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2012年8月26日 (日)

上原彩子(P)(2012/8/26)

2012年8月26日(月)14:00
横浜みなとみらいホール

ピアノ:上原彩子

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」
リスト:孤独のなかの神の祝福(「詩的で宗教的な調べ」より第3曲)
リスト:リゴレット・パラフレーズ
ムソルグスキー:展覧会の絵
リスト:「愛の夢」第3番
(アンコール)
チャイコフスキー:5拍子のワルツ(アンコール)

上原さんのピアノは、これまで協奏曲で満喫してきたつもりでしたが、ソロ・リサイタルで聴く上原さんは格段に凄い。
合わせる義務(?)から解放されたピアノが自由に飛翔する様は、唖然とするのみ。
「展覧会の絵」がオケでないことの不満は皆無、そんあものは凌駕した演奏でした。

一曲目のベートーヴェンも、特に第2楽章の悠然たる音に魅惑されましたが、リストの2曲になると、その雄大なスケールが、とてもピアノ1台とは思えないほどに拡大。
ベートーヴェンが小さいわけではありませんが、ベートーヴェンからワーグナーになったかのような拡大感。
リストの2曲は、私はたぶん初めて聴いたと思いますが、全く飽きずにその世界に浸りきりました。
流れる大河のような世界は、鍵盤楽器の粒立ち感よりも、ブレンドされたハーモニー、オケを聴いているのに近い体感です。

休憩後の「展覧会の絵」では、冒頭のプロムナードからピアノの音がホール空間に君臨しました。
よほどの指揮者でないと、オケ版でもここまで表情付けできないよ、と言いたくなるくらいに多彩。
ピアノのハンディは皆無で、むしろ小回りが効き過ぎ…の快感!
驚くほどの強弱と表情付けを散りばめながら、ラヴェル編曲版と原曲ピアノ版が明確に違う箇所(「ビドロ」の開始や「リモージュの市場」の開始など)は、ラヴェルに歩み寄ったのかな?…と思うような表現を一瞬していたように感じたのも面白かったです。

あまりの凄さのためか、ぎっしり入った客席から、最後の音が消えるまで、フライングの拍手は出ませんでした。
演奏中の客席ノイズはそれなりにあったようですが、みなとみらいの休日マチネで、これだけ席が埋まっていたことを考慮すると、まあ、許容範囲とすべきでしょうか。

アンコールの、特に「愛の夢」は、それはそれは美しい。
しかも。ただきれいに鳴らしただけでなく、情感たっぷりの、魅惑的としか言いようのない、素晴らしいものでした。

客席は良く埋まっていました。
空席が目についたのは3階正面の上段後方と3階バルコニー、そして2階バルコニーのごく一部くらい。

以前NHK-FMでリサイタルのライヴを聴いてから、ぜひ一度会場で聴きたいと思っていた上原さんのソロ。
期待以上の素晴らしさでした。
私の場合、冒頭に書いたように、ピアニストの大半はオケの演奏会で協奏曲を聴いています。
しかし、協奏曲を聴いただけで、そのピアニストをわかったつもりになっていてはいけない…と自戒した次第です。

この日の上原彩子さんのピアノ・リサイタルのチケットを持っていなければ、昨日ハーディングさま、今日マエストロ・ヤマカズという1泊2日の“松本詣で”が出来たのですが、上原さんのリサイタルに行くのをやめることは全く考えませんでした。
先週マエストロ・ヤマカズ、昨日ハーディングさまというスケジュールも可能でしたが。さすがに松本2往復は身体にこたえるので(1回だけ経験あり)、先週のマエストロ・ヤマカズ1公演だけにしました。
ネット上では、ハーディングさまの指揮は大評判のようです。
しかいs、これも縁。
あらゆる公演を全て鑑賞することは出来ません。
全く未練が無いと言ったらうそになりますが、上原さんの「展覧会の絵」は、その未練を帳消しにしてくれる素晴らしいものでした。

20120826

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