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2016年9月の10件の記事

2016年9月26日 (月)

ロジェストヴェンスキー/読響(2016/09/26)

2016年9月26日(月)19:00
サントリーホール

指揮:ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
読売日本交響楽団

(第562回定期演奏会)
ピアノ:ヴィクトリア・ポストニコワ

ショスタコーヴィチ:バレエ組曲「黄金時代」
ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番

黄金時代、ピアノ協奏曲、交響曲第10番という、性格(聴感)のかなりの異なる3曲を、あの最小限の腕の動きと目線によって、読響の音を塗り分けた人間国宝ものの至芸。
味わい深いと言うよりは、驚嘆と熱狂の至芸ですが…。

まずは前半。
今シーズン、私は空席ばかり作っているので(すみません)あまり比較する資格はありませんが、読響の音が普通じゃない(もちろん良い方に)ということは確かでしょう。
どうしてあの動きから軽妙なひねりが鳴るのでしょう?
…と思っていたら、協奏曲は動作はかなり増え、魅惑的旋律に歯切れの良いリズムまで出現。
基本、楽譜に目を落として、譜面をめくりながら、時折腕を動かす…という指揮なのに…。
そして、マエストロがほんのの一瞬顔を上げて、目線を向けるだけで、そのセクションの音が光り、オケがうねる。
不思議…。

おそらくロジェストヴェンスキーさんは、手をいっさい動かさずに目でオケを見るだけでも、ちゃんと音が鳴るのではないか…と思いました。
ピアニストはそうはいかないですが、ポストニコワさん、いささかも、もたついた感がなかったのは驚嘆。
ピアノ協奏曲は、軽妙ながらも格調を兼ね備えた演奏だったと思います。

休憩後の交響曲第10番は、前半の軽妙さは一転、恐ろしいほどの寂寥感、荒涼感、不気味さ…、そして、凄まじい轟音。
立っているだけ…ではありませんが、最小限の動作から地鳴りが轟く魔法の指揮棒、とてつもない存在、存在だけで巨大、そしてそれが、とてつもない音になる(成る、鳴る)。
いや、音になる…というよりも、あのホール空間を圧倒的存在として支配する一人の老人、失礼、老巨匠。

会場はかなりの集中力。
楽章間でも、指揮棒で譜面台を叩くコツンという音が最初に静寂を破る音…のときも何回かありました。

演奏が終わっても、みんな腰を抜かしたように、会場は拍手を出来ず。
5秒?10秒?
あそこで最初に拍手を始めた方、勇気あり(そんなに変な感じではなかったと思いますけど)。
あとはもう、御本尊をありがたく拝むような熱狂、熱狂、熱狂。
終演が21時30分くらいになったせいか、ソロカーテンコールはありませんでしたが、すっかり洗脳され、しっかり信者になって帰ってまいりました。

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2016年9月25日 (日)

パーヴォ・ヤルヴィ/N響(2016/09/25)

2016年9月25日(日)15:00
NHKホール

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
NHK交響楽団

(第1842回定期公演Aプログラム)
ピアノ:ラルス・フォークト

モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番
シューベルト:楽興の時第3番
(アンコール)
ブルックナー:交響曲第2番

ああ、天然のハイレゾだ…という不謹慎な第一印象(すみません!)。
あの巨大なNHKホールでも、1階席の壁際は、分解能の高い、結構良い音がします。
直接音、プラス、壁からの反射音…ではないかと思っているのですが、どうなんでしょう?

