コンサート/オペラ2017

2017年9月23日 (土)

ジークハルト/新日フィル(2017/09/23)

2017年9月23日(土)
すみだトリフォニーホール

指揮:マルティン・ジークハルト
新日本フィルハーモニー交響楽団

(第578回定期演奏会 トパーズ <トリフォニーシリーズ>)

シューマン: 序曲「メッシーナの花嫁」
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番~ガヴォット
(アンコール)
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
スクリャービン:交響曲第4番 「法悦の詩」

ブルックナー指揮者によるスクリャービン?
寄せては返し、寄せては返し、次第に高まって…の反復が、まるでブルックナーのように…。
神秘性は後退し、いや、大聖堂に響く神秘性の方に変質?
妖艶でなく、楷書体でがっちり構築されたスクリャービン。
この曲に、こういうアプローチがあったとは…私が知らなかっただけ?
この1曲、この演奏が聴けただけでも、足を運んだ甲斐がありました。

この演奏会、当初指揮者として予定されていたルイ・ラングレ氏が振ったら、全く異なる雰囲気の演奏会になったかもしれません。
病気降板は残念でしたが、それによって、ジークハルトさんと新日本フィルとスクリャービンという組み合わせで聴けることになったのは、誠に得難い、偶然の遭遇だったかもしれません。

前半のシューマンとメンデルスゾーンは、芯のある硬質で強目のオケの音。
竹澤さんもどちらかというとその方向のエネルギー放射型なので、協奏曲は噛み合うこと、噛み合うこと、噛み合い過ぎて聴き疲れするくらい??
竹澤さんのアンコールも、強めの音圧のバッハ。
ドビュッシーはさすがに曲が曲だけに、柔らかめの音でしたが…。

ドビュッシーとスクリャービンの間は、拍手と答礼はありましたが、指揮者は舞台袖に引っ込まずに演奏。
いっそのこと、拍手無しで連続して演奏でも良かったのでは?とすら思いました。

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2017年9月16日 (土)

ヴェデルニコフ/東響(2017/09/16)

2017年09月16日(土)18:00
サントリーホール

指揮:アレクサンドル・ヴェデルニコフ
東京交響楽団

(第653回定期演奏会)
合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平

ヒンデミット:バレエ組曲「気高い幻想」
ストラヴィンスキー:詩篇交響曲
シベリウス:交響曲第1番

なにせ久しぶりなもので、どうも音に耳が慣れません。
9月第2週に米国出張が入ったため、生演奏鑑賞も久しぶり。
改装したサントリーホールもこの日が初めてで、休館前から数えれば数ヶ月ぶり。
…なので、うかつに断定的なことは言えませんが、なんとなく、ホールの響き、少し変わったような…????
(前回の改装直後も、そう思いましたが、そのうち耳が慣れてしまったので、あれは私の思い込みだったのかな?と思っていましたが…。)

そんなわけで、1曲目のヒンデミットが始まったとき、サントリーで聴く東響の艶やかな音が感じられなくて、ちょっと驚きました。
言わば、ミューザの分化能だけ切り取ってきて貼り付けたような…。
曲が進むにつれて、そういう違和感は後退し、音の融合感が増していったのですが…。

2曲目のストラヴィンスキーは、ヴァイオリンとヴィオラが無くて、ピアノが2台などという特殊な編成。
合唱も加わるので、配置転換に時間を要します。
…というようなことは素人の私にもわかるのですが、この日、まだ1曲目の拍手が続いているのに、レセプショニストさんが「前を失礼しまーす」と、遅れてきたお客様を御案内してきて、不意を突かれてちょっと驚きました。
慌てて入場誘導しなくても、十分すぎるほど時間はあったのに…。
こういうことは、サントリーのレセプショニストさんは、以前はもっと手際よかったような??

