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2012年8月の9件の記事

2012年8月28日 (火)

下野竜也/都響(2012/8/28)

2012年8月28日(火)19:00
サントリーホール

指揮:下野竜也 他
東京都交響楽団

(第739回定期演奏会Bシリーズ)
ピアノ:舘野泉 

《日本管弦楽の名曲とその源流-15(プロデュース:一柳慧)》
ケージ:エトセトラ2(4群のオーケストラとテープのための)
(指揮:下野竜也、大河内雅彦、松村秀明、沖澤のどか)
一柳慧:ピアノ協奏曲第5番「フィンランド」
     - 左手のための
(世界初演)
一柳慧:交響曲第8番「Revelation2011」(管弦楽版初演)

仕事も疲労もたまっているのに(お金は貯まっていません)、仕事を放り出してサントリーホールへ。
この疲れの原因は、7月30日以来、パワースポットに行っていなかったせいに違いありません。
その証拠に、終演後は疲れもどこかへ吹き飛びました。
気分が高揚して麻痺しているのかもしれません…。

ケージのエトセトラ2は、下野さんほか、全部で4人の指揮者。
オケも4群に分かれて配置され、それぞれが関連性なく?音を出します。
全員が普段着で、指揮者も含めてバラバラと登場して、チューニングもなく、さりげなく始まり、断続的…ではなく、断片的に鳴ります。
バックには一貫して環境騒音(ケージの部屋で録音されたとか?)が流れるています。
4群のオケからバラバラと、入れ替わり立ち替わり、立ち上がってソリスト席へ行って少し弾いてまた戻る。
これで「ケージがわかった」などとは口が裂けても言えませんが、片鱗に触れることは出来たと言って良いのかもしれません。

面白かったです。

私が面白かったと感じたのは、もの珍しさもあったと思いますが、でも、演奏が良かったのでしょう。

後半はまず、舘野泉さんの左手ソロで、一柳慧さんのピアノ協奏曲第5番「フィンランド」の初演。
一時期難解だった現代音楽が「聴衆の側」に向き直って来ているのかな…というような印象を受けました。
もちろん媚びてはいなくて、純然たるシリアスな音楽だと思しますが、聴感上は比較的耳に優しい印象。

委嘱してまで弾いた舘野さんも素晴らしい。
片足を引きずりながら登場した舘野さん。引退など念頭になくて、
「弾きたい!弾きたい!お金を払ってでも弾きたい!」
…なんだろうな…と、ちょっと目頭が熱くなりました。
以前聴いたラヴェルの左手よりも、より「らしい」演奏だったような印象です。
素晴らしい曲が誕生した…と言って良いのでしょう。
きっと館野さんのレパートリーに組み入れられるはずです。

続く交響曲第8番の「リヴェレーション」とは「黙示録」のことだとか。
管弦楽版では初演とのこと。
プログラム冊子によれば、3.11の後に、それを念頭に書かれた曲のようですが、描写的ではなく、暗く深い情念のようなものを感じる曲。
なんとなく、第1次世界大戦の頃に書かれた、オネゲルとかマルティヌーとかの交響曲をも連想しました。
協奏曲同様、現代音楽にしては耳に優しいと言って良いのかな。
しかし、純然たるシリアスな音楽であるのも同様。
音楽の持つパワーを体感させてくれた名演!でした。
下野さんの指揮も、都響の演奏も、定期演奏会クオリティ。
会場は、こういう演目なのに、かなり湧きました。

一柳慧さんの協奏曲と交響曲、2曲の初演を、都響定期の後半のメイン・ディッシュとして聴けることは、相当の幸せだと思います。
聴衆も作曲家も。
普通の交響曲が終った後のようにブラボーの声もかかっていました。
客席で聴いていた作曲家が舞台に呼ばれ、その作曲家に心から拍手を出来るというのは、なんと幸せなことでしょう。

まだサマーフェスティバルのまっただ中なのに、フライング気味で(でも、サマーフェスティバルの一環のように)始まってしまった秋シーズン。
ヤマカズ/新日本フィルでのシーズン終了からの日数が短かったこと!
もっとも、読響の「3大~」を入れれば、シーズンは続いていたようなものでしたが…。

