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2016年10月の14件の記事

2016年10月30日 (日)

藤沢市民オペラ「セミラーミデ」(2016/10/30)

2016年10月30日(日)14:00
藤沢市民会館

藤沢市民オペラ 歌劇「セミラーミデ」

ロッシーニ:歌劇「セミラーミデ」
(演奏会形式・原語上演字幕付き)(日本初演)

指揮:園田隆一郎
安藤赴美子
(セミラーミデ)
妻屋秀和(アッスール)
中島郁子(アルサーチェ)
山本康寛(イドレーノ)
伊藤貴之(オーロエ)
伊藤晴(アゼーマ)
岡坂弘毅(ミトラーネ)
デニス・ヴィシュニャ(ニーノ王の亡霊)
朝岡聡(ナビゲーター)
管弦楽:藤沢市民交響楽団
合唱:藤沢市合唱連盟

アマチュア・オーケストラの市民交響楽団から、これだけのオペラの“伴奏”(←良い意味で)を引き出した園田マエストロ、何者?…なのかは正体を存じ上げていますが、やはり凄い。

プロ・オケと同じレベルの音が出ていたなどとは、口が裂けても言えません。
しかし、歌の伴奏で、散発的に合いの手を入れる旋律の魅惑的なこと!
もちろん、園田マエストロが振っていて、随時、棒で指示を出しているからです。

この藤沢市民オペラ、以前に聴いた時の経験から、唯一の懸念事項がオーケストラでした。
プロの指揮…しかも園田マエストロの指揮。
プロの独唱…しかも、この面々。
これらに何の不安もございませんが…。

しかし、その懸念の市民交響楽団が、期待以上に頑張っていて好演。
いや、よくぞここまで!というレベル。
逆にリハーサル日数の制約がプロオケほどは無い??アマ・オケだからこそ徹底できた表現もあるのかもしれません。
なにせ、長い、長い。
2幕だからいいですけど、3幕ならワーグナー並み??

前述の通り、独唱のお名前を列挙しただけで、ローカルな市民オペラによくぞこんなメンバーを呼んできた…という顔ぶれです。
マエストロの人脈?
そうは言っても「これだけの歌手を呼んできた時点で成功間違いなし」と言うほどオペラは甘くはありません。
それを、アマオケの市民交響楽団を使ってここまで鳴らした(←何回も同じことを書いていますが)園田マエストロ、やはり凄い。
凄い、凄いと、語彙不足露呈ですが、とにかく凄い。

何せロッシーニですから、一部の歌手に“技巧的にギリギリセーフ”の高難度箇所は散見されましが、重箱の隅をつつく意味はございません。
存分に楽しませていただきました。
ロッシーニって、CDなどで予習をすると「早いだけじゃん」「上がったり下がったりだけじゃん」と引いてしまう私ですが、いざ生で聴くと中毒になりますね。
ロッシーニの高速、上下に目が回るように酔わせていただきました。

演奏会形式の舞台は、ナビゲーターの朝岡聡さんが語るあらすじが随所に挿入されながらの進行です。
前半はやや早口に感じられ、「アナウンサーではなく、俳優を起用した方が良かったのでは?」とすら思いましたが、後半は非常にわかりやすい伝わってくる語りになりました。
もしかして、朝岡さんのような百戦錬磨の方であっても、前半は多少緊張されていたのでしょうか???

藤沢市民会館は、もう「昔ながらの市民会館」で、椅子は狭いわ、2階席は高い(高さが)わ、傾斜は急だわ…ですが、キャパがそれほど大きくないこともあって、2階席は結構聴ける音がします。
天井からの反射音が効いているのではないかと推測しています。
私が中学生の時に、始めてクラシックのコンサート、岩城宏之/N響を聴いたのもここの2階席でした。

藤沢市民オペラで「セミラーミデ」を取り上げたのは、園田隆一郎さんの「注目される演目を」という戦略とのことです。
事実「え?セミラーミデですか?」という反応がかなりあったそうです。
7月のトーク付き演奏会でのお話し。)
確かにブラヴァ、ブラヴィを叫び慣れているような人が客席に多数。
休憩時間のロビーのテンションは高い。
戦略は成功したと言って良いでしょう。

ロッシーニのオペラ・セリアは、私はほとんど接していませんが(初台でやらないですし)、もしかして宝の山?と思いました。

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2016年10月29日 (土)

飯守泰次郎/群響(2016/10/29)

2016年10月29日(土)18:45
群馬音楽センター

指揮:飯守泰次郎
群馬交響楽団

(第522回定期演奏会)
チェロ: タチアナ・ヴァシリエヴァ

ドヴォルジャーク:チェロ協奏曲
バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番~サラバンド
(アンコール)
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

群馬音楽センターのデッドな音響は想定内で足を運びましたが、やはり「デッドだな~」と聴きながら思います。
休憩時間にロビーで「(演奏者に)かわいそうだよね」と話している方々も居ました。

でも、今回は(今回も)、そのデッドな響きもろとも楽しみました。

まず、ドヴォルザークmpチェロ協奏曲。
そのデッドなホールの音響なので飯守さんの重低音が中高域寄りの音になってしまう印象もありますが、それが逆に独奏チェロには好ましい音になる。
デッドだけど、私の席は前方だったので、解像度、分解能高し。
独奏チェロは、良い意味で神経が行き届いた音。
それが伸びやかに魅惑的旋律を奏で、非常に好印象でした。

後半は、「飯守マエストロの英雄」…と聞いただけで千葉県から群馬県へ吸い寄せられる楽しみな演目。
飯守マエストロ、煽る!…と言いたいところですが、「えぐる」に近いのを次々と連発するので、オケの音が大筋は突進…ながらも、あちこちでひねりが加わり、メリハリ大。
単なる爆演にならないのは、このえぐり、ひねりの賜物です。
デッドな音響なので「ピリオドか?」と勘違いするような体感の重低音。

