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2012年9月の17件の記事

2012年9月30日 (日)

インバル/都響(2012/9/30)

2012年9月30日(日)15:00
横浜みなとみらいホール

指揮:エリアフ・インバル
東京都交響楽団

(新マーラー・ツィクルス第Ⅰ期・ツィクルスⅡ)
ソプラノ:澤畑恵美
アルト:竹本節子
二期会合唱団

マーラー:交響曲第2番「復活」

インバルさんは、一度も鬼のような形相を見せることなく、終始平然と振り、都響メンバーも平然と演奏し、それでいて聴いたことがないような音で鳴る。
興奮でも熱狂でもなく、ただただ感銘を受けた演奏会でした。
こういう「復活」もあるんですね。
素晴らしい!
これはもう、都響のマーラー演奏の、伝統の底力と言わざるを得ません。
低俗な熱狂のマーラーはそこはありませんでした。

まず、この大曲の冒頭を、こんなに緊迫感なく、自然体で振り始めた指揮を、私は初めて見たかもしれません。
そしてその瞬間に都響から出てきた音は、気負いのない音ではありますが、気が抜けた音ではありません。
「皆さん、この曲はよくご存知ですね?」「はい、マエストロ、よく存じ上げております。」「よろしい。では、始めましょうか…。」みたいな…。

インバルさんは自然体を崩さず、ヒョイ、ヒョイ、と振る。
決して手抜きの指揮ではなく、キューは的確に出し続けていますが、インバルさんがしゃかりきになってグイグイ引っ張らなくても、都響からは的確な音が平然と出て来るのです。
これは凄い。

本当のプロというのは、舞台上で「はい、いま、一生懸命頑、張っていまーす!」と自己アピールするのではなく、磨いてきた名人芸を、平然と披露するものなのです。
今のインバルさんと都響には、それが出来るのです。
人間国宝もの!

独唱のお二人も、オケ同様に力みのない歌唱。
それは高貴な声、品位のある声と言っても良いかもしれません。
声を無理に張り上げない。
しかし、その声は、心に十分に染み入って来る。

合唱は、小さな音で歌い出す最初のところから起立しての歌唱。
途中、急に声の大きさを強くする場面で、多少は力みのようなものを感じましたが、それはごく一部分。
全般的にはプロのコーラスの威力を見せつけて、この曲にしては比較的少人数だったのに不足のないハーモニー。
指揮者の棒によく反応して節度を保っていました。

祝祭的でもなく、大曲の気負いもなく、2番目の交響曲として、高水準で演奏された「復活」。
熱演ではない、平然と弾く都響からは、もう、いとおしくなるような極上の音が、聴衆の私の心に染み入って来ました。
終わった時は、ただただ、感謝、感銘。

そんな、「熱狂ではなく感銘」の状態であった私には、フライング(と言って良いですよね?)のブラボーは少し残念でしたが、感性は人それぞれだから仕方ないですね。
もしB定期だったら?という思いはありますが、演奏の素晴らしさに変わりはありません。

終演後はお約束?の一般参賀。
拍手に送られて合唱が退場した後にも…。

なお、演奏とは関係ありませんが、「台風の影響でプログラム冊子が間に合わなかった」とのことで、冊子は終演後の退場時にいただきました。
こういうこともあるんですね。
まあ、どうでも良いことですが。

例の第700回定期演奏会の時の「復活」はどうだったのでしょう?
私は行けなくてチケットを友人に譲りました。
もちろんB定期のライヴCDは買いましたが、録音ではもっと緊張感の高い演奏に聴こえたような気も…。
記憶に自信はありませんが…。
帰宅したら聴いて確かめたい気もしましたが、しばらくは心の中に残っている演奏を暖めていたい気もします。

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2012年9月29日 (土)

スクロヴァチェフスキ/読響(2012/9/29)

2012年9月29日(土)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
読売日本交響楽団

(第58回みなとみらいホリデー名曲シリーズ)

ベートーヴェン:交響曲第2番
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

コクがあるのにキレがある…と言うのは、死語なのかな?
いや、前にも同じことを書いたような気も…。

そのままブルックナーに変わってもおかしくない繊細なニュアンスの微弱音から、スパッと立ち上がるスピード感のある音!
快感以外の何ものでもありません。

この老巨匠ただ一人から、パワーを分けてもらった数千人の聴衆。
オケのメンバー数十人もしかり?
マエストロの指揮棒一本は、音を操作し、増幅するプリメインアンプ。
いや、D/Aコンバータも含みます。

前半の交響曲第2番からして、ふわっと包まれるようでいて切れ味も鋭いという二律背反をハイレベルで実現した演奏。
いや、それにパワーが加わるという「三」律背反かな。

個人的に食後で少し眠かったので、あまりの気持ち良さに寝てしまいたくもなりました。
あの音を聴きながら寝たら、さそかし気持ちよいでしょう。
しかしもったいなくて、とても寝れない貧乏性の私…。

比較して優劣をつけようとするのは品がないとは思いますが、昨夜聴いた別のオケのブラームスの演奏とは大違い。
いや、僅差なんですよ、物理的には。
しかし例えば、95点が98点になることの僅差は、聴感上の大きな差となるのです。

後半の交響曲第3番「英雄」は、出だしから目の覚めるような演奏。
いやいや、前半の2番だって、私が勝手に食後で眠かっただけで、同じく目の覚めるような演奏だったはずです。
細部まで音づくりが徹底され、緻密かつ勢いのある演奏。
微弱音は繊細かつ絶妙のニュアンス(←語彙枯渇失礼!)。
この微弱音のささやきは、先述のように、そのままブルックナーに移行しても通じるような音ですが、しかしそこから立ち上がる音は、まぎれもなくオールドでないベートーヴェン。
21世紀を生きる老巨匠は、21世紀のベートーヴェンを鳴らします。

昨夜の演奏(私は未聴)では、ネット上でいくつか「ホルンが…」という感想を拝見しました。
本日の演奏でも多少は気にはなりました。
しかし、ミスターSの創り出す音楽は、全てを帳消しにして許してしまいたいものがありました。

私は最近、なぜかみなとみらいホールとは相性があまり良くなく、本日も私の近くの席などで、集中力を妨げられる事象がありました。
それでも、気を取り直して聴いた分だけでも「ああ、生きていて良かった!」と思えました。

ミスターSのベートーヴェンは生で結構聴かせていただいていますが(日本に居ながらありがたいこと!)何回聴いても新鮮な驚きがあります。
想像するに、3日続けて演奏するオケのメンバーもそうなのではないでしょうか?

