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2015年7月の9件の記事

2015年7月25日 (土)

デニス・ラッセル・ディヴィス/読響(2015/07/25)

2015年7月25日(土)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:デニス・ラッセル・デイヴィス
読売日本交響楽団

(第81回みなとみらいホリデー名曲シリーズ)
ヴァイオリン:ダニエル・ゲーデ
チェロ:グスタフ・リヴィニウス
児童合唱:東京少年少女合唱隊

ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲
ホルスト:組曲「惑星」

「魔笛」のピットが私には好感だったデニス・ラッセル・デイヴィスさん。
急に「気になる指揮者」になり、この日をワクワクして迎えました。

前半のブラームスは、キレが良い音なのに、適度な重量感も兼ね備えた気持ち良いオケの音。
「魔笛」のときの好印象がそのままブラームスに変換されたような演奏で嬉しくなりました。
ソロの2人は“反対側”の席からの印象ですが、ソロどうし、あるいはオケとの相乗効果でヒートアップしかけた箇所もあったような気もします。
しかし、節度は失わずに格調高い演奏を維持した印象。
まあ、これはこれでありでしょう。
なんとなく、デニス・ラッセル・デイヴィスさんの枠をしっかりはめられた印象もありますが。

後半の「惑星」は、鳴らす、鳴らす。
このホール、舞台周辺の席で聴いていると、側面の壁からの反射音(金管がその方向で鳴っているかのような錯覚に陥ります)を感じることがありますが、この日も少しありました。

ある意味、構築美、機能美なのですが、無機的な音にならずに旋律美も感じられる演奏には好感。
美弱音の微細な側面はあまり出さないですし、クライマックスでも“ため”をつくらずにあっさり終結するのは意図的なのでしょう。
あまり色彩感も感じない演奏でもありましたが、これも意図的なのでしょう。
“この方向”での演奏としては、完成度が高く、私は好感でしたが、違う意見もあり得る演奏だとは思います。

なお、「海王星」になると周囲の人たちがそわそわし始め「合唱はどこだ、どこだ、どこなんだ」とキョロキョロし始めて、集中力を維持できなかった私がまだ修行が足りません。
つられて、「どこの扉が開くんだ?」と…。
終演後、合唱のメンバーは、下手側からステージに現れました。

なお、この日は首席チェロの毛利さんのラストステージでもありました。
カーテンコール中のステージ上で花束贈呈があり、マエストロとがっちり握手をしてねぎらいを受けていました。
毛利さんと言えば、読響には「チェロにもコンサートマスターが居る」かのような熱演が印象的。
さみしいですが、これまで、本当にありがとうございました。
お疲れ様でした。
ラストステージに立ち会えて良かったです。

20150725

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2015年7月20日 (月)

二期会「魔笛」(2015/07/20)

2015年7月20日(月・祝)
東京文化会館

東京二期会
モーツァルト:魔笛

《リンツ州立劇場との共同制作公演》

ソフトウェア優位のステージ、ここに極まれり!

簡素な装置ですがそこに投影される映像(おそらくCG)の作り込みは素晴らしい。
背景の映写は、手を抜くと安っぽくなるリスクがありますが、あの映像は相当に手間(すなわちお金)がかかっているのではないかと想像しました。
下手に安っぽい大道具、小道具が出てくるよりはるかに好ましい。
やや抽象化された蛇の映像だって、おもちゃみたいな蛇が出てくるより、はるかに「らしく」感じました。

現実にあり得ない、わけのわからない設置の「魔笛」の世界を表すのに、あの映像の効果的なこと!

