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2013年4月21日 (日)

スダーン/東響(2013/4/21)

2013年4月21日(日)14:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団

(川崎定期演奏会第40回)
ソプラノ:サビーナ・フォン・ヴァルター
メゾ・ソプラノ:ステファニー・イラーニ
テノール:福井敬
バス:パトリック・シンパー
合唱指揮:安藤常光
混声合唱:東響コーラス

モーツァルト:ミサ曲ハ長調 K.317「戴冠ミサ」
モーツァルト:レクイエム ニ短調 K.626
モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス K618
(アンコール)

魂を洗われるとはこういうことを言うのでしょう。
ミューザの空間は、至福の空間でした。

私はこの日が2年ぶりのミューザ。
2011年3月6日以来の…。

席について最初に天井を見てしまったことはともかく、既視感のある空間、あって当然…と錯覚していた空間です。
入ることの出来なかった2年間。
本当に久しぶり…のはずなのに、慣れ親しんだ、いつもの空間のようにも…。

そして始まった戴冠ミサ。
なんと楽しく、いきいきと…。
え?でも、ミサですよね?…と思いましたが、休憩時間にプログラム冊子の解説を見ると、「復活祭の祝祭的な性格に合致」とあり、あながち的外れの印象でもなかったのかな?
スダーン監督と東響の「あうんの呼吸」は今に始まったことではありませんが、やはり毎回、毎回、舌を巻かざるを得ない領域にこのコンビはいます。
最近は「別にピリオド・スタイルでなくても…」と感じる機会も増えてきましたが、このコンビで聴くピリオド・スタイルの演奏は、やはり格別です。

そして東響コーラスのハーモニーが極上なのも、いつものことなのですが、やはり毎回、毎回、驚嘆すること!
スダーン監督との一体感はオケと同等。
特に後半のレクイエムでは、もし私に言葉がわかれば、明瞭に歌詞が聞き取れたででしょう。
歯切れの良さ。
快速テンポ。
こういうスタイルの演奏においても、東響コーラスは優秀でございました。

スダーン監督と東響のレクイエムと言えば、震災直後、ミューザ天井崩落直後、2011年5月に洗足学園前田ホールで聴きました。
あのときの演奏に、自然の猛威への畏怖と悲しみがどの程度反映されていたのかは、スダーン監督に質問でもしてみないとわかりませんが、私には、悲しみにあふれた演奏に感じられました。
スダーン監督の目も、悲しみに満ちていたように感じられました。
この日は、あの日の演奏とは、かなり違いました。
いや、スダーン監督の音楽ですから、外形は同じ系統のはずです。
でも、全く違いました。
すでにリニューアル・オープンして日が経ったとは言え、川崎定期の再開初日。
輝かしいばかりのミューザの空間、空気。
そこで鳴ったのは、普遍的で、純音楽的で、表情豊かなミサ曲。
復活したミューザ、東響のための空間。

アンコールのアヴェ・ヴェルム・コルプスを含め、スダーン監督の、東響と東響コーラスとソリストによる、ミューザのための音楽。
スピード感とメリハリで、至福の感動。
あるのが当たり前…と思ってはいけない、至福の、希有の空間です。

20130421

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