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2012年3月 9日 (金)

スピノジ/新日本フィル(2012/3/9)

2012年3月9日(金)19:00
すみだトリフォニーホール

指揮:ジャン=クリストフ・スピノジ
新日本フィルハーモニー交響楽団

(すみだ平和祈念コンサート2012)
ソプラノ:三宅理恵
バリトン:青山貴
合唱:栗友会合唱団
合唱指揮:栗山文昭

ショスタコーヴィチ:室内交響曲作品110a
バーバー:弦楽のためのアダージョ
フォーレ:レクイエム

11日ではありませんが、3月の第2金曜日は、やっぱり特別な日です。
その特別な日に「平和祈念」と冠された演奏会が、本当に特別な演奏で終了しました。

ハーディングさんの代替公演、昨年6月のマーラーの交響曲第5番を聴いた後のような…などと言ったら「全然違うだろ!」と叱責されそうですが、あのときも、深い深い、激しい悲しみの後に勇気づけられるような最終楽章に、本当に満ち足りた気分で会場を後にしました。

この日のスピノジさんの指揮は、もう、なんとも、素晴らしいとしか言いようがない。
なんとも満ち足りた、希望を抱くことのできる至福の境地。
クリスチャンでない私ですら、神を感じられるかのような演奏でした。

演奏会の冒頭、オケのメンバーが登場する前に、スピノジさんのスピーチ、たぶんフランス語、通訳付き。
「プログラムについて簡単に…」と始めたトークは熱弁になり、10分くらいに。
ショスタコーヴィチの暗澹たる曲調のこと、後半のフォーレの、鎮魂歌だけど希望を持てる曲のことなど。
熱く語っていました。

曲順が変わって1曲目になったショスタコーヴィチの室内交響曲。
なんと壮絶で、なんと緊張感をはらんだ曲、そして演奏なのでしょう。
とても弦楽合奏だけで演奏しているとは思えない広大な時空。
スピノジさんは第2楽章など、半狂乱に近い激しい動き。

2曲目に変わったバーバーのアダージョは、1曲目のショスタコーヴィチの救いの無い暗さを癒すように、悲しいだけでなく慈しみも込めて奏でられる。
これまた弦楽合奏だけとは思えないスケール。
大編成でなくても、会場を圧倒し、聴衆は、ただただ、物音ひとつたてずに聴き入るのみ。

前半では沈痛過ぎて涙は出なかった私ですが、後半のフォーレのレクイエムでは何度も目頭が熱くなりました。
なんと優しさに満ちた、心の充足感を感じる演奏なのでしょう。
感謝、感謝、ただただ感謝。
客席の空席がどう、オケの編成がどう、合唱がどう、独唱者がどう、そして指揮者の服装がどう、…と言うことを超越した、ただただ心を満たされる演奏。
この稀有の演奏会は、新日本フィルにとって大きな財産として残ることでしょう。

先週の定期で見せたような「いたずらっ子がそのまま大人になって指揮者になっちゃった」だけではない、スピノジさんの凄さを目の当たりにして、驚嘆する以外にありません。
「出張中のビジネスマンがそのまま指揮台に立っちゃった」みたいな服装のことも、どうでもよい。
どうでも良いのですが、鳴っている音と見た目の服装のギャップは多少なりともあるかもしれません。
でも、あんな演奏をされたら、Tシャツでも許しちゃいます、私。
(首席客演会社員のタイトルを与えてみてはいかがでしょう?
係長クラスなのに事業部長も驚くような凄い仕事をやってのける会社員…。)

それにしてもこの日は、3曲とも、指揮者が手を下ろしてもまだ静寂が保たれ、脱力して、うんうんとうなずいたりするまで拍手が起こらなかったのは本当に素晴らしい会場でした。
フォーレで歌詞の紙を見るカサコソした音が多少あったのは許容範囲内?
目くじらを立てる気にならないくらい、広い心になれて、心に余裕が持てる演奏でした。

新日本フィルさん、ぜひぜひ次の招聘を!
切望しております。

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