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2013年3月の7件の記事

2013年3月30日 (土)

新国立「アイーダ」(2013/3/30)

2013年3月30日(土)14:00
新国立劇場

ヴェルディ:アイーダ

ミーハーと言われようが、2回観に行ったと笑われようが、観たいものは観たいのであります。
すみません。
豪華絢爛という言葉はこの舞台のためにあるようなもの。
贅沢ですねー。
こんな贅沢していていいんですかねー。
この日は私にしては高価な方の席だったのですが、舞台にかかっているコストを思えば安いもの?

私にはオペラ上演のコストを見積もるスキルはありませんが、莫大な労務費、材料費、業務委託費、…、いったいいくらかかっているのでしょう?
上演すればするほど赤字…ですよね?
スポンサー様のおかげですねー。
ところで、あの舞台装置の費目は、消耗品費?それとも減価償却費?
贅沢ですねー。

物量作戦の大勝利!
文句の「も」の字もありませんです。

このプロダクション、私は3回目の鑑賞。
今シーズン2回目。
METの上演のDVDとかで見るのとは大違いの、生の舞台の圧倒的な物量作戦は、ため息が出るほど素晴らしい。
「読み替えでなくても文句あるか!」と言うような舞台は、ヤンソンスやティーレマンの「ピリオドスタイルでなくても文句あるか!」というようなベートーヴェンのよう(あ、違いますかね…)。

カーテンコールに応える歌手の皆さんも本当に嬉しそう。
へんてこな装置で、現代風の服を着て演じるオペラと違って、頭で考えなくとも、本能で演じられるこのプロダクションは、きっと、歌って演じていて、快感だったのではないでしょうか。
有無を言わさぬ視覚効果の前には、歌手の皆さんのかなり太めの体型なども無問題?
いや、むしろ、肉体的にもボリューム満点で、豪華な演出の狙い通り?

あえて重箱の隅を突けば(文句なし!と言ったのにすみません)、第4幕第1場の最後で巨大な墓石を持ち上げる仕草を、もう少し重そうに演技しても良かったのでは?とか、第1、第2、第4幕に比べ、第3幕の舞台装置がやけに貧相(それでも、通常の上演なら普通のレベルでしょうが)に感じられたり…。
いや、その程度なんですよ、文句をつけるとしても。
本物の馬を、あれだけの瞬間のために連れてくるのは、コスト意識がなさすぎるのでは?という心配は、私がすることではありません…。

歌手はアイーダが最初から最後まで全力投球。
多少荒削りに感じる場面もあったような気もしますが、それを補って余りあるハイボルテージ。
第2幕第2場で、大群衆のコーラスの中からくっきりと声が浮かび上がったのには驚嘆。
なかなか生の上演では、ああはいかないのではないでしょうか。

ラダメスとアムネリスは、前半も手抜きというようなレベルではなかったと思いますが、おそらくピークを後半の第3幕、第4幕に持ってくるようにペース配分したのでは?
このオペラの本当の主人公はアムネリス…と言って良いくらいの葛藤、激情、嘆き…。
毅然としているけれど、でも、実に非情で、冷たいラダメス…。
なんだか、アムネリスの味方をしたくなってきます。

新国立劇場合唱団が素晴らしいのはいつものことではありまするが、声を張り上げる時だけでなく、小さな声のハーモニーの時でさえも、会場全体にしっとりと響き渡らせる手腕、うまさは驚嘆以外の何物でもありません。
物陰で歌う場面でさえも、おそらく会場と舞台装置の音響効果を把握して、最も効果的なように歌ったのではないでしょうか。
ホームグラウンドの強み!
(サントリーホールとかにビジターで行っても強いんですけどね。)

指揮者が若くて経験不足なのかどうかは私は存じ上げませんが、この壮大な大群衆を含む舞台を破綻なく…、いや、品位を保ちながら高揚に導くのは、素人には出来ない仕事でしょう。
私には、マエストロが音楽に合わせて踊っていただけとは、とても思えませんでした。

ハードスケジュールには慣れている東響であっても、定期演奏会(それも嘆きの歌)を挟み、明日は川崎名曲という中でのピット、お疲れ様でした。
最終日ということもあって、練れてきたこともあったのかもしれませんが、ピットの演奏にも、私としては文句無し。
特に木管楽器のソロが美しい!

