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2018年1月 7日 (日)

カンブルラン/読響(2018/01/07)

2018年1月7日(日)14:00
東京芸術劇場

指揮:シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団

(第203回日曜マチネーシリーズ)
ヴァイオリン:三浦文彰

J.シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」序曲
J.シュトラウスⅡ:ワルツ「南国のバラ」
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
ヴィエニャフスキ:華麗なるポロネーズ第1番
デュカス:交響詩「魔法使いの弟子」
オッフェンバック:喜歌劇「天国と地獄」序曲
サン=サーンス:歌劇「サムソンとデリラ」~「バッカナール」
ワックスマン:カルメン幻想曲
J.シュトラウスⅡ:トリッチ・トラッチ・ポルカ
J.シュトラウスⅡ:ポルカ「雷鳴と電光」
J.シュトラウスⅡ:ワルツ「美しく青きドナウ」
服部隆之:「真田丸」メインテーマ
(アンコール)
J.シュトラウスⅠ:ラデツキー行進曲(アンコール)

「南国のバラ」が素晴らし過ぎて、個人的には2曲目にして演奏会のクライマックスを迎えてしまったので、後で少し辛口になるかもしれませんが…。

一曲目の「こうもり」序曲から、カンブルランさん流の音色。
続く「南国のバラ」も含めて、シンフォニックなこと!
「これではウィンナ・ワルツじゃなくて交響詩だよ…」と思いつつ、こういうスケールアップした「南国のバラ」が現れるなんて!
カンブルランさんが気合いを込めて振ると、J.シュトラウスであっもこういう音に成る(鳴る)んですねー、と言うのはJ.シュトラウスに失礼であって、もともと、こういう格調高い崇高な側面もある音楽だから、長い年月を経ても現代まで生き残って(勝ち残って)いる作曲家なのでしょう。
そして、音楽において、作曲だけでなく、演奏の果たす役割がいかに大きいかということも示した演奏でした。

…大感激、大興奮の「南国のバラ」の後のなので(急に辛口になってすみません)、「亡き王女のパヴァーヌ」では、特に弱音部での管楽器の出のタイミングなので、読響にもう少し精度が欲しい気もしました。
この曲だけでなく、カンブルランさんが棒の先でちょっとひねりを加えたときなどに、管が、微妙な(音のズレとまではいかないが)ためらいのような感じで、棒への追従がもう一息な部分もあったのは、長年連れ添ったシェフと主兵にしては…という思いも少々…。
まあ、そうは言っても、カンブルランさんの棒から読響が鳴らす音のスケール感(「魔法使いの弟子」とか、だけでなく「サムソンとデリラ」とか)、そしてほのかに香る上品な香りはなんの不満も無いので、総じてで言えば、満足した演奏会でした(だったら重箱の隅を突くなよ、という…)。

カンブルランさんが本気を出して振っているのも目に見えますし、弦の首席奏者を始め、各奏者の力の入り具合、身体の揺れ具合も目に見えます。
こんなに曲がスケールアップするのか、ということを、力づくで体感させられた演奏。もっとたくさん聴きたかったくらいです(と、とってつけたようにほめてすみません)。

三浦文彰さんは、以前は、外面的効果ばかり狙っているように感じられてあまり好きな演奏ではなかったのですが、この日は、あわてず急がず、音にしっかりと向き合った演奏に感じられました。
まあ、短い曲3曲(アンコールの「真田丸」を含む)だったので、あまり断定的なことは言えませんが、好感だったことは確かです。

「雷鳴と電光」では、数人の団員さんがパラソルを持って踊ったり(お疲れ様です)、最後のラデツキー行進曲では三浦文彰さんが出てきてコンマスの長原幸太さんから席を奪い、長原さんはチェロの席へ行って、チェロを奪って弾き、奪われたチェロ奏者さんは長原さんから渡されたヴァイオリンを弾き、…と、普段目に出来ない光景で、これは心の中で大爆笑でした。

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