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2012年12月22日 (土)

カンブルラン/読響(2012/12/22)

2012年12月22日(土)18:00
東京芸術劇場

指揮:シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団

(第200回東京芸術劇場名曲シリーズ)
ソプラノ:木下美穂子
メゾ・ソプラノ:林美智子
テノール:小原啓楼
バリトン:与那城敬
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:三澤洋史

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」

75分?のショートプログラムとは思えない凝縮された演奏に大満足、納得のプライス。
筋肉質の鍛えられた肉体が躍動する様は、唖然として受け止める以外にありません。
スリムでスピーディーな響きなのでしょうが、中身はぎっしり、ずっしり。
あっさり感のかけらもありません。
これは凄い!

カンブルラン様が振ればこういう演奏になるよ…という想定通り、期待通りと、想定通りなのに凄すぎる…という想定外のサプライズと…。
スリムで筋肉質、スピーディーな音は、おそらくそうだとは思っていましたが、それが軽量級ではなく、ズシン、ズシンと地鳴りのように押し寄せる。

赤鬼カンブルラン様!
紅潮した顔で、動く、動く、振りまくる。
第1楽章で既に会場全体を制圧し、舞台上も客席も、マインドコントロール下のトランス状態?
第2楽章も激しい、激しい、早いけど激しい。
それなのに細部まで棒のコントロールが行き届いている。

第2楽章で、夢中で振っていてスコアをめくるのを忘れていたようで、繰り返しの後に、あれ、今どこ?とスコアをパラパラめくっていたのはご愛嬌。
その感も指揮棒を持つ手はおろそかにならないのが、これまた凄い。
まあ、カンブルラン様なら楽譜は見なくても、身体にしみこんでいますかね。

第3楽章も基本的には速めですが、旋律の歌い回しは美しいのなんの。
このスピードでこれだけメロディを歌わせるカンブルラン様も凄いですが、それを音にして見せた読響も凄い。

第4楽章も、年末第九に時折ある、急に祝祭的な開放感になったりせず、従前の演奏。
独唱に対してもカンブルラン様は棒を振っていたため、結構いい線でカンブルラン様の音楽になっていたのは嬉しい。
もっとも、時折テノールの声が聴き取りにくかったりということはありましたが、まあ、実演では、それなりに遭遇する事象のような気もしますので、目くじらを立てるほどのことはないかもしれません。

新国立劇場合唱団は、さすが優秀なプロ集団だけあって、カンブルランの棒にプロのレベルで反応し、オケから浮くことなく、オケと一体のハーモニーを形成していたのも素晴らしい。
オケもコーラスも、これだけ煽られて、その棒に忠実に反応していながら粗雑にならずに最後まで行ったのも凄い。

演奏中、何度も、ああ、なぜ私は、カンブルラン様の第九全公演のチケットを買わなかったのだろう…と思いました。
演奏が終わって現実に戻れば、それは無理なのはわかっていますが…。
もう一回聴きたいか?と問われれば、返答は迷わずYes…の素晴らしい第九でした。

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コメント

カンブルランさんの第9には、「楽聖ベートーヴェンの最後の交響曲にして後世に多大な影響を与えた人類の偉大な財産」等といった余計な思い込みを排除した、清々しさがありますね。軽やかでいながら(第3楽章は田園の第2楽章のよう)、声楽付交響曲としてのダイナミズムもあって、目から鱗でした。私の聴いた回では、「第9」のイメージが払拭しきれないためか、オケが指揮者の要求に応え切れていないところもありましたが、22日の演奏では改善されたようですね。私も彼の第9、何度も聴いてみたいです。

投稿: 黒猫 | 2012年12月23日 (日) 09時39分

黒猫様
おっしゃる通り、私も目から鱗で、カブルラン様の第九を聴いて、もうピリオド・アプローチか、そうでないか、などという時代は過ぎ去って新しい時代に入ったかのように思えてきました。

投稿: 稲毛海岸 | 2012年12月23日 (日) 20時50分

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