閑話休題。

東響コーラスですから、暗譜でかつ上手いのはいつものことなので全く驚きませんが、やっぱりこの曲でも、コーラスの響き具合も含めて「あれ?サントリーの音響、少し変わった?」という違和感は多少ありました。
そして、これまた1曲目と同様に、曲が進むにつれて融合感増大。
ヴェデルニコフさん、劇場型指揮者(?)の面目躍如かもしれません。

休憩後のシベリウスは、豪腕でこねくり回したようでいて、後期の交響曲を想起させるような側面も浮かび上がらせていて、この曲にこんなやり方もあるのか…とちょっと驚嘆すらした演奏。
シベリウスの交響曲って、2番までと、3番以降で、全く印象が異なります、この日は「2番まで」を聴いたという気が全くしませんでした。

哀愁を歌うようなメロディが出てくる前に、こんな複雑な、未来を先取りしたような音色が隠れていたのか!
後期の交響曲を想起させるということは、前半のヒンデミットやストラヴィンスキーにもつながるような…。

ヴェデルニコフさんは「立っているだけでオーラ」のような姿。
さすがに久しぶりの客演なので、息もピッタリというわけにはいきませんが、指揮とオケの間にはほどよい緊張感が維持されて快演、少し怪演?

ヴェデルニコフさん、終演後は本当に嬉しそうでした。
ヴェデルニコフさんの理想とする演奏には達していなかったかもしれませんが(客演だから仕方ない)、東響メンバーも、東響コーラスも、よくぞここまで応えた、と言うべきでしょう。
翌日の川崎定期は、さらに進化した演奏になりそうで、時間が許せばもう一度聴いてみたいところですが、私は所用があって無理です。
残念。

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2017年8月26日 (土)

小菅優(P)/東響(2017/08/26)

2017年8月26日(土)11:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

モーツァルト・マチネ第30回
ピアノ:小菅優
東京交響楽団

≪オール・モーツァルト・プログラム≫
モーツァルト:ピアノ協奏曲第12番
モーツァルト:ピア協奏曲第9番「ジュノム」

当初は「指揮者なし」と告知されていたように記憶していますが、完全に小菅さんの弾き振りです。

小菅さん、天下の東響を弾き振りできるステータスになっていることは慶賀の至り。
そして、想定外に(失礼)素晴らしかったです。

特に、2曲目の「ジュノム」。
1曲目の第12番も凡演ではありませんでしたが、この9番になって、小菅さん本来の奔放な弾きっぷり、ある意味、はじけちゃっている情熱が見事に現れました。
ピアノは当然のこととして、オケの音も、2曲目になって切れ味が増した印象。
第2楽章の(プログラム冊子によれば、J.C. バッハの訃報が影響しているとかいう)慟哭と言って良いくらいの悲しみ、そして、再び快活になった楽しい第3楽章と、かわいらしいモーツァルトの仮面の内側に、こんなに多彩な世界が内包されていたのかと、まるでいま初めてわかったような体感です。

小菅さんの「指揮」の方ですが、そりゃ、やっぱり、本職にはかなわないよね…と私が比べている対象が、ノット監督、スダーン前監督、秋山元監督なので、それはそうでしょうけど、大健闘だったと思います。
特に2曲目の「ジュノム」は、オケ・パートも本当に素晴らしい。
どちらかと言うと、ただ振っているときよりも、ピアノを弾きながら目で合図しているときの方が、オケの音はさらに良い音が出ていたようにも思いますが、それはまあ、小菅さんのピアノの音は絶品ですから…。

「ジュノム」ばっかりほめていますが(現に、演奏が終わった後の会場の拍手も、演奏会終了という面を差し引いても、「ジュノム」の方が圧倒的でしたが)12番だって、チャーミングな美音を駆使した極上の演奏だったと思います。
ただ、どうしても、小菅さんには、興がのったときの奔放な演奏のイメージがあるので、どうしても、その方向の表現を散りばめた「ジュノム」の印象の方が強く残ってしまいます。

そして、欲を言えば、ぜひとも、続編をお願いしたい!!