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2012年9月28日 (金)

小林研一郎/日本フィル(2012/9/27)

2012年9月28日(金)19:00
サントリーホール

指揮:小林研一郎
日本フィルハーモニー交響楽団

(第643回定期演奏会)

【ブラームス・チクルス】
ブラームス:交響曲第2番
ブラームス:交響曲第4番

あくまでも私個人の、会場の大多数とは違う反応ですが、この前半と後半の違いは何でしょう?
物理的にはほとんど差は無かったと思います。
しかし、第4番の方が、はるかに心に響いて来ました。

前半の交響曲第2番は、文句を言うような演奏ではありません。
70点を90点にしてほしいというレベルではなく、95点を98点にしてほしいというレベルなのです。
しかし違う曲で、このコンビのもっと良い…いや、凄い演奏を、私は過去に体験してしまっています。

奏者の動作を見れば、これが手抜きの演奏などではなく、渾身の力演であることは理解できます。
しかし、そうであっても、例えば音の出だしなどの、細部、末端まで、もう少し神経が行き届いていたら…と思わずにはいられませんでした。

最後の最後は、あっという間に音量が増し、まるで幻想交響曲のような感じになってしまい、擬似的な爆発、いや暴発?
こういうのを爆演…と言って良いのかわからないですけど、演奏終了後の満場大喝采の中で、私は少数派として冷めていたのは否めません。

うーん、日フィル定期は、2日目に聴いた方が良いのかな?

しかし休憩後の交響曲第4番は、出だしから弦の音色が切々と迫ってきました。
音に魅惑される瞬間は、はるかに多い。
何が違うのでしょう?
見た目はどちらも同じような熱演のようなのに…。
しかも、技術的に大差は無かったはずなのに…。
さらに言えば、後半の第4番の方が、縦の線が揃わない部分が多かったかもしれないのに…。
いや、あえて揃えなかったのかもしれませんが…。

前半の第2番では入れなかった途中チューニングを、第2楽章の後に入れたのは(日フィルではよくあることかもしれませんが)少々釈然としませんでした。
素人耳には、チューニング後に音が大きく変わった印象もありませんでした。

閑話休題。

第4楽章での例のフルートのソロは文句無し。
それに続く木管陣も万全。
しかし、その後の金管の音はずいぶん緊張感を欠いていたような気もしました。
しかし持ち直し、第2番のような爆演調にはならず、節度を保って終結したのは好感。
休憩時間に帰らなくて良かった!

第4番だって、技術的に「ん?」という箇所はそれなりにあったと思います。
しかし、そんな枝葉末節を気にさせないだけの説得力も十分にあったと思います。
でも、ブラームスを2曲並べたら、2曲ともそう思わせてほしいところです。

第2番だって、決して惨い演奏などではなく、先述のように95点をもう少し加点してほしいというレベルなのです。
しかし、在京オケのペナントレースにおいては、さらに勝率の高いチームが複数いるのも事実です。
2日目はもっと良い演奏になるのでしょうかね?

聴かせていただく身なのに、辛口ですみません。

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2012年9月24日 (月)

スクロヴァチェフスキ/読響(2012/9/24)

2012年9月24日(月)19:00
サントリーホール

指揮:スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
読売日本交響楽団

(第518回定期演奏会)
クラリネット:リチャード・ストルツマン

ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲
スクロヴァチェフスキ:クラリネット協奏曲
(日本初演)
ワーグナー(デ・フリーヘル編):楽劇「トリスタンとイゾルデ」
               “オーケストラル・パッション”

ブルックナーでなくても信者の集会!
異教徒の含有率は僅少!
客席はもちろん、オケのメンバーもマインドコントロールの術中!でした。

冒頭の「魔弾の射手」序曲は、出だしがほんの少しだけ…。
しかし、それは些細なこと。
すべり出してしまえば無問題。
オケの皆さん、一曲目から身体を大きく揺らしての熱演。
序曲が終わったばかりなのに汗を拭うメンバーの方も…。
これは良い時の読響です!

ストルツマンさんの独奏によるスクロヴァチェフスキさん自作のクラリネット協奏曲では、ストルツマンさんの作曲者に対する敬意の念は、態度(深々としたお辞儀)だけでなく、妙技の域を超越した神業にも現れています。
この、次はいつ演奏するかわからない曲に対して、読響のメンバーはこれ以上ないほどの献身的な演奏!でした。
この緊迫感に満ちた演奏、その演奏を、会場ノイズが極めて少ない空間で、心底聴き入った聴衆。
この曲が名曲かどうかは、素人の私にはわかりませんが、今宵の演奏が超名演だったことは、私にもわかります。
これまでに何曲か聴いたスクロヴァチェフスキさん自作の作品で、たぶん一番感銘を受けたと思います。
そして、私にとってはずいぶん久しぶりにストルツマンさんの生演奏を聴けたことも、望外の喜びでした。

休憩後の「トリスタンとイゾルデ」(デ・フリーヘル編)は、「オーケストラル・パッション」という副題?がついていますが、聴いた印象だと、その題に深い意味はないのかな?
あくまでもシンフォニックなトリスタンのイメージです。
そのシンフォニックな曲(演奏?)に対して、オペラ的な要素の欠如…という不満を全く感じさせないのは、演奏がほぼ完成系に到達していたからでしょう。
それくらい、指揮もオケも凄かった!
ソロを弾いたor吹いたメンバーの皆さん、技量が高いことは日頃から承知しているつもりですが、今宵は輪をかけて素晴らし過ぎました。
単にテンションが高いだけでなく、隅々の表情付けまで。

「前奏曲と愛の死」という「究極のキセル」よりは十分に長かったですが、この曲を楽劇の短縮版として聴かない方が良いのでしょう。
Mr. Sの作り出した音響も、上質の管弦楽曲だったと思います。

それにしても読響は、いつでもこのレベルの演奏に到達するわけではないように思いますが、さすがにMr. Sが指揮台に戻って来れば、たぶん読響として最高の音を鳴らします。
まるでヴィオラとチェロにもコンマスが居るかのようなオケ、全力投球が目にも見えます。

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2012年9月23日 (日)

ピノック/紀尾井シンフォニエッタ東京(2012/9/23)

2012年9月23日(日)14:00
紀尾井ホール

指揮:トレヴァー・ピノック
紀尾井シンフォニエッタ東京

(第86回定期演奏会)
クラリネット:パトリック・メッシーナ

オール・モーツァルト・プログラム
モーツァルト:交響曲第36番「リンツ」
モーツァルト:クラリネット協奏曲
モーツァルト:交響曲第39番

ピノックさんの音楽性の秀逸さ!…としか言いようがない素晴らしい音楽!
緩急、強弱の多彩なピリオド・スタイルだが、耳触りな箇所は皆無。
その上畳み掛ける迫力です。
ピノックさんの指揮はCDでも大好きで、今でもよく聴きますが、私にとっては本当に久しぶりの生演奏。
期待に違わぬ、大興奮の幸せな時間でした。

一曲目の「リンツ」交響曲でも、そのピノックさんのスタイルは健在。
作為的でも暴力的でもない、健やかで爽やかなピリオド・スタイル。
それなのに、スリリングの連続。
ピノックさんの音楽のセンスの良さが際立つエクセレント・モデルです。
ピノックさんにとってピリオド・スタイルは、手段であって、目的ではないということなのでしょう。
緩急、強弱、フレージングやアクセントの一つ一つが、全て耳新しい。
CDは耳にたこができるくらい聴いているのですが、それでも耳新しい。
もっとも、私の持っているCDは、20世紀に録音されたものですが…。
そして結構音に重みもあります。

続くクラリネット協奏曲は、この曲の印象を覆すような、これまたスリリングな演奏。
第1楽章からアグレッシブ!
(暴力的でない…と言っているのと矛盾するようですが…。)
この曲は、枯淡の境地の、ただただ美しい…だけの曲などではなく、もともとソリストの妙技を披露する協奏曲だったのです。
独奏のメッシーナさんも、ピノックさんの速めのテンポに乗って技巧を駆使します。
その音はめまぐるしく変化しながらも、美しさを保ち続けます。
バックのオケも、交響曲に勝るとも劣らない表情付けで追従。
牽引したのはソリストでしょうか?
指揮者でしょうか?
両方でしょうか?

