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2011年9月の13件の記事

2011年9月26日 (月)

ブラビンス/都響(2011/9/26)

2011年9月26日(月)19:00
東京文化会館

指揮:マーティン・ブラビンス
東京都交響楽団

(第720回 定期演奏会Aシリーズ)
ピアノ:上原彩子

プロコフィエフ:歌劇「戦争と平和」序曲
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第2番
プロコフィエフ:交響曲第5番

序曲、協奏曲、交響曲という古典的な並びなのに、聴いた体感はめちゃくちゃ斬新に感じる選曲が、まず素晴らしい!
一曲目のプロコフィエフの序曲からして、オペラの序曲の雰囲気は微塵も感じず、まるでショスタコーヴィチの交響曲の終楽章のようでした。

続いて、上原彩子さんが弾きたくて選んだチャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番は、元々期待値が高かったのに、その期待をはるかに上回るテンションの高さ。
断じて「珍しい曲をとりあえず音にしてみました」などではありません。
バックのオケも含めて「超」が5つくらい付く名演ではないでしょうか。
この協奏曲(原典版とのことです)の多彩な側面を見事に浮かび上がらせながら、連続性・統一感も兼ね備えた高次元の演奏。
「威風堂々」風?
ラフマニノフのはしり?
ロココ風?
協奏交響曲?
二重協奏曲?
三重協奏曲?
チャイコフスキーの交響曲の原形?
コンサートマスターとチェロ首席奏者は、第2楽章はほとんどソリスト状態。
専用の譜面まで置かれていました。
いや、管楽器が繰り出すソロだって、協奏交響曲に近い体感。
独奏の上原彩子さんが曲を手の内に入れていたのは当然かもしれませんが、バックの都響が「伴奏」ではなく「マーラーの交響曲並み」?の細心の気配りの繊細かつ大胆な演奏を繰り広げたのは驚異的でした。

後半のプロコフィエフの交響曲第5番は、15:30からの公開ゲネプロでも聴いた曲。
ゲネプロの出来に大いに満足していた鈍感な私は、休憩後の演奏に至ってようやく「あ、ゲネプロは85%くらいの力で弾いていたんだ」と知る…。
個々の奏者が思いっきり自己主張し、遊び、名技を披露しているのに、オケ全体の統一感も完璧に実現していた驚異の名人芸。
分解能が著しく高いのに溶け合っていて、響きの純度、透明感も感じるという素晴らしさ。

この日はオケの編成が大きかったこともあると思いますが、ホールのデッドな(はずの)音響のハンディを全く感じずに聴けました。
まさにプロコフィエフにふさわしい明瞭さ、ピアノ協奏曲にふさわしい歯切れの良さ。 翌日ののB定期には行かない予定ですが、サントリーホールの音響で聴けば、また違った素晴らしさがあることでしょう。

それにしても都響、サイトウキネン・オーケストラに十二分に張り合える、と言って良いでしょうか??
コンサートマスターは同じ方ですしね。

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ブラビンス/都響公開ゲネプロ(2011/9/26)

2011年9月26日(月)15:30
東京文化会館

指揮:マーティン・ブラビンス
東京都交響楽団

(公開ゲネプロ)

プロコフィエフ:交響曲第5番
プロコフィエフ:歌劇「戦争と平和」序曲

夏季電力ピークシフト対策、最後の月曜休み。
なぜか土曜日も休みで4連休のシルバーウィーク、一人で勝手に音楽祭。
仕事を休まずに平日の昼間から東京文化会館に行けるのもこの日が最後です。

公開ゲネプロは着席エリアが、1階の通路より前の数列、S席相当の場所が指定されていました。
このエリアで聴くのは本当に久しぶりですが、やはり前回(たぶん20年以上前)と同じように音が良い。
東京文化会館の音響のハンディを全く感じませんでした。
本番は天井桟敷での鑑賞ですが、あとはお客さんが入って残響が少なくなったときにどうなるか…だけ。

プロコフィエフの輝かしいサウンドが、東京文化会館のクリアな響きでそびえ立つ快感!
都響のサウンドは、いつものこととは言え、「よほど状態が良いに違いない」と確信させてくれるもの。
歯切れの良さは重くならず、うるさくならず。
弦を中心に歌うところのみずみずしさは果汁を味わっているかのような体感。
素晴らしい出来だと思いました。
本番を聴くまでは。

この後に協奏曲の練習があるそうですが、それは非公開で、いったんホールの外に出ました。

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2011年9月25日 (日)

ボローニャ歌劇場「エルナーニ」(2011/9/25)

