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2018年2月の3件の記事

2018年2月12日 (月)

テミルカーノフ/読響(2018/02/12)

2018年2月12日(月・祝)14:00
横浜みなとみらいホール

指揮:ユーリ・テミルカーノフ
読売日本交響楽団

(第101回みなとみらいホリデー名曲シリーズ)
ピアノ:ニコライ・ルガンスキー

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
ラフマニノフ:前奏曲作品32-12
(アンコール)
ラフマニノフ:交響曲第2番

待ちに待ったテミルカーノフさんが読響の指揮台に帰ってきました!

この演奏を読響のデフォルト(標準状態)と思ってはいけません。
テミルカーノフ/読響の演奏に驚嘆して読響の会員券を購入すると、以降、ずっとテミルカーノフ・ロスに苦しむことになります、私のように。

協奏曲の冒頭からして、通俗名曲などではない、とてつもない音がいきなりホールに響き渡り、一気にテミルカーノフ・ワールドへ。
例によって奇術師テミルカーノフさんのマジック炸裂!
手首を数センチひねるだけでオケがうねり、さざめき、炸裂する。
その音は深い深い情感を感じさせる音。
力まずともオケが自然と力の入った音に鳴る不思議。

オケにばかり意識が行ってルガンスキーさんnには申し訳ありませんが(決してピアノ付交響曲ではありませんでした)、目の前であの手首のひねりが音に変換される様を見せられると、もう唖然としてそれを見守るしかありません。

(ちなみに個人的体調により、眠気を感じ、寝落ちはしなかったけれど第1楽章は陶然として聴いていたので、上記の感想は主に第2、第3楽章に対してです。もったいなことをしました)

休憩後のラフマニノフも、「これでもか」の連射。
悠然たる大河の流れも、急流あり、滝あり、河口あり。
これほどのスケール感が読響から聴かれたのはいつ以来でしょう?
(前日の芸劇での演奏会以来では?というツッコミはなしにして。)
細部の色々は些細なこととして、もう参りましたとしか言いようがありません。

読響には失礼ながら、読響の限界を超過するくらいの表現力で鳴らしていたかもしれません。
それはあたかも、ミニ新幹線のこまちが、はやぶさに連結されて東北新幹線の本線を持続300km超で走っているような…。
(はやぶさがサンクトペテルブルク・フィル、こまちが読響とは言っておりません。)

ところでテミルカーノフさん、お年をめされたせいかどうか不明ですが、指揮台の譜面の下に錠剤(トローチ?)のようなものを隠しておいて途中で口に含んだり、楽章間でハンカチを持つ手が震えていたり…。
前半の協奏曲では第3楽章で指揮をしながら咳き込んでいらしたし、カーテンコール短めのでのお開きもそのせい?
テミルカーノフさんが次の12月で80歳になられるという事実に諸行無常を感じます。
いつまでもお元気で、このとてつもない演奏を聴かせていただきたいものです。

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2018年2月11日 (日)

パーヴォ・ヤルヴィ/N響(2018/02/11)

2018年2月11日(日)15:00
NHKホール

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
NHK交響楽団

(第1879回定期公演Aプログラム)

マーラー:交響曲第7番

N響のマーラー第7番というと、以前、ジンマンさんの指揮で聴いて、「N響の皆さん、この曲を良い曲だと思って演奏していますかね?」と思ったのを思い出します。

心配は杞憂でした
あのときの「とりあえず、音にしました」のレベルの演奏とは雲泥の差。

最初、ただ交通整理をして、ただきれいに鳴らして…と思っていた演奏が、魅惑的に旋律が語り、次第に熱を帯びていく様はパーヴォさんの棒のマジックでしょうか。

個人的にはインバルさんのような、複雑性を感じさせない懐の深い演奏が好みですが、パーヴォさんの指揮は複雑性をオブラートに包まず、そのまま提示した上で、それを絶妙の均衡のもとに崩壊しそうでしない高揚へ導いた名人芸かもしれません。