そう、前半は「中域寄り?」と感じたオケの音が、後半は結構低域寄りの音が鳴っています。

客席から拝見している限りでは、群響の皆さん、飯守マエストロの煽り、ひねりを楽しんで弾いていらしたようで、あの棒(失礼!)にも「一糸乱れず」に近い、ずれない(プロに向かって失礼!)追従ぶり。
デッドなホールだから、音に細心の注意が必要にしても、縮こまった演奏ではなく、思いっきり力を出して弾いて、見事に一体となったオケの音。

群馬音楽センターの音響は、東京文化会館と同等かそれ以上にデッドに感じますが(←私はたぶんまだ3回目の経験ですけど)、いざ新ホールの建設が決まると、もうすぐこのデッドな音響で群響定期が聴けなくなるんだなーという思いも少々。
総論としては新ホールになんの異存はありませんが…。

群響は、ベイシア文化ホール(群馬県民会館)でも聴いたことがありますが、私としては、前方壁際の席であるという前提ではありますが、群馬音楽センターの直接音の方が好きです。
東京文化会館が嫌な方には絶対にオススメできない音ですけど。

会場は前方の両端に空席があったものの、それ以外は満席に近い盛況。
(私は開演10分前くらいに会場に着いたら、プログラム冊子にチラシもアンケート用紙もはさまっていませんでした。)
ごく一部(私の席の近くで、前半、ビニールのガサガサが…)を除いて鑑賞マナーは素晴らしい。
その聴衆の真剣さの空気も心地良い。
また行きたいですね。

なお、私事ですが、群響定期は実はトラウマがありまして、この日は「無事にクリアーできるか?」と思っていました。
2013年2月の群響定期を聴きに高崎へ向かう新幹線の中で、父が倒れて搬送されたという電話を受けました。(みなとみらいでN響を聴いた後のハシゴでした。)
高崎駅到着後、10分後の上り新幹線に乗って実家の近くの病院へ。
父は翌朝、死去しました。
この日は、NJPが15:30頃に終演したので、新幹線で行く予定を変更して、湘南新宿ラインで高崎へ向かったほど、気を遣いました。
次は、みなとみらいからのハシゴに挑戦したいと思います???

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ヘンヒェン/新日フィル(2016/10/29)

2016年10月29日(土)14:00
サントリーホール

指揮:ハルトムート・ヘンヒェン
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第564回定期演奏会ジェイド<サントリーホール・シリーズ>)

ベートーヴェン:交響曲第4番
シューマン:交響曲第4番
(1851年改訂版)

「興奮した」とか、「スリリングだった」とか、「未知の体験だった」とか言うのとは違います。
「味わった」というのがふさわしいかもしれません。

前半のベートーヴェンは、オールドスタイル…と言うのかもしれませんが、ゆるゆるではない演奏。
弾力性にあふれた懐かしくも心地良い響き。
ベートーヴェンの9曲の中で、特にこの曲は残響豊かなホールで聴きたい曲ですが、まさにサントリーの豊穣な音響で聴く慶び!

本日のNJP定期もクラリネット首席の重松さんは降り番でしたが、先日のルビーに続いて、ゲスト奏者が負けず劣らずめちゃくちゃ上手い。
メンバー表を見ると「サトー」。
私の席からは後ろ姿しか見えませんでしたが、首席クラスで「サトー」と表記する奏者が都響の「サトー」さん以外に居るとも思えません。
ちなみにルビーの時のゲスト奏者のメンバー表の表記は「金子」でした。

閑話休題。

後半のシューマンは一転、パワフル!
これは前後半でコントラストをつけたのでしょうか?
前半のベートーヴェンも第4楽章あたりは結構高揚(それでも節度あり)していて、始まったときは「その続編?」とも思いましたが、すぐに「違う」と思いました。
編成上も聴感上もかなり金管が強奏。
シューマンはマーラー編曲でない方がマーラーの予兆を感じるような気がするのは私の気のせい?

前半の予定調和ながらもリハで音を作り込んだと拝察される佳演、ただし第4楽章は秩序を保ちながらも結構畳み掛ける。
後半はその秩序を半分解放してエネルギーを放射、喜びを謳歌するような印象の場面も…。

9月以降のNJPは新シーズンを順調にスタートさせた印象で嬉しい限りです。
新シェフに続いて、前回客演で好印象だったヘンヒェンさんが来演して変わらぬ相性の良さを聴かせてくれたのも嬉しい。
ぜひまた呼んでいただきたいマエストロ、バイロイト登場でギャラが高騰しないことを願います。

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2016年10月22日 (土)

ヘンヒェン/新日フィル(2016/10/22)

2016年10月22日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:ハルトムート・ヘンヒェン
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第563回定期演奏会トパーズ<トリフォニー・シリーズ>)
ソプラノ:松田奈緒美
アルト:池田香織
テノール:松原友
バス:久保和範
合唱:栗友会合唱団
合唱指揮:栗山文昭

ドヴォルジャーク:スターバト・マーテル

求心力は指揮にありますが、全体としての融合感が素晴らしい。
独唱も合唱もオケも、突出せずに個々に存在感を示す。

全体としての融合感と言うと、独唱4人も然り。
個々に歌っても均質感、2人で歌っても、4人で歌っても融合感。
指揮者からかなりの示唆があったのでしょうか(指揮者の役割はそういうものですが…。)

前回の客演が素晴らしかったヘンヒェンさんで、間を置かずの再登場は楽しみにしていました。
ぜひぜひ、NJPには定期的に客演してほしい指揮者です。
ただ、前回同様空席が多かったのは残念。
この演目で2日連続2公演は厳しい…のか、東京に演奏会が集中し過ぎなのか、その両方なのか…。
しかし終演後の客席の拍手はその空席の多さを感じさせないものでした。

どこが印象に残ったとは言えない、全体としての充足感の演奏会でした。

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2016年10月21日 (金)

鈴木秀美/日フィル(2016/10/21)

2016年10月21日(金)19:00
サントリーホール

指揮:鈴木秀美
日本フィルハーモニー交響楽団

(第684回東京定期演奏会<秋季>)