都響定期を振り終えた下野マエストロは、あっという間にライバルに早変わりし、インバルさまに対抗して「復活」を振ります。
いや、その前哨戦は、この日の前半の服装から、すでに始まっていたような…。

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2012年8月26日 (日)

上原彩子(P)(2012/8/26)

2012年8月26日(月)14:00
横浜みなとみらいホール

ピアノ:上原彩子

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」
リスト:孤独のなかの神の祝福(「詩的で宗教的な調べ」より第3曲)
リスト:リゴレット・パラフレーズ
ムソルグスキー:展覧会の絵
リスト:「愛の夢」第3番
(アンコール)
チャイコフスキー:5拍子のワルツ(アンコール)

上原さんのピアノは、これまで協奏曲で満喫してきたつもりでしたが、ソロ・リサイタルで聴く上原さんは格段に凄い。
合わせる義務(?)から解放されたピアノが自由に飛翔する様は、唖然とするのみ。
「展覧会の絵」がオケでないことの不満は皆無、そんあものは凌駕した演奏でした。

一曲目のベートーヴェンも、特に第2楽章の悠然たる音に魅惑されましたが、リストの2曲になると、その雄大なスケールが、とてもピアノ1台とは思えないほどに拡大。
ベートーヴェンが小さいわけではありませんが、ベートーヴェンからワーグナーになったかのような拡大感。
リストの2曲は、私はたぶん初めて聴いたと思いますが、全く飽きずにその世界に浸りきりました。
流れる大河のような世界は、鍵盤楽器の粒立ち感よりも、ブレンドされたハーモニー、オケを聴いているのに近い体感です。

休憩後の「展覧会の絵」では、冒頭のプロムナードからピアノの音がホール空間に君臨しました。
よほどの指揮者でないと、オケ版でもここまで表情付けできないよ、と言いたくなるくらいに多彩。
ピアノのハンディは皆無で、むしろ小回りが効き過ぎ…の快感!
驚くほどの強弱と表情付けを散りばめながら、ラヴェル編曲版と原曲ピアノ版が明確に違う箇所(「ビドロ」の開始や「リモージュの市場」の開始など)は、ラヴェルに歩み寄ったのかな?…と思うような表現を一瞬していたように感じたのも面白かったです。

あまりの凄さのためか、ぎっしり入った客席から、最後の音が消えるまで、フライングの拍手は出ませんでした。
演奏中の客席ノイズはそれなりにあったようですが、みなとみらいの休日マチネで、これだけ席が埋まっていたことを考慮すると、まあ、許容範囲とすべきでしょうか。

アンコールの、特に「愛の夢」は、それはそれは美しい。
しかも。ただきれいに鳴らしただけでなく、情感たっぷりの、魅惑的としか言いようのない、素晴らしいものでした。

客席は良く埋まっていました。
空席が目についたのは3階正面の上段後方と3階バルコニー、そして2階バルコニーのごく一部くらい。

以前NHK-FMでリサイタルのライヴを聴いてから、ぜひ一度会場で聴きたいと思っていた上原さんのソロ。
期待以上の素晴らしさでした。
私の場合、冒頭に書いたように、ピアニストの大半はオケの演奏会で協奏曲を聴いています。
しかし、協奏曲を聴いただけで、そのピアニストをわかったつもりになっていてはいけない…と自戒した次第です。

この日の上原彩子さんのピアノ・リサイタルのチケットを持っていなければ、昨日ハーディングさま、今日マエストロ・ヤマカズという1泊2日の“松本詣で”が出来たのですが、上原さんのリサイタルに行くのをやめることは全く考えませんでした。
先週マエストロ・ヤマカズ、昨日ハーディングさまというスケジュールも可能でしたが。さすがに松本2往復は身体にこたえるので(1回だけ経験あり)、先週のマエストロ・ヤマカズ1公演だけにしました。
ネット上では、ハーディングさまの指揮は大評判のようです。
しかいs、これも縁。
あらゆる公演を全て鑑賞することは出来ません。
全く未練が無いと言ったらうそになりますが、上原さんの「展覧会の絵」は、その未練を帳消しにしてくれる素晴らしいものでした。

