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2015年3月の13件の記事

2015年3月29日 (日)

大友直人/東響(2015/3/29)

2015年03月29日(日)14:00
東京オペラシティコンサートホール

指揮:大友直人
東京交響楽団

(東京オペラシティシリーズ第84回)
ヴァイオリン:レジス・パスキエ(遅れていったので未聴)

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲(遅れていったので未聴)
ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第2番「ロンドン交響曲」

遅れていったので、休憩後からの鑑賞です。

私の鑑賞歴でヴォーン・ウィリアムズの交響曲の演奏をどうのこうのと言うことは本来は出来ないのですが、雄大な音のパノラマ、愛おしい旋律の美しさ、あるいは都会の?喧騒が交錯する音の絵巻物を存分に楽しませていただきました。

ヴォーン・ウィリアムズの交響曲はCDで聴いても私は今ひとつとらえどころがないのですが、確かに静寂の支配する場面も多いものの、意外と盛大に鳴らす場面もあります。
東響の演奏も、「とりあえず音にしてみました」などというレベルではなく、ちゃんと主催公演クォリティの気合いの入った演奏でした。

大友さんの英国ものが素晴らしいのは想定通り。
これまでもウォルトンの交響曲などで名演を聴かせていただきました。
大友さんは、個人的には積極的に足を運ぶ指揮者ではないのですが(偉そうにすみません)、英国ものは別です。
もっと集中的、体型的に取り上げて欲しい気もしますが、集客が難しいですかね?
(確かに、「ヴォーン・ウィリアムズ・ツィクルス」なんてあったら、ちょっと引いてしまうかも。)
あと、わが国には、英国ものは尾高忠明さんという圧倒的な存在があるので、他の日本人指揮者は、たとえ英国ものが得意でも、不利かもしれません。

なお、この日、ホールに到着したのは協奏曲の終楽章(第3楽章)が始まろうとしているとき。
「ソリストのアンコールから聴けるかな?」と思いましたが、協奏曲が終わってもロビーの扉のところの係の方は知らんぷり。
案の定、アンコールありませんでした。
(もちろん、遅れて行った私が悪いのです。)

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2015年3月28日 (土)

ポンマー/新日フィル(2015/03/28)

2015年3月28日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:マックス・ポンマー
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第538回定期演奏会)
フルート:白尾彰

J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番
J.S.バッハ:管弦楽組曲第2番
J.S.バッハ:管弦楽組曲第2番~終曲(バディヌリー)
(アンコール)
J.S.バッハ:管弦楽組曲第1番
J.S.バッハ:管弦楽組曲第4番
J.S.バッハ:管弦楽組曲から
(番号等失念)(アンコール)
J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番~アリア(アンコール)

音にエッジを立てたり、せかせか、ドタバタの演奏ではありませんが、おそらくノンビブラート(に限りなく近い)の澄んだ響き、ただし流麗で美しいバッハ。
会場の聴衆がだんだんこの響きに馴染んで、ホール空間に充足感が満ちていく幸せ!

開演前のロビーでも「オケの演奏会では珍しいですよね」などという言葉がちらほら。
拍手も、演奏会開始時、1曲目終了時、2曲目終了時、休憩後、…と、次第に熱くなります、演奏の高揚感に比例して。

NJPの少数精鋭だからきっと名手選抜で素晴らしいだろう…と予想していましたが(すみません、偉そうに)、おそらくその通り。

白尾さんのフルートの音は、いつもの定期演奏会でも、NJPの比較的シャープな音の中では少し異質…と思っていて、この日もそれは同様に思いましたが、ソリストとしてなら無問題。
音にスピード感とキレはあまり感じませんが“大人の音”ですね。
その“大人の音”のフルートと絡む、弦のトップ奏者の皆さん、特に崔コンマス、複数ソリスト状態。

あと、アンコールが全て本編で1回演奏した曲というのも良いですね。
別の曲を練習する必要も無い。
本編での演奏なら準備に抜かりはなく、当然、高(好)品質。
客席側としても「ああ、もう一回聴きたい!」という思いもありますので。

開演前は「ブラボーを叫ぶような演目ではないよね」と思っていましたが、終わってみればブラボーが飛び交うエンディング。
刺激的ではなかったけど、この充足感と精神的高揚感、指揮者とオケに、感謝、感謝です。

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2015年3月24日 (火)

小澤征爾音楽塾「子供と魔法」(2015/03/24)

2015年3月24日(火)19:00
東京文化会館

小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXⅢ
指揮 ナタリー・シュトゥッツマン
(ベートーヴェン)
指揮:小澤征爾(ラヴェル)
小澤征爾音楽塾オーケストラ

