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2015年4月の13件の記事

2015年4月26日 (日)

秋山和慶/東響(2015/4/26)

2015年04月26日(日)14:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:秋山和慶
東京交響楽団

(名曲全集第106回)
ソプラノ(スキャット):半田美和子
ナレーション:堀江一眞

E.シュトラウス:ポルカ「テープは切られた」
J.シュトラウスⅡ世 :ポルカ「観光列車」
ヴィラ=ロボス:カイピラの小さな列車(ブラジル風バッハ第2番より)
ロンビ:コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ
オネゲル:パシフィック231
青木望:組曲「銀河鉄道999
(スリーナイン)

秋山さんの長年の大ファンの私ですが、「秋山さんの指揮する東響は、年1回の定期演奏会で聴きたいなぁ」というのが最近の私。
(たとえ主催公演でも、リハ日数とか、いろいろ…??)
しかし、この日の東響の音の仕上がりは、秋山さんの定期演奏会の時に匹敵するのでは?と思いました。
ウィーン系のシュトラウスの2曲も、近代の曲も、その曲本来の美しさが躍動します。

パシフィック231までが約30分。
休憩をはさんで後半の銀河鉄道999が約50分。

銀河鉄道999は「クラシック音楽」と思ってはいけませんが(←当たり前)が、秋山さんと東響が手抜きなく誠実に演奏すれば、かなり聞きごたえがあったことは事実。
ただ「ではもう一回聴きたいか?」と問われれば、躊躇なく「はい」とは答えられないのも事実。

ナレーションはもちろんマイク使用。
それ以外の音は電気的な装置を通していなかったのかどうかは不明。
聴感的には、普通のオケの音とは違う響きに聞こえるところも多く、ちょっと違和感を感じたことは事実ですが、曲自体、普通の曲とは違うので、よくわかりません。
ソプラノの半田美和子さんは3階席での歌唱とのことでしたが、私の席の位置からは見えませんでした。
(と思って、帰宅後に写真を見たら、ちゃんと「マイクにて」と書いてありました。
写真を撮ってろくに読んでませんでした。)

…といろいろな思いがありますが、指揮者と演奏者がこれだけ真剣、誠実に演奏したら、2階正面で聴いていらした作曲者も、さぞかし嬉しかっただろうな~と。
どんな曲でも(←失礼!)目の前の楽譜に誠実に向き合い、手抜きなく演奏する秋山さんと東響には拍手!

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2015年4月25日 (土)

川瀬賢太郎/神奈川フィル(2015/04/25)

2015年4月25日(土)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:川瀬賢太郎
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

(第308回定期演奏会)

レスピーギ:交響詩「ローマの噴水」
レスピーギ:交響詩「ローマの松」
レスピーギ:交響詩「ローマの祭り」
マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲
(アンコール)

微弱音の繊細なニュアンスも文句無し。
「ローマの松」のクライマックスも飽和せずに圧倒的音量に。
「ローマの祭り」の「祭りだ、祭りだ、わっしょい!」も馬鹿騒ぎにならずに大興奮。
川瀬さんのコントロールは半端ではありません。
川瀬さんが振った時の神奈川フィルの音は、某在京オケ定期の1日目の仕上がりを凌駕するかもしれません??

私は「とりあえず良いところを見つけて褒める」というスタンスなのですが(そうしない時もありますが)、この日は無理やりポジティヴになっているわけではありません。
手放しでの賞賛に近いです。

川瀬さんの指揮、素人目には、一歩間違えば「指揮者一人だけが大暴れ」になりそうに見えますが、そうならずに、あの高速、俊敏な身体躍動の動作が高効率で音に変換されていくのが凄い。
あれだけ鳴らして音に飽和感がないのも凄い。
凄い、凄いの連発で語彙枯渇ですが、とにかく凄い。

あえてネガティヴに重箱の隅をつつくと、「ローマの松」でのバンダの入りの音が、ちょっと緊張しましたかね?…というくらいしか突っつけないという…。
まあ、金管は仕方ないですかね。
「ローマの祭り」のステージ上でも、少しありました。
だけど、そんなことは演奏の価値をいっさい下げません。