休憩後に登場したピノックさんは、この前半終演時の満面の笑顔はどこかに消え、心なしか硬い表情。
それは39番への並々ならぬ決意だったのでしょうか?
始まった39番はとてつもなく気合の入ったものでした。
凄まじい、煽る、煽る!
しかし下品ではありません。
ピノックさんのピリオド・スタイルは、20世紀に録音された宝物のようなCDでもそうですが、エッジをたてず、流麗に音を処理します。
こういうスタイルだと物珍しさは狙えず、音楽性で勝負するしかありません。
そして、その勝負の音楽性が素晴らし過ぎるのです!
多様なスタイルが存在する現代の音楽シーンにおいて、「秀逸な中庸」と言えるような気がします。
CDも、何度も聞いても、飽きが来ません。

過去の唯一の生演奏の鑑賞は、ずいぶん前の水戸室内管弦楽団だけでした。
よって想像するしかないのですが、今日の畳み掛けるような迫力は、モダン・オケだからでしょうか?
それとも、ピノックさんの変化でしょうか?
いや、最近のピノックさんはこうなのでしょうか?
いや、昔からライヴはこうだったのでしょうか?

この日の客演コンサートマスターは長原幸太さん。
棒に反応してグイグイひっぱるリードも貢献したのでしょう。
終演時のピノックさんは、一瞬にして本当に嬉しそうな笑顔に変貌しました。
ピリオド云々はどうでも良い、素晴らしいモーツァルトでした。

追記1:
ちなみに、36番でオーボエに池田昭子さん。
わーい、池田さんをこんな近くで見るの、私は初めてかも…と喜びましたが、当然のことながら、クラリネット協奏曲も、39番も、オーボエの出番はございませんでした。
良い音を出していましたよ、リンツ交響曲で。

追記2:
前回の私のピノックさんの生演奏初鑑賞(つまり、今日を入れて2回しか聴いたことがないのです)を調べてみると、1999年11月22日に、アクロス福岡(福岡シンフォニーホール)での水戸室内管弦楽団の演奏会でした。
このときは九州旅行を先に計画し、調べたら演奏会もあって、聴けたのでした。
かなり後ろの方の席でしたけど。

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2012年9月22日 (土)

スラットキン/N響(2012/9/22)

2012年9月22日(土・祝)15:00
NHKホール

指揮:レナード・スラットキン
NHK交響楽団

(第1734回定期公演Cプログラム)

リャードフ:8つのロシア民謡
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」

あまり情念を込めず、きれいに、立派に鳴らしただけ(失礼!)なのに、その立派さ!と言ったら、文句のつけようもありません。
そして、きれいに鳴っている音は、絶妙のニュアンス!
米国式(?)のロシア音楽とソ連音楽は、屈折せず、いくぶん楽天的で、でも、こういうのもありだよなーと楽しんで聴ける、美麗なサウンドでした。

前半のリャードフの曲は15分くらい。
ふだんN響をあまり聴かない私ですが、やっぱりこの洗練された音は「うまいなー」と思います。
もちろんスラットキンさんの指揮があってのことでしょうが…。
あまり民俗的な情緒のようなものを前面に出さない、純粋に音響的に構築した演奏でしょうか。
少し前の私なら「ただきれいに鳴らせば良いというものではないよ」と感じたかもしれません。
でも、最近の私は、こういう方向の音も結構好きになりました。
そしてよくよく聴いてみると、そのきれいなサウンドは表層的なものではなく、絶妙と言って良い味わい深いニュアンスが宿っています。

後半のショスタコーヴィチも、リャードフと方向性は同じでしょう。
ショスタコーヴィチだからといって、屈折しなくても良い。
不気味な恐怖心が感じられなくたって良いではないですか。
既に古典の仲間入りをした交響曲がそこにはありました。
咆哮するサウンドも、濁らずに高らかに響きます。
微弱音も神経質にならず、ただただ美しく鳴ります。
その純音響的な音は、無味乾燥でも、機械的でも、表面的でもなく、形容しがたい、魅惑的なニュアンス(語彙滑喝失礼!)。

スラットキンさんは、第1楽章の例の部分では、手を動かさずにソロを見守るだけの場面もありました。
もちろん全曲では、スマートに両手と棒を操り、駆使し、オケを導く場面の方が多かったですが、その力みのない流麗な動きは見ていて匠の技を感じるほど。
百戦錬磨の仕事師!といった感じです。

ふだんあまりN響を生で聴かない私ですが、こういう音を聴いてしまうと、やっぱりその底力は再認識せざるを得ません。
たとえ、会場に向かう時と会場から帰る時の、ホール周辺の喧騒にうんざりするにしても…。

なお、ATOKで変換すると「サンクトペテルブルク」と修正提案される「レニングラード」。
しかしショスタコーヴィチのおかげで、音楽の世界では今でも日常的に残る地名。
いずれ「レニングラードとは…」という解説が必要になるのかな?と思っていたら、フィルハーモニー誌に「若い世代のなかには、これが現在のサンクトペテルブルクの旧称であることを知らない人も、増えているかもしれない」とありました。
既にそうなのですか…。
ソ連崩壊からすでに約20年が経過しているのですね。

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2012年9月20日 (木)

インバル/都響(2012/9/20)

2012年9月20日(木)19:00
東京文化会館

指揮:エリアフ・インバル
東京都交響楽団

(第741回定期演奏会Aシリーズ)
バリトン:小森輝彦

【新・マーラー・ツィクルス①】
マーラー:さすらう若人の歌
マーラー:交響曲第1番「巨人」

なんと情報量の多い指揮。
ひょうひょうと振っているようで、実はキューの出しまくりだったりします。
そのキューに応えて、情報量の多い演奏。
それでいて勢いは失わず、変化球、瞬発力のある立ち上がり、ギアチェンジにも平然と追従する都響、凄過ぎ!です。
先日のみなとみらいホールでの演奏会では、近くの席の方のノイズで集中力を切らしてしまい、満場大喝采の中で取り残されましたが、横浜の仇討ちを上野で完遂。
めでたし、めでたし。

前半の、小森輝彦さんの独唱による「さすらう若人の歌は」、みなとみらいの「反対側」に近い席で「声」を聴いた時と単純比較は出来ませんが、ほんの少しだけ、不安定な箇所があったような気がしたのは私の気のせいでしょうか?
まあ、目くじらを立てるほどでもないのですが…。

後半の「巨人」は、第3楽章くらいまでは「のめり込む」と言うよりは「味わう」に近い聴き方をしていました。
それでも妙技の連鎖は唖然とするほど。
でも「やはり満席に近い状態の東京文化会館は音が吸収されるのね」などと思ったことも事実です。
「直接音の威力はあるけど、包み込まれるような体感は無理かな?」と思ったりしました。
しかし、第4楽章では、その音響的なもどかしさも霧散。
唖然として音の急流に、ただただ身を任せるのみとなりました。