ベートーヴェン:交響曲第2番
ラヴェル:子供と魔法

最初は、元気で歯切れが良く快速テンポのベートーヴェン。
私が小澤さん以外の指揮で音楽塾を聴くのも、シュトゥッツマンさんの指揮を聴くのも初めてなので、早急に結論を出すことはしない方が良さそうですが、割と好印象でした。
音色に色彩感が乏しいモノトーン…と言えないでもないですが、ラヴェルではなく、ベートーヴェンの交響曲ですし。
まあ、小澤さんだったらそこの細部の処理は…と言いたくなる場面があるのは、まあ比べる相手が悪いので、好演と言って良いのでは?と思いました。

後半の演目のためか、オケはステージ前方に寄って集結。
仮設の簡易反響板を後方に立てての演奏。
この配置、音響的には(もともとデッドな東京文化会館ですから)さほどハンディは感じませんでした。

ただ、第2楽章が終わったところでオケが一斉に席替えしたのにはちょっとびっくり。
あと、コンマス(豊嶋さん)の登場時も、指揮者の登場時も、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの間の通路をあまりあけずに座っていて、2人とも少し引っかかってしまったのはご愛嬌。
プロ・オーケストラの公演では、あり得ませんね。
先生の皆さん、そういうこともお教えした方が…。

後半のラヴェルは「オペラ・ドラマティコ形式」って何?と思っていましたが、普通にオケはピットに入り、普通に幕が上がって、普通にオペラ上演でした。
普通じゃなかったのは、オペラが終わって幕が下りたら、最初にピットでオケを立たせ、小澤さんが答礼したことくらい。
あとは普通にオペラ上演でした。
舞台装置は、笑っちゃうくらい「板に描いた絵」でしたが、それでもちゃんとしたオペラ上演でした。
小澤さんが登壇してのカーテンコールもありました。

が…。

最初のうちは、小澤さんの魔法が十分に効いていなかったように感じたのは私の気のせい?
尻上がりに魔法が効いていったように感じたのですが…。
かつて「これが本当にユースオケですか!!」というようなもの凄い「小澤さんの音」も聴いたことがあっただけに…。

前半が別の指揮者、後半に小澤さんが登場して、音が劇的に変化!!…という経験は何度かしていますが、この日が一番マイルドな音の変わり方だったような…。
「尻上がりに…」なので、終わりの方は良かったです。
「ああ、こういう音が聴きたくて来たんだよ」と思う場面も。
特に声が入っての音響構築はさすがは小澤さん。

ただ…。

私は素人なので想像するしかありませんが、前半と後半で指揮者が変わるって、演奏する側からするとどうなのでしょうね?
サイトウキネン新日本フィルも、そんな素振りは一切見せずに小澤さんの音に一瞬にして変身しましたけど、あちらは百戦錬磨のプロですしね。
(水戸室内は小澤さんの棒では未聴です。)

…とまあ、いろいろな思いはありますが、また小澤さんの指揮でオペラ上演が観れたことは本当に嬉しい。
仮に前半が無くて短時間公演で同じ値段でもチケット買います、私。
いまの私のライフスタイルでは、松本詣では、出来そうにありません。
次に小澤さんを聴けるはいつでしょう?
今回も、いろいろ偉そうに、ややネガティブなことも書いてしまいましたが、鑑賞できる機会を与えていただいたことには感謝しています。

演出:デイヴィッド・ニース
装置・衣裳 サラ・G・コンリー
衣裳:ジェームス・アチェソン
照明:高沢 立生
合唱:小澤征爾音楽塾合唱団

子ども:エミリー・フォンズ
肘掛椅子/木:エヴァン・ボイヤー
母親/中国茶碗/とんぼ:大賀真理子
火/お姫様/うぐいす:キーラ・ダフィー
雌猫/りす:清水多恵子
大時計/雄猫:町英和
小さな老人/雨蛙/ティーポット:ジャン=ポール・フーシェクール
安楽椅子/こうもり:栗林瑛利子
羊飼いの娘/ふくろう:盛田麻央

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2015年3月20日 (金)

ラザレフ/日フィル(2015/03/20)

2015年3月20日(金)19:00
サントリーホール

指揮:アレクサンドル・ラザレフ
日本フィルハーモニー交響楽団

(第668回東京定期演奏会)
ピアノ:イワン・ルージン

【ラザレフが刻むロシアの魂《SeasonⅢショスタコーヴィチ2》】
ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番~第3楽章
(アンコール)
ショスタコーヴィチ:交響曲第11番「1905年」

アンコールであれだけピアノを鳴らすのなら、本編ももっと、ふざけた?演奏でも良かったのでは?とも思いましたが、まるでドビュッシーのピアノ曲を聴きたくなるような透明感のある崩さないピアノの音での協奏曲は、これはこれでスタイルなのでしょう。
アンコールでは本編で感じた透明感は全く消え失せてしまって面白い。
本編でのオケは、最近のラザレフさんが見せる、豪快一辺倒ではなく微細なニュアンスも兼ね備える演奏です。

休憩後の交響曲は、かつての強引に引きずり回すような演奏は過去の話し。
微弱音のニュアンスのみならず、轟音すら、うるささ皆無です。
ナイフを突きつけられたようなぞっとするような冷たい雰囲気は感じませんでしたが、沈静な哀しみのような微弱音、美弱音。