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2017年8月20日 (日)

飯守泰次郎/東京シティ・フィル(2017/08/20)

2017年8月20日(日)15:00
ティアラこうとう大ホール

真夏のレクイエムこうとう2017
指揮:飯守泰次郎
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
 
ソプラノ:盛田麻央
メゾソプラノ:金子美香
テノール:鈴木准
バス:友清崇
合唱:ティアラこうとう真夏のレクイエム合唱団
合唱指揮:四野見和敏

モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」
モーツァルト:レクイエム
モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス
(アンコール)

なにせ飯守さんの指揮ですので暑苦しい演奏を予想して行きましたが、予想は見事に外れ、清涼感もあるモーツァルトでした。

最初の「プラハ」交響曲が始まったとたん、あ、ピリオド系の音だ!と驚きました。
全員ではないかもしれませんが、弦楽器奏者の95~98%がノンビブラート。
そのピリオド系の演奏ながら、飯守さんの重低音も健在。
したがって、低域を維持しながら高域が伸びた(←オーディオのレビュー記事みたいですが)ハイレゾ・シティ・フィル。
重厚だけど重々しくない快活な音で、スピード感もあります。
飯守さんのあの棒で全く惑わず、迷わず、一糸乱れずに低音から高音まで駆け巡るのは、やはり元手兵のシティ・フィルならではです。
今になっても、やはり飯守さんの棒に一番よく反応するのはシティ・フィルだと思います。
(ピノック+ベーム)÷2のような、私好みのモーツァルトでした。

休憩後のレクイエムでは、オケだけでなく、おそらく独唱も合唱もかなりピリオド寄りの音だったと思います。
最初、「あれ?合唱の音の線が細い?」「独唱の音がキンキンする?」と思いましたが、おそらくピリオド寄りの歌唱に私の耳が慣れていなかったせいでしょう。
「怒りの日」が始まる頃には全く気にならなくなりました。
それどころか清純な声の美しさに酔いしれるように…。
こういうスタイルだと、高音が有利になってしまうのですが、ソプラノの盛田麻央さん、テノールの鈴木准さんが特に好印象。
(常設ではないので、年によって結構印象が異なる)合唱も、今年はアタリだったかもしれません。
劇的な表現はゼロではありませんが、いつもの飯守さんの叩きつけるような音は無く、ひたすら旋律の美しさと、それが織りなすハーモニーに全てを語らせた演奏。
シティ・フィルはもちろん、独唱、合唱も一体となって素晴らしい。
魂が洗われるような精神的高揚感とは、こういうことを言うのでしょう。

アンコールのアヴェ・ヴェルム・コルプスも、清らかさの極み。
例年は暑苦しいくらいの第九で、発表されたときは「え?今年はやらないの?」と、ちょっとがっかりしたくらいでしたが、清涼感あるモーツァルトに、飯守さんの違う側面を見たような演奏会で、大満足でした。

開演前のロビーコンサート

ファゴット:皆神陽太
ヴァイオリン:桐原宗生
ヴィオラ:佐藤裕子
チェロ:大友肇

フランソワ・ドヴィエンヌ:ファゴット四重奏曲

1楽章の10分くらいの曲ですが、終結に向けての構築と高揚が十分に組み上げられている曲、そして演奏。
在京オケメンバーの室内楽にハズレなし、ですね。
個人的に諸事に忙殺されている中、約1週間ぶりの生演奏だったので、音が鳴ったら一気に気が緩みました。
音楽の力は偉大です。

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2017年8月12日 (土)

下野竜也/新日フィル(2017/08/12)

2017年8月12日(土)16:00
すみだトリフォニーホール

下野竜也プレゼンツ!音楽の魅力発見プロジェクト 第4回
指揮・お話・企画監修:下野竜也
新日本フィルハーモニー交響楽団

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
ドヴォルザーク:我が母の教えたまいし歌
(アンコール)

入場時に「え?1曲なのに終演が17:45?下野さん、いったい何分しゃべるつもり?」と思いましたが、心配は杞憂でした。
それどころか、もっとしゃべってほしかったくらい。
30分ほど、オケを鳴らしながら解説。
その後、休憩20分でした。
その休憩前のレクチャーの面白いこと、面白いこと。

まず登場して、第2楽章の冒頭を指揮。
オケのメンバーが「遠き山に…」と歌いながらの演奏。

その後、背景のスクリーンに映っている肖像画を「実はドヴォルザークではなくノーベルでした」といういたずらも。

そのスクリーンに楽譜を写しながら、「もしも二流作曲家が書いたら」のバージョンと比較しながら演奏したり。
第4楽章でシンバル鳴らしまくりの編曲?で演奏したり、もしも第2楽章で、弦楽器がミュートを付けないで演奏したら?とか。

