« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »

2013年7月の5件の記事

2013年7月29日 (月)

アルミンク/新日本フィル(2013/7/30)

2013年7月29日(月)19:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2013
指揮:クリスティアン・アルミンク
新日本フィルハーモニー交響楽団

ヴァイオリン:豊嶋泰嗣

三善晃:ヴァイオリン協奏曲(1965)
ストラヴィンスキー:バレエ組曲「プルチネッラ」
メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」

これぞ、かつてのこのコンビの鉄壁の呼吸。
最後の最後にようやく…。
終わってほしくない…。

NJPのアンサンブル、ソロの音色、音の溶け合い、かつて東條先生に、スダーン/東響、アルブレヒト(の頃でしたっけ?)/読響と、「ベスト3」と並び称されたコンビの音が蘇りました。
この音色、ミューザの空間のせいだけではないと思います。
このコンビが間もなく聴けなくなるのは本当に残念です。

まずは、豊嶋泰嗣さんのソロで、三善晃さんのヴァイオリン協奏曲。
豊嶋コンマス、渾身の力演。
平日の夜のミューザの空席だらけの客席。
しかし、そこに集った聴衆は、おそらく本当に聴きたくて来場した人々です。
集中力を持って受け止め、演奏には大喝采!
お義理の拍手ではなく、カーテンコールも何回も。

続く「プルチネッラ」では、NJPの首席級の皆さんのソロが冴えること!
そうなんです、NJPは名手揃いなんです、元々は…。
3.11以降、しばしば、ちぐはぐ、凡ミスを聴いてきましたが、3.11より前のNJPはこうでしたよ、確かに。
オーボエが突出しつつも突出せず(←論理的に意味不明は御容赦を!)、美しい音色で全体と溶け合います。
コントラバスが苦労の痕跡を全く見せずに超絶技巧を凝らします。
そして金管は…、今日は…、情けない音は出さない(失礼!)。

そうだよ、そうだよ、NJPの音はこうだったよ、3.11より前は。
何度も、何度も、目頭が熱くなるほど、愛おしい、懐かしい音。
間もなく終わりを告げるはずのこのコンビの、ようやく蘇った、あうんの呼吸。

そう、前日に聴いた、スダーン/東響のあうんの呼吸に匹敵するコンビだったんです、このコンビは。

休憩後のメンデルスゾーンの「イタリア」も、アルミンクさんらしい「爽やかさ」と「君子豹変」が交錯する、「疾走」と「畳み掛け」の演奏。
この演奏を、軽いとか、音のパレットが多彩でないとか、評することも出来るでしょう。
でも、私は、この音が好きです。
現代的でスタイリッシュでありながら、やっぱりアルンミンクさんは、オーストリアの指揮者なんですよね。
こういう演奏、特に最後のたたきつけるような渾身の指揮と演奏を聴くと、アルミンクさんが「指揮もする」プロデューサー…などの域ではないことを、嫌でも思い知らされます。
かつての力演がいくつも思い浮かびます。

1曲目でソロを弾いた豊嶋コンマスが最後列で弾いていたのは、カーテンコールでアルミンクさんが駆け寄って、私は初めて気がつきました。
カーテンコールで、NJPのメンバーが、アルミンクさんにこんなに素直に拍手を贈るのを見たのは、いつ以来でしょう?

もしもあの時、アルミンクさんが新国立のピットに入って「ばらの騎士」を振っていたら…と、この2年間、何度も思いました。
言っても仕方ないことなのですが…。
そして、間もなく、ひとつの歴史が終わります。
終わり良ければすべて良し…になるでしょう、たぶん。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年7月28日 (日)

スダーン/東響(2013/7/28)

2013年7月28日(日)15:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2013
東京交響楽団オープニングコンサート

指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団

ピアノ:小菅優
ソプラノ:新垣有希子

グリーグ:組曲「十字軍の兵士シグール」
     ~第3曲「忠誠の行進曲」
グリーグ:ピアノ協奏曲
グリーグ:余情小品集~夜想曲
(アンコール)
グリーグ:「ペール・ギュント」から

え?スダーン監督のグリーグ?
心配御無用!
スダーン監督と東響のあうんの呼吸は、グリーグでも健在!
指揮者とオケだけでも素晴らしいのに、小菅さんと新垣さんという、贅沢、至福。
しかも、サマーミューザ料金!
川崎市に納税していないのが申し訳なくなるほどです。