かつて7番の第1楽章で、本来の頂点より前に頂上に到達してしまい、あとは飽和感が…ということもあったような気がしますが、この日はそのようなことはなく、本来の箇所で耳をつんざく轟音、そして一転、微弱音。
この轟音から弱音に一瞬で切り替わる場面でも、瞬時に音が美音、微音に。

かつて(こればっかですみません)ラザレフさんが客席に向かって、オケに向けて拍手するように促す場面が「どう考えてもラザレフさん一人の功績なのに」と、わざとらしく感じる日々もありましたが、今の日フィルにおいては、もうそんなことはありません!
いや、今の日フィルに導いたのは(素晴らしい首席客演指揮者もも居ますが)首席指揮者のラザレフさんだから、やっぱり讃えられるべきはラザレフさんかな?

なお、以下は蛇足です。
この日の演奏には何の不満もありませんが、近くの席の人が交響曲演奏中に何度も(たぶん20回以上)咳をするのに閉口しました。
音の小さな場面では数回だったと思いますが、音の大きなところだって近くの席には聞こえるものは聞こえます。
静かな所で、のど飴の包装をいじくるご婦人とどっちがマシだろう?と思ったくらいで、それだけが残念でした。

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2015年3月19日 (木)

コルステン/読響(2015/3/19)

2015年3月19日(木)19:00
サントリーホール

指揮:ジェラール・コルステン
読売日本交響楽団

(第580回サントリーホール名曲シリーズ)
ソプラノ:エヴァ・メイ

モーツァルト:交響曲38番「プラハ」
モーツァルト:演奏会用アリア「あわれ、ここはいずこ」
モーツァルト:演奏会用アリア「ああ、もし空に恵み深い星があるなら」
モーツァルト:歌劇「皇帝ティートの慈悲」 序曲
モーツァルト:歌劇「皇帝ティートの慈悲」から「夢に見し花嫁姿」
モーツァルト:歌劇「イドメネオ」から「オレステとアイアスの苦しみを」
モーツァルト:オペラ「後宮からの逃走」から「何という喜び、何という楽しみ」
(アンコール)
モーツァルト:交響曲35番「ハフナー」

あの3.11の直前に、夢のような一晩を彩った夫妻が読響のステージに帰ってきました。

が…。

一曲目の「プラハ」交響曲は、最初のうち、指揮者が力もうが、足を踏み鳴らして煽ろうが、整然と演奏する読響がおかしい。
あれ?この指揮者、オケを統率する力量が今ひとつ?と思ったのですが、第1楽章が終わる頃には読響も少し煽りに反応するようになり、曲の終わりの方では結構反応するように…。

メイ様が出てくると会場の空気が変わるのは想定内。
可憐で透明感があり、伸びのある声は健在ですがが髪が白く??なっていてちょっとびっくり。

休憩後は「皇帝ティートの慈悲」 序曲から。
読響、前半との交響曲とは打って変わって、いきなりスコーンと爽快に響く音。
「プラハ」交響曲では「一応ノンビブラートっぽい…。」と思って“見て”いましたが、音もだんだんそれっぽくなってきました。

メイ様も後半勝負?
後半のメイ様一曲目はクラリネットの藤井首席が、コンマスの横に椅子を置いてメイ様と並んでのソロ。
前半の演奏会用アリアよりも、後半のオペラからの曲の方が、文字通り「劇」的!
P席からオケの皆さんの様子を見た感じでは、アンコールはもう一曲用意があったのかな??
メイ様の出番が終わってお客さんがドッと帰るのではないかと心配しましたが、そんなことはなく一安心。
逆にメイ様への拍手が「最後に交響曲が一曲残っている」という心理状態で早めに切り上げてしまったような気も…。

最後の「ハフナー」も、荒れ狂う(言いすぎかな)演奏。
前半の「プラハ」交響曲で指揮者の独り相撲かと思いましたが、後半のこの曲を聴く限りは、最初は読響がノリきれなかったっぽい。
こういうモーツァルトの交響曲、好きなタイプの演奏かというと決してそんなことはありません。
悪く言えば力づくの演奏…いや、指揮!
荒っぽい印象もあり。
しかし、読響がその粗雑さに染まっていく様?がめちゃくちゃ面白い。
いや、“元気はつらつの快演”という見方も出来るので好き好きかも…。

…というわけで、100%賛同はできませんが、めちゃくちゃ面白かったです、という演奏会でございました。

ちなみに3.11の時は、メイ様がチューリッヒ歌劇場の都合で定期演奏会には出演しなくなり、2公演を終えておそらく離日された直後に、わが国にとって忘れることの出来ない大災害。
コルステンさんの指揮する予定だった定期演奏会は中止になりました。
定期演奏会の方も次週の定期でプログラム復活です。
ちょうど、新国立の「マノン・レスコー」と時を同じくしての復活公演。
音楽も、一般社会も、戻らないものはたくさんあります。
でも、ごく一部でも戻ってきたとこと、関係者の皆様のご努力に感謝しましょう。