しかも、序曲の演奏中にパントマイム(無言劇)。
これが伏線となって、本編の虚構の世界?に突入し、最後はパントマイムと同じ設定で終演。
あんな作り物の最終シーン、しかも冒頭を観た時点で事前に想定できてしまう設定なのに、ああ、それなのに、それなのに!
不覚にも、目がウルウル、感涙してしまいました。

ああ、苦難の連続だったね。
お互いに苦労したね。
家族のありがたさが身にしみたね。
平凡な毎日って、実は幸せなんだね。
…と。

こういうパントマイムが意味を持つ演出って、ヨーロッパでは標準なのでしょうか?
(DVDで観たコンビチュニー様の演出とか)
日本国内では私はあまり観たことがありませんが、こういう舞台を持ってきてくれて嬉しいです。
今回の上演、もしかして歌手の体型まで考慮してキャスティングしたのでは?とすら思いました。
パミーノもパミーナも、冒頭と最後で、あの長身のスタイルだからパントマイムの設定が様になったのであって…。

序曲中のパントマイムには、動作にもう少しキレがほしい気もしました。
パントマイム直後のパミーノの声が「もしかして息切れ?」とも感じました。
侍女たち3人も、最初のうちは少し固かったような?
でも、流れ出せばそれなりのレベルに収れんして、後はほぼ安心して視覚と聴覚を舞台に集中できました。

第2幕では、第1幕で若干感じた硬さが払拭し、かなり楽しい舞台に。

歌としてはパミーナ、演技まで入れるとチャップリンのように感じられるパパゲーノ、全身と表情で熱演したモノスタトスが素晴らしい。

パミーノは前述のように、第1幕冒頭でひやっとしましたが後は無問題。
ただ、ちゃんと(アリアのように)歌うときと、演技の中で歌うときの差が多少あったような気も少々。

侍女たち3人も表情豊か、動きもコミカルながらなまめかしく、あのまま「パルジファル」の花の乙女に持って行ったらどうなるだろう?と妙な連想をしました。

どうしても舞台の視覚効果に目が行ってしまいましたが、ピットのデニス・ラッセル・デイヴィスさんと読響が素晴らしい。
横綱相撲のモーツァルト。
軽快すぎず重すぎず、歯切れの良い音は本当に心地良い。
序曲のパントマイムの演技に若干のぎこちなさを感じたのも、オケの演奏にキレがあったからのことと思います。

ちなみにこの日は、急きょ当日予約で行ったので(普段は高層階の席ですが)1階席前方で鑑賞しました。
見逃さなくて良かったです。

指揮:デニス・ラッセル・デイヴィス
演出:宮本亜門
装置:ボリス・クドルチカ
衣裳:太田雅公
照明:マルク・ハインツ
映像:バルテック・マシス
合唱指揮:大島義彰
演出助手:澤田康子、木川田直聡
舞台監督:大仁田雅彦
公演監督:曽我榮子

ザラストロ:大塚博章
タミーノ:金山京介
弁者:鹿野由之
僧侶I:狩野賢一
僧侶II:升島唯博
夜の女王:高橋維
パミーナ:嘉目真木子
侍女I:北原瑠美
侍女II:宮澤彩子
侍女III:遠藤千寿子
パパゲーナ:冨平安希子
パパゲーノ:萩原潤
モノスタトス:青栁素晴
武士I:今尾滋
武士II:清水那由太

合唱:二期会合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団

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2015年7月17日 (金)

尾高忠明/東フィル(2015/07/17)

2015年7月17日(金)19:00
サントリーホール

指揮:尾高忠明
東京フィルハーモニー交響楽団

(第867回サントリー定期シリーズ)

マーラー:交響曲第9番

のたうち回るような演奏ではありませんが、この高揚感!
冷徹に構築した機能美でもありませんが、複雑性の均衡をこの熱演(と形容して良いのでしょうか?)で成し遂げるとは!

マーラーって、この曲で、この世に別れなど告げていません。
この曲を聴くと、もしマーラーが15番まで交響曲を書いていたら、どんな複雑奇怪な音楽が誕生したのだろう?とすら思います。

それなのに、これだけの高揚感ながら、どこか清らかな…純度と言うか…おどろおどろしくない…高潔な印象もありました。
シベリウスのような側面を内包したマーラー演奏と言ったら言い過ぎでしょうか?