インバルさんは第1楽章と第2楽章は間合いを置かずに続けましたが、この日は(先日のみなとみらいと違って)第4楽章の前に間合いをとりました。
眼鏡がくもったか、汗でしょうか?
しかし、その間合いで緊張感が切れるような都響ではありません。
始まった第4楽章の威力は冒頭から凄まじいもの。
嵐のように、荒らして、あっという間に過ぎて行ってしまいました。

この日はインバルさんが、オケが解散し始めても舞台袖で答礼していたためか、一般参賀はなし。
しかし、会場は十分すぎるほど湧いていました。
個人的事情で横浜での演奏と比較出来ないのは少し残念ですが、リベンジの機会を得たことを素直に喜びたいと思います。

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2012年9月17日 (月)

東京二期会「パルジファル」(2012/9/17)

2012年9月17日(月・祝)14:00
東京文化会館

東京二期会
ワーグナー:舞台神聖祭典劇「パルジファル」

(バルセロナ・リセウ歌劇場と
チューリッヒ歌劇場との共同制作)

比較してしまえば「初日組の歌手の皆さん方が…。」なのでしょううが、どうしてどうして、こちらの組も相当なものです。
特にクンドリは、初日組の狂気一歩手前だった橋爪ゆかさんに、かなりのところまで肉薄する田崎尚美さん。
相当に危険水域まで行っていたのではないでしょうか?

5時間の公演を…、いや、その本番を4回、いやリハーサルを含めれば、相当の長時間(時間ではなく、日にちで数えた方が良いかも)振ったのに、平然と舞台に姿をあらわしたマエストロ、凄すぎ!
オペラ・ビギナーの私も、全く長さを感じずに2公演観てしまいました。
芸術家の皆さんはもちろん、スタッフ、事務方、そして、なによりもスポンサーの皆さんにも心より感謝です!

やっぱり飯守泰次郎さんは、日本の宝です。
ワーグナーをやるにはおそらく相当にお金がかかることでしょう。
次の機会がいつになるのかわかりません。
しかし、スポンサーの皆さん、なんとか、一回でも多く、飯守さんをワーグナーのピットへ!

演出は2公演を観て、「今回はわかった」などとはまだとても言えませんが、初日の「???」に比べれば、私の知能指数でも、いろいろと「なるほど」と思ったことは事実です。
もちろん、東条先生のブログのネタバレを挟んでのことですが。
こういうヨーロッパの最先端(と言って良いのでしょうね?)の演出に触れる機会を作ってくれる二期会さん、素晴らしい!
そして、演技が徹底していた歌手の皆さんも素晴らしい!
初日にも思いましたが、“棒立ち”での歌唱は皆無です。

なお、ひとつだけ残念なことが…。
第1幕で、ピットの最後列、たぶんトロンボーン奏者の方だと思いますが、暑くて顔をあおいでいるのか、何度も、何度も、何度も、何度も、白いタオルをひらひらさせたり、くるくる回したりしているのが非常に目につきました。
舞台真下で、嫌でも目に入ってきます。
飯守さんの棒より目立っていたくらい。
ピットは暑くて過酷なのでしょうが、マエストロに失礼では?
第2幕からは、色の濃い、赤っぽい小さなタオルにしたのか、多少目立たなくなりましたが、それでも何回も、控えめにひらひらさせて(あおいで)いました。

スタッフ
指揮:飯守泰次郎
演出:クラウス・グート

美術:クリスチャン・シュミット
照明:ユルゲン・ホフマン
映像:アンディ・A・ミュラー
振付:フォルカー・ミシェル
演出助手:家田 淳、太田麻衣子
合唱指揮:安部克彦
舞台監督:大仁田雅彦
公演監督:曽我榮子

キャスト
アムフォルタス:大沼 徹
ティトゥレル:大塚博章
グルネマンツ:山下浩司
パルジファル:片寄純也
クリングゾル:友清 崇
クンドリ:田崎尚美
2人の聖杯守護の騎士:村上公太、北川辰彦
4人の小姓:渡海千津子、遠藤千寿子、森田有生、伊藤潤
6人の花の乙女たち:青木雪子、坂井田真実子、岩田真奈、鈴木麻里子、磯地美樹、小林紗季子

合唱:二期会合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団

20120917

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2012年9月16日 (日)

インバル/都響(2012/9/16)

2012年9月16日(日)15:00
横浜みなとみらいホール

指揮:エリアフ・インバル
東京都交響楽団

(新マーラー・ツィクルス第Ⅰ期・ツィクルスⅠ)
バリトン:小森輝彦

マーラー:さすらう若人の歌
マーラー:交響曲第1番「巨人」

一般参賀、めでたし、めでたし。
しかし、個人的には、第1楽章冒頭の、せっかく良い感じで始まったところで発生(発声)した近くの席のお客さんによる「咳の連射」の影響で集中力を切らしてしまい、特に交響曲の前半は、集中できませんでした。
演奏が「恐ろしく良かった!」と思われるだけに、非常に残念です。

お客さんの数も少なくて拍子抜け。
6割入っていたでしょうか?
でも、逆に、本番とゲネプロ音源の残響の差が少なくて、ライヴ録音には良かったりして…などと、不遜なことを考えた報いでしょうか?
第1楽章冒頭のノイズは、レコーディングしていたエンジニアの方は、さぞかし出鼻をくじかれた思いでしょう。
いや、人のことはどうでも良い。
人間のできていない私は、著しく集中力をそがれて、完全に回復することはありませんでした。

インバルさんも都響の皆さんも、さすがプロ。
多少の客席ノイズなどものともせず、余裕で凄い音を鳴らしています。
なかなか没入出来なかった私は、頭では「凄い」と理解出来ても、心がついていけませんでした。
演奏は本当に、相当に素晴らしかったと思います。
インバルさんは例によってひょうひょうと振っているのに、そして、オケの皆さんは、力みなく自然体で弾いているのに、出てくる音は「凄い」としか言いようがない都響の底力。
そして最終楽章では、ここぞという時の鬼の形相のインバルさんに…。

なお、前半のさすらう若人の歌は、当然と言えば当然ですが、「巨人」の前に持ってくるにはピッタリ過ぎる「前座」。
前座と言っても、真打ちクラスの前座です。
反対側のハンディをあまり感じずに「声」を聴くことができましたが、バックのオケも、ところどころインバルさんが、えぐるような手の動きをしたりして好演でした。

いまの都響のコンディションの良さは特筆ものだと思います。
もともとマーラーが得意なオケであるにしても、いまの絶好調な時期にマーラー・ツィクルスが再度設定された意義はとてつもなく大きい。
それだけに…。

満場大喝采の中で、近くの席のお客さんのノイズで集中力を切らせて取り残された上に、終演後は入会金無料キャンペーンの連呼なぞをやっていて、入会金を払って入会した私としては、あまり面白くない…。
すみません。
きっと、リベンジを果たします。

ちなみに、A定期「巨人」全席完売。
作曲家の肖像「復活」全席完売、
翌日みなとみらい「復活」僅少(たぶん全席完売になるでしょう)。
それなのに今日のみなとみらい「巨人」は空席多し。
会員券で既にそれなりに売れていた上野と池袋、「復活」はP席が合唱…ということはあるにせよ、3連休はレジャーや家族サービスで券が売れにくいということですかね?

