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2017年3月の9件の記事

2017年3月26日 (日)

新国立劇場「ルチア」(2017/03/26)

2017年3月26日(日)14:00
新国立劇場

ドニゼッティ:ルチア

「金返せ!」の反対語は「チケット安かった!!!」でよろしいでしょうか。

今後、このプロダクションが再演されるたびに「プレミエの時は凄かったんだけどね」と言われる未来を作ってしまった凄演でした。

第1幕の中盤の時点で、幸せな興奮が客席に充満。
主役3人が、絶叫調にならずにパワー全開(まだ余力がありそうですが)。
ピットのマエストロとオケも歌に寄り添いながら存分に魅惑的な音を奏でる。

これで文句を言ったら叱られるレベルの上演ではありますが、私の席からだと、舞台上の定位置で歌うのと、やや高いところ(と言っても1~2mの高さ)で歌うのとでは、音響的に、結構、声の通り具合が違う印象。
これは歌手の皆さんの責任ではありません。
私は、常日頃、演出家の皆さん、高いところや、奥まったところで歌わせないでほしいなぁーと思っていますが、この舞台も時々、そういう場面もありました。

第2幕(第2部第1幕)は、婚姻の署名の後の重唱が素晴らし過ぎ…だけで終わらずに、幕切れに向けて合唱も加わっての畳み掛け(ピットのオケを含む)はまさに手に汗握るドラマティック!!
この作品がこんなに劇的だったなんて、まるで初めて知ったかのような(オペラ初心者ですみません)。

第3幕(第2部第2幕)の…いや、この作品のクライマックスは、言うまでもなく狂乱の場のはずですが、私はこれまで、なんとなく劇としての物足りなさを感じていました。
「ルチアが花婿を殺害した」というのは、別室の場面の説明に近い“語り”として歌われ、そこへ、ルチアがふらふらと出てくるからです。
しかし、この日は衝撃的な視覚効果が用意されていたと言って良いでしょう。
花婿の首を槍の先に突き刺したようにして持って出てきたのです。
(ネット上で、「サロメ」うんぬんと言われていたことの意味が、観てようやくわかりました。)
グロテスク、悪趣味…という意見もあり得るでしょう。
しかし、私は好意的に観ました。
これまで劇としての物足りなさを感じていた部分を、ルチアが登場した後の視覚効果で補ってくれたような気がしました。
本当は凄惨なはずの場面の衝撃を視覚的によく表していたと思いました。
(カーテンコールで、小原さんが首をさすりながら出てきたのは、どうかと思いますが…。)

狂乱の場のピットの中で奏でられた、本来の編成のグラスハーモニカの不思議な音色も素晴らしかったですが、ルチアは本当に感情移入した歌唱で、目つきは本当に狂っちゃったようでした。

歌手はもちろん、ピットのオケも素晴らしかったのではないでしょうか。
時折、評論家の先生に酷評されることもあるピットですが、それは指揮者に起因することも多いのでは?と、この日の素晴らしい音を聴いて、それを導いたピットのマエストロの指揮の動作を見て、思いました。
もちろん、公演を重ねた最終日ということもあるかもしれませんが…。

カーテンコールでは主役3人がプロンプターさんと握手。
ルチアはグラスハーモニカ奏者とも握手。
ルチアはずいぶんはしゃいでいましたが、最終日だし、会心の舞台でもあったのでしょう。

冒頭に書いた「金返せ!」の反対語の件、仮に「本日の公演がお気に召しましたら、お帰りの際に一口千円以上のご寄付をお願いいたします」と出口に箱を置いたら、180万円くらい集まったのではないでしょうか????