私は、個人的にいろいろあって、ミューザはリニューアルオープン以降はまだ2回目。
いつのまにか、サマーミューザと聴くと新百合ヶ丘を思い出すようになっていて、川崎駅に降り立つのは不思議な気分。
まだまだ修行が足りませぬ。
「あって当然」と思っていたミューザの空間。
この日座った席は、比較的直接音が多い場所だったせいか、かなりシャープで、分解能が高い音響に感じました。
それでもちゃんと残響が減衰していく様子が聴き取れるので、さすがはミューザの音響と言うべきでしょう。

この日は、「ペール・ギュント」の途中で、客席から電子音(補聴器のハウリングでしょうか?)が何度も聞こえ、最後は静寂の中でブラボーと叫んだ方がいらして、私の感性とは相容れないものがあったのですが、それでも寛容な気持ちでホールを出ることが出来たのは、個人的に諸事に忙殺されており、束の間の癒やしの時間と空間に身を置くことが出来たからかもしれません。

ホールに入ってホッとして気が緩んだのか、疲れが出たのか、せっかくの小菅さんの協奏曲なのに、眠気を覚えてしまったのはちょっともったいない。
演奏が退屈だったわけではありません。
微弱音で技巧を駆使して情感込めて弾き、ここぞというところでは情熱ほとばしる轟音を鳴らす小菅さん。
小菅さんとしては標準レベルかもしれませんが、小菅さんの標準レベルは驚嘆すべき演奏だと思います。
その演奏を聴いて、まるで東洋医学の治療を受けているような陶酔感に襲われ、ちょっとボーーっとしてしまいました。

後半のペール・ギュントは、ちゃんと覚醒して聴きました。
すごい、すごい、スダーン監督、すごい。
聴き手の私に出来るのは、音のドラマを唖然として見守るのみ。
新垣さんの声も、透明感のある美しさ。
「最後に現われて、一曲だけで満場を圧倒し、…」などと思いながら聴いていて、つい、拍手をしてしまいましたが、まだオケだけで2曲、続きがありました。

スーダン監督と東響のラスト・シーズン。
この、あうんの呼吸はいつものことではありますが、毎回毎回、驚嘆して聴いております。

20130728

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月19日 (金)

ウルフ/読響(2013/7/19)

2013年7月19日(金)19:00
サントリーホール

指揮:ヒュー・ウルフ
読売日本交響楽団

(第528回定期演奏会)
ヴァイオリン:ジュリアン・ラクリン

ムソルグスキー(ショスタコーヴィチ編):
   歌劇「ホヴァンシチナ」前奏曲「モスクワ河の夜明け」
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第2番
バッハ:無伴奏パルティータ第3番~サラバンド
(アンコール)
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

すっきり爽快!
綺麗に整えた上で、濁らず、汚れず、煽る、煽る!
深い意味など込めなくたって、気持ちいい、気持ちいい!

1曲目のショスタコーヴィチ編の「ホヴァンシチナ」前奏曲、聴き慣れた旋律が、聴きなれないサウンドで響きます。
ウルフさんは、新日本フィルでも、ショスタコーヴィチ編曲のシューマンのチェロ協奏曲を取り上げた記憶がありますが、あの時と似たような、不思議な体感です。
元々の骨格は変えようもありませんが、ムクムクッと不思議な変身を遂げた曲。
面白いですね-。

続くラクリンさんの独奏による、ショスタコーヴィチの協奏曲は、新聞紙を広げたくらいの大きさにつなぎ合わせた譜面を置いての演奏。
以前、都響で1番を聴いた時は、粘り気のあるフレージングに私はかなり戸惑ったのですが、なぜかこの日の第2番では、ほとんど気にならずに楽しめました。
まあ、私が2番の方は、あまり聴き込んでいないせいもあるかもしれません。

息詰まるようなソロに、随所で煽りの入った指揮。
次第に高揚し、白熱し…。
会場の水を打ったような空間に、スカッ、スカッ、ドカン、ドカンと、音のくさびが打ち込まれ、響き渡る爽快感、気持ちいいのなんの。