そこで聴くモーツァルトは極上、極上。
フォークトさんのピアノは、やや硬質でクリアー。
随所に仕掛けをちりばめながら、全体の構成の枠内からはみ出さず、最終的には格調高く流れるピアノ。
オケもピリオド寄りに偏らず、ややスッキリ系だけど美しい音色。

アンコールの楽興の時の選曲も含めて、幸せな空気が充満した前半でした。。

休憩後のブルックナーは、スッキリ系と言ってしまえばそれまでですが、サラサラ流れていくだけの無味乾燥な演奏ではありません。
「キレがあるのにこくがある」(←CMは逆でしたね)と言うどこかで聞いてような形容(死語?)をしたくなる味わい深さを内包する。
旋律の歌い回しも、やや速めながらセカセカと先を急ぐのではなく、ちゃんと美しく歌っている。
まあ、それでもスッキリ系なので、どちらかと言うと爽快感を感じる演奏です。
NHKホールの残響少なめの響きには合っていたかもしれません。

番号は違いますけど、いつぞやの某放送オケの来日公演、私はパーヴォさんのブルックナーにこういう切れ味を期待していたのかも…と思いました。
ハマの仇を江戸で討ったような???
あのときは、あれも良いと思ったのですけど。
もっともパーヴォさんは、オケによって、そのオケに合わせて、鳴らすサウンドを変えているかもしれません??

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2016年9月24日 (土)

スダーン/東響(2016/09/24)

2016年09月24日(土)18:00
サントリーホール

指揮:ユベール・スダーン
東京交響楽団

(第644回 定期演奏会)
ファウスト(テノール):マイケル・スパイアーズ
メフィストフェレス(バス):ミハイル・ペトレンコ
ブランデル(バス):北川辰彦
マルグリート(メゾ・ソプラノ):ソフィー・コッシュ
児童合唱:東京少年少女合唱隊
混声合唱:東響コーラス

ベルリオーズ:劇的物語「ファウストの劫罰」

スダーン前監督が出てきたときの会場の拍手の温かいこと!
在任中もそうでしたが、名誉職となってからも、スダーン&東響のコンビは終わっていません。

前監督が振れば東響はこういうピリオド寄りのトーンになるよ…と斜に構えて聴くことを許さない音の噴水。
オケはソロ歌手の伴奏ではなく主役、合唱も主役、ソロ歌手も当然主役、みんな主役のオペラではない交響曲のような物語。

ファウストの地獄落ちがクライマックスだった感もありますが(すみません)、あれは凄かったので致し方ありません。
ファウストとメフィストフェレスの掛け合いが白熱し、それをオケのざわめきと合唱が支えるような煽るような…。
最後の一声を、相当にインパクトのある声で発したファウストは、その後もしばらく動かずに起立し続けたほど。
在任時を凌駕するかのようなスダーン監督の渾身の力演。

昨今は「演奏会形式」と表記されることもある曲ですが、オケはピットに入って伴奏をしていれば良いと言うような作品ではありませんね。
ソロ歌手が気合の熱演だったので印象をさらってしまった感もありますが、オケも、合唱も、みんな、みんな、旋律の一つ一つが戦慄もの…の多層構築…の噴出するパワー。

ややピリオド寄りに染まったオケの音(特に弦楽器)ですが、それでもこれだけの大編成で音を織りなすとピュアだけど巨大な音響がホール空間に轟きました。
サントリーホールだから潤いのある音になりましたが、翌日のミューザ川崎の高分解能の音響だと、どうなる(鳴る)か…(行けませんけど)。

もしかしたら私は、色々巡り合わせが悪くて、スダーン監督退任後、今夜初めて聴いたかもしれません。
ファウストの劫罰も、私はめちゃくちゃ久しぶりの鑑賞でした。
もしかしたら、デュトワさんが初めてN響定期を客演で振ったとき以来??
ちゃんと予習すれば良かった、聴いたことあるよと甘く見ていました。
すみません。

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2016年9月23日 (金)

チョン・ミョンフン/東京フィル(2016/09/23)

2016年9月23日(金)19:00
サントリーホール

指揮:チョン・ミョンフン
東京フィルハーモニー交響楽団

(第884回サントリー定期シリーズ)
ピアノ:チョ・ソンジン

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」~第2楽章
(アンコール)
ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」
ベートーヴェン:交響曲第7番~第4楽章
(アンコール)