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2015年3月18日 (水)

インバル/都響(2015/03/18)

2015年3月18日(水)19:00
東京文化会館

指揮:エリアフ・インバル
東京都交響楽団

(第784回定期演奏会Aシリーズ)

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」より「前奏曲と愛の死」
ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」

「前奏曲と愛の死」は、きれいに鳴る。
本当にきれい。
おそらくこの音を出すために、裏で音を織り上げ、練り上げて仕上げて本番で披露しているはずですが、そんな素振りは一切感じさせない響きの均質感。
こうなるとただ聴く以外にありません。

音が分厚く感じないのはホールの音響のせいか、インバルさんのの音作りか。
(決して、痩せた響きという意味ではありません。)
…いや、そんな音響の詮索は無用の後半でした。

ブルックナーの交響曲に対して、あきれるほどうまい!…という形容が、ふさわしくないことは百も承知しております。
しかし、それ以外に言いようがない。
舌を巻くうまさ、指揮者もオケも。
何気ない一瞬のクレッシェンドにさえ、絶妙のアクセントが施されています(ほんの一例。

在任中の最後の方の、調和のとれた、あうんの呼吸の演奏から一転、ある意味、あえて調和を壊す方向の力強い(ある意味、強引一歩手前の)指揮です。
それでも壊れずに鳴らす都響の底力!!
着任直後の頃の、グイグイッと引っ張るような演奏とも違います。
昔に返ったのではなく、シェフとしての在任期間を経た上での進化と言って良いのでしょう。

文化会館にしては珍しく、B定期並みに演奏終了後の拍手も、終わるやいなや「ではなく」、ソロカーテンコールもあって、熱狂的な会場。
そりゃそーでしょう、こんな演奏を聴かされたら。

それにしても、前の日に鍼治療に行ったばかりなのに、肩がこりました。
演奏を聴いているだけの私なのに、肩に力が入っちゃって、楽章間で肩をほぐし、首を回す始末…。
いやー、凄かった(語彙枯渇失礼)。

ただ、あまりにもぐいっ、ぐぃっの演奏だったので、もし私の体調が悪かったら、聴き手としての精神状態とかみ合わなかった可能性もあり、鍼治療に行っておいて良かったです(何の話しだか)。

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2015年3月15日 (日)

ヘンヒェン/新日フィル(2015/3/15)

2015年3月15日(日)14:00
サントリーホール

指揮:ハルトムート・ヘンヒェン
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第535回定期演奏会)

モーツァルト:交響曲第39番
モーツァルト:交響曲第40番
モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」

火曜日の「レクイエム」に比べると「ピリオド寄り」度は後退していますが、それでも速めで歯切れが良いのに適度な重量感も兼ね備える快演は健在。
緩徐楽章は普通のテンポで快速楽章とのコントラストもあります。
どころどころ、ニコッとさせられる(←ニヤッではありません)アクセントもチャーミング。
会場全体に幸せな空気が充満しました。

「ややピリオド寄り」ながらビブラートゼロではないので、スリムな音ではなく、豊穣感のある音。
「ややピリオド寄り」だけど、せかせか突っ走り型ではなく、旋律の歌い回しも美しい。
快速感と適度な重量感。
適度な歯切れの良さと流麗感。
旋律美と随所の打撃。
全ての二律背反を、中庸という両者を兼ね備えた美演、快演にまとめた指揮者に脱帽。
どこかで間違えると、どっちつかずの凡演に終わるリスクがあるのに。

かつて、日本における「ブリュッヘンのオケ」だったNJP、「ややピリオドピリオド寄り」のアプローチを咀嚼するDNAは残っていますね。
指揮者が力を込めると、それが音に高効率で変換される様を見て聴くのは、極上。

モーツァルトの交響曲をモダンオケで聴く喜びを存分に満足させる「ややピリオド寄り」の幸せ!
ジュピターでの甲高い声のフラブラ?は残念でしたが、まあ、今日は目くじらを立てないでおこうか…という、全般的には幸せが充満するホール空間でした。

なお、客席はいつもの平日夜の定期よりお客さんが入っているくらいでひと安心。
火曜日のトリフォニーは酷いほどの空席が目立ちましたので。

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2015年3月14日 (土)

ノット/東響(2015/3/14)

2015年03月14日(土)18:00
サントリーホール

指揮:ジョナサン・ノット
東京交響楽団

(第628回定期演奏会)
パルジファル(テノール):クリスティアン・エルスナー
クンドリ(ソプラノ):アレックス・ペンダ

ベルク:「抒情組曲」より3つの小品
ワーグナー:舞台神聖祝典劇「パルジファル」抜粋

ベルクは、ミューザの音響で聴いたら違う印象を持ったかもしれませんが、なんと艶やかで美しい音楽なのでしょう。
21世紀の今、この曲は、すでに前世紀の古典となっているということでしょうか。
曲の最後での会場ノイズ(靴音?)は残念でしたが、演奏の満足度高し。

東響定期は、財力と体力と時間が許せば、サントリーとミューザの異なる音響で両方聴いてみたいと常々思っていますが、このベルクの演奏は特にそう思いました。

そして、パルジファル。
いやー、演奏は生き物ですねぇ。
最初のうちは「重厚でないのを是とすれば良い演奏と言えるだろう」…などと斜に構えて聴いていたら、どんどん白熱してきて、そんなことを言ってられなくなりました。
徹頭徹尾完璧ではなかったにせよ、流れの中での歌手を巻き込んでの高揚感は素晴らしい!

