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2016年6月の7件の記事

2016年6月30日 (木)

ハーディング/新日本フィル(2016/06/30)

2016年6月30日(木)15:45
すみだトリフォニーホール

指揮:ダニエル・ハーディング
新日本フィルハーモニー交響楽団

(公開リハーサル)

マーラー:交響曲第8番「千人の交響曲」第2楽章より

ハーディング様の公開リハーサルを聴けるのも、これが最後でしょう。
…というわけで、半休をいただいて錦糸町へ。

入り口でいただいた紙片には「オーケストラのみの予定」と書かれていましたが、オケの後方には歌手の方が座り、「見学かな?」(←そんなわけはないですね)と思いましたが、曲が進むと歌いました。
休憩になると、歌手の皆さん、指揮台の回りに集まって、あれこれ話しています。
真剣勝負ですね、さすがはプロ。

本番前日の夕方ということで、かなり仕上がっていますが、まだまだの部分もあり、ハーディングが揺さぶりをかけ、演奏を止めては熱く語り、オケに奮起を促す。
これまでの、もどかしく感じる時も多々あったこのコンビ。
今回は、これまでで最高の演奏になることを期待したい、いや期待できるリハーサルでした。

公開リハーサルの演奏は15:45頃に始まり、17:00頃まで。
第2楽章を頭からリハーサル。
17:00の時点で最後まで行かず、オケは休憩、聴衆は外へ。
リハーサルはこの後も続く模様。

リハーサルの演奏で結論づけるのは慎むべきでしょうが、極上!…に近づきつつある音を堪能しました。

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2016年6月29日 (水)

カンブルラン/読響(2016/06/29)

2016年6月29日(水)19:00
サントリーホール

指揮:シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団

(第593回名曲シリーズ)
ピアノ:小菅優

リスト:ピアノ協奏曲第2番
リスト:超絶技巧練習曲集~第5番「鬼火」
(アンコール)
マーラー:交響曲第5番

貫禄の小菅さん。
ステージ上でも堂々としていて、カンブルラン様を前に臆するところ無し。
気合いを込めて叩きまくっても音が濁らず、飽和もせず。
それに呼応して?カンブルラン様の顔が真っ赤な赤鬼になり?オケからは芯のあるゴリゴリした音が…。
後半にファウスト交響曲を聴きたくなるような??演奏??

これまでもそうでしたが、小菅さんはライヴで聴きたくなるピアニストです。

後半のマーラーは、前半3楽章は、カミソリのはずが、いつの間にか包丁になり、さらにナタになり、とうとうオノになってしまったような感はあります。
それはそれで剛腕で面白いですが、カンブルラン様の理想とする音との乖離は、どれくらだったのでしょう?

第4楽章でお色直しをしたように引き締まり、艶やかで分解能の高い音になってカンブルラン様の真骨頂に!
ちょっと縦の線が甘めの感もありましたが、ライヴだから、いろいろなことがあるさ、面白かったから満足。

でも、やっぱり、思うんですよね。
もし、セッション録音したら少し違う演奏になったかも??
カブルラン様がドイツの放送オケを振ったら、かなり違う演奏になったかも??

第3楽章で、これまで金管の主役だったトランペットに正面から対抗したかのようなホルンとの競演はめちゃくちゃ聞き応えがありましたけど。

この日は、一回券で、他のオケの会員券で座っている席の近くの席で聴いたのですが、あまりの音(音響)の違い。
ちょっと…いや、かなり意外でした。
これまで、その他のオケと読響の、会場で聴いたときの音の違いは、オケの音の違いではなく、席の音響の違いだろう…と思っていたのですが…。

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2016年6月26日 (日)

ルスティオーニ/東響(2016/06/26)

2016年06月26日(日)14:00
サントリーホール


指揮:ダニエーレ・ルスティオーニ
東京交響楽団

(第641回定期演奏会)
ヴァイオリン:フランチェスカ・デゴ

グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番「バラード」
(アンコール)
パガニーニ:24のカプリース~第16番(アンコール)
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