チョ・ソンジンさんのピアノ、美しい高音をちりばめてはいますが、もっと音に深みが欲しい。
まだ若いから、百戦錬磨の熟練ピアニストと比べてはいけないとは言え、ビッグネームの指揮者の貫禄勝ち!(当たり前)
でも、第2楽章のニュアンスはなかなか良かったなぁ…と思ったら、アンコールに悲愴ソナタの第2楽章で、これが好印象、めでたし、めでたし。
速いテンポの場面よりも、ゆっくり歌わせるように弾く場面の方が、今のチョ・ソンジンさんは、良さが際立つかもしれません。
ただ、絶妙のニュアンスという印象はなく、もっと懐の深い音が欲しい。
20年後に聴いたら、全く違う感想を述べる可能性はありそうですが…。

後半の「田園」は、描写ではなく感情の表現…を絵にしたような(←矛盾)味わい深い演奏。
ふわっと力を抜いたようでいて、オケの皆さん、身をよじり、渾身の力で演奏して、鉄壁のふわっとした(←矛盾)アンサンブル。
繰り返しも、単なる反復でない音の変化。
奇をてらったところはなく、あくまでも正攻法。
しかし、随所にちょっとしたアクセントは加味。
それでも、仕掛けをしているような体感はなく、あくまでも自然。
最高に幸せなひと時でした。

このまま終わって欲しかった感もありますが、アンコールに7番の4楽章。
まあ、これを聴いて文句を言ったら叱られるでしょう。
チョンさんと東フィルって、私はなぜか、これまでは、豪快だけど荒っぽく感じることが多かったのですが、今宵はその印象は皆無。
…と言うことは、私がこれまでに聴いたこのコンビで最良の演奏だったということですね。
素直に興奮しましたが、やっぱり贅沢とは言え、田園だけで終わった方が…という思いは残ります。
すみません…。

この日は、17:00少し前まで出張先に居て、高崎駅で新幹線に乗ったのが17:39。
東京駅に18:32着。
タクシーに乗り、開演10分前にホールに到着、間に合いました。
今季は蓄積した疲労で鑑賞を自粛することも多かったですが(空席をつくってすみません)少し元気になってきました。
演奏を聴いて、さらに元気になりました。
ちょっとナーバスな出張が無事に終わったこともあったかもしれませんが…。

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2016年9月22日 (木)

ゲッツェル/神奈川フィル(2016/09/22)

2016年9月22日(木・祝)15:00
神奈川県立県民ホール

指揮:サッシャ・ゲッツェル
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

(定期演奏会 県民ホールシリーズ第9回)
ピアノ:上原彩子

ムソルグスキー:交響詩「はげ山の一夜」
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番
ラフマニノフ:プレリュード作品32-5
(アンコール)
ムソルグスキー(ラヴェル編曲):組曲「展覧会の絵」

興奮した、熱狂した、と言うよりは、味わった、という体感の演奏会でした。
ゲッツェルさんによるオケの音の練り上げは高水準だったと思います。

「はげ山の一夜」は、冒頭の繊細なざわめきが、あっという間に奇怪な音の塊に変容。
その音の変化は一瞬、連続して継ぎ目無し。
その奇っ怪な強奏になっても音は粗雑になりません。
特に弦のしっとり感は美しい限り。
凶暴な側面を封印した、ある意味、上品な演奏。

協奏曲も似たような印象を持ちました。
上原さんも情熱を爆発させることなく、最後まで美しく、格調高く弾ききりました。
ドイツの高級車のような安定感のピアノ。
聴く前は、もっと煽った演奏を期待しましたが、オケも含めて、こういうスタイルの演奏を目指したのでしょう。
鋭利な耳をつんざくはずの音も、弾力性に包んでマイルドに鳴る体感。
アンコールも、しっとりとした透明感の美しさでした。

「展覧会の絵」は、最後の2曲は打楽器が“ぶっ叩いていた”印象もありましたが、全般的には繊細な音を織り込んだ優美な演奏。
カラフルさは封印し、華美に走らず、つや消しの音で歌い込んだ印象。
特に、サクソフォンの独奏が心に染み入る美しさと情感でした。