ハイドン:交響曲第43番「マーキュリー」
ベートーヴェン:交響曲第4番
シューベルト:交響曲第4番「悲劇的」

実は手放しで絶賛というわけではなく、多少のもどかしさも感じた演奏でした。
しかし、本当に嬉しい、祝福したい、幸せな気分になった演奏会でした。

嬉しい方は、ピリオドのピの字もやらない日フィルが、鈴木秀美さんをなんと定期演奏会に招聘したこと。
在京オケ最後発のピリオドだと思いますが、今からでも遅くはありません。
オペラのピットにも入らず、ピリオドもやらなかった日フィルが今シーズンは違う。
新しいシェフの意思かどうかは存じ上げませんが、日フィルが新しい時代に入りつつあるのであれば、こんなに嬉しいことはありません。

もどかしさの方は、鈴木秀美さんの意思の全てが音に変換されたかどうか、多少の疑念もあったこと。
ピリオドのピュアトーンも多々ありましたが、豊穣な響きに成って(鳴って)しまう箇所も多々ありました。
まあ、そうは言っても、初客演でここまでできれば上々と言うべきかもしれません。

1曲目ののハイドンでは、冒頭、あれ?こんな豊穣な響きでいいの?と思いました。
しかし、曲が進み、第3楽章あたりから鈴木秀美さんのピュアトーンが行き渡りはじめた印象でした。
それは、当然、かつて日フィルから一度も鳴ったことのない(?)音。

2曲目のベートーヴェンでは、冒頭からピュアトーンが行き渡る。
鈴木秀美さんらしい重量感も兼ね備えたピュアトーンがこの曲にふさわしい。
バロックティンパニが加わったこともありますが、重量感がありながらスピード感と歯切れの良さも犠牲にしていません。
爽快で、かつ立派なベートーヴェンでした。

ここで休憩、長い前半でしたが、長いとは感じませんでした。

後半のシューベルトはまた豊穣な響きになった感はありますが、歯切れの良さと重量感の両立は変わりません。
その上、ちょっとした旋律も「はっとする美しさ」の表情付けがされ、至福のひと時。
先述のように、「さらに共演を重ねれば…」との思いは多少ありましたが、初客演なら上々…と言うより、日フィルの音が、100%でないにせよ、ここまで変わるのを聴けて幸せです。

1曲目のハイドンが終わった時点で、大汗を拭いている弦楽器奏者の方もいらして、おそらく日フィルとしては、常日頃と相当に違うことをおやりになったのだろうと拝察。
おそらく日フィルとしては全くの新しい分野。
そのせいか客席も空席が目立ちました。
しかし、これは挑戦ととるべきでしょう。
「次回」があることを願っています。

なお、私が鈴木秀美さんの演奏会を聴くのは、おそらく、2011年の山形響名古屋フィル以来だと思います。
あの頃は在京オケ定期に鈴木秀美さんの指揮なんて考えられない状態で、勤務先の夏季休日も利用して山形と名古屋に聴きに行ったのでした。
それを思えば、日フィル、新日フィルにお名前がある今季は嬉しい限りです。

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2016年10月20日 (木)

バッティストーニ/東フィル(2016/10/20)

2016年10月20日(木)19:00
サントリーホール

指揮・演出:アンドレア・バッティストーニ
東響フィルハーモニー交響楽団

(第887回サントリー定期シリーズ)
チェーコ(バス):妻屋秀和
イリス(ソプラノ):ラケーレ・スターニシ
大阪(テノール):フランチェスコ・アニーレ
京都(バリトン):町英和
ディーア/芸者(ソプラノ):鷲尾 麻衣
くず拾い/行商人(テノール):伊達英二
新国立劇場合唱団

マスカーニ:歌劇「イリス(あやめ)」(演奏会形式)

歴史のフィルタを正しいと見るか、フィルタを通らなかった作品をすくいとることに価値があるのか…。
私は前者のような印象を持ちましたが…。

ただ、出演者全員の献身的な熱演は明らかです。
それだけに、この終演後の感覚は…。

第1幕の後に休憩1回。
その時点では、まだ後半に備えてセーブしているのかも…と思いました。
確かにそういう要素が無かったとは言いません。

第3幕では、特にイリス役のスターニシさんは、やはりパワーを第3幕にとっておいたのか…という感もあり。
終わり良ければ全て良し…のはずが…。

歌唱と演奏に何の不満もありませんが、悲劇のはずなのに最後に輝かしく高らかに終わるのは多少の…いや、かなりの違和感も…。
最後の「死を祝福する」ようなあれは…。

有名作品と比較すれば良いというものではありませんが、蝶々夫人のエンディングに比べて…。
いや、日本を舞台にしていない、しかも豪華絢爛を絵に描いたようなアイーダですら、ラストは全然違います。
椿姫だって…。
やっぱり私には理解不能…かも。

…と思ったら、東フィルのプログラム冊子に、イリスと蝶々夫人「この2つのオペラはあまりにも違っており、比較するという目的のために、これほど不適格な候補はあるまい。」と…。比較してすみませんでした。m(_ _)m

繰り返しますが、歌唱と演奏は献身的熱演です。
東條先生に「定期であんなに素晴らしい演奏をするオケがピットでは…」と酷評されることもある東フィルが、その定期で経験豊富なオペラを演奏すれば、当然「素晴らしい演奏」になるのは明らか?

それでも、他にもいろいろありました。

「指揮・演出:バッテゥストーニ」ということは、あの客席を使ったのもバッテゥストーニさんの考案なのでしょうか。
1階席前方の人には視覚的にハンディがあったような気も少々。
私は10列目くらいだったので、ギリギリ何とか…。

それから、照明装置なのか字幕装置なのかわかりませんが、静寂の場面で排気ファン?のような暗騒音を感じるのはトゥーランドットの時と同様。
まあ、コンサート専用ホールでのオペラの宿命でしょうか?