アンコールの「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲では、最初のうちは、、私が昔の川瀬さんに抱いていた「スッキリ系の音作り」が出た印象でしたが、たちまち豊穣な音に変貌し、最後は目がウルウルしてしまいました。
興奮の後の充足感、後味も本当に良い演奏会でした。

おそらく川瀬さんは、神奈川フィルのどういうところが弱点で、どうすれば、その弱点が出ないどころか、プラスに転じるか、わかっているのでしょう。
わかっていてもそれが実現出来るところが凄い。

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2015年4月24日 (金)

インキネン/日フィル(2015/4/24)

2015年4月24日(金)19:00
サントリーホール

指揮:ピエタリ・インキネン
日本フィルハーモニー交響楽団

(第669回東京定期演奏会)
ピアノ:アンジェラ・ヒューイット

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番
ブルックナー:交響曲第7番

オケについては全てが完璧だったとは言えませんが、随所に、「おおっ、この音は!」「インキネン・マジック!」という箇所があり、これで文句を言ったら叱られます。
前半も後半も。

まずはブラームスの協奏曲。
第1楽章の最初のうちは、ところどころ、おそるおそる音を出してません?という箇所が散見されました。
しかし、第1楽章が終わる頃にはあまり(全然ではありません)気にならなくなりました。
第2、第3楽章はさらに音に豊穣感が出てきたので、尻上がりに音がグレードアップしていったという印象です。

ピアノは、私の席は“反対側”だったので、「正面だったらさぞかし流麗で美しい音だろうなぁ…」と拝察するのみです。
第1楽章の終盤以降の、特に微弱音の部分のオケとピアノの美しさ!
時が止まるかのよう。
2日目はさらに良くなるだろう…という思いはあるにせよ…。

休憩後のブルックナーも、全く同じ印象、すなわち、全てが完璧だったとは言いませんが、やはりインキネン・マジック!は随所に。
そして、「第4楽章に練習の重点が?」と感じなくもありませんが、前半だってインキネン・マジックは多々あり。

モダンでスタイリッシュな…というのはインキネンさんのシベリウスに感じたことですが、このブルックナーにもかなり当てはまるような印象。
教会とか、大伽藍とか言うよりは、現代の高層建築のような構造物。
そういう音作りながら、決して無機的な音にはならない。

対向配置で両側に分かれた第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのせめぎあいが、こんなに魅力的な曲だったなんて、私は今まで何を聴いていたのだろう?と思ったくらいです。
第2ヴァイオリンが前面に出る場面の雄弁なこと!
支える方に回った時の第1ヴァイオリンも決して負けてはいない。

首席指揮者就任(昇格?)発表直後の定期。
ドイツものに取り組むと宣言した直後の定期で、いきなりドイツもの。
初日に意思を100%徹底できたかどうかはともかく、「これから始まる」ことを考えれば、今後のこのコンビのこれからの展開が楽しみです。

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2015年4月19日 (日)

飯森範親/東響(2015/4/19)

2015年04月19日(日)14:00
サントリーホール

指揮:飯森範親
東京交響楽団

(第629回定期演奏会)
ピアノ:ニコライ・ホジャイノフ
ヴィオラ:青木篤子
混声合唱:東響コーラス

ショパン:ピアノ協奏曲第2番
ローゼンタール:ヨハン・シュトラウスの主題による
        ウィーンの謝肉祭
(アンコール)
カンチェリ:ステュクス ~ヴィオラ、混声合唱と管弦楽のための
ドビュッシー:海

聴きどころが、ソリストアンコールも含めて4回あったような演奏会です。

まずはショパン。
宝石を散りばめたような美しい音の粒子、粒子、粒子、…。
そういう意味では第2楽章が、ため息が出るほど美しい!!
対するオケは、ちょっと風格があり過ぎのような気もしましたが、その分、ピアノとの対比が際だった印象もあったので、これはこれで良かったと言うべきでしょう。
サントリーホールで聴く東響の艶やかなサウンドも心地良いです。

ホジャイノフさんのアンコールは、協奏曲の“枠組み”から解放されて、自由奔放に飛び回る。
コンマスの大谷さん、アシスタントコンマスの廣岡さんが目を皿のようにして食い入るように鍵盤を見つめていた終盤。
めくるめく音の乱舞で終結すると、ステージ上の楽団員の皆さんから、お義理でない大拍手が沸き起こりました。

休憩後はP席に合唱が入り、カンチェリのステュクス。
“混声合唱”と書かれていますが、白と黒(女声と男声)が混じっての着席。
ヴィオラ首席の青木篤子さんは指揮者の横で。
この曲、Naxos Music libraryで聴いて予習した時は「ヒーリング音楽のような??」という印象でしたたが、生で聴くと、とんでもない!
この繊細な音を出すのに、皆さん、いかに神経が使われているか!
驚嘆!