ただ、冒頭のトランペットは、なぜか私の席では、ノイズが混じったように聞こえました。
旋律は高らかに鳴っていたのに、あれはなんだったのでしょう???
実はPAを使っていて、ボリュームコントロール(またはマイクのセッティング)を間違えて音が割れてしまったような音です。(←言葉ではうまく、表現できませんが。)
あるいは、どなたかの補聴器のイヤフォンから音が漏れたような????
まあ、今となっては、よくわかりません。

あとは、「展覧会の絵」の最後の2曲のティンパニの強打は、私は(それまでの演奏からすると)多種違和感がありましたが、ゲッツェルさんがそういう指示を出したのであれば、あえてコントラストを付けたという可能性もあります。

この日はゲッツェルさんの首席客演指揮者最後の演奏会でした。
ステージ上での花束贈呈などはありませんでしたが(終演後、ロビーであったようですが)、何度も楽団員さんが起立せずに拍手を贈るカーテンコール。
お義理の拍手ではなく、オケの皆さん手を高く上げて、本当にパチパチと拍手していました。

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2016年9月17日 (土)

上岡敏之/新日本フィル(2016/09/17)

2016年9月17日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:上岡敏之
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第562回定期演奏会
 トパーズ<トリフォニー・シリーズ>)
ピアノ:アンヌ・ケフェレック

モーツァルト:交響曲第33番
モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番
ヘンデル(ケンプ編曲):メヌエット
(アンコール)
ブラームス(シェーンベルク編):ピアノ四重奏曲第1番(管弦楽版)
ブラームス:ハンガリー舞曲第1番
(アンコール)

前半のモーツァルトは、シャープな音像、プラス上岡さんのスパイスを内包しながらも、柔らかく美しいオケの音。
ピアノは上品極まりな味わい深さ。
これを至福と言わずして何と言いましょうか。

アンコールのヘンデルも、ピリオドのピの字もない美しさ。
「ケンプ編曲」って、ウィルヘルム・ケンプさんでしょうか。
実は、協奏曲でケフェレックさんのピアノを聴きながら、「ケンプ」の名前を想起したのです。
ケフェレックさん、私は「いつでも聴ける」と、あまり聴いてこなかったきらいがありますが、もっと聴くべき、私好みの音を鳴らすピアニストでした。

さて、後半のシェーンベルク編のブラームス、最後が「一気呵成」であったことは事実ですが、最後だけ「取って付けた」煽りではありません。
そこに至るまでの、時には歌い、嘆き、揺さぶりながら、美しい緊張感を維持した後の爆発。
周到に準備された爆発かもしれません。

アンコールのハンガリー舞曲も、本編からの連続性を感じるような選曲と演奏。
上岡さんの、ダンスのような指揮から繰り出される揺さぶりに、NJPがかなりの確度で反応していたのは嬉しい。
アンサンブルとしても全体の均質感がありました(戻りつつあると言うべきかもしれませんが…)。
フル編成で鳴らしたときに、これだけ音が溶け合って、かつ飽和せずに音がホール空間に飛翔するNJP。

やっぱり、オケの皆さん、ちゃんと面倒見てくれるシェフを戴きたかった、首を長くして待っていたのでしょうか。
指揮(踊り)に全力で追従すると、ちゃんとドカンと一丸となった音が鳴って、会場からは大拍手とブラボー、めでたし、めでたし。

新監督就任披露の2公演は上々だったのではないでしょうか。

今度こそ、NJPの未来は明るい!(…と心から願ってます。)

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2016年9月15日 (木)

インバル/都響(2016/09/15)

2016年9月15日(木)19:00
東京文化会館

指揮:エリアフ・インバル
東京都交響楽団

(第814回定期演奏会Aシリーズ
 インバル80歳記念/都響デビュー25周年記念)
ピアノ/アンナ・ヴィニツカヤ

グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番
チャイコフスキー:四季~4月
(アンコール)
バルトーク:管弦楽のための協奏曲