あと、舞台進行を急ぐような場面が気になりました。
第1幕の後、早めに客席の照明を明るくして、拍手を終わらせようとしたり…。
第2幕と第3幕の間は休憩無しですが、拍手が続いているのにオケがチューニングを開始して拍手をとめてしまったり。
演奏中も、途中でほとんど拍手しませんでしたね。
アリアの後の拍手は無いオペラなのでしょうか??

やっぱり、100%でないにせよ、歴史のフィルタは概ね正しい…??
アルブレヒトさんが読響でシュポアばかりのプログラムを振った時のことをなぜか思い出したりして…。

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2016年10月19日 (水)

カンブルラン/読響(2016/10/19)

2016年10月19日(水)19:00
サントリーホール

指揮:シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団

(第563回定期演奏会)
ヴァイオリン:五嶋みどり

シューベルト(ウェーベルン編):6つのドイツ舞曲D 820
コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲
J.M.シュタウト:ヴァイオリン協奏曲「オスカー」
(日本初演)
デュティユー:交響曲第2番「ル・ドゥーブル」

お腹いっぱいです。
短いシューベルトはともかく、どの曲も(あるいは演奏が)個性強くて…。

まずはシューベルト。
文字通り「お化粧をしたシューベルト」。
グレイトで聴いたカンブルラン様のシューベルトとは少し印象が違いますが、このウキウキするような楽しさを引き出しているのは当然カンブルラン様です。

続くコルンゴルトの協奏曲。
この曲、私は割と“のっぺりした”印象を持っていたのですが、こんなに彫りが深い曲でしたっけ?
正直、目から鱗に近い驚きがありました。
ペンキを塗っただけの曲だと思っていたのが、実はペン画で、細線、中太の線を数多く織り重ねて作られている曲だと、この日、初めて知りました。
その「彫りの深さ」は、独奏もオケも両方です。
そして、みどりさんのヴァイオリンの音は深い。
きんきら、ピカピカではなく、つや消し加工を施した美音で、ダシが効いた音でした。

休憩後もみどりさんの独奏。
J.M.シュタウトの協奏曲は、コルンゴルトからさらに繊細な細筆の世界。
オケは弦楽器と打楽器だけの編成で、P席から見ているとその打楽器の演奏(奏法など)がめちゃくちゃ面白かったので、みどりさんの印象が少し弱くなってしまったが…。
この曲はコルンゴルトと違って、内に凝縮していくような印象。
最後はトライアングルの音をカンブルラン様の「終わり」の合図で打楽器奏者が手で消して終了。
「理解した」などとは口が裂けても言えませんが、かなりの好感、かなり印象に残った曲と演奏でした。

で、まだ続くのです。

まずはデュティユーのための配置転換。
かなり長い時間がかかりました。
その配置転換すら(偶然性の)音楽のよう。
そして出現したレイアウトは奇抜。
しかもかなり複雑な構造の曲なのに…。
出てくる音は複雑性(複雑系)が調和した耳当たりの良さ。
まさに交響曲。
協奏交響曲のように見えるけど鳴っている音は交響曲。

この耳辺りの良さなら、22世紀と言わず、著作権が切れたら(←品の無い言い方で失礼)オケのレパートリーとして定着するかも???

で、この作曲家、こんな作風でしたっけ?

配置は、プログラム冊子に書いてある通りの変な配置なのですが、いざ眼前にすると倒錯感、異空間(大げさ)。
上手のヴィオラ群の前にティンパニ、その前にオーボエ、クラリネットやら弦楽器トップの方々などがソロとして指揮者を半円形に取り囲み、…。
チェンバロまで置かれていて、その前に座ったのはなんと鈴木憂人さん。

これまでに聴いた(進んでではなく)デュティユーの曲は、初演の曲も含めてあまり面白いと思わなかったので、この日も実は、あまり気が進まず、休憩中に帰ろうかとすら思っていましたが、私のデュティユーの印象が180度変わるほどの耳当たりの良さで、めでたし、めでたし。

盛りだくさんだったので最後は多少聴き疲れを覚えるほどでしたが、おそらく次回の経験は無いプログラムだったと思います。

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2016年10月16日 (日)

ヴェデルニコフ/N響(2016/10/16)

2016年10月16日(日)15:00
NHKホール

指揮:アレクサンドル・ヴェデルニコフ
NHK交響楽団

(第1844回 定期公演 Aプログラム)
ヴァイオリン:ワディム・グルズマン

チャイコフスキー:スラヴ行進曲
グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲
バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番~~サラバンド
(アンコール)
ストラヴィンスキー:幻想曲「花火」
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

指揮もソリストも私はたぶん初鑑賞だと思いますが素晴らしい。
特にヴェデルニコフさん、N響から、ドイツ系でも、デュトワ系でも、パーヴォ系でもない、スヴェトラーノフ系の音が鳴る…と言ったら叱られますかね?

もっとも、スヴェトラーノフ系と感じたのは、スラヴ行進曲のみ。
1曲目で鋼のような豪腕の音圧が押し寄せてきたと思ったら、協奏曲では柔和な音色が空間を包む。
指揮者の音色のパレットはおそらく多彩。
なぜ今まで私は聴かなかったのだろう…と思ったくらい。

※訂正:聴いていました、2013年の二期会「マクベス」

ソリストのヴァイオリンの音色は(前夜のファウストさんのような)内に凝縮するような細筆とは対照的な、倍音をまとって拡散するような音。
しかし粗雑でもテキトーでもなく、技巧でコントロールした美音。
聴き手に緊張感を強いない音で、気軽にも聴けるし、真剣に聴いても耐えうる高水準。
バッハの無伴奏のアンコールも、ため息が出るくらい美しく、かつ表面的にきれいなだけでは無い演奏でした。

後半はストラヴィンスキー2曲。
音色がまた変化。
カラフルな音色ですが、極彩色では無く、ロシア的カラフル?
マリインスキーのオケの音に感じられるようなカラフルさという印象が近いかもしれません。。
「春の祭典」は、21世紀に壮年期にある指揮者による「すでに古典となった曲」の気負いない名演。
「君たち、全部振らなくたって弾けるよね?」「はい、もちろん、プロですから」というような、細かすぎず、要所に徹した指揮。
その「要所に徹した」部分、指揮者が合図するとそれがちゃんと音に乗る。
会場からは数多くのブラボーがかかり、客席はかなり湧きました。