「ルスランとリュドミラ」という曲が曲とは言え、いきなりハイテンションで猛スピード、そして、次から次へと、急コーナーを難なく曲がる。
ルスティオーニさんのハイテンションも素晴らしいですが、全く乱れずに追従する東響の安定感も凄い。
もちろん、追従するようにリハーサルを重ねたにせよ。

続くショスタコーヴィチは、デゴさんの音がルスティオーニさんの音と方向性がピッタリで、聴いている限りは、息もピッタリ、音色もピッタリ。
このコンビ、相当に相性が良い。
なのに、ステージ上ではなんとなくよそよそしい。
なんで?…と思ったら、演奏会が終わってから知りましたが、お二人は夫婦とのこと。
ああ、そうか、そうだったんですが、ステージ上でラヴラヴに振る舞うわけにはいかないということでしたか。

スッキリ爽快でスピード感のある音はルスティオーニさんと同傾向、ただし、ヴァイオリンのとをたっぷり歌わせている分、スリム感は少し後退。
ソロのアンコール長くてお腹いっぱいの前半でした。

休憩後の悲愴もハイテンション。
ただ速いだけでなく、常にアクセルとブレーキを踏みかえ、振幅も変化させた快演。
指揮者が力むとオケの音が高効率で追従。
ルスティオーニさん、時には顔の表情でオケに指示を出していました。
東響の乱れぬ安定感は素晴らしいですが、もしかしてこれは、スダーン前監督がピリオド・スタイルで鍛えた“遺産”も効いていたかも…と思いました。

快速ノリノリだと、例えば第2楽章などで、音に深みがあれば…という気も少しするのは致し方ないかもしれません。
あるいは、当然、音に重量感はなく、軽めの印象もあり。
だからと言って、そのような“欲張り”な聴き手の感情を黙らせるだけのものが多々あった大熱演だったと思います。
体験出来て幸せでした。

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2016年6月25日 (土)

川瀬賢太郎/名古屋フィル+神奈川フィル(2016/06/25)

2016年6月25日(土)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:川瀬賢太郎
名古屋フィルハーモニー交響楽団
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

(特別演奏会 名古屋フィル+神奈川フィル
 スペシャル・ジョイント・コンサート)
ピアノ:菊池洋子

モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」
チャイコフスキー:バレエ音楽「白鳥の湖」~終曲
(アンコール)

英国のEU離脱で、世界中、為替、為替と騒いでおりますが、横浜では、川瀬さんが素晴らしい。
川瀨さんのソロカーテンコールまで!

この演奏会、楽しみにしていましたが、いくつかの不安がありました。
(1)常設オケでない2団体合同演奏で、緊密なアンサンブルが作れるか?
(2)130人の巨大編成で、機動的な演奏が出来るか?
 鈍重な演奏になってしまうのではないか?
(3)巨大編成で大音量を出して、ホール空間が飽和する音になってしまわないか?
その不安は、まったく杞憂に終わりました!!

まずはモーツァルトのピアノ協奏曲。
ピアノとオケの相乗効果が素晴らしい!
オケが絶妙に旋律を奏でると、それを引き継いだピアノが自在に飛翔し、歌う。
ともに切れ味を内包しながらも豊穣で香しい音。
後半が大曲なので、協奏曲でのオケは“伴奏”になるかと心配しましたが(失礼!)それも杞憂になりました。
おそらく川瀬さんの年代のマエストロにとって、20世紀のモダンの時代もピリオド一辺倒の時代も既に「歴史」で、全てを消化(昇華)した上で、21世紀のモーツァルトを自ら作る時代なのでしょう。
演奏中の菊池さん、何度も、嬉しそうな目線でオケの方を見ていました。

興奮ではなく、至福のひとときを堪能した後の、なんとも幸せな空気が漂うロビー。
休憩後はいよいよ大編成でのショスタコーヴィチです。

大編成なのに身重な印象は皆無。
音に川瀨さん特有の切れ味があり、大音量でも音は飽和しません。
あんなにティンパニを強打させているのに!

