コンサート/オペラ2017

2017年7月28日 (金)

インバル/大フィル(2017/07/28)

2017年7月28日(金)
フェスティバルホール

指揮:エリアフ・インバル
大阪フィルハーモニー交響楽団

(第510回定期演奏会)

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」」

都響とはかなり違いますねえ。
どちらが良い、悪いではなくて、それぞれの良さがあるのですが、紛れもないインバルさんの構築なのに、これだけ違う。

都響が“凝縮”なら、大フィルは“拡散”…と言う言葉が悪ければ、“エネルギーの放射”?
この(悲劇的ながらも)大いなる高揚感は、その特性から来たものでしょうか?
特に、第3楽章の、号泣に近い感情の高まりから、第4楽章の「これでもか、これでもか」につながる流れの構築の見事さ。
最初、「都響と結構違うねぇ」と斜に構えて聴いていたのが、興奮させられ、酔わされてしまいました。

プログラム冊子に東条先生が名文を書いていらして、「寸分の隙もなく構築されたもの」「音楽の大きな振幅の中にも、明確な均衡を備えた形式性を最後まで失わずに押し通していた」というのは、開演前は、「本当にその通りですねぇ!」と文章に感嘆したものですが、演奏が終わってみると、この文章はあの都響との演奏会のことであって、この日の大フィルには、一部当てはまらないような気もします。

もちろん、一部は当てはまっています。
第1楽章と第2楽章(スケルツォ)の間、第3楽章と第4楽章の間をあまり間合いを置かず、まるで2部からなる曲のように指揮。
「第2楽章と第3楽章は、この順番以外あり得ない!」と言わんばかりの構築の見事さにも舌を巻きました。

終演後、オケがしきりに指揮者一人での拍手答礼を勧めるのに、指揮者は固辞したように次々に奏者を指差して立たせ、最後は、はい、もうお開き…とやったのを、崔コンマスが頑として引き上げず、とうとうインバルさんを一人で答礼させた…という微笑ましい光景もありました。
この光景も、この日の演奏を象徴しています。
インバルさんが繰り出す合図が導いたことは事実ですが、それに答えて熱演を繰り広げた大フィルの面々にも大拍手です。

もう一つの見どころは、東京ではまず見れない、崔コンマスとインバルさんのコンビ。
崔さんは、都響の3人のコンマスとは(少なくとも弾いている姿は)結構違います。
崔コンマスの大きく身体で表したリードも、こういうエネルギー放射型の演奏に導いた要因の一つかもしれません。

私はあまり大阪へ行かないので、フェスティバルホールは初めて。
そのたった1回の経験だけで断言はできませんが、私が座った2階サイドの席では「おっ、音が近い!飛んで来る!」という印象でした。
残響はあまり感じないにもかかわらず、音に潤いも感じます。
結構クセになる音で、また聴いてみたくなりました。

すかさず、大フィル定期のラインナップを物色しかけましたが、よく考えたら、土曜開催でもない限り、少なくとも半休はとらないといけないし、マーラー1曲だったから最終の新幹線に乗れましたけど、通常の演奏会なら帰りは夜行か翌朝になるのでした。
(演奏中は引き込まれて時刻は全く気にならなかったのですが、終わってインバルさんが1回引っ込んだ時点で時計を見て20時30分より前だったので、わかっていても、ホッとしたり…。)

そうです、この日は、私は、勤務先の夏休みで、「せっかくの平日休みだから」と、チケット早々と購入してありました。
しかし、その後、母親の通院付き添いを入れたため、病院が長引くと行けない可能性が出てまいりました。
やきもきしながら時間が過ぎるのを待ち、「行ける!」「行こう!」と決めた後、東京駅に向かう電車の中で、往復の新幹線の指定席をネット予約しました。
せっかくの休みなのに、私は何をこんなに忙しくしているのだろう…とも思いましたが、素晴らしい演奏に、帰りはそんな気分は吹き飛びました。

行かなかったら、チケット代が無駄になるけど、行けば、さらに往復の新幹線の料金がかかる…とも思いましたが、帰りは、お金を払って行った甲斐があった!と思いました。

どうでもいいことを長々とすみません。
素晴らしい体験の後は饒舌になります。

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2017年7月21日 (金)

チョン・ミョンフン/東フィル(2017/07/21)

2017年7月21日(金)19:00
東京オペラシティコンサートホール

指揮:チョン・ミョンフン
東京フィルハーモニー交響楽団

(第111回東京オペラシティ定期シリーズ)
ソプラノ:安井陽子
メゾ・ソプラノ:山下牧子
合唱:新国立劇場合唱団

マーラー:交響曲第2番「復活」

第1楽章、第2楽章は、着実に歩みを進めるようなテンポ。
ちょっと「遅い」とすら感じるくらい。
第3楽章は一転、やや速め、その後は一気呵成?

