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2016年2月11日 (木)

高関健/東京シティ・フィル(2016/02/11)

2016年2月11日(木・祝)14:00
ティアラこうとう

指揮:高関健
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
(第44回ティアラこうとう定期演奏会)
ヴァイオリン:会田莉凡

バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番
プロコフィエフ:交響曲第5番

いきなり、会田さんの強烈な音にのけぞります。

それなりにキャリアを積まれていることはプログラム冊子のプロフィールを見れば載っておりますが、“若手”というレッテルを先に貼って席についた私。
しかし、その音は想像を絶するパワーでした。

技巧性の誇示とか、叙情性への傾斜はせず、強烈な音の放射の持続として弾ききったヴァイオリン独奏。
もう少し内面への凝縮もあれば…と欲張ったことを言うのはお門違いなのでしょう。
発散する音のエネルギーに圧倒されたことは事実です。

こうした演奏を聴くと、この曲も、既に定盤の古典に入った曲だと実感します。
難曲などではない。
いろいろな解釈があり得る。
そのひとつの解釈を、有無を言わさぬ説得力で弾ききる。
会田さん、恐るべし。

難曲ではないと言っても、高関さん、プレトークで「難しい曲」とおっしゃっていました。
しかし、裏でどんな苦労をしても、本番ではそんな様子を一切見せないのがプロ。
平然と指揮し、平然と弾ききった“普通に素晴らしい”演奏。
その“普通”が大変なことは、素人ながら承知しております。
その証拠に、演奏前に出てきたときの会田さんの表情と、演奏が終わって笑顔になった会田さんの表情は、別人のようでした。

後半の交響曲では、さらに“高関さんの音”が“深化”した印象。
構築しただけではない。
組み立てただけではない。
うねる大河の流れのような音に深い情感も宿る。
このオケの深い音は、前半はソロヴァイオリンに気を取られて私が気づかなかっただけでしょうか?

強いて言えば、ごく一部の管楽器奏者が、時おり“突拍子のない音”で加わったような印象を受けたのが気になりました。
私には、あの音が高関さんの意図した音とは思えなかったのですが…。
まあ、それは全体から見ればごく一部なので横に置いて、全般的には高い満足感と興奮を得られる演奏でした。

この日は疲れ気味だったので、集中力はあまり…。
(それなのに偉そうに感想を述べてすみません。)
寝落ちはしませんでしたが、時おり目を閉じて聴いていました。
その結果、第3楽章で、ふと気がついたら高関さんが素手で振っていて、あれれ?と思ったら、第4楽章の前に自ら指揮棒を拾っていました。

20160211

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