「ゼッフィレッリさんの」アイーダ、当初、何回観ようと企てたかは内緒です。
個人的な事情により、結局、Z席抽選も不参加で、元々買ってあった2公演の鑑賞になりましたが、“間引き運転中”なのに、2公演とも“間引かない”方にしました。
1回目はZ席のすぐ隣のD席での鑑賞で、個人的に(劇場外の世俗的なことで)雑念がある中での鑑賞だったのですが、この日は集中して楽しめて、めでたしめでたし。
2公演買っておいて良かったです。

スタッフ
【指揮】ミヒャエル・ギュットラー
【演出・美術・衣裳】フランコ・ゼッフィレッリ
【照明】奥畑康夫
【振付】石井清子

キャスト
【アイーダ】ラトニア・ムーア
【ラダメス】カルロ・ヴェントレ
【アムネリス】マリアンネ・コルネッティ
【アモナズロ】堀内康雄
【ランフィス】妻屋秀和
【エジプト国王】平野和
【伝令】樋口達哉
【巫女】半田美和子

【合唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京交響楽団

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2013年3月22日 (金)

リットン/都響(2013/3/22)

2013年3月22日(金)19:00
東京文化会館

指揮:アンドリュー・リットン
東京都交響楽団

(第748回定期演奏会Aシリーズ)
ピアノ:伊藤恵

プロコフィエフ:「ロメオとジュリエット」第3組曲
モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番
プロコフィエフ:交響曲第4番
(改訂版)

残響の少ない東京文化会館で聴いているということをほとんど意識しなかった!
…って、都響A定期と言えども、凄いことでは?
本当に強く、美しく、美しく、強く鳴った都響サウンド!でした。
リットンさん、スケールが大きいですねぇ。
もちろん、見た目と、服のサイズと、お腹の大きさのスケールだけではなく、音楽のスケールが。

この日は私は、東北新幹線沿線、比較的近距離にプチ出張。
帰って来て東京文化会館に行くには、ただ上野駅で新幹線を降りれば良いだけ。
こんなに楽に、うまく行く日は、そうそうありません。
夕食を食べても余裕で間に合いました。

閑話休題。

まずは「ロメオとジュリエット」第3組曲。
最初の音が出た瞬間、この日の演奏会全体の成功を確信しました。
…いや、それは後から言えることはありますが、結果論として、最初の素晴らしい音が、最後まで持続しました。
力強い音がまっすぐ向かって来るようで嬉しくなります。
リットンさんの生演奏は、私は数十年ぶりだと思いますが、音楽のスケールが本当に大きい(身体も相当に大きいですが)。
キンキンした音にならずに強い音でこのデッドなホールを鳴らす。

モーツァルトも、かなり力強い音。
チャーミングなだけのモーツァルトとは一線を画する、ベートーヴェンにつながるかのような演奏。
長調の曲でこう感じるとは、相当にスケールが大きいかもしれません。
それは伊藤恵さんのピアノも同様。
スピード感とスリリングさも加味した力強いピアノ。
もしかして、伊藤恵さん、以前よりも音楽がスケールアップしました?
そしてリットンさんの作り出すオケの音も、ピリオドのピの字もなくたって、ビシバシと迫って来ます。
いやぁ、21番でこんなに聴き応えのある演奏が、それも東京文化会館で聴けるとは!

