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2012年6月の17件の記事

2012年6月30日 (土)

「アリベルト・ライマンと現代オペラの潮流」(2012/6/30)

2012年6月30日(土)14:00
日本生命日比谷ビル7階大会議室

シンポジウム
「アリベルト・ライマンと現代オペラの潮流」

(日生劇場開場50周年記念事業ライマン・プロジェクト)

司会:長木誠司 (音楽学・音楽評論)
パネリスト:
片山杜秀(音楽評論家)
下野竜也(指揮者)
高橋宣也(慶應義塾大学文学部准教授)
野平一郎(作曲家・ピアニスト)
高島勲(日生劇場芸術参与)

無料のイベントですが、内容はお金を払っても良いくらい充実。
その上、「メデア」の公演プログラム引換券もいただきました。

いや、この引換券目当てを目的とする気持ちが半分くらいはあったことは事実です。
こんなウマイ話しが、世の中に…。

最初に司会の方だったかな?
「現代音楽ファンとオペラファンは層が一致しません。
現代音楽とオペラの両方のファンが一堂に会する希少な機会です。」
というようなことをおっしゃって、パネリストが順番に、日生劇場でライマンのオペラを上演する意義をスピーチ。

片山さん:
「日生劇場は1963年10月開場です。
関西が地盤だった日本生命が、関東進出に際し、劇場を建てて存在感をアピールしようという趣旨だったようです。
したがって、“もしものことがあったときに、子供のために…”の生命保険会社らしく、子供向けの劇場というのが最初のコンセプトだったらしいです。
しかし、こけら落としがベルリン・ドイツ・オペラになって、設計した方?は驚いたそうです。」
など。

高橋さん:
「“メデア”の台本のグリツパルツァー氏は、“メデア”単独では不十分で、そこに至るまでの過程をさかのぼる必要があると考え、“金羊皮”という三部作としました。
第1部が“賓客”、第2部が“アルボーの船人”、そして第3部が“メデア”です。」
など。

野平さん:
「20世紀初頭は作曲家がオペラと違う方向で演劇的音楽表現を模索しました。
しかし1970年代あたりから作曲家が歌劇場に戻ってきています。
ちょうど作曲家がオクターブが書けない時代の後、書いても良い時代になったのと図式が似ています。
ライマン氏は、最初のオペラ作品は1000席程度のキール歌劇場でしたが、出世作の“リア”で、一般聴衆のためのの普通のオペラハウス、バイエルン国立歌劇場のために作曲したことが大きかったと思います。
オペラは、オペラ劇場の空間で、最後まで聴衆の緊張感を保つ必要があります。
劇場の大空間を、音で埋めなければなりません。」
など。

下野さん:
「“メデア”は、明確なビート(拍子)がほとんど感じられません。
これが緊張感の持続に貢献しています。
5月の読響定期でライマンの小品を演奏しましたが、リハーサルのとき、楽団員の皆さんの反応は、最初は“なんじゃこりゃ”でした。
しかし、リハーサルが進むと“いいね”に変わりました。
ライマン氏のスコアには、アレグロとか、アンダンテとか速度を表す言葉が書いてありません。
書いてあるのは、メトロノームでいくつという数字です。
しかし、日生劇場の空間に合ったテンポを探すのも指揮者の仕事だと思います。
R.シュトラウスがショルティにアドバイスした言葉は凄いです。
“テンポの決め方は?”(ショルティ)
“リブレットを読めば良い”(R.シュトラウス)
ライマン氏が音に与える“長さ”にも注目です。
言葉を伸ばすのは、女の人がキレるときによく使います。
“あなた、これ、どーゆーことーーーぉ?”
この作品は、オーケストラが79人です。
日生劇場のピットは、50人近くの弦楽器奏者でいっぱいです。
そこで、管楽器はステージ上で舞台を囲うように配置することにしました。
ちょうどコロシアムの雰囲気になります。
しかも、このオーケストラは、全員が一緒に鳴ることはありません。
ピットだけでは味わえないサラウンド効果をお届けできると思います。」
など。

休憩後は、休憩時間に提出された質問用紙への回答。

日生劇場で現代オペラを上演する意義は?

「欧州で、作曲家がオペラハウスに戻ってきている状況を日本ではあまり体験できていません。」(長木さん)
「オペラは音楽、演劇、バレエ、絵画などを含んだ、その時代の総合芸術でした。
現代はそれを、過去の作品の新しい演出だけで楽しんでいmすが、新しい作品で楽しんでも良いはずです。」(片山さん)
「“オペラは死にかけている芸術だ”と言っていたブーレーズが、(実現は厳しいかもしれませんが)2015年にスカラ座で新作上演の契約を結んでいます。
作曲家にとっては“どう受け止められるか?”というチャレンジです。
現代の表現として、作曲家がうったえるものを楽しんでいただきたいと思います。」(野平さん)
「この作品に限らず、現代オペラは暗い題材が多いです。
オペラは現代社会を映しているとも言えます。」(長木さん)
「過去の作品を演奏するようになったのは、メンデルスゾーンあたりからと言われています。
それまでは、常に新作の上演でした。
現代は、過去の作品の消化と、生まれてくる作品の上演とのバランスが取れていないいびつな状態とも言えます。
200年後の私たちの子孫が、ライマン氏の作品をどう感じるか?と思います。
しかし、現代の作曲家が、200年後の人類だけを相手にして、現代の聴衆を無視しているとは思えません。
20世紀音楽は突然変異のように現れたと思われていますが、ワーグナーにもドビュッシーにも兆しはありました。
本当は、連続変化しているのです。
第1次世界大戦と、第2次世界大戦による情報の欠落が、突然変異の印象を与えているのかもしれません。
私たち演奏する側が、例えばツェムリンスキーをもっと演奏するなどして、間を埋めることをすれば、理解が深まるかもしれません。」(下野さん)
posted at 17:52:50
「現代オペラは、一時期、音楽が複雑な上に、ストーリーも複雑で、演出も複雑で、聴衆の理解力を超えてしまった時期がありました。
ライマン氏は、音楽的要素を少し引き算して、演技や演出などの視覚効果やストーリーと合わせてちょうど良い作品にしたのが成功要因ではないかと思います。」(片山氏)

ライマン氏への委嘱は検討しなかったのか?

「委嘱の費用は、予算的に無理です。
上演にかかる費用に占める入場料収入の割合は、ドイツでも、うまくいっている劇場で20%台、イタリアの大半の劇場は10%未満です。
新国立劇場は25%くらいで、これはかなり優秀な部類です。」(長木さん)
「過去の日生劇場での新作上演は、全て他の団体の委嘱による共同制作でした。
一作だけ委嘱した、三島由紀夫台本、黛敏郎作曲のオペラで、作曲が間に合わず、スケジュールに穴が空いたというトラウマもあるかもしれません。
(子供向けミュージカルの委嘱はたくさん行われています。)
むしろ、日本人だけでライマン氏のオペラを上演することに意義があると思います。」(片山さん)

歌手は本当に暗譜しているのか?:

「スコアと上演映像を対比して聴くと、歌手はかなりの高効率で音符を音にして歌っています。
もちろん生の上演ですので完璧はあり得ず、多少の音の欠落は出ています。
ライマン氏くらいになると、そんなことは織り込み済み(想定内)で書いていると思います。」(野平氏)
「歌手だけで歌うと大丈夫なのに、オーケストラが微妙に違うことをする箇所があるので、歌手の皆さんにはお気の毒な(難しい)曲です。(下野さん)」

最後の方で高島さんが、ライマン氏がインタビューで語ったこととして
「異邦人として来て、その土地に馴染もうとするが、うまくいかないというのは、今のヨーロッパにも当てはまります。“メデア”は決して過去の作品ではありません。」
と。

途中、作曲のライマン氏、ライマン氏に「リア」のオペラ化を提案したフィッシャー=ディースカウ氏のインタビュー映像や、「メデア」と「リア」の(たぶん欧州での)上演舞台映像の映写あり。

14:00開始で16:50頃に終了。
パネリストの皆さんは、まだまだ話したそうでしたが、拝聴して私がメモした量はすでに盛りだくさん。
下野さんと野平さん、音楽評論家の片山さんは、普段聴衆に近い側に居るだけあって、つかみの話術も巧みだと、改めて感心しました。

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2012年6月29日 (金)

ハーディング/新日本フィル(2012/6/29)

2012年6月29日(金)19:15
サントリーホール

指揮:ダニエル・ハーディング
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第496回定期演奏会)

ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲
      ―ヴェヌスベルクの音楽
(パリ版)
エルガー:交響曲第2番

前半、多少のもどかしさを感じたことは否めないのですが、少なくともエルガーの後半2楽章は、文句なしのハイグレード!
スーパーサウンド!
これぞハーディングさまさま!

