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2012年12月20日 (木)

フルシャ/都響(2012/12/20)

2012年12月20日(木)19:00
東京文化会館

指揮:ヤクブ・フルシャ
東京都交響楽団

(第746回定期演奏会Aシリーズ)

マルティヌー:交響曲第6番「交響的幻想曲」
ベルリオーズ:幻想交響曲

終演直後、フルシャさんが最初にひっこんだ瞬間の、舞台上のオケのメンバーのはじけ具合いが、この演奏のもの凄さを物語っていたのではないでしょうか!
もう、大はしゃぎに近かったのでは?
興奮していたのは、客席だけではなかったようです。

一曲目のマルティヌーは、CDで聴いても捉えどころのよくわからなかった曲が(わかったなどとは口が裂けても言えませんが)ふっくらとした響きの連続性で楽しめました。
某指揮者のCDだと、断片的な部分をつなぎ合わせたような印象だったのです。

先日のB定期で「前回(私は2年前のA定期)よりスケールアップしたのでは?」と思った印象は、この演奏で確信に近づきました。
B定期の時に「文化会館ではなく、サントリーホールで聴いたからかな?」とも思ったのですが、文化会館で聴いても、ふたまわりくらい音の風格が大きくなった印象。

私にとって捉えどころのよくわからないマルティヌーですら結構楽しめたのですから、有名曲の幻想交響曲がツボにハマらないわけはないのですが、事前の想定を遥かに凌駕する演奏は驚異としか言いようがありません。
柔と剛、繊細と大胆、極上のニュアンスと輝かしさ。

第1楽章からして、おそらく本番でのサプライズの連発の指揮だったのではないかと想像しましたが、おっ、おっ、おおぉーと大小様々な驚きの連続。
結構煽っていますが、都響なので下品な音にはならず、品格を保った上での高揚感。
それは後の楽章へ行くほどヒートアップ。
第1楽章終盤で一度頂点に達し、第3楽章中ほどでも頂点に達し、さらに第4楽章、第5楽章…。

第4楽章の繰り返しで「儲かった!」と、はしたないことを考えたのもほんの一瞬。
私の意識は、音の連射を受け止め、追いかけるのがやっと。
フルシャさんは各楽章の終了ごとに間合いを長くとり、汗を入念に拭っての指揮でしたが、聴き手の私の体感的は、間合いを空けずに一気に聴いたかのよう。
第5楽章は、もう、呆れるばかりの輝かしさ!
これでもか、これでもか、と攻めたてられて第5楽章が終わった後のフライング気味のブラボーはまあ、仕方ないですかね。
それに続く盛大なブラボー。
四方コンミス、山本コンマスも汗を拭う。
文化会館にしてはお客さんがバラバラと帰り始めるのが遅かったかな?

都響の幻想交響曲と言えば、故フルネさん(でした=過去形)。
香り立つような極上のニュアンスに、故フルネさんを一瞬思い出したりもしましたが、それに加わる、弾けるような躍動感と輝かしさは、フルシャさんと都響が、新しい時代に足を踏み入れたと言って良いのではないでしょうか。
故フルネさんと都響の名演の思い出はCDとして大切にとっておいて、今の時代に生きているフルシャさんと都響のコンビを、会場で、生で体験することが出来る幸せ!
このコンビの、輝かしい現在と未来を祝福するにふさわしい圧倒的な演奏でした。

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