生演奏ですから、細部のことはそれなりにあります。
でも、それをいちいちほじくることに意味はありません。
むしろ、音楽に、指揮に集中し、ためらいなく、積極、果敢に攻める演奏をした東フィルを心より讃えるべきでしょう。
もちろん、それを導いたのは尾高さんの確信の、渾身の指揮です。

尾高さんって、もしかしたら、今の年齢が、肉体(が衰えを隠せなくなる前)と精神(の円熟)のバランスが取れた、人生最高の時期にいるのかもしれません。

なお、この日は第3楽章の前にオケのチューニングがありました。
あそこでチューニングを入れるのと、入れないのと、どちらが良いかは、私は一概には言えませんが、長丁場における客席の緊張を、ほんのひと時、解きほぐす効果はあったような気もします。

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2015年7月16日 (木)

ノット/東響(2015/07/16)

2015年7月16日(木)19:00
サントリーホール

指揮:ジョナサン・ノット
東京交響楽団

(第632回定期演奏会)
ピアノ:デジュー・ラーンキ

ストラヴィンスキー:管楽器のための交響曲
バルトーク:ピアノ協奏曲第1番
ベートーヴェン:交響曲第5番

あ、やっぱり後半に少しエネルギーを取っておいたのね、オケの皆さん?
…いや、少しじゃなくて、たくさん!

例えそうであっても、ここまで沸騰もののベートーヴェンを聴かせてくれれば、何の文句もございません。
ノット監督がここまで(広上さん並みに?)唸るのは、私は初めて聴いたかも??

そして、これだけ煽りに煽っても、オケの音が粗雑な音にならないのは、東響のポテンシャルの賜物です。
粗雑になるどころか、第2楽章など、ため息の出そうな美しさ。
爆発、煮沸の連射ながらも(矛盾するようですが)気品も兼ね備えた演奏。
英国紳士の、高次元の超熱演!

ノット監督、1回目から凄い気迫で振るので、オケの皆さん、特に弦のトップ奏者の皆さんは前傾姿勢になって演奏。
それが繰り返しではさらに激しく指揮をするので、奏者の皆さんの身体は上下左右に大揺れ。
3回繰り返したら(なわけない)どうなったことでしょう?

これだけの熱演だと、最初に指揮者が引っ込んだ時にステージ上でオケの皆さんが「すごかったねー」と弾けるのが常ですが、この日は皆さん、ぜいぜいと荒い息をして茫然自失?
2回目のカーテンコールの後くらいで、ようやくハンカチを取り出して大汗を拭う奏者が多数。

この後半を聴いてしまったら、かつ、ノット監督の前半での指揮の動作を見る限りでは、指揮者には前半で力をセーブする意図は毛頭なく、かなり力強く振っていたような…。
ノット監督が押さえ気味のオケを見て作戦を変更し、強烈に鼓舞して壮絶な熱演を引き出すのは今回が初めてではありませんが、この日は特に…。

その前半、ストラヴィンスキーの管楽器のための交響曲は、私は苦手曲なのでノーコメント。

バルトークのピアノ協奏曲では、対向配置の両翼のヴィオラ、チェロを脇に寄せ、管楽器奏者の前、指揮者の真正面に打楽器を配置しての演奏。
打楽器的要素の強いピアノと近い距離に打楽器を配置するのは理にかなっています。
ただ、慣れない配置ゆえの響きの違和感もあったような気も少々…。
演奏は、特に第1楽章の最初の方で、それ以外でも時々、部分的に手探り感の箇所もありました。
(明らかにわかるような手探り感でないのはさすがは東響。これまでノット監督との名演の数々を聴いてこなかったら、気にならなかったでしょう。)
それでも、この視覚効果は、面白いこと、この上なし、

ラーンキさんは、うわさ通り、バルトークは怖いくらいの気迫。
「打楽器のようなピアノ、たまに旋律」ですが、この打楽器的な音の凄み、深みも、ラーンキさんが弾いてこその、あの音でしょう。

