コンサート/オペラ2017

2017年8月20日 (日)

飯守泰次郎/東京シティ・フィル(2017/08/20)

2017年8月20日(日)15:00
ティアラこうとう大ホール

真夏のレクイエムこうとう2017
指揮:飯守泰次郎
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
 
ソプラノ:盛田麻央
メゾソプラノ:金子美香
テノール:鈴木准
バス:友清崇
合唱:ティアラこうとう真夏のレクイエム合唱団
合唱指揮:四野見和敏

モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」
モーツァルト:レクイエム
モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス
(アンコール)

なにせ飯守さんの指揮ですので暑苦しい演奏を予想して行きましたが、予想は見事に外れ、清涼感もあるモーツァルトでした。

最初の「プラハ」交響曲が始まったとたん、あ、ピリオド系の音だ!と驚きました。
全員ではないかもしれませんが、弦楽器奏者の95~98%がノンビブラート。
そのピリオド系の演奏ながら、飯守さんの重低音も健在。
したがって、低域を維持しながら高域が伸びた(←オーディオのレビュー記事みたいですが)ハイレゾ・シティ・フィル。
重厚だけど重々しくない快活な音で、スピード感もあります。
飯守さんのあの棒で全く惑わず、迷わず、一糸乱れずに低音から高音まで駆け巡るのは、やはり元手兵のシティ・フィルならではです。
今になっても、やはり飯守さんの棒に一番よく反応するのはシティ・フィルだと思います。
(ピノック+ベーム)÷2のような、私好みのモーツァルトでした。

休憩後のレクイエムでは、オケだけでなく、おそらく独唱も合唱もかなりピリオド寄りの音だったと思います。
最初、「あれ?合唱の音の線が細い?」「独唱の音がキンキンする?」と思いましたが、おそらくピリオド寄りの歌唱に私の耳が慣れていなかったせいでしょう。
「怒りの日」が始まる頃には全く気にならなくなりました。
それどころか清純な声の美しさに酔いしれるように…。
こういうスタイルだと、高音が有利になってしまうのですが、ソプラノの盛田麻央さん、テノールの鈴木准さんが特に好印象。
(常設ではないので、年によって結構印象が異なる)合唱も、今年はアタリだったかもしれません。
劇的な表現はゼロではありませんが、いつもの飯守さんの叩きつけるような音は無く、ひたすら旋律の美しさと、それが織りなすハーモニーに全てを語らせた演奏。
シティ・フィルはもちろん、独唱、合唱も一体となって素晴らしい。
魂が洗われるような精神的高揚感とは、こういうことを言うのでしょう。

アンコールのアヴェ・ヴェルム・コルプスも、清らかさの極み。
例年は暑苦しいくらいの第九で、発表されたときは「え?今年はやらないの?」と、ちょっとがっかりしたくらいでしたが、清涼感あるモーツァルトに、飯守さんの違う側面を見たような演奏会で、大満足でした。

開演前のロビーコンサート

ファゴット:皆神陽太
ヴァイオリン:桐原宗生
ヴィオラ:佐藤裕子
チェロ:大友肇

フランソワ・ドヴィエンヌ:ファゴット四重奏曲

1楽章の10分くらいの曲ですが、終結に向けての構築と高揚が十分に組み上げられている曲、そして演奏。
在京オケメンバーの室内楽にハズレなし、ですね。
個人的に諸事に忙殺されている中、約1週間ぶりの生演奏だったので、音が鳴ったら一気に気が緩みました。
音楽の力は偉大です。

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2017年8月12日 (土)

下野竜也/新日フィル(2017/08/12)

2017年8月12日(土)16:00
すみだトリフォニーホール

下野竜也プレゼンツ!音楽の魅力発見プロジェクト 第4回
指揮・お話・企画監修:下野竜也
新日本フィルハーモニー交響楽団

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
ドヴォルザーク:我が母の教えたまいし歌
(アンコール)

入場時に「え?1曲なのに終演が17:45?下野さん、いったい何分しゃべるつもり?」と思いましたが、心配は杞憂でした。
それどころか、もっとしゃべってほしかったくらい。
30分ほど、オケを鳴らしながら解説。
その後、休憩20分でした。
その休憩前のレクチャーの面白いこと、面白いこと。