実際の劇場ではこういう音は鳴らないでしょう。
劇場だったら、オケの音が雄弁多彩すぎるかもしれません。
すなわち、コンサート・ピースっぽい演奏でしたが、が、オケの定期演奏会ですし、私は無問題。

前奏曲と、第2幕の途中からと、聖金曜日の音楽。
「抜粋」と言うより「キセル」ですが、「トリスタンとイゾルデ」の「前奏曲と愛の死」ほどの大胆な「キセル」ではなく、サンドイッチされた具の部分がボリュームがあって、満腹感があります。

ノット監督の指揮姿の、美しく、パワフルなこと!
流麗さと力強さを兼ね備えています。
決して強引に引きずり回しているのではなく、オケの自発性を引き出しているのですが、結果的にノット監督の意中の流れに引き込まれて演奏してしまっているのでは?

東響の目下最大の課題は、ノット監督にいかに10年近くまで居てもらえるようにするかだけと言って良いのではないでしょうか?
このコンビ、まだ始まったばかりなのです。
スダーン前監督の後期のように、あうんの呼吸になるにはまだ年数がかかる…ということは、演奏の端々に見て取れる…のに、現時点でこれだけ素晴らしいということは…。

東響定期の今季、私は個人的事情により、3回(4月12月、今回)しか足を運べませんでした。(定期外ではいくつか聴いていますが)
しかしその3回は、全てノット監督の指揮で、いずれも満足度高し。
来季も期待しています。

そう言えば東響って、昔(と言ってもサントリーホールでの定期で)演奏会形式のオペラを毎年のようにやっていた時期があったんですよね。
ヤナーチェクとか、ジョン・アダムスとかもあったかな?
また、ああいうのをやってほしいなと思いました。

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2015年3月13日 (金)

小林研一郎/東フィル(2015/03/13)

2015年3月13日(金)19:00
サントリーホール

指揮:小林研一郎
東京フィルハーモニー交響楽団

(第860回サントリー定期シリーズ)
ヴァイオリン:堀米ゆず子

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番
バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番からⅢロンド風「ガヴォット」
(アンコール)
ベルリオーズ:幻想交響曲

コバケンだし、コバケンの得意曲だし…と、7割くらいは想定内なのに…。
想定内でも、ぶっ飛んじゃう豪演。
東フィルが爆演調になった時は私は辛口になる方なのですが、爆演などというちゃちなもんじゃない大爆発。
いや、意図的にやっているから大爆破。
大爆笑一歩手前の感涙、わけがわかりません。

個人な勝手な意見ですが、コバケンは本来はレパートリーをやや狭く設定すべき指揮者のように感じています。
全てが素晴らしいと言うよりは、明らかに得意曲があります。
幻想交響曲はそのレパートリーのど真ん中と言って良いでしょう。
なので、興奮する演奏になることは、ある程度は予期していましたが、私の想定をはるかに超えていました。

そもそも、前半のモーツァルトの時から、ステージ上には巨大な鐘が二つ鎮座している時点で、おいおい、なんじゃこりゃ!と、ぶっ飛びます。
打楽器の聴感に近いくらいの低弦の強調も驚き。
そして、本物の打楽器は狂ったように叩きまくる!
第3楽章の、本来は舞台裏で吹くオーボエは、2階席左後方(LDブロックの方かな)で朗々と吹くし…。

音響バランスとしては、普通は舞台裏で鳴らす楽器を表に出したのは「やっぱり舞台裏で鳴らすことには意味があるよ…」とも感じましたが、普段聴けない音色とバランスで聴くのも面白い体験。
NHKーFMの音声収録、入っていたのかな?
ちゃんと録れたかな?