遅めの第1、第2楽章はもちろん、速めに転じた後も、旋律美が際立つ。
豪快さを織り交ぜながらも、美しい旋律の印象が強い演奏でした。

先日のノット東響で「この曲に、こんな表情もあったんだ!」と目から鱗だったのが、この日はまたさらに違った表情を発見させられる。
サクサク進む演奏ではなく、丁寧に作り込んだ音の流れ。
“味わう”体感でも、最後の高揚には興奮させられました。

このコンビのマーラーって、数年前は、所々荒っぽく感じる場面ももあったような気もしますが、この日はそういう印象は皆無。
豪快に煽っているようでいても、音は粗雑にならず、濁らず、飽和せず。
(しばらくブランクがあったので、特に去年あたりはほとんど聴いていませんが)、以前は、荒っぽく感じて、煽れば煽るほど冷めてしまって今ひとつ興奮できないことが多かったのですが、この日は久々なのか、初めてなのか、心から全曲楽しめた演奏でした。

この日のチョンさんもソロカーテンコールあり。

ただ、オペラシティで聴く東フィルの音は、(私は久しぶりでしたが)そうそう、こういう音が鳴るんだよねーと、すぐに思い出しました。
私の好みとしては、東フィルの音はサントリーで鳴る音の方が好きかもしれません。

意図して並べたわけではない、ノット/東響「復活」ノット/東響「復活」インバル/都響「葬礼」、中3日で、チョン/東フィル「復活」、この日にて終了。
2日後のチケットは持っておりません。
買っておけばよかったような、もうたくさんのような…。

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2017年7月17日 (月)

インバル/都響(2017/07/17)

2017年7月17日(月祝)14:00
東京芸術劇場

指揮:エリアフ・インバル
東京都交響楽団

(都響スペシャル)
コントラルト:アンナ・ラーション
テノール:ダニエル・キルヒ

マーラー:交響詩「葬礼」
マーラー:大地の歌

「蜜月を謳歌して退任した後のあうんの呼吸」などではなく、あの“到達点”だったツィクルスの高次元の均衡をすら崩して攻めようとしているようなインバルさん。
練れた音より攻めの音。
特に大地の歌は、前回サントリーホールで聴いたときよりも、えぐるような表現が多用されていたように感じたのは、私が過去の記憶を美化しているのでしょうか?
それとも、ホールの音響と私の席の位置のせいでしょうか?

確かにあのツィクルスは芸劇の3階RBブロックでしたし、大地の歌10番はサントリーホールのPブロック中段。
いずれも残響が豊かに感じられる場所
それに対してこの日は、直接音をもろに浴びる場所だったので???

「葬礼」は、復活」の第1楽章の初稿です。
版が違うとは言え、さすがに3日続けて聴くと…と思ったのも最初だけ。
もっと聴きたいくらいでした。
この曲の演奏中、指揮棒を折って(左手にぶつかったのかも?)予備の指揮棒を取り出して振る場面も…。

大地の歌の“声”については、私の席の位置からは、裏からのぞいているような場所で聴いたので、コメントする資格なし。
コントラルトのラーションさんは暗譜での歌唱。
テノールのキルヒさんは楽譜を見ながらの歌唱。
(だからどうしたと言うことはなく、他意はありません。)

最近、都響の演奏会はサボってばかりなので定かではありませんが、インバルさんがシェフだった頃とは異なる両者の緊張感(良い意味でも、多少ネガテイブな意味でも)を感じたのは私の気のせいでしょうか?
私はそれを、攻めの姿勢、さらなる別の次元を目指した飛翔にとりましたが…。
インバルさんは、過去の遺産で悠々自適に過ごす人ではないと思いました。

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2017年7月16日 (日)

ノット/東響(2017/07/16)

2017年7月16日(日)14:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ジョナサン・ノット
東京交響楽団

(川崎定期演奏会 第61回)
メゾ・ソプラノ:藤村実穂子
ソプラノ:天羽明惠
合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平