いや、「ヒーリング音楽のような」という聴感はさほど間違っていないような気もしますが(←曲の本質を理解していない!とお叱りを受けそうですが)、神秘的側面はあるでしょう。
全体を支配するのはヴィオラ独奏の音。
しかし、突如沸き起こる大音響、大合唱。
しかし、また、しずーかになって…。
深い、深い、秘められた“何か”。

グルジア語(2015年4月からは「ジョージア」と表記するとのこと)での歌唱を、いつものように暗譜で歌う東響コーラス。
大使館の協力で勉強会までやって発音を磨いたとか。
こんな、お金も手間もかかる曲、よくぞ!

最後のドビュッシーは、カンチェリの後だと、「相対的に」豪快!な表現に聴こえてしまうのは致し方ありませんかね。
鳴っている音は大味な音ではなく、十分に練り上げられ、繊細さを備えています。
頭ではわかっていますが、それでも「相対的に」豪快な印象。
…すみません。

でも、飯森さん、カンチェリの繊細な音の“放射”の後に、ドビュッシーの繊細な音の“凝集”を持ってきたのは、おそらく意図的でしょう。

長丁場にもかかわらず、東響サウンドは素晴らしい!
そう言えば、新国立の“月番”は、3月でいったん終わりですしね。

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2015年4月18日 (土)

メッツマッハー/新日本フィル(2015/04/18)

2015年4月18日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:インゴ・メッツマッハー
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第540回定期演奏会)

R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
ヴァレーズ:アメリカ
ヴァレーズ:アルカナ
R.シュトラウス:交響詩「死と変容」

ティル・オイレンシュピーゲルは、前夜、若干の手探り状態を感じた部分も大半が解消され、めくるめく音響はさらにパワーアップ。
ヴァレーズの「多音」も、うるささよりも洗練さが前面に。

前夜は演奏会後半に「聴き疲れ」になりかけましたが、前夜の演奏の「音、音、音、…」の印象が後退し、「多音」ながらもハーモニー感が強く感じました。
どちらが良い、悪いではなく、前夜の演奏にはこの日の演奏にない魅力がありましたが、それでも、音作りとして“進化”と言うべきでしょう。
前夜以上に、「より音楽的」と感じる場面が多くなって素晴らしい。

前夜は1階席だったので見えなかったのですが、サイレンを鳴らす打楽器奏者は、アメリカ演奏中は、他の楽器との持ち替え無しで専任。
それもそのはず、開口部に覆いをかぶせたり、開けたり、布?をかぶせて瞬時に消音したり…と微妙な操作の連続。
しかも楽譜からほとんど目を離さず。

後半のアルカナも前夜よりも洗練度が増す。

前夜よりも」を連発してますが、物理的な違いは僅差です。
でも、その僅差が、聴感上は大きい。
前夜だって十分に素晴らしかったのですが、それでも。

死と変容…いや、浄化!!は、オケに“ヴァレーズ疲れ”が散見されるにせよ、この救済感と充足感、メッツマッハーの意図は十分にわかります。
もしかしてこの曲、R.シュトラウスの最高傑作では?とすら感じる演奏。

そして、演奏会全般を通じて、ヴァレーズ疲れ(アメリカ疲れと言った方が良いかもしれません)はあるにせよ、前夜よりはペース配分が良かったと思います。
死と浄化の最後の方では、目がうるうるしてしまいました。
そして、カーテンコールでの花束贈呈でも…。

これで本当に最終日です。
在任中、客席の埋まり具合が寂しいことが多かったと記憶していますが、メッツマッハーさんは(自身の選曲のことも十分わかっていて)おそらく気にしていなかったのではないでしょうか?
…と言うよりも、本当に聴きたい人が来場していることが拍手からも感じられて、嬉しそうだったかもしれません。

