしたが、最近は「目の御馳走」になっていれば、いずれも可です。

ラストが喧嘩別れで終わるのは事前情報で知っていましたが、それでも結構刺激的に感じました。
音楽が急速に幸福感に満たされて行くのに「反比例」して、舞台が急速に殺伐としていくのは、とっても奇妙…というか、「おいおい」という感じでした。
近くの席の方が「なんかちがうよな~」「ちょっとコワイですよ」などと話しているのが聞こえましたが、確かに殺気すらを感じるようなエンディング。
そういう意味では、演出家の聴衆を刺激する狙いは的中かもしれません。
終演後の会場も「感動した!」という感じではなくて「あのラストは…(ヒソヒソ)」という感じだったようにも見えました。

トーキョー・リングの舞台装置が取り壊されて再演が絶望的な今、(トーキョー・リングの代わりにはならないにせよ、一時期の「わかりやすい演出一辺倒路線」から脱皮して?)プロダクションとしては貴重なものが加わったと、私は思いました。
それにしても、新国立の舞台、水を張る演目が多いこと。
今回の「コジ」はキャンプ場の池。
カップル達がそこに入り込んでピチャピチャ音をたてる。
そして、始終くるくる回っている舞台は新国立の舞台機構の賜物?
まあ、目が回るほどのスピードではありませんでしたが…。

なお、冒頭に書いたように、私はベーム指揮のCDで耳慣らしをして出かけたので大丈夫でしたが、やっぱりカリニャーニさんで聴きたかった…という思いは残る上に、さらに言わせていただけば、スダーン/東響にピットに入ってもらってモーツァルトのオペラを聴きたいっ!…と、心底思います。

スタッフ
【指揮】ミゲル・A・ゴメル=マルティネス
【演出】ダミアーノ・ミキエレット
【美術・衣裳】パオロ・ファンティン

キャスト
【フィオルディリージ】マリア・ルイジア・ポルシ
【ドラベッラ】ダニエラ・ピーニ
【デスピーナ】エレナ・ツァラゴワ→タリア・オール
【フェルランド】グレゴリー・ウォーレン
【グリエルモ】アドリアン・エレート
【ドン・アルフォンソ】ローマン・トレーケル

【合唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

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2011年6月 4日 (土)

デミジェンコ(P)(2011/6/4)

2011年6月4日(土)18:00
すみだトリフォニーホール

≪ロシア・ピアニズムの継承者たち≫
第3回:ニコライ・デミジェンコ(ピアノ)
第1日:リサイタル

シューマン:ウィーンの謝肉祭の道化
シューマン:謝肉祭
リスト:伝説~第1曲
リスト:ピアノ・ソナタロ短調
ショパン:ノクターン嬰ハ短調遺作
(アンコール)
ショパン:ノクターン変ニ長調作品27-2(アンコール)
スカルラッティ:ソナタ嬰ハ長調(アンコール)

聴衆は3~4割入っていたかどうか…という空席の目立つ会場でしたが、拍手の熱いこと!

デミジュエンコさんのピアノは集中力の高い白熱の演奏でしたが、乱雑な印象は全くありません。
細部まで気働きが行き届き、コントロールされた上でのスケール感のある音づくり。
シューマンならシューマン、リストならリストと、曲の中ではさほど多彩な音色を駆使している印象は無いのですが、作曲家や曲が変わるとガラリと音の粒のきらめき方が変わるあたり、かなりのテクニシャンかもしれません。

前回聴いたのは、読響の芸劇マチネのソリストとして。
あのホールの3階席中段で聴きましたので、ピアノの細かい表情はあまりよくわかりませんでした。
この日のすみだトリフォニーホールは、いつも新日本フィルを聴いているので、オケの音が良く聞えることは十分承知しておりましたが、ピアノ・ソロでも抜群の音響。
もちろん、オケのときも協奏曲のカデンツァとかは聴いていましたが、リサイタルは私は初めてかな。
ピアノの位置は、協奏曲のときの位置(客席寄り)ではなく、舞台のまん真ん中に置かれていました。

この日の聴衆の鑑賞態度も素晴らしかったと思います。
数は多くありませんが、本当に好きな人が集まっていたのだろうと思います。
演奏中の集中力、拍手の熱狂。
もちろん、突発的なノイズがゼロではありませんでしたが、曲間での咳ばらいもなく、本当に素晴らしい空間を作り上げていました。

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2011年6月 3日 (金)

飯守泰次郎(レクチャー)(2011/6/3)

2011年6月3日(金)19:00
森下文化センター・2階多目的ホール

飯守泰次郎による
チャイコフスキー・レクチャー

(主催:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団)

飯守泰次郎ピアノ・リサイタル…ではなくて、…でも、それに近かったかも…。

今シーズンの東京シティ・フィルは、飯守泰次郎さんの指揮でチャイコフスキー交響曲全曲を演奏。
それに先だって、飯守泰次郎によるレクチャーが開催されました。

最初、チャイコフスキーの生涯、ロシアの過酷な歴史などについてお話しされました。
「チャイコフスキーは表面的な美しさや、外面的な派手さが強調されがちですけど、実はもっと複雑で、一貫した深い絶望が秘められています。ロシアの気候、風土、過酷な歴史、チャイコフスキー自身の母親を亡くした経験などが背景にあると思います。」
「皆さん、このチャイコフスキーの肖像の目を見て下さい。この目は絶望ですよ。ベートーヴェンの目とは全然違いますよ。」
「ワーグナーを4時間指揮しても全然平気で、もう一回やってもよいくらいなのですが、チャイコフスキーを指揮すると、心臓はバクバク、息はゼーゼー。舞台の袖でマネージャが心配するほどです。それくらい、チャイコフスキーの交響曲には、何か異様なところがあると思います。」
などなど。

その後、「そろそろ音を出してみましょうか」と言ってピアノの前に座り、チャイコフスキーの交響曲を1番から6番まで、聴きどころをピアノで演奏しながら解説。
休憩なしで、当初予定90分のところが終わってみれば105分、20:45まで。

小さな会場を埋めた聴衆は何人くらいでしょう?
おそらく100人強ではないかと思いますが、満場が水を打ったように静か。
素晴らしい集中力で飯守さんのピアノに聴き入っており、凝縮された、素晴らしい時間と空間でした。

飯守さんのピアノは、御本人が
「あまりうまくなくてごめんなさいね」
「ピアノを使いますかとたずねられて、ハイと返事をしたことを後悔しています。チャイコフスキーは難しいんです。」
「あ、ここ、難しい」
などと言いながら弾いておられましたが、なにせスコアを見ながらピアノで弾いて、
「ここはファゴット」
「ピッコロです」
「チェロ」
などと間合い良く解説が入るので、聴いているこちらの頭の中は補正回路が働いて、疑似オーケストラ状態。
テクニックうんぬんよりも、飯守さんの強い意志を感じさせる迫力満点のピアノを、数メートルの至近距離で。
ピアノで、さわりを聴いた…という生やさしいものではなく、引きずられ、打ちのめされて、もう満腹。
本番のツィクルスはもっと凄いでしょう。
楽しみです。

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