スタッフ
指揮:ジャンパオロ・ビザンティ
演出:ジャン=ルイ・グリンダ
美術:リュディ・サブーンギ
衣裳:ヨルゲ・ヤーラ
照明:ローラン・カスタン
舞台監督:村田健輔

キャスト
ルチア:オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ
エドガルド:イスマエル・ジョルディ
エンリーコ:アルトゥール・ルチンスキー
ライモンド:妻屋秀和
アルトゥーロ:小原啓楼
アリーサ:小林由佳
ノルマンノ:菅野 敦
合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
グラスハーモニカ:サシャ・レッケルト

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2017年3月21日 (火)

大野和士/都響(2017/03/21)

2017年3月21日(火)19:00
東京文化会館

指揮:大野和士
東京都交響楽団

(第827回定期演奏会Aシリーズ)
ピアノ:シュテファン・ヴラダー

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番
リスト:コンソレーション第3番
(アンコール)
ブラームス:交響曲第4番

つい先日、インバルさんの指揮するベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団を聴いて、同じインバルさんで何度も聴いた都響が機能一辺倒でみたいに感じられてしまいました。
相対的には今でもそう思いますが、そこは天下の都響、機能一辺倒でないことが確認できて、嬉しい演奏会でした。

前半の協奏曲は、硬質で分離が良いけど、暖かさをも感じるピアノに好感。
それと渡り合い、寄り添い、包み込む“機能一辺倒ではない”都響のしなやかな音。
もっとも、機能的に優れた側面も十分にあり、硬軟織り交ぜた音が加速する場面は手に汗握るよう。
この日は人身事故で電車(総武線快速、各駅)が一時運転見合わせし、「間に合わないかも…」、「後半だけでも聴きたい」と思いましたが、幸い、すぐに電車(総武線各駅停車)は運転再開し、遅れずにホールに着けました。
ほんと、聴けて良かったです。

一曲目からブラボーの嵐でしたが、ヴラダーさんののアンコールは、本編のブラームスでは硬質に感じられたピアノの音が柔らかく感じられました。
音色の使い分けでしょうか?
どちらのスタイルも、それぞれの曲の性格ににふさわしい音だったかもしれません。
(アンコールの最後の方で客席から電子音が聞こえたような気がしましたが、機能性ですかね?)

幸せな休憩時間の後の交響曲も素晴らしい。
この曲、こんなにめまぐるしく表情が変わる曲だったんだーと初めて気がついたような体感。
しなやかで(←こればっかですみません)、弾力的で、チャーミングで、そしていざという時の凝縮力。
第4楽章の豪流も素晴らしかったが、第2楽章の魅惑的表情が特に印象的。

大野さんは、私は数年前までの「千手観音」のイメージがいまだにあって(そういう傾向が後退してずいぶん経ちますが)、今宵も、ああ、大野さん、以前みたいにしゃかりきにならなくても、思い通りに音を導けるのね、と思いました(偉そうにすみません)。

このブラームス・プログラム、東京文化会館のデッドな音響がハンディにならない演奏だったと思います。
「都響の本拠地だから当たり前」ではないのはこれまでも体験済み。
今回は本当にハンディに感じませんでした。
みずみずしい音、艶やかな音…。

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2017年3月20日 (月)

下野竜也/読響(2017/03/20)

2017年3月20日(月・祝)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:下野竜也
読売日本交響楽団

(第94回みなとみらいホリデー名曲シリーズ)
ヴァイオリン:三浦文彰

パッヘルベル:カノン
フィリップ・グラス:ヴァイオリン協奏曲第1番
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界から」
パッヘルベル(野本洋介編):カノン
(アンコール)

感動的なフィナーレでした。
下野さんの御卒業…と言うよりも、次の大役へのステップアップを皆が祝福している感涙ものの終演後のステージ。
胸がいっぱいです。
下野さん、ありがとう、ありがとうございました。

一曲目のパッヘルベルのカノンは、指揮台の前にオルガンが置かれ、回りをチェロとコントラバスが囲む。
空席の管楽器の部分を飛ばして、後方にヴァイオリン、ヴィオラが立奏で半円形に囲んでいます。
その配置が生み出す音響は、分離の良さと天然サラウンド。
ピリオドではない悠然たるこの演奏は下野さんのスケール大きさを示すものでした。

この後、配置転換の間、下野さんのトーク。
パッヘルベルのカノンを「元祖・繰り返しの音楽」とおっしゃる。
なるほど、次のフィリップ・グラスの協奏曲との橋渡しになっているんですね。