ショスタコーヴィチの交響曲に私が抱くイメージの、ぞっとするような冷たさ、怖さはあまり感じません。
もちろん作品が内包していますから、そういう側面が根絶しているわけではありません。
楽天的でもなく、終楽章などは、ひねくれた高揚の側面はちゃんと音に表れています。
でも、やっぱり、のめりこまない、純器楽に近い印象。
「かつてソ連という国があった」ということが、既に過去の「歴史」になった時代のマエストロの快演。
何かを描写した曲ではなく、諸々のことを大作曲家が昇華して「交響曲」にまとめたのだということを示してくれた、素晴らしい、新しい演奏だと思いました。

大作の後に、まさかのアンコール、それも「白鳥の湖」。
始まった瞬間、ちょっと驚きましたが、「ショスタコーヴィチの後に演奏するならこうなりますよ」というような凄まじい音の剛流。
ショスタコーヴィチの前にはチャイコフスキーが居たということ、共通項すら感じる演奏。
この選曲にも脱帽せざるを得ません。

合同演奏にお祭り気分は無し。
いや、真剣勝負、大まじめのお祭りだったかもしれません。

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2016年6月 8日 (水)

大野和士/都響(2016/06/08)

2016年6月8日(水)19:00
東京文化会館

指揮:大野和士
東京都交響楽団

(第809回定期演奏会Aシリーズ)
テノール:イアン・ボストリッジ

ブリテン:歌劇「ピーター・グライムズ」~「4つの海の間奏曲」
ブリテン:イリュミナシオン
ドビュッシー:「夜想曲」~「雲」「祭」
スクリャービン:法悦の詩
(交響曲第4番)

うーん、良かったし、聴いていたときは楽しめたけど、終演後は、少しもやもやした気分になる演奏会でした。

4つの海の間奏曲は、金管の音などに「明日はもう少し良くなるかも」の印象もありましたが、弦楽器の表情付は濃いめ。
弦がビシバシ自己主張して迫ってくる。
…で、それが刈り込んだ編成のイリュミナシオンで良い方に出た印象。

ボストリッジ様、声の百面相!
雄弁多弁なんてものじゃなく、多重人格のよう。
まさに、その瞬間、その瞬間、声の役になりきって歌う、叫ぶ(発声は叫んでませんけど)。
背中合わせの指揮の大野さんと、おそらく背中で真剣勝負。
ポストリッジさんも、大野さんも、曲間で汗を拭いていました。
真剣勝負と言っても、対抗するのではなく、寄り添い、支え、ポストリッジ様を引き立てながら自分の引き立つ都響。
ポストリッジ様のバックとしては上々の域ですが、歌手が凄すぎ!
これは仕方ないですね。

休憩後の後半は、油絵で塗りたくった感もある厚めの音?
それ自体は悪くはありませんが、法悦の詩の寄せては返し、収まったら、またむくむくと湧き起こり…の連続性が途切れる体感の箇所が多々ある。
最後のクライマックスはさすがですが、神秘的な印象は後退。

大野さんが要求する音って、オケがしっかりしていないと粗野な方向へ行ってしまう時もあるような気がしますが、そこはさすがに都響。
最後の最強奏もさすが。
ただ、インバルさん全盛期の、あの「あうんの呼吸」が少し懐かしくなる感もあり。

あまり比較は良くありませんが、前週のA定期を振った方が、かつて音楽監督、現在は桂冠指揮者の別オケで振った法悦の詩は素晴らしいかったです。
この日の演奏とは方向性が全く違いますけど。
そして、前週のA定期は、私は出張で行けなかったのでした。
悔しい…。

とりあえずこの日は、ポストリッジ様が聴けたのでめでたし、めでたし。
その昔、知人に「期待の若手歌手」と教えてもらって、シューベルトの歌曲のCDを買ってみたけど、軽く感じて駄目で、ずーっと敬遠していて、今年になってハーディングサム/NJPで聴いてぶっ飛びました。
やっぱり名前だけじゃないのね、と。
今になって思えば、あの頃にポストリッジ様を推薦してくれた知人は先見の明があったというか、めちゃくちゃ進化する歌手の名前を、たまたま当てたというか…(教えてもらっていたのに無視していてすみません)。