細川俊夫:「嘆き」~メゾ・ソプラノとオーケストラのための
マーラー:交響曲第2番「復活」

前夜の、何が起こるかわからないような、ある種の怖さは後退しましたが、その分、音が成熟した印象です。

細川俊夫さんの作品も、オケは2日目になってやや洗練された音色になったようです。
その分、強烈なエネルギーの発散(感情の発散と言い換えても良いでしょう)は若干後退した感もありますが、その分、より普遍的な音へと昇華された感もあます。
これはこれで、十分に壮絶。
「あえて言えば」の僅差ではありますが…。

そして、「復活」も、前夜の緊迫感から一夜明けて、音の練り上げはさらに向上。
前夜の多彩な“寄り道”の印象も後退して、比較的ストレートに歩みを進める演奏ですが、突っ走ったと言うほど一気呵成ではありません。
興奮するような演奏なのに「味わった」という体感はこの日も不変でした。

「復活」だけでも大変なのに、前半に細川さんの作品を配置したのは、藤村実穂子さんあってのことでしょう。
藤村さんのスケジュールが押さえられて、出演が決まった時点で成功は半分約束されたも同然?
ノット監督のパワフルな指揮が素晴らしかったですが、藤村さんもビッグネームにふさわしい第2の主役の存在感の声でした。

そして、カーテンコールでの所作は藤村さんを立てていましたが天羽さんも素晴らしいし、東響コーラスの素晴らしさもいつも通り。

もしかしたら東響の歴史でターニングポイントになるかもしれない演奏会。
もっとも、ノット監督の引き出しの多さは、いまだに「こういう指揮者だよ」とわからせない奥深さがあります。
まだまだ新しいターニングポイントは続々とあるかもしれません。

そして、ノット監督の「引き出しの多さ」も、単なる客演ではなく、音楽監督としてお迎えしたから出していただけているものでしょう。
スポンサー様と、それを獲得した事務局にも感謝しないといけません。

この日は、せっかく実家の片付けをするために空けておいたのに、1ヶ月くらい前に公式チケットサイトを見たら、いつも私が買うような場所の(すなわち好みの位置の)席が、最後の2~3席残っていたので、ついついポチッとやっしまいましたが、2日とも聴けて結果オーラーでお釣りが来ました。

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2017年7月15日 (土)

ノット/東響(2017/07/15)

2017年7月15日(土)18:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

 

指揮:ジョナサン・ノット
東京交響楽団

(第652回定期演奏会)
メゾ・ソプラノ:藤村実穂子
ソプラノ:天羽明惠
合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平

 

細川俊夫:「嘆き」~メゾ・ソプラノとオーケストラのための
マーラー:交響曲第2番「復活」

後半が凄かったので、終わったら前半の印象がどこかへ行ってしまいましたが、どうしてどうして、前半も壮絶な演奏でした。

細川俊夫さんの作品って、これまであまりピンとこなかったのですが、それは演奏のせいもあったかもしれません。
この日の藤村さんの歌唱の緊迫感。
旋律のつかない語りの部分も、旋律のついた部分も、凄みすら感じる強烈な声。
すでにビッグネームの藤村さんを生で聴くのは初めてではありませんが、なぜビッグネームなのかを初めて知ったかのような歌唱でした。
そして、ノット監督の指揮するオケも、切れ味と気迫で壮絶。
「復活」の「前座」などではありませんでした。
細川さんは2階席正面最前列で大喝采。
休憩時間にはサインを求める方々が席に押しかけるほど。
この音を聴かされたら、書いた方も凄いけど、演奏した方も凄い、みんな凄い。
希有の体験をありがとうございました。

さて、「復活」の「前座」などではないと書きましたが、「復活」は「復活」で、単なる後半ではありません。

一気に目的地に突っ走らず、あちこち寄り道をしながら、ハッとしたり、驚いたり、嘆いたりしながら旅する冒険?
もちろん、部分部分でとてつもない大音響が、これでもか!と襲いかかってきますが、一気呵成に責め立てた単調な煽りなどではなく、多彩、多種多様。
何度も聴いたこの曲に、こんな部分、こんな表情があったんだ…という発見の連続。
「この調子で終わるのかい?」と長く感じながらも、終わってみたらあっという間の出来事だったという矛盾。
これだけ興奮しながらも、最後は「味わった」という体感。

そして、「パントマイムと指揮:ジョナサン・ノット」と言いたくなるくらい。
大きな身体の動きだけでなく、顔の表情まで駆使した指揮。
名優ですよ、ノット監督。

音響の設計も見事。
オケの中の音のバランスは当然のこととして、バンダの鳴る方向、合唱と独唱を分離して配置、パイプオルガンも埋没せずに響く、などなど。
本拠地ミューザがこういう音響だからこそ出来た分解能と溶け合いの両立だったかもしれません。

合唱団は第1楽章の後に入場して、それによって自然と間合いがとられるという一石二鳥?