そのフィリップ・グラスのヴァイオリン協奏曲は、三浦文彰さんの独奏。
私はこれまで、三浦さんのヴァイオリンは、技巧をひけらかす(だけの)ような演奏に感じて苦手でしたが、この日の演奏は素晴らしかったと思います。
下野さんが歳をとって円熟するのは当然のこととして、もっと若い三浦さんは当然、内面的、内省的な演奏に成長している…と思いました。
三浦さん、見直しました(偉そうにすみません)。

休憩後の「新世界より」は読響時代の集大成にふさわしい演奏。
私が前回聴いたのは10年近く前の夏の三大交響曲だと思いますが、指揮者の10年はとてつもなく大きい。
(…と思ったら、その後も聴いていましたが…。)
豪腕の場面の突き抜け方はさらにパワーアップしていますが、それだけではなく音が深い、深い。
上にも下にもアップスケールしている下野さん。
躍動する場面もばか騒ぎにならず、格調の音色。
極めつけは第2楽章のしっとり感
。艶やかだが、ため息のでるようなチャーミングな音の連続。
ずっと聴いてきたつもりでいて、下野さんの進化、深化、真価にまるで今気づいたような体感。
正指揮者、首席客演指揮者だったとは言え、天下の読響がこれだけ食らいつくように演奏する場面も感涙ものです。
下野さんのトークで新世界交響曲のラストへの言及もあったせいか、みなとみらいにしては珍しく、音が消えた後の静寂の数秒間もあり。

アンコールにパッヘルベルのカノンは、ハイドンの「告別」のような楽団員の退場。
お別れの寂しい気持ちではなく、みんな笑顔デ手を振りながら退場の明るい、明るいラスト。
言葉を失うような感動的な空間を目撃できて幸せ、目がうるうるするほどの至福、ありがとう下野さん。
パッヘルベルのカノンで始めて、再び編曲されたパッヘルベルのカノンで終わるという選曲の妙も最後の最後まで下野さんの面目躍如。
本当に素晴らしいラストコンサートでした。

以下は蛇足です。
下野さんの思い出。

下野さんの2006年の読響正指揮者就任は、当時としては抜擢に近かったかもしれませんいが、東響も2002年、2003年に定期演奏会に起用していました。
ブザンソンのコンクール優勝の翌年であり、さらに大抜擢だったと思います。
ただ、この2003年の定期は今の下野さんでは考えられないような空回りのドヴォルザークの第6番でした。
その空回りの印象があったので、私は読響正指揮者就任後も下野さんについては半信半疑でした(すみません)。
いや、東響だって、その後、定期には呼んでいませんよね。
今になって思えば、ああ、若過ぎるうちに聴いてしまったのね…と笑える空回りでしたが、私は当時、「当分、下野さんはいいや」と…。

この考えは、2~3年で覆りました。
ただ、会員券で聴いてはいても、プラスして一回券を買ってまでは聴きに行かなかった下野さんですが、近年はますますパワーアップ。
「精一杯頑張ってます!」の感があった数年前に比べ、今では力まずにとてつもない音が鳴る指揮になりました。
今の下野さんに比べれば、正指揮者就任当初の下野さんは「まだ若かったのね」ですね。
「会員券で聴けるし…」と、熱心なファンではなかったにも関わらず、偶然にも、正指揮者退任の演奏会(フラブラ付きのブル5)と、首席客演指揮者退任(この日)の演奏会を聴く機会に恵まれました。

下野さんの読響時代で思い出すのは、一番は、湯治場オランダ人、二番は正指揮者退任演奏会のフラブラですが、それらは番外として、今でも光景が脳裏に焼き付いているのは涅槃交響曲かもしれません(その後、NJPでも聴いているのに)。
團伊玖磨の交響曲もありました。
でも、何年後かに思い出すのは、この日の演奏会かもしれませんね。

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2017年3月19日 (日)

神奈川県民ホール「魔笛」(2017/03/19)

2017年3月19日(日)14:00
神奈川県立県民ホール

神奈川県民ホール・iichiko総合文化センター・東京二期会・神奈川フィルハーモニー管弦楽団 共同制作公演
神奈川県民ホール・オペラ・シリーズ2017
モーツァルト:魔笛

ドイツ語上演字幕付・日本語ナレーション

この演出、私にはよくわかりません。
あまり演出をけなさない(つもりの)私ですが、この演出は、なんじゃこりゃ?…いや、私の感性には合いませんでした。

バックダンサーが歌手の後ろでくねくね踊るのも、なんか音楽を視覚で邪魔をしているような居心地の悪さが感じられます。
例えるなら、客席で近くの席の方が演奏中に指揮真似をして、いらいらするときに似ているような…。

いや、最初は期待したんですよ。
冒頭の大蛇をダンサーで表現したのはなかなか上手いと思いました。
しかし、ダンサーの動きの意味がわkったのはそこだけ(私の頭が悪いのかな?)。

簡素な舞台は、節約志向だなどとは申しません。
(バックにダンサーを配置する労務費はかかるでしょうし…)
しかし、色彩感の乏しいこと。
黒を基調としたモノクロームの世界。
もちろん、演出家はそれを狙ったのでしょうけど、だったら、なんであんな、へんてこな、出来の悪いロボットのようなモノスタトスにしなければいけないのでしょう?

さらには、セリフをカットしておいて、ナレーションにセリフの抜粋(?)をしゃべらせ、歌手はそのナレーションのパントマイムを演じなければならないというのが釈然としません。
オペラ歌手は、もっともっと演技ができるはずです。
もっと歌手(の肉体的能力)を信用して、もっと動かしたら?と思います。
動きはダンサーに任せて、歌手は歌唱に専念せよ…という意図かもしれませんが、オペラ歌手の演技力を馬鹿にしないでいただきたい。

この日の救いは、芸達者で定評のあるパミーナ:幸田浩子さん、パパゲーノ:宮本益光さんのお二人。
特に、宮本益光さんが小技をちりばめて客席の笑いを取り、オペラ歌手の演技力を信用しない演出に、果敢に挑みました。
カーテンコールで一番ブラボーが大きかったのは宮本さん、次が幸田さん。
会場の客席の皆さん、わかってらっしゃる!!
(カーテンコールの何回目かで、一人ずつでは無く二人ずつ登場したときに、ザラストロと夜の女王がペアになって手をつないだときも、笑いが出たり…。
確かに、このコンビで仲良く手をつなぐというのは、光景として面白いですね。)

で、問題の演出:勅使川原三郎さんには、ブラボーもありましたがブーイングもありました。
私はブーイングの方に一票!

ピットの川瀬賢太郎マエストロは期待通り、つまり素晴らしい。
もうピリオドも、モダンも、過去の全てのスタイルを昇華して、21世紀のモーツァルトの演奏スタイルを築く世代なのでしょう。
いっそ目を閉じて、音だけを聴こうかとすら思いました。

第2幕の終盤はそれなりに楽しみました。
バックにダンサーが出て来る場面も減り(ダンサーの皆さんにはすみません)、ナレーションも減り(ナレーターの方にはすみません)、音楽を疎外しない舞台になりました。
邪魔(?)が入らなければ川瀬さんの棒も冴える。
いや、川瀬さんは最初から全力投球だったのがようやく生きました。

オペラのカーテンコールで、指揮者がオケを起立させようとしてもオケが応じずに指揮者を讃える…というのは、あまり見たことがないような気もします。
神奈川フィルも(川瀬さんが導いたにせよ)素晴らしかった。
魔笛だけに特にフルートの音色。

(ただ、ここのオペラは、幕が上がって舞台(演奏)が進むにつれて、まるでミキシング装置を調整したかのように音のバランスが良くなるのが、毎回、気になるといえば気になりますが…。)

というわけで、川瀨さんと神奈川フィルの演奏、そして、幸田さんと宮本さんの熱演に満足しつつも、宮本亜門さん演出のプロジェクションマッピングの「魔笛」が懐かしくなってしまいました。

蛇足:
この日の最大の誤算は演出でしたが、もうひとつの誤算も…。
県民ホール終演後、大桟橋付近は混んでいるので、のんびり関内駅まで歩こう…と珍しくいつもと違うルートで帰ろうとしたら、横浜スタジアムでベイスターズvsホークスのオープン戦がちょうど終了していたという…。
大桟橋付近の比ではない、球場からはき出された人、人、人。
旧神奈川県民時代の感覚はすっかり失われている私…。

指揮:川瀬賢太郎
演出・装置・照明・衣裳:勅使川原三郎

ザラストロ:清水那由太
夜の女王:高橋維
タミーノ:金山京介
パミーナ:幸田浩子
パパゲーノ:宮本益光
パパゲーナ:醍醐園佳
侍女Ⅰ:北原瑠美
侍女Ⅱ:磯地美樹
侍女Ⅲ:石井藍
弁者&神官:小森輝彦
モノスタトス:青栁素晴
神官Ⅱ:升島唯博
武士Ⅰ:渡邉公威
武士Ⅱ:加藤宏隆

ダンス:佐東利穂子、東京バレエ団
合唱:二期会合唱団
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

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2017年3月18日 (土)

上岡敏之/新日フィル(2017/03/18)

2017年3月18日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:上岡敏之
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第570回定期演奏会トパーズ<トリフォニー・シリーズ>)
ファゴット:河村幹子(首席奏者)

ベートーヴェン:交響曲第1番
モーツァルト:ファゴット協奏曲
シューマン:交響曲第2番
モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」~第4楽章
(アンコール)

もしかして、新日本フィルの音色、変わりました?

私が上岡さんの指揮するヴッパータール交響楽団を聴いたのはたったの1回なので、うかつなことは言えませんが、あのときの印象に近づいたような…。

ベートーヴェンは、最初のうち、堂々たる王道のアプローチ、ゆったりと味わい深い……などと思っていたらとんでもない。
曲が進むにつれてビシバシとアクセントが加えられ、終楽章などはピリオドも真っ青の快速特急、ティンパニのぶっ叩き付き。
それでも奇をてらった印象はないどころか、このスタイルが必然…と思えてくるのが上岡さんの指揮。
爽快感と充足感の快演、銘演でした。

ファゴット協奏曲は、在京オケ首席奏者の力量を満喫する演奏。
ソロは当然技巧を駆使しているにしても、それが前面に出ず、ゆったりとした幸せなひとときがホール空間に充満。
上岡さんのオケに対するムチ入れはありましたが、交響曲ほど大きなスパイスではなく、“競争曲”にはならず。
途中、客席での携帯着信音が鳴ったのが残念でした。

後半のシューマンは、あまり細かくいじくらないなめらかな印象なのに、アクセント、スパイス、煽り満載…という、文字にすると矛盾したようになってしまう印象でした。
音自体は分解能よりも、音の溶け合いを優先したかのよう。
そこに、カルロス・クライバーを彷彿とさせるような指揮台上のダンスから繰り出させる表現の数々。
当然、細部がちまちま動くのではなく、オケ全体のうねりとなる。
指揮の強烈なアクセントの連射にも、かき回された感触は皆無でオケは追従。
弾力性があり、しなやかで美しい音でした。

アンコールにモーツァルトのジュピータ交響曲の第4楽章。
唐突なようでいて、聴いてみると本編との連続性が感じられる不思議。

上岡さん、まだ就任から1年を経過していませんが、既に不動のシェフになりつつあるようです。

この日のベートーヴェン、モーツァルト、シューマン、モーツァルトを聴くと、演目上、どうしても思い出すブリュッヘンさんとの演奏。
そのブリュッヘンさんの足跡は消えていくのかなぁ…と少し寂しくなりますが、上岡さんとの未来に向けて、新しい道を歩んでいくのが新日本フィルの正常な進化と言うべきなのでしょう。
そういう希望と期待をも感じる演奏会でした。

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2017年3月13日 (月)

インバル/ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団(2017/03/13)

2017年3月13日(月)19:00
すみだトリフォニーホール

すみだトリフォニーホール開館20周年記念
すみだ平和祈念コンサート2017《すみだ×ベルリン》
指揮:エリアフ・インバル
ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」~前奏曲と「愛の死」
マーラー:交響曲第5番

いや~、この音色が…!!!としか言いようがないのですが、腕利きの奏者が機能性の側面を封印し、ひたすらこの統一された音色のために力を尽くす。
それが一体化し、うねり、跳躍するときの快感は筆舌に尽くしがたい。

インバルさんの揺さぶりがストレートに出てくる都響に対して、一見オブラートに包んだようでいて、内包するエネルギーが直線的ではなく微妙に湾曲して強烈にうねるこのオケ。
良い体験(興奮もの)をさせていただき、ありがとうございます。

前半のトリスタンは、割と冷静に観察していました。
ふわっとした柔和な音色、音質が、強奏でも全く変わらない。
その音に全身が包み込まれるような体感は日本のオケではまず聴けない音です。
同時に、都響だったら細部は絶対にこうはならないよね~という部分もあって面白い。

しかし、後半のマーラーは、そんな斜に構えた聴き方を許さない凄演でした。

冒頭に書いたように、「機能性」という言葉と対極にあるようなオケ。
下手なわけではありません。
トランペットだけで、ホルンだけで、オーボエだけで、弦楽合奏で、金管と木管と弦が一緒に鳴って、全て統一された音色。
あえて縦の線をぴったり合わせないように、100分の何秒か、“ぴったりずらしている”のでは?と思うような統一感。
艶やかだけどちょっとくすみに入ったような音色で聴くインバルさんののマーラーは別物のような…

かなり好意的(驚嘆に近い)に聴いたオケですが、あえて辛口に重箱の隅を突くと、もしかして微弱音を出すのはあまり得意でないのかな?と思ったりもしました。
もっともそれがほとんど弱点にならないような個性的音色が凄いことかもしれません。

(某コンミスが、某オケで、ちょっと浮いているように感じていたのは、もしかして、本当にそうだったのか?と、こちらの方を聴いて、思ったり…。暴言、妄言、すみません。)

この凄い演奏を作り出したのは紛れもなくインバルさんなのですが、都響で聴いた時と違って、インバルさんを聴いたという体感よりも、「コンツェルトハウス管弦楽団を聴いた!」という体感。

インバルさんのソロ・カーテンコールも、もちろんインバルさんを讃える気持ちは大ですが、舞台を去って行く楽団員さんに拍手を贈る側面もあったような…。

ともあれ、インバルさんのマーラーは都響でさんざん聴いたよ…と思いつつ、チケットを買った自分を猛省させられる、素晴らしい演奏会でした。

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2017年3月11日 (土)

上岡敏之/新日本フィル(2017/03/11)

2017年3月11日(土)18:00
すみだトリフォニーホール

すみだトリフォニーホール開館20周年記念
すみだ平和祈念コンサート2017《すみだ×ベルリン》
指揮:上岡敏之
新日本フィルハーモニー交響楽団

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」
マーラー:交響曲第5番~第4楽章
(アンコール)

3.11から6年後のこの日。
6番という数字は狙ったものなのでしょうか。

この曲ほど、この日にふさわしい曲はないかもしれないと思うほど、激しく打ちのめされ、慟哭し、最後にとどめを刺される曲。
3.11に演奏されるにふさわしい激しさですが、このままで終わっていいのか?という思いに対しては、驚くべき模範解答のアンコールが用意されているという、この全体構成にはただただ驚嘆。
そのプロデュースのアイデアだけでなく、演奏も素晴らしい。

なんと強い音だろう!と思いました。
強い、強い、強い。
物理的な強さだけでなく、意思の込められた強烈な音。
上岡さんが激しく覆い被さる(襲いかかる)ように、えぐるような指揮がオケの音にのりうつります。
おそらく、計算され尽くした激情と情感(すなわち、リハーサルで作り込まれた表現)だと思いますが、そこは本番のライヴですから、燃える、燃える、強烈!!

終演後、オケの皆さん、あまりはじけないなーと思っていたら、まさかのアンコール、それも、アダージェット。
平穏な祈りのような、しかし力強さを内包した至福のひととき。

ハーディングさんが、3.11の後、6月の代替公演で指揮したマーラーの5番も、第3楽章までがめちゃくちゃ暗く、怖いくらいで、第4、第5楽章が「日本、頑張れ!」というような救いの道が見えるような演奏でした。
あの日の演奏のことも思い出したりもしました。

第6番の、いっときの平穏をすら容赦なく打ち砕く嵐のような激情に何を思うか。
アンコールに演奏された5番の4楽章に何を思うか。
どうしても「あの日」を思い起こしてしまうが、それはおそらく狙ったもの?
「6」という数字も、偶然か、意図したものか。
深く心に刻まれる演奏会になりそうです。

上岡さんと新日本フィルのコンビは、また、次の演奏会でも、何かが起こるかも?と思わせますね。

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2017年3月 5日 (日)

秋山和慶/東響(2017/03/05)

2017年3月5日(日)14:00
東京オペラシティコンサートホール

指揮:秋山和慶
東京交響楽団

東京オペラシティシリーズ 第96回
フルート:相澤政宏
クラリネット:エマニュエル・ヌヴー
ヴァイオリン:水谷晃

ハイドン:交響曲第70番Hob.I-70
クロンマー:フルート、クラリネットとヴァイオリンのための協奏交響曲作品70
ショスタコーヴィチ:交響曲第9番作品70

創立70周年記念プログラムということで3曲とも70とのこと。
東響の底力を堪能した演奏会でした。

1曲目のハイドンは、かなりピリオド寄りの演奏ちょっとびっくり。
秋山さんはスダーン監督時代に、スダーン監督とは真逆の“非ピリオド”のモーツァルトとかを聴いていたので、“非ピリオド”を想定していたのです。
ビブラートかなり控え目の響きがスピード感を増幅。
すでに第70番で、あちこち凝った仕掛けのある曲の楽しさ。
ハイドンは楽しい。
1曲目から盛大な拍手でした。

続くクロンマーの協奏交響曲も、めちゃくちゃ楽しい演奏。
東響トップ3人のソロの上手いこと。
そして、当然ながら“均質”。
ソロ同士も“均質”、ソロとオケも“均質”。
クラリネットからフルートへと旋律が受け渡されても、連続的で継目なし。
演奏しながら微笑を浮かべて目配せする余裕のある水谷コンマスの姿が象徴する東響の底力です。
ああ、この方たちが、普段はオケの一員として演奏しているんだから、東響は上手いわけだ…と。
ここでも盛大な拍手が贈られます。

ここまでは、コンサートマスター席に座ったのは、アシスタント・コンサートマスターの田尻さんでした。
そうなんです、普段は田尻さんが2番手、3番手で弾いているんですから、東響は層が厚い。

で、さすがは超・働き者の東響だけあって、前半の協奏交響曲でソロの3人は「お疲れ様でした、さようなら」ではなく、後半はオケの中に着席して演奏しました。
当然、トップは水谷コンマス。
コンマスはショスタコーヴィチの交響曲第9番ではソロもあるので、本当にお疲れ様です。
後半のもう一人の主役はファゴット(たぶん福士さん)。
東響メンバーの層の厚さと力量をたっぷり満喫した演奏会です。
そして、これぞ定期クォリティの秋山サウンド、どこをとっても隙なし。
しかも、ただきれいに組み上げただけではなくて、パワフル。
軽妙な側面から、ちょちょ陰鬱な弱音?そして狂ったように爆発し、疾走するフィナーレまで、もう、見事、見事。

やっぱり秋山さんは、定期あるいはそれに準ずる主催公演で聴くべき…とこの日も思いました。
すなわち、この日は主催公演なので、本領発揮。

一応、長年の大ファンなので暴言を許していただきたいのですが、近年の秋山さんは、ときどき、「あれ?枯れたかな?」「老境に入られたかな?」と感じるときがあります。
たとえば、前年の年末の「第九と四季」。
しかし幸いにも、この日の演奏を聴いて、「良かった、まだまだお元気、枯れていない、」と嬉しくなりました。
これからも、期待しております。

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2017年3月 4日 (土)

飯守泰次郎/東京シティ・フィル(2017/03/04)

2017年3月4日(土)14:00
ティアラこうとう

指揮:飯守泰次郎
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

(第48回ティアラこうとう定期演奏会)
ピアノ:篠永紗也子

ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第1番
(改訂版)
ベートーヴェン:交響曲第7番

1曲目の「タンホイザー」序曲を聴いただけで、やっぱり飯守さんの棒に一番反応するのはシティ・フィルだよね…と再認識。
わかってはいましたが、再認識。
音が証明する。
重低音のうねりから炸裂する瞬発力まで、どこを切り取っても飯守サウンド。

東響も東フィルも、新国立のピットでががんばっていることは間違いありませんが、飯守監督が振るときは、シティ・フィルをピットに…が無理なら、せめて戸澤コンマスをゲスト・コンマスに…と思ってしまいます。
(水谷コンマス様、ごめんなさい、東響も素晴らしいのですが…。)

閑話休題。

続くラフマニノフのピアノ協奏曲も、飯守さん、素晴らしい。
もちろん、バックのオケです。
コンクール歴が多数とは言え、大学院在学中のピアニストと、新国立の監督にしてシティ・フィル桂冠名誉指揮者とでは格が違うのは当然ですが、その割には特に第3楽章は相当に善戦した印象で、まずまず好感。
ただ、バックの飯守さんが手抜きなしの真剣勝負で振ったので、そこは貫禄のオケの音が鳴り響き、ピアノ付き交響曲になりかけたのは致し方なし。
おそらく、最初のうちは、かなり緊張されていたのでは?
登場されたときは、取り澄ました感じで、もうちょっと愛嬌があっても…と思ったくらいですが、演奏が終わった後は満面の笑顔。
第1楽章はテクニックだけが前面に出てしまう感もありましたが、曲が進むにつれて鳴る音にも緊張が取れて、“音を楽しむ”方向に変化した感じです。

それにしても、飯守さんの振るラフマニノフがこんなに素晴らしいとは…。
ラフマニノフの交響曲あたり、全曲演奏など、いかがでしょう(無理でしょうけど)。

さて、この日の演奏会の本題はベートーヴェンでございます。
第7番は以前にも聴いたことはありますが、何回体験しても飯守さんのベートーヴェン以外の何者でもありません。
もう、煽りとうねりと炸裂の重低音の快感に浸るのみ。
マエストロの瞬発的な腰のひねりや腕の振り回し(失礼)が時にはスパイスに、時にはアクセントに、時には爆発に…。

予定調和の興奮…などと言ったら叱られそうですが、「こういう演奏になるに違いない」と期待して、その通りの興奮に再開できる喜び!

もともと飯守さんの棒には機敏に反応していたシティ・フィルですが、高関さんの体制(高関さん常任&飯守さん桂冠)になって、ますます飯守さんの棒への追従性、再現性が上がっているような気もしました。

なお、蛇足ですが、この日、私は決定的瞬間見逃しました。
1曲目の「タンホイザー」序曲の演奏中、舞台から目を離した(目を1秒くらいつぶった)一瞬の間に、指揮棒が第1ヴァイオリンの3列目の足元に転がっていました。
指揮棒が宙を舞ったようです。
その直後にもマエストロは指揮棒を持っていたので、指揮台に置いてあった予備を持ったのでしょうかか???
せっかく1階席前方の席に座ったのに残念。

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プレ・コンサート

チェロ:富岡廉太郎
ファゴット:皆神陽太

ファゴットとチェロのためのソナタK.292(196c)

比較的珍しいと思われる低音系の楽器2つの暖かい音色に癒される開演前のひと時。
もっとも、演奏者の方々は、速い旋律は相当の技巧を駆使していたような???

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