「新世界」ではなく「新世界より」ですよ。
最後、静かに消えていくんですよ。
本編では、ぜひ、余韻を楽しんで下さい。
…とおっしゃっていたのに、本編では、静寂の中でくしゃみをした方がいらして…。
下野さん、演奏終了後、客席側を向く前に、楽団員さんと笑っていました。

それはともかく、本編は素晴らしい演奏でした。

やはり定期と同じとはいかないよね…と思った出だしを、あっという間に本気印の熱演にもっていった下野さんの迫力の指揮、さすが。
この数ヶ月前に読響ファイナルで聴いたばかりなのに、また下野さん凄い!凄い!という驚きの連射でした。

下野さん、ここぞというところで左手で、ひょい、全身でグイッと西江コンマスをあおり、西江コンマスが素直に呼応して前のめりになって力を込めて弾くので、指揮とコンマスを見ているオケ全体がうねるように反応するという連鎖の連射も堪能させていただきました。
アンコールの前に「来年も開催します」と言ったらオケからも拍手が起きました。

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2017年8月11日 (金)

秋山和慶/東響(2017/08/11)

2017年8月11日(金・祝)
ミューザ川崎シンフォニーホール

フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2017
東京交響楽団フィナーレコンサート
指揮:秋山和慶
東京交響楽団

ピアノ:反田恭平

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番~第3楽章(トルコ行進曲)
(アンコール)
ラフマニノフ:交響曲第2番

反田恭平さんは初めて聴きました。
輪郭のくっきりした音を駆使し、縦方向の振幅と横方向の揺らしを、許容範囲最大限に駆使した快演。
秋山さんのファンの私ですら、しばしは耳がピアノに吸い寄せられました。
私が好きなスタイルかどうかは横に置いて(すみません)この吸引力と発散するエネルギーは素晴らしいと言わざるを得ません。

アンコールは、本編でのくっきり感から一転、流麗感きわまるモーツァルト。協奏曲の時よりも枠が外れた感もあり、強弱も含めて自由奔放ですが、聴いていて面白いことは間違いない。

反田恭平さんは、私の好きなタイプの演奏には絶対に入らないと思いますが(何度もすみません)、また聴いてみたくなる不思議。
あと、秋山さん、慌てず騒がず(時にはブレーキをかけたかどうかは不明)、懐の深さでがっしりとオケの音を構築。
その安心感もあっての“やりたい放題”だったかもしれません。

休憩後の交響曲は、秋山さんにしては、かなり旋律の歌い回しをきわださせていたと感じました。
特に第3楽章、ですが、全曲を通しても。
それでも、曲の最後に向けてのがっしりとした構築はゆるぎ無し。
この日の私の席の位置のせいか、ミューザの割には分解能よりも音の溶け合いを感じましたが、芳香感もある美しいブレンドの音にに聴こえました。

この曲は広島響とのCDもある秋山さん。
もっとも「録音しているだけあって手の内に入った」などと申し上げるのは秋山さんに失礼でしょう。
かつての切れ味よりも近年の円熟の側面がやや強い演奏でしたが、まだまだ枯れていない秋山さん。
「今日指揮したのは誰だっけ?と言われるのが理想」とおっしゃっているようですが、この日の演奏は、秋山さんのファンの私が聴いても、それに近い、まさに、曲に、音楽に、献身的に向き合われた演奏だと感じました。

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2017年8月 6日 (日)

鈴木秀美/神奈川フィル(2017/08/06)

2017年8月6日(日)15:00
ミューザ川崎シンフォニーホール

フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2017
指揮:鈴木秀美
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」
メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」
ハイドン:交響曲第104番「ロンドン」
J.S.バッハ:カンタータ「汝、何を悲しまんとするや」BWV107~
      第7曲コラール「主よ、あなたの栄光を与えて下さい」
      (アンコール)