2年間という在任期間でしたが、メッツマッハーさんが振った時の充実度は本当に高かったと思います。
在任1年目は私はサントリー定期を聴きに行っていなかったのが悔やまれます。
外来オケの来日などではなく、定期演奏会でメッツマッハーが聴けた期間、本当に幸せでした。

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2015年4月17日 (金)

メッツマッハー/新日本フィル(2015/04/17)

2015年4月17日(金)19:15
すみだトリフォニーホール

指揮:インゴ・メッツマッハー
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第540回定期演奏会)

R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
ヴァレーズ:アメリカ
ヴァレーズ:アルカナ
R.シュトラウス:交響詩「死と変容」

冒頭の「ティル…」は、曲の出だしこそ「明日はもっと良くなるだろう」という印象がある音でしたが、たちまち指揮者の求心力で音が整い…いや、めくるめく音響が鳴り響き…という一曲目からこんなでいいんですか、という演奏。

2曲目のヴァレーズのアメリカは、楽団員の労務費の塊のようなステージ、人、人、人、人…。
そして、出てくる音は、騒音の山、山、山、山…のような音、音、音、音、うるさい!
…という曲が、メッツマッハー様にかかると、これまた指揮者の求心力で、拡散するどころか凝集し、意思を持った「音楽」として聞こえる快感。

演奏終了後の拍手で、メッツマッハーさんが楽団員を立たせるときに、打楽器奏者を立たせたらあまりの大人数に笑いそうになってしまったくらいです。

休憩後ののヴァレーズのアルカナは、ただ前半のアメリカに比べて騒音感はなく、練れた音の印象。
それでも演奏が終わった後、前回のトリフォニー定期のバッハが演奏できるくらいの人数の楽団員さんがステージから次々に去っていって、改めて巨大編成を実感。
そして、それだけの楽団員さんが去っても、まだステージ上はR.シュトラウスが演奏できる大編成。
コントラバスの最後列は、ほとんど出入り口に近いところで弾いていました。
(対向配置なので、下手側です。)

死と変容は、微弱音でのニュアンスにさらにもう一息の向上を望みたい感もありましたが、腐っても鯛(失礼!)ならぬメッツマッハー様、この高揚感と救済感は本当に素晴らしい。
「巨大編成」の後の「大編成」。
人生を回想するかのようなこの曲が、メッツマッハーさんの人気最後に来たのは偶然かもしれませんが、なんとふさわしいことでしょう。

今になって思えば、アルミンクさんの時代のプログラミングからの継続性と、さらなる正統的発展すら感じられるメッツマッハーさんの任期だったかもしれません。
あと1回で終わり。
本当に残念ですけど、メッツマッハーさんを(外来オケの来日演奏会などではなく)定期演奏会で聴けたことを感謝すべきでしょう。

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2015年4月12日 (日)

メッツマッハー/新日本フィル(2015/04/12)

2015年4月12日(日)14:00
サントリーホール

指揮:インゴ・メッツマッハー
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第539回定期演奏会)

シェーンベルク:5つの管弦楽組曲
ヤナーチェク:シンフォニエッタ
バルトーク:管弦楽のための協奏曲

これがNJPのデフォルトの音だと思っちゃいけませんぜ、と言うような(失礼!)素晴らしいサウンド。
シェーベルクが無機質な音の要素の羅列ではなく、音楽、ハーモニーとして鳴ります。

ヤナーチェクは、東欧風という印象はほとんど感じないモダンなサウンド。
織り上げられ、積み上げられた印象はなく、均質感が強いですが、細部を疎かにしていないからこその高らかに鳴り響く高品位の音響。
メッツマッハーさん、現代物が得意という先入観がありますが、シェーンベルクも含めて、旋律美も十分に兼ね備えているところが聴く歓びを与えてくれます。

前半終了時点ですでに「いやー、聴きに来て良かった!!」でしたが、後半のバルトークがさらに輪をかけて素晴らしい。
これがNJPのデフォルトの音だと思っちゃいけませんぜ(←前半)がさらにパワーアップした後半。
このコンビがあと2回の演奏会で終わっちゃうなんてもったいない。
「退任後もまたきて下さいね!」という団員からの懇願のような献身的な演奏。

デフォルメや部分的誇張はなく、全体を横綱相撲でスケール大きく振り切った印象で、あそこがこう、ここがこうと言いずらいのですが、この音の圧倒的スケール感は最近のNJPの定期では突出して素晴らしかったのではないでしょうか。