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2012年9月15日 (土)

シナイスキー/東響(2012/9/15)

2012年9月15日(土)18:00
サントリーホール

指揮:ヴァシリー・シナイスキー
東京交響楽団

(第603回定期演奏会)
ピアノ:デジュ・ラーンキ

モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第16番K.545~第3楽章
(アンコール)
ショスタコーヴィチ:交響曲第4番

天国的な心地良さの前半から、こういう“タコ4も”あるのね…という、清涼感すら感じるスッキリ系の大音量。
ドロドロしていないショスタコーヴィチだったと思いましたが、私は。

勝手に個人的「タコ4」ツィクルス第3回。
3月のインバル/都響5月の沼尻/群響、そしてこの日のシナイスキー/東響。
3回中2回が、錦糸町のアルミンク/新日本フィルからのハシゴなのは何かの偶然だと思います。
演目的には少々ハードではありまするが、場所の移動を除けば、聴いている時間は「パルジファル」より短いですね。

それはともかく…。

6月のコチシュさんがあんな恰幅のよいおじさんになるんだから、ラーンキさんも歳はとるわけですよね。
しかし、スラリと長身で、髪は白くなったものの、十分に格好が良い。
そして弾かれたピアノの音はクリアーな透明感。
いやー、もう、美しいのなんの。
ピアノの音色から「ドビュッシーも聴いてみたいな」などと邪念がよぎってしまいましたが、モーツァルトがこういう音で悪いはずもない。
シナイスキーさんの指揮は自然体で力み無し。
オケはピリオドでない悠然たるモーツァルト。
指揮は細かく振らず、優しく撫でるかのよう。
この、スダーン監督と異なる方向の、東響の柔和な響きも美しさの極み。
“天国的”という言葉は、こういう状態をさすものでしょうか?

ラーンキさんのアンコールは、モーツァルトの後のモーツァルト(写真の掲示はK.545の誤りのようで、K.454はヴァイオリン・ソナタのようです)。
これは嬉しい!
協奏曲に引き続いて、自然体の、美しいモーツァルトでした。

そして、休憩時間が終わって席に戻ると、舞台上は椅子、椅子、椅子、椅子…。
人数は、前半の5倍くらい?

振り始めこそシナイスキーさんは「前半とは違う」気迫で開始しましたが、音楽が順調に流れ始めると(さすがにモーツァルトとは違いますが)再び、自然体の、力みの無い指揮に…。
こういう細かくない?指揮で、この大編成がまとまってしまう東響のポテンシャルは凄いものがあります。
不気味さとか、異様さとかをあまり感じない、怖くないショスタコーヴィチ。
スッキリとしたサウンドとして構築された印象でした。
サントリーホールの残響の多い空間の中でも、飽和することなく鳴らしたバランス感覚も特筆もの。
あっさり味のショスタコーヴィチになったのは東響の持ち味の音でしょうか?
他の指揮者で既知感あり、です。)
それともシナイスキーさんの音でしょうか?
シナイスキーさん初鑑賞の私にはわかりませんが、両者の相性はかなり良いのではないかと想像しました。

20120915

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アルミンク/新日本フィル(2012/9/15)

2012年9月15日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:クリスティアン・アルミンク
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第499回定期演奏会)
ソプラノ:リーサ・ラーション
バリトン:ロベルト・ホルツァー
合唱:栗友会合唱団

ブリテン:イリュミナシオン
ブラームス:ドイツ・レクイエム

いやー、参りました。
「3.11前のこのコンビ、復活?」などと言う分析的な聴き方を許さぬ、深い、深い、感動を与えていただきました。
興奮でも感激でもない。感銘、感動です。

前半のブリテンの曲は、“予習”もしなかったので、たぶん私は初めて聴いたと思いますが、なんとなんと、素晴らしい曲ではないですか。
いや、これだけ曲が素晴らしく聞こえたのは、歌唱も演奏も素晴らしかったためでしょう。
、弦楽合奏の緊迫感のある歯切れの良い音をバックに、澄んだ美しい声をホールに満たしたソプラノ独唱。
アルミンクさまが招聘する外国人歌手にハズレはない…という経験則が、今回も成り立っています。
演奏、歌唱が終わった後も、歌手が脱力するまで静寂が保たれ、その後は熱烈な拍手。
カーテンコールの回数も、前半の珍しい部類の曲なのに、何回も…。
会場全体が義理の拍手などではない賞賛の拍手でした。

後半はブラームスのドイツ・レクイエム。
前半の弦楽合奏でも感じましたが、かつてのこのコンビの一体感が復活したのでしょうか?
音の溶け合い、パワー、ニュアンスなど、近年まれに見るこのコンビの演奏かも…。
もっとも、3.11前は、こういうコンビだったんですよねぇ…。
私がこのコンビの演奏を聴くのは、6月のブッフビンダーさんの協奏曲の時以来ですから断言は出来ませんが、ぎくしゃくしていた関係が、「あれ以前」の状態に近づいたのなら、こんなに嬉しいことはありません。

栗友会合唱団のハーモニーにも深く感銘。
小さな声もニュアンスを失わず、声をはりあげた場面でも透明感を失わず。
この演奏における純然たる主役だったような…。
もちろんそれを最終的に引き出したのはアルミンクさまですけど。

聴いているうちに、何かに包まれるような充足感。
気持ちは高揚しているような、安息の状態のような…。
興奮とも違う、感激とも違う、気やすく使い過ぎている「感動」とは、本当はこういうものか…と思いました。

独唱のお二人は出番が少ないのがもったいないほど。
出番を待つ間、背後で鳴る音に心底浸っていたようにも見えましたが…。
演奏終了後はアルミンクさまが指揮棒を置くまで静寂を保った会場。
その後は大喝采でした。
良い演奏だと、会場も自然と反応しますね。
終演後の楽団員の皆さんのお顔も、心なしか、「これまで」とは異なった、嬉しそうな、満足そうな表情に見えました。

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2012年9月13日 (木)

東京二期会「パルジファル」(2012/9/13)

2012年9月13日(木)17:00
東京文化会館

東京二期会
ワーグナー:舞台神聖祭典劇「パルジファル」

(バルセロナ・リセウ歌劇場と
チューリッヒ歌劇場との共同制作)

二期会の会場アンケートに「飯守泰次郎さんでワーグナー」と書き続けて4年。
「ワルキューレ」は2008年でしたね。)
上野に飯守泰次郎さんのワーグナーが帰って来ました!
しかも今回は、演出も舞台装置もお金がかかっている!
皇太子殿下まで降臨されてのプレミエ。
東京文化「快感」!