やっぱり、この名コンビは健在!
インバルさん、80歳とは思えない気合いと、やはり年輪を重ねた懐の深さと、全く枯れない円熟と…。

まずは冒頭のグリンカで、客席の私はのけぞる。
いきなり、強い音圧が、突き刺さるように向かってきます。
ただ強く鳴らしているだけでなくて、力強くも美しい音。
時折見せる弱音。
おつ、こんなところ、こんなに小さい音だったけ?と思いながら、最後まで焦らず急がず、しかし滞留せずに中庸のテンポで終結。
短い曲で、いきなりの充足感。

その後のピアノ協奏曲は、ピアニストが凄かった。
強靱な打鍵。
音はクッキリ、ハッキリ、分解能がきわめて高く、粒状感のある音。
強烈に叩くけど、粗雑な印象は無し。
ところどころ、オケを凌駕するくらいにもなりましたが、最後はインバルさんが巻き返し?都響もがんばって?互角の終結??
アンコールは一転、激しくない曲でしたが、クッキリとした音像は変わらず。
非常に好印象のピアニストでした。

後半のバルトークは、終曲に強烈な圧倒的クライマックスを持ってきた全体構成のうまさ。
そこに居たるまでの、淡々と振っているようでいて緊張感が途切れない音の御馳走。
随所に小さなアクセントを、ひょうひょうとした棒でちりばめて、連続性で曲をまとめ上げた円熟の枯れない棒。
単に曲間にほとんど間合いを置かずに演奏しただけではない(もちろん、その効果もあったと思いますが)連続性で1曲の長い曲を聴いたような体感と充足感。
あの「中断された間奏曲」ですら、「中断」の印象が皆無の連続性。

個人的に、前日まで出張だったので疲れ気味で、「どうしようか、自粛して鍼治療にでも行こうか?」と思ったのですが、「せっかく出張日程がかぶらないようにできたのだから…」と頑張って足を運んで正解でした。
まるでツボに鍼を次々と打ってもらっているような体感、特に前半、特にピアノ。
“東京文化治療院”でリフレッシュして帰ってきました。

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2016年9月11日 (日)

山田和樹/オーケストラ・アンサンブル金沢(2016/9/11)

2016年9月11日(日)15:00
すみだトリフォニーホール

指揮:山田和樹
オーケストラ・アンサンブル金沢

(岩城宏之メモリアルコンサート 東京公演)
ソプラノ:吉原圭子
バリトン:与那城敬
合唱指揮:根本卓也
東京混声合唱団

リゲティ:ルクス・エテルナ(無伴奏合唱)
ベートーヴェン:交響曲第2番
フォーレ:レクイエム

一曲目のリゲティは指揮と合唱だけ。
ヒーリング音楽のようでいて、実は表面的でないハーモニー。
均質的なハーモニーのようでいて、多層的のようでもあります。
プログラム冊子によれば、やらぎ、ずらしなどの技を駆使して、極めて複雑に組み合わせたものとのことです。
その複雑な構造の曲を、聴衆に対しては難しく響かせない、難しく感じさせないヤマカズ・マジック。

合唱が退場した後はオケが登場。
ヤマカズのベートーヴェン、凄い!
素晴らしい!
小編成と思えない重量感。
かなりの強奏ですが、アンサンブルは強固で、さらには切れ味も兼ね備えます。
そのアクセントの数々が、指揮の微細かつ俊敏な動作から生み出される。
前半が終わった時点でブラボーも多数飛び、大盛り上がり。
オケからも、休憩前にして、起立せずにマエストロに拍手を贈る賛辞が出ました。

ヤマカズのベートーヴェンは、以前、横浜シンフォニエッタの7番を聴いたことがありますが、その時の感想を読みかえすと、あざといくらいに煽り…と書いていました。
この日の2番は、あざとさは感じられず、ごく自然に、スケール大きく導いた印象です。

後半はフォーレのレクイエム。
強奏(強唱)に感じる場面も多く、その分、透明感は後退する場面が多々ありましたが、これはエネルギーに満ちたレクイエムと言うべきなのかもしれません。
死者のための…であっても、エネルギーに満ちている演奏??
未来志向の演奏かも。

この日は、岩城宏之メモリアルコンサートでした。私の席からは見にくかったが、ステージ上に岩城さんのお写真。
これからも、残された私たちは、意志を継いでがんばりますよ、みたいな?