そして休憩後の交響曲。
私はこの曲はさほど聴き込んでいないので他の演奏との比較は出来ませんが、いかにも「らしい」音。
インバルさんとのショスタコーヴィチや、ブラビンズさんとのプロコフィエフなどで聴いてきた、隙のない都響サウンド。
「枝葉末節に至るまで」という言葉が適切かどうかわかりませんが、音の出から“合いの手”まで、粗雑な音は皆無。
しかも、神経質だったり、縮こまって演奏したりしていません。
いや、都響としてはいつものことなのですが、それにしても、都響のアンサンブルの好調さを誇示するかのよう。

一回聴いただけで断言は出来ませんが、リットンさんと都響の相性は相当に良いのでは?と思いました。
B定期は聴きに行かないので、この演奏会をもって、私の今シーズン(2012-13)の都響の鑑賞は終了。
折しも都響では、投票を募集していますが、この日も相当に良かったので、ベスト3を選ぶのはかなり難しいと思います。

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2013年3月20日 (水)

イ・ヨンチル/N響(2013/3/20)

2013年3月20日(水)16:00
市川市文化会館

指揮:イ・ヨンチル
NHK交響楽団

(NHK交響楽団 in ICHIKAWA)

チャイコフスキー:「エフゲニー・オネーギン」からポロネーズ
チャイコフスキー:弦楽セレナード
チャイコフスキー:交響曲第5番
バッハ:G線上のアリア
(アンコール)

N響の「地方巡業」はどんなものか…と思って足を運んだのですが、手抜きなし、気合いの入った演奏に大満足。
うまくいかなかったときの定期公演より良かったりして(暴言失礼!)。
スヴェトラーノフに匹敵するなどとは言いませんが、十分に高揚し、なかなか満足度の高い演奏でした。

諸々のことで疲労感があったので鑑賞は自粛しようかな…と思ったのですが、電車の中で爆睡したら少し元気が戻ったので「駄目なら(←演奏が、ではなく、自分の体調が)、途中で帰ろう」と、聴きに行きました。
結果的に最後まで居ました。

まずは「エフゲニー・オネーギン」のポロネーズで小手調べですが、さすがは紅白歌合戦ホールで鳴らしているN響、残響の少ない多目的ホールの鳴らし方を心得ている?
もっとも、私は結構前方の席に座ったので、後方でどう聞こえたかは不明です。

弦楽セレナードは、たぶん14型くらいの編成。
これが次第に興が乗り、高揚して行く、なかなかのスリリングな演奏。
イ・ヨンチルさんの指揮は、全てを細かく振るのではなく、随所で奏者に任せ、しかし身体を揺すって表情付けをします。

想像するに、うるさ方のN響の面々には、適度な放任と、適度な方向付けが、演奏していて心地良かったのではないかと思いました。
オケの皆さんも、身体を揺らしての熱演。
演奏終了後、木越さんが大汗を拭っていたほどです。

前半の弦楽セレナードが弦楽合奏だけでかなりの高揚になったので、後半の交響曲第5番では、最初のうち、弦楽合奏と管楽器に微妙な温度差があったような気もしましたが、次第にアンサンブルは融合し、イ・ヨンチルさんの身体の揺すりの術中に。

もちろん、イ・ヨンチルさんの指揮は、要所要所はきちんと振っており、微妙なためとかも結構あるのですが、大枠での方向付け、身体を揺すっての鼓舞、顔面を駆使しての表情付けが、あのN響を目指す方向に導くことが出来たのではないでしょうか。

もちろん、定期公演と同じ時間のリハーサルをしたら、細部の仕上げがさらに…という箇所は散見されましたが、そのことが演奏の価値を下げるものではありませんし、限られた時間で仕上げ、本番で導いたことをたたえるべきでしょう。

アンコールがバッハだったのはちょっとだけ驚きましたが、これがまた、涙が出そうになるくらい、愛おしい演奏。
定期公演の大物指揮者と張り合うにはまだ若いとは言え、イ・ヨンチルさんの音楽センス、素晴らしいと思いました。

なお、大ホールホワイエにてN響メンバーによるウェルカムコンサートがありましたが、私がホールに着いた時は、すでに演奏終盤。
後ろの方でノイズ混じりに聴きましたが、これがまた、なかなかのウキウキするような演奏。
最初から聴けば良かった…。
(…と、体調不十分だったことを忘れる…。)
N響メンバーの何人かも、燕尾服姿で、後ろの方で聴いていました。
以前のNHKホールでの開演前の室内楽の演奏より良かったりして(暴言失礼!)。