「福井敬さんの歌う方の組」と思って初日のチケットを買ったのですが、凄いのは福井敬さんだけでなかったという驚異的な歌手陣。
「皆さん、そんなにはりきってはりあげて大丈夫なんですか?もう一回歌うんですよ」と余計な心配をしたくなるド迫力!
「初日組にこれだけの歌手を集めてしまって、2日目組は大丈夫なんですか?」と思ったくらい。

「どこが“神聖祭典劇”なの?」と言いたくなる世俗的?なセットで熱唱の応酬。
いや、確かに第2幕は(違う意味で?)「神がかって」いましたし、第3幕の神々しさは息をのむほど。
合唱も含めて歌手の皆さんのテンションの高さは驚異的!
スイッチが入ったまま切ろうとしても切れずに、過電流が流れて、火花が飛び散っています。
火災寸前…。

飯守泰次郎さんの指揮する読響は、出だしこそ「回を重ねればさらに良くなるのでは?」などと不遜なことを考えたのですが、おそらく飯守泰次郎さんの煽りに乗ってしまい、同じく煽りに乗っていた歌手の皆さんとの競い合い状態に突入し、それこそ神々しいまでの音響を構築。

演出や舞台装置は、私の知能指数ではよくわからなかったのですが、回る、回る、…。
そして頻繁に登場する、よろよろと、必死に、階段を上に登ろうとする人。
色彩感はあえて抑えた舞台だと推察しますが、意味不明でも視覚効果は面白い。
おそらく、主要キャストだけでなく、合唱の末端に至るまで、動作が徹底されていたのではないでしょうか。
(私がその動作の意味を理解できたかどうかはともかく)棒立ちで歌う場面皆無の、迫真の演技を伴った、迫真の歌唱でした。
これぞ、「劇」です。
(5階席から遠景を見ていると、眼鏡をかけていないのはともかく、髪の毛ふさふさで、「本当に福井敬さんですか?」と一瞬思ったのは内緒です。)

カーテンコールでの歌手の皆さんへのブラボーもかなりのものでしたが、やはりマエストロにはブラボーの嵐。
21世紀の日本、時代がようやく飯守泰次郎さんに追いついて?「場」が設定されるようになってきたことは本当に喜ばしい!

そう言えば、昨年の東京シティ・フィル主催の、飯守泰次郎さんによる「チャイコフスキー・レクチャー」で「ワーグナーなら全幕を指揮し終わっても平気で、もう一回振っても良いくらいなのですが、チャイコフスキーは異様で、交響曲一曲で心臓バクバクです」と語っておられました。
確かに、平気そうなおだやかな表情でカーテンコール舞台に出ていらっしゃいました。

スタッフ
指揮:飯守泰次郎
演出:クラウス・グート

美術:クリスチャン・シュミット
照明:ユルゲン・ホフマン
映像:アンディ・A・ミュラー
振付:フォルカー・ミシェル
演出助手:家田淳、太田麻衣子
合唱指揮:安部克彦
舞台監督:大仁田雅彦
公演監督:曽我榮子

キャスト
アムフォルタス:黒田博
ティトゥレル:小田川哲也
グルネマンツ:小鉄和広
パルジファル:福井敬
クリングゾル:泉良平
クンドリ:橋爪ゆか
2人の聖杯守護の騎士:加茂下稔、北川辰彦
4人の小姓:渡海千津子、遠藤千寿子、森田有生、伊藤潤
6人の花の乙女たち:青木雪子、坂井田真実子、岩田真奈、鈴木麻里子、磯地美樹、小林紗季子

合唱:二期会合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団

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2012年9月12日 (水)

広上淳一/東京シティ・フィル(2012/9/12)

2012年9月12日(水)19:00
東京オペラシティコンサートホール

指揮:広上淳一
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

(第261回定期演奏会)
フルート:高木綾子
ハープ:吉野直子

モーツァルト:交響曲第31番「パリ」
モーツァルト:フルートとハープのための協奏曲
イベール:フルートとハープのためのEntr'acte
(アンコール)
ハイドン:交響曲第102番

ハイドンの方がモーツァルトより長生きした…ということを、確信犯的に?示したスケールの大きい、しかし重すぎない名演でした!

マエストロの客演は10年ぶりとか。
その変幻自在の動きに、シティ・フィルはよく追従しました。

モーツァルトの「パリ」交響曲では、いやはや、広上マエストロのハツラツとした生、命の喜びに満ちあふれた音楽に、完全にノックアウトされました。
小編成のシティ・フィルによる古典派の曲は良い演奏になることが多いような気がしますが、これはもう、格別の「音」の「楽」しさです。
広上マエストロの動作の技は変幻自在。
その、ときには大胆に、ときに微細に、繰り出す力み、ひねりにもオケは完璧に追従。
マエストロは楽しそうな表情ですが、オケのメンバーの皆さんの目つきは鋭い。
必死に食らいついていたのでしょうか?
しかし、出てくる音は楽しい、楽しい!

続くフルートとハープのための協奏曲では、もはや神技の域の吉野さん、美しいけど力強くもある高木さん。
ソリストのお2人は、曲目も同じで、7月のスダーン/東響によるモーツァルト・マチネの追体験。
追体験のはずですが、再び唖然とするしかない演奏。
もっとも、バックのオケの響きは、スダーン監督のピリオドっぽい音とは違います。
それでも、昔に比べれば、広上マエストロのモーツァルトも、リズムのメリハリなど、少しだけピリオド方面へ移行した気もします。
でも、近年は、そろそろ、ピリオドか、ピリオドでないかは、素人の私にとっては、あまり重要ではなくなってきました。
ピリオドだって、非ピリオドだって、演奏が良ければ快感です。

休憩後のハイドンは、前半の小気味良いモーツァルトから一転、巨匠風?
出だしが微妙に…ごくごく僅かですが…かみ合わない印象もあったのですが、繰り返しでマエストロが大きく動いて威嚇?したこともあってか、その後は順調。
特に、第3楽章以降が凄まじい。
ベートーヴェンに匹敵するかのような重厚な迫力と、ハイドン特有の軽妙なユーモア感を両立した演奏。
マエストロの動きは激しい。
それも細かく振らずに任せておいて、ここぞというところで計算ずくの半狂乱の動き。
確信犯的に大きな音楽として、モーツァルト没後の進化した交響曲として描いた演奏。
完璧な追従という意味ではパリ交響曲の方が上だったかもしれませんが、後半も十分にマエストロの術中だった東京シティ・フィル。
この招聘は、大成功!だったのではないでしょうか。

※東京シティ・フィルメンバーによるプレ・コンサート18:30~

ロッシーニ(松原幸広編曲):「猫の二重唱」
                 (ヴァイオリン二重奏版)
水野良樹(松原幸広編曲):「風が吹いてる」
                 (弦楽四重奏版)
                 (NHKロンドンオリンピック
                   テーマソング)

第1ヴァイオリン:高木聡
第2ヴァイオリン:吉田巧
ヴィオラ:佐藤裕子
チェロ:薄井信介

本日は都内某所で15:30から会議…というおいしいプチ出張。
17:00に解放されて初台へ向かったら、早く到着し過ぎました。
「ああ、都心に勤務している人はいいな…」と、こういうときだけ思います。
(転勤したいわけではありません。)
早く到着したおかげで、開演前のロビーコンサートも聴くことが出来ました。
暑さバテして疲弊していたのですが、ヴァイオリンの音色を聴いたとたん、疲れも忘れてしまう癒しの効果。
良い音楽には解毒作用がきっとありますよね。

20120912

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2012年9月 9日 (日)

藤原歌劇団「夢遊病の女」(2012/9/9)

2012年9月9日(日)15:00
新国立劇場オペラパレス

藤原歌劇団
ベッリーニ:夢遊病の女

2枚看板の光岡さんは、立派な「もう1枚」!
しかし、脇を固める歌手の水準が初日をはるかに凌駕する印象。
やっぱり総合芸術(娯楽)は、高橋薫子さんの孤軍奮闘よりも、総合力で勝負!