まず登場して、第2楽章の冒頭を指揮。
オケのメンバーが「遠き山に…」と歌いながらの演奏。

その後、背景のスクリーンに映っている肖像画を「実はドヴォルザークではなくノーベルでした」といういたずらも。

そのスクリーンに楽譜を写しながら、「もしも二流作曲家が書いたら」のバージョンと比較しながら演奏したり。
第4楽章でシンバル鳴らしまくりの編曲?で演奏したり、もしも第2楽章で、弦楽器がミュートを付けないで演奏したら?とか。

「新世界」ではなく「新世界より」ですよ。
最後、静かに消えていくんですよ。
本編では、ぜひ、余韻を楽しんで下さい。
…とおっしゃっていたのに、本編では、静寂の中でくしゃみをした方がいらして…。
下野さん、演奏終了後、客席側を向く前に、楽団員さんと笑っていました。

それはともかく、本編は素晴らしい演奏でした。

やはり定期と同じとはいかないよね…と思った出だしを、あっという間に本気印の熱演にもっていった下野さんの迫力の指揮、さすが。
この数ヶ月前に読響ファイナルで聴いたばかりなのに、また下野さん凄い!凄い!という驚きの連射でした。

下野さん、ここぞというところで左手で、ひょい、全身でグイッと西江コンマスをあおり、西江コンマスが素直に呼応して前のめりになって力を込めて弾くので、指揮とコンマスを見ているオケ全体がうねるように反応するという連鎖の連射も堪能させていただきました。
アンコールの前に「来年も開催します」と言ったらオケからも拍手が起きました。

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2017年8月11日 (金)

秋山和慶/東響(2017/08/11)

2017年8月11日(金・祝)
ミューザ川崎シンフォニーホール

フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2017
東京交響楽団フィナーレコンサート
指揮:秋山和慶
東京交響楽団

ピアノ:反田恭平

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番~第3楽章(トルコ行進曲)
(アンコール)
ラフマニノフ:交響曲第2番

反田恭平さんは初めて聴きました。
輪郭のくっきりした音を駆使し、縦方向の振幅と横方向の揺らしを、許容範囲最大限に駆使した快演。
秋山さんのファンの私ですら、しばしは耳がピアノに吸い寄せられました。
私が好きなスタイルかどうかは横に置いて(すみません)この吸引力と発散するエネルギーは素晴らしいと言わざるを得ません。

アンコールは、本編でのくっきり感から一転、流麗感きわまるモーツァルト。協奏曲の時よりも枠が外れた感もあり、強弱も含めて自由奔放ですが、聴いていて面白いことは間違いない。

反田恭平さんは、私の好きなタイプの演奏には絶対に入らないと思いますが(何度もすみません)、また聴いてみたくなる不思議。
あと、秋山さん、慌てず騒がず(時にはブレーキをかけたかどうかは不明)、懐の深さでがっしりとオケの音を構築。
その安心感もあっての“やりたい放題”だったかもしれません。

休憩後の交響曲は、秋山さんにしては、かなり旋律の歌い回しをきわださせていたと感じました。
特に第3楽章、ですが、全曲を通しても。
それでも、曲の最後に向けてのがっしりとした構築はゆるぎ無し。
この日の私の席の位置のせいか、ミューザの割には分解能よりも音の溶け合いを感じましたが、芳香感もある美しいブレンドの音にに聴こえました。

この曲は広島響とのCDもある秋山さん。
もっとも「録音しているだけあって手の内に入った」などと申し上げるのは秋山さんに失礼でしょう。
かつての切れ味よりも近年の円熟の側面がやや強い演奏でしたが、まだまだ枯れていない秋山さん。
「今日指揮したのは誰だっけ?と言われるのが理想」とおっしゃっているようですが、この日の演奏は、秋山さんのファンの私が聴いても、それに近い、まさに、曲に、音楽に、献身的に向き合われた演奏だと感じました。

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2017年8月 6日 (日)

鈴木秀美/神奈川フィル(2017/08/06)