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2016年6月 7日 (火)

ヒラリー・ハーン(Vn)(2016/06/07)

2016年6月7日(火)19:00
東京文化会館

ヴァイオリン:ヒラリー・ハーン
ピアノ:コリー・スマイス

(都民劇場音楽サークル第638回定期公演)

モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタK.379
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番BWV1005
アントン・ガルシア・アブリル:6つのパルティータ~
         第2曲「無限の広がり」、第3曲「愛」
コープランド:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
ティナ・デヴィッドソン:地上の青い曲線
佐藤聰明:微風
(アンコール)
マーク・アントニー・ターネジ:ヒラリーのホーダウン(アンコール)
マックス・リヒター:慰撫(アンコール)

1曲目のモーツァルトが「慣らし運転」みたいで肩すかし。
曲自体、ピアノ優位の箇所が多々あり、ヴァイオリン助奏付きピアノ・ソナタみたいに聞こえる箇所多数。
これではさすがのヒラリー様も、控えめにならざるを得ない???

こんなはずでは…と思っていたら、2曲目のバッハで入魂の演奏。
強力な音の引力と、強烈なエネルギーの放射(発散ではない)で、大ホールの空間を隅々まで制圧する演奏。
そうだよ、そうだよ、こういうのを聴きに来たんだよ、と。

昔のDVDで見た、「サイボーグ・ヒラリー・ハーン」のような「精密機械+ハイパワー」の印象は(視覚上は)後退した感もありますが、決して音が甘くなったりしているのではなく、「正常な進化と深化」を遂げてスケールアップしているようです。
(実演とDVDを比べてすみません)

休憩後の後半はさらに変幻自在。
アンコール3曲を含めて、周到に配置された曲の配列でしょう。
しかも、おそらくアンコールは、2曲目で終わっても3曲目まで弾いても良いように。

ある時は太筆で豪快に、ある時は極細を駆使して微細に。
自在に飛翔したかと思うと、一転、内省的に。
まさにヒラリー様の「今」の音を堪能した至福のひと時。

アンコール最後の曲の作曲家は、有楽町方面で聞いた名前ですね。
平板といえば平板、癒しと言えば癒し。
でも、ヒラリー様が弾けば、ヒラリー様が弾いているだけで、文句無し。
ひたすら美しいヴァイオリンの音でお開き。

ちなみに、ピアノも(もちろん、ヒラリー様を引き立てる役は十分に果たした上で)なかなかチャーミングな音を出していました。
ピアニストは一緒にレコーディングしている方を伴って来日されたようですね。

1曲目のモーツァルトはともかく、2曲目のバッハ以降は、大ホールの空間が全くハンディにならない圧倒的な音の存在感。
(全盛期のアルバン・ベルク・クァルテットがサントリーホールの大ホールで演奏したのを、なぜか思い出しました。)

ただ、あのホールは、10メートル、いや、5メートル席の位置が違っただけで「あれれ?」という時があるので、今日は私はアタリの座席だったかもしれません。
もっとも、過去に座って良かった付近の席しか買わなくなっていたりもしますが…。

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2016年6月 4日 (土)

新国立劇場「ローエングリン」(2016/06/04)

2016年5月26日(木)19:00
新国立劇場

ワーグナー:ローエングリン

最終日の高揚感!
第3幕にピークを持ってきたフォークト様の神々しく、神がかった歌唱!
ピットの東フィルも、合唱も、歌手陣も、気合いの入った演奏で大団円。
終演後のブラボーの嵐と、熱い拍手、カーテンコールの長かったこと!