2011年9月25日(日)15:00
東京文化会館

ボローニャ歌劇場日本公演
ヴェルディ:エルナーニ

ヴェルディ:「ナブッコ」~
「行け、我が思いよ、黄金の翼にのって」
(アンコール)

カーテンコールで舞台後方に「ガンバレ日本!」と垂れ幕が下がる中、指揮者がピットに戻り、「ナブッコ」からの合唱曲が演奏されました。
目がウルウルしてしまったのは私だけでしょうか?
最後は聴衆総立ちに近いカーテンコールになりました。

15:00開演で、各幕の後に3回の休憩をはさみ、第4幕終演は予告通り18:20。
その後の、アンコールを含むカーテンコールは長くて感動的。
最後はオケのメンバー、裏方さん達も舞台上に。
終わり良ければすべて良し…と言って良いでしょう。。

ボローニャ歌劇場日本公演、正直言って、スター歌手の名前がなかったら、チケットを買わなかったと思います。
「カルメン」は良いところもたくさんありましたが、スター歌手のキャンセルで、どうしても見る目が厳しくなってしまい…。
でも、やはりイタリアの劇場だけあって、最後のヴェルディ「エルナーニ」では底力を見せてくれたと思います。

亡くなったリチートラさんに代わるエルナーニ役はロベルト・アロニカさん。
冒頭から主役、脇を固める準主役歌手にも気合がみなぎり、舞台が締まっていました。
エルナーニ、ドン・カルロ、シルヴァ、エルヴィーラが入れ替わり立ち替わり絡み合い、重唱の声を競い合う様は壮観です。
伝統的な舞台設定は別の演目で感じた平面的な安っぽさは無く、奥行きのある空間に合唱も適切に配置して、これぞイタリアの歌劇場のヴェルディ。
別の演目の前半のときの第1幕終了後の休憩時間の沈んだ雰囲気のロビーと異なり、今日の聴衆は高揚した雰囲気。
それもそのはず、「鶏口」よりも「牛後」のヴェルディの方が、はるかに素晴らしい。
いや、ビゼーだって決して「鶏」ではないのですが、イタリアオペラの王者の「牛」はやっぱりヴェルディ。

指揮のレナート・パルンボさんは、職人指揮者として悪くはなかったと思いますが、これだけは別の演目で聴いたミケーレ・マリオッティさんの細やかな表情に満ちた指揮の方に軍配を上げたいかも。
オケが入らないコーラスだけの部分、完全にまとめきれていたのかなぁ??

ボローニャ歌劇場日本公演、私は結局、スター歌手の名前に釣られて(私にしては)高額のチケットを3公演も買い、結果的に、2演目を鑑賞しました。
後半は良かった「カルメン」
台風で足止めを食らい、鑑賞出来なかった「清教徒」。
そして本日の、最初から気合の入った舞台の「エルナーニ」は、終わり良ければすべて良し。
スター歌手のキャンセルで(シラグーザさんも歌わない日で)払い戻しをしたくなった公演が、台風のおかげ?で払い戻される見込み…というオチまでついて、めでたし、めでたし。(暴言失礼)

予想もしなかったサプライズ(アンコールのことですよ)に大満足で会場を出ることが出来ました。

エルナーニ:ロベルト・アロニカ
ドン・カルロ:ロベルト・フロンターリ
シルヴァ:フェルッチョ・フルラネット
エルヴィーラ:ディミトラ・テオドッシュウ
ジョヴァンナ:ルチア・ミケラッツォ
ドン・リッカルド:アンドレア・タボーガ
ヤーゴ:サンドロ・プッチ

指揮:レナート・パルンボ
演出:ペッペ・デ・トマージ
舞台美術・衣装:フラチェスコ・ジート
照明:ダニエーレ・ナルディ
照明再現:ジュゼッペ・ディ・イオーリオ
合唱指揮:ロレンツォ・フラティーニ
演出助手:ジャンニ・マラス
ボローニャ歌劇場管弦楽団・合唱団
パレルモ・マッシモ劇場の舞台装置

20110925

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2011年9月24日 (土)

あらかわバイロイト「神々の黄昏」(2011/9/24)

2011年9月24日(土)13:00
サンパール荒川大ホール

TIAAオペラ第51回公演
オペラ劇場あらかわバイロイト
ワーグナー:神々の黄昏

第1幕終了後の休憩でロビーにいると、開演を告げる生演奏のファンファーレが鳴り、びっくり。
名前だけでなく、ここまで徹底しているとは…。
開演ギリギリに到着したので、開演前は聴いていませんが、第3幕の前にもありました。