ノット監督と東響の関係は、例え年月を経ても、スダーン前監督のような「あうんの呼吸」にはならないのでは?と想像しています。
毎回、何らかの波乱を注入し「こういう指揮者だよ」という安易なレッテルは貼らせない。
毎回ワクワク。
たまに噛み合わない回もあったりするが(遭遇率は低いです)、それはそれで面白い体験。
守りではなく、攻めているからこそです。

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2015年7月11日 (土)

ハーディング/新日フィル(2015/07/11)

2015年7月11日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:ダニエル・ハーディング
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第545回定期演奏会)
ソプラノ:ドロテア・レシュマン
メゾ・ソプラノ:クリスティアーネ:ストーティン
合唱:栗友会合唱団
合唱指揮:栗山文昭

マーラー:交響曲第2番「復活」

前の週に目の覚めるようなブラームスを聴かせてくれたハーディングさんとNJP、「もしや?」と思っていましたが、その「もしや?」でした。

なんと!
「なぜこれまでこういう演奏が生まれなかったのか!」という言葉は飲み込むとして、ハーディング様の煽り、ひねり、また煽り…にここまでNJPが反応したのは私は初めて聴いたかもしれません。
ハーディング様の終演後のカーテンコールでのここまでの破顔、笑顔も初めてかもしれません。

あまり良くない時は、力を込めようともオケが反応せず→煽る→混濁する→指揮のモチベーションが落ちる→混迷(以下略)。
この日はその真逆でした。
100%とは言いませんが、指揮の動作に90%以上はオケが反応し、好循環のスパイラルアップ!!

こうして素晴らしく良い方に噛み合った時の音を聴いてみると、ハーディング様の目指す方向の音と、NJPのシャープ目の音って、実は在京オケで一番合っているのでは?と思います。
特に第2、第3楽章での多層的ハーモニーは美しさの極み。

独唱2人が、よくぞこれだけの出番のためにこんな凄い歌手を呼んできましたね!というくらいの素晴らしさ。
ドラマティックと言うのか、激情を込めたというのか…。
いや、ハーディング様の棒にオケよりも俊敏に反応したと言うべきか…。
その2人が、座って待っているところで、オケの音(指揮の動きと言って良いかもしれませんが)に合わせて、首を振って、表情を変えて興奮していたくらいのハーディング様の指揮。

細部の仕上がりで重箱の隅を突けば、突くところが無いことはありません。
(妙な言い回しですみません。)
突くところが無くもないですが、驚くほど少なかったと言うべきでしょう。
微弱音での音の入りも、ほぼバッチリのニュアンス。
このコンビでしばしば感じるもどかしさも、ほぼ無し。
ハーディング様の煽りをスルーすることも極少(ゼロではありませんでしたが)。

第1楽章の後の静寂の中、独唱者2人が入場してきた時に客席に極一部で拍手が起きてしまいましたが、演奏終了後は残響が消えるまで拍手は起きず、フラブラもなくて良かったです。
演奏中の客席は静寂と集中力。
むしろ、金管奏者が水分を抜くために楽器を分解する音の方が大きかったくらい。

このシーズン、定期演奏会はこの日が最終日。
ハーディング様も、もし任期延長が無ければあと1シーズンのみ。
でも、任期があと1年残っていたことを喜ぶべきでしょう。
就任披露が3.11という想定外の大波乱。
その代替公演は壮絶で悲嘆のマラ5でしたが、オケに疲れも散見。
その後は…。
「まだ目指すべき上のレベルがあるが…」と何度も思いながら聴き続けてきましたが、残り1年がラストスパートの素晴らしいシーズンになってほしいです。

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2015年7月 5日 (日)

飯守泰次郎/東響(2015/07/05)

2015年7月5日(日)14:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:飯守泰次郎
東京交響楽団

(名曲全集第109回)
ピアノ:アレクサンダー・クリッヒェル

ボロディン:歌劇「イーゴリ公」より「ダッタン人の踊り」
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
クリッヒェル:ララバイ
(アンコール)
シベリウス:交響曲第2番

驚きましたた。
名曲全集はときどき「リハーサル時間の制約が??」と思う回もあるのですが、この日は定期演奏会並みに仕上がっています。
しかも1月に新国立「オランダ人」でマエストロの棒に苦しんだ?経験の賜物か、東響が飯守さんの棒に的確に反応!!