全曲が終ったところでまばらな拍手がパラパラ、大半の聴衆はあっけにとられて拍手が出来ず?
その後に盛大な拍手とブラボー。
最後は、ノット監督のソロカーテンコールでようやくお開きに。

ノット監督のマーラーは就任披露の9番が壮絶な演奏だったし…という予断を許しません。
ノット監督の引き出しは多いですね。
まるで違うスタイルにすら感じました。
同じだったのは、あっけにとられて、すぐには拍手が出来なかった会場と自分です。

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秋山和慶/新日フィル(2017/07/15)

2017年7月15日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:秋山和慶
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第576回定期演奏会トパーズ<トリフォニー・シリーズ>)
ピアノ:パスカル・ロジェ

イベール:寄港地
サン= サーンス:ピアノ協奏曲第5番「エジプト風」
サティ:グノシエンヌ第3番
(アンコール)
ショーソン:交響曲

少し前までは、秋山さんが東響以外の在京オケを振ると、カチッカチッという音になる傾向があったような気もしますが、この日のNJPも含めて、今やこういう流麗な「近年の秋山さん」の円熟の音が鳴る、鳴る。
その流麗な音色に(欧州から見て)東南の方向(=芳香)を混ぜた絶妙の音色。
秋山さんの棒のマジック!と言いたいところですが、かつてに“刻み”ではなく、流れ重視の懐の深さ。
「銘」演です。

サン=サーンスのピアノ協奏曲を弾いたパスカル・ロジェさんは、客席に強烈なエネルギーを放射すると言うよりは、聴いているうちにこちら客席側が舞台上に引き込まれてしまうような体感。
曲が終わってみればめくるめく音の体験だったという…これも名人芸ですね。

休憩後のショーソンはもう、気持ちよくって眠くなってしまいそうな(←ほめてます)魅惑の音色、音響。
最後はどこかの楽劇の救済のようにも聴こえるように曲が静かに終わると、満ち足りた気分が会場に充満。
救済されました!

近年では、時々、秋山さん、少し枯れたかな?と思うときがありますが(もちろん、気の抜けた凡演ではなく、味わい深さはありますよ)、そういう演奏会は定期演奏会ではありません。
秋山さんはやはりオケ主催の定期演奏会で聴くべき…が私の持論ですが、前月の東響定期、そしてこの日のNJP定期を聴くと、全く枯れてなんかいなません。
もちろん、東響音楽監督の頃のカミソリのような切れ味や精緻さはないですが、これが円熟というものでしょう。
1980年代頃からのファンの私は、嬉しい限りです。

ロビーコンサート

Cb:藤井将矢、菅沼希望

ボッテシーニ:グラン・デュエット第2番~第1楽章

支える側と主旋律側が交互に入れ替わる曲ですが、どちらも重低音という不思議な世界。
しかもその重低音はかなりの超絶技巧。
しかし、終わってみれば重厚な2つの音の世界に引き込まれて拍手喝采でした。

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2017年7月 8日 (土)

スダーン/神奈川フィル(2017/07/08)

2017年7月8日(土)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:ユベール・スダーン
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

(定期演奏会みなとみらいシリーズ第331回)
ヴァイオリン:佐藤俊介

モーツァルト:歌劇「皇帝ティートの慈悲」序曲 
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」
バッハ:パルティータ第3番~メヌエット
(アンコール)
シューマン:交響曲第2番【マーラー編曲版】

スダーンさんが約1年ぶりに首都圏に帰ってきました!
しかも、モーツァルトと、マーラー版のシューマン!
どちらも東響音楽監督時代の記憶がよみがえり、これはもう、万難排して馳せ参じるしかございません。

1曲目から、なつかしいスダーン監督の音が…と言いたいところですが、さすがに東響との10年間という年月(最後の方はもう、あうんの呼吸)と比べると分が悪いかも…と思ってしまいました。
決して凡演ではなく、ひびきび、はつらつ、適度にとんがって、適度に快速の、心地よいモーツァルトなのですが…