2017年8月6日(日)15:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2017
指揮:鈴木秀美
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」
メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」
ハイドン:交響曲第104番「ロンドン」
J.S.バッハ:カンタータ「汝、何を悲しまんとするや」BWV107~
      第7曲コラール「主よ、あなたの栄光を与えて下さい」
      (アンコール)

メンデルスゾーンからバッハまで、時代を、音の大河を、遡るような体験。
全てに発見がある、素晴らしい演奏会でした。

まずはメンデルスゾーン。
「フィンガルの洞窟」も「イタリア」も、第一印象は「素朴な音だな~」でした。
あまり光らない、コテコテに盛られていないその音は、素材の良さを存分に活かした料理のよう。
「あまり迫ってこないな~」と思いながら、こちらから注意を向けると、何もしていないわけではありませんが、まるで何もしなくても音楽が勝手に生き生きと踊り出すような、ハッとするようなチャーミングな瞬間の連続。
これは素晴らしい。

“もっと後の時代の風にしない”と言うことの意味が、秀美さんの棒で初めてわかったようなちょっとした驚き。
こういう天然素材の音で聴くと、メンデルスゾーンが「偉大なる過渡期」であったことがよくわかります。
古典派の枠内から、いままさに離陸しよう!としている瞬間のようです。

さて、この、メンデルスゾーンの、意外に古い側面を見た後に待っていたのは、ハイドンの意外と新しい側面でした。
斬新さと言った方が良いかもしれません。
そのハイドンの先進性を誇示するような快演。
叩きつけても巻き上げても揺るがない音楽。
秀美さん、ベートーヴェンに対峙するのと同じくらいの気迫で臨まれたのではないでしょうか。
こういう音楽が、既にあの時代にあったという…。

いやいや、ベートーヴェンの交響曲第1番が書かれたのは、このハイドンの交響曲第104番の5年後のようです。
モーツァルトの交響曲第41番の7年後でもあります。

ハイドン→モーツァルト→ベートーヴェン(直列)ではなく、ハイドン→モーツァルト→ハイドン→ベートーヴェン(同時並行含む)だったということを音で示したような、ベートーヴェンの交響曲に比肩しうることを示したような。
比肩しうるベートーヴェンの交響曲は、第1番どころではないかもしれません。

先進性のハイドンの後のアンコールは深遠なるJ.S.バッハ。
こういう世界が、さらに時代を遡って確立されていたことを体感。

このコンサート、「シンフォニーで、ヨーロッパ旅行」などという副題(キャッチフレーズ?)がついていました。
表題から言えば、確かにその通りでしょう。
しかし、これは、単なる都市間の旅行ではなく、タイムトラベルの世界だ、と思いました。

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2017年7月29日 (土)

東京二期会「ばらの騎士」(2017/07/29)

2017年7月29日(土)14:00
東京文化会館

二期会創立65周年・財団設立40周年記念公演シリーズ
《グラインドボーン音楽祭との提携公演》
東京二期会、愛知県芸術劇場、東京文化会館、iichiko総合文化センター、読売日本交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団 共同制作
R.シュトラウス:ばらの騎士

ヴァイグレさんの指揮するオケの音が素晴らしい。
いや、もちろん、それに乗って歌う歌手の皆さんも。
オケの音は弾力性があり、“ウィーン”から連想する音に一番近い。
そして、ところどころ、加速やひねりが入っても、音色は濁らず、抜群の安定感。
ドイツの高級車のような??

歌手は、皆さん、登場してすぐの歌唱は、一瞬、あれ?と思うことが多々ありましたが、総じて尻上がりに良くなっていった印象。
元帥夫人とオクタヴィアンの二重唱も、出だしよりは、第1幕の幕切れ、そして、それよりも、終幕での三重唱。

芸達者で、ちょっとコミカルのの幸田浩子さんは私のゾフィーのイメージとはちょっと違いますが、幸田さんらしいし、こういうちょっとひねった演出にはあっているかも、と思いました。