20120826

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2012年8月19日 (日)

サイトウ・キネン・フェスティバル松本「火刑台上のジャンヌ・ダルク」(2012/8/19)

2012年8月19日(日)16:00
まつもと市民芸術館・主ホール

サイトウ・キネン・フェスティバル松本
オネゲル:「火刑台上のジャンヌ・ダルク」

少なくとも、マエストロ・ヤマカズは期待以上(と言うことは、私的には文句無し!)、オケも十分過ぎるくらいに素晴らしかったと思います。
舞台作品である以上、全てを手放しで絶賛という公演はそうそうないので、私の個人的な好みと合わない「部分」があるのは致し方ありませんが、少なくともマエストロの指揮は、聴きに行った甲斐があったと大満足でした。

もう、山田さんに「若き」と言う形容詞を付けるのはやめよう…と思いました。
プログラム冊子(¥2,000)の東条碩夫先生の文章によれば、小澤征爾さんが初めてこの作品を指揮したのは31歳のとき。
山田和樹さんはいま33歳。
キャリアに不足はない。
…とのことです。

マエストロの唖然とするしかないスケールの大きさとニュアンスの豊かさ(←私の語彙の不足は御容赦を。)は、元々高かった期待値を遥かに凌駕する素晴らしさ。
最初のうちは、特に合唱の小さな声の部分に「小澤さんだったら」と、一瞬思ったことは事実です。
しかしそれは、ほんの数分間のみ。
サイトウ・キネン・オーケストラの、オールスター集結のパワーをまざまざと見せつけてくれました。
このコンビ、素晴らしい!
オケの音色は、やっぱりサイトウ・キネンっぽい響きで、そういう意味では、小澤さんの代役を無事に…と言いそうになりますが、空回りせずにこんな音を、それも平然と、響かせることの出来る指揮者が只者であるはずがありません。

合唱に関しては、声をはりあげた時のスケール感と透明感は文句無しに素晴らしい!
ただ、小さな声の箇所は、冒頭に限らず、さらに上のレベルを望みたいような気もしました。
まあ、アマチュアとのことですから、大健闘と言うべきなのかもしれませんが…。

ジャンヌ・ダルクの演技はどうだったのでしょう?
私はフランス語は(フランス語だけではないですが)わからないので、偉そうに乾燥を述べる資格は無いのですが、なんとなく(絶叫調すら)平板に感じたのは気のせいでしょうか?
まあ、神がかっていなくて、理性的に演じたということなのでしょうかね?

舞台はオーケストラの周囲を花道?が四角形に囲み、奥の辺には、上から見ると十字架の形に見える場所が設けられ、十字架の縦の線の幅が広めでオケに食い込んでいます。
演技はそこを中心に、オケの周囲の、左右や前方も使って繰り広げられます。
合唱はさらにその奥の、3階建のシンプルな形のケース?に入って歌っていました。
合唱は全員白っぽい服。
時折、そこに、独唱者も顔を出して歌う場面もあり。
最後の方で、ドスンと大きな音がしたが、気分が悪くなった方でもいたのでしょうか?

演出は(私がわからなかっただけかもしれませんが)さほど、どぎついことをしているわけでもなかったのかな。
ジャンヌ・ダルクの背面から、かなり強いスポットライトを客席に向けて照らす箇所が何箇所もあったのですが、意味は私にはよくわかりません。

私は最安席の4階席だったので、おそらく小澤さんが客席に入って来たと思われる拍手も、1階席の様子はわからず、1階席の席の埋まり具合いもわからず。
両サイドのバルコニー席は1階から4階まで大半が空席だった模様です。

私の席からは、普通に座っているとマエストロの指揮棒の先が見える程度。
最後列なので、少しだけ身を乗り出すとマエストロの上半身が見えました。
このオケのメンバーを前に、客席の小澤さん?を背に、全く力みのない指揮姿、そして、そこから生まれる音の自然なハイパワーには、もう驚くしかありません。