豪腕と音圧のチャイコフスキー、柔和な優美さのグラズノフ、そしてロシア的色彩感のストラヴィンスキーと、作品にふさわしい音色をN響から引き出してみせたヴェデルニコフさん。
いま、50歳代という働き盛り。
ロシアの高齢マエストロの重鎮の跡を、将来継ぐ「皇太子様的」な指揮者かもしれません。

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2016年10月15日 (土)

ノット/東響(2016/10/15)

2016年10月15日(土)18:00
サントリーホール

指揮:ジョナサン・ノット
東京交響楽団

(第645回 定期演奏会)
ヴァイオリン:イザベル・ファウスト

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
ギユマン:無伴奏ヴァイオリンのためのアミューズから
(アンコール)
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番

ヨーロッパ公演の「練習」?
とんでもない!
気合いの入り方、今からこんなで、現地へ行って息切れしないで下さいね!…と思いましたが、よく考えたら過密日程が常態の東響、無問題のはず…でした。
これは凄い。
語彙枯渇ですが、凄いとしか言いようがない。

前半の協奏曲で、すでに度肝を抜かれました。
イザベル・ファウストさんのソロは、高度にコントロールしたやや細筆の美音という感じでしたが、第1楽章のカデンツァが始まる前に、ファウストさんがノット監督の方を見て「そんなにムキにならなくても」という表情をした後、猛然と本気を出して弾く…という「競争」曲?

そのカデンツァは、ティンパニ付き。
ピアノ協奏曲へ編曲する際にベートーヴェン自身が書いたカデンツァを、ヴァイオリンに逆編曲したものですね。
ティンパニは、少し乾いた音がするバロック・ティンパニが使われていました。

オケは、ピリオドというほどではありませんが、ビブラート控え目だったのかな?
ノット監督が暗譜で煽るものだからオケの皆さん必死?
ファウストさんは、冒頭の氷の女王が、溶けて、沸騰してしまったかのよう。
ライヴの醍醐味。
会場大興奮の盛大な拍手と歓声でした。
もしかしたら東響定期の協奏曲演奏史上に残る気合い入りまくりの熱演だったかもしれません。

後半のショスタコーヴィチでも、ノット監督、動く、動く、激しく動く。
前傾姿勢でオケを煽り…いや、鼓舞し、当然、オケは全力で弾きまくり、とどろく大音響(←語彙不足ご容赦を)。
この曲でよく感じる“ナイフを突きつけられたようなゾッとする怖さ”はあまり感じない演奏でしたが、凄まじく吹き荒れた演奏であることは確かです。
前半とは比べものにならない巨大編成になっても推進力と精度に変化なし?
ノット監督、着任当初は物凄い時と、たまにオケが燃える前に終わっちゃった…という時もありましたが、今や一挙手一投足にオケが反応するように?

当然、ノット監督のソロ・カーテンコールがありました。

なお、プログラム冊子によれば、ティンパニの奥田さんが定年退職とのこと。
色々な思い出はありますが(ウォルトンの交響曲でのティンパニ大活躍とか)、特にスダーン前監督時代のピリオド・スタイルにおけるバロックティンパニの演奏は貢献度大。
「2016年10月20日付け」とのことなので、この日の翌日の新潟定期がラストステージでしょうか?
いや、この日、この演奏(ヨーロッパ公演プログラム)で叩いていたということは、ヨーロッパも行くのかな。
さみしくなりますが、お疲れ様でした。

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上岡敏之/新日本フィル(2016/10/15)

2016年10月15日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:上岡敏之
新日本フィルハーモニー交響楽団

(定期演奏会ルビー<アフタヌーン・コンサート・シリーズ>第1回)
ヴァイオリン:崔文洙

ベートーヴェン:序曲「コリオラン」
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番~アダージョ
(アンコール)
ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」
モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲
(アンコール)

冒頭の「コリオラン」は、いきなり一撃!…と思いきや、だらーんと始めてちょっと意外。
すぐに上岡さんの腕に力がみなぎり、ドカン。
また、だらーんと始めてドカン。
アクセントの付け方が個性的…ではなくて、こういうやり方が必然…と思えてくるから不思議。

協奏曲はやったり目の速度、交響曲はかなりの快速。
これも、これが必然…と思えてきます。
いや、やっぱり、ちょっと、いや、かなり個性的かも…。
面白かったから良いですけど。

崔さんのヴァイオリンの音って、ほんとNJPの音ですね。
もちろん、その逆で、NJPが崔さんの音に染まっているのかもしれませんが。
ただ、この日のオケの音は、シャープと言うよりは、弾力性の印象が強かったです。
ベートーヴェンにはその方がふさわしいかもしれません。

いつもコンマス席で弾いている崔さんの姿のイメージに一番近かったのは第3楽章の、特に後半でした。
畳み掛けるように弾く姿はいつもの崔さん。
第2楽章の微弱音は上岡さんのスローテンポも相待ってソロともども本当に美しい。

交響曲第5番は、どこまでがリハーサルでの指示で、どこからが本番でのサプライズか一聴衆の私にはわかりませんが、瞬発力の煽りが面白いのなんの。
もともと速いスピードに、さらに煽りが入るので、時々、オケの一部が一瞬遅れるような箇所もありますが、それがなおさら面白い。
前半の協奏曲でソリストだった崔さんがコンマス席に座り、西江コンマスとダブルトップの後半。
よくよく見ていると、上岡さんの煽りに崔コンマスが素直に、しかも大げさなくらいに反応しています。
オケ全体が上岡節に確度高で反応するのは当然かもしれません。

プログラム冊子挟み込みのメンバー表では、いつも美しいソロを聴かせてくれるクラリネット首席の重松さんが降り番で残念。
でも、ゲスト奏者の音も、聴いてみるとめちゃくちゃうまい。
メンバー表では(金子)の表記。(カッコはゲスト奏者の意味です。)
カーテンコールで立った姿、読響の首席の金子さんのようにも見えましたが、チラ見だったので自信無し。

何はともあれ、NJPにちゃんとした音楽監督が着任したことはめでたい限りです。
まだスタートラインで、あうんの呼吸になるのは日数を要するにせよ、上岡さんの変化球にも皆さん頑張って追従している様子は上々のスタートと言って良いのでしょう。
願わくは、いつかはこのコンビでオペラをお願いしたい。
この日のアンコールの「フィガロの結婚」序曲、サントリー定期のアンコールの「サロメの踊り」などを聴くと、本当にそう思います。
演奏会形式はもちろん、3.11の後の新国立「ばらの騎士」のアルミンクさんのキャンセルのリベンジを!(←執念深い?)
上岡さんとなら出来るはず!