しかし、このエルガーの音が静かに消えていった後、長い静寂…のはずだったのですが、ハーディングさまが完全に脱力する前にけたたましく拍手を始めた最前列の方。
会場が追従しなかったのに、ひるまずに一人拍手を続ける…。
あれだけ会場全体が無言の圧力で静止した(ように感じました、私は)のに、全く動ませんでした…。

「終わり良ければすべて良し」。
エルガーの後半の2楽章は、まさにこの言葉が当てはまります。
そして、音は消えていたのでフライングとは言わないのかもしれませんが、私とは感性の合わない方の拍手で、演奏会の方は「終わり良ければ…」にならなかったのは私だけでしょうか?

…。

まあ、音が消える前や、消えてすぐではなかったので、私の記憶から消して、無かったことにしようと思います。

さて、肝心の演奏の感想ですが、前半の「タンホイザー」の音楽では、弱音部の管のニュアンスにもう少し上を求めたいようなもどかしさは感じました。
弦は良かったし、ハーディングさまが求める世界も垣間見ることはできましたが、実はここで鳴っている音は、まだ、その片鱗ではないのかな?…と。

そして、後半のエルガーが始まって数分が経過すると「お、前半で感じたもどかしさが相当に解消されている!」と思いました。
特に第2楽章の壮麗さ、美しさは、もう夢見心地。
しかし、上には上がありました!
第3楽章からは、さらにハイグレードなサウンドに!

第3楽章に入ったとたん、音の磨き上げの度合いが増した印象。
音の溶け合い、艶やかさ、表情付け、微妙なニュアンス、その上、スピード感とギアチェンジ。
ハーディングさまの求めている音はこういう音だったのか、やはり…と。
そして、それは、第4楽章でも続きました。
第4楽章の一番最後の弱音部だけは、オケの方が(最後までたどり着いて)少しホッとしてしまったかな?という気もしましたが、まあそれは、欲を言えば…の些細なことなのでしょう。
この第3、第4楽章が聴けただけでも、足を運んだ甲斐はありました。
一応「お国もの」になるのでしょうが、ハーディングさまのクラスの指揮者には、それはもう、あまり関係ないですかね?
上品な英国の紳士のようなエルガーとは少し違って、多少やんちゃで、ところどころ暴れる箇所もあるエルガーだったような印象ですが、こういう演奏も楽しいです。

明日以降の三重と軽井沢の違う曲目もあったりして、リハーサル日程が多少厳しかったのかな?とも拝察しますが、ハーディングさまは、それでも、この曲を振りたかったのだろうな…と思います。
そして、振ってくれたことに感謝!
弾いてくれたオケにも感謝!

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2012年6月24日 (日)

下野竜也/読響(2012/6/24)

2012年6月24日(日)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:下野竜也
読売日本交響楽団

(第56回みなとみらいホリデー名曲シリーズ)
ヴァイオリン:ララ・セント・ジョン
バリトン:宮本益光

コリリアーノ:音楽に寄せて(日本初演)
コリリアーノ:ヴァイオリン協奏曲「レッド・ヴァイオリン」(日本初演)
HKグルーバー:フランケンシュタイン!!

コリリアーノの2曲は、厳密には前日のオペラシティ・マチネでの演奏が初演ですが、まあ、それはともかく。
作曲者も来日して、プレトークで曲について熱く語っていました(通訳付き)。

1曲目の「音楽に寄せて」は、短い曲なのに2階バルコニー席と3階席にも奏者を配置しての天然サラウンド。
ただ、聴感的には、私の耳が甘いのか、サラウンド効果はあまり聴き取れれませんでした。
きれいな曲ではありましたが、割りと静かな曲で、会場の盛り上がりも比較的静かだったと思います。

しかし、2曲目のヴァイオリン協奏曲が、少なくとも最終楽章は、大暴れの大興奮で、まさに下野さんのためにあるような曲。
いや、ソリストだって、暗譜で完全に手の内の入った熱演。
ヴァイオリンを引きずり回すような曲、演奏、それは独奏ヴァイオリンだけでなく、オーケストラのヴァイオリン・パートも!
下野さんらしいドッカン、ドッカン…で曲が終わると、会場は結構湧きました。
作曲者も舞台に呼ばれ、気合いの入った演奏に満足そうな様子でした。

後半は宮本益光さんの独唱(と言って良いのかわかりませんが)で、HKグルーバーのフランケンシュタイン!!
マイクを使ってPAが使われていましたが、うまい、うまい!
声色を使い分け、全身で演じる宮本さん。
こういう役のついた(?)曲で聴くと、つくづく宮本さんって芸達者だと思います。
私は「第九」の独唱での宮本さんの歌唱をあまり良いとは思わなかったのですが(暴言失礼!)、その後、オペラなどで役を演じるのに接すると、これはもう脱帽せざるを得ない存在感です。

オケからも「仕掛け」が次々と飛び出す。
ただ、正面の席で「見て」いなかった私は、多少…、いや、かなり、ついて行けなかったことは否めません。
また、「PAを通した音」に多少の聴き疲れ感を感じたのも否めません。
演奏の途中で帰る人は私の視界の範囲では片手で数えられるくらい。
でも、終演後、十分に会場が湧いていたかと言うと、コリリアーノの協奏曲の方が湧いていたような気もします。

後半はちょっとネガティブな感想になってしまったが、これは私が個人的に少々疲れ気味であったことも影響しているかもしれません。
“自粛”しようかと思ったのだが、この日の演奏会を逃すと、たぶん一生聴けないだろうと思って足を運んだので…。
まあ、貴重な体験ではありました。

ちなみに、プレトークの後、客席で自作を聴いていて、2曲目の演奏の後に舞台に呼ばれて答礼したコリリアーノ氏、後半のHKグルーバーの曲では、客席にはいらっしゃいませんでした。
私個人としては、コリリアーノの協奏曲が、曲も演奏も、一番楽しめました。

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2012年6月23日 (土)

プレトニョフ/ロシア・ナショナル管弦楽団(2012/6/23)

2012年6月23日(土)14:00
横浜みなとみらいホール

 

指揮:ミハイル・プレトニョフ
ロシア・ナショナル管弦楽団

ピアノ:河村尚子

 

グラズノフ:組曲「中世」~前奏曲
グリーグ:ピアノ協奏曲
グリーグ:叙情小曲集~「君の足元に」
(アンコール)
チャイコフスキー:交響曲第4番
グラズノフ:バレエ音楽「ライモンダ」~スペインの踊り
(アンコール)

良かったです、後半は。
いや前半も、河村尚子さんは絶妙でした。

他の日の公演のネット上の評判がいまひとつだったようなので、少し心配しながら足を運んだ演奏会。
しかし、一曲目のグラズノフの音を聴いて、さほど酷くはなくて一安心。
個々の奏者の出す音は美しく、音も強力。
ただ、アンサンブルとしてはどうなのかな?と思いました。
強奏の威力はあるのですが、オケ全体の音の溶け合いや、微弱音のニュアンスは、もう少し上のレベルがあるような印象。
5年くらい前に聴いた時の記憶はあまり残っていませんが。)
ティンパニの強打を「暴力的」と言ったら言い過ぎでしょうか?

河村尚子さんの独奏でのグリーグの協奏曲は、ピアノが、澄んだチャーミングな音を駆使していたのに対して、オケは、不満と言うほどではないのですが、やはり少々の荒さが(あら探ししてすみません)時折混じる感がありました。
河村尚子さんのピアノを生で聴くのはいつ以来でしょう?
アンコールも含めて、まさに絶妙!(←語彙不足で失礼!)