ラフマニノフのソロを弾いたクリッヒェルさんは、感情をかなり移入して音の流れを揺らしたり、猛烈に鍵盤を強打したり…。
それが飯守さんの指揮のスタイルと見事に噛み合ったようでで、それはそれは聴きごたえのあるラフマニノフとなりました。
旋律美と構築美と、重量感とニュアンスが高次元で融合。
「飯守さんが振ると何でもワーグナーのように」ではなく!!ラフマニノフ、かくあるべしというスケールの巨大な演奏。
(こうなると、飯守さんの棒で交響曲も聴いてみたくなるくらい。)

クリッヒェルさんのアンコールは自作とのこと。
透明感のある静かな曲で、会場の大興奮を鎮静するようなチャーミングな演奏、曲でした。

ちなみにクリッヒェルさん、休憩時間に2回ロビーに現れ、後半は2階客席で聴いていました。

その後半も驚きました。
飯守さんの指揮でこんなに分解能が高く、ある意味カラフルに感じるサウンドは、もしかして私は初めて聴いたかもしれません。
飯守さん、こんなに繊細な音も出すとは…(大変失礼!)。
コンマスは新国立の「さまよえるオランダ人」のピットでもコンマスだった水谷さん。
「さまよえるオランダ人」の最初の方の回で苦労して?後の方の回で見事に修正したときの経験がここに結実??
水谷コンマス、渾身の力演。
おそらく、指揮とオケの仲立ちもかなりしていたのでしょう。
そして、ミューザの音響で、そして東響の音で聴くと、飯守さんの音も随分印象が変わります。

もう一回このコンビで(もちろん水谷コンマスで)「さまよえるオランダ人」をやったら変わるかも…??
…と言うか、既に後半の方の公演はかなり良かったですけど…。

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2015年7月 4日 (土)

広上淳一/神奈川フィル(2015/07/04)

2015年7月4日(土)15:00
神奈川県立音楽堂

指揮:広上淳一
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

(定期演奏会音楽堂シリーズ第5回)
ヴァイオリン:石田泰尚
チェロ:門脇大樹
オーボエ:古山真里江
ファゴット:鈴木一成

細川俊夫:冥想(日本初演)
ハイドン:協奏交響曲
ハイドン:ディヴェルティメントHob.Ⅱ-46~第1楽章
(アンコール)
ハイドン:交響曲第100番「軍隊」

広上マエストロ大暴れ!!
「軍隊」交響曲では、各楽章とも、指揮棒を持って振り始めるも、すぐに指揮棒は右手に持って右手は素手で振り始め、やがて指揮棒は置いてしまい、後は全身を使っての大暴れ
。この煽り、煽り、煽りの指揮に崩壊せずに追従した神奈川フィルにも唖然、呆然。
これを興奮するなと言うのは無理です。

まずは14:30からプレトーク。
川瀬賢太郎さんがファシリテータで、広上さん、そして細川さんをステージに招いてのトーク。
川瀨さんが学生時代、広上先生の指導を受けていた頃の話しとか、面白いのなんの。
そして、細川さんの曲は、3.11と関連のある曲との紹介。

そして始まった演奏は、凄まじいエネルギーの凝縮と発散を伴った曲。
現代音楽がつまらないと感じる時は、実は指揮者の曲への思い入れ度合いに原因が?…と思うことがよくありますが、広上さんが振ると、曲のツボ(大きな打点ですが)と豪流を「音楽」として視覚化、音響化。
聴衆もこれは引き込まれざるを得ません。
最後、祈りのように曲が終わると、(変な音響に耐えた、ではなく)「ああ、音楽を聴いた!」という思いに。
これは曲を書いた細川さんはもちろんですが、やはりこれだけの思い入れで演奏した広上さんと神奈川フィルを讃えるべきでしょう。