メンデルスゾーンからバッハまで、時代を、音の大河を、遡るような体験。
全てに発見がある、素晴らしい演奏会でした。

まずはメンデルスゾーン。
「フィンガルの洞窟」も「イタリア」も、第一印象は「素朴な音だな~」でした。
あまり光らない、コテコテに盛られていないその音は、素材の良さを存分に活かした料理のよう。
「あまり迫ってこないな~」と思いながら、こちらから注意を向けると、何もしていないわけではありませんが、まるで何もしなくても音楽が勝手に生き生きと踊り出すような、ハッとするようなチャーミングな瞬間の連続。
これは素晴らしい。

“もっと後の時代の風にしない”と言うことの意味が、秀美さんの棒で初めてわかったようなちょっとした驚き。
こういう天然素材の音で聴くと、メンデルスゾーンが「偉大なる過渡期」であったことがよくわかります。
古典派の枠内から、いままさに離陸しよう!としている瞬間のようです。

さて、この、メンデルスゾーンの、意外に古い側面を見た後に待っていたのは、ハイドンの意外と新しい側面でした。
斬新さと言った方が良いかもしれません。
そのハイドンの先進性を誇示するような快演。
叩きつけても巻き上げても揺るがない音楽。
秀美さん、ベートーヴェンに対峙するのと同じくらいの気迫で臨まれたのではないでしょうか。
こういう音楽が、既にあの時代にあったという…。

いやいや、ベートーヴェンの交響曲第1番が書かれたのは、このハイドンの交響曲第104番の5年後のようです。
モーツァルトの交響曲第41番の7年後でもあります。

ハイドン→モーツァルト→ベートーヴェン(直列)ではなく、ハイドン→モーツァルト→ハイドン→ベートーヴェン(同時並行含む)だったということを音で示したような、ベートーヴェンの交響曲に比肩しうることを示したような。
比肩しうるベートーヴェンの交響曲は、第1番どころではないかもしれません。

先進性のハイドンの後のアンコールは深遠なるJ.S.バッハ。
こういう世界が、さらに時代を遡って確立されていたことを体感。

このコンサート、「シンフォニーで、ヨーロッパ旅行」などという副題(キャッチフレーズ?)がついていました。
表題から言えば、確かにその通りでしょう。
しかし、これは、単なる都市間の旅行ではなく、タイムトラベルの世界だ、と思いました。

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2017年7月29日 (土)

東京二期会「ばらの騎士」(2017/07/29)

2017年7月29日(土)14:00
東京文化会館

二期会創立65周年・財団設立40周年記念公演シリーズ
《グラインドボーン音楽祭との提携公演》
東京二期会、愛知県芸術劇場、東京文化会館、iichiko総合文化センター、読売日本交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団 共同制作
R.シュトラウス:ばらの騎士

ヴァイグレさんの指揮するオケの音が素晴らしい。
いや、もちろん、それに乗って歌う歌手の皆さんも。
オケの音は弾力性があり、“ウィーン”から連想する音に一番近い。
そして、ところどころ、加速やひねりが入っても、音色は濁らず、抜群の安定感。
ドイツの高級車のような??

歌手は、皆さん、登場してすぐの歌唱は、一瞬、あれ?と思うことが多々ありましたが、総じて尻上がりに良くなっていった印象。
元帥夫人とオクタヴィアンの二重唱も、出だしよりは、第1幕の幕切れ、そして、それよりも、終幕での三重唱。

芸達者で、ちょっとコミカルのの幸田浩子さんは私のゾフィーのイメージとはちょっと違いますが、幸田さんらしいし、こういうちょっとひねった演出にはあっているかも、と思いました。

演出は、私は深読みできず、ちょっと取り残された感。
第1幕を見た時点では、奥行きのないかなり狭い空間で演じられ、奥の方に浴室が見えたりするのは、貴族階級には、華やかだけど閉そく感のある表の世界と裏の世界があるということ?と思いましたが、第2幕以降を見ると、そうでもなかったようです。
第2幕は、逆に、表舞台が奥側に広く、裏事情が客席側に狭く配置されたステージ。
第3幕は、ポップな感じで、小道具もいっぱいあって確かに面白いけど、一人何も知らないオックス男爵が感じる恐怖心のような側面はどこかへ行ってしまいました。
まあ、ここは、第1幕で感じたような、裏舞台がドアを隔てて時折垣間見えるようにも思えました。