私は今回が初めての鑑賞で、評判はいろいろ聞いていましたが、実際に自分の耳で体験するまで、どんなレベルか半信半疑でした。
まして、私にとっては(失礼ながら、日程的に)外来オペラの谷間の鑑賞。
しかし、危惧を解消してお釣りが来ました。
心地良くワーグナーのサウンドに浸ることが出来る嬉しい誤算。
もし新国立劇場のピットでこの音がしたら全然違うことを言うかもしれませんが、予算その他を想像すれば、大健闘と言って良いでしょう。

歌手の印象は、出来に凸凹はあると感じることは事実です。
サンパール荒川は、オーケストラピットを使うと収容人員1000人程度のキャパ。
もし、この規模のホールでなくて東京文化会館とかの空間だったら、声量が通用するかどうかは定かではありません。
でも、中にはキラリと光る人も居ます。
ブリュンヒルデの福田祥子さん、ハーゲンの大塚博章さんが秀逸。
そう思ったのは私だけではなかったようで、カーテンコールでの拍手は、このお二方のときはひときわ大きいものでした。
福田祥子さんは、終演後にロビーに並んで挨拶している姿を拝見すると、かなり長身の方で、道理でジークフリートが小さく見えたはずです。
至近距離で拝見しても美しい方でした。

指揮の佐々木修さんは、失礼ながら私は、どういうクラスの方なのか存じ上げておりません。
しかし、この長大な楽劇を「破綻無く」ではなく「聴かせる」レベルで振り通したという事実がここにはあります。
カーテンコールには、百科事典のような厚さのスコアを持って現れました。
オケはメンバー表を見ると第1ヴァイオリンが10人程度。
100%満足する洗練された音だったとは言えませんが、皆さんワーグナーが好きなんだろうな~という印象。

上演のレベルは、外来はおろか、国内勢でも、新国立劇場や二期会と比べるのは酷でしょう。
しかし、断じてアマチュアのレベルとは一線を画したプロの上演。
「幕下ではなく関取」と言ったら失礼かな。
残念ながら、聴衆の数は多いとは言えませんでした。
長大な第1幕の後は、さらに微妙に減ったような気もします。
私の前の席の方は居なくなり、視界を遮っていた“頭”が無くなってスッキリ爽快のワンスロープの会場。
13:00開演で45分の休憩を2回挟み、19:00終演という時間帯の設定は、わたしのような人種であっても、終演が遅くならなくて嬉しい。
前日は優勝を狙う大関クラス?
今日は十両?
明日は???
健闘を讃えたい気持ちでいっぱいです。

スタッフ
指揮:佐々木修
演出:佐藤美晴
管弦楽:TIAAフィルハーモニー管弦楽団
(コンサートマスター:三ツ木摩理)
合唱団:あらかわオペラシンガーズ
合唱指揮:草原哲広
副指揮・首席コレペティトゥア:河合良一
美術:松村あや
演出助手:舘亜里沙

公演監督:田辺とおる
制作:片山孝調

キャスト
ジークフリート:池本和憲
ブリュンヒルデ:福田祥子*
ハーゲン:大塚博章
グンター:大井哲也
グートルーネ:薮田瑞穂
ヴァルトラウテ:田辺いづみ
アルベリッヒ:飯田裕之
第一のノルン:飯島由利江
第二のノルン:生沼美香
第三のノルン:松井亜樹*
ヴォークリンデ:佐久間響子
ヴェルグンデ:栗原千英
フロスヒルデ:田村由貴絵
*印は東京国際声楽コンクール入選・入賞者

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2011年9月23日 (金)

バイエルン国立歌劇場「ロベルト・デヴェリュー」(2011/9/23)

2011年9月23日(金・祝)15:00
神奈川県立県民ホール

バイエルン国立歌劇場日本公演
ドニゼッティ:ロベルト・デヴェリュー

この作品が「ヴェルディやプッチーニの傑作に匹敵する大傑作なのでは?」と思わせてくれるハイレベルのプロダクションでした。
終演後の体感は、「愛の妙薬」とはにわかには結びつかないものでした。

“劇”的な歌唱。
もちろんグルベローヴァさんは「凄い」としか言いようがない圧倒的な存在感でしたが、脇を固める歌手も、スター歌手の一人舞台にさせない質の高さ。

ピットの中も凄い。
指揮のハイダーさんはオペラの職人指揮者に位置付けられるのかな?
でも、ピットの中は(来日拒否組を補ったエキストラの比率は存じ上げませんが)バイエルン国立歌劇場管弦楽団を名乗るオケであるからして、実に雄弁かつドラマティック。
断じて「伴奏」ではないレベルです。