幕が上がり「リーザは昨日より良いのでは?」と思ったら、エルヴィーノも、ロドルフォ伯爵も、昨日よりはるかに素晴らしい!
無理して声を張り上げている印象はなく、余裕で声が伸びる。
昨日は高橋薫子さんだけが断トツの感もありましたが、2日目は共演者も万全です。

アミーナの光岡暁恵さんも、昨日の高橋薫子さんに劣らず素晴らしい声。
高橋薫子さんと比べると、変化球をあまり混ぜずに直球勝負…の印象ですが、それこそが少し若い世代の特権。
変に縮こまらずにパワー全開で行くのは、はるかに好ましい。
この2枚看板は、本当に甲乙つけがたい素晴らしさです。

コーラスが力強いハーモニーの時に、アミーナの光岡暁恵さんが声を出し始めると、埋もれることなく、くっきりと浮かび上がるのは昨日の高橋薫子さんと同様。
本当に愛らしい、美しい声。
技巧の駆使を聴衆に意識させません。

オケは、出だしでは昨日同様に「うーん…。」と言いたくなるような音を出してしまっていたようですが、滑り出してしまえば「文句無し」どころか「素晴らしい!これぞオペラのオケ!」の印象になるのも昨日同様。
マエストロの棒の魔術です。

脇を固める歌手の皆さんは、第1幕からずっとパワー全開だったエルヴィーノ、ロドルフォ伯爵、リーザだけでなく、第2幕ではテレーザの肝っ玉母さんぶりも大迫力。
公証人は2日とも同じ方だが、もう少し自然なコミカルさが欲しいと思いました。
笑うに笑えません。

演出の方は、2日続けて見ても、何か意図を込めて動かしているのか、何もしていないのか、私にはわかりませんでした。
状況によってころころ変わる、操作される大衆(群衆)の心理を描いた…と言っても、それは、もともと作品に入っているものでしょうし…。

2日続けて観た印象では、高橋薫子さんの方が僅差で格上かもしれませんが、光岡さんの直球勝負も2枚看板の1枚を担うのに不足なし。
孤軍奮闘の初日より、役者の揃った2日目に軍配かな、と思いました。

夢遊病と判明しでハッピーエンド、幸せいっぱい、万事解決!と言うストーリーの結末に違和感を抱くのは野暮なんでしょうね…と思いつつ…。
この先、治療しなくて結婚生活は大丈夫なんでしょうかねぇ?…などと気にするのは、やめておきましょう。

なお、蛇足ながら、本日、2階席ロビーに貼ってあったキャスト表は、何も考えずに撮影してきましたが、帰宅してから見たら、昨日のものでした…。

アミーナ:光岡 暁恵
エルヴィーノ:中井 亮一
ロドルフォ伯爵:デニス・ビシュニャ
テレーザ:牧野 真由美
リーザ:納富 景子
アレッスィオ:前田 進一郎
公証人:藤原海考

公演監督:岡山廣幸
指揮:園田隆一郎
演出:岩田達宗
合唱指揮:須藤桂司
合唱:藤原歌劇団合唱部
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

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2012年9月 8日 (土)

藤原歌劇団「夢遊病の女」(2012/9/8)

2012年9月8日(土)15:00
新国立劇場オペラパレス

藤原歌劇団
ベッリーニ:夢遊病の女

あくまでも私個人の感想ですが、高橋薫子さんとマエストロと(と言うことはオケもコーラスも含まれますが)の二人舞台だったよう…。
しかし、そのことになんの不満があろうか!…という満足感!

個人的に前日までの仕事の疲れで第1幕は集中力が持たず、今にも寝落ちそうでしたが、マエストロと高橋薫子さんの素晴らしさは、寝ててもわかります!(うそ)

園田隆一郎さんの指揮する東フィルは、出だしの一部に「ソロが微妙…」にも感じましたが、大きな流れは万全。
流れ出してしまえば、もうマエストロのもの。
ドラマを伴奏する影の主役。

そして、高橋薫子さんが登場して一声出すと、まるでパッと舞台が明るくなったかのよう。
技巧の駆使を聴衆に意識させない美声です。

合唱も、群衆と言って良いくらいのかなりの大人数だったと思いますが、迫力、切れ味ともに、おそらくマエストロの棒に見事に反応していたのではないでしょうか?
そのコーラスの力強いハーモニーの中から高橋薫子さんが声を出してきた時、埋もれることなく、くっきりと浮かび上がる美声!
それは3Dのような。

前半、寝落ちそうに眠かったのに偉そうな感想は言えませんが、高橋薫子さんの声の質と技巧が素晴らし過ぎて、他の歌手の皆さんの健闘も、引き立て役のように感じてしまいました(暴言失礼!)。

演出はよくわかりませんが、オーソドックスなものなのかな。
動きは整理されていたのか、何もしていないのか、私には不明。
舞台装置は写実的?
…と言うよりも、塗り絵っぽく見えてしまったのですが、あえてそうして、おとぎ話の中のように見せたのか、それとも経費節減なのかは、私にはわからず。

ともあれ、私の席は最安席、新国立主催公演ならZ席でしが、この値段で高橋薫子さんの声が聴けて、園田隆一郎マエストロの指揮が聴ければ、何の不満もなし。
二人舞台に拍手!(暴言失礼!)

アミーナ:高橋薫子
エルヴィーノ:小山陽二郎
ロドルフォ伯爵:妻屋秀和
テレーザ:森山京子
リーザ:関真理子
アレッスィオ:和下田大典
公証人:藤原海考

公演監督:岡山廣幸
指揮:園田隆一郎
演出:岩田達宗
合唱指揮:須藤桂司
合唱:藤原歌劇団合唱部
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

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2012年9月 3日 (月)

高関健/都響(2012/9/3)

2012年9月3日(月)19:00
東京文化会館

指揮:高関健
東京都交響楽団

(第740回定期演奏会Aシリーズ)
ピアノ:岡田博美

≪日本管弦楽の名曲とその源流-16≫プロデュース:一柳慧
松平頼暁:室内オーケストラのための
      「コンフィギュレーションⅠ」
松平頼暁:室内オーケストラのための
      「コンフィギュレーションⅡ」
松平頼暁:オーケストラのための「螺旋」
ベリオ:協奏曲第2番「エコーイング・カーヴ」
   (ピアノと2つの楽器群のための)
(日本初演)

後半のベリオでの岡田博美さんのピアノ、凄すぎ!
高級車ベンツ楽々乗りこなし、アウトバーンを疾走するような(←経験ないですけど)安定感とハイパワー。
難曲ですよ、これ、普通は、たぶん。
前半の松平頼暁さんの作品も十分に面白かったのですが、ベリオではオケも、より興が乗った演奏になっていたようでした。
難解を通り越し、理屈もわからずパワーに圧倒された体感でした。