第1幕からして、オケの音も揃い、融合し、分厚く高揚する。
エルザも騎士も、悪役2人も、第1幕からやる気満々の歌唱。
あえて言えば、王様が(頑張っているけど)存在感が少し頼りなく見えてしまうのは、配役上、仕方ないですかね。
なにせ、エルザと騎士とオルトルートと…。

この日は、これまで一度も座ったことのない位置の席だったので、いつもと音響的にかなり(良い方に)違うように感じました。
なので、単純比較は出来ませんが、ピットのオケの音も艶やか。
舞台上も含めて「ディテールよりも音のかたまり」のようになる傾向があるのは飯守マエストロ本来の音作りでしょう。
その分、分厚い重量感が迫ってきます。

そして、舞台上の歌手の表情もそれなりに見える席。
こうして見ると4階席とは別世界で、ああ、4階席の双眼鏡無しで見て、演出を酷評しちゃいかんな…と反省。
ただしこの日の席も、舞台が半分強くらいしか見えなかったので、これで決めつけて語っても駄目かもしれません…。
このプロダクションの鑑賞は3回目だと思いますが、この日の席で見たら、初めて、いろいろな仕草や動きが散りばめられていることに気づきました。
ただ、4階席からじゃわからないようなことをやるのって、どうなんでしょうね?
小劇場向けのプロダクションをレンタルして持ってきたのではなく、新国立向けのプロダクションのはずですし。
(あ、4階から気がつかなかった私の方が悪いのかな?)

第2幕は、この日も悪役2人がこの幕にテンションのピークを持ってきたのでしょう。
声も凄いが形相も凄い。
怖い。
劇場の外でああいう夫婦に出会ったら避けて歩くでしょう。
剛腕の“飯守節”も、単調な音色にならず、しっとり歌わせるところは魅惑の旋律美。

そして第3幕は、最初に書いたように圧倒的と言って良い高揚感、見終わった私たちは幸福感。
白鳥から人間に戻った弟君が一人取り残される舞台上のフィナーレ。
熱狂的な、長い、長いカーテンコールが終わったた後は、まさに宴の後。
終わってしまいました。
本当に素晴らしい最終日でしたが、終わってしまいました。
寂しい。

飯守泰次郎さんの新国のピットは、ネット上の口コミも含めて推測すると、日によって結構違う(悪く言えば当たりハズレがある)のでしょうか??
私は今回のローエングリンは、当たり2本ひいたっぽいですが…。

パルジファル2回(うち1回は第2幕から)、オランダ人3回(うち1回は第2幕から、もう1回は第1幕途中から)、ラインの黄金0回(チケットは◯回買ってあったが…)、ローエングリン2回。私は比較的、当たりを引いている気もしますが、多くの人にとって公演は一期一会ですからねぇ…。

飯守泰次郎さん、本番の公演を振った経験がどれくらいか存じ上げませんが、年齢を重ね、ようやく「この規模の劇場で本番を何回もまとめて振る機会を得た」に近いような気もします。
私は、その飯守さんの「今」の「挑戦」を楽しみたい。
「ペーター・シュナイダーを呼べ」という意見の方もいらっしゃるかもしれませんが、今、飯守さんに振ってもらわないで、いつ振ってもらうのか。
年齢的にも、体力的にも、「今」でしょう。

なお、蛇足ですが、新国立の今シーズン、この後は「夕鶴」。
飯守泰次郎さんは、2015年1月のオランダ人の公演終演後、2015-16シーズンのラインナップを1階客席でお話しになられましたが、「シーズン最後に「ローエングリン」と「夕鶴」という「禁断の質問」の作品が2つ並んでいますが、」と思わせぶりに言った後、「単なる偶然です」とあっさり…。
偶然にしてはよくできていると思います。

スタッフ
指揮:飯守泰次郎
演出:マティアス・フォン・シュテークマン
美術・光メディア造形・衣裳:ロザリエ
照明:グイド・ペツォルト
舞台監督:大澤裕

キャスト
ハインリヒ国王:アンドレアス・バウアー
ローエングリン:クラウス・フロリアン・フォークト
エルザ・フォン・ブラバント:マヌエラ・ウール
フリードリヒ・フォン・テルラムント:ユルゲン・リン
オルトルート:ペトラ・ラング
王の伝令:萩原潤
ブラバントの貴族Ⅰ:望月哲也
ブラバントの貴族Ⅱ:秋谷直之
ブラバントの貴族Ⅲ:小森輝彦
ブラバントの貴族Ⅳ:妻屋秀和

合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
協力:日本ワーグナー協会
芸術監督:飯守泰次郎

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