こういうよくわからなかった演出であっても、それでも幕切れの三重唱は、やはり絶品です。
(例のバイロイトのマイスタージンガーのような)奇抜な演出でも惑わされずに自分の音楽を作る経験を積んできた指揮のヴァイグレの真骨頂かもしれません。
そう言えば、幕切れの三重唱は歌手の動きが止まり、ほぼ演技なしで、指揮に導かれたものでした。

今回は、私は取り残されましたが、二期会の海外との共同制作は大歓迎で、どんどんやっていただきたいと思います。
ただ、時折思うのは、劇場のキャパや舞台に間口などの想定が、東京文化会館ではない劇場を想定したんだろうなぁ…というケースが結構あること。
この日も思いました。
まあそれはそれで鑑賞側がイメージを補正すれば良いのでしょうが…。

スタッフ
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
演出:リチャード・ジョーンズ
装置:ポール・スタインバーグ
演出補・振付:サラ・フェイ
衣裳:ニッキー・ギリブランド
照明:ミミ・ジョーダン・シェリン
音楽アシスタント:森内剛
合唱指揮:大島義彰
演出助手:エレイン・キッド、家田淳、太田麻衣子
舞台監督:幸泉浩司
公演監督:多田羅迪夫

キャスト:
元帥夫人:林正子
オックス男爵:妻屋秀和
オクタヴィアン:小林由佳
ファーニナル:加賀清孝
ゾフィー:幸田浩子
マリアンネ:栄千賀
ヴァルツァッキ:大野光彦
アンニーナ:石井藍
警部:斉木健詞
元帥夫人家執事:吉田連
公証人:畠山茂
料理屋の主人:竹内公一
テノール歌手:菅野敦
3人の孤児:大網かおり、松本真代、和田朝妃
帽子屋:藤井玲南
動物売り:芹澤佳通
ファーニナル家執事:大川信之

合唱:二期会合唱団
児童合唱:NHK東京児童合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団

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2017年7月28日 (金)

インバル/大フィル(2017/07/28)

2017年7月28日(金)
フェスティバルホール

指揮:エリアフ・インバル
大阪フィルハーモニー交響楽団

(第510回定期演奏会)

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」」

都響とはかなり違いますねえ。
どちらが良い、悪いではなくて、それぞれの良さがあるのですが、紛れもないインバルさんの構築なのに、これだけ違う。

都響が“凝縮”なら、大フィルは“拡散”…と言う言葉が悪ければ、“エネルギーの放射”?
この(悲劇的ながらも)大いなる高揚感は、その特性から来たものでしょうか?
特に、第3楽章の、号泣に近い感情の高まりから、第4楽章の「これでもか、これでもか」につながる流れの構築の見事さ。
最初、「都響と結構違うねぇ」と斜に構えて聴いていたのが、興奮させられ、酔わされてしまいました。

プログラム冊子に東条先生が名文を書いていらして、「寸分の隙もなく構築されたもの」「音楽の大きな振幅の中にも、明確な均衡を備えた形式性を最後まで失わずに押し通していた」というのは、開演前は、「本当にその通りですねぇ!」と文章に感嘆したものですが、演奏が終わってみると、この文章はあの都響との演奏会のことであって、この日の大フィルには、一部当てはまらないような気もします。

もちろん、一部は当てはまっています。
第1楽章と第2楽章(スケルツォ)の間、第3楽章と第4楽章の間をあまり間合いを置かず、まるで2部からなる曲のように指揮。
「第2楽章と第3楽章は、この順番以外あり得ない!」と言わんばかりの構築の見事さにも舌を巻きました。

終演後、オケがしきりに指揮者一人での拍手答礼を勧めるのに、指揮者は固辞したように次々に奏者を指差して立たせ、最後は、はい、もうお開き…とやったのを、崔コンマスが頑として引き上げず、とうとうインバルさんを一人で答礼させた…という微笑ましい光景もありました。
この光景も、この日の演奏を象徴しています。
インバルさんが繰り出す合図が導いたことは事実ですが、それに答えて熱演を繰り広げた大フィルの面々にも大拍手です。