演出は、私は深読みできず、ちょっと取り残された感。
第1幕を見た時点では、奥行きのないかなり狭い空間で演じられ、奥の方に浴室が見えたりするのは、貴族階級には、華やかだけど閉そく感のある表の世界と裏の世界があるということ?と思いましたが、第2幕以降を見ると、そうでもなかったようです。
第2幕は、逆に、表舞台が奥側に広く、裏事情が客席側に狭く配置されたステージ。
第3幕は、ポップな感じで、小道具もいっぱいあって確かに面白いけど、一人何も知らないオックス男爵が感じる恐怖心のような側面はどこかへ行ってしまいました。
まあ、ここは、第1幕で感じたような、裏舞台がドアを隔てて時折垣間見えるようにも思えました。

こういうよくわからなかった演出であっても、それでも幕切れの三重唱は、やはり絶品です。
(例のバイロイトのマイスタージンガーのような)奇抜な演出でも惑わされずに自分の音楽を作る経験を積んできた指揮のヴァイグレの真骨頂かもしれません。
そう言えば、幕切れの三重唱は歌手の動きが止まり、ほぼ演技なしで、指揮に導かれたものでした。

今回は、私は取り残されましたが、二期会の海外との共同制作は大歓迎で、どんどんやっていただきたいと思います。
ただ、時折思うのは、劇場のキャパや舞台に間口などの想定が、東京文化会館ではない劇場を想定したんだろうなぁ…というケースが結構あること。
この日も思いました。
まあそれはそれで鑑賞側がイメージを補正すれば良いのでしょうが…。

スタッフ
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
演出:リチャード・ジョーンズ
装置:ポール・スタインバーグ
演出補・振付:サラ・フェイ
衣裳:ニッキー・ギリブランド
照明:ミミ・ジョーダン・シェリン
音楽アシスタント:森内剛
合唱指揮:大島義彰
演出助手:エレイン・キッド、家田淳、太田麻衣子
舞台監督:幸泉浩司
公演監督:多田羅迪夫

キャスト:
元帥夫人:林正子
オックス男爵:妻屋秀和
オクタヴィアン:小林由佳
ファーニナル:加賀清孝
ゾフィー:幸田浩子
マリアンネ:栄千賀
ヴァルツァッキ:大野光彦
アンニーナ:石井藍
警部:斉木健詞
元帥夫人家執事:吉田連
公証人:畠山茂
料理屋の主人:竹内公一
テノール歌手:菅野敦
3人の孤児:大網かおり、松本真代、和田朝妃
帽子屋:藤井玲南
動物売り:芹澤佳通
ファーニナル家執事:大川信之

合唱:二期会合唱団
児童合唱:NHK東京児童合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団

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2017年7月28日 (金)

インバル/大フィル(2017/07/28)

2017年7月28日(金)
フェスティバルホール

指揮:エリアフ・インバル
大阪フィルハーモニー交響楽団

(第510回定期演奏会)

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」」

都響とはかなり違いますねえ。
どちらが良い、悪いではなくて、それぞれの良さがあるのですが、紛れもないインバルさんの構築なのに、これだけ違う。

都響が“凝縮”なら、大フィルは“拡散”…と言う言葉が悪ければ、“エネルギーの放射”?
この(悲劇的ながらも)大いなる高揚感は、その特性から来たものでしょうか?
特に、第3楽章の、号泣に近い感情の高まりから、第4楽章の「これでもか、これでもか」につながる流れの構築の見事さ。
最初、「都響と結構違うねぇ」と斜に構えて聴いていたのが、興奮させられ、酔わされてしまいました。

プログラム冊子に東条先生が名文を書いていらして、「寸分の隙もなく構築されたもの」「音楽の大きな振幅の中にも、明確な均衡を備えた形式性を最後まで失わずに押し通していた」というのは、開演前は、「本当にその通りですねぇ!」と文章に感嘆したものですが、演奏が終わってみると、この文章はあの都響との演奏会のことであって、この日の大フィルには、一部当てはまらないような気もします。

もちろん、一部は当てはまっています。
第1楽章と第2楽章(スケルツォ)の間、第3楽章と第4楽章の間をあまり間合いを置かず、まるで2部からなる曲のように指揮。
「第2楽章と第3楽章は、この順番以外あり得ない!」と言わんばかりの構築の見事さにも舌を巻きました。