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2016年10月12日 (水)

新国立「ワルキューレ」(2016/10/14)

2016年10月12日(水)14:00
新国立劇場

ワーグナー:ワルキューレ

左側の席で見たら視界が違いました。
1回目は3階の右側の席で、視覚的に舞台上の右の方はあまり見えませんでした。
この日は4階席の左側でしたが、少し遠いものの、こちらの方が視覚的には広い範囲が見えました。
あ、ここでこんあことやっていたんだ…と、1回目には全く見えなかった所作も。

歌唱と演奏は、1回目と同様に素晴らしい。
4階席なので直接音よりも響きのバランスを遠目での鑑賞ですが、これはこれで好ましい。

第1幕がクライマックスみたいになっちゃうのも同様。
あま、この第1幕の緊迫感は半端じゃないから、致し方ないですね、文句を言ったら叱られるハイレベルです。
主役3人の緊張のトライアングル。
フンディングとその手下数人(無言役)の怖さ。
野暮ったいおばさん(失礼!)の風貌で出てきたジークリンデが、純白の花嫁?に変貌する。
フンディングの前でおどおどしていたのが、自信に満ちた女性に華麗な転身!

この日はピットの中は見えない席ですが、こちらも引き続き好演、力演。
重低音のどっしり感は飯守節で、これが聴きたくて来ているのです。
容赦無く咆哮に近い音で、全力で鳴らす。
そのオケの最強奏をものともせず、突き抜けるような声のジークムントとジークリンデ。

第2幕では、1回目にややパワー不足に聴こえた箇所があった歌唱も、舞台上の歌唱位置と私の席の関係で、音響のせいであったか…と思いました。
冒頭ではフリッカに責められて悩むヴォータン、終幕で怒るヴォータンに変貌する様も強烈でした。
ピットのオケは部分的に色々あるにせよ、やはり分厚い重低音をぶんぶん鳴らして快感。
やや一本調子という側面はあるにしても、私は飯守監督のこういう音作りが大好きです(あまり多彩に変化する音色になったら、飯守さんの音楽じゃなくなっちゃいます)。

主役級の歌手が素晴らしいのでかすんでしまいがちですが、「ワルキューレの騎行」における「歌って踊れる」ワルキューレたちの演技と歌唱も素晴らしい。
前回は「なんじゃこりゃ」と思いましたが、2回目は結構面白がって楽しみました。
トーキョーリングの方がインパクトはありましたが、あちらの方が年代的には後ですし、もしかして、もしかして、トーキョーリングにも影響を与えている??
そして、やっぱり、切り出さずに楽劇の中の定位置で鳴らす「ワルキューレの騎行」の曲の威力も格別です。

平日マチネ→いつのまにかソワレで、予定通り19:時0分頃に終演。
第1幕 vs 第2幕+第3幕…みたいになるのは作品の宿命として、第3幕だって、ワルキューレの騎行が終わった後は、ほとんどヴォータンとブリュンヒルデの2人、ちょっとだけジークリンデだけ幕が成り立っちゃうんだからワーグナーは凄い。

ブリュンヒルデは罰を受けて眠ってしまいましたけど、私はこの日休暇をとった罰で、翌日の朝、羽田で早朝発の飛行機に乗らなければいけないという、あまり眠れない罰が待っています。
後悔してませんけど。

スタッフ
指揮:飯守泰次郎
演出:ゲッツ・フリードリヒ
美術・衣裳:ゴットフリート・ピルツ
照明:キンモ・ルスケラ
演出監修:アンナ・ケロ
演出補:リーッカ・ラサネン
舞台監督:村田健輔

キャスト
ジークムント:ステファン・グールド
フンディング:アルベルト・ペーゼンドルファー
ヴォータン:グリア・グリムスレイ
ジークリンデ:ジョゼフィーネ・ウェーバー
ブリュンヒルデ:イレーネ・テオリン
フリッカ:エレナ・ツィトコーワ
ゲルヒルデ:佐藤路子
オルトリンデ:増田のり子
ヴァルトラウテ:増田弥生
シュヴェルトライテ:小野美咲
ヘルムヴィーゲ:日比野幸
ジークルーネ:松浦麗
グリムゲルデ:金子美香
ロスヴァイセ:田村由貴絵

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
協力:日本ワーグナー協会
芸術監督:飯守泰次郎

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2016年10月10日 (月)

カンブルラン/読響(2016/10/10)

2016年10月10日(月・祝)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団

(第91回みなとみらいホリデー名曲シリーズ)
ピアノ:マルティン・シュタットフェルト

ラモー:「カストールとポリュックス」組曲
モーツァルト:ピアノ協奏曲第15番
ショパン:練習曲作品25-1「エオリアン・ハープ」
(アンコール)
シューベルト:交響曲第8番「グレイト」

これまでに体験したことの無いカンブルラン様の新しい側面を見たような興奮です。

ラモーの「カストールとポリュックス」組曲は、序曲を某ストリーミング・サービスで予習した時、なにもこんな曲を今さら…(失礼!)と思ったのは大間違い。
カンブルラン様が顔を真っ赤にして振ると、こんなにも生き生き、楽しい曲だったか!と自分の不明を恥じました。
同時に、音楽の創造と再創造において、いかに指揮者の及ぼす力が大きいのかを、眼前の出来事で体感しました。
(おそらくこの演奏を聴いて、あ、ラモーって良いね!と思って録音(CD)を探して聴いたとしても、この演奏から受けた至福の体感は再現しないでしょう。)