続くハイドンの協奏交響曲は、一転、楽しさ満載。
ピリオドじゃなくたってハツラツ、キビキビ、快感。
コンマスと首席のソリストがうまい!
さらにはオケが重量感と軽快感を兼ね備え(←矛盾してますが)、スピード感もある。
これは「協奏曲」じゃなくって「協奏交響曲」だよね、やっぱり…という演奏。
カデンツァの部分も広上さんがかなり振っていたのがちょっと意外。

アンコールは4人の合奏でした。

「軍隊」交響曲は、若い頃の広上さんの大暴れを思い出すような豪快で、軽妙で、指揮者の動作の視覚化の演奏。
広上さんの指揮、どういう音にしたいか、素人の私が見てもわかるような…。

神奈川フィル、もしかして今、好循環に入っていますか?
素晴らしい演奏を聴くと、良かったね、また来ようね!と少しずつでもリピーターが増え…という好循環。
移行しつつある?
すでに移行した?
在京オケだって、個々の楽団を数年単位で見れば栄枯盛衰の波があるように感じられるので、気を抜かない方が良いと思いますが、川瀬さんが居るうちは大丈夫ですかね。
川瀨さんの先生だった広上さん、この日は川瀨さんに負けじと大暴れしていたりして。

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2015年7月 3日 (金)

ハーディング/新日フィル(2015/7/3)

2015年7月3日(金)19:15
サントリーホール

指揮:ダニエル・ハーディング
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第544回定期演奏会)
ピアノ:ラルス・フォークト

ブラームス:悲劇的序曲
ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番

天下のハーディング様が振るのに協奏曲が後半。
終わってみれば納得の大興奮の後半でした。

前半が終わった時点では、手放しでは絶賛できないけど、これまでもどかしい思いをしてきたこのコンビから一皮むけた快音が聴けた!と喜んでいたんですよ。

でも…。

後半でこれだけの“凄演”を聴かされると、申し訳ないですけど、前半は前座(暴言ですみません)…。

いや、前半は前半で良かったんですけどね。
ハーディング様の求める透明感のある響きを、NJPがここまで鳴らしたのは初めて聴いたかも…と思ったくらいでした。
まだ100%には遠いにせよ、もどかしい思いをしながらも聴き続けた者としては嬉しい、嬉しい前半でした。。

「悲劇的序曲」の、弱音部、ゆったりとしたところのアンサンブルは「あらら元に戻っちゃったかな?」と思いましたが…。
ハイドン…変奏曲はそこまでは「あらら」とは思いませんでしたので、「この調子で後半に期待!」と思っていたら、なんと、後半は別格のハイテンションでした。

「後半にエネルギーを取っておいたのね…」

いや、取っておいたエネルギーをこれだけ放出してくれれば、文句はございません。
いきなり鬼の形相のフォークトさんに煽られた感もありましたが、こりゃ凄い。
ハーディング様の後ろに不動明王(いや、仁王か?)がピアノを弾きながら睨んでいるような。

そして、「敵の敵は味方!」と言わんばかりに(あ、違いますかね)、ハーディング様の棒に食らいついてピアニストに張り合ったNJP。
指揮者は小うるさい小僧などではなく、オケにとって最大の味方ですね、こういう時は。
思い起こせば、トリフォニーにブフビンダーさんを迎えた時、既に関係が怪しくなっていた(と推測される)アルミンクさんの棒に食らいついて、大ピアニストと渡り合ったNJP。
もしかして「指揮者対オケ」の時とは違う力学が、「剛腕ピアニスト対、指揮者+オケ」と時には働くのでしょうか??
この日も、さぞかしハーディング様が頼もしく思えたことでしょう。
そう、ハーディング様が振ってくれるのを「当たり前」と思ってはいけません。

ピアニストの多彩な音のパレット。
ただ打鍵するだけの楽器がこんなにめまぐるしく音が変わるなんて。
オケもこれだけハイテンションになりながらも爆演にならず。
ピアノ付きの交響曲ではなく、単なる協奏曲でもなく、ピアノ・ソナタ付きの交響曲のような競争曲、強壮曲、狂騒(←違)曲、狂躁(←少しある?)曲、それでもやっぱり「協創」曲、ピアニストと指揮者とオケの。