…というわけで、休憩時間までは、オケの音に「う~ん、こんなものかなぁ」と。
休憩時間のロビーも、あまり熱気のない状態でした。

しかし、後半のチャイコフスキーの交響曲では、前半で感じていたもどかしさがほぼ払拭されました。
“特徴”が長所の方に反転した印象。
金管にほんの僅かな瑕疵はあったものの、総合的にはワクワクするような気持ちにさせてくれる、高揚した演奏だったと思います。
以前、東フィルで聴いた時は「速い!速い!」という印象だったと記憶していますが、この日はさほど速いと感じなかったのは、私の耳がプレトニョフさんの演奏に慣れたせいなのか、プレトニョフさんの方が変わったのか?
もちろん、多少変わった箇所はあって、強奏で終わる箇所をふわっと終えたり、緩急をかなりつけたり…。
しかし、さほど作為的な印象は受けませんでした。
アンコールのグラズノフも、音の仕上がり、磨き上げは十分。

いろいろあったらしいですが、私個人の感情としては、プレトニョフさんが、再び日本に来てくれて嬉しく思っています。
少なくとも、後半は十分に良かった。
東フィル定期にも予定が入っていて喜ばしい限りです。

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2012年6月21日 (木)

ゼッダ/東フィル(2012/6/21)

2012年6月21日(木)19:00
東京オペラシティ コンサートホール

指揮:アルベルト・ゼッダ
東京フィルハーモニー交響楽団

(第70回東京オペラシティ定期シリーズ)
メゾ・ソプラノ:富岡明子

パーセル:「アブデラザール」組曲(遅れていったため未聴)
ケルビーニ:交響曲ニ長調
ベリオ:フォーク・ソングズ
メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」
メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」~第4楽章
(アンコール)

遅れて行ったので2曲目からの鑑賞でした。
ロビーでスピーカーを通して聴いた、パーセルの組曲の終曲は、ブリテンが「青少年のための管弦楽入門」で主題に使った曲。
やっぱり客席で聴きたかったことは本心ですが、楽章間入場不可の東フィルの演奏会で、聴けなかったのが10分くらいで済んだことは、幸運だったと言うべきでしょう。
メンデルスゾーンのアンコールで、それも帳消し、お釣りが返ってきた気分です。

まずは、ケルビーニの交響曲ニ長調、なんとなんと、素晴らしい曲ではないですか!
こんな曲、どこに眠っていたのですか?
眠らせておくのはもったいない名曲ではないですか!
(私が知らなかっただけかもしれませんが…。)
特に第4楽章は、ハイドンのちょっといたずらっぽい曲に通じるかのようなワクワク感!
マエストロ・ゼッダは暗譜。
得意曲なのでしょうか?
そんな、はつらつとした指揮に導かれて、小編成に刈り込んだオケも好演!
知られざる曲(?)ながら、指揮も、演奏も、音を「置きに行く」様子は皆無。
オケの皆さん、100%共感しての献身的な熱演だったのではないでしょうか。

休憩後は、富岡明子さんの独唱で、ベリオの歌曲。
マエストロ・ゼッダは、この曲は譜面を置いての指揮。
富岡さんは暗譜での歌唱で、心底楽しみ、共感して歌っている様子。
オケの音には所々、例えばヴァイオリンやヴィオラのソロに、複雑で怪しい音が混じったりしますが、基本的には耳に優しい曲と言って良いのかな?
ちょっとだけ違う世界(?)に連れて行ってくれた曲だったかもしれません。

そして、ようやく編成が少しだけ大きくなって、メンデルスゾーン。
これまでの私の数少ない体験では、マエストロ・ゼッダの指揮は、ひょうひょうと、しかし絶妙に振る印象が強かったのですが、このメンデルスゾーンは違いました。
激しい!
激しい!!
激しい!!!
恐るべき迫力!
恐るべき切れ味!
このマエストロからこんなに強い、しかもシャープな音が出てくるとは想定外の驚き。
東フィルがここまで力いっぱい弾くと爆演に…?
いや、爆演にはなりませんでした!
綱渡りのようなスリリングな音は、美しさを十分に保持しているではありませんか!

第4楽章が始まる時に、ドスンッと音を立てた方が居て、誰だ?と思ったらマエストロでした!
指揮台の上で足を踏みならして始めた第4楽章は、もうスピード感とスリリング感に唖然として聴きいるのみ。

終演後にオケの皆さん、譜面をめくっているので「もしや?」と思っていたら、第4楽章をアンコール。
本番も十二分に凄かったのに、アンコールはさらに一段上のサウンドに!
さらに上に上がった!
明日のサントリー定期はさぞかし…。
(私は残念ながら、用事があって行けません。)
音の溶け合いの度合いがさらに増し、素人の私が聴いても、明らかに1ランク、レベルが上がった印象。

難を言えば、第3楽章のホルンは、もう少し頑張って欲しかったかな。
うっとり聴いていたのに、夢から覚めてしまった感覚になったことは事実。
でも、ネガティブな印象はそれぐらいで、それは無かったことにしても良いです。
それくらい、満足度の高い演奏会でした。

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2012年6月20日 (水)

ブッフビンダー(P)(2012/6/19)

2012年6月19日(火)19:00
すみだトリフォニーホール

ピアノ:ルドルフ・ブッフビンダー
指揮:クリスティアン・アルミンク
新日本フィルハーモニー交響楽団

(ルドルフ・ブッフビンダー・プロジェクト
in トリフォニーホール2012 第2夜:協奏曲)

ブラームス:ピアノ協奏曲第2番
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番

とてつもないものを体験してしまいました!!
凄いものを聴いてしまいました!!
こんなものを聴いてしまって、本当に許されるのだろうか?と思えてくる驚異的なピアノの音!
もしかして幻覚を引き起こす薬物でも含まれているのではないか?この音に…。
音楽監督の指揮するオケも、3.11以降で最高!と思える素晴らしいバック!

この日は、私は1番からだと思い込んでいまして、いきなり柔らかく2番が始まってびっくりしました。
しかし、あっという間に引き込まれました。
これはもう、言葉を失う素晴らしさ!
ブッフビンダーさんが、時にチャーミングに、時に豪快に…。
余裕で弾いている(ように見える)のに圧倒的な音!
粒子状だったり、滑らかだったり、もう、名人芸!としか言いようがない。

新日本フィルの音がこれまた素晴らしい。
もちろんピアニストの音に触発されたのでしょうが、最近の新日本フィルではベストに近い音だったかも。
繊細かつシャープなこのオケの音が戻ってきた!
ピアノの独り舞台…の立派なパートナー!

前半が終わったところでもうお腹いっぱいの幸せな気分。
休憩時間のロビーの、熱気、明るさ、高揚感!

そして、後半の第1番は、さらに輪をかけて凄かった!
ブラームス若書きの少し荒いところのある曲…などでは全くない、驚異的な演奏。
ピアニストがここぞというところで力んでも、びくともしない、排気量の大きい高級車?の音!
そう、このピアノは、オーストリアの隣国ドイツの高級車のような、がっしりとしたエンジンを積んでいるのです。
少々アクセルを踏んだくらいでは、びくともせずに加速する!
そして、全くうるさくならない!

新日本フィルが、主催公演ではなく、いわば「お呼ばれ」の演奏会で、こんなに気合いの入った演奏をしたのは、やはりピアニストの出す「稀有の音」を聴いてしまったからでしょう。
しかし…。

しかし、これは願望ですが、オケの皆さんは、このピアノの巨匠を迎えるにあたって、音楽監督は敵などではなく、最大の味方であることに、ようやく気がついた…いや、思い出したのではないでしょうか?
そうあってほしい!

アルミンクさんの指揮するオケの音は、ブッフビンダーさんの出すとてつもない音を支え、呼応し、対話をするのに十分なニュアンスを、強奏でも、微弱音でも、全く失わなかったと思います。
驚異的なピアノと渡り合えるオケだったのです、本来の新日本フィルは。

メンバーの皆さんは「音楽監督の棒に食らいつくことが、ピアノと渡り合える唯一の道!」と言うような目つきでした。
アルミンクさんの指揮も、相当に気合いが入っていました。

台風接近の中、危機に…いや、聴きに行って本当に良かったです。
仮に電車が運転見合わせになって、錦糸町で一夜を明かすこときなっても後悔しなかったでしょう。
いや、その前に、錦糸町に向かう時には、電車が止まって帰れなくなることも覚悟して行きました。
そして、幸い、電車は動いていました!
ずぶ濡れになって帰宅しましたが、そんなことはどうでも良い。
6月3日の多摩定期と、この日の協奏曲しか聴いていませんが、新日本フィルのコンディションがかなり良くなって来ている印象を受けました。
(その間の「新・クラシックへの扉」は聴いていないので、断言はできませんが。)
この状態での音楽監督とのシーズン最終日を、これ以上無い大興奮の会場で終え、ハーディングさまをお迎えするのは、素晴らしいこと。
奇跡の前触れかもしれません。