第1幕、第2幕を続けて上演し、休憩は1回。
これは演出上の理由によるとの場内アナウンス。
クリストフ・ロイさんの演出は(チラシに書かれていたネタバレの抜粋引用)「女王を企業の女社長とした現代の舞台。フィナーレで愛も地位も捨てる彼女は、自らカツラを脱ぎ捨てて、老いた姿をさらす。」
この読み替え演出も、私は違和感なく鑑賞できました。
素人の私の演出判断基準はただひとつ「視覚効果として面白く感じられたか」だけなので(低レベルで失礼)、読み替えだからではなく、テンションの高いスピード感のある舞台に魅了されました。

奥行きのあるセットを縦横無尽に、かつ迅速に動き回る出演者。
コーラスの面々の動きですらスピード感があり、片時も目を離せず、緊迫感のある舞台上の動き。
この上演に比べたら先日観た別団体の「カルメン」が、安っぽい舞台装置での学芸会に思えてきます。(と言ったら言い過ぎですかね。暴言失礼。)
一番安いチケットで観ておいて、こういうことを言うのは不謹慎かもしれませんが、高額料金を徴収する外来オペラは、やっぱり、こうでないと!

終演後の長い、長い、本当に長~いカーテンコールは「時間を測っておけば良かった」と思ったくらい。
コンサートであれば、指揮者のソロカーテンコールを3~4回に匹敵するかも。
歓声はもちろんエリザベッタ(グルベローヴァさん)が最大ですが、サラ(ソニア・ガナッシさん)への歓声もかなりのものでした。

この日のプログラム冊子は1部3,000円。
先日の別団体の公演では、スター歌手総キャンセルのためか、無料でいただけました。
しかし、有料でも優良な方がはるかに好ましい。
グルベローヴァさんがキャンセルせずに来日してくれたことを、有料のプログラム冊子とともに喜びたい気分です。

日本経済新聞と産経新聞との勝負、私は(限られた私の体験において、ではありますが)日本経済新聞の圧勝に軍配を上げたいと思いました。

指揮:フリードリッヒ・ハイダー
演出:クリストフ・ロイ
美術・衣裳:ヘルベルト・ムラウアー
照明:ラインハルト・トラウプ
合唱指揮:ゼーレン・エックホフ

エリザベッタ:エディタ・グルベローヴァ
ノッティンガム公爵:デヴィッド・チェッコーニ
サラ:ソニア・ガナッシ
ロベルト・デヴェリュー:アレクセイ・ドルゴフ
セシル卿:フランチェスコ・ペトロッツィ
グァルティエロ・ローリー卿:スティーヴン・ヒュームズ
ロベルトの召使:ニコライ・ボルチェフ

バイエルン国立管弦楽団
バイエルン国立歌劇場合唱団

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2011年9月18日 (日)

カンブルラン/読響(2011/9/18)

2011年9月18日(日)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団

(第50回みなとみらいホリデー名曲シリーズ)

モーツァルト:交響曲第40番
ベルリオーズ:幻想交響曲

読響の課題はただひとつ。
カンブルランさんにいつまで常任で居てもらえるか、ではないでしょうか。
素晴らし過ぎました!

モーツァルトの交響曲第40番は、ピリオド・スタイルではないモーツァルトで、これだけ爽快感を与えてくれるのはカンブルランさんならでは。
美しく、淀みなく、速いけど早過ぎず…。
今や読響との呼吸もピッタリです。

休憩後の幻想交響曲はさらに素晴らしい。
この香り高い名演は、偶然生まれたものではなく、緻密に組み立てられたものであるはずです。
しかしその苦労の跡を微塵も見せることなく、爆演はおろか熱演にも見せず、当たり前のような顔をしてなしとげた指揮者と楽員には脱帽です。
どこひとつ取っても魅惑的なニュアンスを感じられる旋律とハーモニー。
ごく短い木管のソロでさえ、表情付けがなされています。
音の出が「きれいに揃っている」のレベルを遥かに凌駕する、粗雑さの一切無い立ち上がり。
聴いていて思ったのは、カンブルランさんは、楽譜のデジタル信号を見事にアナログ変換する、最上級のD/Aコンバータのようだ、ということです。
棒の動き、ひじの返し…小さな動きが全て音に変換されてホールの空間を包んでいました。
爆演でないのに、これだけ聴いていて気分を高揚させてくれる演奏。
高級ワインのホロ酔いのようなすばらしさでした。

カンブルランさんと読響は、確か最初の年に幻想交響曲をレコーディングしています。
しかし次の年の関西公演?でこの曲を取り上げる際に、再度みっちりリハーサルをやったとか。
そして今年、です。
素晴らしい演奏にならないわけがありません。
カンブルランさんのの日頃の“やる気”を見ている限り、マンネリの心配は全く不要。