続く協奏曲は、ソロの佐藤俊介さんが素晴らしい。
近年の大活躍は耳にしていましたが、私はなかなか聴く機会を得ず、この日の演奏で、なるほど、さすが!と思った次第。
スダーンさんの“とんがり”を凌駕する佐藤さんのピリオド系。
きれいに朗々と鳴らしたかと思えば、激しく追い込む、激しくかきむしる、スリリングとすら感じるトルコ風。
(ところどころ、耳慣れない旋律を弾いていましたが、即興を加えながらの演奏だったのでしょうか?)
ソロだけでなく、オケの部分もかなり一緒に弾いていましたが、その時もかなりの身体的なアクションを加えてオケの方を向いての演奏だったので、指揮者、ソリスト、コンマスと、リーダーが3人居るような…。
ともあれ、佐藤さんにお株を奪われたようなスダーンさんでしたが、逆にピリオド系モーツァルトは百戦錬磨のスダーンさんだからこの独奏につけられたとも言えるかもしれません。

さて、この日のクライマックスを佐藤さんに持って行かれたか?…と思っていた休憩時間が終わると、驚きの後半大逆転が待っていました。
前半の演奏に対して、10年連れ添った東響のようには…などと感想を述べてすみませんでした。
マーラー版のシューマン交響曲第2番、素晴らしい演奏です。
ハイレゾ・リマスターされた音を、録音ではなく生演奏で「見せて」くれたような、目がさめるような音響です。
どこがどう…と言えませんが、第3楽章での木管(特にクラリネット)の旋律美は悶絶しそうになるほど。
スダーンさんのパワーが注入されて、はつらつとした演奏が最初から最後まで持続しました。
こうなったら続編を期待したくなります。
あと3曲あります。
スダーンさんの継続招聘を期待したくなりますが、それが無理なら川瀬さんやってくれませんかね?
いま上り調子の神奈川フィルで(←上から目線ですみません)スダーンさんが東響音楽監督時代を象徴するような(名刺代りのような)曲を指揮するという素晴らしい機会でした。
一期一会に終わりませんように。

ロビーコンサート

オーボエ:古山真里江
クラリネット:森川修一
ファゴット:石井淳

モーツァルト:ディヴェルティメントK.439b~第1、第4、第5楽章

歯切れの良い気持ちよい演奏で、どことなくこの日の指揮者スダーンさんの音色の側に少し寄った演奏に感じたのは私の気のせいでしょうか?
ロビーコンサートも好調の神奈川フィルです。

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2017年7月 1日 (土)

藤原歌劇団「ノルマ」(2017/07/01)

2017年7月1日(土)14:00
日生劇場

藤原歌劇団
ベッリーニ:ノルマ

最初、最安席が買えなかったらスルーするつもりだった公演。
ところが発売初日に公式サイト、ぴあ、イープラスなどのネット販売は全席完売。
完売となると悔しくて…。
翌週になったら追加されたのか、公式サイトに席が出てきたので、ついつい高価な席を買ってしまったのでした。
勢いで買った私にしては高価な券、結果は大吉と出て、めでたし、めでたし。

この公演、ノルマ役のデヴィーアさん目当ての方が多いのでしょうか。
しかし、確かにデヴィーアさんの存在感は素晴らしかったものの、デヴィーアさんの“一人舞台”ではありませんでした。

まず私が素晴らしいと思ったのは、指揮のランツィッロッタさん。
牽引力、統率力で、東フィルからキビキビとしたキレのある音を引き出していました。

そして、ポリオーネ役の笛田博昭さんのハイパワーの歌唱も素晴らしい。
笛田さん、最初出てきたときは「あれれ?」と思うような歌唱だったのですが、直後のアリアになったらパワー全開で、アリアだけ力を入れるんかい?と思ったら、アリアの後もハイパワーが最後まで持続。
最初出てきたときの声は何だったんでしょう?