後日追記:
私はてっきりコンサートマスターは西江さんだと思っていて、でも、ふだんクールな西江さんとはちょっと表情が違うし、よほど嬉しかったのかな?と思っていたら、教えて下さった方がいらして、西江さんではなかったそうです。
新日本フィルのパーサネル・マネージャーの五島励二さんのTwitterによれば、元・客員コンマスの渡部基一さんとのことでした。

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2012年6月18日 (月)

大野和士/都響(2012/6/18)

2012年6月18日(月)19:00
サントリーホール

指揮:大野和士
東京都交響楽団

(第736回 定期演奏会Bシリーズ)
ヴァイオリン:庄司紗矢香

シェーンベルク:浄められた夜
シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲第1番
バルトーク:管弦楽のための協奏曲

ひやりとしましたが、それを含めてさえも、素晴らしかった!!と言わざるを得ません、私は。

冒頭の「浄められた夜」は、比較的クールな音と言って良いのでしょうか?
甘ったるくはなく、ある意味、スタイリッシュかもしれません。
それにしても、大野さんがしゃかりきになって振らなくても、平然とこういう音を出してしまう都響は、素晴らし過ぎます。
もちろん、大野さんは、目配りと手配りに抜け目はありません。
しかし、新国立の「トリスタン」で感じたような「千手観音」のような場面は、無いことはないですが、かなり少ない。
そこまでしなくても、大野さんの音が出ているのでしょう。

1曲目ですでに満腹なくらいでしたが、舞台の配置転換に少々時間を要したため、聴き手の私は少し落ち着いてから、庄司紗矢香さんの登場を待ちました。
シマノフスキの複雑な音の交錯と、それを貫いて伸びる独奏ヴァイオリン!
エキサイティングというのと少し違い、冷静に構築した音の万華鏡の見事なこと!!
粗雑な音は皆無、驚異的な音響でした。
紗矢香さんがシマノフスキを弾いて下さったことに感謝!
来日オーケストラとセットのソリストだと、こういう曲は、なかなか聴けないでしょう。

再び満腹感を感じての休憩時間。
1曲目が終わって「今日はこれでおしまい」と言われても、2曲目が終わって「今日はこれでおしまい」と言われても、どちらでも「そうですか」と納得してしまいそうな体感。

後半のバルトークは、一瞬、「何が起きたの?」という箇所、あと、「少しだけ音の出が…」という箇所が何箇所かあったような気がします。
しかし、それらを含めてさえも、私が今までに生で聴いた数少ない大野さんの指揮の中で、ベストの演奏だったかもしれません。

5年くらい前に、大野さんが別の在京オケで幻想交響曲を振ったことがありました。
私はその迫力に圧倒され、大興奮でしたが、しばらくして、音楽雑誌に載った演奏会評が「粗野になってしまったのは残念だった」。
その時は、「あの演奏を、粗野としか感じられない評論家の先生は、なんとかわいそうな…」と思いました。
しかし、今夜の都響の上質の音を聴くと、確かにあの時は粗野だったのかもしれないと思えてきました。
本当に、本当に、大音量でもうるさくならず、上質の音でした。
「大野さんの望む音は、こういう音だったんだ!」と、ようやく大野さんの本当の音に巡りあったような気分。
もっとも、私の場合、席がたまたまハズレだった時も何回かあるので、あくまでも私個人としての印象です。
この日は席の位置も、音響も、万全でした。
都響は大野さんの望む音を、かなりのレベルまで鳴らすことが出来る素晴らしいオケだと再認識。
アクセルをめいっぱい踏んでスピードを上げても、余裕で加速する、排気量の大きな高級車のよう。

かように素晴らしい、上質の演奏だったのに“一般参賀”にならなかったのは、ひやり!のためでしょうか?
もちろん、生演奏にひやり!は致し方ありません。
ただ、プロたるもの、その直後に顔を見合わせたり、カーテンコール中に譜面をひっくり返して反省を始めるのはいかがなものか?…と思ったことも事実です。

大野さんは、ひやり!の後の曲間の時も、さすがに表情は変えませんでした。
何度か大きくまばたきはしました。
そうやって平静さを保った様子。
そして、実際、その後の指揮に、あまり影響はひきずらなかったように見えました。

プロは、ひやり!としても、舞台上で、素人にわかるような態度をとったりしない方が良いと思います。

なお、この日はマイクがたくさん設置されており、NHK-FMの収録があったようです。
あの箇所は、ゲネプロの音源で修正して放送されるのでしょうか?
それとも…?

20120618

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2012年6月16日 (土)

新国立劇場「ローエングリン」(2012/6/16)

2012年6月16日(土)14:00
新国立劇場

ワーグナー:ローエングリン

「シュナイダーさんとフォークトさんの」という上演らしいことはネット上のクチコミ(大評判!)で伺っておりましたが、確かに、その通り。
オケは東フィルとは思えないほど(失礼!)素晴らしいですし、フォークトさんの声は、この世のものとは思えないほど甘美(完美!)。
しかし、フォークトさんの独り舞台…というわけでもなく、総合的に素晴らしかったのではないでしょうか?
確かにフォークトさんが“頭2つ”くらい、上に出ているのかもしれませんが、それは彼が素晴らし過ぎるのであって、他の役の皆さんも、十分に素晴らしいと言って良いと思いました。

フォークトさんの声を「ホルンの音色のような」とか「少年の声の(面影を残した)ような」という形容を、ネット上で拝見しましたが、実際に体感してみて、なるほど、本当にその通り!と思いました。
この声はくせになりますね。

演出は評判はいまひとつのようですが、プログラム冊子記載の「最小限の舞台装置で空間を大きく設定し、演技によって表現する」というコンセプトとしては、音楽の邪魔をせず、それなりによく出来ていたと私は思いました。
ただ、こういうやり方は、再演の時にも徹底できるかな?という疑問も少々。

この演出は、私のレベル(←低いです)では、斬新な切り口と言うよりは、比較的正攻法なのかな…と思いました。
視覚的疲労感を感じないという意味では、指揮者の作る音楽を邪魔されずに楽しむことが出来ました。
しかし写実的ではなく、多少抽象化した舞台なので、それなりに新しさも?

第2幕の最初の方は、あまりにも広い空間でポツンと演じられて、まあ、それは演出の意図かもしれませんが、視覚的にはともかく、ある意味、反響板の役割をする舞台装置が後方のパネルだけで、歌手には酷な条件だったかもしれません。
そういうことを考慮すれば、十分な歌唱と言って良いと思います。
後半、フォークトさんが出てきて声を出すと、それはもう、美しすぎて、身体の力が抜けます。
力強いという感じではなく、迫力はあまりない?
いや、声量は十分に劇場の空間の隅々まで染み渡っています。
うるささを全く感じさせない極上過ぎる声の美しさがそう感じさせるのかな。

演出は、意地悪い見方をすれば「経費節減?」という気もしますが、照明効果と群衆(合唱)を含めた人の動き、仕草で、いろいろと効果を出している場面もあり、私のレベルでは、まあ、不満は特にありません。
(絶賛もしませんけど。)

第3幕はもう、涙が出そうなくらいの至福の時空の連鎖。
フォークトさんの声は形容し難い美しさ。
シュナイダーさんの指揮するオーケストラの音も、これが東フィルですかという(失礼!)美しさ。
…いや、音色だけでなく、細部の微妙な表情付けやテンポ感など、よくぞここまで!
シュナイダーさんの指揮は、2007年の「ばらの騎士」の時は、極上の響きの中で、ところどころ荒々しい音が混在している印象もありましたが、今回は終始一貫、徹頭徹尾、極上の響きでした。

やはり「シュナイダーさんとフォークトさんの」ローエングリンであったことは確かですが、総合的にみても、十分素晴らしい上演だったと言って良いと思います。
カーテンコールでのフォークトさんとシュナイダーさんへのブラボーは凄まじいものでしたが、他の歌手の皆さんにも、まんべんなく熱い拍手が贈られていました。

最終日のチケットを買ったのは大正解。
こんな上演を観せられたら(魅せられたら)また何回でも観に(聴きに、が正確かな?)来たくなってしまいます。
しかし、もう明日以降、公演はありません。
お財布にも優しい!
その上、日程重複が懸念された先週の日曜日は、飯守泰次郎さんのオランダ人も聴けました。