コンマスの三浦さん、何回、切れた弓をちぎったのでしょうう?
なくなっちゃうんじゃないかと心配したくらい。

洗練さと対極にあるような荒っぽい演奏で、日頃なら私はネガティヴな感想を述べるところですが、ここまで荒れ狂うと目を輝かせて大拍手せざるを得ませんでした。

そして…。
これだけ暴れまくりの幻想を聴いて、鮮烈な轟音がまだ耳に残っているのに、前半の知的で美しいモーツァルトの美音も思い出される後味の良い演奏会でした。

堀米さんのヴァイオリン、豊かな音量なので、太筆の演奏かと一瞬錯覚しましたが、実はスリムな音の確固たる中核があって、それをふわりと取り巻く音がある。
音のコントロールは申し分なく、私好みのヴァイオリンの音で嬉しくなります。
ピリオドのピの字もない演奏。
後半の演奏は想像もつかないような美しさ、ソロはもちろん、オケも。
このスタイルの演奏としては、かなり満足度の高い演奏でした。

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2015年3月12日 (木)

新国立「マノン・レスコー」(2015/3/12)

2015年3月12日(木)19:00
新国立劇場

プッチーニ:マノン・レスコー

ところどころ…いや、かなり、ツッコミたくなる箇所がありますが(演出だけでなく、歌手も指揮者も)、総合的には2日目の上演でここまで高揚すれば、最後の方の日はさぞかし…という気合いの上演で満足度高し。
第2幕まで第3幕からでガラリと変わった舞台は、意図した演出効果かな。
抽象に限りなく近い舞台ですが、人物の動きも多くはなく、それが主役に焦点をあてる効果になってるような印象です。

今シーズンは、私はあまり新国立に観に行けていなくて、パルジファルオランダ人に続き、今日が3演目め、6回目、指揮者は2人目(←数はあっています…偏ってます。)。
監督以外の指揮の上演を観るのは今季初めてでした。

新国立の夜の公演、19:00開演は本当に助かります。
18:30開演は勤め人には厳しいです。

それはともかく…。

第2幕終了後の休憩の時点で、個人的に部分部分でいろいろ違和感はありますが、トータルではまずまず…いやかなりの満足度…という少し不思議な体感。
マノンは登場時は一瞬「あれ?」(声が来ない)と思いましたが、徐々に調子を上げたのでそれ以降は無問題…どころか素晴らしい。
デ・グリューは、某立ちの時の声は迫力がありますが、動きのある時の歌唱はちょっと声が来なくて…でも、演出がほとんど棒立ちで歌わせる動きの少ない所作だったので、大半は無問題…どころか素晴らしい。
(褒めてるんだか、けなしてるんだか…。)

舞台は、抽象に近いシンプルの中に、第2幕だけ一点豪華主義の寝室の具象にスポットをあてていたのかな。
美しい舞台ですが、レンタルプロダクションゆえか、新国立の間口よりかなり狭いスケーリング。
横方向はまだしも、縦方向も。
今日の私はD席だけど3階席だったので、比較的良く見えましたが、4階席で観たらどうだったのかな?

第1幕から第2幕、第3幕から第4幕への転換は休憩無し。
最新鋭の舞台機構を誇る新国立にしては時間がかかり過ぎでは?
…と思ったら、土台は動かさずに上だけ組み替えていたみたい。

第2幕までは、主役以外の多くが道化のように顔に塗り物をして、コミカルと言って良いような動きをしているのは、うーーん??何これ?…と思いましたが、主役を際立たせる効果は一応出ていました。
プログラム冊子の演出家の談からすると、全て狙ってやっているっぽいですね。

その道化のような人たちが第3幕では全く登場しなくなり…。
これも意図した対比なのでしょう。
第3幕で舞台上にあれだけの人数の人物が居ながら、寡黙に沈黙を守るに近いささやくようなコーラスの歌唱、無言役も多数で、無表情で、不気味この上ない。
一転、第4幕では台本通りに?二人っきり。
歌手は演技の動きが少ない演出の分、歌唱に専念できる効果もあったと推測され、第4幕の二人っきりの舞台の壮絶と言える滅びの美学、新大陸なのに終末感さえ感じられる絶唱をただ客席で受け止めるのみ。
こりゃもう一回行きたくなりますね(行けないけど)。

ピットの東響は、おそらく指揮が「ゆるめ」だと想像しますが、指揮者はおそらく縦の線を揃えることなど、ほとんど眼中にないのでは?
ところどころ、声とオケがタイミングが合わないところがあったような気もしますし、オケだけの音の入り、止めですら、微妙にずれること多し。

しかし、この甘美な旋律を分厚いオケの響きで歌わる旋律美は文句は言えないくらい魅惑的。
鳴らすところのも爽快、
圧倒的クライマックスで金管を咆哮させる煽りっぷり、鳴らしっぷりも快感、快感、壮快感。
まさにオペラ的。
コンサートで聴きたい指揮者だとは思いませんが(失礼!)オペラならまた聴きたい指揮者です(←褒めてます)。

演出はさほど刺激的でもなく、おいおい…という箇所が多数ながら、プログラム冊子の演出家の談話を読む限りでは意図の通りですし、おそらくこの「おいおい」という感情(舞台上の部分部分に対する嫌悪感の発生を含む)は、いつのまにか演出家の術中にはまっていたのかもしれません。

…と、文句ばかり書いてしまいましたが、ではもう一回観たいか?と言われれば、迷いなく「はい」と言うだろうという満足度で、まあ、ツッコミどころも含めて、楽しかったです。
さて、享楽のひと時はこれで終わり、翌日は私はまた仕事。
東響さんは翌日は川崎定期、お疲れ様です!