パーヴォさんの指揮も、かなり細かく振り、そして力を込めた気合の指揮。
それに導かれてオケも力の入った演奏をして下さって、めでたし、めでたし。

個人的には海外出張後の疲れで、曲が始まった時は寝落ちしそうなくらいだったのに、第3楽章あたりではそんな眠気も疲労も吹っ飛び、目をぱっちりあけて集中して鑑賞できて、まさに音楽が覚醒させてくれました。

今回が初めての体験ではありませんが、音楽の効用は本当に素晴らしい。

ただ、パーヴォさんの棒で素晴らしい演奏にはなったけれども、やっぱり、N響って、マーラーは得意ではないオケなのかな?という思いも少々。
都響だったら?と雑念が表れない演奏をお願いしたいような気もしました。
僅差ではありまするが。

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2018年2月 3日 (土)

シュテンツ/新日フィル(2018/02/03)

2018年2月3日(土)14:00
すみだトリフォニーホール

指揮:マルクス・シュテンツ
新日本フィルハーモニー交響楽団

第583回定期演奏会トパーズ<トリフォニー・シリーズ>

ハイドン:交響曲第22番「哲学者」
ハイドン:交響曲第94番「驚愕」
ヘンツェ:交響曲第7番

NJPのハイドン演奏の歴史の蓄積、伝統を創造的に破壊する指揮者、熱烈歓迎!
ピリオドか、ピリオドじゃないかなんて、もう過去の論議になりつつあるのでしょう。

「哲学者」なんて、後年のハイドンの交響曲に比べれば、やや退屈な面があるのですが、楽しい、楽しい。
そして「驚愕」は、例の箇所は演出あり。
しかし、その例の部分などよりも、全曲に散りばめられた「びっくり」の連射でした。
何度、巻き戻しボタンを押したくなったことか…。

突然、急減速して、旋律を際立たせたり、ひねったり…。
長い休止をつくって、その後の鋭い音の立ち上がりを際立たせたり…。

ああ、もう1回聴きたい!

例の部分の演出は、ティンパニ奏者が第2楽章に入ったら居眠りを始め、コントラバス奏者が「おいおい」とティンパニに近寄っていってティンパニを叩いて、ティンパニ奏者がぴっくりして飛び起きる…というもの。
面白かったけど、全曲に散りばめられた仕掛けが面白すぎて、いまひとつインパクトが薄く感じられたのはご愛敬。
本来の演奏がいかにスリリングだったかを物語っております。

休憩後のヘンツェは巨大編成。
ハイドンと時代を隔てて対局にある曲。
その複雑な曲を、複雑さのまま提示したり、調和させて提示したり…。
曲がわかったなどとは口が裂けても言えませんが、いつのまにかこの音響、空間の中に引き込まれたことは事実。
感じることはできたかもしれません。

思えば、ハイドンとヘンツェの対局に加えて、ハイドン2曲の中でも「哲学者」と「驚愕」も、多少の年月を隔てた対局にあったと言えるかもしれません。

NJPが元々持っているシャープな音色を考慮すると、指揮者とオケ相性は良いのでは?と感じました。
NJP自体も、上岡監督就任後、コンディションも向上しており、まさに良いタイミングでの客演になったかもしれません。
NJPのハイドン演奏の伝統、かつての全曲演奏、近年ではブリュッヘンの薫陶を受けたオケの伝統を土台に、全く違う方向へ進化するかもしれません。

ぜひまた呼んでいただきたい指揮者ですが、客席の入りはいまひとつ(この回に限りませんが…)。
私は、シーズンラインナップを見たときに、最初に「お!」と思った回ですが…。
評判も会場の受けも良かったのに集客に結びつかなかったメッツマッハーさんのを思い出すような…。
錦糸町で同一演目2日というのは厳しいのでしょうか。
個人的には、トリフォニー定期は1日にして、サントリー定期と同じ演目を錦糸町でもやってくれれば…と思うのですが、そうもいかないのでしょうね。

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