終演後、オケがしきりに指揮者一人での拍手答礼を勧めるのに、指揮者は固辞したように次々に奏者を指差して立たせ、最後は、はい、もうお開き…とやったのを、崔コンマスが頑として引き上げず、とうとうインバルさんを一人で答礼させた…という微笑ましい光景もありました。
この光景も、この日の演奏を象徴しています。
インバルさんが繰り出す合図が導いたことは事実ですが、それに答えて熱演を繰り広げた大フィルの面々にも大拍手です。

もう一つの見どころは、東京ではまず見れない、崔コンマスとインバルさんのコンビ。
崔さんは、都響の3人のコンマスとは(少なくとも弾いている姿は)結構違います。
崔コンマスの大きく身体で表したリードも、こういうエネルギー放射型の演奏に導いた要因の一つかもしれません。

私はあまり大阪へ行かないので、フェスティバルホールは初めて。
そのたった1回の経験だけで断言はできませんが、私が座った2階サイドの席では「おっ、音が近い!飛んで来る!」という印象でした。
残響はあまり感じないにもかかわらず、音に潤いも感じます。
結構クセになる音で、また聴いてみたくなりました。

すかさず、大フィル定期のラインナップを物色しかけましたが、よく考えたら、土曜開催でもない限り、少なくとも半休はとらないといけないし、マーラー1曲だったから最終の新幹線に乗れましたけど、通常の演奏会なら帰りは夜行か翌朝になるのでした。
(演奏中は引き込まれて時刻は全く気にならなかったのですが、終わってインバルさんが1回引っ込んだ時点で時計を見て20時30分より前だったので、わかっていても、ホッとしたり…。)

そうです、この日は、私は、勤務先の夏休みで、「せっかくの平日休みだから」と、チケット早々と購入してありました。
しかし、その後、母親の通院付き添いを入れたため、病院が長引くと行けない可能性が出てまいりました。
やきもきしながら時間が過ぎるのを待ち、「行ける!」「行こう!」と決めた後、東京駅に向かう電車の中で、往復の新幹線の指定席をネット予約しました。
せっかくの休みなのに、私は何をこんなに忙しくしているのだろう…とも思いましたが、素晴らしい演奏に、帰りはそんな気分は吹き飛びました。

行かなかったら、チケット代が無駄になるけど、行けば、さらに往復の新幹線の料金がかかる…とも思いましたが、帰りは、お金を払って行った甲斐があった!と思いました。

どうでもいいことを長々とすみません。
素晴らしい体験の後は饒舌になります。

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2017年7月21日 (金)

チョン・ミョンフン/東フィル(2017/07/21)

2017年7月21日(金)19:00
東京オペラシティコンサートホール

指揮:チョン・ミョンフン
東京フィルハーモニー交響楽団

(第111回東京オペラシティ定期シリーズ)
ソプラノ:安井陽子
メゾ・ソプラノ:山下牧子
合唱:新国立劇場合唱団

マーラー:交響曲第2番「復活」

第1楽章、第2楽章は、着実に歩みを進めるようなテンポ。
ちょっと「遅い」とすら感じるくらい。
第3楽章は一転、やや速め、その後は一気呵成?

遅めの第1、第2楽章はもちろん、速めに転じた後も、旋律美が際立つ。
豪快さを織り交ぜながらも、美しい旋律の印象が強い演奏でした。

先日のノット東響で「この曲に、こんな表情もあったんだ!」と目から鱗だったのが、この日はまたさらに違った表情を発見させられる。
サクサク進む演奏ではなく、丁寧に作り込んだ音の流れ。
“味わう”体感でも、最後の高揚には興奮させられました。

このコンビのマーラーって、数年前は、所々荒っぽく感じる場面ももあったような気もしますが、この日はそういう印象は皆無。
豪快に煽っているようでいても、音は粗雑にならず、濁らず、飽和せず。
(しばらくブランクがあったので、特に去年あたりはほとんど聴いていませんが)、以前は、荒っぽく感じて、煽れば煽るほど冷めてしまって今ひとつ興奮できないことが多かったのですが、この日は久々なのか、初めてなのか、心から全曲楽しめた演奏でした。