私はこの日一回限りの鑑賞ですが、残りの公演も、おそらく多少の微修正も入って、さらに素晴らしい上演になるでしょう。

ジャンヌ・ダルク:イザベル・カラヤン
修道士ドミニク:エリック・ジェノヴェーズ
語り:クリスチャン・ゴノン
ソプラノ独唱:シモーネ・オズボーン
ソプラノ独唱:藤谷佳奈枝
アルト独唱:ジュリー・ブリアンヌ
テノール独唱:トーマス・ブロンデル
バス独唱:ニコラ・テステ

合唱:SKF松本合唱団、栗友会合唱団、SKF松本児童合唱団
演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ
指揮:山田和樹

演出:コム・ドゥ・ベルシーズ
アーティスティック・アドヴァイザー:ブロンシュ・ダルクール
装置:シゴレーヌ・ドゥ・シャシィ、森安淳
衣装:コロンブ・ロリオ-プレヴォ、田中晶子
照明:齋藤茂男

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2012年8月18日 (土)

小林研一郎/読響(2012/8/18)

2012年8月18日(土)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:小林研一郎
読売日本交響楽団

(第57回みなとみらいホリデー名曲シリーズ)

シューベルト:交響曲第7番「未完成」
ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界から」

他の曲もそれなりに…、いや、十分に良かったと思いますが、ドヴォルザークが一番「らしく」鳴り渡り、「やっぱりコバケンは東欧ものの方が…」と短絡的に結論づけるのは早計でしょうか?

私は、肩書きがついてから初めて聴くこのコンビ。
コバケンと読響の相性は、私にはよくわかりませんでしたが…。

「未完成」は、6月の日フィル定期1日目のときよりも、アンサンブルの精度が良く、きれいによく響いている印象。
(もっとも、あの日は前半は少し眠かったので、断言は出来ません。)
ただ、なんとなくコバケンにしては音が金属的な感もあり、正直、どう捉えて良いのか迷いました。
読響らしい音を生かして鳴らした…ということなのでしょうか?

ベートーヴェンも、以前、日フィルで聴いたときの印象に比べると音はメタリックな印象。
ミスターSやカンブルラン様にはピッタリの音だと思いますが、コバケンにはどうなんでしょうか?
かと言って、決して悪い演奏などではなく、十分過ぎる気合いの入った演奏です。

「未完成」は2つの楽章を、間合いを置かずに続けて指揮。
ベートーヴェンの5番では、楽章間で汗を拭う、拭う、拭う…。
第3楽章の前にオケはチューニング。
そのチューニングした後のきれいな音に混じるコバケンのうなり声。
まあ、いつものことですが…。
繰り返しは無しだったと思いますが、「あ、次へ行ってしまうのね」と、少し残念な気もしました。

前半が精度良いアンサンブルがきれいに鳴った、ややメタリックな印象のサウンドだったとすると、後半の「新世界」はスラヴ的な要素がほのかに宿る、ドヴォルザークらしさを感じるサウンド。
こちらでは精度よりも豪快さが前面に出た印象です。
オケのメンバーは全力投球で弾いているように見えるし、前半のベートーヴェンで少し耳ざわり(失礼!)に感じたコバケンのうなり声も「新世界」の豪演では、あまり気になりませんでした。
3曲とも暗譜で振ったマエストロは全く迷いのない、没入しきった指揮。

…と言うわけで、私としては満足度の高い演奏ではあったのですが、コバケンと読響のコンビというのはどうなのでしょう?
かみ合わなかった時の日フィルよりは格段に良いのは確かです。
でも、かみ合った時の日フィルの方が、さらに良いようにも思えてしまいました。

もう一つ気になったのは、豪快な熱演だったにもかかわらず、終演後の楽団員の皆さんの表情があまり明るく感じられなかったこと。
ミスターSとの演奏の後のように「いやー、凄かったねぇ」みたいな雰囲気ではなかったような…。
まあ、今回は、ゲスト奏者多めだったのかな?
コンマスも、小森谷さんは内側に座っていましたが、ゲストコンマスに伊藤亮太郎さんを迎えていました。
そんなせいもあったのかな?と邪推したり…。
(そう言えば、小森谷さん、松本に行かなくていいんですか?)