続くモーツァルトの協奏曲第15番。
第17番とか第23番とかに比べてややマイナー(失礼!)な曲…と思っていた曲が、カンブルラン様が振ると、ラモーとは少し違った趣きながら、これまた至福の時空が出現。
ピアノはさほど、奇をてらったところない模様。
シュタットフェルトさんは、私はたぶん初めて聴いたと思いますが、ネット上には、ネガティヴな感想のブログがアップされていたりして「どんな演奏をするんだろう?」と興味を持って臨みました。
カンブルラン様の流れに逆らわず、割とオーソドックスに美しく鳴らしていたように感じました。
ただ、アンコールのソロは、なんか、もやもやっとしているうちに終わってしまった印象。
私の席が後方席だったこともあると思いますが、協奏曲だって同じ席で聴いていたのだから…???
ソロのアンコールよりも、協奏曲の方好感でした。

さて、ぶったまげた(品のない言葉で失礼)のはシューベルトのグレイト。
前日までの演奏のネット上のクチコミで速いと聞いてはいましたが、本当に速い。
(あのスダーン/東響だって、8番はこんなに早くなかったはず、記憶が確かなら。)
しかし、このめちゃくちゃ速い流れが、全く作為的に感じられません。
こういう風に演奏するのが必然…とすら思えてきます。
あ、マエストロ、譜面のページをばさっとめくって戻した、繰り返しだ、やった、儲かった(品が無くて失礼!)、しかしそれは、単なる同じことの繰り返しではなくて、畳み掛けるようにヒートアップする繰り返し、ボレロの予兆?
これ、5回くらい繰り返したら、本当にボレロのようになっちゃうかも…という2回繰り返しでした。

シューベルトの交響曲が1→2→3→4→5→6→7→8番と続いてきたのだから、8番だってこういう演奏になるよ、という初期の交響曲の名残りを内包した第1楽章。
しかしその8番も、1→2→3→4楽章と進むにつれて、素朴な側面が“スーパー交響曲”に変貌していくドラマ。
シューベルトって、8番の中でも進化が…。
第4楽章などは、雛(ひな)が巨大な鳥へと成長、変容し、まさに大空に飛び立つような…。

もちろん、演奏会として、ラモー → モーツァルト → シューベルトという流れにおけるシューベルトの演奏スタイルでもあったと思いますが、最終楽章の立派過ぎるくらいの音響を聴くと、上述のようなシューベルトのドラマを感じてしまいました。

カンブルラン様って私は「気迫の演奏」のイメージがあって、こういうワクワク感はちょっと意外。
こういう演奏をするなら3日ともチケット買えば良かった…と思っても後の祭り、祭りは終わってしまいました。
最終日だけでも参加出来て幸せと言うべきでしょうが…。

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2016年10月 8日 (土)

新国立「ワルキューレ」(2016/10/08)

2016年10月8日(土)14:00
新国立劇場

ワーグナー:ワルキューレ

勝てば官軍??

リング・ツィクルスが発表されたときのネット上のネガティヴな反応に対して、「これが答えです。いかがでしょう?(これで文句ありますか?)」と言わんばかりに、本番の公演の舞台で示す飯守監督。

まずは第1幕。
登場して指揮棒を振り上げたとき、音が出る前から、飯守さんの腕、いや、おそらく全身に力がみなぎる。
そして出された最初の一音から重低音で、ぐいぐい。

舞台装置と演出は、私は意外と良いのでは?と思いました。
奇抜ではないが凡庸でもない。
ジークムントが倒れるように入ってきた扉の外は紙吹雪…いや、雪。
フィンランド歌劇場のプロダクションだから雪?
…ではなくて、最後に季節が一転するための伏線?
レンタルだから劇場の間口のサイズが合わないのは致し方ないですが、途中から気にならなくなりましたた(第2幕以降のセットでは無問題)。

禁断の三角関係の緊迫感。
舞台上にぴーーんと張り詰めた怖いくらいの空気。
その三角関係の3人のテンションの高さも物凄いですが、特にマフィアのボスのようなフンディングの怖さは特筆モノ。
私は、そんなに実演に接していませんが、こんなに怖いフンディングは初めてかも。
そして、ジークムントをじっと見て立っている数人、フンディングの手下の無言の不気味さ。
この設定は凄い。

ピットのオケも、気合いの入った重低音寄りのうねる轟音をとどろかせて良かったのでは?
飯守マエストロの相当に気合いの入った動作、途中、オケが全停止でフンディングだけが歌う一瞬に、指揮をせずに素早く汗を拭いていたり。

この公演は幕間にカーテンコールがあったので、第1幕終了時点で盛大なブラボーが飛び交いました。

第1幕の三角関係の緊張感があまりにも凄かったので、第2幕はちょっと劣勢で始まりましたが、終盤でオケが絶叫調に跋扈(ばっこ)し、快感。

冒頭で、なんと頼りなさそうなヴォータン…と思ったら、最後は威厳と貫禄に満ちてびっくり。
逆に、第1幕であれほどおっかなかったフンディングが操り人形のようになっていて、これまたびっくり。
第2幕は右奥での演技が多く、私の席は右サイドだったので、舞台の右奥の方はあまり見えなくて残念でした。
まあ、ピットのマエストロを見るために買った席ですから仕方ありません。
ブリュンヒルデも、第2幕の冒頭は、あれ?小粒?と最初は思いましたが、終盤はパワー全開でめでたし、めでたし。

第3幕は、「これでもうナースと霊安室が出てくるワルキューレの騎行(奇行?)とはお別れだ」と思っていたら、なんですか、あの死体を並べたり、死体にまたがったりするのは…。
まあ、視覚的に面白かったからいいですけど、オーソドックス路線の演出と油断してたらやられたような…。
死体にまたがった動きは、馬に乗っている様子にも見えましたが、腰の動きが妖しいような…という目で見るのは品性を疑われますかね?