もう一つの見どころは、東京ではまず見れない、崔コンマスとインバルさんのコンビ。
崔さんは、都響の3人のコンマスとは(少なくとも弾いている姿は)結構違います。
崔コンマスの大きく身体で表したリードも、こういうエネルギー放射型の演奏に導いた要因の一つかもしれません。

私はあまり大阪へ行かないので、フェスティバルホールは初めて。
そのたった1回の経験だけで断言はできませんが、私が座った2階サイドの席では「おっ、音が近い!飛んで来る!」という印象でした。
残響はあまり感じないにもかかわらず、音に潤いも感じます。
結構クセになる音で、また聴いてみたくなりました。

すかさず、大フィル定期のラインナップを物色しかけましたが、よく考えたら、土曜開催でもない限り、少なくとも半休はとらないといけないし、マーラー1曲だったから最終の新幹線に乗れましたけど、通常の演奏会なら帰りは夜行か翌朝になるのでした。
(演奏中は引き込まれて時刻は全く気にならなかったのですが、終わってインバルさんが1回引っ込んだ時点で時計を見て20時30分より前だったので、わかっていても、ホッとしたり…。)

そうです、この日は、私は、勤務先の夏休みで、「せっかくの平日休みだから」と、チケット早々と購入してありました。
しかし、その後、母親の通院付き添いを入れたため、病院が長引くと行けない可能性が出てまいりました。
やきもきしながら時間が過ぎるのを待ち、「行ける!」「行こう!」と決めた後、東京駅に向かう電車の中で、往復の新幹線の指定席をネット予約しました。
せっかくの休みなのに、私は何をこんなに忙しくしているのだろう…とも思いましたが、素晴らしい演奏に、帰りはそんな気分は吹き飛びました。

行かなかったら、チケット代が無駄になるけど、行けば、さらに往復の新幹線の料金がかかる…とも思いましたが、帰りは、お金を払って行った甲斐があった!と思いました。

どうでもいいことを長々とすみません。
素晴らしい体験の後は饒舌になります。

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2017年7月21日 (金)

チョン・ミョンフン/東フィル(2017/07/21)

2017年7月21日(金)19:00
東京オペラシティコンサートホール

指揮:チョン・ミョンフン
東京フィルハーモニー交響楽団

(第111回東京オペラシティ定期シリーズ)
ソプラノ:安井陽子
メゾ・ソプラノ:山下牧子
合唱:新国立劇場合唱団

マーラー:交響曲第2番「復活」

第1楽章、第2楽章は、着実に歩みを進めるようなテンポ。
ちょっと「遅い」とすら感じるくらい。
第3楽章は一転、やや速め、その後は一気呵成?

遅めの第1、第2楽章はもちろん、速めに転じた後も、旋律美が際立つ。
豪快さを織り交ぜながらも、美しい旋律の印象が強い演奏でした。

先日のノット東響で「この曲に、こんな表情もあったんだ!」と目から鱗だったのが、この日はまたさらに違った表情を発見させられる。
サクサク進む演奏ではなく、丁寧に作り込んだ音の流れ。
“味わう”体感でも、最後の高揚には興奮させられました。

このコンビのマーラーって、数年前は、所々荒っぽく感じる場面ももあったような気もしますが、この日はそういう印象は皆無。
豪快に煽っているようでいても、音は粗雑にならず、濁らず、飽和せず。
(しばらくブランクがあったので、特に去年あたりはほとんど聴いていませんが)、以前は、荒っぽく感じて、煽れば煽るほど冷めてしまって今ひとつ興奮できないことが多かったのですが、この日は久々なのか、初めてなのか、心から全曲楽しめた演奏でした。

この日のチョンさんもソロカーテンコールあり。

ただ、オペラシティで聴く東フィルの音は、(私は久しぶりでしたが)そうそう、こういう音が鳴るんだよねーと、すぐに思い出しました。
私の好みとしては、東フィルの音はサントリーで鳴る音の方が好きかもしれません。

意図して並べたわけではない、ノット/東響「復活」ノット/東響「復活」インバル/都響「葬礼」、中3日で、チョン/東フィル「復活」、この日にて終了。
2日後のチケットは持っておりません。
買っておけばよかったような、もうたくさんのような…。

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