ラクリンさんのソロ・アンコールのバッハは、そうそう、この粘り気!
そうだ、そうだ、都響で聴いた時もそうだったよと、思い出します。
私の好みとは違うスタイルですが、ここまで徹底すれば、ラクリンのスタイルなのですから、黙って聴くのみです。

前半のショスタコーヴィチの協奏曲からして“打楽器協奏曲”っぽい大活躍のティンパニ、小太鼓、などなど。
休憩後の交響曲第5番も当然大活躍。
スコン、スコンと景気良く鳴らすので、聴いていて気持ちいい。
もし、某有名評論家が聴いたら何と書くかわかるようですが、「ぼく」は、こういうのもありだと思います。

深みがない、ゾッとするような凄みがない…と斜に構えて論評するのもひとつの聴き方ですが、この爽快なサウンドを楽しまないのは損。
ウルフさんの半狂乱のような煽りの指揮は、計算された熱狂なのかもしれませんが、十分に熱く、興奮させられます。

この綺麗に整った美しいサウンドは、ウルフさんが磨き上げたもの?
それとも、日下コンミスが導いたもの?
その相乗効果?
第2楽章で日下コンミスがソロを弾いた後のフルートのソロにすら、明らかに日下コンミスの音が伝搬していました。
弦楽セクションの音がやけにみずみずしいのは当然のこととして…。

金管も全般的に好調。
秋のミスターSの時もこの調子でお願いしますよ。

個人的事情で疲弊していた上に到着が遅れそうで、一瞬、自粛しようかと思ったのですが、終わった時にはすっかりリフレッシュ。
音楽の力は偉大です。

20130719

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2013年7月15日 (月)

プラッソン/東響(2013/7/15)

2013年7月15日(月・祝)14:00
東京オペラシティコンサートホール

指揮:ミシェル・プラッソン
東京交響楽団

(東京オペラシティシリーズ第74回)
ヴァイオリン:成田達輝

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
ドビュッシー:海
ショーソン:詩曲
ラヴェル:ツィガーヌ
ラヴェル:ボレロ
ラヴェル:マ・メール・ロア~妖精の国
(アンコール)

いやー、時間的な長さは普通の演奏会ですが、なんだか御馳走をたくさんいただいた気分になりました。
アンコールにマ・メール・ロアまで聴けて、本当に得した気分です。

プラッソンさんは、東フィルに客演した時も聴いた記憶があるので、ヒュー、ヒューという口笛のような人間ウィンド・マシンは存じ上げていました。
しかしそれよりも、プラッソンさんの、決して若くも、俊敏でもない腕の動きに感服いたしました。
要所要所を見事に突いています。
「このおじいさんの動作からどうしてこんな音が鳴るんだろう?」などということは全くなく、オケからこういう音が出る必然性は、素人の私が見ていてもわかります。
腕をひょいと動かすと、オケが俊敏に反応し、うねります。
そういう意味では、東響の反応も上々だったと言うべきでしょう。

基本的に、色彩感のある、油絵のような体感なのですが、主旋律でないところにも、えぐるような動作を打ち込み、オケからは凄みのある音、深みのある音が連発します。
そして白熱し、そして余韻を残して終わります。

海が終わったので、もう演奏がいったん終わったかのような充足感を感じる休憩時間。

休憩後は、成田達輝さんのソロ。
私は成田さんのお名前は不勉強で存じ上げなかったのですが、独奏の音を聴いて度肝を抜かれました。
すごい、この迫力!
会場で会った友人に「入賞歴多数の若手実力者」と伺いました。
音は深みがあり、情熱的でもあります。

これは凄い人がソロで出てきたぞ…なのでうが、そこはプラッソンさん、余裕の体勢で受けて立ち、懐深く、横綱相撲。
オケもプラッソンさんがついていれば怖いもの無し。
結果、非常に聴きごたえのある、白熱した、競争ではない「協奏」になりました。

個人的体調により少々疲れ気味で、特にツィガーヌのスピードに私の精神がついていけず、あれよあれよという間に終わってしまった感もありましたが、それは私の個人的な問題です。
成田さんのお名前と音は、心に刻んでおきたいと思いました。