私は決してアンチ・コバケンではなく、コバケンのピリオドでないベートーヴェンも、お得意のチャイコフスキーも、かなり好きな方です。
でも、やっぱり日フィル(チェコ・フィルなら、さらに良い)で聴きたいような…。

…と、ほめているのか、けなしているのか、わからなくなってきましたが、読響の三大交響曲は、以前、下野さんの指揮でも聴いたことがあります。
タイトルから受ける印象とは裏腹に、演奏のクォリティは、2回とも主催公演のレベルだと感じました。

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2012年8月12日 (日)

ウルバンスキ/東響(2012/8/12)

2012年8月12日(日)15:00
昭和音楽大学テアトロ・ジーリオ・ショウワ

指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ
東京交響楽団

(フェスタサマーミューザKAWASAKI2012)
ピアノ:ベフゾド・アブドゥライモフ

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
チャイコフスキー:ノクターンOp.19-4
(アンコール)
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

サマーミューザのラインナップが発表になったときにウルバンスキさんの名前に大喜びしたのですが、まさかこれほどとは。
“夏祭り”の演奏会に対する期待を遥かに凌駕し、定期演奏会クオリティをも凌駕し、マゼールさん、ゲルギエフさんの特別演奏会に迫るのではないかというテンションの高さ。
首席客演指揮者に招いた、事務局も大勝利です。

前半のチャイコフスキーは、冒頭からして、東響の音がモダンなサウンドに変貌している印象。
ウルバンスキさんは、最初は譜面を開かずに振っていましたが、途中から譜面を開きました。
しかし、楽譜にかじりついている様子はなく、それこそ、ピツィカートひとつに至るまで、ていねいに表情付けが徹底されている印象。
アブドゥライモフさんのピアノは、この曲の豪快な側面を封印し、チャーミングで表情豊かな曲として演奏したのでしょうか。
ピアノは、がなりたてず、魅惑的なメロディを、歌う、歌う、歌う。
透明感のある高音域のクリアーさもあって、土俗的ではなく洗練された方の印象。
それにしても、ピアニストも凄いのですが、伴奏をここまでのレベルで鳴らしたウルバンスキさんも凄い。
ピアノの音に耳を奪われながら、しばしばオケの音、それも“合いの手”に過ぎないような箇所にさえも耳を奪われました。

アンコールは、本編にも増してチャーミングな音。
静かな、本当に静かな、物理的には小さな音なのに、胸に迫るものは大きいです。

さて、前半の協奏曲でのオケの鳴らし方からして非凡な音でしたが、休憩後のショスタコーヴィチは、もう唖然とするしかないコントロール。
そう、コントロールなのです。
指揮者は熱狂はしていないのです。
力のこもったグイグイという指揮なのに、冷徹にコントロール。
特に弱音部の持続を、形容しがたいニュアンス(←語彙枯渇失礼)で維持した指揮者も東響も素晴らし過ぎ!
そして、えぐるような箇所では、確かにウルバンスキさんは力強く腕を振りますが、全奏者が申し合わせたように、前のめりの姿勢になって、全身で音を出す。
「テンポが独特」との前情報でしたが、全般的には奇をてらった印象はなく、正攻法の横綱相撲で寄り切った印象。
何箇所か、おっ、と思う箇所はあったのですが、あっという間に通り過ぎてしまいました。
結果は有無を言わさぬ説得力の勝利。

演奏終了直後、起立する前、ウルバンスキさんが汗を拭っている間、弦のトップ奏者の皆さんが握手しあっていたのは、東響定期でもあまり見ない光景だったかもしれません。
オケの皆さんにとっても、会心の演奏だったのでしょう。
技術的に完璧ではない箇所もあったような気もしますが、重箱の隅を突くことに意味はありません。