後は蛇足ですが、愚痴を少々。

この日は第1幕で、コンビニの袋のガサゴソ音で度重なる妨害を受けました。
第2幕からは袋を床に置いたのか、ガサゴソ音はおさまったのですが、今度は何度も身を乗り出して、その度に後ろの人から座席の背もたれを蹴られて、それでも何度も身を乗り出して、全く懲りない方でした。

苦情が出たのか、第2幕が始まる前に、係のおねえさんが近くに来て「周りのお客様にご配慮いただき、お静かに鑑賞いただきますよう、お願いいたします」と肉声で注意。
その係のおねえさんに近くの人が「ちゃんと、シャカシャカやるな、と言わないと駄目だよ(笑)」と突っ込んでいて、係のおねえさん、微笑のまま固まっていました。

おまけに、駐車場で通路に駐車したとかで、品川ナンバーの車の呼び出しアナウンスが何度も…。
場内失笑。

毎回思うのですが、新国立の「身の乗り出しにご注意下さい」という意味の曖昧な日本語のアナウンスはいかがなものでしょうか?
英語のアナウンスは私の低レベルの英語力ではよく聞き取れませんが、「あなたの後ろの視界」というようなことを、ちゃんとわかるように(と言うか、論理的に)言っているような気がするのですが…。

…と、こんな状況下においても、こんなに楽しめたのは、素晴らし過ぎるシュナイダーさんとフォークトさんのおかげです。

スタッフ
【指揮】ペーター・シュナイダー
【演出】マティアス・フォン・シュテークマン
【美術・衣裳】ロザリエ
【照明】グイド・ペツォルト

キャスト
【ハインリッヒ国王】ギュンター・グロイスベック
【ローエングリン】クラウス・フロリアン・フォークト
【エルザ・フォン・ブラバント】リカルダ・メルベート
【フリードリヒ・フォン・テルラムント】ゲルト・グロホフスキー
【オルトルート】スサネ・レースマーク
【王の伝令】萩原潤
【4人のブラバントの貴族】大槻孝志/羽山晃生/小林由樹/長谷川顯

【合唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

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2012年6月15日 (金)

小林研一郎/日本フィル(2012/6/15)

2012年6月15日(金)19:00
サントリーホール

指揮:小林研一郎
日本フィルハーモニー交響楽団

(第641回定期演奏会)

シューベルト:交響曲第7番「未完成」
ブルックナー:交響曲第9番

マエストロのデビュー40周年記念の演奏会。
しかし、残念ながら、いろいろあって、あまり後味の良くない演奏会でした。
客席でノイズを出した人は、たぶん3~4人。
率にすれば、たったの0.2%くらい。
いや、自分の席から遠いところを含めれば、0.5%くらいにはなるのかもしれません。
でも、99.5%くらいの人は静かに聴いているのです。
たった0.5%くらいの人によって、演奏会が台無しになることもあるのです。
…いや、なるのですと断言しても良いのかもしれません。

会場ノイズとこの演奏。
レコーディング用と思われるマイクが設置されていましたが、この音源で、CD化するのでしょうか?
明日は頑張って下さい!
私は行けませんが…。

前半のシューベルトの「未完成」は、私は少々疲れ気味で眠かったので(意識は失わなかったですが)あまり注意深く聴いていなくてすみません。
でも、演奏が始まったとたん、コンコンと咳をずっとしているお客さんがいたり…。

ラザレフさんのときと比べるのは野暮かもしれませんが、音の出の処理(丁寧さ、揃い具合、もっと、ふわっと立ち上がってほしい!)、木管楽器の音色など、もう少々頑張ってほしいような気もしたり…。
(眠かったのに暴言失礼!)

後半のブルックナーでは、マエストロが指揮棒をまさに振ろうとした瞬間、LAブロックから女性のしゃべる声!
いったん開始するのをやめ、しばらく間合いをとってから再度指揮棒を構え直して始めた演奏、アンサンブルはいまひとつ。
さらに客席のノイズは続く…。

第1楽章の途中で、こんどはP席から、いまどき珍しい20時の時報がピッピッっと…。
静かな箇所だったので結構響いたと思います。
第2楽章では、これは近くの人しか気がつかなかったと思いますが、マナーモードの携帯端末のバイブレータ音が…。

チューニングしてから始めた第3楽章では、またもやP席から、たぶん腕時計のアラーム音が、ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ…と、結構長く…。
これは比較的音量が大きな箇所だったのが不幸中の幸い…などと言えるのかどうか…。

マエストロはこの曲の指揮は今回が初めてとのこと。
しかし暗譜ですし、自己陶酔の表情、仕草を含めて、完全に手の内に入っている様子。
それに対してオケの方は…。
もちろん、素晴らしい瞬間は多々ありました。
しかし、…。

やはり課題は、まだまだたくさん残っていると言わざるを得ないのでは?…と思いました。
終演後の会場は湧いていましたが、私は一人取り残された感じ。
強奏はまだしも、微弱音はかなり苦しい。
たとえ、それが献身的な熱演であったとしても。

私はアンチ・コバケンではありません。
しかし、在京オケのブルックナー演奏には、「強敵」が複数あることは周知の事実。
今の状態での「ブルックナー・Aクラス入り」は非常に厳しいでしょう。
ラザレフさんとの演奏があれだけ素晴らしいのに…。
演奏で、比較的良かったと思えたのは第2楽章。
しかし、あくまでも「比較的」の話しです。
(ネガティブですみません。)

話しを聴衆によるノイズに戻しますと、突発的ノイズは仕方ないと思います。
問題は執拗に、無神経に、長く続くノイズですね。
指揮棒を構えた瞬間の話し声は、完全にマエストロの耳に入ったのは明白。
腕時計らしきアラーム音も、おそらくマエストロの耳にも入ったのではないかと思います。
デビュー40周年記念の演奏会(花束贈呈あり)に、ノイズを出したのは私ではありませんが、聴衆の一人として、申し訳ない気持ちです。

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2012年6月14日 (木)

アルブレヒト/読響(2012/6/14)

2012年6月14日(木)19:00
サントリーホール

指揮:ゲルト・アルブレヒト
読売日本交響楽団

(第516回定期演奏会)

ブラームス:交響曲第3番
ブラームス:交響曲第1番

演奏会冒頭、第3番の最初の音が鳴った時、少し違和感。
う~ん、今ひとつ溶け合っていないような?
しかし第1楽章も中盤にさしかかると、ひょいひょいと、良い感じになってきた印象。
グイグイ押してくるわけではないのですが、じわじわと効いてくる感じ。
モダンなサウンドではなく、シャープでもなく、どことなくひなびた、ローカルな趣きの音。
でも、噛めば噛むほど味が出るような…。
ところどころ、ごく部分的に、アクセルを踏むかのように煽り気味の指揮になりますが、出てくる音は多少は高揚するものの、品が良いまま。

後半の第1番も、淡々と指揮しているようでいて、じわじわと効いてくる。
分解能は高くない、いや、低い。
ダイナミックレンジも大きくない、いや、小さい。
丸まった、団子状態に音!
ああ、それなのに、それなのに…。
素晴らしい!

まるで1970年代のアナログ末期の超優秀録音を聴いているような、ぬくもり、快感。
たぶん何箇所かはスピードアップし、煽っているのですが、そして現実に速くなっていたはずですが、作為的な印象や乱暴な印象は皆無。

正直、第3番の冒頭は
「離任して年数がたっているからねぇ…」
「スクロヴェチェフスキさんの治世3年間を経て、カンブルサンさんの治世になっているわけだし。」
「かつての手兵とは言っても、いまや…」
と思ったのですが、その後はそんな思いは吹き飛びました。
アルブレヒトさんの在任中は読響をあまり聴かなかった私。
もっと聴いておけば良かったなぁ…と今頃、また、思いました。

「また」と書いたのは、前にも思ったことがあるから。
常任最後の演奏会、芸劇でのマーラーの第9番

アルブレヒトさんの退任時に「今後は原則、2シーズンに一回の客演」と告知されたと思います。
そしてその通りになっています、たぶん。
次回は、また2年後ですかね。

ちなみに前半の第3番の演奏中に、P席でスマートフォンの電子音がピロリロッと…。
その持ち主の方は、結構焦っていて、でも楽が終わるまでは固まっていて、楽章間で端末を取り出して、電源をオフにしていました。
そのせいか、この日は休憩時間も、いつもと違い、客席で無線LANの電波は拾えませんでした。
…というわけで、サントリーホーは、携帯電話の電波は遮断される…と思って安心してはいけません。
スマートフォンで、無線LAN経由でプッシュ通知を受ければ、音が鳴ることもあるようで…。
あ、鳴らしたのは私ではありませんよ。

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2012年6月11日 (月)

クヮトロ・ピアチェーリ(2012/6/11)

2012年6月11日(月)19:00
王子ホール

クヮトロ・ピアチェーリ
 第1ヴァイオリン:大谷康子
 第2ヴァイオリン齋藤真知亜
 ヴィオラ:百武由紀
 チェロ:苅田雅治

(ショスタコーヴィチ・プロジェクト12)
(第12回定期演奏会)

アリ=ザデー:ムガーム・サヤギ(1993)
菅野由弘:弦楽四重奏曲(1976)
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第13番(1970)

いやはや、前半(一曲目)、面白過ぎ!!