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2013年3月19日 (火)

カンブルラン/読響(2013/3/20)

2013年3月19日(火)19:00
サントリーホール

指揮:シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団

(第524回定期演奏会)

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」

就任以来、喜んで聴いてきた読響の音って、実はまだ、カンブルランさんの色に染まっていなかったということでしょうか。
明晰で分離の良い、そして透き通るような音。
現代的でスタイリッシュなのに、ライヴならではの白熱した演奏でした。

個人的事情により間引き運転中のため(どこが?と言われそうですが)、前日のチケットを泣く泣く無駄にしたのですが、「最終日を聴けて良かった」と言うべきでしょう。
世俗的なことに疲弊していましたが、演奏会が終わる頃には魂を洗われ、揺さぶられていました。

まず、舞台上の配置にちょっと驚きます。
ティンパニを上手と下手に分離して配置し、ヴァイオリンも左右、ヴィオラ下手、チェロとコントラバスが上手と、あれ、鈴木康浩さん、あんなところに…。
おそらくその配置は、音の分離も意図した計算ずくのものだったのでしょう。
事実、各楽器の音が、驚くほど明瞭に、くっきりと浮かび上がりました。
第1ヴァイオリンを支える立場が多い第2ヴァイオリンの音も、くっきりと独自性をもって浮かび上がる。
そして両翼で鳴るティンパニのステレオ(?)効果!

そして分離の良さに加えて音の透明感。
これぞ私たちが、カンブルランさんに求めていた音ではなかったか…と思いました。
やっと巡り合った、本来の(?)カンブルランさんの音。
それはスタイリッシュで、クールで、透明感のある音。
のたうちまわるようなマーラーではなく、冷徹に組み上げられたサウンド。
しかし、それでいて、無味乾燥ではない情熱的な音。
特に第4楽章終盤の白熱ぶりは、ただただ唖然として受け止めるのみ。
こういうスタイルの演奏だからこそ、この白熱ぶりは圧倒的。
会場の集中力も相当なもので、少なくとも私の周囲では、ノイズは極小。
フライングの拍手も、フライングのブラボーもなし。
拍手が始まった後はブラボーの嵐。
舞台上の読響の皆さんも、笑顔、笑顔、笑顔、互いに拍手を贈りあう。

前月の下野さんの正指揮者卒業と今宵の演奏に因果関係はないのでしょうが、コンサートマスターも過渡期で、読響も、もしかして、いま大きな転換点にいる…というのは考え過ぎでしょうか?
でも、もし仮にそうだとしても、新しい時代はカンブルランさんが築くのです。

本来カンブルランさんの「悲劇的」を聴けただけでも喜ぶべきところですが、この日の演奏を聴いてしまうと「なぜツィクルスにしないっ?」という欲求不満すら感じてしまいます。
いや、もしかして、インバルさんの都響退任を待っているかも??

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2013年3月17日 (日)

新国立劇場「アイーダ」(2013/3/17)

2013年3月17日(日)14:00
新国立劇場

ヴェルディ:アイーダ

「ミニ新幹線」ではなく「フル規格の新幹線」の圧倒的な威力。
読み替え演出じゃなくたって、ここまで潤沢に資金を注ぎ込めば(?)、ぜいたく過ぎる娯楽を前に言葉もありません。
事業仕分け(死語?)の対象にならないように、気をつけて下さい(暴言失礼!)。

いやいや、演出だけでなく、音楽も…。
歌手の皆さんも、ピットの東響も凄かった、特に第3幕以降。
いや、第2幕だって。
いや、第1幕だって。
ドラマティック、エキサイティング、スリリング…。
ハリウッド映画など、足下にも及ばない(暴言失礼!)スペクタクル。

この日は、個人的にいろいろあって、雑念が多くて、実はあまり集中できなかったのですが、そういう精神状態でも、かなりのレベルで興奮できたので、上演のインパクトはかなりのものだったのでしょう。
(…というわけで、感想は簡単にとどめておきます。)

このプロダクション、私は2回目の鑑賞ですが、前回のことは意外と忘れているもので、「あれ?前回もこうだったっけ?」という箇所が結構ありました。

第2幕第2場のバレエの場面で、あんなにドスン、ドスンと床を杖(?)でたたいて、音をたてていましたっけ?
あと、本物の馬は、前回も2頭出てきましたっけ?