“夏祭り”の演奏会ながら、会場は、お義理の拍手などではなく、大興奮の拍手。
いや、東響にとっては、“夏祭り”どころか、ウルバンスキさんを迎えて、必死のリハーサルだったに違いありません。
まだ着任前ですが、実質的には就任披露演奏会。
一回目の客演で「新世界より」という有名曲プログラムを振った後、次は定期演奏会に招聘されてショスタコーヴィチ、今季は名前がないと思ったら、オフシーズンに待望の再招聘。
そして、首席客演指揮者就任の発表。
ともあれ、この才能ある若い指揮者に、ポストを引き受けてもらったことは慶賀の至り。
東響の明るい未来を祝福いたします。

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2012年8月11日 (土)

山田和樹/新日本フィル(2012/8/11)

2012年8月11日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:山田和樹
新日本フィルハーモニー交響楽団

(新・クラシックへの扉 第24回)
ピアノ:萩原麻未

ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
ラヴェル:ピアノ協奏曲
ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女
(アンコール)
サン=サーンス:交響曲第3番「オルガン付」
ビゼー:「アルルの女」~アダージェット
(アンコール)

亡き王女のためのパヴァーヌは、指揮棒を持たずに暗譜での指揮。
例によって「20歳くらい年上、年齢、ごまかしてません?」の印象さえ受ける自然体の指揮。
新日本フィルの比較的シャープな音との相性はわかりませんが、音から香り立つようなニュアンスの豊かさは、やはりただの若手ではありません。

続く萩原麻未さんの独奏によるラヴェルの協奏曲。
このピアノの音は、すでに「自分の音色」を持っている、確立している印象です。
和風…なのかどうかはわかりませんが、暖かい温和な体感のする音。
日本茶と味噌汁が飲みたくなる音?(←私だけだと思いますが。)
指揮者で言えば、デュトワさん系ではなく、フルネさん系の音?
若い指揮者と若いピアニストだが、音はどちらもすでに熟成されている印象。
エッジが立っていない、弾力のあるようなピアノの音のニュアンスも絶妙。
アンコールに弾かれた「亜麻色の髪の乙女」も絶妙のニュアンス(←語彙が枯渇して参りました)。

休憩後のサン=サーンスの交響曲では、再び暗譜での指揮。
協奏曲では譜面を置いて振っていました。
協奏曲以降は指揮棒を持っての指揮(アンコールはどうだったか忘れました)。
あまり豪快な側面を出さず、あくまでも美しい、ニュアンス豊か(←語彙枯渇)な歌い回しが魅力的な演奏。
すでに成熟の極みに達しています。
細かく振らない箇所も多く、中には最後の音を止める時すらオケに任せたりまでして、この若さで「立っているだけ」(は言い過ぎかもしれませんが)の巨匠級の指揮をして、それで音が鳴ってしまうのは末恐ろしいかもしれません。
大音量を出せばそれで良いというような安易な演奏ではなく、細部まで表情付けが徹底されているのも見事です。
特に弱音部のゆるやかな音の持続を、これだけ弛緩させずに鳴らせる懐の深さには脱帽するのみです。
(本当は何歳ですか?)

アンコールに弦楽のみで「アルルの女」のアダージェット。
これまた、微弱音のニュアンス(←語彙枯渇)の美しい、永遠に続いてほしい、至福の境地。

ごく一部で、管楽器が完璧ではなかったかもしれませんが、それでも「扉」シリーズののクオリティをはるかに凌駕する、オケにとっても会心の演奏会だったのではないでしょうか?
「扉」シリーズの年間ラインナップが発表された時、指揮者とソリストの名前を見て「絶対行く」と決心して、待ちに待ったNJP今シーズン最後の主催演奏会。
山田マエストロは日フィルにポストを得るので、次のNJP客演はしばらくないのでしょうか?
聴けて良かったです。
萩原さんも、どうやら「本物」のようです。

201208111

201208112

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2012年8月 5日 (日)

都響メンバーによる室内楽(2012/8/5)

2011年8月5日(日)14:00
東京文化会館小ホール

都響メンバーによる室内楽トークコンサート Vol.12
《ショスタコーヴィチの叙情》
ヴァイオリン:田口美里
ヴァイオリン:小林久美
ヴィオラ:小林明子
チェロ:江口心一
ピアノ:小川典子