爆演ではなく、上品な香りのする幻想交響曲と言えば、故・フルネさんと都響による演奏が思い出されますが、今はもうCDでしか聴けなくなってしまった往年の演奏を無い物ねだりする必要は無くなりました。
今の時代に生きているカンブルランさんと読響の演奏を、聴き続けて行こうと思いました。

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2011年9月17日 (土)

大友直人/東響(2011/9/17)

2011年9月17日(土)18:00
サントリーホール

指揮:大友直人
東京交響楽団

(第592回定期演奏会)
チェロ:宮田大

シューマン:チェロ協奏曲
ブラームス(シェーンベルク編):ピアノ四重奏曲第1番

23分+42分の短いプログラムでしたが、物足りなさを感じさせない充実感。
十分に堪能し、満足して会場を出ることが出来ました。

宮田さんの独奏によるシューマンはシャープでスタイリッシュ。
こういう都会的なシューマンも良いものだと思います。
このキレのあるチェロの音色と、大友直人さんの作り出す透明感のあるオケの音がマッチし、シューマンには珍しいほどシンフォニック。
後味さわやかでした。

休憩後のシェーンベルク編曲のブラームスは、ブラームスの側面よりも、シェーンベルクの側面を強く印象づけられました。
こういう演奏を「整理されていない」と見る向きもあるかもしれませんが、私は「あえて整理せず」のように感じました。
何度も押し寄せる荒々しさ。
異様にも感じられる複雑さ。
斬新な響き。
ある種のグロテスクな面も隠そうとせず、ありのままにさらけ出した演奏は、割とスッキリが多い大友さんにしては珍しいかも。

かなりの気迫のこもった音に、演奏終了直後はフライング気味のブラボーあり。
カーテンコールでの、野武士の雄たけびのようなブラボーもあり。
でも、いつもの私とは違って、なんとなく「今日は、まあいいか」と思ってしまえる演奏でした。

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2011年9月16日 (金)

ボローニャ歌劇場「カルメン」(2011/9/16)

2011年9月16日(金)18:30
東京文化会館

ボローニャ歌劇場日本公演
ビゼー:カルメン

最初はどうなることかと思いましたが、ホセが頑張ってくれたおかげで舞台が締まってきて、後半の第3幕、第4幕は、それなりに盛り上がって終了。
ホセのブラボーが盛大で、続いてミカエラ。
カルメンまでブラボーが出て、後ろのホセとミカエラがのけぞっていた?

キャンセルしたスター歌手の名前が無かったら、おそらくチケットを買わなかったであろう公演。
いまひとつ盛り上がらない第1幕。
国内の団体でこのレベルの公演を聴いたら、もしかしたら絶賛するかもしれないですけど、私にしてはかなり高額なチケットですし、う~ん。
ホセもミカエラはなかなか良いと感じましたが、カルメンが有名な曲を歌った後の拍手が戸惑い気味にパラパラと始まるとは…。
乱闘騒ぎの場面も、いまひとつ緊迫感が感じられない。

第2幕でホセにブラボーが飛び、ようやくホッとひと息。
力が入っていないと思ったコーラスも、第2幕終盤では息を吹き返した感じ。
ピットの中は、超一流とは言えなくても、やっぱり歌劇場のオケの魅力。

場所をキューバに設定した舞台は目新しいことは確かですが、私が横の席から見ているせいか、後方のセットが板に描いた塗り絵のように平面的に感じられてしまい、視覚効果で「目のご馳走」と言うには程遠い印象。
正面から見たら違うかもしれませんが…。

ただ、そのキューバの設定に加えて、第1幕でミカエラが看護師さん(?)の格好だったり、第4幕の闘牛士がボクサー(?)の格好だったりと、面白く感じた部分もあったことは事実。

「もう一回観たいですか?」と訊かれたら、自信を持って「Yes」とは答えにくいですが、オペラは生き物ですし、別の日はもっと良くなるかもしれません。
この日だって、少なくともホセとミカエラは圧倒的だったし、ピットの中も良かった。
指揮者にブラボーとブーイングが交錯していましたけど、私は好意的に聴きました。

カルメン:ニーノ・スルグラーゼ
ミカエラ:ヴァレンティーナ・コッラデッティ
フラスキータ:アンナ・マリア・サッラ
メルセデス:ジュゼッピーナ・ブリデッリ
ドン・ホセ:マルセロ・アルバレス
エスカミーリョ:カイル・ケテルセン
ダンカイロ:マッティア・カンペッティ
レメンダード:ガブリエーレ・マンジョーネ
スニガ:クリスヤニス・ノルヴェリス
モラレス:ベンジャミン・ワース
オレンジを売る女:ルチア・ミケラッツォ
ジプシー男:ガブリエーレ・ロンバルディ

