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2016年1月21日 (木)

スクロヴァチェフスキ/読響(2016/01/21)

2016年1月21日(木)19:00
東京芸術劇場

指揮:スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
読売日本交響楽団

(スクロヴァチェフスキ指揮 特別演奏会《究極のブルックナー》1日目)

ブルックナー:交響曲第8番

演奏会にはたいそうなタイトルがついていますが、そんな修飾語を付けなくたって、指揮者の名前だけで“特別な演奏会”であることはわかりますよ、読響さん。
読響のシーズンラインアップに名前が無くなったときは「高齢だし、もう来日はかなわないのかな」と思ったミスターS。
来日すると告知されたときの驚き、本当に来日してリハーサルを始めたとネット上に流れたときの喜び、そして本当にまた、生演奏を聴くことが出来ました。

冒頭「少しテンポが遅くなったかな?」と感じたのは私の気のせいでしょうか?
やっぱり、久しぶりの共演、久しぶりの本番だから、手探り感もあったのかな?
しかし、最強奏で鳴らしてかみ合ったのか、すぐにそんな印象は払拭。
この繊細さの持続と、物凄いエネルギーの咆哮が、老巨匠からオケに放射されたオーラから音に変換されて噴出するのにはただ驚嘆するのみ。

仮に第9番のように第3楽章で終っても深い充足感を得られただろう…という陶酔の後に、怒涛の第4楽章で2度、いや、全楽章、4度おいしい。
神々しいとか、老巨匠の達観した境地と言うよりは、若々しいエネルギーすら感じたブルックナーです。

ただ、スクロヴァチェフスキさん、さすがに舞台への出入りの際の足取りは前回よりもさらにゆっくりとなり、第4楽章の前には譜面台に手をついてほんの一瞬休むかのような仕草を見せたりしましたが、年齢を考えればずっと起立して振ったことが凄いと言うべきでしょうね。

第1楽章の後は指揮棒を降ろさずに、ほんの少しの間合いで第2楽章へ。
第2楽章の前は間合いを取って汗を拭い、第3楽章の後は少し疲れたような様子も見えました。
でも、第4楽章のあの音のエネルギー、振っている様子も、楽章前の間合いで見せた疲労感は皆無。

完成度としては若い(と言っても80代!)の演奏の方が“整って”いたかもしれませんが、この日の演奏は、80代の演奏にひびが入ったものなどではなく、さらなる進化(深化ではなく進化)を目指した演奏に感じました。
80代の演奏に無かった“何か”を感じました。

久々の信者の集会。
一部の異教徒が(失礼!)演奏終了後すぐに拍手を始めてしまいましたが、指揮者の背中と会場の空気が無言で制圧し、いったん拍手がやんで、数秒おいて指揮者が脱力してからののブラボーの嵐。
スクロヴァチェフスキさんのソロカーテンコール2回。
高齢への敬意ではありません、演奏への興奮です。

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