モーツァルト:アダージョとフーガハ短調K.546
シューベルト:弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」
ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲
シェーンベルク:鉄の旅団
(アンコール)

予想はしていましたが、都響定期クオリティのハイレベルの演奏に興奮!でした。

一曲目のモーツァルトの演奏が終わったところで、第1ヴァイオリン・田口美里さんのトーク、モーツァルトとシューベルトについて。
第2ヴァイオリン・小林久美さんとチェロ・江口心一さんによる「死と乙女」の詩の朗読。
江口さんの死神の声による誘惑、うま過ぎ!です。
その後、ヴィオラ・小林明子さんにによるトーク、ショスタコーヴィチについて。

そして演奏されたシューベルトの「死と乙女」は、なんとなんと、ハイレベルの演奏。
これは都響A定期クラスのクオリティではないですか!
インバルさんが居なくても、4人のうち副首席奏者が一人だけでも、これだけの音が鳴る都響の底力、恐るべし。
最初から最後まで、末端の音の処理に至るまで、都響定期レベルまで仕上げが行き届いています。
第1、第3、第4楽章の迫力も凄かったのですが、第2楽章の切々と歌う音に込められた、形容しがたい、悲しいけれど美しい、感情の深さには唖然とするのみでした。
この演奏が、単に偶然、気合いで盛り上げただけの熱演などではなく、十分に練り上げられた上での、高度に音をコントロールした上での高揚である(と思われる)のが凄いです。
都響定期クオリティ!と感じたのは、まさにその点で。

後半はゲストに小川典子さんを迎えてのショスタコーヴィチ。
これも、白熱したものとなりました。
もちろん、ちょっとアイロニーのようなものを感じる弱音部などのニュアンスも絶妙。
リハーサルで小川典子さんからのアドバイスもあったとのことですが、聴感上は完全に対等の印象です。
箇所によっては都響メンバー側がグイグイ…のときもありましたが、その後、小川さんが猛然と巻き返す場面もあり、まあ、そういう曲なのでしょう。
全般的には全く対等の丁々発止。
会場は前半にも増しての大喝采!

アンコールにやはりピアノ五重奏で、シェーンベルク。
小川さんから曲の説明があり、第1次世界大戦でシェーンベルクが徴兵されていた時の曲とのこと。
弾きながら、かけ声、動物の鳴き声の真似など、声を出しながらの演奏。
めまぐるしく、楽しく、そして、少し悲しい曲。

都響定期クオリティ。
ミニ都響。
これはほめ言葉の意味です。
以前に何度も思ったのですが、やはりわが国においては、プロオケに所属し、毎日のように指揮者にしごかれ、数日ごとに本番をこなしていく皆さんのスキルは、室内楽と言えども、侮れないハイレベルのものがあるということを、再体験した次第。
もちろん、この演奏会は、都響主催公演でありますから、定期クオリティに仕上げるのは当然なのでしょうが、とにかく、大満足の演奏でした。

なお、この演奏会、当初発表の曲目は、前半がハイドンの弦楽四重奏曲でした。
「ハイドンとショスタコーヴィチが聴けるなら!」とワクワクしていましたが「死と乙女」に曲目変更。
ハイドン好きとしては結構残念ではあったのですが、「死と乙女」の素晴らしい演奏で、私は帳消しにしました。
めでたし、めでたし。

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2012年8月 4日 (土)

飯守泰次郎/東京シティ・フィル(2012/8/4)

2012年8月4日(土)15:00
ティアラこうとう大ホール

指揮:飯守泰次郎
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

(真夏の第九こうとう2012)
ソプラノ:日比野幸
アルト:金子美香
テノール:与儀巧
バリトン:萩原潤
合唱:ティアラこうとう真夏の第九合唱団
合唱指揮:四野見和敏

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」

スリムで俊敏、やや速めなのに、ズシーンとした重量感を伴うという、相反する要素が融合した「第九」の快感!
プログラム冊子に記載はありませんが、東京シティ・フィル公式ツィートによれば、ベーレンライター版とのこと。
対向配置での演奏です。

私は版による音の違いがわかるような知見はありませんが、見えている範囲では…そして聴感上も、ノン・ビブラートではないものの、ビブラート控え目だったのでしょうか?
速い旋律を、細部の仕上げを疎かにせずに弾き、吹いたオケの皆さん、大健闘だったと思います。

飯守さんの指揮は、素人の私の目から見れば、細かく拍子を刻むことなく…。
いや、至近距離から見れば、指揮棒の先を数センチ動かして完璧に刻んでいるのかもしれませんが、すっくと仁王立ちで、顔の表情と身体のひねり等で煽っての指揮。
「あわわわわっ!わっ!」とは言っていませんが、そんな表情。
それに素直に反応し、素直に点火!するオケの皆さん。

合唱団は、さすがにプロのコーラスやオケの付属コーラスと同等とはいかないものの、昨年よりもまとまりが良かったのではないでしょうか?
独唱者は、一部の方に「少し声を張り上げ過ぎでは?」と感じた箇所もあったのですが、手抜き無しの準備の行き届いたプロの歌唱でした。

先月のこうとう定期の演奏も良かったのですが、オケ主催公演ではないものの、今回の第九もシティ・フィルは好演。
このオケで時折必要になる脳内補正回路の出番はほとんどありません。
鷹栖さんの後に座っている小瀧さんもだいぶ音がシティ・フィルに馴染んで来た様子。
(正団員ではないようですけど。)
オケの好演は、良いゲスト奏者が揃ったのか(暴言失礼!)、宮本監督効果か、その両方でしょうか?
名誉職(桂冠名誉指揮者)に退いたとは言え、これだけ「飯守泰次郎さんの音」を具現化できるシティ・フィル。
やはり長年連れ添った蓄積は大きいのでしょう。

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2012年8月 3日 (金)

ピアニスト、ウルスレアサの訃報(2012/8/2)

演奏家の訃報から個人が受ける衝撃度は、有名度に比例しません。
大家であっても、自分にとっては「CDの中の、過去の名演奏家」である場合もありますし、さほど有名でなくても、自分にとっては大切な思い出の演奏会の演奏家であることもあります。
ピアニスト、ミハエラ・ウルスレアサさんの訃報は、後者の典型でした。

私がアジアの外へ出た経験は、人生でただ一度だけ。
2007年のゴールデン・ウィークのウィーンへの旅行。
そのとき聴いたコンツェルトハウスでの、ファビオ・ルイジ指揮、ウィーン交響楽団の演奏会でのソリストが、ウルスレアサさんでした。
曲目はベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。
アンコールも2曲(曲名不詳)弾かれました。

そのとき聴いたウルスレアサさんのピアノは、速くも遅くもなく、まさに私のツボにはまったテンポでの演奏で、美しい容姿も相まって、私はすっかり魅了されてしまった。
いや、その美しい容姿にもかかわらず、落ち着いた立派な演奏だったと感じました。

その後、来日したこともあったのですが、私はそのときは聴きに行けず、結局、一期一会の機会となってしまいました。

ウルスレアサさんの訃報、享年33ということは、2007年の時は28歳前後だったことになります。
あまりにも若すぎる訃報。
「いつか、また聴ける機会がきっとある」と思っていましたが、それはかないませんでした。
寝ても覚めてもウルスレアサさんのことを考えていたわけではもちろんありませんが、ずっと覚えていました。

余談ですが、ウルスレアサさんが協奏曲を弾いたルイジ指揮/ウィーン響の演奏会の後半は、シューマンの交響曲第4番で、そのライヴ録音は、交響曲全集の1枚としてCD化されています。
CDを再生して、現地で聴いた体感がよみがえるわけではありませんが、このCDも、私個人にとっては大切な宝物です。

二度と訪れなかった、ウルスレアサさんの生演奏を鑑賞する機会。
ほんの数十分、偶然、時間と空間を共有したに過ぎないのですが、唯一無二の機会。
「無常」という言葉を改めて実感させられた、私にとっては、悲しすぎる訃報でした。

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