ひとつだけ言えば、中断された間奏曲(第4楽章)の、例の嘲笑の場面、管楽器だけでなく、弦楽器(第2ヴァイオリンだったかな?)もあんなに嘲笑していたんですね…と今さらながら気がつきました。

NJPも、凄い指揮者が振ると凄い音が出る。
当たり前といえば当たり前ですが、アルミンクさんとの関係が微妙になって以降は、こういうNJPの音になかなか出会えなかったような気がします(偉そうにすみません)。
もちろんメッツマッハーさんの振ったツィンマーマン&ベートーヴェン・プロはどれも素晴らしかったが、もしかしてそれを凌駕する音が鳴ったのでは?とすら思いました。
前年5月に小澤さんが振った時に匹敵する高品位のNJPの音?

しかも、シェーンベルク、ヤナーチェク、バルトークと、一見、無造作に3つ並べたようでいて、演奏会としての流れと全体の統一感は半端ではない選曲。
年代的には約20年ごとに時代を下る。
地域的にも地球儀の中ではオーストリアもチェコもハンガリーも近い。
(あ、でも、管弦楽のための協奏曲が書かれた場所はアメリカでしたっけ?)
そして、私は気がついてませんでしたが、あとで教えていただいたこととして、全て5楽章の曲とのこと。

メッツマッハーさんが、もう頻繁に日本に来れないような欧州でのステータスに上がったであろうことは承知していますが、NJPには、是非とも名誉指揮者とかのタイトルを押してけて(←失礼)、2年に1回でも良いから振ってもらってほしいです。

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2015年4月11日 (土)

川瀬賢太郎/神奈川フィル(2015/04/11)

2015年4月11日(土)15:00
神奈川県立音楽堂

指揮:川瀬賢太郎
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

(定期演奏会 音楽堂シリーズ第4回)
ホルン:豊田実加

モーツァルト:ホルン協奏曲第3番
ピアソラ(大橋晃一編曲):アヴェマリア
(アンコール)
ハイドン:交響曲第45番「告別」
シューマン:交響曲第3番「ライン」

音楽堂で聴く神奈川フィルは久しぶりなのですが、以前はデッドな音響にもどかしさを感じたのが、この日は良く鳴る弦の艶やかさが、残響の無さを味方に付けて、分化能の良い音に感じました。
音楽堂での鳴らし方が上手くなったのか、川瀨さんの音作りが効いているか。

冒頭のモーツァルトのホルン協奏曲。
川瀨さん、ホルンという楽器に配慮して中庸のテンポをとったのかどうかは不明。
それでもスリムな編成、スリムな音。
ただ、次のハイドンを聴いてしまうと、比較的ふっくらとした印象かもしれません。
相対的に、ですが。
首席奏者の豊田さん、答礼などの所作を見ていても、少し緊張が強かったのかな。
確かに、定期演奏会の協奏曲枠という狭き門。
楽団員じゃなかったら、そうそう呼ばれるものではありません。
超絶技巧であっと言わせる演奏ではありませんが、真摯に曲に向き合った演奏は好感。
第1楽章のカデンツァが終わったあと、第2、第3楽章は少し肩の力が抜けたようにも聞こえました。
さらにオケを伴ってのアンコールありという大役。
こういう経験はオケでの演奏にも絶対にプラスになることでしょう。

続くハイドンの「告別」は、快速テンポで始まった第1楽章が快感、いや興奮もの。
ハイドンって、実はスリリング(後期はロンドンの聴衆が熱狂したくらい)。
わかっちゃいるけど、川瀨さんの激しい指揮、本当に素晴らしい。
第4楽章も同様にスリリングに推移したあと、一転、楽団員が次々に退場する場面が(川瀬さん、役者ですねー)、視覚的な面白さだけでない「ちゃんとした」演奏になっていたのも好感。

舞台下手側に垂れ幕が置いてあって、どんなギャグが仕込まれているのかと思ったら、ヴァイオリン奏者2人だけになって演奏を終えた後に、コンマスの石田さんが垂れ幕をめくると、現れた文字は「休憩」と普通すぎて大爆笑…というオチ。