この日のチョンさんもソロカーテンコールあり。

ただ、オペラシティで聴く東フィルの音は、(私は久しぶりでしたが)そうそう、こういう音が鳴るんだよねーと、すぐに思い出しました。
私の好みとしては、東フィルの音はサントリーで鳴る音の方が好きかもしれません。

意図して並べたわけではない、ノット/東響「復活」ノット/東響「復活」インバル/都響「葬礼」、中3日で、チョン/東フィル「復活」、この日にて終了。
2日後のチケットは持っておりません。
買っておけばよかったような、もうたくさんのような…。

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2017年7月17日 (月)

インバル/都響(2017/07/17)

2017年7月17日(月祝)14:00
東京芸術劇場

指揮:エリアフ・インバル
東京都交響楽団

(都響スペシャル)
コントラルト:アンナ・ラーション
テノール:ダニエル・キルヒ

マーラー:交響詩「葬礼」
マーラー:大地の歌

「蜜月を謳歌して退任した後のあうんの呼吸」などではなく、あの“到達点”だったツィクルスの高次元の均衡をすら崩して攻めようとしているようなインバルさん。
練れた音より攻めの音。
特に大地の歌は、前回サントリーホールで聴いたときよりも、えぐるような表現が多用されていたように感じたのは、私が過去の記憶を美化しているのでしょうか?
それとも、ホールの音響と私の席の位置のせいでしょうか?

確かにあのツィクルスは芸劇の3階RBブロックでしたし、大地の歌10番はサントリーホールのPブロック中段。
いずれも残響が豊かに感じられる場所
それに対してこの日は、直接音をもろに浴びる場所だったので???

「葬礼」は、復活」の第1楽章の初稿です。
版が違うとは言え、さすがに3日続けて聴くと…と思ったのも最初だけ。
もっと聴きたいくらいでした。
この曲の演奏中、指揮棒を折って(左手にぶつかったのかも?)予備の指揮棒を取り出して振る場面も…。

大地の歌の“声”については、私の席の位置からは、裏からのぞいているような場所で聴いたので、コメントする資格なし。
コントラルトのラーションさんは暗譜での歌唱。
テノールのキルヒさんは楽譜を見ながらの歌唱。
(だからどうしたと言うことはなく、他意はありません。)

最近、都響の演奏会はサボってばかりなので定かではありませんが、インバルさんがシェフだった頃とは異なる両者の緊張感(良い意味でも、多少ネガテイブな意味でも)を感じたのは私の気のせいでしょうか?
私はそれを、攻めの姿勢、さらなる別の次元を目指した飛翔にとりましたが…。
インバルさんは、過去の遺産で悠々自適に過ごす人ではないと思いました。

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2017年7月16日 (日)

ノット/東響(2017/07/16)

2017年7月16日(日)14:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ジョナサン・ノット
東京交響楽団

(川崎定期演奏会 第61回)
メゾ・ソプラノ:藤村実穂子
ソプラノ:天羽明惠
合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平

細川俊夫:「嘆き」~メゾ・ソプラノとオーケストラのための
マーラー:交響曲第2番「復活」

前夜の、何が起こるかわからないような、ある種の怖さは後退しましたが、その分、音が成熟した印象です。

細川俊夫さんの作品も、オケは2日目になってやや洗練された音色になったようです。
その分、強烈なエネルギーの発散(感情の発散と言い換えても良いでしょう)は若干後退した感もありますが、その分、より普遍的な音へと昇華された感もあます。
これはこれで、十分に壮絶。
「あえて言えば」の僅差ではありますが…。

そして、「復活」も、前夜の緊迫感から一夜明けて、音の練り上げはさらに向上。
前夜の多彩な“寄り道”の印象も後退して、比較的ストレートに歩みを進める演奏ですが、突っ走ったと言うほど一気呵成ではありません。
興奮するような演奏なのに「味わった」という体感はこの日も不変でした。

「復活」だけでも大変なのに、前半に細川さんの作品を配置したのは、藤村実穂子さんあってのことでしょう。
藤村さんのスケジュールが押さえられて、出演が決まった時点で成功は半分約束されたも同然?
ノット監督のパワフルな指揮が素晴らしかったですが、藤村さんもビッグネームにふさわしい第2の主役の存在感の声でした。