指揮:ミケーレ・マリオッティ
演出:アンドレイ・ジャガルス
舞台美術:モニカ・ポルマーレ
衣装:クリスティーン・ジュルジャン
照明:ケヴィン・ウィン=ジョーンズ
照明再現:ジュゼッペ・ディ・イオーリオ
振付:エリータ・ブコフスカ
演出アシスタント:ダーチェ・ヴォルファルテ
合唱指揮:ロレンツォ・フラティーニ
ボローニャ歌劇場管弦楽団・合唱団
NHK東京児童合唱団(指揮:加藤洋朗)
ラトヴィア国立オペラ(リガ)の舞台装置

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2011年9月12日 (月)

カンブルラン/読響(2011/9/12)

2011年9月12日(月)19:00
サントリーホール

指揮:シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団

(第507回定期演奏会)
メゾ・ソプラノ:カタリーナ・カルネウス
テノール:ジャン=ポール・フシェクール
バス:ローラン・ナウリ
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:三澤洋史

ベルリオーズ:劇的交響曲「ロミオとジュリエット」

「あれ、この曲、こんなに面白い曲だったっけ?」というような、奇術にでもひっかかったような気分。
この曲は、CDは持っているものの(そして、一応、聴いて予習はしたものの)、事前に聴いたときは、こんなに魅力的な旋律とハーモニーに満ちているとは感じませんでした。
もちろん、その魅惑的なサウンドを作り出したのはカンブルランさんの気合いの乗った指揮棒です。
独唱者も、わざわざ来日してもらっただけあって良かったと思いますが、いかんせん出番が少ない。
(つまり、大変な贅沢ということになるのでしょうか?)
やはり一番印象に残ったのは、オーケストラやコーラスの、生き生きとした雄弁な表情でした。

コーラスは、前半は少人数で舞台上で歌ったり、Pブロック後方の扉の外で歌ったりしていましたが、休憩後の後半になってP席に姿を現しました。
そのコーラスを指揮しているカンブルランさんの姿を見ましたが、拍子をとるような単調な指揮ではなく、ダイナミックに腕を動かして表情付け。
読響に向かい合ったときと同様に、完全にプロのコーラスを相手にした指揮です。
その指揮にプロの力量で応えた新国立劇場合唱団は(いつものことですが、やはり)見事でした。

なお、この日は、P席のチケットを持っていた私は、読響から座席移動の要請を受けました。
こういう場合、今までの例だと2階のRDブロックあたりの席をいただくことが多かったような気がしますが、今回は端の方とは言え、1階のS席をいただきました。
私の場合、200回に1回座るかどうかという上級席。
飛行機で、慣れないビジネスクラスに座ったときのような、不思議な居心地の悪さ。
ふだんと全然違う場所なので、最初はかなり戸惑いました。
第1ヴァイオリンの音は蚊が鳴くように聴こえ、強奏になると風呂場のようにわんわん響く。
それが、私の耳が慣れた(?)のか、奏者が調整した(?)のか、いつのまにか気にならなくなりました。
謎です。
耳が慣れた(?)後は、正面で聴く喜びを感じながらの鑑賞。
独唱、合唱、金管…。
P席とは向きが違います。
ただし、普段の見下ろしている姿勢に慣れきっているため、たまにずっと見上げていると、あごが疲れる。
ともあれ、行き慣れたホールでも、違う位置で鑑賞すると、別空間のように感じられるという良い経験をしました。

ちなみに、カンブルランさんの指揮する読響定期、今シーズンは昨シーズンの「3つのペレアスとメリザンド」ように「3つのロメオとジュリエット」とは題されていませんが、4月がプロコフィエフ、今回がベルリオーズ、11月がチャイコフスキーと、一応3点セットになっています。

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2011年9月11日 (日)

藤原歌劇団「セビリャの理髪師」(2011/9/11)

2011年9月11日(日)15:00
新国立劇場オペラパレス

藤原歌劇団公演
ロッシーニ:セビリャの理髪師
指揮:アルベルト・ゼッダ

いつものように13:30頃に初台に着いてみると、閑散としています。
「会場を間違えたか?」「もう始まっているのか?」と焦りました。
もう一度チケットを確認したら、14:00開演ではなく、15:00開演。
早い方に間違えて良かったです。