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2016年9月10日 (土)

東京二期会「トリスタンとイゾルデ」(2016/09/10)

2016年9月10日(土)14:00
東京文化会館

東京二期会オペラ劇場
ワーグナー:トリスタンとイゾルデ

素晴らしい!
指揮のロペス=コボスさんが主役、いやMVPでしょう。
ピットのオケが雄弁多弁にさざめき、うねり、ドラマを語る…いや、叫び、ささやく。
こんなに素晴らしい読響はいつ以来?(暴言失礼!)
繊細、劇的!刺激的!のピットの読響を導いたロペス=コボスの作り出す音は「この楽劇のドラマは、全てワーグナーが最初から譜面に書いておいたんだよ」と言わんばかりの音による効果、効果、効果。
伴奏ではなく主役と言っても良いくらい。

歌手ものせられて、登場してしばらくは抑え目に歌っていたのが劇的に変貌、いや変身。前奏曲ですでにオケがホール空間を支配し、幕が上がる前から異空間が出現。

最初はピット優位か?と思いましたが、イゾルデは最初の方から出ているので、中盤にはあっちの世界へ連れて行かれちゃったた歌唱。
対するトリスタンは途中から出てきて、イゾルデに比べてテンション低めでしたのが、終盤にはやはり、あっちの世界へ行きかけている歌唱へ。

第2幕でも、相変わらずピットのオケは雄弁、多弁、ドラマティック!
後半、密会がばれた後、舞台上が動から静へ動いた後は、全般的に若干おとなしめになった印象もありますが、それは致し方ない…と言うより、そういう設定ですね。
歌手陣に関しては、どちらかと言うとトリスタンよりもイゾルデ優位の感もあり??

「突き抜けるような福井敬さんの声で聴きたいところですが、私はそのキャストの日は都合がつかず…」などと思っていたら、第3幕の前に公演監督さんがマイクを持って登壇し「トリスタン役のブライアン・レジスター氏は本日体調不良ですが、最後まで歌います」とのこと。
体調不良と言ったって、第3幕は瀕死の設定ではないですか。
…と言っても、とても死の直前とは思えないような歌わせ方をする作品、お疲れ様でした。
まあ、そういうことで、トリスタンの出来については多少割り引いて見る必要がありそうです。

第3幕は、最後は終焉で終演。
「前奏曲と愛の死」などというキセルではなしに歌われたイゾルデの「愛の死」の歌唱も格別。
ロペス・コボスの煽りに乗って?劇的歌唱を繰り広げた後でもパワーが残っていました(そういう役をプロが演じたのだから当たり前とは言え…)。

演出は、…どうなんでしょう?
私にはよくわかりません。
プログラム冊子に書いてある演出家のコメントは、そう言われて注意して見ればそうかもしれないですが…??第2幕の色違いがそうなのでしょうか??
まあ、演技にも多少、「そう言われてみれば」というような場面がありましたが、際立っていたわけでもなく…。
まあ、高層階の席の遠距離から、オペラグラスも使わずに見て、語るべきではないかもしれませんが…。
よって、ネタバレするほどの観察眼と見識と話題は持ち合わせておりませんが、もしかして第2幕最後のトリスタンとイゾルデ2人の動きが、通常と違ったのかな??
それが、第3幕でのイゾルデの装いにつながっていたのでしょう。
個人的にはさほど面白いとも思わなかったですが(すみません)、最後のみんな死んでしまって横たわっている様は、高層階から見下ろすと結構視覚的に来るものがありました。
去年のカンブルラン/読響の「トリスタンとイゾルデ」は、私は行けなかったので(空席を作ってすみませんでした)、去年の演奏があったからこそ、今回の演奏があったのかどうかわかりませんが、ピットの読響、本当に良かったです。
重い音ではありませんが、その分、キレがありました。
私の席からは指揮姿は見えませんでしたが、今回の音のドラマを導いたロペス=コボスさん、本当に素晴らしい。