第3幕もピットのオケは壮絶に鳴る、鳴る、鳴る。
それを煽ったのは当然、飯守マエストロ。
ヴォータンもブリュンヒルデも、第3幕にパワーを取っておいたの?というような掛け合いの熱唱。
最後はブリュンヒルデを舞台中央に横たえて、舞台の周囲が炎に包まれて「ジークフリートに続く」。

個人的体感としては第1幕がクライマックスだった感もありますが、第2幕、第3幕を「おまけ」と言ったら叱られます。
引き込まれて、あっと言う間に終わった第1幕。
あっ、あっ、あっ、と3回言う間に5時間半が終わったような印象。
座り疲れのお尻の痛さが時間の経過を身体に刻んでいました。

ネット上のうわさ、プラス、足を運んだ数少ない経験からすると、監督が振る時は特に、日によって出来が違うことも多いように想像します。
まあ、ライヴだからそれも良いのではないでしょうか。
個人的にはファンなので、プラス、この日は良かったので、無問題。
ハズレの日に当たってもいいように、複数公演買うしかないですかね。

「前回のトーキョーリングの舞台装置を破棄する決定をした経緯はどうなってる!」と、豊洲の問題のように追求してほしいような気もしますが、予算切迫の中、倉庫の費用など、仕方なかったのかなぁ…とも思います。
だからダンボール・フィガロみたいな簡素な舞台装置は残っているのかなぁ…と。

そして、いざ鑑賞してみたら、演出も舞台装置も、まずまず良かったです。
レンタルプロダクションだって、別にいいじゃない、嘆いたってトーキョーリングは帰ってこないんだし、あれを超える新しいものを頼めばお金がかかるんだし、新しい人に頼んだ挙句、また舞台に水を張られるくらいだったら、私はこれでいいです。

トーキョーリングの舞台装置を破棄したのは現監督ではないし、予算が限られる中で、ここまでやっていただいて、ありがとうございます。

スタッフ
指揮:飯守泰次郎
演出:ゲッツ・フリードリヒ
美術・衣裳:ゴットフリート・ピルツ
照明:キンモ・ルスケラ
演出監修:アンナ・ケロ
演出補:リーッカ・ラサネン
舞台監督:村田健輔

キャスト
ジークムント:ステファン・グールド
フンディング:アルベルト・ペーゼンドルファー
ヴォータン:グリア・グリムスレイ
ジークリンデ:ジョゼフィーネ・ウェーバー
ブリュンヒルデ:イレーネ・テオリン
フリッカ:エレナ・ツィトコーワ
ゲルヒルデ:佐藤路子
オルトリンデ:増田のり子
ヴァルトラウテ:増田弥生
シュヴェルトライテ:小野美咲
ヘルムヴィーゲ:日比野幸
ジークルーネ:松浦麗
グリムゲルデ:金子美香
ロスヴァイセ:田村由貴絵

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
協力:日本ワーグナー協会
芸術監督:飯守泰次郎

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2016年10月 2日 (日)

カンブルラン/読響(2016/10/02)

2016年10月2日(日)15:00
パルテノン多摩

指揮:シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団

(第3回パルテノン名曲シリーズ)

ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」
ビゼー:「アルルの女」第2組曲
ベルリオーズ:幻想交響曲
ビゼー:歌劇「カルメン」第1幕への前奏曲
(アンコール)

定期では聴けないカンブルラン様、ここにあり。
幻想交響曲の後に「カルメン」をアンコール。
本編も凄かったがアンコールはさらに凄い。
第5楽章→カルメン前奏曲…で違和感なし。
切れ味抜群のカンブルラン様の棒が本気を出すと、通俗名曲(大変失礼!)がこんなに生き生き、キビキビ、ワクワク、…の大興奮。
この曲も(「フィガロの結婚」に負けず劣らず)これからオペラが始まるワクワク感を噴出している曲ですね。
これからオペラの幕を上げてほしいほどでした。

1曲目の「ローマの謝肉祭」では、演奏開始直前および直後に客席からしゃべり声がホールに響き、そのせいか、「あれ?ちょっと切れ味が足らない?」とも思いましたが、声がやんで、しばらくしたら切れ味が出てきて、指揮台を見たらカンブルラン様が赤鬼に変身していました。
顔を真っ赤にして気合いを入れて振るマエストロ。
2曲目の「アルルの女」も含めて、ホールの音響のせいか、私の席の位置のせいか、繊細精緻と言うよりは豪快豪華な印象です。
しかしそこはカンブルラン様、切れ味の鮮やかさも内包していました。

「アルルの女」のフルートソロは首席の倉田さんではありませんした。
東響の首席の相沢さん??のようにも見えましたが、遠目なので自信なし。
チェロのトップはOBの毛利さんのようでした。

そして後半の幻想交響曲。
前半で感じた豪腕の印象から一変、音に透明感が宿り、切れ味もさえる。
これぞカンブルラン様に期待する音。
(…となると、前半はなんだったんだ?という気もしますが、金返せというような低レベルの話しではなく、ハイレベルの領域での僅差です。僅差ですが…。その僅差が音として鳴ると、素人の私にもわかる違いになります。)
細部で定期のレベルまで磨き込みが不足している箇所(僅差です!)は散見されたにしても、全般的には得難い体験でした。

幻想交響曲でのティンパニ助っ人にOBの菅原さん?
第3楽章以降の、その味のあるティンパニの音にも惹きつけられました。
上手寄りの席だったせいもあると思いますが、コントラバスも含めて、うねる低弦、随所に加えられるアクセントには、何度もハッとさせられました。

「ローマの謝肉祭」、「アルルの女」、幻想交響曲、「カルメン」と、有名曲を並べただけのようでいて、カンブルラン様が振れば想定通り、つまり、平凡な演奏になるはずがありません。
細部の仕上げに多少のムラはあったかもしれませんが、終わりよければ全てよし、でした。

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