この日は新国立劇場主催公演ではなく、貸しホールとしての藤原歌劇団公演。
音楽史に名を残す名作オペラが、こんなドタバタ喜劇でいいのか?…と笑いつつ、高度な芸に酔いしれる。
まさにオペラは究極の娯楽。
4階席の料金でこれだけ楽しませてもらって申し訳ないくらいでした。

序曲が鳴り始めたとき、小編成のオーケストラの薄い響きに一瞬戸惑いました。
しかし、数秒もすると耳が慣れて、あとはスリリングでスピード感あふれる、いかにも音符が多そうな旋律に身を任せるだけ。
こうなると、歌手全員が完璧だったかどうかはどうでも良くなります。

私は、個人的には、ロッシーニの「上がったり下がったりの早口」は、時々ついていけないときがあります。
よって、私はロッシーニの感想を語る資格はないのですが、確かにこの、指揮者のゼッダさんが作り出す異次元の世界は、いつのまにか引き込まれてしまう、圧倒的なものがあります。

シラグーザさんの声の力が頭ひとつ抜きに出ているのは事実としても、彼の一人舞台にならなかったのも素晴らしい。
もちろん、そのアンサンブルを作り出したのは指揮者のゼッダさんでしょう。
でも、ロジーナも健闘だったし、フィガロへの会場のブラボーもかなりのもの。
ピットの東京フィルの音色に、全く不満を感じないどころか、うっとりと聴き惚れるのも稀有な体験?
まさにロッシーニのために生まれて来たような指揮者です。

プログラムの冊子によれば、今回の上演の版は、ゼッダさん自身による2009年校訂版とのこと。
私は版の違いを論じられるほどこのオペラを聴き込んではいませんが、最近の研究の成果が、さほど時を経ずに東京で上演されたことは、本当に喜ぶべきことだと思います。

演出:松本重孝

アルマヴィーヴァ伯爵:アントニーノ・シラグーザ
ロジーナ:鳥木弥生
フィガロ:森口賢二
バルトロ:久保田真澄
ドン・バジーリオ:デニス・ビシュニャ
ベルタ:吉田郁恵
フィオレッロ:折河宏治
隊長:羽渕浩樹

合唱:藤原歌劇団合唱部
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

20110911


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2011年9月10日 (土)

アルミンク/新日本フィル(2011/9/10)

2011年9月10日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:クリスティアン・アルミンク
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第482回定期演奏会)

ワーグナー:ジークフリート牧歌
ブルックナー:交響曲第7番
(ハース版)

ジークフリートの牧歌は各奏者の積極的な自発性が魅惑的。
大きな室内楽のようなアンサンブル。
弦はもとより木管やホルンも美しく、溶け合うというよりも、くっきりと浮かび上がる印象でした。

後半のブルックナーは、アルミンクさんならスッキリと鳴らすかと思いきや、私の予想とは違って結構分厚い響き。
かなり気迫をこめて振っており、最近多い、豹変した君子のアルミンクさん。
シンバルが鳴らなくても迫力は十分。
分厚く派手に鳴らすだけではなく、細部、特に弱音部も、ニュアンス豊かに切々と奏でられ、心の琴線に触れるものがありました。
最後の音が鳴り終った後、フライング無しで静寂が保たれて心地良い後味でした。

アルミンクに割と好意的な私でさえも、事前には「アルミンクさんのブルックナー、はたして…」と、一抹の不安もありました。
しかし、終ってみれば、良い方に予想がはずれ、かなり満足して会場を出ることが出来ました。
新日本フィルのアンサンブルの状態も良かったと思います。

以前聴いたベートーヴェンの8番も重量級の印象でしたし、ハーリ・ヤーノシュも結構激しかったことを思い出しました。

なお、演奏とは関係ありませんが、コンサートマスターの崔さんが髪型を変えられました。
登場したとき、一瞬、豊嶋さんの背が縮んで髪を染めたのかと思いました。
崔さんのリードも激しかったです。

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2011年9月 5日 (月)

カンブルラン/読響(2011/9/5)

2011年9月 5日(月)19:00
東京オペラシティコンサートホール

指揮:シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団

(第5回オペラシティ名曲シリーズ)
ピアノ:スティーヴン・コヴァセヴィッチ

《オール・ベートーヴェン・プログラム》
ベートーヴェン:「エグモント」序曲
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番
バッハ:4つのパルティータからサラバンド
(アンコール)
ベートーヴェン:交響曲第7番

カンブルランさん、今回も、やる気が半端ではないです。
読響さん、本当に素晴らしい常任指揮者を獲得されました。

冒頭の「エグモント」序曲からして地鳴りのするような迫力。
いや、事実、床が震えています。
序曲なのに交響曲の終楽章のような追い込みで、一曲目からブラボーの声がかかる素晴らしい演奏となりました。