ちなみに、すでにさんざん告知されていますが、このプロダクション、東日本大震災によって中止になったプロダクションの復活のプレミエです。
尾高さんが最終シーズンのラインナップを説明した時(確か2012年3月)、「マノン・レスコーのことは(次期監督の)飯守先生にお願いしておきました」とおっしゃっていました。
4年後のいま、ほぼ同じキャスティングで復活上演できたということは、相当に早い時期から歌手のスケジュールを押さえる調整をしていたのかな。

3月「12日」にこのオペラ(プロダクション)を観たことを、勝手に過度に意味付けしてはいけないと思いつつ、いろいろな思いがこみあげてきます。
元に戻るものもあるけど、でも、戻らないものも多数…。

スタッフ
【指揮】ピエール・ジョルジョ・モランディ
【演出】ジルベール・デフロ
【装置・衣裳】ウィリアム・オルランディ
【照明】ロベルト・ヴェントゥーリ

キャスト
【マノン・レスコー】スヴェトラ・ヴァッシレヴァ
【デ・グリュー】グスターヴォ・ポルタ
【レスコー】ダリボール・イェニス
【ジェロント】妻屋秀和
【エドモンド】望月哲也
【旅籠屋の主人】鹿野由之
【舞踏教師】羽山晃生
【音楽家】井坂 惠
【軍曹】大塚博章
【点灯夫】松浦 健
【海軍司令官】森口賢二

【合唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京交響楽団

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2015年3月10日 (火)

ヘンヒェン/新日本フィル(2015/3/10)

2015年3月10日(火)19:00
すみだトリフォニーホール

すみだ平和祈念コンサート2015
≪モーツァルト/レクイエム≫

指揮:ハルトムート・ヘンヒェン
新日本フィルハーモニー交響楽団

ソプラノ:秦茂子
アルト:小林真理
テノール:吉田浩之
バリトン:三原剛
合唱:栗友会合唱団
合唱指揮:栗山文昭

モーツァルト:キリエ
三善晃:唱歌の四季
(オーケストラ編曲:鈴木輝昭)
ブラームス:運命の歌
モーツァルト:レクイエム

限りなくピリオド寄りの歯切れの良いモーツァルトですが、重量感も兼ね備え、次々と繰り出す音のパンチが幸福感を導く快演。
栗友会のピュアトーンのコーラスも相まって、魂を洗われる演奏。

ヘンヒェンさんの指揮の動作、熱い!力強い!
その力強い動作が、そのまま音に変換される様は快感!

いまの新日本フィルからこんな音を聴くなんて、あの3.11の直前まで「ブリュッヘン様のオケ」として絶好調に鳴らしていたオケの再来、いや復活ですか!
ブリュッヘン様と同じスタイルではないにせよ、ブリュッヘン様のまいた種は、ちゃんとNJPに残っているのでは?

ヘンヒェンさん、新日本フィルを鳴らすことにかけてはピカイチの指揮者と見ました(いや、聴きました)。
ぜひまたNJPを振ってほしい!…と言いたいところですが、幸い次ののサントリー定期が残っていますし、来季もラインナップにも名前があります!!

独唱者は、ソプラノがピュアトーンの美しい声で、あ、ヘンヒェンさんの意図に沿った歌唱なのね、と思いましたが、他の3人はそうでもなく…。

前半はオケとコーラスのみ。

モーツァルトのキリエは、これも限りなくピリオドに近いモダンオケの音で、レクイエムの快演を予告するかのようなオードブル。

三善晃さんの唱歌の四季(オケ伴奏への編曲版)は、耳慣れた唱歌の連続の曲で、日本人指揮者ならオケをこうは、くっきり、複雑系では鳴らさないよね…と思って、最初は多少の違和感を感じながら聴きましたが、次第にヘンヒェンさんの繰り出す多層的音響のとりこになってしまう不思議。
最後はオケと合唱の圧倒的高揚に。

オケと合唱の有機的な融合は、ヘンヒェンさんの力量なのでしょう。
心を洗われる、美しく力強い演奏、歌唱。
入場者数が多くなかった(3割入っていなかったのでは?)のが残念でした。

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2015年3月 8日 (日)

インバル/都響(2015/03/08)

2015年3月8日(日)14:00
東京芸術劇場コンサートホール

指揮:エリアフ・インバル
東京都交響楽団

「作曲家の肖像」シリーズVol.101《シューマン》
ピアノ:河村尚子

シューマン:劇付随音楽「マンフレッド」序曲
シューマン:ピアノ協奏曲
シューマン(リスト編曲):献呈
(アンコール)
シューマン:交響曲第4番

個人的に少々疲れ気味で、集中力がないせいかもしれませんが、前半、全盛期(在任時と言った方が良いかな)のこのコンビに比して細部の仕上げが少々…と思ったのは私の気のせい?
序曲でも、金管が入ってくるところの音など、在任中の「あうんの呼吸」を聴いてきた耳には、「あれ?このコンビ、こんなもんじゃないでしょう」と。