フォークトが随時、凄い形相でオケの方を見ていて、でも、第3楽章の木越さんのソロの時は、柔和な目線だったような(遠目だったので定かではありませんが)。
演奏終了後、コンマスの豊嶋さんより先に握手をし、2回目には抱擁まで。
百戦錬磨の木越さんが居て良かったですね~。

でも、私の席からは良く見えませんでしたが、ピアニストと指揮者の至近距離で、3角形の1角に座って弾いていた豊嶋さんも、さぞかし力が入ったことでしょう。

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2015年7月 1日 (水)

ロト/読響(2015/07/01)

2015年7月1日(水)19:00
サントリーホール

指揮:フランソワ=グザヴィエ・ロト
読売日本交響楽団

(第550回定期演奏会)
ヴァイオリン:郷古廉

ブーレーズ:「ノタシオン」から第1、7、4、3、2番
ベルク:ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」
ハイドン:十字架上のキリストの最後の7つの言葉
(管弦楽版)

実は3曲とも、私の「やや苦手」な曲。
…なのに足を運んだのは、見栄が半分、ロト様なら苦手を克服させてくれるかも…が半分。
そして、その通りになりました、たぶん。

一曲目のブーレーズの「ノタシオン」。
苦手曲だったはずなのに、めくるめく音響、炸裂する音響に耳が釘付け。
もしかして「作曲家の自作指揮は意外と面白くない」という法則は、大作曲家で大指揮者のブーレーズ様にまで当てはまるのか?…と思ってしまったくらい。

そして、この曲の終わり方が、なんとなく最後のハイドンの終わり方と符合しているようにも感じました。

ベルクのヴァイオリン協奏曲も、これまた苦手曲…だった…。
なのに「この曲、こんなに雄弁多弁でしたっけ?」という目から鱗。
「ヴォツエック」の作曲家ですねぇ…と言いたくなるくらい、今にも「言葉」が寄り添いそうな音楽、独奏もオケも。
これだけ生き生きと飛び跳ねるような生命感の後だから最後の静寂が、なんとも言えない浄化の体感。

郷古さん、それなりに昔から聴いているから「若い」と思わないのですが、まだ21歳ですって。
ロト様を前に、まったく動じずに凄い。
カーテンコール中、オケのメンバーが、ソリストにこれだけ激しく拍手を贈るのもあまり見たことがないような…。

そして、極めつけは私の大の苦手曲、ハイドンの十字架上のキリストの最後の7つの言葉。
ハイドン好きを自認しているのに、苦手なものは苦手。
それが…。
こんなにあちこちに仕掛け(と言うほどあざとくないですが)が散りばめられ、ハッとする美しさに満ちた曲だったとは…。
仕掛けたのは指揮者なのか、作曲家なのか、いや、おそらくその両者が…。

この曲、その昔、俳優さんの語りを挿入しながら、淡々と弾かれた(ように感じた)弦楽四重奏版を聴いたのがいけなかったのかな…。
実はあれ以来、敬遠していました。

ロト様の指揮の手の動きが微妙過ぎるせいか、読響のアンサンブルの問題かは、門外漢の私にはわかりませんが、所々、微妙に音がずれ?(ミスと言うほどではない)。
でも、そんなことは横に置いて良い充足感。
共演を重ねれば変わるかもしれませんね。

3曲とも苦手曲という、ロト様が振らなかったら行かなかったかもしれない演奏会。
指揮者の名前に釣られて行って正解でした。

もっとも、出張疲れで前日までへばっていて、この日はだいぶ疲れが緩和した体感だったので聴きに行って、結構楽しんだのですが、やっぱり最後の方は電池切れになりかけて、最後の地震の曲になって実はホッとしたりして…。
でも、音楽の力は偉大です。
疲弊感が、心地良い疲労感に変換されました。

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