2曲目のピアノ協奏曲は、流れるようにきらめくピアノが私の好みとはちょっと違ったので、興味の対象がオーケストラ・パートに向かってしまいましたが、これがまた素晴らしいもの。
第2楽章のニュアンス、第3楽章の迫力。
ほとんど交響曲。
ピアノ付きの交響曲…などと言ったら、独奏者に失礼ですが…。
コヴァセヴィッチさんのピアノは、技巧の面で、ところどころ細部の詰めが甘いような印象を受けました。
アンコールに弾いたバッハの曲も、私の好みとは微妙に違うかも。
不満と言うほどのものではないのですが…。

交響曲第7番は、このように演奏する以外に方法はないと思わせてくれるような、言葉で形容し難い説得力。
有無を言わさずねじ伏せられたのに感謝、感激で胸がいっぱい。
第2楽章の感傷的な旋律。第3、第4楽章の機銃の連射のような雄たけび。
カンブルランさんが来シーズン、2012年12月に「第九」だけを振るために来日する意気込みの予告編として、十分すぎるくらいの圧倒的な熱演。
それも、爆演ではなく、細部のニュアンスもバッチリの高度な昇華でした。

この日は振替席だったので、席は舞台が半分以上見えない場所でしたが、そんな視覚的な不満を全く感じさせない、圧倒的な音でした。

20110905

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2011年9月 4日 (日)

トゥルコヴィッチ/都響(2011/9/4)

2011年9月4日(日)14:00
東京オペラシティコンサートホール

指揮:ミラン・トゥルコヴィッチ
東京都交響楽団

(「作曲家の肖像」シリーズVol.83《モーツァルト》)
ファゴット:岡本正之

モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」
モーツァルト:ファゴット協奏曲
モーツァルト:交響曲第39番

2年前の2009年6月。
ボッセさんが指揮する予定だったA定期のハイドン・プログラム。
ボッセさんがキャンセルしたことにがっかりして、チケットを持ってたのに行かなかったら、代役のトゥルコヴィッチさんがまさかの大評判。
この日の演奏会は、私にとっては、あのときのリベンジでした。

なるほど、これは素晴らしい。
基本的に流麗でアクセントをつける演奏はピリオドスタイルっぽいのですが、ノンヴィブラートではないし、せかせかした感じも無く、優美に歌う側面も合わせ持った演奏。
切り取ればジューシーな果肉が出てきそうな“ウィーン風”と“今風”が見事に融合した素晴らしい耳のご馳走でした。

ファゴット協奏曲では、もちろん岡本さんのソロも良かったですが、バックのオーケストラ…と言うか、指揮するトゥルコヴィッチさんが素晴らし過ぎる。
こんなに気合いが入り、しかも細部まで目の行き届いたファゴット協奏曲のオーケストラ・パートは、なかなか聴けるものではないのではないでしょうか。
指揮姿は「ほら、ここでもこんな魅力的な旋律が鳴っているんですよ」「ほら、こちらでも、あちらでも…」とでも言うように、音の宝物を掘り起こした指揮者に脱帽。
周知の通り、トゥルコヴィッチさんは、ファゴット奏者出身です。
交響曲では譜面を見ていたのに、協奏曲では暗譜。
やはり、この曲には特別な思い入れがあるのでしょう。

交響曲の演奏では、最初の「プラハ」も心地よい演奏でしたが、最後の第39番は、よりスケールの大きい白熱した演奏になりました。
これだけ気迫のこもった熱い演奏において、都響の音が一切粗雑にならず、高い次元でのハーモニーを維持したのは、本当に素晴らしい。
偉大なる“折衷案”の大勝利…とでも言いたくなるようなピリオドっぽさとウィーンっぽさのハイレベルでの融合。
前述のように、交響曲は譜面を置いての指揮でしたが、譜面はとりあえず置いてあるだけでほとんど記憶している様子の指揮姿。
複数ページまとめてめくる場面も多々あり、第39番の第3楽章などは一度もめくらずに最後まで行ってしまいました。

いやはや、素晴らしかった。
こうして私は、前回聴かなかったハイドン・プログラムのリベンジを果たしたわけですが、聴いたら聴いたで、前回聴かなかったことが心底残念に思えてくるパラドックス。
今回も都響とは、この日限りの一期一会。
想像するに、前回の定期の大成功を受けてすぐに次のオファーを出して、2年後の今日…なのでしょうから、次回は万全の招聘で定期演奏会を思う存分に振っていただきたいと思いました。

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