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2016年9月26日 (月)

ロジェストヴェンスキー/読響(2016/09/26)

2016年9月26日(月)19:00
サントリーホール

指揮:ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
読売日本交響楽団

(第562回定期演奏会)
ピアノ:ヴィクトリア・ポストニコワ

ショスタコーヴィチ:バレエ組曲「黄金時代」
ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番

黄金時代、ピアノ協奏曲、交響曲第10番という、性格(聴感)のかなりの異なる3曲を、あの最小限の腕の動きと目線によって、読響の音を塗り分けた人間国宝ものの至芸。
味わい深いと言うよりは、驚嘆と熱狂の至芸ですが…。

まずは前半。
今シーズン、私は空席ばかり作っているので(すみません)あまり比較する資格はありませんが、読響の音が普通じゃない(もちろん良い方に)ということは確かでしょう。
どうしてあの動きから軽妙なひねりが鳴るのでしょう?
…と思っていたら、協奏曲は動作はかなり増え、魅惑的旋律に歯切れの良いリズムまで出現。
基本、楽譜に目を落として、譜面をめくりながら、時折腕を動かす…という指揮なのに…。
そして、マエストロがほんのの一瞬顔を上げて、目線を向けるだけで、そのセクションの音が光り、オケがうねる。
不思議…。

おそらくロジェストヴェンスキーさんは、手をいっさい動かさずに目でオケを見るだけでも、ちゃんと音が鳴るのではないか…と思いました。
ピアニストはそうはいかないですが、ポストニコワさん、いささかも、もたついた感がなかったのは驚嘆。
ピアノ協奏曲は、軽妙ながらも格調を兼ね備えた演奏だったと思います。

休憩後の交響曲第10番は、前半の軽妙さは一転、恐ろしいほどの寂寥感、荒涼感、不気味さ…、そして、凄まじい轟音。
立っているだけ…ではありませんが、最小限の動作から地鳴りが轟く魔法の指揮棒、とてつもない存在、存在だけで巨大、そしてそれが、とてつもない音になる(成る、鳴る)。
いや、音になる…というよりも、あのホール空間を圧倒的存在として支配する一人の老人、失礼、老巨匠。

会場はかなりの集中力。
楽章間でも、指揮棒で譜面台を叩くコツンという音が最初に静寂を破る音…のときも何回かありました。

演奏が終わっても、みんな腰を抜かしたように、会場は拍手を出来ず。
5秒?10秒?
あそこで最初に拍手を始めた方、勇気あり(そんなに変な感じではなかったと思いますけど)。
あとはもう、御本尊をありがたく拝むような熱狂、熱狂、熱狂。
終演が21時30分くらいになったせいか、ソロカーテンコールはありませんでしたが、すっかり洗脳され、しっかり信者になって帰ってまいりました。

20160926

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