スタッフ
指揮:ヘスス・ロペス=コボス
演出:ヴィリー・デッカー
演出補:シュテファン・ハインリッヒス
舞台美術:ヴォルフガング・グスマン
照明:ハンス・トェルステデ
音楽アシスタント:角田鋼亮
合唱指揮:大島義彰
演出助手:家田 淳
舞台監督:幸泉浩司
公演監督:大野徹也

キャスト
トリスタン:ブライアン・レジスター
マルケ王:清水那由太
イゾルデ:横山恵子
クルヴェナール:大沼徹
メロート:今尾滋
ブランゲーネ:加納悦子
牧童:大野光彦
舵取り:勝村大城
若い水夫の声:新海康仁
合唱:二期会合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団

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蛇足ですが、東京文化会館の3階サイドのロビーのガラスに、本日、私が居た短い時間だけでも4人の方が、のぞこうとして頭をぶつけていました。
ゴツンッと鈍い大きな音がロビーに響く。
整髪剤の跡がガラスに…。
ちょっと危ないような気もします。

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2016年9月 9日 (金)

上岡敏之/新日本フィル(2016/09/09)

2016年9月9日(金)19:00
サントリーホール

指揮:上岡敏之
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第561回定期演奏会
ジェイド<サントリーホール・シリーズ>)

R.シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」
R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」
R.シュトラウス:楽劇「サロメ」~「7つのヴェールの踊り」
(アンコール)

待ちに待った新日本フィルの音楽監督、着任!

前半の「ツァラトゥストラ」は、冒頭でいきなりノックアウトかと思ったら、意外と控えめの音量で始まった印象。
その後も、音量はやや控えめで、美弱音(微弱音)と魅惑的な旋律の歌い回しを駆使し、美しく喜ばしい演奏。
いつもはシャープに感じられるNJPの音が、柔和、柔らかい。
音の溶け合いが良いことかな?と思いましたが、後半を聴いた後では、ちょっと謎。
あえてサウンドを変えたのか、リハーサルが後半重視だったのか???

後半の「英雄の生涯」になって、音の印象はガラリと変わりました。
一気に解像度と精鋭さが増したような音の眺望。
曲に対するアプローチは前半と変わらないようにも感じます。
しかし、表面的な音の印象は全く違う。
上岡さんのテンションも、オケのテンションも、まるで違うような…。
いつもはシャープに感じられるNJPの音に戻りました。
NJP本来の音に合った音響ながら優美さ、香しさも兼ね備え、さらには、随所で瞬発力にものを言わせた音の跳躍。
ただ、終結部で、オケの集中力が若干m持たなかった印象もあり。

それもそのはず(?)、なんとアンコールがありました。
演奏終了後もステージ上のオケの皆さん、まだリラックスせずに譜面をめくっていましたので、ああ、そうか、と。

「サロメの踊り」に至って、ようやく「炸裂!」と言えるような上岡節。
「煽り」の指揮ですが、その「煽り」が音楽的にも自然、必然に感じられる「煽り」。
したがってオケも音が飽和せずに音が指揮に追従する。

「ツァラトゥストラ」や「英雄の生涯」が美しい箇所満載だったので、「上岡さんと新日本フィルにピットに入ってもらって、R. シュトラウスのオペラを聴きたいな」と思ったのですが、いきなりアンコールで「サロメ」で、少しだけ夢がかなって幸せ??
(あんまり、オペラって感じの曲ではないですが。)

徹頭徹尾手放しで絶賛とは行かない箇所も多少はあったにせよ、就任披露としてはかなりの仕上がりと指揮への反応で、これは今後が期待できると言って良いのではないでしょうか。
まだまだ、これからです。
まずは新監督着任、めでたし、めでたし。

次週のシェーンベルク編のブラームスがめちゃくちゃ楽しみになるくらい、鮮烈でした。

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