前半の松平頼暁さんの「コンフィギュレーション」は、ⅠとⅡが、間に拍手を挟まず、2つの楽章のように演奏されました。
小編成ですが響きにスリムな印象はなく、十分に響いてきます。
この複雑な論理で組み上げられた曲を、理解は出来ないにせよ、勝手に感じることは私にだって出来ます。

松平頼暁さんの曲というと、尾高賞受賞作品をN響定期のFM生中継で聴いて、さっぱりわからなかった記憶があります。
(マリンバとオーケストラのオシレーションだったと思います。)
あの頃でも三善晃さんの曲(例えば、童声合唱とオーケストラのための響紋)などは「感じる」ことは出来ました。)
「難解な作曲家」という印象を持っていて、この日の曲だって、演奏は超・大変そうな曲で、それでも、「感じる」ことは出来ました。
でも、あの頃に比べて私が進化したのではないでしょう。
おそらく演奏する皆さんの技量が格段に進化したのでしょう。

松平頼暁さんの3曲目、オーケストラのための螺旋は、大編成のオケ。
これも緻密かつロジカルに組み上げている曲なのでしょうが、一般聴衆の私は「響きを楽しめばいいや」と割り切れば十分に面白い。
高関さんの指揮は、見た目は多少、楽譜に首っ引きの感もありましたが、まあ、曲が曲ですしね。

前半の松平頼暁さんの3曲では、休止の前の音の止め具合が微妙に揃わない箇所が何箇所かあったような気がしましたが、楽譜の指示、作曲者の意思でそうしているのか、そうではなかったのかは、ド素人の私にはわからず。
まあ、それは些細なことです。

休憩後のベリオでは、基本的にピアノを囲むように管楽器が多勢のグループ、後方の普通は管楽器が並ぶ壇には、弦楽器が多勢のグループ。
山本コンマスと遠藤首席があんな所に…。

前述のように、岡田さんのピアノが目の覚めるようなパワー全開!
音を意図的に散りばめたはずの曲が、作為的に飾りたてた印象は皆無な音の洪水に…。

終演は20時30分過ぎくらい。短い演奏会でしたが、これだけの難曲が4つも並べば、物たりなさは感じません。
ド素人の私の体感としては、後半のベリオの方が演奏は僅かに上だったような。
都響定期クオリティの名演!
まあ、前半だって、不満を言うほどのことではありません。
音が楽しい!

演奏に先立ち音楽評論家の片山さんと作曲の松平さんによるプレトークがありました。
しかし、その間ずっとしゃべっているグループ(比較的若い世代の方)が客席に居て、閉口しました。
少し離れていた私でもそうだったので、もっと近くの席の人は、プレトークは聞き取れなかったのではないでしょうかねえ…。

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2012年9月 1日 (土)

下野竜也/読響(2012/9/1)

2012年9月1日(土)15:00
東京芸術劇場コンサートホール

指揮:下野竜也
読売日本交響楽団

(コンサートホール・リニューアルオープン記念演奏会)
ソプラノ:小川里美
メゾソプラノ:清水華澄
合唱:東京音楽大学

マーラー:交響曲第2番「復活」

復活した芸劇で「復活」。
下野さん渾身の豪快な演奏、パワー全開!

音響の方は、私の席は直接音を浴びる場所だったので断言は出来ませんが、スッキリ、クッキリ、鳴らしまくっても飽和しない…という印象。
私は好意的に受け止めました。
もっとも、リニューアル前は、席の位置によってかなり音の印象が変わりましたから、他の場所でどうかはわかりません。

内装は茶系統が多くなり、綺麗で落ち着いた印象。
これも私は好感でした。
リニューアル直後だからといって、建材や塗料のような「工事直後の匂い」のようなものは感じませんでした。
ただ、物理的キャパはあまり変わっていないので、座席は狭めのままの印象です。

まず、開演に先立ち、館長の挨拶。
簡潔で要点のみを述べ、短く切り上げて好感!

コンサートマスターはOBの藤原さんでした。
内側に小森谷さん。ヴィオラ首席の鈴木さん、チェロ首席の毛利さんと、コンサートマスターが4人居るかのような読響の布陣。
(いつものことですが。)
冒頭から全力投球で、主催公演以上の気合いの入りよう。

下野さんのマーラーを聴くのは私は初めてかな?
あまりドロドロせず、メリハリをつけた音づくりのように感じましたが、私の席の音響のせいかもしれません。
力の込め具合は半端ではなく、数年前の暴れまくっていた頃の下野さんのよう。
それが全く空回りせずに音に変換されいていました。

下野さんは、第1楽章が終わったところで、指揮台上に立ったまま、総譜の指示通り(かどうか、時間を測ったわけではないので断言出来ませんが、たぶん)長い間合いをとりました。
まず、咳払いタイム、その後、静寂。
遅れてきたお客さんも、余裕で着席。
しばらくして、管楽器奏者の増員の入場タイム、その後、静寂。
やがて、コンマスの藤原さんに合図してチューニングタイム、その間に独唱の小川里美さんと清水華澄さんが入場、そして静寂…。
舞台脇のバルコニー席でボソボソっと話し声を出してしまった人がいて、読響の楽員さんの一部がびっくりしたように見上げるくらい、静か。

そして、ようやく、生まれ変わったように始まった第2楽章。
生き生き!
う~ん、このインターバルは、効果的!

バンダは、パイプオルガンの前や、舞台両脇のバルコニー席の扉の外にも出没し、天然サラウンド。
合唱は音大生のようですが、微弱音をきれいに出していたのは感心。
声を張り上げた時は「もう少しきれいに!」とも感じたのですが、これもまた、私の席の位置のせいかもしれません。

独唱のお二人も万全の歌唱。
清水華澄さんは、何度か鑑賞して素晴らしい声の持ち主であることは存じ上げていましたので、期待通り。
小川里美さんも同レベル、つまり、ハイレベル。
歌唱位置は合唱の前でしたが、芸劇の天井の位置からして、音響的に「後方のハンディ」はなかったのではないでしょうか。

最後の方では弦楽器の皆さんも、ゴリゴリゴリッ!の力演、凄かった!

「おお、死よ!
全ての征服者だった汝から私は逃れ出る!
今こそ、汝は征服されたのだ!
(中略)
私は再び生きるために死ぬのだ!
よみがえる、そう汝はよみがえるのだ。」
リニューアル後の演奏会にふさわしい歌詞かどうかは…。
まあ、余計なことを考えるような野暮な行為はやめておきましょう。

ちなみに、前回、私が読響で「復活」を聴いたのは、たぶんマンフレート・ホーネックさんの指揮
あれ以来、マンフレート・ホーネックさんは来日していないですよね。
記憶が正しければ。

ちなみに、前回、リニューアル前に芸劇に行ったのは、都民芸術フェスティバルの飯守泰次郎さん指揮、東京シティ・フィル
錦糸町で「ブリュッヘン祭り」をやっていた頃です。
遠い昔のことのようです。

なお、池袋駅地下は、芸劇の地下に通じる通路への入り口の場所が変わったようです。
「勝手知ったる…」のつもりで歩いていて、「ここはどこ???」になってしまいました。

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