そして、カーテンコールでの所作は藤村さんを立てていましたが天羽さんも素晴らしいし、東響コーラスの素晴らしさもいつも通り。

もしかしたら東響の歴史でターニングポイントになるかもしれない演奏会。
もっとも、ノット監督の引き出しの多さは、いまだに「こういう指揮者だよ」とわからせない奥深さがあります。
まだまだ新しいターニングポイントは続々とあるかもしれません。

そして、ノット監督の「引き出しの多さ」も、単なる客演ではなく、音楽監督としてお迎えしたから出していただけているものでしょう。
スポンサー様と、それを獲得した事務局にも感謝しないといけません。

この日は、せっかく実家の片付けをするために空けておいたのに、1ヶ月くらい前に公式チケットサイトを見たら、いつも私が買うような場所の(すなわち好みの位置の)席が、最後の2~3席残っていたので、ついついポチッとやっしまいましたが、2日とも聴けて結果オーラーでお釣りが来ました。

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2017年7月15日 (土)

ノット/東響(2017/07/15)

2017年7月15日(土)18:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

 

指揮:ジョナサン・ノット
東京交響楽団

(第652回定期演奏会)
メゾ・ソプラノ:藤村実穂子
ソプラノ:天羽明惠
合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平

 

細川俊夫:「嘆き」~メゾ・ソプラノとオーケストラのための
マーラー:交響曲第2番「復活」

後半が凄かったので、終わったら前半の印象がどこかへ行ってしまいましたが、どうしてどうして、前半も壮絶な演奏でした。

細川俊夫さんの作品って、これまであまりピンとこなかったのですが、それは演奏のせいもあったかもしれません。
この日の藤村さんの歌唱の緊迫感。
旋律のつかない語りの部分も、旋律のついた部分も、凄みすら感じる強烈な声。
すでにビッグネームの藤村さんを生で聴くのは初めてではありませんが、なぜビッグネームなのかを初めて知ったかのような歌唱でした。
そして、ノット監督の指揮するオケも、切れ味と気迫で壮絶。
「復活」の「前座」などではありませんでした。
細川さんは2階席正面最前列で大喝采。
休憩時間にはサインを求める方々が席に押しかけるほど。
この音を聴かされたら、書いた方も凄いけど、演奏した方も凄い、みんな凄い。
希有の体験をありがとうございました。

さて、「復活」の「前座」などではないと書きましたが、「復活」は「復活」で、単なる後半ではありません。

一気に目的地に突っ走らず、あちこち寄り道をしながら、ハッとしたり、驚いたり、嘆いたりしながら旅する冒険?
もちろん、部分部分でとてつもない大音響が、これでもか!と襲いかかってきますが、一気呵成に責め立てた単調な煽りなどではなく、多彩、多種多様。
何度も聴いたこの曲に、こんな部分、こんな表情があったんだ…という発見の連続。
「この調子で終わるのかい?」と長く感じながらも、終わってみたらあっという間の出来事だったという矛盾。
これだけ興奮しながらも、最後は「味わった」という体感。

そして、「パントマイムと指揮:ジョナサン・ノット」と言いたくなるくらい。
大きな身体の動きだけでなく、顔の表情まで駆使した指揮。
名優ですよ、ノット監督。

音響の設計も見事。
オケの中の音のバランスは当然のこととして、バンダの鳴る方向、合唱と独唱を分離して配置、パイプオルガンも埋没せずに響く、などなど。
本拠地ミューザがこういう音響だからこそ出来た分解能と溶け合いの両立だったかもしれません。

合唱団は第1楽章の後に入場して、それによって自然と間合いがとられるという一石二鳥?

全曲が終ったところでまばらな拍手がパラパラ、大半の聴衆はあっけにとられて拍手が出来ず?
その後に盛大な拍手とブラボー。
最後は、ノット監督のソロカーテンコールでようやくお開きに。

ノット監督のマーラーは就任披露の9番が壮絶な演奏だったし…という予断を許しません。
ノット監督の引き出しは多いですね。
まるで違うスタイルにすら感じました。
同じだったのは、あっけにとられて、すぐには拍手が出来なかった会場と自分です。

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