その、アリ=ザデーのムガーム・サヤギは、舞台上にチェロ奏者だけの状態で始まり、舞台裏からヴィオラ、ヴァイオリンが聴こえてきて、やがてピツィカートで弾きながら3人が登場し、全員が舞台上に揃った後は、激しい応酬。
その後、なんと百武由紀さんがドラを鳴らし、真知亜さんがトライアングルを鳴らす!

やがて真知亜さんは、トライアングルから民族楽器?のような、素手で叩く太鼓へ!
(解説によると、ここで電子音も挿入されたようですが、私はあっけに取られていて気がつきませんでした…。)
それにしても真知亜さん、打楽器、上手、上手!
(N響でも叩いてみてはいかが?)

最後は再びチェロ奏者だけ舞台上に残り、舞台裏のヴィオラ、ヴァイオリンと静かなやり取り。
舞台裏からはトライアングルも!
演奏終了後、最初に舞台に全員揃ったとき、真知亜さんがヴァイオリンではなく、トライアングルを持っていて、これには笑ってしまいました。

そして休憩後の、作曲者のトークの後に演奏された菅野由弘さんの弦楽四重奏曲は、大学2年生の時の「一曲目」の作品とのことです。
菅野さんは、海外での自作の演奏に立ち会ってこの日成田着で帰国し、駆けつけたそうです。
「先日、リハーサルに立ち会わせていただきましたが、細部にこだわって演奏して下さるのを聴いて、私も書いたときに細部にこだわったことを思い出しました。」
「学生の時に、1年くらいかけて書いた曲です。いま、1曲に1年かけていたら、生活していけませんが…」(場内爆笑)
などなど。

理解して聴いた…などとは口が裂けても言えませんが、僭越ながら「感じる」ことなら私でも出来ます。
感じさせてくれたのは「演奏」です。
現代音楽でも…
(…と言って良いのかわからないくらい年月が過ぎていますが)
いや、現代音楽こそは、曲の楽しみは「演奏」で決まると思います。
演奏が良ければ、演奏が真剣勝負なら、難解なはずの現代音楽でも、理屈を超えて、音の楽しみに変わります。
心底、そう思いました。

クヮトロピアチェーリの演奏会は、前回聴きに来て、あまりの知的好奇心をかきたてられる素晴らしい演奏に驚嘆しての2回目の鑑賞。
(現代音楽と言いたくなる)20世紀後半の曲を演奏した後に、20世紀後半(中盤)の作品でありながら、すでに古典の趣きもあるショスタコーヴィチという絶妙の選曲。
この選曲からして、与えられた曲を弾く、ではなく、弾きたい曲を弾く、という姿勢が伺えて、まさに「定期演奏会」と呼ぶにふさわしい演奏だと前回も今回も感心した次第。

菅野由弘さんの弦楽四重奏曲は、(たぶん)特殊奏法の類は無しかな?
それに対してショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第13番は、部分的に楽器を叩く場面もあり、一曲目の打楽器を含んだ曲の選曲は、それも意識されていたのでしょうか?

ヴィオラ・ソナタ?と言いたくなるような長大なソロ?を集中力を切らさずに弾ききった百武由紀さんは本当に素晴らしい。
もちろん百武さんだけでなく、この4人全員の、弦楽四重奏にかける熱い思いは、音として伝わって来ます。

そしてこの演奏会の良いところは、おそらくお弟子さんと思われる音大生の方々が結構多く聴きにいらしていること。
先生方の真剣勝負の演奏を聴いた生徒さんの中から、必ずや将来…。

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2012年6月10日 (日)

飯守泰次郎/東京アカデミッシェカペレ(2012/6/10)

2012年6月10日(日)13:30
すみだトリフォニーホール

 

指揮:飯守泰次郎
東京アカデミッシェカペレ
(管弦楽・合唱)
(第43回演奏会)
ダーラント:小鉄和広
ゼンタ:並河寿美
エリック:片寄純也
マリー:小川明子
舵手:高野二郎
オランダ人:大沼徹

 

ワーグナー:さまよえるオランダ人(全曲・演奏会形式)

驚きました!
凄い水準ではありませんか!
指揮者と歌手はプロですが、皆さん本当にアマチュアですか?という印象。

なんと飯守泰次郎さんは、全く妥協していません!
(少なくとも素人の私のわかるレベルでは)
いや、賞賛されるべきは、妥協されなかった(←受身形)オケとコーラスの皆さんと言うべきでしょう。

聴く前は、正直、アマチュアであることへの多少の危惧があったのは事実です。
これまでもプロの指揮者とアマチュア・オケの演奏で「あらら」と思ったことは何度かあります。
しかしこの日の演奏は、「飯守泰次郎さんを聴くこと」に対する不満はゼロに近い素晴らしさ!
飯守マエストロの音を発散…いや、放射していて、お見事!と言うしかない。
最初からずっと、ドカン、ズシンと、飯守泰次郎さんの音が鳴りまくり、歌いまくりで凄かったのですが、特に第3幕の最初の辺りでの、凄まじい、轟きわたる、煽られまくりの大音響には心底、驚嘆しました。

歌手の皆さんも気合い入りまくりの歌唱。
この公演、アマチュア団体主催の公演とは言え、「後援:東京二期会」とはっきり明記されていることの意味(ある意味プレッシャー?)は、かなり大きかったのかもしれません。
部外者の想像ですが…。

強いて重箱の隅を突つくならば…。
ゼンタ役の並河寿美さんが、歌い始めの頃は緊張なさっていたのかな?
(それも最初のうちだけで、滑り出した後は万全でした!)
第3幕の幽霊船が出て来る所が、もっと劇的変化だったら…?
あとは、最後の最後に「ようやくたどり着いた…」という雰囲気が少しだけ音に出てしまったような?
でも、無理もありません。
3幕続けての上演で、長時間、弾きっぱなしだったのですから。
それよりも、これくらいしかネガティブな感想が無い方が凄いことです。

プロのオケと同列ですと言う意図はありませんが、何よりも良いのは、「飯守泰次郎さんの音楽」を奏でることの「喜び」を抱いて演奏していること。
そういう演奏でないと、聴衆に「聴く喜び」は与えられないでしょう。

この公演は、新国立の「ローエングリン」との鑑賞日程の重複をなんとか避けることが出来て、聴くことが出来ました。
飯守泰次郎さんが日本でオランダ人を振るのは今回が初めてとのこと。
貴重な鑑賞の機会を得たことの喜び!

全幕通しての長い演奏で、字幕もなかったためか、途中で出ていく人がちらほら見えましたが、字幕がないと音楽に集中できる面もあり、私個人としては大満足でした。

前日のコチシュ氏のモーツァルトを追体験するために終演後にみなとみらいへハシゴしようかとも思っていましたが、「満腹」のため、断念しました。
もう食べられません。

20120610

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2012年6月 9日 (土)

コチシュ/東響(2012/6/9)

2012年6月9日(土)18:00
サントリーホール

指揮&ピアノ:ゾルタン・コチシュ
東京交響楽団

(第601回定期演奏会)

リヒャルト・シュトラウス:交響詩「マクベス」
モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番
バルトーク:管弦楽のための協奏曲

交響詩「マクベス」は、透き通った音色。
オケがよく指揮に反応。
時々、R. シュトラウスを聴いているのか、リストを聴いているのか、わからなくなる体感?
それは差し置いても、おそらくコチシュ氏の音楽にメンバー全員が共感している様子。