その「休憩」後の、シューマンは、プレトークで「前半のハイドンと同じ第1ヴァイオリン8人でやります」と聞いて、さらに期待が高まった曲。
厚化粧の無いスリムでスピード感のある弦楽器群の機動力が快感。
あ、こんなに細かいことやっていたんだ!と目から鱗。
その第1ヴァイオリン8人の編成なのに、ホルン奏者が5人で際立つ存在感。
時には、弦楽vsホルンのように対峙しているかのようにすらなる。
畳み掛ける川瀬さんの棒、いや、全身の動きに俊敏に反応するオケ。

第1ヴァイオリン8人の編成ではありますが、かつてブリュッヘン様が新日本フィルで振ったようなピリオド寄りの響ではありません。
この演奏を聴いて、スダーンさんが東響と“マーラー版”でやったけど、小編成でやっていたら?と、変な方へ連想が行くくらいの快演でした。

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2015年4月10日 (金)

カンブルラン/読響(2015/04/10)

2015年4月10日(金)19:00
サントリーホール

指揮:シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団

(第547回定期演奏会)
バリトン:小森輝彦

リーム:厳粛な歌-歌曲付き(日本初演)
ブルックナー:交響曲第7番

カンブルラン様の作りたいブルックナーの音は、本当によくわかりました。
しかし…。

(良い意味で)きれいにサラサラ流れる弦楽器の音。
いや、艶やかと言っても良いし、透明感があると言っても良い。
オケ全体の最強奏のときの多層的かつ均質的な音も素晴らしい。
しかし…。

金管楽器群の音色、特に弱音部において、かなりもどかしい思いを感じたのは私だけでしょうか。

カンブルラン様がフランス人だからと言って、フランス音楽のような…という形容をするのは、あまりにも短絡的ですが、それでも、何度も、フランス音楽のような…という言葉が心に浮かぶ弦楽器の音の比類のない美しさ。
それだけに金管楽器も、もう少し同じ系統の音が出ていれば…と。

私の感性では、弦楽器群「は」素晴らしく良かったです(しつこくてすみません)。
もしかして欧州ツアーの好影響?と思っていましたが、それよりも、コンマスの体制が安定したことの好影響の方が大きかったりすます??
実質的に、通常時は小森谷さんと長原さんの二人体制が多くなるのですかね??

一曲目のリームは、カンブルラン様にはこういうレパートリーがよく似合う!という作品。
(就任1年目の曲目は尖ってましたよね。)
ただ、さほど複雑怪奇とか、不協和音や和音にならない音のかたまり…といった印象はありません。
ヴァイオリンやフルートなどの高音楽器がない編成で、チューニング時点ですに異様(視覚、聴覚、ともに)。
当然、音楽はやや低めの音が支配し、暗いです。
しかし、ぞっとするような恐ろしさではなく、しずーかに、しずーかに、何かを切々と語るような…。
この曲の弱音部…いや、本当に聞こえるか聞こえないかのかすかな音、見事でした。
小森輝彦の歌唱は突出したところがなく、音楽の一部。
ソロと言うよりは、パートの一部の印象ですが、カンブルラン様の音作りに100%協力…という点で、好感です。

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2015年4月 8日 (水)

大野和士/都響(2015/04/08)

2015年4月8日(水)19:00
東京文化会館

指揮:大野和士
東京都交響楽団

(第787回定期演奏会Aシリーズ
 大野和士音楽監督就任記念公演2)

マーラー:交響曲第7番

前任者の影を感じながら始まった都響の音…のように感じたのは私だけでしょうか?
しかし、第1楽章が終わる頃にはほぼ“大野さんの音”に変貌。
第3、第4、第5楽章は完全に大野さんの音と高揚感でした。
都響のマーラー演奏の伝統の底力を感じざるを得ない、余裕すら感じられる音響です。

大野さん、特に第5楽章は、最近あまり見せなくなった「千手観音」を連発して煽る、煽る。
対する都響は、煽られても爆演にならず、アクセルを踏めば余裕で加速する排気量の大きい高級車のように高揚。
余裕で受け止め過ぎの面が多少あるにせよ、このコンビの未来は明るいでしょう。