ボレロは、やっぱり色彩感のある、南欧の太陽を想起させるような音。
(曲自体そうなのですが)最後は、これでもか、これでもか、いやいや、まだまだ、もっといける…と高揚して、有無を言わさず聴き手を興奮させる。
クールではない、熱い、熱いボレロだでした。

たくさんの曲で盛りだくさん、満喫、満喫です。

なお、蛇足ですが、私はこの日が、今シーズン、新コンサートマスターの水谷さんがトップに座る初めての東響の演奏会でした。
そのお姿を拝見し、個人的事情により、何とも言えない個人的感慨がありました。

私事ですが、この前日は、2月に死去した父の新盆法要を行いました。

2月に、父が倒れたという知らせを受けたのは、新幹線が高崎に到着する少し前でした。
私は、群響定期を聴きに、高崎へ向かっていたのです。
結局、高崎駅滞在時間約10分で、東京行きの上り新幹線に乗りました。
その日の群響定期の後、確か、水谷さんの群響コンマス退任の発表があったと記憶しています。
その聴けなかった群響定期を、私は一生忘れないでしょう。
そして、父の新盆法要の翌日に、水谷コンマスを東響のステージで拝見し、なんとも言えない不思議な感覚になったのです。

完全に個人的なこじつけではありますが…。

20130715

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年7月 6日 (土)

大野和士/新日本フィル(2013/7/6)

2013年7月6日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:大野和士
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第511回定期演奏会)

シャリーノ:「夜の肖像」(1982)日本初演
ツィンマーマン:「ユビュ王の晩餐のための音楽」
ブルックナー:交響曲第7番
(ノーヴァク版、1954)

研ぎ澄まされた鋭利な刃物と、大鉈を振るう場面の交錯の妙味。
いやー、面白いのなんの。
金管の音色については色々な思いがありましたが、それでもこの満足感。
さすがは大野さんです。。

個人的事情により諸事に忙殺されており、予習はおろか、プログラム冊子すら読まずにギリギリに着いて聴いた前半。
しかし!
予習などいりませんでした。
予習などしなくたって、面白い、面白い。

1曲目のシャリーノは、弦楽器のひっかくような微弱音が、鋭利な刃物…いや、針金のように静寂を貫く。
研ぎ澄まされた静寂、会場の集中、なんとも心地よい緊張状態がホール空間に充満。
大野さんが総譜をめくる音の方が、楽器から出る音より大きい場面も。

2曲目のツィンマーマンは、通常の弦はコントラバスのみ。
それでも、管楽器主体とは思えぬほど音が分厚い。
様々な先人の曲の断片が、さりげなく、あるいは大胆に、随所に顔を出す。
それがつぎはぎのコラージュではなく、突出もせず(いや、有名な旋律が高らかに鳴れば、突出と言うべきでしょうか?)、見事に構築された完成形の音響。
その前のシャリーノの曲の、繊細、微細に対比して、豪快、大胆。

前半だけで、その対比の妙味に感服し、休憩時間は満足感いっぱい。
それなのに、休憩後にはブルックナーが控えているというぜいたく。

前半シャリーノとツィンマーマンの対比は、後半のブルックナー:交響曲第7番にも投入されていたのでしょうか?
繊細にして豪快。
スタイリッシュだけどメロディは味わい深く、魅惑的。
特に弦楽器の醸し出す絶妙のニュアンスは、大野さんの魔術の大勝利?

ホルンやワーグナーチューバの音色は、もう少し頑張ってほしい…と、何度も思いました。
それでもこの演奏は、私の体験の中ではこの曲のベストの演奏かも…と、何度も思いました。
第2楽章の美しさに陶然となり、一瞬、ガクッとなったのは内緒(寝入ってはいません)。

冷静に、冷めた目で、分析的に聴けば、いろいろ違った感想もあったかもしれません。
でも、大野さんの発するオーラに包まれてしまった私は、ただ身を任せるしかありませんでした。
音のパワーは、物理的な量だけでなく、強靭な意思が宿った、壮大なものでした。

大野さんが都響のポストに就任することによって、このコンビの演奏は当分聴けない可能性が高くなったと言って良いのでしょう。
そういう意味では、NJPが、いま、「大野さんを体験出来た」ことの意義は、とてつもなく大きいのではないでしょうか?
これもアルミンクさんの置き土産のひとつなのでしょうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »