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2017年10月の10件の記事

2017年10月28日 (土)

ラザレフ/日フィル(2017/10/28)

2017年10月28日(土)14:00
サントリーホール

指揮:アレクサンドル・ラザレフ
日本フィルハーモニー交響楽団

(第694回東京定期演奏会<秋季>)

【ラザレフが刻むロシアの魂SeasonⅣグラズノフ3】
グラズノフ:交響曲第4番
ショスタコーヴィチ:交響曲第1番

仕上がり良好、極上の包み込まれるような音です。

グラズノフは私はたぶん初めて聴いたと思いますが、「珍しい曲を音にしてみました」のレベルではありません。
例によってハイテンションの指揮ですが、出てくる音は不思議と柔和。
柔和だけど弱々しくない。
弱々しくないけど、ふわっとホール空間に充満する。

ラザレフさんは、着任当初の荒々しいくらいの指揮から「爆演型か?」と勘違いしていました。
「ラザレフさんよりインキネンさんの方が日フィルには合っているのでは?」と思ったこともあったくらい。
それが、実は違って、ニュアンスをも重視する指揮者だったことはかなり前に気が付かされてはいましたが、この日の演奏は、ラザレフさんが活を入れて立て直し、良い方に転がり出して、上昇基調にのった日フィルの現在を、音が示した演奏でした。
もちろん、入念なリハーサルで磨き上げたのでしょうけれど…。

休憩後のショスタコーヴィチも、本当に音が練り上げられ、微弱音も繊細な美しい音。
おそらく大音響の美しさもその繊細な音の織り重なり、練り上げから生まれたものでしょう。
スカッとする音ですが、スッキリ系ではなく、芳香感を内包した音。
その音がホール空間を満たす充足感。
短い曲2曲で、短めの演奏会でしたが、満足感は非常に高い演奏会でした。

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2017年10月22日 (日)

ノット/東響(2017/10/22)

2017年10月22日(日)14:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ジョナサン・ノット
東京交響楽団

(名曲全集第130回)
オルガン:石丸由佳
ピアノ:児玉桃

リスト:バッハの名による前奏曲とフーガS.260(オルガン独奏)
シェーンベルク:管弦楽のための変奏曲
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲
ラヴェル:ボレロ

迷いましたが、やっぱり行ってみるものです。
前日の演奏が110%とすれば115%から125%は行ったのではないでしょうか。
最後のボレロはおそらく前日よりもノット監督による点火が早く、楽団員さんはもう、わっしょい、わっしょいの勢いで弾きまくりながら、顔に「おい、おい、おい」というような笑みが浮かぶほどでした。

前日、こんなに凄いパガニーニ狂詩曲の演奏は、おそらく私は、生きている間には二度と巡り会えないだろう…と前日に思ったときに、巡り会う方法がひとつあることには気がついました。
それは翌日のこの日、ミューザに行くこと。
正解でした。

そのラフマニノフは、こちらも前日の出来が素晴らしかったので110%が120%になったような僅差ですが、オケの音の切れ味はさらに増し、モダンでスタイリッシュなラフマニノフ、分厚く感傷的なラフマニノフから決別。
桃さんの多彩な音の粒々も快感でした。

前半も、前日の追体験ではありません。
オルガン独奏曲は、ミューザのオルガンに変わって音色が変化。
私は、サントリーのオルガンの音よりも好きなので、柔らかさが加わったオルガンの音で複雑にからまる音色を楽しみました。

シェーンベルクを聴く限りは、ホール音響は予想したほど演奏効果に影響していないように感じました。
もともと、サントリーホールでも、高分解能で演奏されました。
それでも、やはりミューザの方がホール音響の分解能は上だったでしょうか。
それにしても、私がかなり苦手のシェーンベルクの作品が、こんなにも耳に心地良く、文字通り「音を楽しむ」ように聞こえたのは、前夜に体験済みだったとは言え、やはり驚きを禁じ得ません。

生演奏だから細部は色々ありましたがそれは枝葉末節。
微弱音からの音がさざめくように立ち上がるところのニュアンスなど、音の磨き上げの極致。
東響の黄金時代、今後も注目せざるを得ません。

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2017年10月21日 (土)

ノット/東響(2017/10/21)

2017年10月21日(土)18:00
サントリーホール

指揮:ジョナサン・ノット
東京交響楽団

(第654回定期演奏会)
オルガン:石丸由佳
ピアノ:児玉桃

リスト:バッハの名による前奏曲とフーガS.260(オルガン独奏)
シェーンベルク:管弦楽のための変奏曲
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲
ラヴェル:「鏡」~「悲しい鳥たち」
(アンコール)
ラヴェル:ボレロ

プログラミングの妙味に、よくぞここまで磨き上げた!というような演奏で、もうお腹いっぱい。
前菜、メインディッシュ、デザートなどではなく、メインディッシュ級を4曲(桃さんのアンコールを入れれば5曲)並べられて、おいしいので全部食べちゃった…という感じです。

私は東響の定期会員は比較的長い方だと思いますが、嬉しい反面、東響が未知の領域の高みに登って行ってしまって、手の届かない存在になってしまいそうな怖さも感じた演奏会でした。

まずはオルガン独奏とオーケストラで、連続して演奏されたリストとシェーンベルク。
実はめちゃくちゃ(破壊的なくらいに)革新的だったリストと、実はそれまでの伝統との継続性がるシェーンベルクを、続けて演奏することで音にしてみせたのでしょうか。
私は、シェーンベルクの複雑怪奇は想定内として、リスクと音が絡まりあう複雑怪奇に、かなり驚きました。

そして…。

私は、シェーンベルクは結構苦手な作曲家なので、オルガン独奏が終わってオケの演奏が始まった時は、「あー、しばしの我慢…」と思ったのですが、曲が進むにつれて、複雑な音の絡まりが高揚していく様子にで、「あれれ?面白いじゃないですか!」という気持ちになっていったのに、自分で驚きました。
これ、「珍しいものを聴かせていただき、ありがとうございました、おわり」の演奏ではありません。
シェーンベルクをここまで楽しませてくれたノット監督に感謝!感謝!です。

そして…。

休憩後のラフマニノフが、もしかしたら一番の聴きものだったかもしれません。
実は、桃さんのパガニーニ狂詩曲って、事前に想像が出来なかったのです。
あの一見クールな桃さんが、どう弾くのだろう?
なぜ、桃さんがソリストに呼ばれたのか?
その答えは、ノット監督指揮するオーケストラの音にありました。

パガニーニ狂詩曲のオーケストラ・パートが、こんなにくっきりと分解能高く演奏されたのは(私の乏しい鑑賞経験の中ではありまするが)全く記憶にございません。
あのカンブルラン様が読響で振ったときだって、確か、こうはならなかったような…。(←芸劇の3階で聴いたので、断言はできませんが…。)

この、ロマンティックではなく、センチメンタルでもない、スタイリッシュでモダンなラフマニノフを実現するためには、ソリストは桃さんでなければならなかったのです(←大げさ)。
このオケの音、伴奏などではありません。
がっぷり四つの協奏曲、いや、交響曲並みの気合いで演奏されたオケ。
シェーンベルクよりも後の時代ながら、作風から「時代が逆戻りした」ような印象になるものと予想していましたが、その予想もはずれました。
感傷的な印象は皆無に近く、完全に「同時代」のような音楽。
本当に、本当に、素晴らしい演奏。
この曲の、これ以上の演奏は、おそらく、私が生きている間に、もう二度と出会えないでしょう(翌日のミューザ川崎での同演目の演奏会に行かない限り。

桃さんのアンコールも、最初、「メシアンかな?」と思いました。
桃さんらしい、クールだけどちょっと凄みがある演奏でした。

最後は、文字通りオーケストレーションの天才によるボレロ。
一般的には、この曲がこの日のメインディッシュでしょう。
その通り、素晴らしい演奏でしたが、それ以外の曲の演奏もめちゃくちゃ素晴らしかったので、最後は大喝采ながら、いつものノット監督のソロカーテンコール(一般参賀)にはなりませんでした。

凝りに凝った演目(桃さん、ちゃんと、構成を壊さないように、ラヴェルを選んだんですね~。さすが!)にお腹いっぱい。
満腹感で大満足です。

プログラム冊子に載っているアシスタントコンマスの廣岡さんの談話に「最初の頃は(ノット監督に)ついていけない時もあった」というようなことが載っていましたが、確かにそうでした。
私も、そういう演奏会にあたってしまったことはあります。
しかし、今や、就任当初に比べて打率は格段に上がっていると言って良いのでしょう。
東響は、秋山さんの時代の最後の方、スダーン監督との蜜月に続いて、ホップ・ステップ・ジャンプの、第3の黄金時代を迎えたと言って良いのかもしれません。

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2017年10月15日 (日)

下野竜也/N響(2017/10/15)

2017年10月15日(日)14:00
NHKホール

指揮:下野竜也
NHK交響楽団

(第1867回定期公演Aプログラム)
ヴァイオリン:クララ・ジュミ・カン
ソプラノ:モイツァ・エルトマン

モーツァルト:歌劇「イドメネオ」序曲
ベルク:ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出のために」
モーツァルト:歌劇「皇帝ティトゥスの慈悲」序曲
ベルク:「ルル」組曲

モーツァルト、ベルク、モーツァルト、ベルクで、前半と後半それぞれに共通テーマという下野さんらしい凝ったプログラム。
そのプログラミングの妙の術中にはまり、モーツァルトがどことなく暗い影を伴って響くような…。

ベルクのオケは後半の方の「ルル」組曲の方が格段に良かったです。
音の融合と、文字通り「劇的」な高揚と激情。歌手も堂に入って狂気(?)を声にして突き抜けるような歌唱。
素晴らしい!!

前半のヴァイオリン協奏曲は、オケが「複雑で奇怪な曲」の側面を隠しきれていないように感じられてちょっと残念。
物理的には僅差でも、聴いた印象には増幅されて現れる?

「終わり良ければ全て良し」で気分良く家路につけました。
そして、いっそのこと、尾高賞受賞作品は、下野さんを毎年定期に呼んで、定期演奏会で演奏したら?と思ったりもしました。
下野さんの前に尾高忠明さんかもしれませんが、Aプロ下野さん、BCプロ尾高忠明さんとか??
ベルクなんて、もう現代音楽ではないのですが…。

休憩時間の男子トイレの行列が普段よりかなり短いNHKホールでした。

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2017年10月14日 (土)

川瀬賢太郎/神奈川フィル(2017/10/14)

2017年10月14日(土)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:川瀬賢太郎
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

(定期演奏会みなとみらいシリーズ第333回)
語り:唐田えりか

武満徹:系図~若い人たちのための音楽詩~
R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

無造作に2曲並べただけ…ではなく、家族をテーマにした2曲でした。
プログラミングの妙ですね。

武満さんの作品は、谷川俊太郎さんの詩が語りとして挿入される曲。
以前、確か、N響定期で聴いたような記憶がありますが、その時も、語りの威力が強く印象に残っています。
この日の唐田さんも、さすがはその道のプロ。
譜面台のに紙は置かれていたようですが(そこに詩が書いてあったかどうかは不明)、譜面の方を向かずにまっすぐ客席を向いていたので、おそらく暗唱。
劇と違って詩なので、どちらかと言うと淡々と語りを進目ざるを得ないとは思いますが、平板ではなく、淡々中にも語りの表情付けを内包した至芸でした。
あと、この曲は、オケがこんなに分厚く、大編成で、雄弁だったのか…とちょっとびっくりでした。

後半の「英雄の生涯」は、前半の武満作品で「オケの音にもう少し融合感があれば」と感じたのが、完全に払拭されました。
素晴らしい音の練り上げ。
スリムでスタイリッシュな音を、多層に折り重ねて、厚いけど見通しの良い音を紡ぐ川瀬マジック炸裂!

崎谷コンマスのソロも川瀬さんの作るオケの音の方向に沿った演奏。
スリムかつ透明感のある音色ながら、歌い回しも間合いも絶妙。

生演奏なので、響きの純度の面で、隅から隅まで完璧でなかったとは言え、その程度のことは在京オケ上位陣でもあります。
むしろ、このレベルまで音の純度を高めるような磨き上げが出来たことを賞賛すべきでしょう。

神奈川フィル、本当に変わりました。
「シュナイトさんの頃に比べて…」などと言うと、もう、年寄りの回顧談のようです。

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ノット/東響(2017/10/14)

2017年10月14日(土)11:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ジョナサン・ノット
東京交響楽団

(モーツァルト・マチネ第31回)
チェロ:イェンス=ペーター・マインツ

ハイドン:チェロ協奏曲第1番
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番~ブーレ
(アンコール)
モーツァルト:交響曲第39番

土曜日の朝のまったりとした空気の会場。
そのの空気が最初の一音で一変しました。
まさに目の覚めるような演奏。
楽しさ満載、気合い、気迫十分の超快演でした。

指揮者も独奏者も、ニコニコ満面の笑みで登場。
嬉しそう。
朝起きたときから演奏したくて、うずうずしていたと言わんばかり??
それがそのまま音に出ました。
聴いているこちらは「こんなに楽しくていいのか」と、禁断の悦びに浸ってしまったかののよう。

ハイドンのチェロ協奏曲については、昔、井上道義さんが藤原真理さん(←確か)との対談で、「チェロの曲が少ないから残ったと思うよ」などと(半分冗談でしょうが)語っていたのを思い出します。
しかし、この日の演奏は「決してそんなことはない!」ことを証明するかのように、多彩な音のパレット(音色、アクセント、等々)を散りばめた独奏
オケも水谷コンマスを筆頭に前のめりの積極演奏。
第1楽章で水谷コンマスの楽器の弦が切れたのかな。
会場は当然、大喝采でした。

モーツァルトの交響曲は、ピリオド・スタイルで突っ走るような爽快な快演だが、せかせか飛ばした印象はなく、存分に味わった体感。
スダーン前監督の(良い意味での)呪縛から(良い意味で)完全に解き放たれて、まさにノット監督との東響の新時代が佳境に入った印象でした。

ノット監督、着任当初は「まだまだスダーン監督との、あうんの呼吸の域には達していない…」と感じ、ある程度年数を経ても「ノット監督は、わざと、あうんの呼吸の状態に持ち込まないように、引き出しの多さを駆使して指揮をしているのかな?」とも思ったりもしました。
しかし、今や、楽団員さんの方から、全員、ノット監督に尻尾を振って、完全に追従し、あうんの呼吸の域に達してきているような?

翌日のオペラシティでの演奏会の3曲から2曲を抜き出したプログラム。
しかし、「オペラシティの演奏会の公開ゲネプロ」などではない真剣勝負。
「定期演奏会2日公演の1日目」のレベル。
夜の演奏会だったら一般参賀(ソロ・カーテンコール)になったかもしれない快演でした。
私は翌日に初台に行けなくて本当に残念です。

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2017年10月11日 (水)

新国立「神々の黄昏」(2017/10/11)

2017年10月11日(水)14:00
新国立劇場

ワーグナー:神々の黄昏

この日も、ピットの読響はパワー全開。
前回鑑賞のときは「声が突き抜けて届いてこない」と思いましたが、それは私の席の位置のせいだったようで、本日はピンピンに迫ってきます。

マエストロ、読響を鳴らし過ぎ?
いや、この調子でもっとやってー!というピットのハイテンションに、歌手もヒートアップ、音量バランスに気を配ったせせこましい演奏よりもはるかに素晴らしい。
まさに歌手どうし、歌手とオケの力比べ。
あっけにとられて受け止めるのみです。
マエストロの音作りは、悪く言えばやや一本調子の煽りですが、私はファンなので無問題…と言うか、それが聴きたくて足を運んでいるので、心底、堪能させていただきました。

開演前に「ハーゲン役のペーゼンドルファーさんが気管支の炎症で…」と、寛容な理解を求める説明(?)がありましたが、私の耳では瑕疵など聴き取れません。
素晴らしい。

ブリュンヒルデは、高貴さ、崇高さを感じさせる、熱唱ではない美しい歌声。
もしかしたら、ジークフリートの歌唱すら少し影響を受けたのでは?と思ったくらい。

前回鑑賞のときは舞台に近いの右側サイドの席だったので、ピットのマエストロは見えますが、舞台の半分以上は見えない席でした。
この日は上層階のやや中央寄りの席でしたので、奥行きのある舞台がそれなりに見えて「なるほど、こうやっていたのか」と空間の使い方がまずまずわかりました。
前回は見えなかった所作や演技多数。

とはいえ、上層階の安席なので、奥行きのある舞台への視覚を遮るのは、舞台の枠組み、特に上側。
レンタルプロダクションを持っって来て新国立の舞台にはめ込むとこうなるのは致し方ないですが…。
(1階S席だと、どう見えるかな?と想像しながら観ていました。)

演出については、第2幕で舞台上にあれだけの人々を並べたら、今だったら歌っていない合唱団員も動かすのでしょうが、フォーカスされた主役級歌手2~3人以外は棒立ちなのがもったいない感もありました。
ただ、故人の演出家が不在なので、もしも本人が演出したらどうなったかは不明。
第3幕では、歌っていない合唱団員さんも、ときどき動いていましたが、もっと働いていただく(失礼!)ことも可能だったと思います。

あと、前回鑑賞の時は、最後の場面で、ブリュンヒルデが手に持つたいまつ?の火が途中で消えてしまい、背後に控えていた人が持っていたものと交換していました。
この日は消えることはなく、「あれはハプニングだった」ということが、無事、確認できました。
(深い意味のある演出だったらバカにされそうだったので、この日まで黙ってました。)

とりあえず私は2回で聴き納めの見込みです。
前評判はいろいろ批判もあったと思いますが(飯守監督のファンの私は悲しかったです)、会場の盛り上がりを見る限りは、めでたし、めでたし…と言って良いでしょう。。

スタッフ
指揮:飯守泰次郎
演出:ゲッツ・フリードリヒ
美術・衣裳:ゴットフリート・ピルツ
照明:キンモ・ルスケラ

キャスト
ジークフリート:ステファン・グールド
ブリュンヒルデ:ペトラ・ラング
アルベリヒ:島村武男
グンター:アントン・ケレミチェフ
ハーゲン:アルベルト・ペーゼンドルファー
グートルーネ:安藤赴美子
ヴァルトラウテ:ヴァルトラウト・マイヤー
ヴォークリンデ:増田のり子
ヴェルグンデ:加納悦子
フロスヒルデ:田村由貴絵
第一のノルン:竹本節子
第二のノルン:池田香織
第三のノルン:橋爪ゆか
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団

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2017年10月 8日 (日)

東京二期会「蝶々夫人」(2017/10/08)

2017年10月8日(日)14:00
東京文化会館

二期会創立65周年・財団設立40周年記念公演
東京二期会オペラ劇場《二期会名作オペラ祭》
プッチーニ:蝶々夫人

全般的に破綻なく、まずまずでした。
…と言うことは、あまりほめていないのでありまして…。

「破綻なく」と書いたように「金返せ~」のレベルではありません。
ただ、今の、群雄ひしめく東京においては、外来、国内を問わずの他団体はもとより、二期会の他公演の公演を考慮すると、もう1枚上のレベルであってほしい気もしました。

第1幕では、オケの音も、舞台上の歌手の声も、まだ完全にノリきれていない感がありました。
大村博美さんは、どちらかというとパワー全開型の歌唱で、第1幕の蝶々さんだったら、もう少し可憐出会ってもいいような気も少々。
このスタイルであれば第2幕以降に期待かも…と思いました。。

第2幕も、破綻なくまとめてはいるけど、もう少し切々と迫ってくる旋律美のようなものがあるとなお良いんですどねぇ…という思いが少々。
ハミングコーラスでその思いは頂点に達しました(大げさですみません)。
第2幕終了の時点で帰ってしまったお客さんもちらほら見えて、そのお客さんの気持ちもわかるのがつらい。

「ところが第3幕は…」ではなく「第3幕になってやっと」、オケの音も溶け合い、舞台上の歌唱との融合感も出て良かったと思いました。
ピットのオケのみならず歌手の声も「ノリ」が出てきた印象。
「大村さんって前に聴いた時は凄かったけど?」という前幕までの印象は吹き飛びました。
…となると、第2幕まではなんだったのでしょうかか(と酷評するほどではないにせよ)。
リハーサルは第3幕中心で練習したんですかね?と皮肉を言いたくなりますが、しかし、この日は初日ではないですし…。
「終わり良ければ全て良し」と言う気にもなれず、「終わりよければ、まずまず」と言ったところでしょうか。
色々な要因はあるにせよ、本番での音楽の責任は指揮者にあり??
以前、NJP定期で聴いたデスピノーサさんは良かったと思ったんですけど…。

栗山昌良さんによる純和風の演出は、私は好意的に見ました。
読み替えもなく、安心してみていられる舞台と所作。
西欧の国々から見た遠い異国の日本の異様感のようなものは感じられませんが、それは私たち日本人が見ているからでしょう。
いや、私たち日本人から見ても、すでに今の日本にすら存在しない、昔あったかもしれないどこかの空間を、舞台上に再現するという観点では、視覚的インパクトはあったと思います。
ただ、結婚式が神主さんによって神道でお祓いの所作までして行われるのは、台本でキリスト教に改宗したの違うのでは?と思いました。
そんなことは台本を読み込む演出家は百も承知でしょうから、何か深い意図があるのかもしれませんが、私にはわかりませんでした。
あと、切腹したことを示すと思われる所作が、外国人のピンカートンさんに、短時間で以心伝心で伝わるのか?とか?
そういうことを突っ込まないで観るのが大人の鑑賞かもしれませんが…。

スタッフ
指揮:ガエタノ・デスピノーサ
演出:栗山昌良
舞台美術:石黒紀夫
衣裳:岸井克己
照明:沢田祐二
舞台設計:荒田 良
合唱指揮:佐藤 宏
舞台監督:菅原多敢弘
公演監督:牧川修一

キャスト
蝶々夫人:大村博美
スズキ:中島郁子
ケート:成田伊美
ピンカートン:古橋郷平
シャープレス:与那城 敬
ゴロー:高橋 淳
ヤマドリ:小林由樹
ボンゾ:志村文彦
神官:杉浦隆大
合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京交響楽団

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2017年10月 7日 (土)

新国立「神々の黄昏」(2017/10/07)

2017年10月7日(土)14:00
新国立劇場

ワーグナー:神々の黄昏

ピットの読響がめちゃくちゃ素晴らしい。
大正解、大成功と言って良いでしょうが、読響がピットに入ると聞いたとき、「ふーん」と思いましたけど、まさか、こんなに素晴らしい演奏をするとは予想もしませんでした。
日頃の定期演奏会よりも良かったのではないでしょうか(暴言すみません)。
豪快な音から繊細な音まで、粗雑な音は皆無で、高らかに響き渡る。
音色、パワー、ニュアンスともに素晴らしい。
私の席の位置のせいもありますが、歌手よりも優位の音量の場面多数。

第1幕は、私の個人的な体調で、ちょっとまったり、少し眠気も感じながら聴いていたので偉そうに断定的なことは申し上げられませんが、歌手陣の声の「客席側への」突き抜けが前作ほどではないようにも感じられたが気のせいでしょうか?
舞台装置に反響板の役割を果たすものがほとんどなく、舞台の左右および後方に対して、比較的開放的な空間で歌われていたので、構造上、音響的に歌手に不利だったようにも見えましたが、関係有無は不明。

第2幕は、非常に奥行きのある舞台。
それに対して、舞台間口の枠の間口の上下方向の高さがかなり低いので、奥まった位置で歌われると、貧民席サイドの私の席からだと音響的にやっぱりきついです。
幕切れの方で、舞台前方で3人棒立ちに近い状態(失礼)で歌った時の声のパワーはさすが。

第3幕も、パワーと言うよりは、やや切々と歌う感もあり、前作までほど圧倒的パワーは感じられませんでしたが、ラインの乙女たちは良かったですし、第2幕までに比べてかなり声が私の席まで届いてきていました。

演出は、細かい所作が見えるような席に座っていませんので(プラス、個人的体調で、まったり鑑賞していましたので)故人の演出家不在がどう影響したのかは存じあげませんが、最後の最後であれだけの視覚効果を作り出したのなら、全作品一貫して、あんな感じでやってくれれば、もっと評判も良かったのでは?と思ったりもしました。
前作の、おもちゃの風船のような大蛇を思い出します。

ともあれ、ピットの読響が素晴らしいのなんの…だったので、おかげさまで満足度非常に高し。
あまりにも上手かったので、「確かにY響は本当に素晴らしかったですが、スケジュールの過密度合いなどを見たら、T響の皆様から見れば、うらやましすぎるのでは?」と皮肉っぽく思ったりもしました。
良い悪いではなく。

スタッフ
指揮:飯守泰次郎
演出:ゲッツ・フリードリヒ
美術・衣裳:ゴットフリート・ピルツ
照明:キンモ・ルスケラ

キャスト
ジークフリート:ステファン・グールド
ブリュンヒルデ:ペトラ・ラング
アルベリヒ:島村武男
グンター:アントン・ケレミチェフ
ハーゲン:アルベルト・ペーゼンドルファー
グートルーネ:安藤赴美子
ヴァルトラウテ:ヴァルトラウト・マイヤー
ヴォークリンデ:増田のり子
ヴェルグンデ:加納悦子
フロスヒルデ:田村由貴絵
第一のノルン:竹本節子
第二のノルン:池田香織
第三のノルン:橋爪ゆか
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団

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2017年10月 1日 (日)

キリル・ペトレンコ/バイエルン国立管弦楽団(2017/10/01)

2017年10月1日(日)15:00
NHKホール

NHK音楽祭2017
指揮:キリル・ペトレンコ
バイエルン国立管弦楽団

バリトン:マティアス・ゲルネ
ジークムント:クラウス・フロリアン・フォークト
ジークリンデ:エレーナ・パンクラトヴァ
フンディング:ゲオルク・ゼッペンフェルト

マーラー:こどもの不思議な角笛
ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」第1幕
(演奏会形式)

今年はこれで聴き納め*にしてもいいくらいの驚異的な演奏でした。
(*=しませんけど。)

前半の歌曲もニュアンス豊かなオケの音を味わいましたが、後半は冒頭から、指揮者もオケも、気合いが違います。
低弦のゴリゴリゴリ…から始まり、次々と繰り出す音の表情は雄弁多弁。
しかも、これだけひねっても、鳴らしても、うねっても、音が全く粗雑にならず、磨き上げ、練れた音色で、「ああ、私は、こんな音を聴いてしまって良いのでしょうか…」と、禁断の扉を開けてしまったかのように感じたり…。
美音とはこういうものだったのか…というような…。

それにしても、この歌劇場のオケ、こんなに素晴らしい音でしたっけ??
私はたぶん、片手で数えられるくらいの回数しか聴いたことがありませんが、こんなに凄いオケだったなんて、夢にも思いませんでした。
これまでピットの中で歌手につけるのは上手いけど、演奏会のステージ上では“少し荒いところもあるオケ”だと思っていて申し訳ありませんでした。
もっとも、後半になって、「オペラになったら私たちに任せてくれ…」というような前半からの大豹変もあったかもしれません。

歌手も、フォークト様を筆頭に3人とも素晴らしい美声。
オケの音が「咆哮しても決して荒っぽくならない」のと同様に、声を張り上げても、叫んでいる状態ではなく、声がのびる、のびる。

やっぱりオペラのオケだなーと思ったのは、演奏中のメンバーの嬉しそうな表情。
コンマスは終始ニコニコして歌手が歌う背中を見ていますし、出番でない奏者も身体でリズムをとっていたり…。

私はこの日は奮発して1階前方の壁際の席を買ったので、指揮者がうなる声や、歌手にも目配せして(これがまた、なんとも雄弁な目つき!)出の合図をしたりしている様子がよく見えました。
オケも、指揮に完全に操縦さられているというよりは、両者の相乗効果だったようにも見えました。

ああ、あっというまに1幕が終わってしまう…。

ああ、終わってしまった…。

あとは大歓声と熱狂の客席。
オケが引き上げた後も当然拍手は続き、歌手3人、そしてペトレンコさんが登場して、ソロ・カーテンコールならぬクヮルテット・カーテンコール(そんな言葉があるかどうかは不明)。

…という具合で、前半の印象が吹っ飛んでしまうくらいの凄演でしたが、前半も味わい深い演奏でした。
非常に柔和なオケの音。
時折混じる鮮烈な音すらエッジを立てずにきれいに鳴らしますが(←この特徴は後半のダイナミックレンジが広がったかのような演奏にも当てはまりました)、ただ表面的に整えただけではない絶妙のニュアンスを内包。

(後半を聴いたら「違う」と思いましたが)まるでフランス音楽みたで、故フルネさんが都響などを振った時の音に少し通じるようにも感じました。
歌曲なのにオケの音ばかり述べてすみません。

とにかく、ペトレンコさんは凄い。
1回聴いただけでわかったような気になってはいけませんが、凄さの全ては知らなくても、凄いことはわかります。
そして、繰り返しになりますが、オケに関しても、オペラのピットはうまいけど演奏会では少し荒いかな?という印象は完全に霧散。
オケが変わったのか、指揮者が変えたのかは私は存じ上げませんが、とにかく絶妙の音色でした。

201710011

201710012

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