ただ、私個人としては、熱狂したと言うよりは「味わった」という体感なのがちょっと不思議です。
前任者の影を感じた開始から音が変貌していく様は面白かったですけど、何年か後に聴いたらかなり印象(演奏)が変わるかも…と思いました。
前任者だって任期中、就任直後と任期満了の頃はかなり変わりましたし。

…と、いろいろな思いはありますが、何年か前に別のオケで聴いた大野さんのマーラー(復活だったかな?)での少しもどかしい印象を思い起こせば、大野さんが日本において都響という「楽器」を得たことを喜ぶべき演奏だと思います。
さらに、別の指揮者による、本来うまいはずの某放送オケの、経験の少なさを露呈したような演奏(偉そうにすみません)も体験しているだけに…。

大野さんのソロカーテンコールでお開き。
私も最後まで残って拍手をしました。

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2015年4月 5日 (日)

カンブルラン/読響(2015/04/05)

2015年4月5日(日)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団

(第79回みなとみらいホリデー名曲シリーズ)

グルック:歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」から
     序曲、精霊の踊り、復讐の女神たちの踊り
     (遅れていったため、未聴)
ハイドン:交響曲 第94番「驚愕」
バルトーク:管弦楽のための協奏曲

遅刻して2曲目からの鑑賞。
到着したのはグルックがあと5分で終わるという頃合い。
ロビーのスピーカーで聴く限りは、これを聴けなかったのは相当にもったいない…っぽい。
しかし「後半だけでも…」と会場に向かって、ギリギリ、ハイドンの開始に間に合い、聴けたことを感謝すべき演奏でした。

カンブルラン様のハイドン、当然、ピリオド・アプローチではありません。
ティンパニの強打などがあるので、完全に「ピリオドアプローチの要素はゼロ」ではありませんが…。

なんと、音のみずみずしいこと!
就任直後に「朝」「昼」「晩」を聴いたこともありましたが、あのときの演奏に比べ、はるかに音が練り上げられています。
ハイドンの初期と後期の問題ではなく、読響の音が、です。

第2楽章のビックリの後がビックリ!!
今まで、“単なる合いの手”だと思っていた第1ヴァイオリンの旋律の美しく、力強いこと!
それなのに、透明感すら感じられる美しさ。
そして、激しい激しい終結部が…。

この段階で、この日の読響は好調!と思いましたが、後半のバルトークも好調!
このコンビ、これまでも「素晴らしい!」と思って聴いていたのですが、さらに音が一皮むけたように感じたのは私の気のせい?
欧州ツアーの好影響ですか?を想像したりして。

細やかで艶やか、緻密で流麗。音色に透明感すら感じる最強奏。
「こんなところでハープがこんな音を出していたんだっけ?」とか、「この高音域の微細な律動はヴァイオリンではなくヴィオラだったのか!」とか、私の不勉強からくる新鮮な発見多数。
密かに「この曲、どこが協奏曲なの?」と、この日まで思っていたことを白状します。
この日までは。
見通しが良いのに分析的ではない流麗で均質な音。
第3楽章エレジーでは、一瞬、「うっ、青ひげ公?」と思ってしまいました。
今までそんなことを感じたことはなかったのですが、ぞっとする…と言ったら言い過ぎでしょうが、底深い音色でした。

爆発したり、推進力を前面に出したりするような演奏ではなく、ある意味、きれいにまとめた演奏ではありますが、そこはカンブルラン様、フランス流の(と杓子定規にレッテルを貼ってはいけませんが)品の良い高揚感でした。

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2015年4月 3日 (金)

大野和士/都響(2015/4/3)

2015年4月3日(金)19:00
サントリーホール

指揮:大野和士
東京都交響楽団

(第786回定期演奏会Bシリーズ
 大野和士音楽監督就任記念公演1)

シュニトケ:合奏協奏曲第4番=交響曲第5番(1988)
ベートーヴェン:交響曲第5番

シュニトケは、プログラム冊子には「引き裂かれた混乱の音楽」というようなことが書いてありましたが、私の耳には、「無秩序という名の十分な秩序」、「吹き出す巨大エネルギー」のように聴こえました。
私の感受性と分析力の不足かもしれませんが…

第1楽章でコンマスの矢部さんと首席オーボエの広田さんが指揮者の前に立ってのソロ。
第2楽章の最後で完全にピアノ四重奏、チェンバロあり…など複雑な様相に、演奏終了後の拍手で、誰を立たせるんだっけ?と大野さんがちょっと混乱しているように見えたのは私の気のせい?