ともあれ、前年7月の、演奏会形式の「アイーダ」では、演奏が素晴らしかっただけに、カットありが残念に感じました。
そのもどかしさが残っていただけに、フル装備で鑑賞できた喜びは大きいです。

スタッフ
【指揮】ミヒャエル・ギュットラー
【演出・美術・衣裳】フランコ・ゼッフィレッリ
【照明】奥畑康夫
【振付】石井清子

キャスト
【アイーダ】ラトニア・ムーア
【ラダメス】カルロ・ヴェントレ
【アムネリス】マリアンネ・コルネッティ
【アモナズロ】堀内康雄
【ランフィス】妻屋秀和
【エジプト国王】平野和
【伝令】樋口達哉
【巫女】半田美和子

【合唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京交響楽団

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2013年3月15日 (金)

インキネン/日フィル(2013/3/15)

2013年3月15日(金)19:00
サントリーホール

指揮:ピエタリ・インキネン
日本フィルハーモニー交響楽団

(第648回定期演奏会)

【シベリウス交響曲全曲演奏プロジェクト】
シベリウス:交響曲第1番
シベリウス:交響曲第5番

私は日フィルに「かつての」シベリウス演奏のDNAがどれくらい残っているのか存じ上げませんが、いま首席客演指揮者のポストにインキネンさんが居て、その彼が指揮している…それだけで十分!
21世紀の日フィルのシベリウス!
これは素晴らしい!

比較的演奏される機会が多いとは言え、5番を後に持って来て、それが見事にハマった快感!
これは混濁化ではなく、多様化という正常な進化なのだと、さすがの(ややシベリウスが苦手な)私でもわかります。

でも、まずは第1番で、その繊細な音に驚かされます。
これが、あの日フィルの音ですか!…と思ったのはヤマカズ以来。
ヤマカズと比較することがインキネンさんに失礼なのか、褒めているのか、私にはよくわかりませんが、豪腕のラザレフさんの引きずり回すような音づくりとは異なる方向の音であることは確かです。

その繊細な音が、弦楽合奏はもちろん、金管の強奏に至るまで、北欧の大地、空気、自然を感じさせるかのように響きます。
比較的スタイリッシュな印象もある音ですが、それでいて、まぎれもないインキネンさんの「血」を感じさせる音。
文句無しの「らしい」音。

前半の第1番が終わった時点で幸せいっぱい。
すでに会場の拍手は熱いものでしたが、さほど長く続かなかったのは、続きがあると、皆わかっていたからでしょうか。
その続き、後半の第5番は、さらに進化した多様な音響を、見通し良く鳴らしてホール空間を飾りました。

たまたま私の巡り合わせが悪かったのか、これまでに私が聴いた5番の演奏は、団子状になった、音の固まりに聞こえる演奏が多かったような気がします。
今宵の日フィルの演奏は、この曲が内包する多様な要素を、本当に見通し良く見せてくれました。

その多様性を複雑系にせず、二律背反、三律背反?、四律背反?…を、対立ではなく調和として鳴らしたインキネンさん、おそるべし。
私にとって、この曲の面白さを初めて知ったかのような、目から鱗とはこのことか!というような演奏でした。

渡邉暁雄さんの功績は功績として、日フィルのシベリウス演奏は、新しい時代に入ったと言って良いのではないでしょうか。
首席客演指揮者にインキネンさん。
インキネンさんがシベリウスを振る。
わざわざ20世紀の過去を持ち出さなくても、それだけでキャッチフレーズは十分ではないでしょうか。