協奏曲では徐々に持ち直してきた印象もあり、(河村さんのピアノも、尻上がりに良くなっていったのかな?)第3楽章などはそれなりに好印象でしたが、これまでのインバルさんと都響から受けた鮮烈な印象はあまり感じられず…。

すみません、私の体調の問題です、きっと。

…と思っていたのですが、休憩後の交響曲が始まったら、印象は一変!!!
全く別物の気合の入った演奏に感じたのは私だけでしょうか?
いや、演奏が終わった後の会場の拍手の熱さ、前半と全く違っていましたよね?

分厚い響きなのに機動力も兼ね備え、ずんずん進み、ビシバシ迫る。
(擬態語ばかりの稚拙な表現ですみません。)
第1、第3、第4楽章は文句なし。
この曲、こんなにあっという間に終わっちゃう短い曲でしたっけ?

前半、私の心が入り込めなかったのは個人的体調のせいかと思いましたが、後半は演奏からオーラをもらって、疲れが吹き飛ぶ不思議。

個人的にシューマンの交響曲の演奏で思い出すのは、サヴァリッシュ/N響(20世紀)、ブリュッヘン/新日本フィル(1番だったかな?)、スクロヴァチェフスキ/読響あたり。
みんな全然違うスタイルの演奏です。
この日の4番も、きっと思い出す演奏のひとつに入るでしょう。
前半と後半の印象が違いすぎたことも含めて。

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2015年3月 1日 (日)

川瀬賢太郎/神奈川フィル(2015/03/01)

2015年3月1日(日)14:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:川瀬賢太郎
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

(特別演奏会)
ヴァイオリン:郷古廉

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
(遅れていったため第2楽章から鑑賞)
イザイ:メランコリア(アンコール)
チャイコフスキー:交響曲第5番
チャイコフスキー:交響曲第4番~第3楽章
(アンコール)

遅れて会場に着いて、ロビーのスピーカで聴く第1楽章。
スピーカを通した音ながら、第1楽章から聴けなかったのは、かなり、もったいない…っぽい…。
第2楽章からホール内に入れていただいて、立ち聴きで第2楽章から鑑賞。
こりゃ、第1楽章を聴けなかったのはもったいないけど、第2楽章から聴けたのを喜ぶべきだろうという快感の演奏。

スリリング!
エキサイティング!

川瀬さんの指揮するこの曲は、私は東フィルで前橋汀子さんとの共演を聴いたことがあります。
あのときは、“水”と“油”の極み、“純水”と“重油”のような取り合わせで、それはそれでめちゃくちゃ面白かったけど、やはりこの日の演奏が本来の川瀨さんでしょう。
前橋さんの粘着質の演奏に比べれば、郷古さんのスピード感とリズム感ははるかに同質だろうと思います。
前橋さんの粘性の前では、弾けることなんて不可能、あのときは、精一杯がんばったのね、でも、本当はこうやりたかったのね、と。

第2楽章から聴いたので、郷古さんも川瀬さんも、緩、急、緩、急のギアチェンジ、対比が素晴らしい。
そして“急”の部分の歯切れの良さも、ソロとオケが完全に近いほど一体化。
一体化して突き進む様は快感。
こういう演奏には老成した深みなど不要。
このお二人が30年たったら違う演奏をするでしょうが、今はこれで十二分です。

休憩後の交響曲も、弾ける、弾ける、跳躍する、炸裂する!
大興奮です。
以前、東フィルで聴いた時はどこか巨匠然と振る舞おうとしている感もあった川瀨さん、“本性”はこういう方だったんですね。
素晴らしい!

強いてネガティブなことを言うと、まだまだ洗練の余地はあると思います。
特に最終楽章のクライマックスでの響きの完成度は、第3楽章までのサウンドからすると、もう少し練り上げられたかもしれません。
しかし、この勢いの前には無問題…と言うより、この勢いでそれなりに洗練していたのが凄い。
このまま勢いを保って洗練させれば、最後は“カラヤンのチャイコフスキー”のようになってしまうのでは?と思ったくらい。

それにしても東フィルは、当時の川瀬さんの知名度からすれば大抜擢に近い定期演奏会への起用、そして再起用(私が前回聴いたのは、このオペラシティ定期です)までしたのに、もったいない。
いや、川瀬さんと神奈川フィルの両者のためには、良かったと言うべきですね。

世間一般での評判が急上昇中の川瀨さん、ずっと「また聴きたい」と思っていましたが、日程が合わず、この日になってしまいました。
東フィルの時、「和製ドゥダメル」と聞いて「え?」とピンとこなかったのですが、ドゥダメルさんという形容が適切かどうかはともかく、東フィルの時とはかなり違う川瀨さんに遅ればせながら驚いた私です。

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