続く弾き振りのモーツァルト、これがとんでもない極上の、「天国的」とはこういうものを言うのか、…というような世界。
コチシュ氏が弾いたのは、ピアノだけではなく、ピアノとオーケストラ?
東響の反応は、もうコチシュ氏の身体の一部のよう。
コチシュ氏は(ずいぶん前にFMで聴いた演奏(確か12番)のときもそうでしたが)普通にピアニストが弾く部分だけでなく、通常はオーケストラだけで演奏される部分も弾く。
そうやってオケを支えた後に繰り出すソロの妙技には驚くばかり。
小編成に刈り込んだオーケストラも、スダーン監督が振ったときのモーツァルトとは全く違う系統ながら、やっぱり東響のモーツァルトは自発的かつ美しい!
オーボエの最上さんがリハーサル後に「まるでコチシュ氏との室内楽のような」とツィートしていらっしゃいましたが、まさにそんな感じ。
ソロの部分のコチシュ氏のピアノは、可愛らしいモーツァルトから大きく踏み出して、スケールの大きなモーツァルトになっていたような気もしますが、それに何の不満がありましょうか。
とにかく、心から幸せになれる、かけがえのないひとときでした。

休憩後のバルトークは、一曲目の「マクベス」同様、透明感のあるオケの音色で始まりました。
しかし、それだけの単一色ではなく、低弦が静かにうねる箇所など、凄み、ちょっとした恐ろしさも感じさせるもの。
ピアニストの余技などではない指揮の力量です。
コチシュ氏は、途中全く間合いを取らず、全曲を通しました。

3曲とも暗譜。
コチシュ氏の指揮者としてのレパートリーがどれくらい広いのかは、私は存じ上げないのですが、少なくともこの日の3曲は一級品だったと言って良いでしょう。

本当に素晴らしい定期でした。
コチシュ氏は指揮もピアノも良かった。
オケのメンバーの皆さんの演奏も、それに応えて、本当に素晴らしいものでした。
しかし、この日のMVPは(スダーン監督か事務局の方かは存じ上げませんが)コチシュにオファーを出した方だと思います。
再招聘、希望します!

この日のプログラムと同じ演奏会は、翌日のみなとみらいでも開催されます。
マチネじゃなくて19:00からなんですよねー。
行けちゃうんですよねー。
困ったものです…。
でも、もう一回聴きたいけど、大切な思い出として封印した方が良いような気にもなる演奏でした。

(蛇足。シーズンプログラム発表以来、何度も曲目を確認して、モーツァルトのピアノ協奏曲第17番(23番と並んで私の一番好きな曲)だとわかっているはずなのに、なぜか何度も、バルトークのピアノ協奏曲を聴く気になっていた私。さすがにバルトークの弾き振りは無理ですかね?)

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アマリリス弦楽四重奏団(2012/6/9)

2012年6月9日(土)14:00
第一生命ホール

アマリリス弦楽四重奏団
 ヴァイオリン:グスタフ・フリーリングハウス、
        レナ・ヴィルト
 ヴィオラ:レナ・エッケルス
 チェロ:イヴ・サンドゥ

ハイドン:弦楽四重奏曲第74番「騎手」
ベルク:抒情組曲
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番
ウェーベルン:弦楽四重奏のための5つの楽章Op.5
       ~第2曲、第3曲
(アンコール)

切れ味鋭く感じたハイドン。
ノンビブラートではないですし、ピリオド風でもありませんが、スピード感のある疾走するようなスリリング感。
これは快感!です。

ハイドンに続く2曲目はベルク。
こんどはうって変わってロマンティックにすら感じる音。
難解な20世紀初頭の音楽ではなく、激しいながらも美しい。
妖艶なる美しさ?
私は耳で加減を聴き分けるスキルはありませんが、奏者の皆さんの左手を見る限り、ハイドンよりビブラート多めだったのでしょうか?
音も艶やかでした。
奏者が完全に脱力するまで静寂を保った会場は、その後は大喝采。
ハイドンでは1回だったカーテンコールが2回に。
大いに沸く会場に奏者の皆さんは本当に嬉しそう。
聴衆の鑑賞マナー、集中力も、かなりの良さです。

休憩後のベートーヴェンは、「通」の方が聴いたら、もしかしたら「深みが十分でない」ということになるのかな。
オケに例えるなら、私がソウル・フィルに感じた音の若さ?
しかし私は室内楽初心者なので、こういう演奏も「あり」だと思い、十分に楽しみました。
機能的には快感を覚えるほどですし(たぶん)、音響として聴く分にも美しさ、歯切れの良さ、迫力、微弱音のニュアンスを、全て完璧に兼ね備えた演奏だと感じました。
ただ、ドイツ的なものを感じるかというと、ちょっと違うかもしれません。

第1ヴァイオリンの方の、メモの紙片を見ながらの日本語の短いスピーチの後に演奏されたアンコールは、ウェーベルン
ベートーヴェンより、こちらの方が良いかも…という思いは多少ありました。
でも、全般的に十分良かったと思いました。
私は室内楽はあまり聴かないので他の団体との比較とかは出来ないですが、「もう一回聴きたいか?」と問われれば、返答は迷いなく「Yes」です。
「もう一回、最初から聴きたいか?」と問われても「Yes」です。

20120609

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2012年6月 4日 (月)

児玉麻里&児玉桃(2012/6/4)

2012年6月4日(月)19:00
JTアートホール アフィニス

ピアノ:児玉麻里
ピアノ:児玉桃

(JTアートホール室内楽シリーズ
No.371 二台ピアノの精華~児玉麻里&児玉桃~)

モーツァルト:二台のピアノのためのソナタK.448(375a)
フォーレ:ドリー Op.56
(連弾)
ストラヴィンスキー:春の祭典(二台ピアノ版)
ラヴェル:マ・メール・ロワ
~パゴダの女王レドロネット、妖精の園
(連弾)(アンコール)

モーツァルトの作品は、確か、同じ麻里さん、桃さんの演奏で、たぶん同じ曲を、LFJで聴いたと思います。
しかしそれは、約800席のホールB7の最後列でした。
小さいホールで聴く音は全く別物と言って良いくらいの素晴らしさ!
躍動感あふれる楽しさ、情感を込めた音。
曲の構造も「ああ、やっぱりモーツァルトは凄いよ、アイネ・クライネ…に匹敵するのでは?」と思えてきます。
もちろん、それを示してくれたのが、隅々まで気配りが効いた、息の合った演奏であったことは言うまでもありません。

2曲目のフォーレは連弾。
2台ピアノでも連弾でも、2人の均質性は明らかです。
別々に聴けば、それなりに違う個性を感じることもあるお二人ですが、やはり一緒に弾くと、他人ではない関係性が溶け合います。
表情付けが徹底され、美しいことこの上ありません。

そして後半のストラヴィンスキー。
管弦楽でないハンディなど、思い出させない凄まじい集中力が襲いかかってきます。
ソロで聴いても凄い方が二人揃って、葛藤も妥協もなく、響き合い、溶け合い、ぶつかり合わずに共鳴して、1+1>2。

LFJでの小曽根さんと桃さんの競演?は、私は体調不良で聴くのを断念したのですが(空席をひとつ作ってしまい、申し訳ありません!)、本日の「響」演!の音を小ホールで浴びた快感は筆舌に尽くし難いです。

なお、2台ピアノの時は、麻里さんが上手側、桃さんが下手側。
アンコールでは、椅子を下手側に移動して、連弾でマ・メール・ロワから2曲。
これまた、管弦楽でないハンディを全く感じない美しい音の粒子。
すみずみまで磨きあげ、表情付けをし、妙技を尽くし、気合いを入れ、その上での均質性だから凄い、凄い。

こういうことを言うとひんしゅくをかいそうですが、表情付けの徹底が十分でないオケの演奏よりも、表情付けがすみずみまでゆき届いた児玉姉妹による2台ピアノの方が、数段素晴らしいかもしれません。
もっとも、最近、春の祭典の、むごいオケの演奏というのも、ほとんど出会わないような気もしますが。

こうして児玉姉妹による2台ピアノの演奏を聴いた後で、昨日の麻里さんによるチャイコフスキーのピアノ協奏曲を思い出すと、あの協奏曲でのピアノも、本日のストラヴィンスキーに通じるところがあるような、鋭い音の連射だったのかな。
今回の「来日」では、私は日程の都合が付かず、もう聴けないのですが、麻里さんも桃さんも、またぜひ聴きたいです。

20120604

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2012年6月 3日 (日)

ポーガ/新日本フィル(2012/6/3)

2012年6月3日(日)15:00
パルテノン多摩

指揮:アンドリス・ポーガ
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第79回多摩定期演奏会)
ピアノ:児玉麻里

チャイコフスキー:歌劇「エフゲニ・オネーギン」~ポロネーズ
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
チャイコフスキー:交響曲第5番

こんなに集中力のある、引き締まった新日本フィルを、久しぶりに聴いたような気がしてきました。
こんな表情の新日本フィル・メンバーを「見た」のは久しぶり?(暴言失礼!)
錦糸町でやって下さいよ、こういう演奏を!

この日は本当は、あらかじめ計画していた休養日。
しかし、数日前からのもやもやとした気持ちが、前日の演奏会をクリアした後も晴れないので、つい…。

冒頭の「エフゲニ・オネーギン」~のポロネーズで、いぃなりモスクワ放送交響楽団(古い?)のような音が新日本フィルから飛び出してびっくり。
こんなに筋肉質に引き締まった新日本フィルの音、しつこいですが、久しぶりに聴いたような…。(重ね重ね、暴言失礼!)

児玉麻里さんの独奏でピアノ協奏曲第1番、これがまた、凄かった!
私は麻里さんはデュオでしか聴いたことがなかったのですが、比較的クールな桃さんに対し、パッションの麻里さんという印象を持っていました。
その通りの、情熱的で、情感を込めた演奏だったと思います。
麻里さんは、姿、表情からもかなりの気迫が伝わってきましたが、演奏も煽り気味、しかし、下品にはなっていません。
オケの方に顔を向けて煽るように弾く場面も多数。
指揮のポーガさんも、新日本フィルも、受けてたって、最後は「競争」曲に…。
「よりによって麻里さんに、有名曲のチャイコフスキーのピアノ協奏曲ですか?」と、事前に少しでも考えた自分が恥ずかしい。
麻里さんは、この有名曲を、少しもバカにしていませんよ。
前日にも、似たようなことを書いたような…。)
…というわけで、ピアニスト、指揮者、オケが本気になれば、こういう名演が誕生するのでした。
ジルベルシュタインさんのときより、新日本フィルの音は良かったと思います。ホルンは、音をはずしませんでしたし。)

前半も「最近の新日本フィルにしては…」という素晴らしい音でしたが、後半の交響曲第5番は、さらに素晴らしい。
この若き指揮者、金の卵…いや、金のヒナかもしれません。
指揮の動作には、肩に力の入ったところは皆無。
しなやかな動作は視覚的にも美しいくらいに音楽的。

第2楽章でのホルンだけ、少しだけひやっとしましたが、それ以外は、最近の新日本フィルとは見違える…いや、聴き違えるくらいの鉄壁な音色とアンサンブル。
しかもオケのメンバーの皆さん、最近の錦糸町での様子とは目つきが違う。
(何度も同じことをすみません。)
細部まで表情付けが徹底しているのが、素人の私にすらよくわかります。
おそらく金、土の2日間のリハーサルだったと推測しますが、ラザレフさんの特訓を受けた日フィル定期に匹敵するくらいの徹底ぶり、これは凄い。
これが力任せの爆演ではなく、甘美なところはしっとりと歌わせた上での高次元の演奏だからさらに凄い。
最後の最後のギアチェンジも見事に決まり、壮大な終結。
3.11以降の新日本フィルに、ときおり感じることあったもどかしさは皆無でした。

もしかしたら、音に多少の若さはあったのかもしれません。
しかし、私の脳内での比較対象はテミルカーノフさん!
このまま順調に伸びれば、末恐ろしい大器かもしれません。

休養日を“出勤日”にしてしまいましたが、とりあえず、昨日までの数日間のもやもやした気持ちを吹き飛ばしていただいたので、出かけて良かったです。

最後にもう一回。
新日本フィルさん、錦糸町でこういう演奏をして下さいよ!
私は意地が悪いので、「扉」で音楽監督の振る同じ曲目の演奏は、チェックしに行こうかな、と思ったりしています。

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2012年6月 2日 (土)

パーヴォ・ヤルヴィ/フランクフルト放送響(2012/6/2)

2012年6月2日(土)16:00
横浜みなとみらいホール

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
フランクフルト放送交響楽団
(hr交響楽団)
ヴァイオリン:ヒラリー・ハーン

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番
      ~アンダンテ、アレグロ
(アンコール)
ブルックナー:交響曲第8番
シベリウス:悲しいワルツ
(アンコール)

ブルックナーの大曲の後に、まさかのアンコール。
これが「本編より凄かったのでは?」と思うほどの素晴らしさ!
16:00開演で18:43頃の終演。
結果的に、時間的にはかなり長い演奏会でした。
しかし、長さを全く感じずに堪能させていただきました。
ヒラリーさままで出演しての、この演奏会、コストパフォーマンス(で論じるのも品が無いですが)抜群のお値打ち!です。

前半は、去年3月の来日が震災の影響で中止になった、待望久しいヒラリーさまの独奏。
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲という選曲に、事前に「これがショスタコーヴィチだったら…」と少しでも考えた自分が恥ずかしい限り。
ヒラリーさまはこの有名曲を少しもバカにしていませんね。
高度にコントロールされた大技、小技の連射です。

ヒラリーさまの音は、かつてこの曲をレコーディングした頃も凄かったはずですが、私はその頃の生演奏は未聴。
想像するに、あの頃に比べてさらに進化(深化!)しているのでしょう。
2曲のアンコールは、これまた、今回はリサイタルを聴く予定のない私にとっては、最高の贈り物。
どこがどう…などと考えることは許されず、ひたすら美しさに酔うのみでした。

後半のブルックナーは、前半の2つの楽章は「もしかしてカラフルなブルックナー?」とも思ったのですが、後半の2つの楽章ではそういう印象も受けず、気のせいだったのでしょうか?
オケが100%の調子だったかどうかは私にはわかりませんが、十分に素晴らしい。

いや、ありていに言えば、ホルン、トランペットだけでなく、弦楽器の出もひやっとしたところがあったような…。
もっと重箱の隅を突けば、木管の音色も一瞬…。
しかし、総合的な音のレベルから類推するに、ベストコンディションだったら、このような箇所は、もっと少なかったのでしょう…と想像しました。
ちなみに、演奏会開始の日本時間で16:00は、フランクフルト時間(と言うか、中央ヨーロッパ時間、CET)の午前9時なのかな?
もちろん、時差のせいとは限りませんが…。

まあ、生演奏では不可避の傷もあったのかもしれませんが、そんなことでこの演奏会の価値は揺らがないでしょう。
特に第3楽章の美しさは秀逸で、永遠に終わらないでほしいと願いたくなりました。
第4楽章の最後の音が鳴り終わってすぐの拍手。
しかし会場の大半は追従せず、いったん拍手がおさまった後に盛大な拍手開始。

ブルックナーの後にアンコールをやるとは予想もしませんでしたが、聴いていて、悲しいワルツは、ブルックナーの後にやるのにベストの選曲かもしれないという気がしてきました。
普通なら「ブルックナーの後にアンコールをやるなんて!」と思うところですが、聴いていて、意外と不自然に感じなかったのが不思議でした。
ブルックナーでは比較的理性的に構築された音響だったのかもしれませんが、アンコールの悲しいワルツは、一転して情熱的と言って良いのでしょうか?
しかし、聴こえるか、聴こえないか…の微弱音は、美しいと同時に、凄みすら感じました。

終演後のサイン会は長蛇の列。
たぶん私は、40分以上並んだと思います。

私がパーヴォさんの演奏会本番を生で聴くのは、東響定期客演の時以来のような気がします。
出世されましたね。
今や、東響定期客演は、年寄りの回顧談のようになってきました。
「マゼールやゲルギエフも、以前…」の域に近づいたのかもしれません。

さらに言えば、私がフランクフルト放送響(現在の正式名称はhr-Sinfonieorchester)を生で聴くのはインバルさんとの1987年来日以来、なんと25年ぶり。
パーヴォさんとヒラリーさんで、私にとっては、来日団体中で「今年一番」の楽しみでした。
しかし、数日前に、ちょっとした個人的な、意図も予期もしていなかった出来事があり、少々気が重い状態で会場へ向かうことになったのだけは残念でした。
しかし演奏が、そのもやもやを跳ね飛ばしてくれました。

さらに蛇足ですが、この演奏会では、私の隣りの席の方が、演奏中に小さいながらも身動き、手振りなどをされるので、時々集中力をそがれました。
しかし、ブルックナーが終わったところで帰っていかれたので、アンコールの悲しいワルツは邪念を抱くことなく、楽しめました…。

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