休憩前の三角関係のドラマティックシーンを歌った歌手は三者三様の相乗効果。
ここまでのデヴィーアさんは、声量よりも技巧と凄み…と思いましたが、休憩後はかなりパワー全開の場面もありました。
超絶技巧のスピード感はあまり感じませんでしたが(若干テンポを犠牲にした面もあるのかもしれませんが)安定感がありました。
凄みを感じる存在感と言うか、オーラと言うか。

この“一人舞台”じゃない総合力の終幕など、手に汗握りながら目頭がじーんとなりました。

ところで、初台のピットのオケ(東フィル、東響)は、評論家の先生に酷評されることがよくあります。
でも、この日の東フィルの演奏(好演!)などを聴くと、指揮者にも責任はあるのではないかとも思ったりもします。
この日のピットは私は非常に好感でした。
初台のピットではありませんが、故ゼッダさんが振ったときだって何の不満もありませんでした。
…などと、ついつい、余計なことまで考えてしまったくらい好演だったと思います。

総監督:折江忠道
指揮:フランチェスコ・ランツィッロッタ
演出:粟國淳
ノルマ:マリエッラ・デヴィーア
アダルジーザ:ラウラ・ポルヴェレッリ米谷朋子
ポリオーネ:笛田博昭
オロヴェーゾ:伊藤貴之
クロティルデ:牧野真由美
フラーヴィオ:及川尚志
合唱:藤原歌劇団合唱部、びわ湖ホール声楽アンサンブル
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

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2017年6月25日 (日)

パーヴォ・ヤルヴィ/N響(2017/06/25)

2017年6月25日(日)15:00
NHKホール

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
NHK交響楽団
(第1862回定期公演Aプログラム)
ピアノ:河村尚子

デュティユー:メタボール(1964)
サン・サーンス:ピアノ協奏曲第2番
プーランク:バッハの名による即興ワルツ(アンコール)
ラヴェル:優雅で感傷的なワルツ
ラヴェル:「ダフニスとクロエ」組曲 第2番

スッキリ系のサウンドは、若干アッサリにも聞こえますけど、機動力の面でプラスに働くはず…と思って聴いていて、ダフニスとクロエの終曲でピッタリはまった時の快感、爽快感!
正直、もしデュトワさんが振ったらどういう音色に?…という思いもなくはなかったですが、この「機動力の勝利!」みたいな終曲の演奏を聴いて、「終わり良ければ全て良し」の気分。
めでたし、めでたし。

私の好みとしては、スッキリ系の中にも、もう少ししっとり系も加われば…とも思ったのは事実ですが、そのスッキリ系も軽薄に鳴らしたわけではなく、微細なニュアンスはおそらく磨き上げたものだろうと思われ、決して凡演ではありません。
オーケストラの伴奏付きピアノ曲(失礼!)(←第1楽章を聴くと、つい…)ですら、細部に神経の行き届いた繊細な音です。
対する河村さんの音は気迫(←希薄ではない)みなぎる熱演。
コントラストにはなっていましたが、結構かみ合っていました。

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2017年6月24日 (土)

秋山和慶/東響(2017/06/24)

2017年06月24日(土)18:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:秋山和慶
東京交響楽団

(第651回定期演奏会)
ホルン:フェリックス・クリーザー

ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲
J. ハイドン(偽作):ホルン協奏曲第2番
モーツァルト:ホルン協奏曲第2番
ロッシーニ:狩のランデヴー
(アンコール)
ブラームス:交響曲第1番

近年、公演によっては「少し枯淡の境地に入られたかな?」と感じることもある秋山さん。
(198年代からの長年の大ファンなので、辛口コメント御容赦を。)
この日は全く枯れていません。
ウェーバーも同系統ですが、引き締まったブラームス。
もちろん若い頃の厳しく細かい棒さばきとは異なりますが、これは円熟と言うべきでしょう。
力強くしなやかな中に、味わい深さを兼備。
カチッとまとまっているだけじゃない柔和な音色。
ミューザの高分解能の音響なのに、サントリーで聴く豊穣な東響の音のよう。
秋山さんと東響のコンビの演奏会は結構ありますが、秋山さんはやっぱり定期演奏会で聴いた方がいい(←秋山さんだけじゃないと思いますけど)という思いが裏付けられた印象
前半のソリストのフェリックス・クリーザーさんは、両腕がなく、ホルンは足で操って吹きます。
ステージ上には、椅子の前にスタンドに固定されたホルンが置かれていて、登場したクリーザーさんは、居ずに座ると靴を脱いで、足の指で操作する。
しかし、演奏が始まってすぐに、そんなハンディキャップは忘れて演奏を堪能いたしました。
それでも、音色上、ハンディはゼロではないと思いますが、そんなことよりも、輝かしい、存在感のあるホルンの音を楽しむが勝ち。
オケの方がピリオドのピの字もない(?)演奏でしたが、柔らかい音色で美しい。
こちらも、秋山さんの円熟の柔和なニュアンスだったのでしょう。

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