日フィルだからと言って、シベリウス演奏が必ず良い演奏になるとは限りません。
ずいぶん前ですが、ある指揮者が若い頃、近年のその方とは比較にならないくらい肩に力が入ってしまった、もどかしいシベリウスの演奏を日フィルで聴いたことがあります。
この日の日フィルは、肩の力の抜けたインキネンさんの指揮に乗って、肩の力の抜けた演奏で、とてつもなく繊細なサウンドを、神経質にならずに演奏してくれました。
やっぱり指揮者の存在感と影響力は大きい。

…というわけで日フィルは、インキネンさんとの21世紀のシベリウスを、これから「伝統」にして行く時代に入ったのではないでしょうか。
「2日目はもっと良くなるだろう」などと感じない日フィルの1日目は、実は、結構、少なかったりします。

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2013年3月10日 (日)

ハイティンク/ロンドン響(2013/3/10)

2013年3月10日(日)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:ベルナルド・ハイティンク
ロンドン交響楽団

ピアノ:マリア・ジョアン・ピリス

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番
ブルックナー:交響曲第9番

ご無沙汰しておりました。
しばらくは間引き運転になるとは思いますが、この演奏会から鑑賞に復帰しました。
またよろしくお願いします。
準・メルクルさん指揮のN響から2週間。
リスタートも、みなとみらいからです。
いきなり凄いものからです。
集中力も鈍っており、猫に小判状態ですが、至福の境地です。

それにしても…。

人間国宝、マエストロ・ハイティンク!
ヨーロッパに人間国宝があったら、間違いなく選出でしょう。
実直に、正攻法の道を歩み、見事に大成したその至芸。
作為的な演出がなくともトテツモナイ音が鳴ってしまいます。

個人的事情の集中力欠如は、そんなことは無問題。
圧倒的な体験でございました。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲でオケの最初の音が鳴った瞬間(ピアノが鳴る前)、ああ、ハイティンクさんのベートーヴェンが聴けて幸せ!…と思いました。
しなやか、力強い。
ある意味、ぶっきらぼうな面も内包している音のような気もしますが、確信に満ちた音です。

そしてピリスさんのピアノが入ると、その清らかな美しい音色に魅了されます。
P席で聴いたせいかどうかわかりませんが、オケのような力強い印象はあまり受けませんでした。
しかし、オケとピアノが異質という印象は皆無。
ただただ美しい音に酔うだけで、眠気を感じるくらいで(たいくつという意味ではなく、美しすぎて)細かいことは覚えておりませんが、本当に幸せなひとときでした。

前半で既に「こいつは凄いや…」の状態で休憩時間を過ごしていましたが、休憩後のブルックナーの交響曲第9番が、最初に音が出た瞬間から「こいつはもっと凄いや…」の状態。
指揮姿を見る限りは、力強いものの愚直に振っている印象で、どこからオーラが出ているのか…。

何度も何度も、ああ、いま、私は神に包まれている!と思いました。
いや、私は仏教徒なので「仏に」と言うべきでしょうか。
「浄土」という言葉が何度も脳裏をよぎりました。
(父を見送ったばかりなので、すみません。)
ブルックナーの意図はともかく、普遍的な神々しいものに包まれている体感。
厳かで、厳粛で、至福の瞬間…の数々!

重箱の隅を突けば「もし仮にオケがウィーン・フィルだったら、こうはならないだろう」という箇所(細部)はそれなりにありました。
しかし、だからこそ、LSOからこんなトテツモナイ音が出たことの凄さを思い知らされます。
細部のことが、この壮大なる演奏の価値を減ずるものでは、決してありません。

ハイティンクさんが手を下ろすまで、ほぼ静粛は保たれ、後は熱狂的な拍手とブラボーの嵐。
ハイティンクさんのソロ・カーテンコールが一回で終わったのが不思議なくらい。
このところ、個人的に心身ともに疲弊していた私は、魂を洗われたような思いでした。

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