それにしてもこの、シュニトケの耳をつんざく轟音の後では、ベートーヴェンは可愛い曲に聴こえるのでは?…という心配は無用。
そんなわけはなくて、噴出するエネルギー、この曲がいかに革新的だあったかを思い知らされる凄演。
これはもう、狙って並べたことは明らかな選曲。
ベートーヴェンだって、突然のホルンの咆哮、いきなりゴリゴリうねる低弦、…などなど、斬新な音響に満ちていることを再認識させられます。

思い起こせばクラシック音楽聴き始めの頃、運命・田園から聴き始めて、他の曲を聴けば聴くほど、運命・田園が実は普通の曲ではなかったことを悟る…というあの体感を、今宵、都響定期で大野さんが再体験させてくれるとは…。

それも、都響じゃなかったら爆演になっていたかもしれない、崩壊も恐れない煽り。
都響の皆様、本当に気合いの力演、しかも全くアンサンブルが崩れない。
斬新な音響とスピード感の、ピリオドでない21世紀のベートーヴェンながら、歌うところはとことん歌うし、弦のトップ奏者の前傾姿勢での熱演も凄い。
私は第3楽章途中から、そして第4楽章では本格的に目がうるうるしてしまいました。

そしてさすがはB定期、これだけの演奏の後でも残響が消えるまで静寂を保ちました。
演奏中の客席の、水を打ったようなしーーん(←集中)も凄い。

全席完売でもそれなりに空席はある演奏会が結構あるような気もしますが、この日の都響定期は、空席ゼロではありませんが、本当にポツリポツリ。
私も(今日はほぼ確実に行ける日でしたが)空席を作らなくて良かったです。

20150403

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2015年4月 1日 (水)

新日本フィル室内楽(2015/4/1)

2015年4月1日(水)19:15
すみだトリフォニーホール小ホール

新日本フィルハーモニー交響楽団
室内楽シリーズ
XI 第91回
produced by 古部賢一

オーボエ:古部賢一、森明子
クラリネット:重松希巳江、鈴木高通
バセットホルン:マルコス・ペレス・ミランダ、濱崎由紀
ホルン:井手詩朗、藤田麻理絵、根本めぐみ、梁川笑里
ファゴット:河村幹子、坪井隆明
コントラバス:片岡夢児   
ピアノ:仲地朋子

メンデルスゾーン:クラリネット、バセットホルンとピアノのための
         コンツェルトシュテュック第2番
プーランク:ピアノ、オーボエとファゴットのための三重奏曲
モーツァルト:セレナード第10番「グラン・パルティータ」

前半は、ピアノを交えた三重奏が2曲。
私の買った席が少し前方過ぎた感もあり、管楽器の音が大きめに感じます。
ピアノのふたは通常通りの位置だったので、バランス的にはやはり管の音は大きいのでしょう。

重松さんとミランダさん(メンデルスゾーン)、古部さんと河村さん(プーランク)と、定期演奏会で見事なソロを吹いている方たち。
そう、NJPの木管は、名手揃いなのです。
今宵の室内楽を聴いて、やはりそう思いました。
なのにオケとして時々「あらら」という音がきこえることがあるのは、他に原因があるような気が…(暴言、すみません)。

後半のグラン・パルティータは、さすがに12管+コントラバスの編成になると、室内楽と感じる場面だけでなく、小編成のオケに近い印象を受ける場面も多数。
部分的に(とくに微弱音)フル編成のNJPの縮図みたいな場面も散見されますが、総じてよく整ったアンサンブル。
古部さんは上手側、重松さんは下手側の両脇を堅め、小ホールの舞台に13人が乗ると壮観。
見て、そして聴いている印象では、おそらく古部さんのリードが及ぼす影響力が非常に大きい。
重松さんは偉大なるナンバー2といった印象(ポジティヴな意味で)。
演奏をリードする場面と、古部さんががっちりリードしている中で自由奔放に吹きまくる場面と。
バセットホルンのミランダさんの興が乗るのが少し遅かった感もありますが、最後の方はかなりノリノリでした。

首席ホルンの方は前日の3月31日付で退団とのことで、演奏終了後の拍手の中で、花束贈呈がありました。

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